「こちらへどうぞ」
と扉の前に案内された。
町の真ん中に扉だけポツンと。だが、あるべくしてある、というようなたたずまい。
私はちょっと雨に当たりたかった。
頭を冷やすためのような気もするし、アンニュイな気分に浸りたいからかもしれない。
どちらにせよ、そんな気分になるのが馬鹿馬鹿しいような天気だ。
太陽はひたすらに照り、空はどこまでも青い。
扉を開けると、しとしとと雨が降っていた。
周りの景色は何も変わらない。ただ一歩前に出たかのように。
しばらく辺りを歩いてみた。どんよりとした雲、沈んだ町の様子、なにもかも希望通りの雨。
気付くと扉は失くなっていたが、私の心は晴れ晴れしい。
2005年12月29日木曜日
2005年12月27日火曜日
代償
「びしょびしょじゃないか。どうしたんだ?」
というと妻は困った顔した。
「だって……」
リビングが水浸しなのだ。
彼女が格闘していたのは、娘が作ったてるてる坊主である。
明日は遠足だというのに、昨晩からの雨が止みそうにない。
娘は真剣にてるてる坊主を作っていたそうだ。
ところが、どうしてもひっくり返って頭が下になってしまうというのだ。
妻は娘が寝てからも、糸を付け直したり、頭の詰め物を減らしたりと手を尽くした。
ようやく安定したてるてる坊主が出来上がり、窓際に吊すと途端に部屋の中で雨が降ったという。
「でも、うちの中で降っている間は、外の雨は止んでいるの」
妻の指は、逆さまにてるてる坊主を摘んでいる。
こうしていれば部屋の中では雨は降らないが、外はザアザア降りだ。
「どうしよう……遠足」
私は妻の手からてるてる坊主を取り上げ、風呂場に向かった。
私はてるてる坊主をシャワー掛けに吊し、入浴した。
雨とシャワーに降られたティッシュペーパー製てるてる坊主は、無残な姿で床に落ち
恨めしそうに私を見上げた。
というと妻は困った顔した。
「だって……」
リビングが水浸しなのだ。
彼女が格闘していたのは、娘が作ったてるてる坊主である。
明日は遠足だというのに、昨晩からの雨が止みそうにない。
娘は真剣にてるてる坊主を作っていたそうだ。
ところが、どうしてもひっくり返って頭が下になってしまうというのだ。
妻は娘が寝てからも、糸を付け直したり、頭の詰め物を減らしたりと手を尽くした。
ようやく安定したてるてる坊主が出来上がり、窓際に吊すと途端に部屋の中で雨が降ったという。
「でも、うちの中で降っている間は、外の雨は止んでいるの」
妻の指は、逆さまにてるてる坊主を摘んでいる。
こうしていれば部屋の中では雨は降らないが、外はザアザア降りだ。
「どうしよう……遠足」
私は妻の手からてるてる坊主を取り上げ、風呂場に向かった。
私はてるてる坊主をシャワー掛けに吊し、入浴した。
雨とシャワーに降られたティッシュペーパー製てるてる坊主は、無残な姿で床に落ち
恨めしそうに私を見上げた。
2005年12月25日日曜日
2005年12月24日土曜日
2005年12月22日木曜日
2005年12月20日火曜日
2005年12月19日月曜日
2005年12月17日土曜日
2005年12月16日金曜日
2005年12月15日木曜日
2005年12月14日水曜日
むかしばなし
森の中で雨が降って来たの。そうしたら、いつもは薄暗い森が、ぱぁっと明るくなった。
町で雨が降る時とは逆ね。町は雨が降ると暗くなるでしょ?
雨粒はキラキラ輝いてた。私は服を全部脱いで、雨を浴びたの。手足も顔も真っ黒に汚れていたからね。森の雨はどんなシャワーより気持ちよかったのよ。
身体もすっかりきれいになって、クルクル回ると、小さな虹ができた。だから何度も回った。ずっと回ってたら目眩がして倒れちゃった。
森の中で寝転んだことがある?繁った葉の合間から、光と雨粒が降り注ぐの。雨がやむまでそうしていたかったけど、邪魔が入ったのよ。がっかりでしょう?
続きは、パパに聞いてらっしゃい。
町で雨が降る時とは逆ね。町は雨が降ると暗くなるでしょ?
雨粒はキラキラ輝いてた。私は服を全部脱いで、雨を浴びたの。手足も顔も真っ黒に汚れていたからね。森の雨はどんなシャワーより気持ちよかったのよ。
身体もすっかりきれいになって、クルクル回ると、小さな虹ができた。だから何度も回った。ずっと回ってたら目眩がして倒れちゃった。
森の中で寝転んだことがある?繁った葉の合間から、光と雨粒が降り注ぐの。雨がやむまでそうしていたかったけど、邪魔が入ったのよ。がっかりでしょう?
続きは、パパに聞いてらっしゃい。
2005年12月13日火曜日
Rain‐Boots ☆Boogie-woogie
雨が降ると靴箱の中の長靴が騒ぎだす。散歩前の犬みたいに興奮する。
靴箱から出してやると長靴はタップを踏みはじめる。
実に軽やかでジェントルマンだ。右足と左足、息もピッタリ。
雲よりもどんよりとしていた僕もウキウキしてくる。
さあ、長靴くん! お気に入りの傘を持って雨の街に繰り出そう。
靴箱から出してやると長靴はタップを踏みはじめる。
実に軽やかでジェントルマンだ。右足と左足、息もピッタリ。
雲よりもどんよりとしていた僕もウキウキしてくる。
さあ、長靴くん! お気に入りの傘を持って雨の街に繰り出そう。
2005年12月11日日曜日
話の途中
雨が降ったら、おしまい。
と言って、おじさんは紙芝居を始めた。
うさぎの耳の付いたシルクハットを頭に載せ、右手で紙芝居を、左手で台車に載った大きなオルゴールを操る。
音楽に合わせて調子よく紙芝居を読んだ。
おじさんの瞳は赤かった。この街は、いろんな色の目をした人がいるけれど赤い目を見たのははじめてだった。
雨はなかなか降らなかった。
おじさんは昼は子供向け、夜は大人向けの紙芝居をした。
子供はきっかり7時で追い出された。
「時間だ!お家へお帰り、坊ちゃん嬢ちゃん。また明日」
大人ではなかったけれど子供でもなかった僕は追い出されずに済んだ。
夜の紙芝居を見る時、僕は自分の顔が赤くなるのを必死で隠さなければならなかった。
そんな時に目が合うと、おじさんの目はピカリと輝いた。
雨が降ったのはおじさんが来てから8日目の夜中だった。
「雨が降ったからおしまい」
お話の途中だったのに、右手に傘を、左手に紙芝居を持って、オルゴールに跨がって赤い目のおじさんは消えた。
と言って、おじさんは紙芝居を始めた。
うさぎの耳の付いたシルクハットを頭に載せ、右手で紙芝居を、左手で台車に載った大きなオルゴールを操る。
音楽に合わせて調子よく紙芝居を読んだ。
おじさんの瞳は赤かった。この街は、いろんな色の目をした人がいるけれど赤い目を見たのははじめてだった。
雨はなかなか降らなかった。
おじさんは昼は子供向け、夜は大人向けの紙芝居をした。
子供はきっかり7時で追い出された。
「時間だ!お家へお帰り、坊ちゃん嬢ちゃん。また明日」
大人ではなかったけれど子供でもなかった僕は追い出されずに済んだ。
夜の紙芝居を見る時、僕は自分の顔が赤くなるのを必死で隠さなければならなかった。
そんな時に目が合うと、おじさんの目はピカリと輝いた。
雨が降ったのはおじさんが来てから8日目の夜中だった。
「雨が降ったからおしまい」
お話の途中だったのに、右手に傘を、左手に紙芝居を持って、オルゴールに跨がって赤い目のおじさんは消えた。
2005年12月10日土曜日
2005年12月9日金曜日
百年の恋
「モンドくん、モンドくん明日の天気はどうだね?」
とレオナルド・ションヴォリ氏が言うので主水くんは鉛筆片手に無線機に向かった。
主水くんは、熱心にノートに何やら書き留めてから無線機のスイッチを切り、ションヴォリ氏に告げた。
「博士、明日の降水確率は80%、薔薇の香りです」
ションヴォリ氏は飛び上がって喜ぶ。
「ほっほーい!」
翌日、薔薇の香りの雨がしっとりと降る中、ションヴォリ氏はばら色のスーツにばら色のレインコート
ばら色の長靴にばら色の傘を差し、薔薇の花束を抱えて、墓参りに出かけた。
初恋の人、ロザンナに会いに行くために。
レオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。
どれくらいじいさんかと言うと、年がわからないくらいのじいさんだ。
とレオナルド・ションヴォリ氏が言うので主水くんは鉛筆片手に無線機に向かった。
主水くんは、熱心にノートに何やら書き留めてから無線機のスイッチを切り、ションヴォリ氏に告げた。
「博士、明日の降水確率は80%、薔薇の香りです」
ションヴォリ氏は飛び上がって喜ぶ。
「ほっほーい!」
翌日、薔薇の香りの雨がしっとりと降る中、ションヴォリ氏はばら色のスーツにばら色のレインコート
ばら色の長靴にばら色の傘を差し、薔薇の花束を抱えて、墓参りに出かけた。
初恋の人、ロザンナに会いに行くために。
レオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。
どれくらいじいさんかと言うと、年がわからないくらいのじいさんだ。
2005年12月7日水曜日
2005年12月5日月曜日
2005年12月4日日曜日
2005年12月3日土曜日
2005年12月2日金曜日
2005年12月1日木曜日
2005年11月30日水曜日
2005年11月29日火曜日
雨を飲む
ぼくが雨を飲んでいるとほとんどの人が変な顔をする。もっともだ。ぼくはぐちゃぐちゃにぬかるんだ地面に
寝転がり、大口を開けて雨を飲んでいるのだから。
たまに声を掛けて来る人もいるが、それは「具合悪いですか?救急車呼びましょうか」という台詞に限られて
いる。
でも、この娘は違った。雨を飲むぼくの傍らにしゃがむと静かな、でもよく通る声で言った。
「おいしい?」
ぼくが雨を飲んでいることに気付いた初めての人だった。
「わたしも隣で飲んでいい?」と言うのでぼくは驚いて起き上がった。
「やめなよ。服が汚れるし、風邪ひくかもしれない」 娘は、ぼくの忠告にお構いなしで、大の字に寝転んだ。
娘の顔が、足が、服が段々と濡れていく様に、何故か見惚れてしまう。
「どうしたの?一緒に飲もうよ、雨」
ぼくはもっときみを見ていたいんだとは言えずに、仕方なく寝転んだ。
「雨って同じ味のことがないんだ」
だから雨を飲むのは止められない、とぼくが言うと娘はそうだね、と返した。
娘は、いままでコップに雨を溜めて飲んでいたのだと語った。
「一度身体で雨を受け止めてみたかったの。コップで飲むのは、ずるいような気がしてた」
娘が手を伸ばしてきた。ぼくはその小さな濡れた手を握りしめた。もうお腹が一杯だけど、雨はまだ止んでほ
しくない。
きららメール小説大賞投稿作
寝転がり、大口を開けて雨を飲んでいるのだから。
たまに声を掛けて来る人もいるが、それは「具合悪いですか?救急車呼びましょうか」という台詞に限られて
いる。
でも、この娘は違った。雨を飲むぼくの傍らにしゃがむと静かな、でもよく通る声で言った。
「おいしい?」
ぼくが雨を飲んでいることに気付いた初めての人だった。
「わたしも隣で飲んでいい?」と言うのでぼくは驚いて起き上がった。
「やめなよ。服が汚れるし、風邪ひくかもしれない」 娘は、ぼくの忠告にお構いなしで、大の字に寝転んだ。
娘の顔が、足が、服が段々と濡れていく様に、何故か見惚れてしまう。
「どうしたの?一緒に飲もうよ、雨」
ぼくはもっときみを見ていたいんだとは言えずに、仕方なく寝転んだ。
「雨って同じ味のことがないんだ」
だから雨を飲むのは止められない、とぼくが言うと娘はそうだね、と返した。
娘は、いままでコップに雨を溜めて飲んでいたのだと語った。
「一度身体で雨を受け止めてみたかったの。コップで飲むのは、ずるいような気がしてた」
娘が手を伸ばしてきた。ぼくはその小さな濡れた手を握りしめた。もうお腹が一杯だけど、雨はまだ止んでほ
しくない。
きららメール小説大賞投稿作
2005年11月28日月曜日
2005年11月26日土曜日
2005年11月25日金曜日
2005年11月23日水曜日
2005年11月22日火曜日
2005年11月21日月曜日
Lemon‐Rain
「雨がレモン色ならいいのに。あのコのスカートと同じ色の」
じめじめとした雨の日曜日、そんなことを思いながら歩いている少年がひとり。
「坊ちゃん、ちょっと雨を舐めてごらんなさい。レモン色ではないが、本日の雨はレモン味ですよ」
しずかに雨を降らせながら、呟く雨鬼がひとり。
じめじめとした雨の日曜日、そんなことを思いながら歩いている少年がひとり。
「坊ちゃん、ちょっと雨を舐めてごらんなさい。レモン色ではないが、本日の雨はレモン味ですよ」
しずかに雨を降らせながら、呟く雨鬼がひとり。
2005年11月19日土曜日
2005年11月17日木曜日
どうか、傘が溶けませんように
「雨がくるぞ!」
キュウカクが鼻をひくつかせて叫ぶ。
人々は、嬌声をあげながら大急ぎで建物の中に入り、傘を差す。
ぱらぱらぱらぱら
これは雨がやってきた音。ぱちぱちぱちぱち
これは人々が傘を差す音。
誰もいない大通り。
道が黒く濡れる。
木々は緑が濃くなる。
建物の窓から色とりどりの傘が見える。
「ほら、雨が来たよ……」
右手で傘を持ち左手で妻の肩を抱き寄せて、雨が通るのを眺める。
向かいのビルの窓、ヤンさん夫婦が抱き合ってる。実に器用に二人の身体で傘を支えながら。
キュウカクが鼻をひくつかせて叫ぶ。
人々は、嬌声をあげながら大急ぎで建物の中に入り、傘を差す。
ぱらぱらぱらぱら
これは雨がやってきた音。ぱちぱちぱちぱち
これは人々が傘を差す音。
誰もいない大通り。
道が黒く濡れる。
木々は緑が濃くなる。
建物の窓から色とりどりの傘が見える。
「ほら、雨が来たよ……」
右手で傘を持ち左手で妻の肩を抱き寄せて、雨が通るのを眺める。
向かいのビルの窓、ヤンさん夫婦が抱き合ってる。実に器用に二人の身体で傘を支えながら。
2005年11月14日月曜日
操り人間と発条ネコその25
操り人間の後について歩くと、造作なくポスターを見つけることができたのでキンキュウジタイは助かった。
いくら操り人間の歩みが鈍いといっても、立ち止まってくれるわけではないのでキンキュウジタイは大急ぎで爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けなければならなかった。
安田はこの発条の町の出口を見つけた。
結局「いつでも緊急事態のネコ」を見掛けることはなかった。
ネコは何匹も見た。でも「緊急事態のネコ」かどうかわからなかった。
全匹発条ネコだったから。
キンキュウジタイは町を出る操り人間を追い掛けなかった。
たいやきは故郷のものが一番だとわかったから。
発条の町を出た安田は、石につまずいて転んだ。
木枯らしが安田を人形に還す。
おしまい
いくら操り人間の歩みが鈍いといっても、立ち止まってくれるわけではないのでキンキュウジタイは大急ぎで爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けなければならなかった。
安田はこの発条の町の出口を見つけた。
結局「いつでも緊急事態のネコ」を見掛けることはなかった。
ネコは何匹も見た。でも「緊急事態のネコ」かどうかわからなかった。
全匹発条ネコだったから。
キンキュウジタイは町を出る操り人間を追い掛けなかった。
たいやきは故郷のものが一番だとわかったから。
発条の町を出た安田は、石につまずいて転んだ。
木枯らしが安田を人形に還す。
おしまい
2005年11月13日日曜日
操り人間と発条ネコその24
「It's an emergency! 我が町からキンキュウジタイが消えたことは緊急事態である」
とポスターには書いてある。
キンキャウジタイは、ポスターを爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けた。
これから町を隈なくまわり、すべてのポスターに爪跡とおしっこを残さなければならぬ。
ポスターは目立たぬように貼ってあるので、捜すのは難儀だ。
26枚目のポスターにおしっこを引っ掛けている最中、キンキュウジタイは、操り人間を見つけた。
安田はたいやきの発条巻きに難儀していた。
とポスターには書いてある。
キンキャウジタイは、ポスターを爪で引っ掻き、おしっこを引っ掛けた。
これから町を隈なくまわり、すべてのポスターに爪跡とおしっこを残さなければならぬ。
ポスターは目立たぬように貼ってあるので、捜すのは難儀だ。
26枚目のポスターにおしっこを引っ掛けている最中、キンキュウジタイは、操り人間を見つけた。
安田はたいやきの発条巻きに難儀していた。
2005年11月11日金曜日
操り人間と発条ネコその23
安田はこの町が騒がしいことに気がついた。
あらゆる方向からジギジギと音がする。
「これは……!」
安田は独りごちた。
「発条の町だ」
周り中の人や物が安田の声に振り向いた。人も家も自動車も発条仕掛けの町。
「みんな人形みたい……」
と安田はパンジーの発条を巻きながら思う。かつて操り人形だった安田も大差ない。
右手の糸がパンジーに絡まる。
キンキュウジタイは、自分に捜索願いが出ていたことを知る。
あらゆる方向からジギジギと音がする。
「これは……!」
安田は独りごちた。
「発条の町だ」
周り中の人や物が安田の声に振り向いた。人も家も自動車も発条仕掛けの町。
「みんな人形みたい……」
と安田はパンジーの発条を巻きながら思う。かつて操り人形だった安田も大差ない。
右手の糸がパンジーに絡まる。
キンキュウジタイは、自分に捜索願いが出ていたことを知る。
2005年11月10日木曜日
操り人間と発条ネコその22
塀を乗り越えて気絶して、四時間後に歩き出した安田は、発条ネコの姿を探した。
見失いはしたものの、発条ネコなどそうそういるものではない。
しばらく探せば見つかるだろう。
思い返せば「いつでも緊急事態のネコ」はいつもいつのまにか安田の傍にいたのだ。
ひたすらに歩き続けていた安田の傍にいたということは発条ネコもまた、歩き続けていたということである。同じ方角を見て。
安田は発条ネコの健脚に感心した。
彼は自分の歩みが遅いことを知らない。
キンキュウジタイは整備場に入っている。
見失いはしたものの、発条ネコなどそうそういるものではない。
しばらく探せば見つかるだろう。
思い返せば「いつでも緊急事態のネコ」はいつもいつのまにか安田の傍にいたのだ。
ひたすらに歩き続けていた安田の傍にいたということは発条ネコもまた、歩き続けていたということである。同じ方角を見て。
安田は発条ネコの健脚に感心した。
彼は自分の歩みが遅いことを知らない。
キンキュウジタイは整備場に入っている。
2005年11月9日水曜日
操り人間と発条ネコその21
発条ネコがひょいと塀に上がり、その向こうへ降りていく。
安田はあたりを見回した。それは袋小路と呼ばれるもの。
回れ右をしてもときた道を戻るのは、安田には考えられない。
彼は塀を登るしかない。発条ネコを追うためではなく、後戻りを回避するために。
塀の向こうは別の町だ。
キンキュウジタイは、町の景色を楽しんでいた。
この町はすべてが懐かしい。
塀を登った安田は肩が抜けた。
彼にとって幸いなことに、塀の向こうに墜ちて、腰が回った。
安田はあたりを見回した。それは袋小路と呼ばれるもの。
回れ右をしてもときた道を戻るのは、安田には考えられない。
彼は塀を登るしかない。発条ネコを追うためではなく、後戻りを回避するために。
塀の向こうは別の町だ。
キンキュウジタイは、町の景色を楽しんでいた。
この町はすべてが懐かしい。
塀を登った安田は肩が抜けた。
彼にとって幸いなことに、塀の向こうに墜ちて、腰が回った。
2005年11月7日月曜日
操り人間と発条ネコその20
病院を出た安田は少し前を歩く発条ネコを見つけた。
「あ、『いつでも緊急事態』の猫だ」
安田はなぜ発条ネコが病院にいるのか、さっぱりわからないがとにかく後を歩くことにした。
キンキュウジタイは腹が減っていた。発条が切れて眠くなるのはいつものことであるが
腹が減ってふらふらになるのは久しぶりだった。
ミミズを踏みつぶしたことを肉球に感じながらたいやき屋を目指す。
安田はまだ、ほかほかのたいやきを11個持っている。
「あ、『いつでも緊急事態』の猫だ」
安田はなぜ発条ネコが病院にいるのか、さっぱりわからないがとにかく後を歩くことにした。
キンキュウジタイは腹が減っていた。発条が切れて眠くなるのはいつものことであるが
腹が減ってふらふらになるのは久しぶりだった。
ミミズを踏みつぶしたことを肉球に感じながらたいやき屋を目指す。
安田はまだ、ほかほかのたいやきを11個持っている。
2005年11月6日日曜日
操り人間と発条ネコその19
発条ネコのキンキュウジタイは、救急車を先導している。
救急車の前を軽やかに走りながら自動車を薙ぎ倒す。
救急車は発条ネコをすごすごと追い掛ける。
発条が切れると救急隊員が素早く巻いた。
安田はうめき声をあげながら救急車に揺られている。
たいやきを食べ過ぎた。
救急車の前を軽やかに走りながら自動車を薙ぎ倒す。
救急車は発条ネコをすごすごと追い掛ける。
発条が切れると救急隊員が素早く巻いた。
安田はうめき声をあげながら救急車に揺られている。
たいやきを食べ過ぎた。
2005年11月5日土曜日
操り人間と発条ネコその18
発条ネコは町中を歩き回っていた。
操り人間を知らんかね? と聞いて回った。
操り人間は発条ネコのすぐ後ろにいると誰もがすぐに気がついたが誰もそれを言わなかった。
その代わり、人々は発条ネコにたいやきを与えた。
ピンクや紫や青いあんこの入ったたいやきをたらふく食べてキンキュウジタイはうんざりした。
潮時だと思った。明日この町を出よう。操り人間のことは忘れて。
安田はピンクのあんこのたいやきを30個買った。
操り人間を知らんかね? と聞いて回った。
操り人間は発条ネコのすぐ後ろにいると誰もがすぐに気がついたが誰もそれを言わなかった。
その代わり、人々は発条ネコにたいやきを与えた。
ピンクや紫や青いあんこの入ったたいやきをたらふく食べてキンキュウジタイはうんざりした。
潮時だと思った。明日この町を出よう。操り人間のことは忘れて。
安田はピンクのあんこのたいやきを30個買った。
2005年11月3日木曜日
操り人間と発条ネコその17
気絶していた操り人間安田が、清掃員に起こされ三日振りに歩き出した。
空腹を覚えてたいやき屋に立ち寄ると、発条ネコが寛いでいた。
「あぁ、いつでも緊急事態の猫だ」
安田がたいやきを頬張っているとやおら起きて、あくびを一つして歩き出した。
安田は発条ネコの後をついていくことにした。
発条ネコは安田の後姿を探している。
空腹を覚えてたいやき屋に立ち寄ると、発条ネコが寛いでいた。
「あぁ、いつでも緊急事態の猫だ」
安田がたいやきを頬張っているとやおら起きて、あくびを一つして歩き出した。
安田は発条ネコの後をついていくことにした。
発条ネコは安田の後姿を探している。
2005年11月2日水曜日
操り人間と発条ネコその16
発条ネコのキンキュウジタイが戻ってみると
操り人間はまだ寝ていた。
キンキュウジタイがたっぷり昼寝をして、目を覚ますとやっぱりまだ寝ていた。
キンキュウジタイは操り人間に見切りを付けて歩き出した。たいやきを食べに。
安田は気絶している。
操り人間はまだ寝ていた。
キンキュウジタイがたっぷり昼寝をして、目を覚ますとやっぱりまだ寝ていた。
キンキュウジタイは操り人間に見切りを付けて歩き出した。たいやきを食べに。
安田は気絶している。
2005年10月31日月曜日
操り人間と発条ネコその15
発条ネコが目を覚ますと操り人間が傍で眠っていた。
安田は珍しくきちんと手足を伸ばして寝ている。
「今日は解いてやる必要はないな」
キンキュウジタイはたいやき屋を目指して歩き出した。
黄色い海を見下ろす街のたいやきは緑のあんが入っていた。キンキュウジタイはこの街が気に入った。
しばらくここにいたいと思う。
だが操り人間を尾行するのを止めるのは惜しい。
安田はまだ寝ている。
安田は珍しくきちんと手足を伸ばして寝ている。
「今日は解いてやる必要はないな」
キンキュウジタイはたいやき屋を目指して歩き出した。
黄色い海を見下ろす街のたいやきは緑のあんが入っていた。キンキュウジタイはこの街が気に入った。
しばらくここにいたいと思う。
だが操り人間を尾行するのを止めるのは惜しい。
安田はまだ寝ている。
2005年10月30日日曜日
果たして僕らは仲良しだったのか
高層ビルの谷間を黒眼鏡をかけた蝙蝠が飛び交う。
ずいぶん明るくなっちまった、この海辺の町。
僕らは走る。足並み揃えて。
象は大量の女たちに揉まれて逃げ出した。足枷を引きずって。
僕らは走る。生まれたままの姿で。
レントゲンを撮ると、胃袋にニッポンの女の子が暮らしていた。
僕は走る。大きな蝋燭の傍をひとりで。
隣に乗り合わせた男がポルノ小説を読むので汽車の中で妊娠した。
僕らは走る。抜け駆けする奴らを放って。
黒眼鏡をかけた蝙蝠たちは、香水瓶に帰っていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
佐々木マキ「うみべのまち」をモチーフに
ずいぶん明るくなっちまった、この海辺の町。
僕らは走る。足並み揃えて。
象は大量の女たちに揉まれて逃げ出した。足枷を引きずって。
僕らは走る。生まれたままの姿で。
レントゲンを撮ると、胃袋にニッポンの女の子が暮らしていた。
僕は走る。大きな蝋燭の傍をひとりで。
隣に乗り合わせた男がポルノ小説を読むので汽車の中で妊娠した。
僕らは走る。抜け駆けする奴らを放って。
黒眼鏡をかけた蝙蝠たちは、香水瓶に帰っていった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
佐々木マキ「うみべのまち」をモチーフに
操り人間と発条ネコその14
操り人間安田が歩いていると、段々風景が変わっていった。
家の窓に剣が刺さり、木にはたわわに牛乳が実っていた。
芝生はピンク色で、ブタが二足歩行している。
安田はそんな光景に目もくれず歩いていた。
ただ、発条の切れたネコを見つけた時だけは立ち止まって、発条を巻いてやるのだった。
キンキュウジタイが目を覚ました時には、もう10メートル先を歩いていたけれども。
家の窓に剣が刺さり、木にはたわわに牛乳が実っていた。
芝生はピンク色で、ブタが二足歩行している。
安田はそんな光景に目もくれず歩いていた。
ただ、発条の切れたネコを見つけた時だけは立ち止まって、発条を巻いてやるのだった。
キンキュウジタイが目を覚ました時には、もう10メートル先を歩いていたけれども。
2005年10月28日金曜日
操り人間と発条ネコその13
安田が歩いていると目の前に海が現れた。
安田は迷わず海に入る。彼は後戻りはしないのだ。
海の中に入るとすぐに安田の細く糸の付いた手足は絡まり、その格好のままぷかりと浮いた。
「こうして浮いたまま寝ていれば、目が覚めるころには向こう岸に着くだろう」
発条ネコのキンキュウジタイは生まれて初めて海を見て溜息をついた。
発条が錆びる。
安田は迷わず海に入る。彼は後戻りはしないのだ。
海の中に入るとすぐに安田の細く糸の付いた手足は絡まり、その格好のままぷかりと浮いた。
「こうして浮いたまま寝ていれば、目が覚めるころには向こう岸に着くだろう」
発条ネコのキンキュウジタイは生まれて初めて海を見て溜息をついた。
発条が錆びる。
2005年10月27日木曜日
操り人間と発条ネコその12
キンキュウジタイは、真夜中の迷子とじゃんけんをしている。
真夜中の迷子はキンキュウジタイの発条をもう8回回した。
キンキュウジタイはとっくにじゃんけんに飽きている。
だが、そのおかげで今晩安田は悪夢を見ない。
真夜中の迷子はキンキュウジタイの発条をもう8回回した。
キンキュウジタイはとっくにじゃんけんに飽きている。
だが、そのおかげで今晩安田は悪夢を見ない。
2005年10月25日火曜日
メアリーポピンズみたいな
「知ってるか?タマネギを切ると涙が出るのは、」
と、わたしがタマネギを切る後から覗き込みながらケンちゃんが言う。うっとおしい。
「包丁持ってるヒトの回りでうろちょろしないの!」
ケンちゃんはもっともらしい冗談を言って、わたしを騙すのが好きなのだ。ときたま本当のウンチクが混ざるからタチが悪い。わたしが混乱するのを心底喜んでいる。知ってるか、が始まったら要注意。
「カンドーするからなんだよ」
「は?勘当?」
「感動」
ケンちゃんは、私の涙を人差し指で掬って、その指をチュウと音を立ててしゃぶった。
タマネギで感動するなんて、いくらなんでも有り得ない。騙されないぞ、と決意しながら
「どういうこと?」
と聞いてみる。
ケンちゃんは待ってました、って顔をして、指をパチンと鳴らした。メアリー・ポピンズみたいに。
それは本当にメアリー・ポピンズと同じだった。
わたしは、タマネギを刻みながら感動の涙を流していたんだ。
タマネギの歌は厳そかなハーモニーで、キッチン全体がその声に震えているのがわかった。
ケンちゃんがもう一度指をならすと、キッチンはもとのパッとしないキッチンに戻った。
「ケンちゃん、今の魔法?」
「知ってるか。タマネギを切ると涙が出るのは、タマネギの中のアリシンが」
「感動するから、でしょ」
今度はわたしが指で掬ったケンちゃんの涙をしゃぶる番。
きららメール小説大賞投稿作
と、わたしがタマネギを切る後から覗き込みながらケンちゃんが言う。うっとおしい。
「包丁持ってるヒトの回りでうろちょろしないの!」
ケンちゃんはもっともらしい冗談を言って、わたしを騙すのが好きなのだ。ときたま本当のウンチクが混ざるからタチが悪い。わたしが混乱するのを心底喜んでいる。知ってるか、が始まったら要注意。
「カンドーするからなんだよ」
「は?勘当?」
「感動」
ケンちゃんは、私の涙を人差し指で掬って、その指をチュウと音を立ててしゃぶった。
タマネギで感動するなんて、いくらなんでも有り得ない。騙されないぞ、と決意しながら
「どういうこと?」
と聞いてみる。
ケンちゃんは待ってました、って顔をして、指をパチンと鳴らした。メアリー・ポピンズみたいに。
それは本当にメアリー・ポピンズと同じだった。
わたしは、タマネギを刻みながら感動の涙を流していたんだ。
タマネギの歌は厳そかなハーモニーで、キッチン全体がその声に震えているのがわかった。
ケンちゃんがもう一度指をならすと、キッチンはもとのパッとしないキッチンに戻った。
「ケンちゃん、今の魔法?」
「知ってるか。タマネギを切ると涙が出るのは、タマネギの中のアリシンが」
「感動するから、でしょ」
今度はわたしが指で掬ったケンちゃんの涙をしゃぶる番。
きららメール小説大賞投稿作
操り人間と発条ネコその11
操り人間の安田はかつて操り人形だった。
どういう経緯で操り人間になったのか、安田は覚えていない。
しかし、操り人形だった時のことはよく覚えている。
安田は道化だった。操作する者(安田は親方と呼んだ)によって踊りがうまくなったり下手になったりした。どちらにしても、笑われるのだが。
安田は、自分で軽やかに踊る夢を見ている。大観衆から喝采を浴びている。
公園の真ん中でひっくり返っている安田の身体をキンキュウジタイが解いている。
それを見た人々は指を指して笑う。
どういう経緯で操り人間になったのか、安田は覚えていない。
しかし、操り人形だった時のことはよく覚えている。
安田は道化だった。操作する者(安田は親方と呼んだ)によって踊りがうまくなったり下手になったりした。どちらにしても、笑われるのだが。
安田は、自分で軽やかに踊る夢を見ている。大観衆から喝采を浴びている。
公園の真ん中でひっくり返っている安田の身体をキンキュウジタイが解いている。
それを見た人々は指を指して笑う。
2005年10月24日月曜日
操り人間と発条ネコその10
発条ネコのキンキュウジタイはたいやきが好きで、たいやき屋を見つけると必ず立ち寄る。
どのたいやき屋も心得たものでキンキュウジタイを招き入れると、たいやきをひとつ与え、油を注し、発条を巻き、ブラシをかける。
キンキュウジタイはたいやき屋で至福の時を過ごす。
キンキュウジタイが店の裏で発条を巻いてもらう間、たいやきを買いに来た安田は待ちぼうけを食った。
どのたいやき屋も心得たものでキンキュウジタイを招き入れると、たいやきをひとつ与え、油を注し、発条を巻き、ブラシをかける。
キンキュウジタイはたいやき屋で至福の時を過ごす。
キンキュウジタイが店の裏で発条を巻いてもらう間、たいやきを買いに来た安田は待ちぼうけを食った。
2005年10月23日日曜日
操り人間と発条ネコその9
操り人間の安田が歩いていると
「だるまさんがころんだ!」
と声がした。
思わず立ち止まり、ひとつ息をしたところで再び歩き出す。
「だるまさんがころんだ」
今度は構わず歩き続けた。
「安田さんが動いた!」
腰の抜けた安田を、はじめは大騒ぎで弄んでいた子らも次第に飽きて、ひとりふたりと散っていく。
日が暮れはじめて最後の子も帰っていった。
安田は腰を抜かした時よりも複雑な体位で眠りこける。
キンキュウジタイはだるまさんが転ぶと同時に発条が切れた。
「だるまさんがころんだ!」
と声がした。
思わず立ち止まり、ひとつ息をしたところで再び歩き出す。
「だるまさんがころんだ」
今度は構わず歩き続けた。
「安田さんが動いた!」
腰の抜けた安田を、はじめは大騒ぎで弄んでいた子らも次第に飽きて、ひとりふたりと散っていく。
日が暮れはじめて最後の子も帰っていった。
安田は腰を抜かした時よりも複雑な体位で眠りこける。
キンキュウジタイはだるまさんが転ぶと同時に発条が切れた。
2005年10月21日金曜日
操り人間と発条ネコその8
発条ネコのキンキュウジタイが赤い風船と遊んでいる。
キンキュウジタイが前足で風船を突くと、風船はキャアキャアと笑う。
キンキュウジタイが尻尾で風船を撫でるとヌムヌムと身をよじる。
風船はとうとう気が違ってきて
走っているダンプカーにぶつかった。
バン! と大きな音がしてキンキュウジタイは風船の最期を思った。
ところが壊れたのはダンプカーで、赤い風船は相変わらずヌムヌムと浮遊している。
安田は驚いた拍子に腰と膝と首が抜けた。
キンキュウジタイが前足で風船を突くと、風船はキャアキャアと笑う。
キンキュウジタイが尻尾で風船を撫でるとヌムヌムと身をよじる。
風船はとうとう気が違ってきて
走っているダンプカーにぶつかった。
バン! と大きな音がしてキンキュウジタイは風船の最期を思った。
ところが壊れたのはダンプカーで、赤い風船は相変わらずヌムヌムと浮遊している。
安田は驚いた拍子に腰と膝と首が抜けた。
2005年10月20日木曜日
操り人間と発条ネコその7
発条ネコは発条が切れると動かない。
かつてキンキュウジタイは四年間眠っていたことがあった。
目が覚めると最前と景色が違うことにキンキュウジタイは笑ったものだ。
今、目の前にはぐにゃりと倒れた操り人間がいる。
キンキュウジタイは絡まった身体を解いてやる。
「世話のやける人間だ。」と思いながら、また後についていくつもりでいる。
かつてキンキュウジタイは四年間眠っていたことがあった。
目が覚めると最前と景色が違うことにキンキュウジタイは笑ったものだ。
今、目の前にはぐにゃりと倒れた操り人間がいる。
キンキュウジタイは絡まった身体を解いてやる。
「世話のやける人間だ。」と思いながら、また後についていくつもりでいる。
2005年10月19日水曜日
操り人間と発条ネコその6
操り人間の安田は歩き続ける。
安田が行く処、すべからく未踏の地であるべし、である。
安田が夜の街で眠っている発条ネコを見つけた。
「よく見掛けるけれども、一度も動いているのを見たことがないネコ」である。
安田は「コイツはいつでも緊急事態だな。」と呟きながらキンキュウジタイのヘソについている発条のネジを巻く。
力を入れ過ぎて膝が萎え、その場に崩れ落ちて気を失った。
安田が行く処、すべからく未踏の地であるべし、である。
安田が夜の街で眠っている発条ネコを見つけた。
「よく見掛けるけれども、一度も動いているのを見たことがないネコ」である。
安田は「コイツはいつでも緊急事態だな。」と呟きながらキンキュウジタイのヘソについている発条のネジを巻く。
力を入れ過ぎて膝が萎え、その場に崩れ落ちて気を失った。
2005年10月17日月曜日
操り人間と発条ネコその5
安田が歩いていると、ごぼうが「コンニチハ、安田さん」と言った。
「こんにちは」と最高の笑顔で返してから
「はてな、ごぼうの知り合いはいたかしらん」
と考えていたら、転んだ。
背中の上に頭を乗せたまま、ごぼうの知り合いについて考えているうちに眠ってしまった。
キンキュウジタイは安田の22メートル後にいる。
「こんにちは」と最高の笑顔で返してから
「はてな、ごぼうの知り合いはいたかしらん」
と考えていたら、転んだ。
背中の上に頭を乗せたまま、ごぼうの知り合いについて考えているうちに眠ってしまった。
キンキュウジタイは安田の22メートル後にいる。
2005年10月16日日曜日
操り人間と発条ネコその4
操り人間安田は真夜中の道端で転んで身悶えていた。
悶えれば悶えるほど手足は絡まるが、こんな田舎道、真夜中に通り掛かる人はいない。
安田は諦めて、右手が左足に絡み左足が頭に絡み右足が右手に絡み右手が左手に絡んだまま眠ることにした。
発条ネコのキンキュウジタイは安田の一部始終を見ていた。
難儀な人間であることよ、とキンキュウジタイは考えた。
キンキュウジタイは尻尾を巧みに使い安田の手足を解いて、その場を去った。
悶えれば悶えるほど手足は絡まるが、こんな田舎道、真夜中に通り掛かる人はいない。
安田は諦めて、右手が左足に絡み左足が頭に絡み右足が右手に絡み右手が左手に絡んだまま眠ることにした。
発条ネコのキンキュウジタイは安田の一部始終を見ていた。
難儀な人間であることよ、とキンキュウジタイは考えた。
キンキュウジタイは尻尾を巧みに使い安田の手足を解いて、その場を去った。
2005年10月15日土曜日
操り人間と発条ネコその3
キンキュウジタイが歩いているとしばしば時限爆弾騒動が起きる。
キンキュウジタイは、騒ぎの周囲でうろつき回って慌てている人間どもを見物した。
しかし、次第に発条が切れてきて眠くなる……。
何者かによって発条が巻かれたキンキュウジタイが目覚めると時限爆弾騒ぎはすっかり収まっていた。
キンキュウジタイは、騒ぎの周囲でうろつき回って慌てている人間どもを見物した。
しかし、次第に発条が切れてきて眠くなる……。
何者かによって発条が巻かれたキンキュウジタイが目覚めると時限爆弾騒ぎはすっかり収まっていた。
2005年10月14日金曜日
操り人間と発条ネコその2
安田はしばしば自分の手足についた糸が絡まって、甚だしい格好になる。
たった今、安田は段差に躓いた。
安田は周囲の人に助けを求める。
はじめはひとりか二人だったのが次第に人数が増え、知恵の輪に興じるがごとく色めきと苛立ちで安田に取付く。
安田は身体を玩ばれながら、詫びの言葉を繰り返す。
「まことにお手数をおかけまして……」
その表現は正しい。
たった今、安田は段差に躓いた。
安田は周囲の人に助けを求める。
はじめはひとりか二人だったのが次第に人数が増え、知恵の輪に興じるがごとく色めきと苛立ちで安田に取付く。
安田は身体を玩ばれながら、詫びの言葉を繰り返す。
「まことにお手数をおかけまして……」
その表現は正しい。
2005年10月13日木曜日
操り人間と発条ネコその1
操り人間の名前を安田という。
操り人間とは、何か。
操り人形ならご存知であろう。マリオネットである。
操り人形の人間版が操り人間。至極明解。
発条ネコの名前をキンキュウジタイという。
発条ネコとは、何か。
発条仕掛けで動くネコである。スプリングキャットといえば、お解りか。至極単純。
操り人間とは、何か。
操り人形ならご存知であろう。マリオネットである。
操り人形の人間版が操り人間。至極明解。
発条ネコの名前をキンキュウジタイという。
発条ネコとは、何か。
発条仕掛けで動くネコである。スプリングキャットといえば、お解りか。至極単純。
2005年10月12日水曜日
2005年10月11日火曜日
2005年10月9日日曜日
ウィスタリアのライン
八歳の時、好きな子がいた。年下の子供だった。初恋と呼んでよいのか、どうか。
ある日、ウィスタリアの三本のラインを地面に見つけた。あまりにもきれいだったのでラインを辿って歩くと三輪車に乗った子供がいた。
ドキドキした。
「見つけた」と思った。
その子が通ると、地面には三本のウィスタリアのラインが残るのだった。それはつまり、三輪車タイヤの跡なのだけれど。
あの子に会いたいときにはウィスタリアのラインを辿った。あの子を見つけるといつもドキドキした。そして、後について歩いた。
時々あの子は振り向いて、笑った。
その瞬間だけ、ウィスタリアは途切れた。
もっとドキドキした。
【wistariaC50M45Y0K0】
ある日、ウィスタリアの三本のラインを地面に見つけた。あまりにもきれいだったのでラインを辿って歩くと三輪車に乗った子供がいた。
ドキドキした。
「見つけた」と思った。
その子が通ると、地面には三本のウィスタリアのラインが残るのだった。それはつまり、三輪車タイヤの跡なのだけれど。
あの子に会いたいときにはウィスタリアのラインを辿った。あの子を見つけるといつもドキドキした。そして、後について歩いた。
時々あの子は振り向いて、笑った。
その瞬間だけ、ウィスタリアは途切れた。
もっとドキドキした。
【wistariaC50M45Y0K0】
2005年10月7日金曜日
2005年10月5日水曜日
天馬
「エルム」と私は馬を呼んだ。エルムグリーンの毛色をしていたからである。
エルムは年寄りの牝馬だった。ある日突然ひとりでやってきて、何十年も主がいない我が家の馬小屋に住み着いた。
エルムは無口な馬だった。声も滅多に出さず、気配も淡かった。
エルムに乗って草原へ入ると彼女の体は草葉に紛れ、
私は広大な草原を独りで浮遊しているような心持ちになった。
そんな時は半ば縋るようにエルムの首筋を撫でたものだ。
そうして自分とエルムが生きて確かめた。何度も何度も確かめた。
エルムと過ごした時間はそれほど長くはない。我が家へ来た時、すでに十分年を取っていたのだ。
だがエルムは、私の前では死ななかった。
一晩で羽根を生やし、最初で最後のいななきを響かせ、軽やかに飛びたっていったのだ。
【elm greenC0M0Y80K40】
エルムは年寄りの牝馬だった。ある日突然ひとりでやってきて、何十年も主がいない我が家の馬小屋に住み着いた。
エルムは無口な馬だった。声も滅多に出さず、気配も淡かった。
エルムに乗って草原へ入ると彼女の体は草葉に紛れ、
私は広大な草原を独りで浮遊しているような心持ちになった。
そんな時は半ば縋るようにエルムの首筋を撫でたものだ。
そうして自分とエルムが生きて確かめた。何度も何度も確かめた。
エルムと過ごした時間はそれほど長くはない。我が家へ来た時、すでに十分年を取っていたのだ。
だがエルムは、私の前では死ななかった。
一晩で羽根を生やし、最初で最後のいななきを響かせ、軽やかに飛びたっていったのだ。
【elm greenC0M0Y80K40】
2005年10月4日火曜日
2005年10月2日日曜日
2005年10月1日土曜日
外国から届いた手紙の話
「キナリ、手紙だよ。プキサからだ」
と船旅から帰ったばかりの船長が封書を差し出した。
長い名の絵かきは、異国へスケッチ旅行に出掛けている。
「あれ? 外国語だ……船長読んで」よし、と船長が読みはじめる。
「親愛なるエクルへ。ナンナルやチョット・バカリーは元気かい? こちらは寒い日が続いています。ヌバタマが喜びそうなおいしいミルクを毎晩温めて飲んでいます。――今日描いた小品を同封します。今暮らしている部屋から見た風景だよ。満月の晩に。プキサより」
少女は尋ねる。
「エクル? キナリに来た手紙じゃないの?」
「もちろんプキサがキナリに書いた手紙だよ。エクルはフランス語でキナリという意味だ」
「エ、ク、ル……エクル……」
少女はその名前が「キナリ」の次に気に入った。
「ねぇ、ナンナル。エクルって呼んでみて」
月は、ひどく照れた。
【ecru beigeC0M8Y20K4】
と船旅から帰ったばかりの船長が封書を差し出した。
長い名の絵かきは、異国へスケッチ旅行に出掛けている。
「あれ? 外国語だ……船長読んで」よし、と船長が読みはじめる。
「親愛なるエクルへ。ナンナルやチョット・バカリーは元気かい? こちらは寒い日が続いています。ヌバタマが喜びそうなおいしいミルクを毎晩温めて飲んでいます。――今日描いた小品を同封します。今暮らしている部屋から見た風景だよ。満月の晩に。プキサより」
少女は尋ねる。
「エクル? キナリに来た手紙じゃないの?」
「もちろんプキサがキナリに書いた手紙だよ。エクルはフランス語でキナリという意味だ」
「エ、ク、ル……エクル……」
少女はその名前が「キナリ」の次に気に入った。
「ねぇ、ナンナル。エクルって呼んでみて」
月は、ひどく照れた。
【ecru beigeC0M8Y20K4】
2005年9月29日木曜日
野道を駆けるションヴォリ氏
レオナルド・ションヴォリ氏はじいさんで、カーマイン色のスクーターに乗って野道を疾走する。
おんなじ色のヘルメットとゴーグルとライダースーツを身につけ、「らったったった」と野道をかける。
驚いた案山子がひっくり返るのを見てションヴォリ氏は大喜び。
【carmine C0M100Y65K10】
おんなじ色のヘルメットとゴーグルとライダースーツを身につけ、「らったったった」と野道をかける。
驚いた案山子がひっくり返るのを見てションヴォリ氏は大喜び。
【carmine C0M100Y65K10】
2005年9月28日水曜日
2005年9月26日月曜日
秋の日の出来事
松田タケオ
表札を確認して声を書ける。
「ごめんください」
「はーい!」
ずいぶんかわいらしい声だと思ったら
煤竹色のちゃんちゃんこを来た女の子が出て来た。中学生だろうか。
「タケオさんはご在宅でしょうか」
「父は夜まで帰りません」
言い振りは大人だが、瞳は見知らぬ訪問者への好奇心で溢れている。
「では……」
「留守番退屈なんだ。おじさん、遊んでよ」
おじさん…はじめて面と向かって言われた言葉に一瞬動揺すると
それを狙っていたように、娘は着ていたちゃんちゃんこを素早く脱いで私の頭に被せた。
「捕まえた!」
煤竹色だったはずなのに、目の前は明るい桃色だった。
何をするんだ、と言おう息を吸い込んだら、桃より甘い少女の匂いにむせ返る。
えぇい、どうにでもなれ。
【煤竹色C0M30Y30K72】
表札を確認して声を書ける。
「ごめんください」
「はーい!」
ずいぶんかわいらしい声だと思ったら
煤竹色のちゃんちゃんこを来た女の子が出て来た。中学生だろうか。
「タケオさんはご在宅でしょうか」
「父は夜まで帰りません」
言い振りは大人だが、瞳は見知らぬ訪問者への好奇心で溢れている。
「では……」
「留守番退屈なんだ。おじさん、遊んでよ」
おじさん…はじめて面と向かって言われた言葉に一瞬動揺すると
それを狙っていたように、娘は着ていたちゃんちゃんこを素早く脱いで私の頭に被せた。
「捕まえた!」
煤竹色だったはずなのに、目の前は明るい桃色だった。
何をするんだ、と言おう息を吸い込んだら、桃より甘い少女の匂いにむせ返る。
えぇい、どうにでもなれ。
【煤竹色C0M30Y30K72】
2005年9月25日日曜日
2005年9月24日土曜日
2005年9月22日木曜日
シオン色のブタちゃん
シオン色のブタちゃんが夕焼け空を飛んでるよ。
ブタちゃんがお空を飛ぶから、お庭のジョウロもついでに浮かぶ。ぷかぷか
だからきっと、夜には雨が降るよ。
おやおや、お空はブタちゃんを先頭にジョウロの行列だよ。ぞろぞろ
きっと今夜は土砂降りだ。
【紫苑色C40M40Y0K30】
ブタちゃんがお空を飛ぶから、お庭のジョウロもついでに浮かぶ。ぷかぷか
だからきっと、夜には雨が降るよ。
おやおや、お空はブタちゃんを先頭にジョウロの行列だよ。ぞろぞろ
きっと今夜は土砂降りだ。
【紫苑色C40M40Y0K30】
花戯れ
隣の家の幼い娘は、紫色の長い髪をしていた。
楝の花で染めるの、と少女は言った。
「五月になったら染めるの。見る?」
私は、「是非」と答えた。
五月のある日、少女は井戸水で念入りに髪を洗った。
真っ白になった髪を日なたで乾かしながら、私たちはとりとめのない話をした。
髪が乾くと、少女は服を脱ぎ裸になり、花をつけた楝の木に登った。
伸びやかに四肢を動かし、するすると登る姿は、あまりにも眩しい。
しばらくして降りてきた少女の髪は、見事な紫色に染まっていた。
素裸のまま私の前に立ち「今年はうまく染まったよ」と笑う瞳は、先よりも少し大人になったような気がする。
【楝色C40M42Y0K0】
楝の花で染めるの、と少女は言った。
「五月になったら染めるの。見る?」
私は、「是非」と答えた。
五月のある日、少女は井戸水で念入りに髪を洗った。
真っ白になった髪を日なたで乾かしながら、私たちはとりとめのない話をした。
髪が乾くと、少女は服を脱ぎ裸になり、花をつけた楝の木に登った。
伸びやかに四肢を動かし、するすると登る姿は、あまりにも眩しい。
しばらくして降りてきた少女の髪は、見事な紫色に染まっていた。
素裸のまま私の前に立ち「今年はうまく染まったよ」と笑う瞳は、先よりも少し大人になったような気がする。
【楝色C40M42Y0K0】
2005年9月20日火曜日
2005年9月18日日曜日
転校生
転校生は「ブラスバンド部に入りたい」と隣の席のわたしに言った。
「わたしもブラバンだよ。学活終わったら、一緒に行こう」
転校生は、さも当然だという顔をしてにこりともしなかった。
音楽室には一番に着いてしまった。まだよくしらない男の子と二人きり…あとから来たみんなに何を言われるか。
わたしの心配を知ってか知らずか、彼は細長い黒いケースを出した。
フルートだ。
慣れた手つきで楽器を取り出す。
「あ!」
転校生のフルートは青かった。
「珍しい?縹色のフルート」
わたしの声に転校生がはじめて笑った。
返す言葉が出ない。あまりにも驚いたから。それを構えた転校生の姿が、あまりにも美しいから。
「ハナダイロ」の上で転校生の白い指が踊っている。
なぜだか音が聞こえない。
【縹色C70M20Y0K30】
「わたしもブラバンだよ。学活終わったら、一緒に行こう」
転校生は、さも当然だという顔をしてにこりともしなかった。
音楽室には一番に着いてしまった。まだよくしらない男の子と二人きり…あとから来たみんなに何を言われるか。
わたしの心配を知ってか知らずか、彼は細長い黒いケースを出した。
フルートだ。
慣れた手つきで楽器を取り出す。
「あ!」
転校生のフルートは青かった。
「珍しい?縹色のフルート」
わたしの声に転校生がはじめて笑った。
返す言葉が出ない。あまりにも驚いたから。それを構えた転校生の姿が、あまりにも美しいから。
「ハナダイロ」の上で転校生の白い指が踊っている。
なぜだか音が聞こえない。
【縹色C70M20Y0K30】
2005年9月16日金曜日
七ツの星は天に輝く
部屋の中を歩いていた虫を危うく踏み潰すところだった。
逃がしてやろうと拾いあげると、この虫、青い。青いてんとうむしだ。
「ほんとうにてんとうむし?」
「失敬な。確かにナナホシテントウですよ、ぼくは」
「しゃべった」
「これまた失敬な。なんて失礼な人でしょうね、あなたは。私は天色のナナホシテントウ。たいていのナナホシテントウはお天道様の赤い色ですが、時々、天の色が生まれるのです。ぼくのような」
「アマの色……」
「失礼な上に頭の回らない人だな。天。天空ですよ、宇宙ですよ。この美しいぼくの色」
そう言っててんとうむしは、私の手の平から飛び立った。
まったく失礼はどちらやら。
【天色C55M10Y0K0】
逃がしてやろうと拾いあげると、この虫、青い。青いてんとうむしだ。
「ほんとうにてんとうむし?」
「失敬な。確かにナナホシテントウですよ、ぼくは」
「しゃべった」
「これまた失敬な。なんて失礼な人でしょうね、あなたは。私は天色のナナホシテントウ。たいていのナナホシテントウはお天道様の赤い色ですが、時々、天の色が生まれるのです。ぼくのような」
「アマの色……」
「失礼な上に頭の回らない人だな。天。天空ですよ、宇宙ですよ。この美しいぼくの色」
そう言っててんとうむしは、私の手の平から飛び立った。
まったく失礼はどちらやら。
【天色C55M10Y0K0】
2005年9月15日木曜日
2005年9月13日火曜日
2005年9月11日日曜日
道
英国人と思われる男が萌黄色の背広を着て、ステッキをついてやってきた。
「ごめんください」
と彼はなんの訛りもなく言った。
「お宅のお風呂を通らせて下さい」
「は?」
「わたくしが進むべき道と、この家の風呂場が重なっているのです。ご迷惑はかけません。通るだけですから」
私はよくわからないまま「どうぞ」と言った。
すると彼はその眩しい色の背広の内ポケットからハンケチを出して、靴の裏とステッキを丁寧に拭き始めた。
我が家の床よりあなたの靴の裏のほうが、ずっときれいです…と言いそうになったが、黙って見ていた。
ハンケチを畳み、ポケットに戻すと、彼は迷わず風呂場に向かい、扉を開け
「お邪魔しました」と頭を下げ去っていった。
【萌黄C38M0Y84K0】
「ごめんください」
と彼はなんの訛りもなく言った。
「お宅のお風呂を通らせて下さい」
「は?」
「わたくしが進むべき道と、この家の風呂場が重なっているのです。ご迷惑はかけません。通るだけですから」
私はよくわからないまま「どうぞ」と言った。
すると彼はその眩しい色の背広の内ポケットからハンケチを出して、靴の裏とステッキを丁寧に拭き始めた。
我が家の床よりあなたの靴の裏のほうが、ずっときれいです…と言いそうになったが、黙って見ていた。
ハンケチを畳み、ポケットに戻すと、彼は迷わず風呂場に向かい、扉を開け
「お邪魔しました」と頭を下げ去っていった。
【萌黄C38M0Y84K0】
2005年9月10日土曜日
じいさんのノート
異様な感触に一度手を引っ込める。
「あった……」
物置の奥から、ヌルリとした海松色のノートをようやく見つけた出した。
生暖かく濡れているような触り心地で、気色が悪い。何年もほったらかしのはずだが、埃はほとんどついていない。
じいさんが言うことは本当だった。
「物置にヌメヌメノートがあるから取ってこい。中は見るなよ」
全く意味がわからないと文句を言いながら、仕方なく物置を漁っていたのだった。
早速じいさんにノートを差し出すと、見たこともないような顔で喜んだ。
「で、それ何?」
「ヌメヌメノート。触るといい気持ちだ」
じいさんは、肌身離さずノートを撫で回している。
オレはその姿を見て自分の顔が歪むのを感じた。、
ノートには、たくさんの裸婦像が描かれているのを、しっかり見たのである。
【海松色C0M0Y50K70】
「あった……」
物置の奥から、ヌルリとした海松色のノートをようやく見つけた出した。
生暖かく濡れているような触り心地で、気色が悪い。何年もほったらかしのはずだが、埃はほとんどついていない。
じいさんが言うことは本当だった。
「物置にヌメヌメノートがあるから取ってこい。中は見るなよ」
全く意味がわからないと文句を言いながら、仕方なく物置を漁っていたのだった。
早速じいさんにノートを差し出すと、見たこともないような顔で喜んだ。
「で、それ何?」
「ヌメヌメノート。触るといい気持ちだ」
じいさんは、肌身離さずノートを撫で回している。
オレはその姿を見て自分の顔が歪むのを感じた。、
ノートには、たくさんの裸婦像が描かれているのを、しっかり見たのである。
【海松色C0M0Y50K70】
2005年9月9日金曜日
2005年9月7日水曜日
2005年9月5日月曜日
2005年9月3日土曜日
リスの栗梅
「おーい!クリムメや、クリムメや」
私が呼ぶと森の奥からリスが現れた。
「ご機嫌うるわしゅうございますね、タカシ」
クリムメは、私がリスに付けてやった名前である。
『お前は毛並みが美しいからして、クリムメと呼んでやろう。栗も梅も美味なる実を結ぶ』
初めて会った日に私がこう言うと、栗梅はたいそう喜んだ。
「本日のご用向きは何でございますか、タカシ」
「明日の風向きを教えて欲しい」
「明日は…北西の風、ケンジロウは機嫌好し、オカルは持病の癪、キンジは憂い気味、コウスケは穏やかな心持ち」
「そうか…オカルに会うのは止めておくとしよう。癪のオカルはオッカナイ」
クリムメは、ペコペコと頭を下げて森へ帰っていった。
【栗梅 C0C70Y70K53】
私が呼ぶと森の奥からリスが現れた。
「ご機嫌うるわしゅうございますね、タカシ」
クリムメは、私がリスに付けてやった名前である。
『お前は毛並みが美しいからして、クリムメと呼んでやろう。栗も梅も美味なる実を結ぶ』
初めて会った日に私がこう言うと、栗梅はたいそう喜んだ。
「本日のご用向きは何でございますか、タカシ」
「明日の風向きを教えて欲しい」
「明日は…北西の風、ケンジロウは機嫌好し、オカルは持病の癪、キンジは憂い気味、コウスケは穏やかな心持ち」
「そうか…オカルに会うのは止めておくとしよう。癪のオカルはオッカナイ」
クリムメは、ペコペコと頭を下げて森へ帰っていった。
【栗梅 C0C70Y70K53】
2005年8月31日水曜日
2005年8月30日火曜日
2005年8月29日月曜日
2005年8月28日日曜日
雫
13才の13月13日、朝起きるとあたしは、巨大なパビムンだった。
溜め息が出た。
無理矢理ベッドを抜け出ると、ママは無言であたしを抱きしめた。
あたしは大暴れして、外へ飛び出した。
外は、よく晴れていた。
あたしは道路に仁王立ちになって道行く人を睨みつける。
パジャマのままのパビムンなあたしを、みんな見て見ない振りをしてる。
いくら待っても、誰も立ち止まらない。
血溜まりの中、あたしのパビムンは急速に縮んでいく。
血溜まりが深いから、長靴が欲しいよ、と小指の爪くらいになったパビムンに言った。
溜め息が出た。
無理矢理ベッドを抜け出ると、ママは無言であたしを抱きしめた。
あたしは大暴れして、外へ飛び出した。
外は、よく晴れていた。
あたしは道路に仁王立ちになって道行く人を睨みつける。
パジャマのままのパビムンなあたしを、みんな見て見ない振りをしてる。
いくら待っても、誰も立ち止まらない。
血溜まりの中、あたしのパビムンは急速に縮んでいく。
血溜まりが深いから、長靴が欲しいよ、と小指の爪くらいになったパビムンに言った。
2005年8月26日金曜日
手紙
ぼくはいつもパビムンに手紙を書いた。
パビムン、今日はいい天気です。
だけどぼくはパビムンがどこに住んでいるのか知らない。
パビムン、明日は誕生日なんだよ。11才だ。
だから宛先は書けない。
グランドで転んじゃった。
手紙は机の引きだしの中。
パビムンは森に入ったことがある? 暗い夜の森。
真っ白の封筒が百通たまった。
天国の天国はどこにあるのか、知ってる? パビムン
本当はパビムンなんていやしない。
珊瑚礁が見てみたいんだ。
だって、ぼくが妄想で作った友達だから。
たくさん血が流れた。
万が一いたとしても…パビムンはぼくを知らない。
パビムン、君への手紙は全部焼けました。
パビムン、今日はいい天気です。
だけどぼくはパビムンがどこに住んでいるのか知らない。
パビムン、明日は誕生日なんだよ。11才だ。
だから宛先は書けない。
グランドで転んじゃった。
手紙は机の引きだしの中。
パビムンは森に入ったことがある? 暗い夜の森。
真っ白の封筒が百通たまった。
天国の天国はどこにあるのか、知ってる? パビムン
本当はパビムンなんていやしない。
珊瑚礁が見てみたいんだ。
だって、ぼくが妄想で作った友達だから。
たくさん血が流れた。
万が一いたとしても…パビムンはぼくを知らない。
パビムン、君への手紙は全部焼けました。
2005年8月25日木曜日
パビムン風
夏に吹く湿った風をパビムン風、と土地の人は呼んだ。
乾いたこの地に湿った風が吹く理由は、まだ解明されていない。
荒涼とした大地と羊の群を見渡しながら
パビムン風を胸いっぱいに吸い込む。
「パビムン、とはどういう意味ですか?」
尋ねると男は羊の群を従えながら答えた。
「昔、ここにパビムンという名前のじいさんがいた。パビムン風は、パビムンじいさんと同じ匂いがするんだ」
乾いたこの地に湿った風が吹く理由は、まだ解明されていない。
荒涼とした大地と羊の群を見渡しながら
パビムン風を胸いっぱいに吸い込む。
「パビムン、とはどういう意味ですか?」
尋ねると男は羊の群を従えながら答えた。
「昔、ここにパビムンという名前のじいさんがいた。パビムン風は、パビムンじいさんと同じ匂いがするんだ」
おねだり
パビムンを頂戴。
アンタが持っているその黄色の緑マーブル模様。
触らせて頂戴。
ブヨブヨしてるんでしょう?
聞かせて頂戴。
電子の虫がうごめく音で、ゾクゾクしたいの。
匂いを嗅がせて頂戴。
古いゴムみたいな匂いが忘れられない。
舐めさせて頂戴。
甘くてブツブツしてるの、知ってるんだから。
ね? はやく、パビムンを頂戴。
アンタが持っているその黄色の緑マーブル模様。
触らせて頂戴。
ブヨブヨしてるんでしょう?
聞かせて頂戴。
電子の虫がうごめく音で、ゾクゾクしたいの。
匂いを嗅がせて頂戴。
古いゴムみたいな匂いが忘れられない。
舐めさせて頂戴。
甘くてブツブツしてるの、知ってるんだから。
ね? はやく、パビムンを頂戴。
2005年8月24日水曜日
パビムン王
パビムン国のパビムン王である。
王は薄暗いカビの生えた城に暮らしているので
家来は昼間でも燭台を片手に働いている。
パビムン王は、薄暗い城内を燭台も持たずにトッテラ・トッテラと歩きまわり、すれ違う家来を「ばあ!」と脅かす。
パビムン王は二歳四か月。
王は薄暗いカビの生えた城に暮らしているので
家来は昼間でも燭台を片手に働いている。
パビムン王は、薄暗い城内を燭台も持たずにトッテラ・トッテラと歩きまわり、すれ違う家来を「ばあ!」と脅かす。
パビムン王は二歳四か月。
2005年8月23日火曜日
パビムン・パビムン
「ただ、パビムンだったのさ……」
男はそう言ってシワだらけの顔を歪ませた。
その顔は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
私は男の節くれだった手にくちびるを寄せ、家を出た。
空には三日月が三つ。
男はそう言ってシワだらけの顔を歪ませた。
その顔は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。
私は男の節くれだった手にくちびるを寄せ、家を出た。
空には三日月が三つ。
2005年8月21日日曜日
パビムン音頭
夕刻、帰り道。なにやらお囃子のような音が聞こえてきた。
盆踊りのお稽古かしらん…はて、この近所に夏祭りなんかあったっけ?と、思いながら耳を澄ます。
「パビムンパビムンスッテンテン」
と聞こえてきた。「パビムン?」私は音を頼りに家とは逆方向に歩き出した。
「パビムンパビムンツクテンテン」
音がいよいよ大きくなり、私は野原に出た。
大音量で「パビムンパビムン」が流れる古びたラジカセが、野原の真ん中にぽつんと置かれている。
私はラジカセに近づき、しばらく眺めていた。
「いつかテープが終わるだろう」と思ったがパビムンは終わらない。
「テープを止めてやろう」と思ったが、ラジカセの大きなボタンはサビとホコリで動かない。
私は「パビムン音頭」の振りを考えることにしたが、これはうまくできた。
パビムンパビムンスッテンテン
盆踊りのお稽古かしらん…はて、この近所に夏祭りなんかあったっけ?と、思いながら耳を澄ます。
「パビムンパビムンスッテンテン」
と聞こえてきた。「パビムン?」私は音を頼りに家とは逆方向に歩き出した。
「パビムンパビムンツクテンテン」
音がいよいよ大きくなり、私は野原に出た。
大音量で「パビムンパビムン」が流れる古びたラジカセが、野原の真ん中にぽつんと置かれている。
私はラジカセに近づき、しばらく眺めていた。
「いつかテープが終わるだろう」と思ったがパビムンは終わらない。
「テープを止めてやろう」と思ったが、ラジカセの大きなボタンはサビとホコリで動かない。
私は「パビムン音頭」の振りを考えることにしたが、これはうまくできた。
パビムンパビムンスッテンテン
2005年8月20日土曜日
パビムンとギュヒチ
「あ、パビムンだ」
と息子が指差した先には、石ころがあった。
「へぇ、これがパビムン?」
「ほら、ここがパビムン」それは私が子供のころ「ギヒュチ」と呼んでいたものだった。
「これはギヒュチだよ。パビムンはこっち」
「ちがうの! これがパビムンなの!」
と息子が指差した先には、石ころがあった。
「へぇ、これがパビムン?」
「ほら、ここがパビムン」それは私が子供のころ「ギヒュチ」と呼んでいたものだった。
「これはギヒュチだよ。パビムンはこっち」
「ちがうの! これがパビムンなの!」
2005年8月18日木曜日
パビムン列車
寝台列車に乗るのは、15年振りだ。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。
文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。
朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。
文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。
朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。
2005年8月17日水曜日
パビムンウイルス
新しいウイルスは「パビムン」と名付けられた。
鮫肌医科大学のジョンソン教授は
「体内に侵入したパビムンは、脳内でパビムン革命を起こす。パビムン革命が成功すれば、その人はパビムン体質となりパビムン的効果を得やすくなる。もし革命が失敗すれば、抗体によって以後もパビムン体質になることはない。そればかりか、鼻糞がちょっと増える」と説明した。
「ちょっと増える、とはどれくらいですか?」と、新聞記者が尋ねた。
「ちょっと、です。パビムンですから」
鮫肌医科大学のジョンソン教授は
「体内に侵入したパビムンは、脳内でパビムン革命を起こす。パビムン革命が成功すれば、その人はパビムン体質となりパビムン的効果を得やすくなる。もし革命が失敗すれば、抗体によって以後もパビムン体質になることはない。そればかりか、鼻糞がちょっと増える」と説明した。
「ちょっと増える、とはどれくらいですか?」と、新聞記者が尋ねた。
「ちょっと、です。パビムンですから」
2005年8月16日火曜日
鮫肌デパートのパビムン
ぼくの町の「七不思議」の一つに『鮫肌デパートの北エレベーターに四階から乗るとパビムン』
というのがある。
これにはいくつか条件があって
・昇りであること
・誰もいないエレベーターに乗ること
・お昼の十二時台であること
以上をすべてクリアしなくちゃいけない。
ぼくはこの手の話は信じないタイプだが、どうしても「パビムン」が気になっていた。
誰に聞いても「パビムン」が何かわからない。辞書にも載っていない。
ぼくは夏休みを使って鮫肌デパートに通った。
四階の北エレベーターの前に立ち、「△」ボタンを押し続ける。
開いた時に人がいてはダメだ。中の人に「あら、乗らないの?」なんて言われて気まずくなってもガマン。
一時間はあっという間に過ぎていく。
そしてまた、ドアが開く。
誰もいないエレベーター。
初めてのチャンス。
「パビムン」
というのがある。
これにはいくつか条件があって
・昇りであること
・誰もいないエレベーターに乗ること
・お昼の十二時台であること
以上をすべてクリアしなくちゃいけない。
ぼくはこの手の話は信じないタイプだが、どうしても「パビムン」が気になっていた。
誰に聞いても「パビムン」が何かわからない。辞書にも載っていない。
ぼくは夏休みを使って鮫肌デパートに通った。
四階の北エレベーターの前に立ち、「△」ボタンを押し続ける。
開いた時に人がいてはダメだ。中の人に「あら、乗らないの?」なんて言われて気まずくなってもガマン。
一時間はあっという間に過ぎていく。
そしてまた、ドアが開く。
誰もいないエレベーター。
初めてのチャンス。
「パビムン」
2005年8月15日月曜日
パビムンに塗れる
「ふぅ」と息をついてサキは蛇口を捻った。
サキの身体が湯気に包まれる。
サキはしばらくシャワーに当たっていた。
鎖骨の辺りにシャワーを受け、その刺激と音に身を任せていた。
眠ったわけではないだろうが、ずいぶん時が経ったことに気付いたサキは
思い出したようにボディソープに手を伸ばし、身体を洗い始めた。
左腕、右腕と洗い、胸元までくるとスポンジを握りしめて強くこすった。
サキはケタケタと笑った。
身体をこする強さに比例するかのように笑い声は大きくなった。
白い泡に潜んだパビムンにまみれたサキは、身体をくねらせながら、笑い続けた。
頭の何処かで「パビムンに犯された」とわかりながら笑うのをやめることができなかった。
サキの身体が湯気に包まれる。
サキはしばらくシャワーに当たっていた。
鎖骨の辺りにシャワーを受け、その刺激と音に身を任せていた。
眠ったわけではないだろうが、ずいぶん時が経ったことに気付いたサキは
思い出したようにボディソープに手を伸ばし、身体を洗い始めた。
左腕、右腕と洗い、胸元までくるとスポンジを握りしめて強くこすった。
サキはケタケタと笑った。
身体をこする強さに比例するかのように笑い声は大きくなった。
白い泡に潜んだパビムンにまみれたサキは、身体をくねらせながら、笑い続けた。
頭の何処かで「パビムンに犯された」とわかりながら笑うのをやめることができなかった。
2005年8月14日日曜日
幻の酒パビムン
パビムンと呼ばれるその酒は、年に三本しか造られない。
造っているのは、小さな島に住む老人である。
三本のうち、一本は老人自身が飲み、一本は海に捧げられ、最後の一本が「誰か」のところに届く。
届けるのはウミネコとネコの役目である。
青黒く、とろみがあるが香りはあくまでも爽やか
という評は、去年ネコの訪問に預かった無口で有名な鍛冶屋のボブの談である。
造っているのは、小さな島に住む老人である。
三本のうち、一本は老人自身が飲み、一本は海に捧げられ、最後の一本が「誰か」のところに届く。
届けるのはウミネコとネコの役目である。
青黒く、とろみがあるが香りはあくまでも爽やか
という評は、去年ネコの訪問に預かった無口で有名な鍛冶屋のボブの談である。
2005年8月13日土曜日
妖怪パビムン
夏だからオバケの話をしようか。
ぼくの住む町にはパビムンという妖怪がいる。
パビムンはおかしな妖怪だ。
顔は緑で手足はびよーんと長くてピンク色、一つ目でツルッ禿、尖った細かい歯で「カコカコカコカコ」って笑う。
まあ、見るからに妖怪だ。
どこがおかしいかと言うと、町の誰もがみんな見たことがある「珍しくもなんともない妖怪」なんだ。
ぼくの住む町にはパビムンという妖怪がいる。
パビムンはおかしな妖怪だ。
顔は緑で手足はびよーんと長くてピンク色、一つ目でツルッ禿、尖った細かい歯で「カコカコカコカコ」って笑う。
まあ、見るからに妖怪だ。
どこがおかしいかと言うと、町の誰もがみんな見たことがある「珍しくもなんともない妖怪」なんだ。
2005年8月11日木曜日
rain
今日もパビムンな雨が降る。
お気に入りのレインコートを着てレインブーツを履いて、わたしは買い物に出掛ける。
パンは今朝食べ尽くした。
アパートの階段を降りたところで空を見上げてから
レインコートのフードをすっぽり被り、雨の中に入っていく。
雨音が消える。
だってパビムンな雨だもの。
お気に入りのレインコートを着てレインブーツを履いて、わたしは買い物に出掛ける。
パンは今朝食べ尽くした。
アパートの階段を降りたところで空を見上げてから
レインコートのフードをすっぽり被り、雨の中に入っていく。
雨音が消える。
だってパビムンな雨だもの。
2005年8月10日水曜日
パビムン畑
少し郊外に出ると、そこにはパビムンの畑が広がっていた。
パビムンというのは、この地でしか採れないらしい。
一面のパビムン畑は、異様な光景である。
恐ろしくて逃げ出したくなる衝動に駆られながら、私は畑の中を歩いた。
写真を撮り、栽培者に話を聞かなければならないのだ。
だが、畑に入ってから人間の姿は見当たらない。
私は改めて景色をゆっくりと眺めた。
まず、この匂いが耐えられない。
青々とした畑は、焦げ臭かった。逃げなければ焼け死んでしまいそうだった。
花は目玉にしか見えない。
風に揺れる幾千万の目玉。
「あ……」
私は、たぶん気絶する。
パビムンというのは、この地でしか採れないらしい。
一面のパビムン畑は、異様な光景である。
恐ろしくて逃げ出したくなる衝動に駆られながら、私は畑の中を歩いた。
写真を撮り、栽培者に話を聞かなければならないのだ。
だが、畑に入ってから人間の姿は見当たらない。
私は改めて景色をゆっくりと眺めた。
まず、この匂いが耐えられない。
青々とした畑は、焦げ臭かった。逃げなければ焼け死んでしまいそうだった。
花は目玉にしか見えない。
風に揺れる幾千万の目玉。
「あ……」
私は、たぶん気絶する。
2005年8月8日月曜日
バビムン遺跡
その奇岩地帯に遺跡が発見されたのは、つい半月前のことである。
ツルツルしたドーム型の岩がそびえ立つその一帯に、人間が都市を作っていたとは誰も想像していなかった。
なにしろ岩の上は滑りやすく、岩の下は狭すぎて
珍しい景色にも関わらず人々は近寄ろうとしないのだ。
年に一度か二度、冒険家が転落死するニュースで
人々は奇岩地帯があったことを思い出す。
遺跡は「パビムン」と名付けられた。
都市は、岩の内部に作られていた。
奇岩はビルディングだった!と新聞は見出しに付けた。
細い螺旋階段の回りに部屋が作られていた。
岩と岩を結ぶ通路はあちこちにあるが
岩への出入口は一カ所、それも屈んで入るような小さいものしか見つかっていない。
おそらく一生のほとんどを岩の中で過ごしたのだろう。
羊もビルディングの中で暮らしていたらしい。
パビムンの人々の生活が解明されるのはこれからだ。
最近、パビムン遺跡を真似た丸い屋根を付けた建物が人気らしい。
ビルディングやマンション、もちろん名前は「パビムン」である。
ツルツルしたドーム型の岩がそびえ立つその一帯に、人間が都市を作っていたとは誰も想像していなかった。
なにしろ岩の上は滑りやすく、岩の下は狭すぎて
珍しい景色にも関わらず人々は近寄ろうとしないのだ。
年に一度か二度、冒険家が転落死するニュースで
人々は奇岩地帯があったことを思い出す。
遺跡は「パビムン」と名付けられた。
都市は、岩の内部に作られていた。
奇岩はビルディングだった!と新聞は見出しに付けた。
細い螺旋階段の回りに部屋が作られていた。
岩と岩を結ぶ通路はあちこちにあるが
岩への出入口は一カ所、それも屈んで入るような小さいものしか見つかっていない。
おそらく一生のほとんどを岩の中で過ごしたのだろう。
羊もビルディングの中で暮らしていたらしい。
パビムンの人々の生活が解明されるのはこれからだ。
最近、パビムン遺跡を真似た丸い屋根を付けた建物が人気らしい。
ビルディングやマンション、もちろん名前は「パビムン」である。
2005年8月7日日曜日
「パビムン!」
私がその町に入ったのは、夕方だった。
石作りの家々が並ぶ細い路地を歩くと、夕飯の匂いがあちこちから漂ってくる。
私は空腹を意識せずにはいられない、
小さな食堂を見つけてドアを開けた。
「パビムン!」
と奥から出てきた娘が言った。
私が何も言わずにいると、娘はもう一度「パビムン」と言い、空いている席を指した。
私が席に着くと、隣の髭面の男が私に笑顔を向けて「パビムン」と言った。
私は「パビムン」と言った。挨拶ならば同じ言葉を返せばいいだろう。
男は満足そうに頷き、食事に戻った。
私は充分混乱していた。
この国の挨拶は「ヤッチラ」ではなかったか?
「パビムン」初めて聞く言葉だ。あとで辞書を引いてみなければ。
娘がメニューを持ってきた。
メニューは「ラタトゥーユ・パンかライス」とある。
ラタトゥーユ、夏野菜のトマト煮だ。それでいい。
私が「ラタトゥーユ」と言うのを遮るように
娘は「パビムン? パビムン、パビムン」と言う。
私はライスの文字を指しながら「パビムン」と言った。
ラタトゥーユは旨かった。
石作りの家々が並ぶ細い路地を歩くと、夕飯の匂いがあちこちから漂ってくる。
私は空腹を意識せずにはいられない、
小さな食堂を見つけてドアを開けた。
「パビムン!」
と奥から出てきた娘が言った。
私が何も言わずにいると、娘はもう一度「パビムン」と言い、空いている席を指した。
私が席に着くと、隣の髭面の男が私に笑顔を向けて「パビムン」と言った。
私は「パビムン」と言った。挨拶ならば同じ言葉を返せばいいだろう。
男は満足そうに頷き、食事に戻った。
私は充分混乱していた。
この国の挨拶は「ヤッチラ」ではなかったか?
「パビムン」初めて聞く言葉だ。あとで辞書を引いてみなければ。
娘がメニューを持ってきた。
メニューは「ラタトゥーユ・パンかライス」とある。
ラタトゥーユ、夏野菜のトマト煮だ。それでいい。
私が「ラタトゥーユ」と言うのを遮るように
娘は「パビムン? パビムン、パビムン」と言う。
私はライスの文字を指しながら「パビムン」と言った。
ラタトゥーユは旨かった。
2005年8月6日土曜日
2005年8月4日木曜日
名曲パビムン
私が好きな曲は「パビムン」。
ジャズのスタンダードナンバーだ。
初めて買ったラジオのスイッチを入れた時に、流れてきたのが「パビムン」だった。
派手な曲ではない。静かなラッパの(後にコルネットと知る)フレーズが繰り返される。
初めて買ったレコードも「パビムン」だった。13才だった。
レコード屋の親父に「パビムンなんか聴くのか? 珍しい子だな」と言われた。
私はレコードを引ったくるように受け取り、家に帰った。
それからは「パビムン」が収録されているレコードは何でも集めた。
ほかの曲は無視して「パビムン」ばかり聴いた。
今聴いているのは、チョット・バカリーの「パビムン」だ。
ジャズのスタンダードナンバーだ。
初めて買ったラジオのスイッチを入れた時に、流れてきたのが「パビムン」だった。
派手な曲ではない。静かなラッパの(後にコルネットと知る)フレーズが繰り返される。
初めて買ったレコードも「パビムン」だった。13才だった。
レコード屋の親父に「パビムンなんか聴くのか? 珍しい子だな」と言われた。
私はレコードを引ったくるように受け取り、家に帰った。
それからは「パビムン」が収録されているレコードは何でも集めた。
ほかの曲は無視して「パビムン」ばかり聴いた。
今聴いているのは、チョット・バカリーの「パビムン」だ。
2005年8月3日水曜日
2005年8月2日火曜日
魔女のパビムン
王様が魔女を呼び付けた。
若い魔女だが、評判になっていた。
噂を聞き付けた王様は、さっそく魔女を呼び
「世界一美しい馬が欲しい」と言った。
魔女は深くお辞儀した。
魔女は、まだ少女と言っていいほど若かった。
深く被った黒いフードから覗いた上目使いの視線に、王様はタジタジとなった。
魔女は、マントの懐から出した薬を細い指で壷に入れた。
王様は呪文を待った。まだこの幼い魔女の声を聞いていない。
そして魔女は叫んぶ。
「パビムン・パビムン・ラミラミラー!」
若い魔女だが、評判になっていた。
噂を聞き付けた王様は、さっそく魔女を呼び
「世界一美しい馬が欲しい」と言った。
魔女は深くお辞儀した。
魔女は、まだ少女と言っていいほど若かった。
深く被った黒いフードから覗いた上目使いの視線に、王様はタジタジとなった。
魔女は、マントの懐から出した薬を細い指で壷に入れた。
王様は呪文を待った。まだこの幼い魔女の声を聞いていない。
そして魔女は叫んぶ。
「パビムン・パビムン・ラミラミラー!」
2005年8月1日月曜日
虫のパビムン
二足歩行の虫は「パビムン」と名付けられた。
20ミリほどで、直立して手を擦り合わせながら歩く。
胴体は緑色の筒状である。
触角は長く、卵はひとつしか産まない。
好物はグリーンティと判明した。
発見者のパビムン氏は「竹の小枝が歩いているようだった」と語った。
20ミリほどで、直立して手を擦り合わせながら歩く。
胴体は緑色の筒状である。
触角は長く、卵はひとつしか産まない。
好物はグリーンティと判明した。
発見者のパビムン氏は「竹の小枝が歩いているようだった」と語った。
お利口さん
女は紅緋の着物を着ていた。唇も髪飾りも爪も、同じ色をしていた。
一目で「嫌だ」と思った。「こっちに来るな」と思った。
でも、女は近づいてきた。音もなく寄ってきて、私の頭を撫でる。
「お利口さんね」
声も紅緋色。
「お利口さんね……お利口さんね」
女は、そう言って私の頭を撫で続けた。
「お利口さんね」
私は全然いい子じゃないのに。お母さんにもお父さんにも「お利口さん」なんて言われたことがないもの。
私は心の中で呟いた。
「いいえ、お利口さんよ……とてもお利口さん」
女は言った。
撫でられている頭が温かくなってきた。
だんだん眠くなってくる。
【紅緋 C0M90Y85K0】
一目で「嫌だ」と思った。「こっちに来るな」と思った。
でも、女は近づいてきた。音もなく寄ってきて、私の頭を撫でる。
「お利口さんね」
声も紅緋色。
「お利口さんね……お利口さんね」
女は、そう言って私の頭を撫で続けた。
「お利口さんね」
私は全然いい子じゃないのに。お母さんにもお父さんにも「お利口さん」なんて言われたことがないもの。
私は心の中で呟いた。
「いいえ、お利口さんよ……とてもお利口さん」
女は言った。
撫でられている頭が温かくなってきた。
だんだん眠くなってくる。
【紅緋 C0M90Y85K0】
恋するパビムン
パビムンが家に帰ると、扉に顔が付いていた。
「パビムン、おかえりなさい」
顔は美しい女の顔で、声は鈴のように軽やかだった。
顔は玄関の扉だけではなかった。
便所の扉にも顔はあった。
「お腹の調子はどう? パビムン」
冷蔵庫の扉にもあった。
「お野菜もたくさん食べてね」
寝室の扉にもあった。
「おやすみなさい、パビムン。いい夢を」
まもなく、あらゆる扉に顔があるわけではないと気付いた。
パビムンが開け閉めする扉に現れる、のだ。
パビムンは、顔に恋をした。
扉の顔に話し掛け、キスをするようになった。
顔は、しっとりと応えた。
しかしすぐに不満になった。
顔と声では足りなくなった。
手や胸や腰に触れたいと思った。
パビムンは、扉の顔を持つ女を探す旅に出ることにした。
「パビムン、おかえりなさい」
顔は美しい女の顔で、声は鈴のように軽やかだった。
顔は玄関の扉だけではなかった。
便所の扉にも顔はあった。
「お腹の調子はどう? パビムン」
冷蔵庫の扉にもあった。
「お野菜もたくさん食べてね」
寝室の扉にもあった。
「おやすみなさい、パビムン。いい夢を」
まもなく、あらゆる扉に顔があるわけではないと気付いた。
パビムンが開け閉めする扉に現れる、のだ。
パビムンは、顔に恋をした。
扉の顔に話し掛け、キスをするようになった。
顔は、しっとりと応えた。
しかしすぐに不満になった。
顔と声では足りなくなった。
手や胸や腰に触れたいと思った。
パビムンは、扉の顔を持つ女を探す旅に出ることにした。
2005年7月30日土曜日
大木パビムン
パビムンは大木に寄り掛かって、待っている。
昼は夜を待ち、夜は朝を待った。
時折、パビムンを憐れみ施しを与える者があったが
パビムンは無関心だった。
パビムンは施しを待っていない。
晴れの日は雨を待ち、雨の日は晴れを待った。
時折、パビムンに話し掛ける旅人がいたが
パビムンは返事をしなかった。
パビムンは話し相手を待っていない。
今、パビムンが待っているのは、死である。
昼は夜を待ち、夜は朝を待った。
時折、パビムンを憐れみ施しを与える者があったが
パビムンは無関心だった。
パビムンは施しを待っていない。
晴れの日は雨を待ち、雨の日は晴れを待った。
時折、パビムンに話し掛ける旅人がいたが
パビムンは返事をしなかった。
パビムンは話し相手を待っていない。
今、パビムンが待っているのは、死である。
2005年7月28日木曜日
ワンナノサウルスと、硬貨
2005年7月27日水曜日
竜巻【たつまき】
竜を巻いた鮨で珍味とされる。
竜は乱層雲の底からしか捕れない貴重なもので、ハンターは、巨大な渦に巻き込まれる。
The tornado is a sushi made from the dragon.
竜は乱層雲の底からしか捕れない貴重なもので、ハンターは、巨大な渦に巻き込まれる。
The tornado is a sushi made from the dragon.
2005年7月26日火曜日
ティラノサウルスに、集う
2005年7月25日月曜日
トリケラトプスと、壁
2005年7月24日日曜日
ステゴサウルスと、画学生
2005年7月22日金曜日
スコミムスと、魚屋
2005年7月20日水曜日
パキケファロサウルスと、タマゴ
2005年7月18日月曜日
オウラノサウルスと、トラック
2005年7月17日日曜日
ミクロラプトルと、摩天楼
2005年7月16日土曜日
ランベオサウルスと、ネオン
2005年7月15日金曜日
ジンシャノサウルスと、横断歩道
2005年7月14日木曜日
2005年7月13日水曜日
にんにく【ニンニク】
吸血鬼除けのために品種改良が進められたユリ科の植物で、強い臭気がある。
食すると侮辱や迫害に耐え忍ぶことのできる心を養う。
The insult and the persecution can put up by eating garlic.
食すると侮辱や迫害に耐え忍ぶことのできる心を養う。
The insult and the persecution can put up by eating garlic.
2005年7月12日火曜日
インキシボサウルスと、時計
2005年7月11日月曜日
ヒプセロサウルスが、広告
2005年7月9日土曜日
ゴヨケファレと、ネコ
2005年7月8日金曜日
フクイサウルスは、迷子
2005年7月7日木曜日
エルリコサウルスと、ピアノ
2005年7月6日水曜日
スーパーマーケットに、ダケントルルス
2005年7月5日火曜日
クリョロフォサウルスが、挨拶
2005年7月4日月曜日
バガケラトプスが、散歩
2005年7月3日日曜日
バス停に、アンキロサウルス
2005年7月1日金曜日
ナマケモノ【ナマケモノ】
�� 生の獣、の意。
煮焼きしていない、生のままの獣。
類:ナマゴム、ナマコンクリート、ナマキズ、ナマクリーム、ナマビールなど
2 ナマケモノ科の哺乳類。
Choloepus means a raw beast.
煮焼きしていない、生のままの獣。
類:ナマゴム、ナマコンクリート、ナマキズ、ナマクリーム、ナマビールなど
2 ナマケモノ科の哺乳類。
Choloepus means a raw beast.
2005年6月30日木曜日
懐中電灯【かいちゅうでんとう】
懐中を照らし、懐具合を見るもの。
暖かい懐を、より明るく照らす。
非常時用の明かりとして持つ人も多い。
近頃はハンドルを回して発電するレトロなタイプが人気である。
A torch investigates a someone's financial condition.
暖かい懐を、より明るく照らす。
非常時用の明かりとして持つ人も多い。
近頃はハンドルを回して発電するレトロなタイプが人気である。
A torch investigates a someone's financial condition.
2005年6月28日火曜日
2005年6月27日月曜日
ビスケット【biscuit 】
ポケットを叩いて製造する菓子。
購入の際には、どのポケットで作られたかを確かめられたい。
エプロンポケット製が最高級である。
ジーンズ尻ポケット製は、おすすめしない。
Biscuit made from an apron pocket is highest-class.
購入の際には、どのポケットで作られたかを確かめられたい。
エプロンポケット製が最高級である。
ジーンズ尻ポケット製は、おすすめしない。
Biscuit made from an apron pocket is highest-class.
2005年6月25日土曜日
道草【みちくさ】
道端に生えている草や菜。
果実を含めることもある。
誰でも摘んで食べてよい。
定番の道草は、春菊・菫・葱・蓬・人参など。
その土地ならではの道草を食うのは、旅の楽しみのひとつである。
Every loitering on the way is eaten.
果実を含めることもある。
誰でも摘んで食べてよい。
定番の道草は、春菊・菫・葱・蓬・人参など。
その土地ならではの道草を食うのは、旅の楽しみのひとつである。
Every loitering on the way is eaten.
2005年6月24日金曜日
2005年6月23日木曜日
電子レンジ【でんしれんじ】
火だるまの冬眠のために開発された特殊な箱。
かつてはオーブンが使われていたが、近年はより性能が良い電子式が主流である。
電子式の特徴は「廻る・電気は大切にね」
食品の加熱に使われることもある。
←→冷蔵庫
A flameman sleeps in a microwave oven in winter.
かつてはオーブンが使われていたが、近年はより性能が良い電子式が主流である。
電子式の特徴は「廻る・電気は大切にね」
食品の加熱に使われることもある。
←→冷蔵庫
A flameman sleeps in a microwave oven in winter.
2005年6月22日水曜日
2005年6月20日月曜日
きんかん【キンカン】
金色の輪を持つ果実。
砂糖漬けを湯に溶かして飲むと虫さされ・肩凝りによいと言われるが、効果は定かでない。
美味であるので効果に拘わらず飲むとよい。
The kumquat is fruits with a golden circle.
砂糖漬けを湯に溶かして飲むと虫さされ・肩凝りによいと言われるが、効果は定かでない。
美味であるので効果に拘わらず飲むとよい。
The kumquat is fruits with a golden circle.
2005年6月19日日曜日
天国は、そこにある。
「だってそうだろ?花は雨が降らなきゃ咲かないんだぜ」
子供は大きな針を握りしめて、外へ出た。
一つ目のオバケちゃん。
足枷のランナー。
どこにでも花はあった。
要塞の中に花、階段の中に花、僧侶の戯れ事に花。
オバケちゃんは見ている。銃口を。
ランナーは走る。兵士を従えて。
コカコーラを飲むマフィア、爆弾を抱えて飛び回る天使、荷物を運ぶミイラ。
子供の握り締めていた針は、いつの間にか花になっていた。
一輪の花を傍らに置いて寝転がり、牢屋の天井を見る。
ここはなんて酷いところだろう。雨も降らない。雲の上だから。星も見えない。星の外だから。
「あぁ、見てごらん。飛行機が墜落するよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「天国で見る夢」佐々木マキ 1967 をモチーフに
子供は大きな針を握りしめて、外へ出た。
一つ目のオバケちゃん。
足枷のランナー。
どこにでも花はあった。
要塞の中に花、階段の中に花、僧侶の戯れ事に花。
オバケちゃんは見ている。銃口を。
ランナーは走る。兵士を従えて。
コカコーラを飲むマフィア、爆弾を抱えて飛び回る天使、荷物を運ぶミイラ。
子供の握り締めていた針は、いつの間にか花になっていた。
一輪の花を傍らに置いて寝転がり、牢屋の天井を見る。
ここはなんて酷いところだろう。雨も降らない。雲の上だから。星も見えない。星の外だから。
「あぁ、見てごらん。飛行機が墜落するよ」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「天国で見る夢」佐々木マキ 1967 をモチーフに
2005年6月18日土曜日
電卓【でんたく】
「電子式卓上計算機」の略。
数ある計算方式の中で、電子式を採用した卓上計算機。
電子式計算の特徴は「速い・電気は大切にね」
卓上で以外で使用すると、計算を誤る。
You make a mistake in the calculation when the calculator is used excluding the table.
数ある計算方式の中で、電子式を採用した卓上計算機。
電子式計算の特徴は「速い・電気は大切にね」
卓上で以外で使用すると、計算を誤る。
You make a mistake in the calculation when the calculator is used excluding the table.
2005年6月17日金曜日
かりんとう【カリントウ】
空高くそびえるカリンの塔で、仙人が製造している菓子。
黒い砂糖が塗してあり、食べる際に「かりんかりん」としゃべる。
この菓子を食べても、怪我や病は治癒しない。
Even if it eats this Crunchy sweetmeat, neither an injury nor illness is recovered.
黒い砂糖が塗してあり、食べる際に「かりんかりん」としゃべる。
この菓子を食べても、怪我や病は治癒しない。
Even if it eats this Crunchy sweetmeat, neither an injury nor illness is recovered.
2005年6月15日水曜日
2005年6月14日火曜日
豆まき【まめまき】
東の某島では、春の報せが訪れる直前、悪魔払いと家内安全を願う古代から続く風習がある。
オニと呼ばれる悪魔を懲らしめるため、オニの卵である豆を屋内外に撒き、また食することにより、恙無い一年を約束するという。
オニの卵を撒いてはオニが殖えるのではないか、という我々の疑問に、島民は一切答えない。
Beans which are a demon's eggs.
オニと呼ばれる悪魔を懲らしめるため、オニの卵である豆を屋内外に撒き、また食することにより、恙無い一年を約束するという。
オニの卵を撒いてはオニが殖えるのではないか、という我々の疑問に、島民は一切答えない。
Beans which are a demon's eggs.
月【つき】
かつて月はチーズで出来ていた。
ミイラ取りに行くネズミの大切な食糧となっていたが
真ん丸だった月には無数の齧り跡がついた。
これをクレーターと呼ぶ。
The moon made with the cheese.
ミイラ取りに行くネズミの大切な食糧となっていたが
真ん丸だった月には無数の齧り跡がついた。
これをクレーターと呼ぶ。
The moon made with the cheese.
冷蔵庫 【れいぞうこ】
雪だるまの夏眠のために開発された特殊な箱。
現在では雪だるまの夏眠だけでなく、食品の保管にも使用されている。
A snowman sleeps in a refrigerator in summer.
現在では雪だるまの夏眠だけでなく、食品の保管にも使用されている。
A snowman sleeps in a refrigerator in summer.
ルーシーの伝説【Lucy】
カウンセラールーシーはマシュマロパイが大好物、黄色いセロハンチューリップの花畑で踊る。
ある朝、ルーシーは次の言葉を遺しオレンジの空へ飛び立った。
「あたしの助言は必ずあたる。100%の保証付き」
この偉大なるルーシーの伝説はジェームズ・マクドナルドによって歌い継がれている。
James McDonald sings a legend of this great Lucy.
ある朝、ルーシーは次の言葉を遺しオレンジの空へ飛び立った。
「あたしの助言は必ずあたる。100%の保証付き」
この偉大なるルーシーの伝説はジェームズ・マクドナルドによって歌い継がれている。
James McDonald sings a legend of this great Lucy.
赤鉛筆【あかえんぴつ】
郵便配達人が消防士にトマトの収穫時期を教えるために使ったのがその起源である。
A postman tells a fireman the harvest time of a tomato.
A postman tells a fireman the harvest time of a tomato.
2005年6月13日月曜日
洗濯機 【せんたくき】
回転によって命を洗浄する箱型機器。
主に天使が使用する機器であるが、衣類の洗浄用にこれを流用する。
水を入れた機器を持ち上げ、回す作業は大変な重労働であり、社会問題となっている。
The washing machine which an angel uses for selection of a life.
主に天使が使用する機器であるが、衣類の洗浄用にこれを流用する。
水を入れた機器を持ち上げ、回す作業は大変な重労働であり、社会問題となっている。
The washing machine which an angel uses for selection of a life.
2005年6月12日日曜日
羊羹 【ようかん】
ヒツジの影を冷やし固めた菓子。
人生に一度は食べないとヒツジの毛に襲われるので注意が必要。
豹屋のものが絶品である。ヒツジの影をヒョウが販売しているいわくは謎である。
sweet jelly made from a shadow of a sheep.
人生に一度は食べないとヒツジの毛に襲われるので注意が必要。
豹屋のものが絶品である。ヒツジの影をヒョウが販売しているいわくは謎である。
sweet jelly made from a shadow of a sheep.
2005年6月11日土曜日
2005年6月10日金曜日
A MOONSHINE
月明かりに照らされて、黒猫は、緑に輝いた。
彼に尻尾はない。それは少女が持っている。
〔キナリ、そろそろ尻尾を返してくれ〕
と少女に言った。
少女は、手にした尻尾と黒猫を見比べた。
「返してって、コレくっつくの?元通りに?」
〔今晩ならば〕
黒猫は断言する。
「尻尾が元にもどったら、ヌバタマはどこかに行ってしまうんでしょう?」
〔そのようには、ならない。ただ…こうして喋ることは出来なくなる〕
少女は安堵の表情を浮かべた。
「わかった」
月明かりに照らされて、黒猫の尻尾は少女の手を離れた。
黒猫は、少女の前を気取って歩く。
尻尾があることのほかは、昨日の晩とまるで同じ。
×はじめてのともだち・ハスキーへ×
彼に尻尾はない。それは少女が持っている。
〔キナリ、そろそろ尻尾を返してくれ〕
と少女に言った。
少女は、手にした尻尾と黒猫を見比べた。
「返してって、コレくっつくの?元通りに?」
〔今晩ならば〕
黒猫は断言する。
「尻尾が元にもどったら、ヌバタマはどこかに行ってしまうんでしょう?」
〔そのようには、ならない。ただ…こうして喋ることは出来なくなる〕
少女は安堵の表情を浮かべた。
「わかった」
月明かりに照らされて、黒猫の尻尾は少女の手を離れた。
黒猫は、少女の前を気取って歩く。
尻尾があることのほかは、昨日の晩とまるで同じ。
×はじめてのともだち・ハスキーへ×
2005年6月9日木曜日
どうして彼は喫煙家になったか
「あれ? ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサが煙草吸ってる」
少女に言われて長い名の絵かきは苦笑した。
「キナリの前で煙草を吸うのは、はじめてだったね」
「いつから吸ってるの?」
「キナリが生まれるより前だよ……でも毎日吸うわけじゃないんだ」
「なんで?」
絵かきは、ちょっと憂いた顔をした。
「うまく絵が描けた時、お星さんやお月さんに、見てもらいたくて…煙に託すんだ。託すってわかる?」
少女は絵かきの吐いた紫煙を目で追った。
「煙なら、空まで届けてくれるかなと思って……いや、思いたいんだ」
終いは独り言のようになりながら絵かきは夜空を見上げた。
その煙は、しっかりと月に届いている。おかげで月は喫煙家になったのだから。
少女に言われて長い名の絵かきは苦笑した。
「キナリの前で煙草を吸うのは、はじめてだったね」
「いつから吸ってるの?」
「キナリが生まれるより前だよ……でも毎日吸うわけじゃないんだ」
「なんで?」
絵かきは、ちょっと憂いた顔をした。
「うまく絵が描けた時、お星さんやお月さんに、見てもらいたくて…煙に託すんだ。託すってわかる?」
少女は絵かきの吐いた紫煙を目で追った。
「煙なら、空まで届けてくれるかなと思って……いや、思いたいんだ」
終いは独り言のようになりながら絵かきは夜空を見上げた。
その煙は、しっかりと月に届いている。おかげで月は喫煙家になったのだから。
2005年6月8日水曜日
はたしてビールびんの中に箒星がはいっていたか?
「よいな、すばやく振り向いて捕まえるのだ」
「わかってる」
月と少女は箒星を捕まえるために港へ来ていた。
二人は夜の波音の透き間から聞こえる箒星の音が近付いてくるのを待った。
「シュッシュッ」という音が段々と大きくなる。
「それ! 箒星さんみーつけ……た?」
少女が勢いよく振り向くと、そこにあったのはビールびんであった。
「ナンナル、箒星はどこ?」
月は、ためつすがめつビールびんを眺めた。
「この中に入っているのかもしれない」
少女の部屋に戻ってきた二人は、びんの栓を抜き、グラスに注いだ。
ビールは大袈裟に泡立ち、その泡は瞬く間に消えてしまった。
月が一口飲む。
「全く気が抜けてるよ。箒星の奴、とんだ飲ん兵衛だ!」
「わかってる」
月と少女は箒星を捕まえるために港へ来ていた。
二人は夜の波音の透き間から聞こえる箒星の音が近付いてくるのを待った。
「シュッシュッ」という音が段々と大きくなる。
「それ! 箒星さんみーつけ……た?」
少女が勢いよく振り向くと、そこにあったのはビールびんであった。
「ナンナル、箒星はどこ?」
月は、ためつすがめつビールびんを眺めた。
「この中に入っているのかもしれない」
少女の部屋に戻ってきた二人は、びんの栓を抜き、グラスに注いだ。
ビールは大袈裟に泡立ち、その泡は瞬く間に消えてしまった。
月が一口飲む。
「全く気が抜けてるよ。箒星の奴、とんだ飲ん兵衛だ!」
2005年6月7日火曜日
星と無頼漢
「あ、流星がケンカしてる」
「放っておけ」
月は心底興味がないという口ぶりで言ったが、少女は放っておくことが出来なかった。
少女は取っ組み合いをしている流星の近くまで行き、しばらくその様子を眺めた。
流星の相手は、いかにも無頼漢というような、身体が大きく毛深い男である。
流星が殴り、無頼漢が殴る。無頼漢が蹴り、流星が蹴る。いつまで経っても終わりそうにない。
「ねぇ、何してるの?」
声を掛けてはじめて流星は少女の存在に気付いた。流星は赤面して瞬く間に去ってしまった。
残された無頼漢は、所在なさげに街燈を蹴り、スネをぶつけて涙目になった。
「チビ、お前が止めるからだ」
無頼漢が少女を睨む。
「止められて止まるくらいなら、たいしたケンカじゃないでしょ」
「なんだと!」
無頼漢は少女に襲い掛かった。少女がスルリと股の間を抜けると無頼漢は街燈に顔面をぶつけた。
「恰好悪い」
少女の冷たい視線を浴びて、無頼漢は背中を丸めて逃げていった。
「痛かったね」
少女は街燈を撫でる。
「怖かったね」
街燈は少女を暖かい明かりで包んだ。
「放っておけ」
月は心底興味がないという口ぶりで言ったが、少女は放っておくことが出来なかった。
少女は取っ組み合いをしている流星の近くまで行き、しばらくその様子を眺めた。
流星の相手は、いかにも無頼漢というような、身体が大きく毛深い男である。
流星が殴り、無頼漢が殴る。無頼漢が蹴り、流星が蹴る。いつまで経っても終わりそうにない。
「ねぇ、何してるの?」
声を掛けてはじめて流星は少女の存在に気付いた。流星は赤面して瞬く間に去ってしまった。
残された無頼漢は、所在なさげに街燈を蹴り、スネをぶつけて涙目になった。
「チビ、お前が止めるからだ」
無頼漢が少女を睨む。
「止められて止まるくらいなら、たいしたケンカじゃないでしょ」
「なんだと!」
無頼漢は少女に襲い掛かった。少女がスルリと股の間を抜けると無頼漢は街燈に顔面をぶつけた。
「恰好悪い」
少女の冷たい視線を浴びて、無頼漢は背中を丸めて逃げていった。
「痛かったね」
少女は街燈を撫でる。
「怖かったね」
街燈は少女を暖かい明かりで包んだ。
お月様を食べた話
「さてと」
月は、向かいに座らせた少年に向かって言った。
「訳を聞かせてもらおうではないか」
ふて腐れている少年は、少女よりずっと年長である。
道ですれ違った少年たちの一人が「月を食べた」と話ているのを聞き、彼を強引に連れて来た。
少女は二人の顔を見比べながら息を飲んだ。
「だから、『お月様』を食べたんだって言ってるんだよ!」
「いつ? どこで? どうやって?」
少女は叫んだ。
「ストップ! ナンナル、質問が下手!」
月は不意をつかれて、黙る。
「お兄ちゃん、『お月様』はおいしかった?」
「うまかった」
「んじゃ、ナンナルの勘違いだよ。お兄ちゃん、ごめんね」
少年はポケットから菓子の入った包みを出して、去っていった。
少年が置いていった『お月様』という名の新発売の菓子を食べながら月は言った。
「なぜおいしいかどうか、聞いたんだ?」
「ナンナルは、まずいから」
少女は誰よりも月の味を知っている。
月は、向かいに座らせた少年に向かって言った。
「訳を聞かせてもらおうではないか」
ふて腐れている少年は、少女よりずっと年長である。
道ですれ違った少年たちの一人が「月を食べた」と話ているのを聞き、彼を強引に連れて来た。
少女は二人の顔を見比べながら息を飲んだ。
「だから、『お月様』を食べたんだって言ってるんだよ!」
「いつ? どこで? どうやって?」
少女は叫んだ。
「ストップ! ナンナル、質問が下手!」
月は不意をつかれて、黙る。
「お兄ちゃん、『お月様』はおいしかった?」
「うまかった」
「んじゃ、ナンナルの勘違いだよ。お兄ちゃん、ごめんね」
少年はポケットから菓子の入った包みを出して、去っていった。
少年が置いていった『お月様』という名の新発売の菓子を食べながら月は言った。
「なぜおいしいかどうか、聞いたんだ?」
「ナンナルは、まずいから」
少女は誰よりも月の味を知っている。
2005年6月5日日曜日
2005年6月4日土曜日
赤鉛筆の由来
「赤鉛筆が欲しい」
と言うので、月は少女を連れて文具店に向かった。
文具店の店主は鈎鼻に眼鏡を引っ掛けた老人で、店の隅の椅子に腰掛けうたた寝をしている。
少女は瓶に入った赤鉛筆を一本つまみあげ、店主に声を掛けた。
「これ下さい」
店主は寝たまま応じる。
「赤鉛筆か。赤鉛筆の由来は、ご存知かな?」
赤鉛筆の由来、それを少女が知っているはずがない。
月は少女が助けを求めるだろうと思った。
「郵便配達人が消防士にトマトの収穫時期を教えるために使ったのがはじまり」
少女は淀みなく答える。
「出典は?」
「デラックス百科事典」
「よろしい」
少女は硬貨を店主の手に握らせ、店を出た。
「どこで覚えたんだ?赤鉛筆の由来を」
月は尋ねずにはいられない。
「このあいだ、阿礼って人が道歩きながら喋ってた」
「アレイ? 変わった名前だな」
「ナンナル、ほどじゃないよ」
と言うので、月は少女を連れて文具店に向かった。
文具店の店主は鈎鼻に眼鏡を引っ掛けた老人で、店の隅の椅子に腰掛けうたた寝をしている。
少女は瓶に入った赤鉛筆を一本つまみあげ、店主に声を掛けた。
「これ下さい」
店主は寝たまま応じる。
「赤鉛筆か。赤鉛筆の由来は、ご存知かな?」
赤鉛筆の由来、それを少女が知っているはずがない。
月は少女が助けを求めるだろうと思った。
「郵便配達人が消防士にトマトの収穫時期を教えるために使ったのがはじまり」
少女は淀みなく答える。
「出典は?」
「デラックス百科事典」
「よろしい」
少女は硬貨を店主の手に握らせ、店を出た。
「どこで覚えたんだ?赤鉛筆の由来を」
月は尋ねずにはいられない。
「このあいだ、阿礼って人が道歩きながら喋ってた」
「アレイ? 変わった名前だな」
「ナンナル、ほどじゃないよ」
2005年6月3日金曜日
お月様が三角になった話
「お月様は丸いよね」
と長い名の絵かきは言った。
「四角だったり……」
そう言いながら四角い月の絵を描く。
「三角だったり」
そう言いながら三角の月を描く。
「いいと思うんだ。ねぇ? ナンナル」
「こういうことか?」
絵かきの注文に応えた月の声は、怒っても笑ってもいなかった。
つまりは「その程度のこと」なのである。
と長い名の絵かきは言った。
「四角だったり……」
そう言いながら四角い月の絵を描く。
「三角だったり」
そう言いながら三角の月を描く。
「いいと思うんだ。ねぇ? ナンナル」
「こういうことか?」
絵かきの注文に応えた月の声は、怒っても笑ってもいなかった。
つまりは「その程度のこと」なのである。
2005年6月2日木曜日
2005年6月1日水曜日
黒い箱
広場に巨大な黒い箱が現れたのは、ほんの五分前のことである。
広場は騒然となり、人々はみな逃げていった。
黒い箱は完全な立方体で、表面は滑らかである。
「これ、何かな?爆弾?」
「さあ。私にもわからない」
「こわいものだよ、きっと。食べられるかもしれない」
「こわいなら、逃げればいい」
しかし、月と少女は逃げることはせず、箱の周りを歩いた。
三十六週しても箱は何も変化しなかった。
夜より深い黒い箱である。周囲を歩く少女が見上げると、迫りくる闇の壁のごとき様相だ。
「これ、何かな?」
「さあ」
「恐いものじゃないのかな」
「わからない」
十八回目の問答をした時、箱はズズズと音を立て縮み始めた。
見る見るうちに小さくなって、サイコロくらいになった。
「小さくなっちゃった」
少女は、黒い箱を踏み潰した。
広場は騒然となり、人々はみな逃げていった。
黒い箱は完全な立方体で、表面は滑らかである。
「これ、何かな?爆弾?」
「さあ。私にもわからない」
「こわいものだよ、きっと。食べられるかもしれない」
「こわいなら、逃げればいい」
しかし、月と少女は逃げることはせず、箱の周りを歩いた。
三十六週しても箱は何も変化しなかった。
夜より深い黒い箱である。周囲を歩く少女が見上げると、迫りくる闇の壁のごとき様相だ。
「これ、何かな?」
「さあ」
「恐いものじゃないのかな」
「わからない」
十八回目の問答をした時、箱はズズズと音を立て縮み始めた。
見る見るうちに小さくなって、サイコロくらいになった。
「小さくなっちゃった」
少女は、黒い箱を踏み潰した。
2005年5月31日火曜日
A ROC ON A PAVEMENT
「見て、ナンナル」
少女の手にあったのは、ゴツゴツした石だった。黒くいびつな形の石てある。
「道に落ちてた」
「ただの石だろう」
月が関心を示さないので、少女は早口になる。
「歩いてたら、ガォって声が聞こえたの。でも誰もいなくて、でもずっと聞こえてて、そうしたらこの石が道の真ん中に落ちてて、近付いたらガォも大きくなって」
「ガォ」
「ほら!おもしろい石でしょう!キナリの宝物にする」
月はため息をつく。
「キナリ、鬼のところに行くぞ」
「オニ、これ見て……」
「まあ!これは鬼の卵よ、キナリちゃん。最近、卵を棄てる輩が多いの。育てる自信がないんですって。育児拒否よ。この子はあたしが預かるわ。拾ってくれなかったら、今頃自動車に轢かれてベチャンコよ。ありがとう」
少女の手にあったのは、ゴツゴツした石だった。黒くいびつな形の石てある。
「道に落ちてた」
「ただの石だろう」
月が関心を示さないので、少女は早口になる。
「歩いてたら、ガォって声が聞こえたの。でも誰もいなくて、でもずっと聞こえてて、そうしたらこの石が道の真ん中に落ちてて、近付いたらガォも大きくなって」
「ガォ」
「ほら!おもしろい石でしょう!キナリの宝物にする」
月はため息をつく。
「キナリ、鬼のところに行くぞ」
「オニ、これ見て……」
「まあ!これは鬼の卵よ、キナリちゃん。最近、卵を棄てる輩が多いの。育てる自信がないんですって。育児拒否よ。この子はあたしが預かるわ。拾ってくれなかったら、今頃自動車に轢かれてベチャンコよ。ありがとう」
2005年5月30日月曜日
どうして酔いより醒めたか
「ちょっとそこの、小さいお人よ」
と年寄りのどなり声がする。前から千鳥足の人影が近づいてきた。
「ハイ」
「はい?」
少女とコルネット吹きは同時言って、二人で笑った。
「何を笑っている、小さいお人よ」
年寄りがますます険しい声を出したのでコルネット吹きは謝った。
「ごめんなさい」
「おぬしを呼んだのではない。小さいおなごよ」
コルネット吹きは、少女を見た。
年寄りは背の低いコルネット吹きではなく、九歳の少女を呼ばわっているようである。
「なに?」
「この酔っ払いの年寄りの、頭を撫でて欲しいのだ。酔いを醒まさぬと、山の神がうるさい」
少女は、年寄りに近づいた。ひるむ程に酒臭かったが、近づいた。
息を止めて、年寄りの禿げ頭を撫でた。
しばらく撫でていると、酒臭さが散っていくのがわかった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。妙なことを頼んで申し訳なかった。おかげで妻に叱られなくて済む」
年寄りはウィンクをしてみせ、颯爽と去っていった。
「あのおじいさんの頭、どんなだった?」
コルネット吹きが尋ねる。
「猫のおなか」
と年寄りのどなり声がする。前から千鳥足の人影が近づいてきた。
「ハイ」
「はい?」
少女とコルネット吹きは同時言って、二人で笑った。
「何を笑っている、小さいお人よ」
年寄りがますます険しい声を出したのでコルネット吹きは謝った。
「ごめんなさい」
「おぬしを呼んだのではない。小さいおなごよ」
コルネット吹きは、少女を見た。
年寄りは背の低いコルネット吹きではなく、九歳の少女を呼ばわっているようである。
「なに?」
「この酔っ払いの年寄りの、頭を撫でて欲しいのだ。酔いを醒まさぬと、山の神がうるさい」
少女は、年寄りに近づいた。ひるむ程に酒臭かったが、近づいた。
息を止めて、年寄りの禿げ頭を撫でた。
しばらく撫でていると、酒臭さが散っていくのがわかった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。妙なことを頼んで申し訳なかった。おかげで妻に叱られなくて済む」
年寄りはウィンクをしてみせ、颯爽と去っていった。
「あのおじいさんの頭、どんなだった?」
コルネット吹きが尋ねる。
「猫のおなか」
2005年5月28日土曜日
月の客人
「お客さまだ、キナリ。ご挨拶なさい」
そう言われても、少女には客人の姿が見えなかった。
「はじめまして。キナリです」
お辞儀をすると
「キナリ、彼はこちらだぞ。なにをやっているのだ」
と月が叱る。だが、見えないと言うのは、はばかられる。
「ナンナル。キナリちゃんには、私の姿は見えないのだよ。叱らないでやってくれ。キナリちゃん、はじめまして」
優しいテノールの声を聞いて、少女は少し安心した。
「キナリには見えないとは、どういうことだ?」
月には、わけが解らぬ。
「私は透明人間なんだよ、ナンナル。人間には、月明かりが強い満月の晩にしか、見えないんだ。今日は満月じゃないからね。キナリちゃんが見えないのは当然だよ」
月はうろたえる。
「しかし、私の目には……」
透明人間が笑うのが、少女にもわかった。
「ナンナルが見えるのは当然だよ、月なんだから。そういえば、ナンナルが友達を紹介してくれるのは初めてだね。だから、今まで透明人間なのを説明しなかったんだ。キナリちゃん、どうぞよろしく」
少女は頭を撫でられた。その感触を辿って、透明人間と手を繋いだ。
そう言われても、少女には客人の姿が見えなかった。
「はじめまして。キナリです」
お辞儀をすると
「キナリ、彼はこちらだぞ。なにをやっているのだ」
と月が叱る。だが、見えないと言うのは、はばかられる。
「ナンナル。キナリちゃんには、私の姿は見えないのだよ。叱らないでやってくれ。キナリちゃん、はじめまして」
優しいテノールの声を聞いて、少女は少し安心した。
「キナリには見えないとは、どういうことだ?」
月には、わけが解らぬ。
「私は透明人間なんだよ、ナンナル。人間には、月明かりが強い満月の晩にしか、見えないんだ。今日は満月じゃないからね。キナリちゃんが見えないのは当然だよ」
月はうろたえる。
「しかし、私の目には……」
透明人間が笑うのが、少女にもわかった。
「ナンナルが見えるのは当然だよ、月なんだから。そういえば、ナンナルが友達を紹介してくれるのは初めてだね。だから、今まで透明人間なのを説明しなかったんだ。キナリちゃん、どうぞよろしく」
少女は頭を撫でられた。その感触を辿って、透明人間と手を繋いだ。
2005年5月27日金曜日
ニュウヨークから帰ってきた人の話
「キナリ」
「船長!」
珍しく船長から会いにきて、少女は大喜びである。
「ニュウヨークに行っていたんだ。お土産だよ」
お土産は、少女の好きなリンゴ味の飴玉とポストカードである。
「ありがとう! ニュウヨーク? ニュウヨークってどこ?」
船長は壁に貼ってある地図を指差す。
「いつも行っているアフリカはこっち。ニュウヨークはアメリカにある。ここだ」
「ふーん」
「ニュウヨークではね、月が小さいんだ。どうしてだか、ナンナルに聞いてごらん」
「……って船長が言ってた」
月は答えに困る。確かに、彼の地に降りることはほとんどなくなった。それは目の前の少女のためでもある。彼の地で月を待つ人間は、ひとりもいない。
「船長!」
珍しく船長から会いにきて、少女は大喜びである。
「ニュウヨークに行っていたんだ。お土産だよ」
お土産は、少女の好きなリンゴ味の飴玉とポストカードである。
「ありがとう! ニュウヨーク? ニュウヨークってどこ?」
船長は壁に貼ってある地図を指差す。
「いつも行っているアフリカはこっち。ニュウヨークはアメリカにある。ここだ」
「ふーん」
「ニュウヨークではね、月が小さいんだ。どうしてだか、ナンナルに聞いてごらん」
「……って船長が言ってた」
月は答えに困る。確かに、彼の地に降りることはほとんどなくなった。それは目の前の少女のためでもある。彼の地で月を待つ人間は、ひとりもいない。
2005年5月26日木曜日
真夜中の訪問者
「ごめんください」
少女の部屋の窓が叩かれる。ぐっすりと眠っていた少女は、跳び起きて窓を開ける。
「はーい」
「今晩は」
真夜中の訪問者は、スラリと背が高い青年である。少女が見上げると、ニッコリと笑い、白目と歯を光らせた。
「ハイ、どうぞ。今週の飴玉だよ。いつも通り、りんご味を30粒」
少女は、飴の入った箱を受け取ると、空になった箱を青年に渡した。来週はこの箱に飴玉が詰められ少女の手に戻ってくる。
「じゃ、サインをお願いします」
慣れた手付きでサインをし、窓から出ていく青年に手を振った。
ベッド戻った少女は、すぐにすやすやと寝息をたてはじめる。
毎週真夜中に届く大好きな飴玉。だが、それを知っているのは、尻尾を切られた黒猫だけである。
少女の部屋の窓が叩かれる。ぐっすりと眠っていた少女は、跳び起きて窓を開ける。
「はーい」
「今晩は」
真夜中の訪問者は、スラリと背が高い青年である。少女が見上げると、ニッコリと笑い、白目と歯を光らせた。
「ハイ、どうぞ。今週の飴玉だよ。いつも通り、りんご味を30粒」
少女は、飴の入った箱を受け取ると、空になった箱を青年に渡した。来週はこの箱に飴玉が詰められ少女の手に戻ってくる。
「じゃ、サインをお願いします」
慣れた手付きでサインをし、窓から出ていく青年に手を振った。
ベッド戻った少女は、すぐにすやすやと寝息をたてはじめる。
毎週真夜中に届く大好きな飴玉。だが、それを知っているのは、尻尾を切られた黒猫だけである。
2005年5月25日水曜日
2005年5月23日月曜日
THE WEDDING CEREMONY
教会から、黒いドレスを来た女が出てきた。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は……吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は……吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。
2005年5月22日日曜日
銀河からの手紙
「今朝、ナンナル宛ての手紙がポストに入っていたよ」
長い名の絵かきが持ってきた手紙を月は読み上げる。「前略ナンナル殿。当選おめでとうございます。この度は『銀河ワクワクキャンペーン』にご応募いただきありがとうございました。プレゼントは、後日改めて発送いたします。銀河理事会…なんだこれは?」
「ワクワクキャンペーンってなに?」
少女に尋ねられても月に心当たりはない。
翌日
「ナンナル!銀河理事会からリンゴが届いたよ!」
絵かきがリンゴ箱を自転車の荷台に載せてやってきた。
大量のリンゴに少女は大喜びである。
「キナリ、やったね!リンゴ好きでしょう?」
「うん!オニにアップルパイ作ってもらう」
月はようやく思い出した。681年前に出した懸賞葉書、応募パスワードは「KINALI」であった。
長い名の絵かきが持ってきた手紙を月は読み上げる。「前略ナンナル殿。当選おめでとうございます。この度は『銀河ワクワクキャンペーン』にご応募いただきありがとうございました。プレゼントは、後日改めて発送いたします。銀河理事会…なんだこれは?」
「ワクワクキャンペーンってなに?」
少女に尋ねられても月に心当たりはない。
翌日
「ナンナル!銀河理事会からリンゴが届いたよ!」
絵かきがリンゴ箱を自転車の荷台に載せてやってきた。
大量のリンゴに少女は大喜びである。
「キナリ、やったね!リンゴ好きでしょう?」
「うん!オニにアップルパイ作ってもらう」
月はようやく思い出した。681年前に出した懸賞葉書、応募パスワードは「KINALI」であった。
2005年5月21日土曜日
2005年5月20日金曜日
AN INCIDENT AT THE STREET CORNER
「ちょっと待って」
「どうした?キナリ」
少女は十字路の手前で急に立ち止まった。
「こっちからなにか来る」
月は少女が指す右の角を見ようと足を出す。
「あ!ダメ!ストップ」
月の鼻先を巨大なラッパ鳥の行進が通り過ぎた。
「どうした?キナリ」
少女は十字路の手前で急に立ち止まった。
「こっちからなにか来る」
月は少女が指す右の角を見ようと足を出す。
「あ!ダメ!ストップ」
月の鼻先を巨大なラッパ鳥の行進が通り過ぎた。
2005年5月19日木曜日
見てきたようなことを云う人
チョット・バカリーはコルネット吹きだ。夜の広場でコルネットを吹き、硬貨を貰う。
時に力強く、時に切ない調べが、彼の小さな身体から溢れだす。銀メッキのコルネットを通して。
この晩、広場には老人が一人いた。
「ああ、あんたがラッパ屋かね」
「はい」
「今日は何と言う曲をやるのかね」
「『カメレオンの娘さん』を」
「ああ、あれは名曲だ。……月はカメレオンが支配していると、知っているかね」
「いいえ」
「昔、月に行ったおりに見てきたのだ。月をカメレオンが舐め取って満ち欠けを起こしていた。見事なものだった」
チョット・バカリーは『カメレオンの娘さん』を始めた。
その曲の間、月は黄色から緑色へ。緑色から銀色、銀色から紫色へ、と次々色を変えた。
いつの間にか、キナリとナンナルが来ていた。ナンナルはプリプリと怒っている。
それを見て、チョット・バカリーは愉快になった。
時に力強く、時に切ない調べが、彼の小さな身体から溢れだす。銀メッキのコルネットを通して。
この晩、広場には老人が一人いた。
「ああ、あんたがラッパ屋かね」
「はい」
「今日は何と言う曲をやるのかね」
「『カメレオンの娘さん』を」
「ああ、あれは名曲だ。……月はカメレオンが支配していると、知っているかね」
「いいえ」
「昔、月に行ったおりに見てきたのだ。月をカメレオンが舐め取って満ち欠けを起こしていた。見事なものだった」
チョット・バカリーは『カメレオンの娘さん』を始めた。
その曲の間、月は黄色から緑色へ。緑色から銀色、銀色から紫色へ、と次々色を変えた。
いつの間にか、キナリとナンナルが来ていた。ナンナルはプリプリと怒っている。
それを見て、チョット・バカリーは愉快になった。
2005年5月18日水曜日
友だちがお月様に変った話
長い名の絵かきと、背の低いコルネット吹きが連れだって歩いていた。
「今日は、満月だね」
「ナンナルが来てるかな」
「キナリのところに行ってみよう。きっとナンナルにも会えるさ」
「あ!」
「え?」
二人はお互いを指さした。
「ナンナル!」
「ナンナル!!」
でもそれは、ほんの一瞬のことで、すぐに月ではなくなった。
「ナンナルを問い詰めなくちゃならないね」
「きっと教えてくれないけどね」
「月になった気分をメロディにしよう」
「友達が月になった様子を絵にしよう」
「今日は、満月だね」
「ナンナルが来てるかな」
「キナリのところに行ってみよう。きっとナンナルにも会えるさ」
「あ!」
「え?」
二人はお互いを指さした。
「ナンナル!」
「ナンナル!!」
でもそれは、ほんの一瞬のことで、すぐに月ではなくなった。
「ナンナルを問い詰めなくちゃならないね」
「きっと教えてくれないけどね」
「月になった気分をメロディにしよう」
「友達が月になった様子を絵にしよう」
2005年5月17日火曜日
THE BLACK COMET CLUB
『ブラックコメットクラブ団員募集!五月十七日夜九時、広場集合』
「キナリ、この貼り紙見てごらんよ。おもしろそうじゃない?」
長い名の絵かきが言った。
「九時って、もうすぐだよ。広場に行ってみよう」
背の低いコルネット吹きも言う。
「ブラックコメットクラブ!どんなクラブだろう!」
少女の気持ちは多いに盛り上がる。
広場には誰もいなかった。九時になっても十時になっても誰も来ない。少女の目に涙が浮かぶ。
「楽しみにしてたのに、どうして……」
「さて」
少女の言葉を遮り、絵かきは言った。
「ただいまよりブラックコメットクラブ結成式を行います。部長は、キナリさん。異議は……ありませんね」
コルネット吹きが続ける。「副部長は、ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ氏。会計はわたくしチョット・バカリーが担当いたします」
絵かきは、少女に笑いかける。
「特別顧問として、ナンナル氏を迎える予定になっております」
少女が続けた。
「ヌバタマを名誉会長にします!」
どこからともなく現れた黒猫が、三人の中心に座った。
「では、会長、開会のお言葉を」
〔本日は晴天なり〕
星の美しい夜である。
「キナリ、この貼り紙見てごらんよ。おもしろそうじゃない?」
長い名の絵かきが言った。
「九時って、もうすぐだよ。広場に行ってみよう」
背の低いコルネット吹きも言う。
「ブラックコメットクラブ!どんなクラブだろう!」
少女の気持ちは多いに盛り上がる。
広場には誰もいなかった。九時になっても十時になっても誰も来ない。少女の目に涙が浮かぶ。
「楽しみにしてたのに、どうして……」
「さて」
少女の言葉を遮り、絵かきは言った。
「ただいまよりブラックコメットクラブ結成式を行います。部長は、キナリさん。異議は……ありませんね」
コルネット吹きが続ける。「副部長は、ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ氏。会計はわたくしチョット・バカリーが担当いたします」
絵かきは、少女に笑いかける。
「特別顧問として、ナンナル氏を迎える予定になっております」
少女が続けた。
「ヌバタマを名誉会長にします!」
どこからともなく現れた黒猫が、三人の中心に座った。
「では、会長、開会のお言葉を」
〔本日は晴天なり〕
星の美しい夜である。
2005年5月16日月曜日
2005年5月15日日曜日
コーモリの家
「ナンナル、この家入ってみたい」
少女の目の先には、小さな古い家があった。
黒く煤けた家に明かりはなく、夜道で見つけたのが不思議なくらいひっそりとしている。
「…誰も住んでいないんじゃないか?」
渋い顔の月をよそに、少女は玄関扉の前に立った。
「ごめんくださーい!」
返事はない。
「ほら、キナリ。誰もいないじゃないか。行くぞ」
月が立ち去ろうとしたとき、扉が開いた。
「お月様の直々のお出まし、大変光栄に存じます」
現れたのはコーモリだった。
「コーモリの家だったか……」
月は驚きを隠せない。
「さ、さ。キナリお嬢さま、どうぞお上がり下さい」
少女は喜んで中に入ったが、月は頑なに遠慮した。
「おいしいお菓子をいただいたよ。ナンナルも来ればよかったのに」
と言って出てきた少女は、身体中に埃や蜘蛛の巣が付いていた。
「ちょっと埃っぽかったけど」
入らなくてよかったのだ、と月は自分に言い聞かせる。
少女の目の先には、小さな古い家があった。
黒く煤けた家に明かりはなく、夜道で見つけたのが不思議なくらいひっそりとしている。
「…誰も住んでいないんじゃないか?」
渋い顔の月をよそに、少女は玄関扉の前に立った。
「ごめんくださーい!」
返事はない。
「ほら、キナリ。誰もいないじゃないか。行くぞ」
月が立ち去ろうとしたとき、扉が開いた。
「お月様の直々のお出まし、大変光栄に存じます」
現れたのはコーモリだった。
「コーモリの家だったか……」
月は驚きを隠せない。
「さ、さ。キナリお嬢さま、どうぞお上がり下さい」
少女は喜んで中に入ったが、月は頑なに遠慮した。
「おいしいお菓子をいただいたよ。ナンナルも来ればよかったのに」
と言って出てきた少女は、身体中に埃や蜘蛛の巣が付いていた。
「ちょっと埃っぽかったけど」
入らなくてよかったのだ、と月は自分に言い聞かせる。
2005年5月14日土曜日
黒猫を射ち落とした話
ある夜、尻尾を切られた黒猫が、街で一番高い煙突の上で鳴いていた。
「キナリ。ヌバタマの声がしないか?」
初めに気がついたのは、背の低いコルネット吹きだった。彼は耳がいい。
「キナリ、あそこだ。煙突の上にヌバタマがいるよ」
長い名の絵かきが、煙突を指差した。彼は目がいい。
少女は口から飴玉を出し、煙突にパチンコを向けた。彼女は耳も目も人並みだが、勘がいい。
少女の放った飴玉が、黒猫に命中したのかどうかは、コルネット吹きにも絵かきにもわからなかった。
しばらくして黒猫が三人の前に現れた。
〔痛いではないか〕
「にゃーにゃー鳴いてたよ」
コルネット吹きが言う。
〔猫がにゃーと鳴いて何が悪い〕
「目が光ってたよ、さびしそうに」
絵かきも笑う。
〔猫の目は光るものだ〕
「ありがとう、は?」
少女が迫る。
〔煙突の上は、いい眺めだ〕
しかし、黒猫はその晩ずっと少女たちから離れようとしなかった。
「キナリ。ヌバタマの声がしないか?」
初めに気がついたのは、背の低いコルネット吹きだった。彼は耳がいい。
「キナリ、あそこだ。煙突の上にヌバタマがいるよ」
長い名の絵かきが、煙突を指差した。彼は目がいい。
少女は口から飴玉を出し、煙突にパチンコを向けた。彼女は耳も目も人並みだが、勘がいい。
少女の放った飴玉が、黒猫に命中したのかどうかは、コルネット吹きにも絵かきにもわからなかった。
しばらくして黒猫が三人の前に現れた。
〔痛いではないか〕
「にゃーにゃー鳴いてたよ」
コルネット吹きが言う。
〔猫がにゃーと鳴いて何が悪い〕
「目が光ってたよ、さびしそうに」
絵かきも笑う。
〔猫の目は光るものだ〕
「ありがとう、は?」
少女が迫る。
〔煙突の上は、いい眺めだ〕
しかし、黒猫はその晩ずっと少女たちから離れようとしなかった。
2005年5月13日金曜日
A TWILIGHT EPISODE
少女が目を覚ますと、黒猫の姿が見えなかった。
少女は黒猫から切り取った尻尾をにぎりしめて、夜明け間近の街へ出た。
公園のベンチでは、背の低いコルネット吹きが女の人と寄り添っていた。
街角では、長い名の絵かきが寝ていた。近付くと酒の匂いがした。
鬼のアパートの前に行くと、子供の泣き声と鬼の笑い声が聞こえた。
尻尾を切られた黒猫は、牛乳屋でミルクをもらっていた。
少女は黒猫がミルクを飲み終わるのを待ってから、強く抱きしめた。
〔色々なものを見たのだな。あのような姿も彼等の現実だ。何かが変わったのではない。キナリが知らずにいただけだ〕
猫の饒舌もまた、夜明け前。
少女は黒猫から切り取った尻尾をにぎりしめて、夜明け間近の街へ出た。
公園のベンチでは、背の低いコルネット吹きが女の人と寄り添っていた。
街角では、長い名の絵かきが寝ていた。近付くと酒の匂いがした。
鬼のアパートの前に行くと、子供の泣き声と鬼の笑い声が聞こえた。
尻尾を切られた黒猫は、牛乳屋でミルクをもらっていた。
少女は黒猫がミルクを飲み終わるのを待ってから、強く抱きしめた。
〔色々なものを見たのだな。あのような姿も彼等の現実だ。何かが変わったのではない。キナリが知らずにいただけだ〕
猫の饒舌もまた、夜明け前。
2005年5月12日木曜日
煙突に投げ込まれた話
帰り道。猫の道と人の道は、いつも異なる。
尻尾を切られた黒猫は、少女には構わず人様の庭に入っていく。
「いいな、ヌバタマ。ここから行けば近道だもん」
すると『ならば別の近道を教えてやる』と聞こえた。
少女の身体は、ぐいと持ち上がり、高く舞い上がった。
次の瞬間、少女は暖炉にいた。全身煤塗れである。
煙突に投げ込まれたのだ。
「ありがとう、流星。でも、もういらない。ヌバタマより黒くなった」
尻尾を切られた黒猫は、少女には構わず人様の庭に入っていく。
「いいな、ヌバタマ。ここから行けば近道だもん」
すると『ならば別の近道を教えてやる』と聞こえた。
少女の身体は、ぐいと持ち上がり、高く舞い上がった。
次の瞬間、少女は暖炉にいた。全身煤塗れである。
煙突に投げ込まれたのだ。
「ありがとう、流星。でも、もういらない。ヌバタマより黒くなった」
2005年5月11日水曜日
THE MOONRIDERS
ビルの壁、街灯、道路、街中に貼り紙がしてある。
『THE MOONRIDERS参上』
「街を汚して……けしからん。掃除しなければ」
月の機嫌は悪い。
「ナンナル、ムーンライダーズって何?」
「私のファンクラブと名乗る、いかがわしい団体だ」
「ふーん。そのファンクラブの人たち、どんな人?」
「……会ったことがないから、知らない」
少女は声を立てて笑った。
「会ったことがないのに、どうしてファンクラブだとわかるの? キナリは会いたい、ムーンライダーズ」
少女の笑顔を見て、月は混乱する。
「お返事の貼り紙を貼ろう。『歓迎THE MOONRIDERS』って」
貼り紙の掃除はその後でいいか、と月は思いはじめる。
『THE MOONRIDERS参上』
「街を汚して……けしからん。掃除しなければ」
月の機嫌は悪い。
「ナンナル、ムーンライダーズって何?」
「私のファンクラブと名乗る、いかがわしい団体だ」
「ふーん。そのファンクラブの人たち、どんな人?」
「……会ったことがないから、知らない」
少女は声を立てて笑った。
「会ったことがないのに、どうしてファンクラブだとわかるの? キナリは会いたい、ムーンライダーズ」
少女の笑顔を見て、月は混乱する。
「お返事の貼り紙を貼ろう。『歓迎THE MOONRIDERS』って」
貼り紙の掃除はその後でいいか、と月は思いはじめる。
2005年5月10日火曜日
月のサーカス
「キナリ、サーカスというのを知っているか?」
月の問いに少女は答える。
「知らない」
「では、これから見て来なさい」
めずらしく、尻尾を切られた黒猫が付いてくる。
「誘っても来ないのに」
〔損得勘定〕
月が少女を連れてきたのは、港だった。
「ほら、船長だ。船長がサーカスに案内してくれるはずだ」
少女は、馴染みの船長に飛び付く。
黒猫は、新鮮なご馳走をいただこうと、どこかに走っていった。
「船長、サーカスはどこ?」
「サーカス? あぁ、今日は満月だな。こっちだよ」
船長の肩車で、船の中に入る。アフリカから荷物を運ぶ貨物船である。
貨物の中には、ゾウやキリン、ライオンがいる。
少女は声をあげそうになる。
「静かに。これはマボロシだ。アフリカで寝ている動物たちの夢が、船に乗ってきたんだよ」
キリンは綱渡りが得意で、ゾウは玉乗り、ライオンは積み木をしている。どこからか、賑やかな音楽も聞こえる。
いつのまにか、少女も動物たちの輪の中に入り、一輪車に乗っていた。
それを見た船長は、寝息を立てている少女を肩から降ろした。
月の問いに少女は答える。
「知らない」
「では、これから見て来なさい」
めずらしく、尻尾を切られた黒猫が付いてくる。
「誘っても来ないのに」
〔損得勘定〕
月が少女を連れてきたのは、港だった。
「ほら、船長だ。船長がサーカスに案内してくれるはずだ」
少女は、馴染みの船長に飛び付く。
黒猫は、新鮮なご馳走をいただこうと、どこかに走っていった。
「船長、サーカスはどこ?」
「サーカス? あぁ、今日は満月だな。こっちだよ」
船長の肩車で、船の中に入る。アフリカから荷物を運ぶ貨物船である。
貨物の中には、ゾウやキリン、ライオンがいる。
少女は声をあげそうになる。
「静かに。これはマボロシだ。アフリカで寝ている動物たちの夢が、船に乗ってきたんだよ」
キリンは綱渡りが得意で、ゾウは玉乗り、ライオンは積み木をしている。どこからか、賑やかな音楽も聞こえる。
いつのまにか、少女も動物たちの輪の中に入り、一輪車に乗っていた。
それを見た船長は、寝息を立てている少女を肩から降ろした。
2005年5月9日月曜日
電燈の下をへんなものが通った話
少女は長い名の絵かきとともに、背の低いコルネット吹きの部屋に来ていた。
「紙がいっぱい落ちてる!」
「ぼくの部屋より紙だらけだ」
絵かきも呆れる。
「チョット・バカリー、この紙は何?」
「楽譜だよ。ステキなメロディが浮かんだら、紙に書き留めるんだ」
一番多いのが書きかけの五線紙。それに出来上がっている楽譜、ボロボロになった教則本、音符が書き付けられた紙切れ。高価なスコアやレコードもある。それらが部屋に散らばっている。
コルネット吹きは、客人が座る空間を作るために、慌ただしく片付けはじめた。
「あ!」
少女が声をあげた。
「キナリ、どうしたの?」
「あそこに、へんなものが飛んでる」
少女が指差したのは、部屋の電灯である。絵かきが立ち上がって電灯に顔を近づける。
「チョット・バカリー、大変だよ。音符が飛び回ってる」
「アァ!なんてことだ。楽譜を乱暴にしたから、音符が逃げたんだ!」
少女は、飛び回る音符たちを捕まえて、五線紙に貼り付けた。
後にコルネット吹きがタイトルを付ける。
「MOONLIGHT BECOMES KINALI」
「紙がいっぱい落ちてる!」
「ぼくの部屋より紙だらけだ」
絵かきも呆れる。
「チョット・バカリー、この紙は何?」
「楽譜だよ。ステキなメロディが浮かんだら、紙に書き留めるんだ」
一番多いのが書きかけの五線紙。それに出来上がっている楽譜、ボロボロになった教則本、音符が書き付けられた紙切れ。高価なスコアやレコードもある。それらが部屋に散らばっている。
コルネット吹きは、客人が座る空間を作るために、慌ただしく片付けはじめた。
「あ!」
少女が声をあげた。
「キナリ、どうしたの?」
「あそこに、へんなものが飛んでる」
少女が指差したのは、部屋の電灯である。絵かきが立ち上がって電灯に顔を近づける。
「チョット・バカリー、大変だよ。音符が飛び回ってる」
「アァ!なんてことだ。楽譜を乱暴にしたから、音符が逃げたんだ!」
少女は、飛び回る音符たちを捕まえて、五線紙に貼り付けた。
後にコルネット吹きがタイトルを付ける。
「MOONLIGHT BECOMES KINALI」
2005年5月8日日曜日
2005年5月6日金曜日
THE MOONMAN
「……月の男は、エリーをしっかりと抱きしめ、口づけをしました。エリーにはそれがお別れの挨拶だとわかりました。とうとう、二人のくちびるが離れました。そして、月の男は振り返ることなく去ったのです。おしまい」
長い名の絵かきは「THE MOONMAN」と題された本を閉じると、月に言った。
「この月の男は、ずいぶんモテるんだね」
背の低いコルネット吹きは
「この月の男は、ちょっとばかり、かっこつけすぎているよ」
と笑う。
「ナンナルは、こんなこと書かれてイヤじゃないの?」
少女の声は、刺々しい。
月は溜め息をついた。一体誰がエリーと月のことを書き残したのであろうか。863年も前の恋物語を。
長い名の絵かきは「THE MOONMAN」と題された本を閉じると、月に言った。
「この月の男は、ずいぶんモテるんだね」
背の低いコルネット吹きは
「この月の男は、ちょっとばかり、かっこつけすぎているよ」
と笑う。
「ナンナルは、こんなこと書かれてイヤじゃないの?」
少女の声は、刺々しい。
月は溜め息をついた。一体誰がエリーと月のことを書き残したのであろうか。863年も前の恋物語を。
2005年5月5日木曜日
月をあげる人
「お月様をあげます」
月と少女は、男に声をかけられた。
差し出された手には「月」と書かれた紙があった。
二人が何も言わずにいると
「お月様をあげます」
ともう一度言う。
「月は私だが…」
と月が言いかけると少女が遮った。
「ありがとう。お礼に飴あげる」
男はニコリとして去って行った。
「なんだ今のは。キナリ、やっぱり文句を言ってくる」
すぐに「お月様をあげます」と後ろでも声がして月は溜め息をついた。
その晩、街を歩く人は皆「月」の紙を持っていた。
「ねぇ、ナンナル。あの人、お月様がきれいなことをみんなに教えたかったんだよ。ほら、みんな月見ながら歩いてるよ」
月と少女は、男に声をかけられた。
差し出された手には「月」と書かれた紙があった。
二人が何も言わずにいると
「お月様をあげます」
ともう一度言う。
「月は私だが…」
と月が言いかけると少女が遮った。
「ありがとう。お礼に飴あげる」
男はニコリとして去って行った。
「なんだ今のは。キナリ、やっぱり文句を言ってくる」
すぐに「お月様をあげます」と後ろでも声がして月は溜め息をついた。
その晩、街を歩く人は皆「月」の紙を持っていた。
「ねぇ、ナンナル。あの人、お月様がきれいなことをみんなに教えたかったんだよ。ほら、みんな月見ながら歩いてるよ」
2005年5月4日水曜日
水道へ突き落とされた話
月と少女が歩いていると、すぐ目の前のマンホールのフタが勢いよく跳ねて中からレオナルド・ションウ゛ォリ氏が顔を出し、「ほほーい」と言うとすぐ消えた。
月が驚いていると、ションウ゛ォリ氏は月の背後に現れて背中を押したので、月は水道に墜落した。
「ナンナル!」
心配そうに水道を覗き込む少女の隣で
「ナンナル殿、水も滴るいい月のできあがり、ですぞ」
と満足げなレオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。
月が驚いていると、ションウ゛ォリ氏は月の背後に現れて背中を押したので、月は水道に墜落した。
「ナンナル!」
心配そうに水道を覗き込む少女の隣で
「ナンナル殿、水も滴るいい月のできあがり、ですぞ」
と満足げなレオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。
2005年5月3日火曜日
はたして月へ行けたか
「ヌバタマ、今夜は一緒に月へ来てもらう」
月がそう言うと、しっぽを切られた黒猫はプルンと左耳だけを動かした。蝿でも追い払うように。
「キナリも行く」
少女は高らかに声をあげた。
「ヌバタマだけだ」
「なんで? どうして? ナンナル!」
月は応えず、黒猫を抱えて出て行った。
少女は長い時間ベッドの中で泣いていたが、やがて眠った。
朝、少女が目覚めると、黒猫はいつもの通り、お気に入りのクッションの上で丸まっている。
「ねぇ、ヌバタマ。月に行ったの? どんなところだった?」
黒猫は寝返りをうつだけ。
月がそう言うと、しっぽを切られた黒猫はプルンと左耳だけを動かした。蝿でも追い払うように。
「キナリも行く」
少女は高らかに声をあげた。
「ヌバタマだけだ」
「なんで? どうして? ナンナル!」
月は応えず、黒猫を抱えて出て行った。
少女は長い時間ベッドの中で泣いていたが、やがて眠った。
朝、少女が目覚めると、黒猫はいつもの通り、お気に入りのクッションの上で丸まっている。
「ねぇ、ヌバタマ。月に行ったの? どんなところだった?」
黒猫は寝返りをうつだけ。
2005年5月2日月曜日
2005年5月1日日曜日
星でパンをこしらえた話
ドシン
「流星!」
月は不機嫌な顔で流星の後姿を見送る。
「ナンナル。これ何?」
少女は道にばらまかれたものを指差した。
「あぁ、それはヤツのカケラだ。激しくぶつかったから、砕けたんだろう」
「流星は痛くないの?」
「痛いものか。それ、パンに混ぜると美味いぞ」
「じゃあ、オニに作ってもらう!」
月と少女はオニを訪ねた。「まぁ!星のカケラ!素敵ね。早速こしらえましょう。どんなお味かしら、楽しみだわ」
小さな少女と恐ろしい顔の鬼が一緒になってパンをこねる。それを見て、月は流星にぶつかるのも悪くないと思った。
「流星!」
月は不機嫌な顔で流星の後姿を見送る。
「ナンナル。これ何?」
少女は道にばらまかれたものを指差した。
「あぁ、それはヤツのカケラだ。激しくぶつかったから、砕けたんだろう」
「流星は痛くないの?」
「痛いものか。それ、パンに混ぜると美味いぞ」
「じゃあ、オニに作ってもらう!」
月と少女はオニを訪ねた。「まぁ!星のカケラ!素敵ね。早速こしらえましょう。どんなお味かしら、楽しみだわ」
小さな少女と恐ろしい顔の鬼が一緒になってパンをこねる。それを見て、月は流星にぶつかるのも悪くないと思った。
2005年4月30日土曜日
自分を落としてしまった話
「やあ! キナリ。どこ行くの?」
長い名の絵かきが少女に声を掛けた。しかし、少女は返事をしない。
「こんばんは、キナリ。今夜も広場でラッパを吹くよ。来てくれるかい?」
背の低いコルネット吹きが少女を呼ぶ。しかし、少女は返事をしない。
「キナリ!こんな所にいたのか」
月が少女と並んで歩き始める。だが少女は無言のまま。
「おい?キナリ、どうしたんだ?具合が悪いのか?」月が肩を揺さぶる。
「キナリって誰」
「誰って、自分の名前がわからないのか!?」
〔落とし物だ〕
しっぽを切られた黒猫が駆け寄って来た。黒猫に差し出された小さな箱を受け取る。
「あ、ナンナルだ」
「キナリ?わかるか?……あぁ、よかった。その箱は何が入っているのだ?」
「ヘソノオ」
長い名の絵かきが少女に声を掛けた。しかし、少女は返事をしない。
「こんばんは、キナリ。今夜も広場でラッパを吹くよ。来てくれるかい?」
背の低いコルネット吹きが少女を呼ぶ。しかし、少女は返事をしない。
「キナリ!こんな所にいたのか」
月が少女と並んで歩き始める。だが少女は無言のまま。
「おい?キナリ、どうしたんだ?具合が悪いのか?」月が肩を揺さぶる。
「キナリって誰」
「誰って、自分の名前がわからないのか!?」
〔落とし物だ〕
しっぽを切られた黒猫が駆け寄って来た。黒猫に差し出された小さな箱を受け取る。
「あ、ナンナルだ」
「キナリ?わかるか?……あぁ、よかった。その箱は何が入っているのだ?」
「ヘソノオ」
2005年4月28日木曜日
ガス灯とつかみ合いをした話
「あ、あのガス灯切れてる」
少女と月が夜道を歩いていると、一本の切れたガス灯を見つけた。
「どれ、私が見てみよう」
月がガス灯にしがみついてスルスルと登りはじめると、街灯は暴れはじめた。
「な、なんだ。修理してやるだけだぞ」
それでもガス灯が暴れるので、月は力尽くで抑え込む。
「待って、ナンナル。ガス灯が泣いてる。壊れてないから構うな、って。今夜は静かにしていたい気分なんだよ、きっと」
月が降りると、ガス灯はパッパと点滅した。
「どういたしまして」
「キナリ、ガス灯の言うことがわかったのか?」
「ナンナル、飴あげる」
少女と月が夜道を歩いていると、一本の切れたガス灯を見つけた。
「どれ、私が見てみよう」
月がガス灯にしがみついてスルスルと登りはじめると、街灯は暴れはじめた。
「な、なんだ。修理してやるだけだぞ」
それでもガス灯が暴れるので、月は力尽くで抑え込む。
「待って、ナンナル。ガス灯が泣いてる。壊れてないから構うな、って。今夜は静かにしていたい気分なんだよ、きっと」
月が降りると、ガス灯はパッパと点滅した。
「どういたしまして」
「キナリ、ガス灯の言うことがわかったのか?」
「ナンナル、飴あげる」
2005年4月27日水曜日
2005年4月26日火曜日
TOUR DU CHAT-NOIR
〔キナリ〕
しっぽを切られた黒猫が少女を呼ぶ。
「なに?」
〔今夜、集会がある〕
「集会?」
〔黒猫の集会〕
「キナリも行きたい」
〔それはあんたが決めることだ〕
黒猫は、いつもの倍のミルクを飲み、いつもの倍、毛繕いをして出て行った。
少女は後を追う。黒猫が塀に上がれば、同じようにした。穴をくぐれば、同じようにした。
公園には、何百もの黒猫が集っていた。太ったのや痩せたの、しっぽが長いのや短いの、片目が潰れたのや足を引きずるもの、あらゆる黒猫がいたが、しっぽを切られた猫は一匹だけである。少女はブランコに腰掛け、黒猫たちの様子を眺める。
やおら一匹の黒猫が一匹の黒猫の背中に飛び乗った。その上にまた一匹が飛び乗る。さらにその背中に一匹。
それは何百回と繰り返され、最後にしっぽを切られた黒猫が飛び上がった。それを見て、少女は鬼のアパートへ向かって駆け出した。
最上階の鬼の部屋の窓から見上げても、頂点は見えない。
「ヌバタマ~!」
少女が叫ぶと、黒猫の目が一斉に光った。
しっぽを切られた黒猫が少女を呼ぶ。
「なに?」
〔今夜、集会がある〕
「集会?」
〔黒猫の集会〕
「キナリも行きたい」
〔それはあんたが決めることだ〕
黒猫は、いつもの倍のミルクを飲み、いつもの倍、毛繕いをして出て行った。
少女は後を追う。黒猫が塀に上がれば、同じようにした。穴をくぐれば、同じようにした。
公園には、何百もの黒猫が集っていた。太ったのや痩せたの、しっぽが長いのや短いの、片目が潰れたのや足を引きずるもの、あらゆる黒猫がいたが、しっぽを切られた猫は一匹だけである。少女はブランコに腰掛け、黒猫たちの様子を眺める。
やおら一匹の黒猫が一匹の黒猫の背中に飛び乗った。その上にまた一匹が飛び乗る。さらにその背中に一匹。
それは何百回と繰り返され、最後にしっぽを切られた黒猫が飛び上がった。それを見て、少女は鬼のアパートへ向かって駆け出した。
最上階の鬼の部屋の窓から見上げても、頂点は見えない。
「ヌバタマ~!」
少女が叫ぶと、黒猫の目が一斉に光った。
2005年4月25日月曜日
AN INCIDENT IN THE CONCERT
「友達があっちの広場でラッパを吹いてるんだ」
長い名の絵かきとともに広場に行くと、少女といくらも変わらない程の背丈の男が、銀色のコルネットを吹いていた。足元には空の小さなトランク。
「やあ!プキサ!その子がキナリだね?はじめまして。ぼくの名前はチョット・バカリー」
「こんばんは。チョット・バカリー。不思議な名前」
「あなたもね」
挨拶が済むと、再び小さな男はコルネットを吹きだした。その音色を聞いた少女は、お気に入りのマグカップに作ったココアを思った。
「あ!ヌバタマ!」
いつの間にかしっぽを切られた黒猫が後ろ脚で立ち、小さな男の周りで踊っている。トランクは、硬貨が山盛りである。
少女と絵かきの他、観客は誰もいない。
長い名の絵かきとともに広場に行くと、少女といくらも変わらない程の背丈の男が、銀色のコルネットを吹いていた。足元には空の小さなトランク。
「やあ!プキサ!その子がキナリだね?はじめまして。ぼくの名前はチョット・バカリー」
「こんばんは。チョット・バカリー。不思議な名前」
「あなたもね」
挨拶が済むと、再び小さな男はコルネットを吹きだした。その音色を聞いた少女は、お気に入りのマグカップに作ったココアを思った。
「あ!ヌバタマ!」
いつの間にかしっぽを切られた黒猫が後ろ脚で立ち、小さな男の周りで踊っている。トランクは、硬貨が山盛りである。
少女と絵かきの他、観客は誰もいない。
2005年4月24日日曜日
2005年4月23日土曜日
THE WEDDING CEREMONY
教会から、黒いドレスを来た女が出てきた。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は…吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は…吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。
2005年4月21日木曜日
2005年4月20日水曜日
2005年4月18日月曜日
2005年4月17日日曜日
ポケットの中の月
「キナリ、ポケットに手を入れていると、転んだとき危ないぞ」
「へへーん。ポケットの中にはお月さんが入っているんだよ」
少女はスボンのポケットに入れたまま右手を動かす。
「なんだって?!」
月は狼狽する。
「見たい?」
少女はニヤリとする。
「早く見せろ」
「どうしようかな」
少女がポケットの中で右手を動かす。月が顔を歪める。それを見てますます右手を動かしてみせる少女。
無言の攻防の後、ついに右手が引き出された。
「これだよ。オニにもらった」
少女の手の平には飴玉がひとつ。
包み紙には小さな文字。
〔candy‐moonひと粒で月まで飛んじゃうおいしさ!りんご味〕
「へへーん。ポケットの中にはお月さんが入っているんだよ」
少女はスボンのポケットに入れたまま右手を動かす。
「なんだって?!」
月は狼狽する。
「見たい?」
少女はニヤリとする。
「早く見せろ」
「どうしようかな」
少女がポケットの中で右手を動かす。月が顔を歪める。それを見てますます右手を動かしてみせる少女。
無言の攻防の後、ついに右手が引き出された。
「これだよ。オニにもらった」
少女の手の平には飴玉がひとつ。
包み紙には小さな文字。
〔candy‐moonひと粒で月まで飛んじゃうおいしさ!りんご味〕
2005年4月15日金曜日
2005年4月14日木曜日
2005年4月13日水曜日
押し出された話
その晩、長い名の絵かきの姿はなかった。イーゼルもキャンバスも絵の具も椅子も、いつもの場所にある。
「プキサはどこに行ったのだろう、大事な道具も置きっぱなしで…椅子はまだ温かいな。キナリ、プキサはまだ近くにいるはずだ。捜そう」
月と少女は辺りを見回す。
「あ!」
「見つけたか?」
「ナンナル!大変だよ!ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサはこのチューブの中だよ!」
イエローのチューブが膨れあがり、もぞもぞと動いている。
月と少女はパレットに黄色い絵の具を慎重に押し出した。中の絵かきを潰さないように。
絵の具がなくなって、最後に絵かきが出てきた。
「ありがとう、ありがとう」
絵かきは全身黄色のまま言った。
「でも黄色の絵の具がなくなっちゃったよ」
パレットの山盛りイエローを差し出して少女が言う。
絵かきは笑った。
「大丈夫!見て、今夜は満月だ。みんなで月を描こうよ」
「プキサはどこに行ったのだろう、大事な道具も置きっぱなしで…椅子はまだ温かいな。キナリ、プキサはまだ近くにいるはずだ。捜そう」
月と少女は辺りを見回す。
「あ!」
「見つけたか?」
「ナンナル!大変だよ!ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサはこのチューブの中だよ!」
イエローのチューブが膨れあがり、もぞもぞと動いている。
月と少女はパレットに黄色い絵の具を慎重に押し出した。中の絵かきを潰さないように。
絵の具がなくなって、最後に絵かきが出てきた。
「ありがとう、ありがとう」
絵かきは全身黄色のまま言った。
「でも黄色の絵の具がなくなっちゃったよ」
パレットの山盛りイエローを差し出して少女が言う。
絵かきは笑った。
「大丈夫!見て、今夜は満月だ。みんなで月を描こうよ」
2005年4月12日火曜日
2005年4月11日月曜日
みんなで遊ぼう
五月、午後の太陽は元気だ。冬のようにさびしくはない。冬の西日を浴びた影はぼくまでブルーにするからあまり遊ばせられないけど、今は違う。だからぼくは、影を放してやる。晴れた日は心置きなく遊ばせる。五月の強く明るい西日をいっぱいに浴びて帰ってきた影は、ぼくをウキウキさせる。影にもぼくにもいい季節だ。
影はご機嫌で帰ってくると、一緒に遊んだ影のことや変わった影のことを話してくれる。影たちがすごいのは、大人も子供も動物も植物も物も、みんな仲良く遊べるらしい、ということだ。猫の影の悩み事を聞いてやったとか、ケヤキの影と鬼ごっこをしたとか、信号機の影は頑固だ、と聞くとちょっと影がうらやましくなる。
いつもはそんな風にいろんな話をするのに、きのうは黙ってすぐに寝てしまった。こんなことは今まで一度もなかった。ぼくは本当に心配になった。影は影のくせにぼくよりずっと明るい性格なのだ。押し黙っている影は、十二年の人生ではじめてだ。
だから今日、ぼくは影を尾行することにした。影は目的地を決めているようで、ぐんぐん進んで行った。何度か散歩中の犬の影に懐かれていたけれど、すぐに振り切って進んでいく。そしてある家の前で止まった。あれ?ここは…!ぼくは影の前に飛び出した。
「エリちゃんと遊ぶのは、ぼくだ!」
家から出てきたエリちゃんも、エリちゃんの影もポカンとしている。影は笑い出した。エリちゃんではなく、エリちゃんの影と遊びたかったんだから、と。
でも、そのおかげで明日の夕方、エリちゃんと遊ぶ約束をした。ぼくの影もエリちゃんの影も、一緒に遊ぼう。みんなで遊ぼう。
きららメール小説大賞投稿作
影はご機嫌で帰ってくると、一緒に遊んだ影のことや変わった影のことを話してくれる。影たちがすごいのは、大人も子供も動物も植物も物も、みんな仲良く遊べるらしい、ということだ。猫の影の悩み事を聞いてやったとか、ケヤキの影と鬼ごっこをしたとか、信号機の影は頑固だ、と聞くとちょっと影がうらやましくなる。
いつもはそんな風にいろんな話をするのに、きのうは黙ってすぐに寝てしまった。こんなことは今まで一度もなかった。ぼくは本当に心配になった。影は影のくせにぼくよりずっと明るい性格なのだ。押し黙っている影は、十二年の人生ではじめてだ。
だから今日、ぼくは影を尾行することにした。影は目的地を決めているようで、ぐんぐん進んで行った。何度か散歩中の犬の影に懐かれていたけれど、すぐに振り切って進んでいく。そしてある家の前で止まった。あれ?ここは…!ぼくは影の前に飛び出した。
「エリちゃんと遊ぶのは、ぼくだ!」
家から出てきたエリちゃんも、エリちゃんの影もポカンとしている。影は笑い出した。エリちゃんではなく、エリちゃんの影と遊びたかったんだから、と。
でも、そのおかげで明日の夕方、エリちゃんと遊ぶ約束をした。ぼくの影もエリちゃんの影も、一緒に遊ぼう。みんなで遊ぼう。
きららメール小説大賞投稿作
ペロペロキャンディー
「毎日来てますよ、ね?」
休憩時間にいつものコーヒーショップに入ろうとして、店から出てきた女に呼び止められた。
「はあ」
そんなふうに女性に声をかけられるのは、はじめてだった。毎日、と言われても女の顔には覚えがなかった。真ん中に分けられた髪の毛から細い束が二本、つんと尖った鼻まで垂れていた。触角みたいだ、と思った。両手に持った紙コップのうち右手だけをちょっとだけ挙げて「これ、あなたの分です」と言った。
ベンチに座ると女はカバンからケースに入った細いストローを出した。ストローはクルクルと巻かれていて、それは何十年かぶりに「ペロペロキャンディー」を思い起こさせた。このストローじゃないとうまく飲めないのだ、と巻かれたストローをほどきながら女は説明した。
おれは黙って女の買ったコーヒーを飲んだ。隣で真剣な面持ちでストローをくわえる女の横顔を盗み見しながら。まつげが長かった。
女はゆっくりだが一息でコーヒーを飲み終えた。
「じゃあ、また」
女は細い前髪をひくひくと揺らしながら去っていった。
女の座っていた所には尻の形に粉が落ちていた。おれは指でそれをなぞり、舐めた。何の味がしたわけではないが、結局全部舐めた。止められなかったのだ。
家に帰るなり妻が「蝶に化かされたのね」と言う。
なぜ、と問いながら、鼓動が速くなるのがわかる。妻は事もなげに「匂いでわかるし、あなたの目が潤んでいるから。鱗粉を舐めたでしょ?」と応じた。
「ねぇ、蝶さんはきれいだったでしょう?ずるいよね、男の人しか会えないんだもんね」と妻の目が光る。妻を抱き寄せながら、ペロペロキャンディーはどこで買えるだろうか、と考える。
きららメール小説大賞投稿作 最終30編
休憩時間にいつものコーヒーショップに入ろうとして、店から出てきた女に呼び止められた。
「はあ」
そんなふうに女性に声をかけられるのは、はじめてだった。毎日、と言われても女の顔には覚えがなかった。真ん中に分けられた髪の毛から細い束が二本、つんと尖った鼻まで垂れていた。触角みたいだ、と思った。両手に持った紙コップのうち右手だけをちょっとだけ挙げて「これ、あなたの分です」と言った。
ベンチに座ると女はカバンからケースに入った細いストローを出した。ストローはクルクルと巻かれていて、それは何十年かぶりに「ペロペロキャンディー」を思い起こさせた。このストローじゃないとうまく飲めないのだ、と巻かれたストローをほどきながら女は説明した。
おれは黙って女の買ったコーヒーを飲んだ。隣で真剣な面持ちでストローをくわえる女の横顔を盗み見しながら。まつげが長かった。
女はゆっくりだが一息でコーヒーを飲み終えた。
「じゃあ、また」
女は細い前髪をひくひくと揺らしながら去っていった。
女の座っていた所には尻の形に粉が落ちていた。おれは指でそれをなぞり、舐めた。何の味がしたわけではないが、結局全部舐めた。止められなかったのだ。
家に帰るなり妻が「蝶に化かされたのね」と言う。
なぜ、と問いながら、鼓動が速くなるのがわかる。妻は事もなげに「匂いでわかるし、あなたの目が潤んでいるから。鱗粉を舐めたでしょ?」と応じた。
「ねぇ、蝶さんはきれいだったでしょう?ずるいよね、男の人しか会えないんだもんね」と妻の目が光る。妻を抱き寄せながら、ペロペロキャンディーはどこで買えるだろうか、と考える。
きららメール小説大賞投稿作 最終30編
2005年4月10日日曜日
2005年4月8日金曜日
黒猫のしっぽを切った話
「ねぇ、ナンナル。あそこに黒い猫がいる」
「どこだ?あぁ、あそこか。まだ小さいな」
「あの猫と友達になる」
「ノラ猫だぞ、根気よく付き合わないと…」
月の話も聞かずに少女は黒猫に近付く。
猫の後から手を伸ばして尻尾を掴み、猫が暴れる暇もなく、ハサミで切り取った。
「キナリ!」
少女は黒い尻尾を振り回し、月に合図する。黒猫は少女の脚に頬を擦りつけている。
「ほら、仲良くなったよ。猫、名前は?」
[ヌバタマ]
「変な名前」
[あんたもな]
「どこだ?あぁ、あそこか。まだ小さいな」
「あの猫と友達になる」
「ノラ猫だぞ、根気よく付き合わないと…」
月の話も聞かずに少女は黒猫に近付く。
猫の後から手を伸ばして尻尾を掴み、猫が暴れる暇もなく、ハサミで切り取った。
「キナリ!」
少女は黒い尻尾を振り回し、月に合図する。黒猫は少女の脚に頬を擦りつけている。
「ほら、仲良くなったよ。猫、名前は?」
[ヌバタマ]
「変な名前」
[あんたもな]
2005年4月7日木曜日
SOMETHING BLACK
「今日は何を描きましょうか?お嬢さん」
長い名の絵かきがおどけて尋ねる。
「リンゴ」
少女が応える。
「かしこまりました」
絵かきは赤色の絵の具を筆に取る。キャンバスに浮かび上がるリンゴ。
絵かきは緑色の絵の具を筆に取る。キャンバスに浮かび上がる鳥。
「この鳥はリンゴが好きなんだね!もっと描いて!」
絵かきはリンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描いた。
「もっと描いて!」
絵かきはリンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描いた。
キャンバスに赤いリンゴと緑の鳥が溶け合う。
「見て、ナンナル」
「プキサに描いてもらったのか……まっくろけ、だな」
「リンゴと鳥だよ」
長い名の絵かきがおどけて尋ねる。
「リンゴ」
少女が応える。
「かしこまりました」
絵かきは赤色の絵の具を筆に取る。キャンバスに浮かび上がるリンゴ。
絵かきは緑色の絵の具を筆に取る。キャンバスに浮かび上がる鳥。
「この鳥はリンゴが好きなんだね!もっと描いて!」
絵かきはリンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描いた。
「もっと描いて!」
絵かきはリンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描き、リンゴを描き、鳥を描いた。
キャンバスに赤いリンゴと緑の鳥が溶け合う。
「見て、ナンナル」
「プキサに描いてもらったのか……まっくろけ、だな」
「リンゴと鳥だよ」
2005年4月6日水曜日
2005年4月4日月曜日
ある晩の出来事
ある晩、長い名の絵かきが公園を通ると、少女がブランコに座って泣いていた。
「……キナリ?キナリ、どうしたんだい?こんなところで。…嫌なことがあるなら、話してごらんよ」
少女は顔あげ、絵かきとわかると口を開いた。
「……ピ、ピベラ・デュオガひっく、ハソ・ヘリンスセカ・ド・ずず、ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ふ、ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプンふふふ、ケルセプニューナ・ド・リあは、シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウあはは、ベリンセカ・プキサ!!」
少女は笑い出した。
「えへへ、ぼくの名前を言ってるうちに楽しくなっちゃったね。どうして泣いてたの?」
「……なんだっけ?」
二人はアップルタイザーで乾杯した。
この晩は、新月だった。
「……キナリ?キナリ、どうしたんだい?こんなところで。…嫌なことがあるなら、話してごらんよ」
少女は顔あげ、絵かきとわかると口を開いた。
「……ピ、ピベラ・デュオガひっく、ハソ・ヘリンスセカ・ド・ずず、ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ふ、ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプンふふふ、ケルセプニューナ・ド・リあは、シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウあはは、ベリンセカ・プキサ!!」
少女は笑い出した。
「えへへ、ぼくの名前を言ってるうちに楽しくなっちゃったね。どうして泣いてたの?」
「……なんだっけ?」
二人はアップルタイザーで乾杯した。
この晩は、新月だった。
2005年4月3日日曜日
月光鬼語
「あ、あそこに何か落ちてる。本だ」
少女が道端で拾った本には『月光鬼語』と書かれていた。
「ナンナル、何て読むの?」
「げっこうきご。……どうやら鬼の心得を書いたもののようだ。鬼が落としたのだろう。」
「オニ? じゃあ返しに行こう」
少女は月を従えてスタスタと歩き、まもなく四階建てのアパートにやって来た。
402号室のチャイムを鳴らす。
「ハーイ」
出てきた鬼は月がそれまで出会った鬼の中でも特に大きく白い角と濃い髭を持っていた。それは彼の鬼としての権威の強さを表している。
「これ、オニの本?」
「あら、やだ。こんな大事なもの落とすなんて。キナリちゃんにご馳走しなくちゃネ。もちろん、お月様もご一緒に」
少女と月は、鬼手づくりの焼きりんごを食べた。
帰り道。
「キナリがあんな大きな鬼と知り合いとは驚いたな」
「ん? どうして驚くの?」
まっすぐな目を向けられて、月は尋ねるのを諦めた。『月光鬼語』の第一章は「人間の子の調理法」である。
少女が道端で拾った本には『月光鬼語』と書かれていた。
「ナンナル、何て読むの?」
「げっこうきご。……どうやら鬼の心得を書いたもののようだ。鬼が落としたのだろう。」
「オニ? じゃあ返しに行こう」
少女は月を従えてスタスタと歩き、まもなく四階建てのアパートにやって来た。
402号室のチャイムを鳴らす。
「ハーイ」
出てきた鬼は月がそれまで出会った鬼の中でも特に大きく白い角と濃い髭を持っていた。それは彼の鬼としての権威の強さを表している。
「これ、オニの本?」
「あら、やだ。こんな大事なもの落とすなんて。キナリちゃんにご馳走しなくちゃネ。もちろん、お月様もご一緒に」
少女と月は、鬼手づくりの焼きりんごを食べた。
帰り道。
「キナリがあんな大きな鬼と知り合いとは驚いたな」
「ん? どうして驚くの?」
まっすぐな目を向けられて、月は尋ねるのを諦めた。『月光鬼語』の第一章は「人間の子の調理法」である。
2005年4月1日金曜日
A CHILDREN'S SONG
「満月だよ、ナンナル。一緒に踊ろう」
月は少女にお辞儀をして手を取る。
「せーの。ポッチッチ、ポッチッチ」
「待ってくれ。なんだ、そのポッチッチというのは」
「ワルツだよ、ワルツ知らないの?」
「ワルツは得意だ」
「じゃ、もう一度」
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
満月のもと、月は少女とワルツを踊る。
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
満月のもと、月は少女の歌に合わせてワルツを踊る。
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
月は少女にお辞儀をして手を取る。
「せーの。ポッチッチ、ポッチッチ」
「待ってくれ。なんだ、そのポッチッチというのは」
「ワルツだよ、ワルツ知らないの?」
「ワルツは得意だ」
「じゃ、もう一度」
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
満月のもと、月は少女とワルツを踊る。
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
満月のもと、月は少女の歌に合わせてワルツを踊る。
ポッチッチ、ポッチッチ、ポッチッチ
A PUZZLE
「お嬢さん、似顔絵を描いてあげよう」
月と夜の町を歩いていた少女は、路上の絵かきに呼び止められた。
「お嬢さんの名前は?」
「キナリ。絵かきさんは?」
「ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ。長いでしょう?プキサって呼んで。皆そう呼ぶんだ」
長い名の絵かきが描いた少女の似顔絵を見て月は言った。
「なんだこれは!目も口も耳もバラバラだ。とても顔には見えない」
少女は絵を受け取ると、黙って破りはじめ、たちまち19片の紙屑になった。次にそれを、新しい画用紙にスラスラと並べ張り合わせた。
「すてき!見て、ナンナル、キナリとそっくりだよ。上手だね!ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ、ありがとう!また遊びにくるよ!」
月は渋い顔で絵かきに硬貨を渡した。
月と夜の町を歩いていた少女は、路上の絵かきに呼び止められた。
「お嬢さんの名前は?」
「キナリ。絵かきさんは?」
「ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ。長いでしょう?プキサって呼んで。皆そう呼ぶんだ」
長い名の絵かきが描いた少女の似顔絵を見て月は言った。
「なんだこれは!目も口も耳もバラバラだ。とても顔には見えない」
少女は絵を受け取ると、黙って破りはじめ、たちまち19片の紙屑になった。次にそれを、新しい画用紙にスラスラと並べ張り合わせた。
「すてき!見て、ナンナル、キナリとそっくりだよ。上手だね!ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ、ありがとう!また遊びにくるよ!」
月は渋い顔で絵かきに硬貨を渡した。
2005年3月30日水曜日
2005年3月29日火曜日
お月様とけんかした話
「ヤ」
月がおさげ髪に触れるのを少女は拒んだ。
少女の髪は腰の近くまである。色は薄く、毛は細く、くせがある。
「どうして?」
「いやったら、嫌なの!」
「珍しいな、と思ったのだ。キナリがそうして髪を結っているのを、はじめてみたから」
その長い髪を特別に手入れしているようにも、執着があるようにも見えないが、彼女のたたずまいの半分は、長い髪が作ったものである。
「うまく出来てるじゃないか。よく見せてみな」
「だめ」
「だからどうして?」
「……おじいちゃんがしてくれた」
少女は祖父の顔を写真でしか知らない。
月がおさげ髪に触れるのを少女は拒んだ。
少女の髪は腰の近くまである。色は薄く、毛は細く、くせがある。
「どうして?」
「いやったら、嫌なの!」
「珍しいな、と思ったのだ。キナリがそうして髪を結っているのを、はじめてみたから」
その長い髪を特別に手入れしているようにも、執着があるようにも見えないが、彼女のたたずまいの半分は、長い髪が作ったものである。
「うまく出来てるじゃないか。よく見せてみな」
「だめ」
「だからどうして?」
「……おじいちゃんがしてくれた」
少女は祖父の顔を写真でしか知らない。
2005年3月27日日曜日
月とシガレット
警笛が鳴る。
月と少女は夜の港にいた。アフリカから到着した貨物船から降りてきた船長を目ざとく見つけ、少女は駆け寄る。
「船長!」
「キナリ、大きくなったなぁ」
「アップルタイザーは?」
「あっちだ。もうすぐ降ろし終わるよ」
少女は、すぐに駆け出した。持ってきたリュックをアップルタイザーのみどり色の瓶で一杯にするであろう。
月は、船長にボロボロの紙幣を渡す。船長は月明かりに紙幣を透かしニヤリとした。
「本物だね」
「皮肉な奴だ」
船長からワンカートンの煙草を受け取る。
「キナリは何を買ったのだ?」
「アップルタイザー。ナンナルにはあげない。ナンナルは何買ったの?」
「煙草」
月は大きく煙を吐く。
「あ、月が雲に隠れた」
月と少女は夜の港にいた。アフリカから到着した貨物船から降りてきた船長を目ざとく見つけ、少女は駆け寄る。
「船長!」
「キナリ、大きくなったなぁ」
「アップルタイザーは?」
「あっちだ。もうすぐ降ろし終わるよ」
少女は、すぐに駆け出した。持ってきたリュックをアップルタイザーのみどり色の瓶で一杯にするであろう。
月は、船長にボロボロの紙幣を渡す。船長は月明かりに紙幣を透かしニヤリとした。
「本物だね」
「皮肉な奴だ」
船長からワンカートンの煙草を受け取る。
「キナリは何を買ったのだ?」
「アップルタイザー。ナンナルにはあげない。ナンナルは何買ったの?」
「煙草」
月は大きく煙を吐く。
「あ、月が雲に隠れた」
2005年3月25日金曜日
ある夜倉庫のかげで聞いた話
「あそこ嫌い」
少女は古い倉庫が立ち並ぶ辺りを指して言った。
「どうして?カクレンボができて面白そうではないか。行ってみよう、私が一緒ならば、怖くないだろう?」
月と少女は手を取り合って歩き出した。
一番大きな倉庫のそばに来ると、月明かりが遮られて真っ暗になった。
少女には隣にいる月の姿が見えなくなる。だが、手を繋いでいるからどうにか泣き出さずにいる。
【月は昔、チーズだった。】
「ナンナル!変な声がするよ」
「シッ。大丈夫だ。老人が古い物語を語っているんだよ。聞いていよう」
【ミイラ取りに行くネズミの大切な食糧となっていたが、段々と月は減り、ツルツル真ん丸だった月はデコボコのガタガタになった。これをクレーターと呼ぶ。デラックス百科事典268頁より】
「痛っ。キナリ、何するんだ」
「なんだ、チーズの味しないね」
月は何万年もネズミに食べられてはいないが、「キナリの歯形」という新たなクレーターが誕生した。
少女は古い倉庫が立ち並ぶ辺りを指して言った。
「どうして?カクレンボができて面白そうではないか。行ってみよう、私が一緒ならば、怖くないだろう?」
月と少女は手を取り合って歩き出した。
一番大きな倉庫のそばに来ると、月明かりが遮られて真っ暗になった。
少女には隣にいる月の姿が見えなくなる。だが、手を繋いでいるからどうにか泣き出さずにいる。
【月は昔、チーズだった。】
「ナンナル!変な声がするよ」
「シッ。大丈夫だ。老人が古い物語を語っているんだよ。聞いていよう」
【ミイラ取りに行くネズミの大切な食糧となっていたが、段々と月は減り、ツルツル真ん丸だった月はデコボコのガタガタになった。これをクレーターと呼ぶ。デラックス百科事典268頁より】
「痛っ。キナリ、何するんだ」
「なんだ、チーズの味しないね」
月は何万年もネズミに食べられてはいないが、「キナリの歯形」という新たなクレーターが誕生した。
2005年3月23日水曜日
箒星を獲りに行った話
「ホーキ星?流星と違うの?」
「あぁ、流星とは似て非なるものだ。箒星は流星のように悪さはしない」
「ふーん」
月と少女は箒星を獲りに港へ出掛けた。今夜はアフリカからの船はない。
「ナンナル…夜の海、怖い」
「港には何度も来ているではないか」
「船長のいるときにしか来たことない」
「そうか…よし、ここに座って待とう」
少女は黙って波音に身を預ける。
「キナリ、聞こえるか?」
波音の間に、アスファルトを擦る音。
「うん、シュッシュって音がする」
「真後ろに来たら、振り向いて捕まえる」
「それ!」
「ホーキ星さんつかまえた!」
「あらら~捕まっちゃいました~。では、ホーキに乗ってください~。行きますよ~。出発~」
そしてステキなホーキドライブ。
「あぁ、流星とは似て非なるものだ。箒星は流星のように悪さはしない」
「ふーん」
月と少女は箒星を獲りに港へ出掛けた。今夜はアフリカからの船はない。
「ナンナル…夜の海、怖い」
「港には何度も来ているではないか」
「船長のいるときにしか来たことない」
「そうか…よし、ここに座って待とう」
少女は黙って波音に身を預ける。
「キナリ、聞こえるか?」
波音の間に、アスファルトを擦る音。
「うん、シュッシュって音がする」
「真後ろに来たら、振り向いて捕まえる」
「それ!」
「ホーキ星さんつかまえた!」
「あらら~捕まっちゃいました~。では、ホーキに乗ってください~。行きますよ~。出発~」
そしてステキなホーキドライブ。
2005年3月22日火曜日
ハーモニカを盗まれた話
「ハーモニカが、ない」
月が言った。
「はーもにか?それ何?」
「キナリはハーモニカを知らないのか」
「知らない」
「楽器だよ。金属で出来ていて、小さな四角い穴がたくさん空いている。細長くて手に乗るくらいの大きさだ。こうして口に当てて吹く」
「これ?」
少女はポケットからハーモニカを出した。
「それだ!どうしてキナリが持ってる?」
「ナンナルの鞄に入ってた。キレイだったからポケットに入れておいたの」
「……それは、盗んだというんじゃないのか?」
「ゴメンナサイ。ねぇ、ナンナル、それ吹いてみて」
月は少女をおぶさり、ハーモニカを吹きながら歩いた。
少女は月の調べに身をまかせ、眠る。
月が言った。
「はーもにか?それ何?」
「キナリはハーモニカを知らないのか」
「知らない」
「楽器だよ。金属で出来ていて、小さな四角い穴がたくさん空いている。細長くて手に乗るくらいの大きさだ。こうして口に当てて吹く」
「これ?」
少女はポケットからハーモニカを出した。
「それだ!どうしてキナリが持ってる?」
「ナンナルの鞄に入ってた。キレイだったからポケットに入れておいたの」
「……それは、盗んだというんじゃないのか?」
「ゴメンナサイ。ねぇ、ナンナル、それ吹いてみて」
月は少女をおぶさり、ハーモニカを吹きながら歩いた。
少女は月の調べに身をまかせ、眠る。
2005年3月21日月曜日
2005年3月20日日曜日
投石事件
「おい、キナリ!何やってるんだ!」
少女は通行人の背中に向けて石を投げつけていた。彼女の手に余るほどの大きな石を。
「あ、ナンナル」
「キナリ、危ないじゃないか。知らない人に石なんかぶつけちゃダメだろう」
「だって、あの人の背中、紫のクモがついてる。大きいの。クモがついてるほうが、危ないんだよ」
「……本当だ。キナリは石をぶつけてあのクモを退治できるのか?」
紫の大蜘蛛、それは流星に狙われている証拠である。放っておくわけにはいかない。
「そうだよ。石、投げていいでしょ?」
「ちょ、ちょっと待て。こっちにしよう」
月は少女に流星の天敵を渡した。
「これ何?こんな小さいのでクモをやっつけられるの?」
「梅の種。流星はこれが大嫌いなんだ!さあ、投げろ!」
「マカセトケ!」
見事、少女の投げた梅の種は紫の大蜘蛛に命中した。
少女は通行人の背中に向けて石を投げつけていた。彼女の手に余るほどの大きな石を。
「あ、ナンナル」
「キナリ、危ないじゃないか。知らない人に石なんかぶつけちゃダメだろう」
「だって、あの人の背中、紫のクモがついてる。大きいの。クモがついてるほうが、危ないんだよ」
「……本当だ。キナリは石をぶつけてあのクモを退治できるのか?」
紫の大蜘蛛、それは流星に狙われている証拠である。放っておくわけにはいかない。
「そうだよ。石、投げていいでしょ?」
「ちょ、ちょっと待て。こっちにしよう」
月は少女に流星の天敵を渡した。
「これ何?こんな小さいのでクモをやっつけられるの?」
「梅の種。流星はこれが大嫌いなんだ!さあ、投げろ!」
「マカセトケ!」
見事、少女の投げた梅の種は紫の大蜘蛛に命中した。
2005年3月19日土曜日
星をひろった話
「ナンナル、これなに?」
キナリが差し出したのは、透明で小さな石だった。
ガラスの破片のようにも見えるが、もっと滑らかでもっと冷たい。
「どこで見つけた?」
「あちこちに落ちてる。キレイだから拾ってオルゴールの箱に入れてあるの。でもなんだかわからない。ナンナルは知ってる?」
「ちょっと見せて」
月の手のひらに載せられた石は、まぶしいくらいに輝いた。
「すごい!ナンナルが触ると光るんだ!どうして?」
「キナリ、これは星だよ。」
月は驚く。星はそこらじゅうに落ちているわけではないし、
やすやすと人間の子供に見付かるほどバカではない。
「キナリも光らせたいな」
少女は星を小指でくすぐっている。その方法は、あながち間違っていない。
キナリが差し出したのは、透明で小さな石だった。
ガラスの破片のようにも見えるが、もっと滑らかでもっと冷たい。
「どこで見つけた?」
「あちこちに落ちてる。キレイだから拾ってオルゴールの箱に入れてあるの。でもなんだかわからない。ナンナルは知ってる?」
「ちょっと見せて」
月の手のひらに載せられた石は、まぶしいくらいに輝いた。
「すごい!ナンナルが触ると光るんだ!どうして?」
「キナリ、これは星だよ。」
月は驚く。星はそこらじゅうに落ちているわけではないし、
やすやすと人間の子供に見付かるほどバカではない。
「キナリも光らせたいな」
少女は星を小指でくすぐっている。その方法は、あながち間違っていない。
2005年3月18日金曜日
2005年3月17日木曜日
2005年3月15日火曜日
2005年3月14日月曜日
2005年3月13日日曜日
2005年3月11日金曜日
毎蝶新聞、夕刊記事より
大浦銀筋豹紋さん(56才)胸を圧迫されて殺害の上連れ去られる。
家族の話によると、大浦さんは自宅近くで夕食の鵯花(ヒヨドリバナ)を集めているところを何者かに襲われた。胸を強く圧され、即死。犯人は遺体を持ち去った。
蝶族の誘拐事件に詳しい浅間一文字氏は「遺体は三角の棺に入れられ運ばれた後、天翅板で磔にされミイラ化します。犯人がその後、ミイラをどのように扱うのか、ミイラにする目的などは未解明です」と話す。
最近、誘拐事件が頻発しており、特に食事時は周囲への注意が疎かになり危険だという。
家族の話によると、大浦さんは自宅近くで夕食の鵯花(ヒヨドリバナ)を集めているところを何者かに襲われた。胸を強く圧され、即死。犯人は遺体を持ち去った。
蝶族の誘拐事件に詳しい浅間一文字氏は「遺体は三角の棺に入れられ運ばれた後、天翅板で磔にされミイラ化します。犯人がその後、ミイラをどのように扱うのか、ミイラにする目的などは未解明です」と話す。
最近、誘拐事件が頻発しており、特に食事時は周囲への注意が疎かになり危険だという。
2005年3月10日木曜日
鈴が鳴るとき
ピエロはしゃぼん玉から現れた。
宿題を済ませたリオは部屋の明かりを落とし、窓を開け、しゃぼん玉を吹く。住宅街の街灯に、リオのしゃぼん玉が照らされ、弾ける。
窓際の床にしゃがんでいるリオの傍らには、小さなラジオが置かれている。流れてくるのはリオの知らない言葉だ。何を言っているのかわからなくても構わない。ただ誰かが生きている気配と、時間の流れを感じられればよかった。ラジオが伝える零時の時報を確かめるとリオは最後のしゃぼん玉を吹き、それが弾けるのを見届けてベッドに向かう。それがリオのおやすみの儀式。
今夜、零時のしゃぼん玉が街灯に照らされ輝いた時、ピエロが現れた。爪先が長くカールした靴を履き、細かな刺繍の施されたベストを着、赤い鼻をつけ、先っぽに大きな鈴の付いたとんがり帽をかぶっている。ピエロは子供だった。リオは自分と同い年だとすぐにわかった。
ピエロは丁寧にお辞儀をして踊りはじめる。クタクタとしたその滑稽な動きにリオは笑った。身を翻すたび、その小さく引き締まった身体は街灯を反射して七色に輝いたが、帽子の鈴は決して鳴らなかった。リオが拍手をするとピエロはふわりとリオに近付いてきて窓の前でとまり、そのまま浮かんでいる。窓の向こうとこちら、しかし開け放たれた窓は二人を遮らない。リオとピエロは見つめあった。ピエロは灰色の瞳を動かさない。
リオは誰かとこんなにも深く長く見つめあったことはなかった。リオもピエロも視線を外さなかった。リオは視線のはずしかたを知らなかったし、はずしたくなかった。もっと近くで、そう思うとリオの手がゆっくり伸びた。
「ダメ、だよ」
ピエロが呟き、リオはすばやく手を退いた。ピエロの声がリオの体内でこだまし、リオの髪を胸を背中を足を撫でていく。二人はさらに深く見つめあう。
リオは窓の外へ身を乗り出した。ピエロは何も言わずに小さく笑う。リオのくちびるがピエロに触れる。チリン。とんがり帽子の鈴の音を残してピエロは消えた。
しゃぼん玉はいつか弾ける。リオはもう、しゃぼん玉を吹かない。
+++++++++++++++
千文字世界 投稿作品
宿題を済ませたリオは部屋の明かりを落とし、窓を開け、しゃぼん玉を吹く。住宅街の街灯に、リオのしゃぼん玉が照らされ、弾ける。
窓際の床にしゃがんでいるリオの傍らには、小さなラジオが置かれている。流れてくるのはリオの知らない言葉だ。何を言っているのかわからなくても構わない。ただ誰かが生きている気配と、時間の流れを感じられればよかった。ラジオが伝える零時の時報を確かめるとリオは最後のしゃぼん玉を吹き、それが弾けるのを見届けてベッドに向かう。それがリオのおやすみの儀式。
今夜、零時のしゃぼん玉が街灯に照らされ輝いた時、ピエロが現れた。爪先が長くカールした靴を履き、細かな刺繍の施されたベストを着、赤い鼻をつけ、先っぽに大きな鈴の付いたとんがり帽をかぶっている。ピエロは子供だった。リオは自分と同い年だとすぐにわかった。
ピエロは丁寧にお辞儀をして踊りはじめる。クタクタとしたその滑稽な動きにリオは笑った。身を翻すたび、その小さく引き締まった身体は街灯を反射して七色に輝いたが、帽子の鈴は決して鳴らなかった。リオが拍手をするとピエロはふわりとリオに近付いてきて窓の前でとまり、そのまま浮かんでいる。窓の向こうとこちら、しかし開け放たれた窓は二人を遮らない。リオとピエロは見つめあった。ピエロは灰色の瞳を動かさない。
リオは誰かとこんなにも深く長く見つめあったことはなかった。リオもピエロも視線を外さなかった。リオは視線のはずしかたを知らなかったし、はずしたくなかった。もっと近くで、そう思うとリオの手がゆっくり伸びた。
「ダメ、だよ」
ピエロが呟き、リオはすばやく手を退いた。ピエロの声がリオの体内でこだまし、リオの髪を胸を背中を足を撫でていく。二人はさらに深く見つめあう。
リオは窓の外へ身を乗り出した。ピエロは何も言わずに小さく笑う。リオのくちびるがピエロに触れる。チリン。とんがり帽子の鈴の音を残してピエロは消えた。
しゃぼん玉はいつか弾ける。リオはもう、しゃぼん玉を吹かない。
+++++++++++++++
千文字世界 投稿作品
2005年3月9日水曜日
2005年3月7日月曜日
2005年3月6日日曜日
マジックではないマジックのこと
レオナルド・ションヴォリ氏、本日は掃部くんと外遊び。
ションヴォリ氏がちょうちょを捕まえる。
「ほいさっ!カモンくん、捕まえたぞ」
掃部くんの着ている変な動物の着ぐるみについている12のポケットのうち寝てばかりのネズミの羅文と四文が入っているポケットに、掃部くんはちょうちょをしまう。
ちょうちょが入ってきてネズミは目を覚ました。羅文と四文はちょうちょで遊ぶのが大好き。羅文と四文にあれこれくすぐられて、ちょうちょはたまらず飛び出した。
「れおなるど、ちょうちょがたくさん」
へんな動物のお腹から、おびただしくちょうちょが飛び出す。
「1.2.3……あー、待て待てちょうちょ。そんなに飛び回っては数えられないではないか。もう一度。1.2.3……」
ポケットに入れたちょうちょは一頭。ポケットから出たちょうちょは空一面。
掃部くんは驚きもしない。
ションヴォリ氏がちょうちょを捕まえる。
「ほいさっ!カモンくん、捕まえたぞ」
掃部くんの着ている変な動物の着ぐるみについている12のポケットのうち寝てばかりのネズミの羅文と四文が入っているポケットに、掃部くんはちょうちょをしまう。
ちょうちょが入ってきてネズミは目を覚ました。羅文と四文はちょうちょで遊ぶのが大好き。羅文と四文にあれこれくすぐられて、ちょうちょはたまらず飛び出した。
「れおなるど、ちょうちょがたくさん」
へんな動物のお腹から、おびただしくちょうちょが飛び出す。
「1.2.3……あー、待て待てちょうちょ。そんなに飛び回っては数えられないではないか。もう一度。1.2.3……」
ポケットに入れたちょうちょは一頭。ポケットから出たちょうちょは空一面。
掃部くんは驚きもしない。
2005年3月4日金曜日
2005年3月2日水曜日
2005年3月1日火曜日
新氷河期のはじまり
煙突から蝶が昇る。
工場の煙突、銭湯の煙突、暖炉の煙突、釜の煙突、汽車の煙突。
その日は世界中の煙突から煙の代わりに蝶が吐き出された。
あちこちで排出された蝶が空へ向かって舞いあがる。
世界は火を止めた。
ついに自動車もバイクも蝶をふかす。エアコンの室外機からも換気扇からもコンピューターのファンからも蝶が飛び出す。
世界は自主的に停電した。
空一面に蝶。
科学者は世界最大のコンピューターから排出された蝶を捕まえた。新種の蝶だった。それを確認して電源を切る。
世界中の昆虫マニアは満足した。実に268年振りの蝶の新種だ!と。彼らは例外なく自分の家の煙突や車やパソコンから出た蝶を捕獲していた。
蝶で覆われた夜は暗く静かだった。そうだ、夜は暗いのだ。人々は368年振りに闇を知った。
翌日、空の蝶は跡形もなく消えたが、その夜も暗かった。そして空腹だった。
あらゆる煙突、空気孔が完全に塞がってしまったから。
ほら、火も電気も使えない。
工場の煙突、銭湯の煙突、暖炉の煙突、釜の煙突、汽車の煙突。
その日は世界中の煙突から煙の代わりに蝶が吐き出された。
あちこちで排出された蝶が空へ向かって舞いあがる。
世界は火を止めた。
ついに自動車もバイクも蝶をふかす。エアコンの室外機からも換気扇からもコンピューターのファンからも蝶が飛び出す。
世界は自主的に停電した。
空一面に蝶。
科学者は世界最大のコンピューターから排出された蝶を捕まえた。新種の蝶だった。それを確認して電源を切る。
世界中の昆虫マニアは満足した。実に268年振りの蝶の新種だ!と。彼らは例外なく自分の家の煙突や車やパソコンから出た蝶を捕獲していた。
蝶で覆われた夜は暗く静かだった。そうだ、夜は暗いのだ。人々は368年振りに闇を知った。
翌日、空の蝶は跡形もなく消えたが、その夜も暗かった。そして空腹だった。
あらゆる煙突、空気孔が完全に塞がってしまったから。
ほら、火も電気も使えない。
降るまで
退屈だった。朝食のメニューも、通学路も、先生の冗談も、友達との会話も、すべて退屈だった。
昨日は赤い絵の具の雨が降った。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて真っ赤に染まった。
今日は青い絵の具の雨が降る。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて紫に染まっていく。
明日は何色の雨が降るのだろう。やがてこの世は真っ黒になるのかもしれない。そう思うと、うそみたいに退屈は消えていった。
********************
500文字の心臓 第47回タイトル競作投稿作
△1
昨日は赤い絵の具の雨が降った。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて真っ赤に染まった。
今日は青い絵の具の雨が降る。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて紫に染まっていく。
明日は何色の雨が降るのだろう。やがてこの世は真っ黒になるのかもしれない。そう思うと、うそみたいに退屈は消えていった。
********************
500文字の心臓 第47回タイトル競作投稿作
△1
2005年2月28日月曜日
解く
高校生の息子が5才だったころ、蝶ばかり書いていたことがある。
都会育ちの彼が目にする蝶は限られていたし、蝶を見てもそれほど興味を持っているようには思えなかった。
それより驚いたのは、ほかの絵と比べて蝶の絵だけ明らかに緻密で丁寧に時間をかけて描いていたことだ。
その様子に、自分の息子ながら圧倒された。こんな絵が描ける息子を誇らしく思う一方で、ほんの少し気味悪くも思っていた。
息子の蝶への執着は三か月ほどで終わった。その数、80枚。毎日のように描いていたのだ。私は全てをファイルし、本棚にしまった。
昨日、息子は自分の手でファイルを見つけた。
「これ、おれが子供ん時のでしょ」
「そう。覚えてるの?」
息子はそれに答えず、ファイルから蝶の絵を取り出し、一枚づつ破き始めた。
「ちょっと!何してるの。せっかく小さい時のアンタががんばって描いたのに。もう同じのは描けないんだよ。だからファイルに入れてしまっておいたんだから」
私は言いながら泣いていた。息子は紙を破る。蝶が一頭、また一頭と窓から飛び立っていった。
都会育ちの彼が目にする蝶は限られていたし、蝶を見てもそれほど興味を持っているようには思えなかった。
それより驚いたのは、ほかの絵と比べて蝶の絵だけ明らかに緻密で丁寧に時間をかけて描いていたことだ。
その様子に、自分の息子ながら圧倒された。こんな絵が描ける息子を誇らしく思う一方で、ほんの少し気味悪くも思っていた。
息子の蝶への執着は三か月ほどで終わった。その数、80枚。毎日のように描いていたのだ。私は全てをファイルし、本棚にしまった。
昨日、息子は自分の手でファイルを見つけた。
「これ、おれが子供ん時のでしょ」
「そう。覚えてるの?」
息子はそれに答えず、ファイルから蝶の絵を取り出し、一枚づつ破き始めた。
「ちょっと!何してるの。せっかく小さい時のアンタががんばって描いたのに。もう同じのは描けないんだよ。だからファイルに入れてしまっておいたんだから」
私は言いながら泣いていた。息子は紙を破る。蝶が一頭、また一頭と窓から飛び立っていった。
2005年2月27日日曜日
国宝「花蝶図屏風」焼失
手紙が来るなんて、ずいぶん久しぶりだ。確かに明日は誕生日だ。オレは悪友からのカードと信じて白い封筒を開いた。
畳まれた花柄の紙、中には蝶が入っていた。何と言う蝶かは、わからない。青く輝く蝶。
「キモい…」
オレは実際声に出しながら腕を精一杯伸ばし、ソレをテーブルの上に置いた。
参った。どうしよう。
しばらく悩んだ後、俺は紙ごと蝶を灰皿の上に置き、ライターの火を近付けた。
炎は予想外に大きく慌てて水を用意したが、結局使わなかった。全部灰にしてしまいたかったのだ。
畳まれた花柄の紙、中には蝶が入っていた。何と言う蝶かは、わからない。青く輝く蝶。
「キモい…」
オレは実際声に出しながら腕を精一杯伸ばし、ソレをテーブルの上に置いた。
参った。どうしよう。
しばらく悩んだ後、俺は紙ごと蝶を灰皿の上に置き、ライターの火を近付けた。
炎は予想外に大きく慌てて水を用意したが、結局使わなかった。全部灰にしてしまいたかったのだ。
2005年2月24日木曜日
2005年2月22日火曜日
舞
「銀世界に舞う蝶がいるのを知っているか?」と、隣の男は言った。
私は友人とバーのカウンターで昆虫談義に花を咲かせていた。
男はそれを聞いて話に割り込んできたのだ。
「え?」
「私は15才だった。学校から帰る途中、雪が強くなり、とうとう吹雪になった。」
男は低く小さな声でゆっくりと話始めた。
私は友人と顔を見合わせたが、黙って話を聞くことにした。
「吹雪で前が見えないはずなのに、遠くに一頭の町蝶が見えた。梅のような紅の大きな蝶だった。私はそれを目指して歩いた。幾度も転び、それでも歩いた。」
私はなぜか眠気を覚えた。気付くと友人は既にカウンターに突っ伏して寝ている。
「追い掛けるうちに紅い蝶は、だんだんと数が増えていき、まるで燃え盛る炎のようだった。あそこに行けば暖かいだろうと思い歩き続けた。」
私の記憶はそこで途切れた。
「おい、起きろよ。」
友人の声に促され、私は慌てて店を出る支度を始めた。隣の男はいなかった。つい今し方お帰りになりました、とマスターが言った。彼が残したグラスの中ではは、スノードームのように輝く粉が舞っていた。
私は友人とバーのカウンターで昆虫談義に花を咲かせていた。
男はそれを聞いて話に割り込んできたのだ。
「え?」
「私は15才だった。学校から帰る途中、雪が強くなり、とうとう吹雪になった。」
男は低く小さな声でゆっくりと話始めた。
私は友人と顔を見合わせたが、黙って話を聞くことにした。
「吹雪で前が見えないはずなのに、遠くに一頭の町蝶が見えた。梅のような紅の大きな蝶だった。私はそれを目指して歩いた。幾度も転び、それでも歩いた。」
私はなぜか眠気を覚えた。気付くと友人は既にカウンターに突っ伏して寝ている。
「追い掛けるうちに紅い蝶は、だんだんと数が増えていき、まるで燃え盛る炎のようだった。あそこに行けば暖かいだろうと思い歩き続けた。」
私の記憶はそこで途切れた。
「おい、起きろよ。」
友人の声に促され、私は慌てて店を出る支度を始めた。隣の男はいなかった。つい今し方お帰りになりました、とマスターが言った。彼が残したグラスの中ではは、スノードームのように輝く粉が舞っていた。
2005年2月21日月曜日
欲望
タカオの左腕には大きなアザがある。
「チョウみたい」
女がそこに唇を近付けようとしたのを乱暴に振り切る。
アザはかつて、本当に蝶だった。
七歳の時、タカオが捕まえたアゲハ蝶。
蝶は弱っていた。虫捕りが不得手だったタカオにあっけなく捕まり、それを待っていたように事切れた。それでもタカオは興奮した。
タカオは初めての獲物をじっくり見た。細かい毛、極彩色、鱗粉。すべてが不気味に美しかった。
と同時に、得体の知れない衝動に駆られてアゲハ蝶を左腕に右手で押し付けた。強く強く手が痺れるほどに。
いよいよ感覚がなくなって手を放すと、蝶はなく腕に蝶型のアザだけが残った。アザを見て母親は心配したが、タカオは満足だった。むしゃくしゃした時はアザを見た。蝶のアザは俺の勲章なんだ。
「こっちの獲物は、逃げても惜しくないな」
タカオは横たわる女を見下ろして思う。
「チョウみたい」
女がそこに唇を近付けようとしたのを乱暴に振り切る。
アザはかつて、本当に蝶だった。
七歳の時、タカオが捕まえたアゲハ蝶。
蝶は弱っていた。虫捕りが不得手だったタカオにあっけなく捕まり、それを待っていたように事切れた。それでもタカオは興奮した。
タカオは初めての獲物をじっくり見た。細かい毛、極彩色、鱗粉。すべてが不気味に美しかった。
と同時に、得体の知れない衝動に駆られてアゲハ蝶を左腕に右手で押し付けた。強く強く手が痺れるほどに。
いよいよ感覚がなくなって手を放すと、蝶はなく腕に蝶型のアザだけが残った。アザを見て母親は心配したが、タカオは満足だった。むしゃくしゃした時はアザを見た。蝶のアザは俺の勲章なんだ。
「こっちの獲物は、逃げても惜しくないな」
タカオは横たわる女を見下ろして思う。
2005年2月20日日曜日
山口さんのリボン
ポニーテイルの山口さんは、いつも大きなリボンを付けていた。
「きれいなリボンだね」
僕の真っ赤な顔を見ると少し驚いた顔して
「ありがとう」
と言った。
「でもね。これ、リボンじゃないんだ。ちょうちょなの」
山口さんは屈んで頭がよく見えるようにしてくれた。
ピンク色の蝶が、静かに羽を揺らめかせながらとまっていた。
「ね?」
その夜、山口さんはいなくなった。町内総出で捜したが、何も見つからなかった。
「虫捕り網をもった男にかどわかされた」
と、目撃者は言った。それ以上の手掛かりはなかった。
翌日、山口さんは帰ってきた。服も汚れていなかったし、怪我もなかったが、ポニーテイルにリボンはなかった。
山口さんは、僕の顔を見て、泣いた。いつまでも泣いた。
「きれいなリボンだね」
僕の真っ赤な顔を見ると少し驚いた顔して
「ありがとう」
と言った。
「でもね。これ、リボンじゃないんだ。ちょうちょなの」
山口さんは屈んで頭がよく見えるようにしてくれた。
ピンク色の蝶が、静かに羽を揺らめかせながらとまっていた。
「ね?」
その夜、山口さんはいなくなった。町内総出で捜したが、何も見つからなかった。
「虫捕り網をもった男にかどわかされた」
と、目撃者は言った。それ以上の手掛かりはなかった。
翌日、山口さんは帰ってきた。服も汚れていなかったし、怪我もなかったが、ポニーテイルにリボンはなかった。
山口さんは、僕の顔を見て、泣いた。いつまでも泣いた。
2005年2月18日金曜日
真夏のタマゴ
タマゴが公園を散歩していた。
このタマゴ、身長約壱米、手足もついている。タマゴのバケモノと思って下さればよろしい。
さて、タマゴが公園を散歩していた。
都内でも大きなこの公園、たくさんの人が夏を楽しんでいる。
杖を振り回しなが歩いていたおじいさんの杖にぶつかり、タマゴに少しヒビが入った。
タマゴはそこいらのタマゴとは違うので(なにしろバケモノだ)そのくらいの衝撃では割れることはない。
タマゴは散歩を続けた。
子等の投げる球が当たり、またタマゴにヒビが入った。
ベビーカーにぶつかり、またまたタマゴにヒビが入った。
このあたりでタマゴは散歩にきたことをやや後悔する。
そして犬に吠えられた。驚いたタマゴはゴロンと転んでヒビからまっぷたつに割れてしまった。
真夏の太陽に照らされたアスファルトの上で、あられもない姿になったタマゴは目玉焼きになった。
このタマゴ、身長約壱米、手足もついている。タマゴのバケモノと思って下さればよろしい。
さて、タマゴが公園を散歩していた。
都内でも大きなこの公園、たくさんの人が夏を楽しんでいる。
杖を振り回しなが歩いていたおじいさんの杖にぶつかり、タマゴに少しヒビが入った。
タマゴはそこいらのタマゴとは違うので(なにしろバケモノだ)そのくらいの衝撃では割れることはない。
タマゴは散歩を続けた。
子等の投げる球が当たり、またタマゴにヒビが入った。
ベビーカーにぶつかり、またまたタマゴにヒビが入った。
このあたりでタマゴは散歩にきたことをやや後悔する。
そして犬に吠えられた。驚いたタマゴはゴロンと転んでヒビからまっぷたつに割れてしまった。
真夏の太陽に照らされたアスファルトの上で、あられもない姿になったタマゴは目玉焼きになった。
2005年2月17日木曜日
真実はキミだけが知っている
「これは良い卵、これは悪い卵」
とナタ子は言う。
「どうして?どこが違うの?」
「これは間違った卵、これは正しい卵」
ナタ子は「悪い卵、間違った卵」を庭に捨てる。
「止めて!」
私の制止に構うことなく、卵が庭で割れていく。
ほとんど手入れされていない空き地のような庭のあちこちに卵の残骸。
10個のうち残ったのはたったの四個。
「これでホットケーキを作るのです」
ナタ子は[ナマムギナマゴメナマタマゴヤキムギヤキゴメヤキタマゴ♪]と早口言葉をハミングしながら調理を始めた。
翌日、ナタ子の家の庭には六輪の真っ赤な薔薇が咲いていた。
とナタ子は言う。
「どうして?どこが違うの?」
「これは間違った卵、これは正しい卵」
ナタ子は「悪い卵、間違った卵」を庭に捨てる。
「止めて!」
私の制止に構うことなく、卵が庭で割れていく。
ほとんど手入れされていない空き地のような庭のあちこちに卵の残骸。
10個のうち残ったのはたったの四個。
「これでホットケーキを作るのです」
ナタ子は[ナマムギナマゴメナマタマゴヤキムギヤキゴメヤキタマゴ♪]と早口言葉をハミングしながら調理を始めた。
翌日、ナタ子の家の庭には六輪の真っ赤な薔薇が咲いていた。
2005年2月14日月曜日
たまごを抱いた猫
昨日からペットのカニゾウ(♂六才)がヒーターの前から動こうとしない。
「ちょっとカニゾウ!掃除するんだからどいてよ」
ただでさえぐうたらデブ猫だったがいよいよ動かない。
「んもう!」「に゛ゃ」
私はカニゾウをむりやり持ち上げた。
「カニゾウ?なにこれ?たまご~?あんたオスでしょ。その前に哺乳類!」
カニゾウは知らん顔して去ろうとしている。
「待ちなさい。どーしたのこのたまご。あんたがあたためても孵らないと思うんだけど。もう死んじゃってるかもしれないし」
こちらに戻ってきたカニゾウは私と一緒になってたまごを見つめている。
カニゾウはゆっくりと前足でたまごを撫でる。私にパンチを食らわす時とは大違いだ。
「あ!」
たまごにヒビが入った。
「え?うそ。産まれる?」カニゾウは私に自慢げな顔をしてみせる。
「すごいよ!カニゾウ!お母さんじゃん。あれ?お父さんか?まあ、どっちでもいいや」
私は生まれてきたトリケラトプスを抱えてカニゾウを労う。奮発して高級ネコ缶をご馳走してやるぞー。
「ちょっとカニゾウ!掃除するんだからどいてよ」
ただでさえぐうたらデブ猫だったがいよいよ動かない。
「んもう!」「に゛ゃ」
私はカニゾウをむりやり持ち上げた。
「カニゾウ?なにこれ?たまご~?あんたオスでしょ。その前に哺乳類!」
カニゾウは知らん顔して去ろうとしている。
「待ちなさい。どーしたのこのたまご。あんたがあたためても孵らないと思うんだけど。もう死んじゃってるかもしれないし」
こちらに戻ってきたカニゾウは私と一緒になってたまごを見つめている。
カニゾウはゆっくりと前足でたまごを撫でる。私にパンチを食らわす時とは大違いだ。
「あ!」
たまごにヒビが入った。
「え?うそ。産まれる?」カニゾウは私に自慢げな顔をしてみせる。
「すごいよ!カニゾウ!お母さんじゃん。あれ?お父さんか?まあ、どっちでもいいや」
私は生まれてきたトリケラトプスを抱えてカニゾウを労う。奮発して高級ネコ缶をご馳走してやるぞー。
2005年2月13日日曜日
失禁問答
ギーコギーコ
「あの~何してるんですか」
「卵切り」
ギーコギーコ
「タマゴキリ?」
「そ。卵切り」
ギーコギーコギーコギーコ
「それ、卵なんですか?」
「おめさん知らんのか?カテマノハの卵、旨いよ?」
ギーコギーコギーコ
「カテ……。知りません。それ、鳥ですか?」
「鳥っちゅうか、カテマノハ。」
「はあ。ノコギリじゃないと切れないんですか?」
ギーコギーコギーコギーコ
「質問の多いやっちゃな。こうしないと切れないからこうするの。」
ギーコギッ
「あ!切れた…」
「ちょっとなめてみな」
「い、いただきます。あ?あれ?いや、あ。あ。」
「あ~あ、漏らしちゃった。これだから都会の者はダメだ」
「あの~何してるんですか」
「卵切り」
ギーコギーコ
「タマゴキリ?」
「そ。卵切り」
ギーコギーコギーコギーコ
「それ、卵なんですか?」
「おめさん知らんのか?カテマノハの卵、旨いよ?」
ギーコギーコギーコ
「カテ……。知りません。それ、鳥ですか?」
「鳥っちゅうか、カテマノハ。」
「はあ。ノコギリじゃないと切れないんですか?」
ギーコギーコギーコギーコ
「質問の多いやっちゃな。こうしないと切れないからこうするの。」
ギーコギッ
「あ!切れた…」
「ちょっとなめてみな」
「い、いただきます。あ?あれ?いや、あ。あ。」
「あ~あ、漏らしちゃった。これだから都会の者はダメだ」
2005年2月11日金曜日
2005年2月10日木曜日
呑気な家族
弟は石を拾ってくるのが好きで、毎日のように石を抱えて帰ってくる。
そして持ち帰った石のスバラシサを家族に語って聞かせるのだが、確かになんともいえぬ味わいがある石が多い。
私もたまに弟の真似をして道端に目をやりながら歩いてみるのだが、なかなか弟のようにはいかない。あれはあれで見る目があるのね、と私は感心する。
ただ困ったことに弟が持ち帰る石の三分の一は、何物かの卵で、いつのまにか魑魅魍魎の類いが家の中を跋扈しているのだ。
それらは魑魅魍魎としか言いようがない、つまりは妖怪のようなものなのだが
父も母も弟も気にする様子がなく
こんなお化け屋敷では友達が呼べないと悩んでいるのは、私くらいらしい。
そして持ち帰った石のスバラシサを家族に語って聞かせるのだが、確かになんともいえぬ味わいがある石が多い。
私もたまに弟の真似をして道端に目をやりながら歩いてみるのだが、なかなか弟のようにはいかない。あれはあれで見る目があるのね、と私は感心する。
ただ困ったことに弟が持ち帰る石の三分の一は、何物かの卵で、いつのまにか魑魅魍魎の類いが家の中を跋扈しているのだ。
それらは魑魅魍魎としか言いようがない、つまりは妖怪のようなものなのだが
父も母も弟も気にする様子がなく
こんなお化け屋敷では友達が呼べないと悩んでいるのは、私くらいらしい。
2005年2月8日火曜日
旅先で立ち寄った古書店のこと
知らない本屋、特に古本屋に入るのは、なかなか勇気がいるものだ。頑固な店主がハタキを持って待ち構えているかもしれない。しかし、掘り出し物への期待は、何よりも勝る。
私は初めて訪れた田舎町(どこの国のなんという町であるかは、私の胸に留めておきたい)で一軒の古書店を見つけたのだった。
私は埃と古い紙の匂いを思い店に入った。しかし、私の嗅覚は確かに「卵焼き」の匂いを感知したのだ。
それもそのはず、店には卵の本がずらりと並んでいたのだ。
「卵との日々」
「あぁ卵海峡」
「卵戦争はなぜ起きたか」
「卵伯爵の日記」
「世界の卵料理」
「1st写真集《16才、はじめての卵デス☆》」
「卵はかく語りき」
「1635年版卵白書」
「禁じられた卵」
「明解卵」
「どこかで卵が」
「歌劇【卵の湖】」
私は「卵詩集」と「卵の教え~卵教入門」 を手にとりレジへ向かった。
レジで眼鏡を掛けた卵に760×(国を特定できないよう通貨単位を記すことを避ける)を渡し店を出た。
帰路の汽車に乗り「卵詩集」を読もうと鞄を開けると、「卵詩集」も「卵の教え~卵教入門」も消えていた。そこには二つのゆで卵があるだけであった。
私は初めて訪れた田舎町(どこの国のなんという町であるかは、私の胸に留めておきたい)で一軒の古書店を見つけたのだった。
私は埃と古い紙の匂いを思い店に入った。しかし、私の嗅覚は確かに「卵焼き」の匂いを感知したのだ。
それもそのはず、店には卵の本がずらりと並んでいたのだ。
「卵との日々」
「あぁ卵海峡」
「卵戦争はなぜ起きたか」
「卵伯爵の日記」
「世界の卵料理」
「1st写真集《16才、はじめての卵デス☆》」
「卵はかく語りき」
「1635年版卵白書」
「禁じられた卵」
「明解卵」
「どこかで卵が」
「歌劇【卵の湖】」
私は「卵詩集」と「卵の教え~卵教入門」 を手にとりレジへ向かった。
レジで眼鏡を掛けた卵に760×(国を特定できないよう通貨単位を記すことを避ける)を渡し店を出た。
帰路の汽車に乗り「卵詩集」を読もうと鞄を開けると、「卵詩集」も「卵の教え~卵教入門」も消えていた。そこには二つのゆで卵があるだけであった。
2005年2月7日月曜日
だからぼくはタマゴが嫌い
ママは、タマゴを買ってくるとペンで顔を書く。
ママにはタマゴの名前がわかるらしい。
「あなたはタカシ。きみはエリオット、あなたは…?そう、マナミね」
だから冷蔵庫には近付けない。
料理をするときは「さ、カオリ、マユミ、マコト。あなたたちはおいしいオムレツになるのよ。協力してね」と語りかけながら割る。生ゴミ入れには、砕けた「カオリ」たちの顔が。だから流しには近付けない。
テーブルについたぼくにママが言う。
「今日のオムレツはカオリとマユミとマコトなの。たくさん召し上がれ」
ママにはタマゴの名前がわかるらしい。
「あなたはタカシ。きみはエリオット、あなたは…?そう、マナミね」
だから冷蔵庫には近付けない。
料理をするときは「さ、カオリ、マユミ、マコト。あなたたちはおいしいオムレツになるのよ。協力してね」と語りかけながら割る。生ゴミ入れには、砕けた「カオリ」たちの顔が。だから流しには近付けない。
テーブルについたぼくにママが言う。
「今日のオムレツはカオリとマユミとマコトなの。たくさん召し上がれ」
2005年2月6日日曜日
みなしごとたまご
おれはものごころついてからたまごしか食べたことがない。
毎日、差配さんのうらにわににわいるにわとりがたまごをうむ。
にわとりの名前は「あさこ」と「ゆうこ」。差配さんは、「コッコ」「ケッコ」とよぶ。
あさこは毎朝おなじ時間にたまごをうむ。差配さんもまだねている時間だから、かんたんだ。あさこのうんだたまごをちゃわんに割ってのむ。うみたてのなまたまご。これがあさめし。
ゆうこはそうはいかない。たまごをうむ時間はきまぐれだし、差配さんが家にいるからだ。差配さんはおっかないから、みつかるところされるかもしれない。でも、ぜったいにしくじらない。うらにわのつばきのかげで、ゆうこがたまごをうむのを待つ。たまごをうむとすばやくとって、にわからはなれる。
ちゃわんにたまごを割るとハンバーグがでてきた。
おれはたまごしか食べたことがない。
毎日、差配さんのうらにわににわいるにわとりがたまごをうむ。
にわとりの名前は「あさこ」と「ゆうこ」。差配さんは、「コッコ」「ケッコ」とよぶ。
あさこは毎朝おなじ時間にたまごをうむ。差配さんもまだねている時間だから、かんたんだ。あさこのうんだたまごをちゃわんに割ってのむ。うみたてのなまたまご。これがあさめし。
ゆうこはそうはいかない。たまごをうむ時間はきまぐれだし、差配さんが家にいるからだ。差配さんはおっかないから、みつかるところされるかもしれない。でも、ぜったいにしくじらない。うらにわのつばきのかげで、ゆうこがたまごをうむのを待つ。たまごをうむとすばやくとって、にわからはなれる。
ちゃわんにたまごを割るとハンバーグがでてきた。
おれはたまごしか食べたことがない。
2005年2月3日木曜日
豆まき…デラックス百科事典より
東の某島では、春の報せが訪れる直前、悪魔払いと家内安全を願う古代から続く風習がある。
オニと呼ばれる悪魔を懲らしめるため、オニの卵である豆を屋内外に撒き、また食することにより、
恙無い一年を約束するという。
オニの卵を撒いてはオニが殖えるのではないか、という我々の疑問に、島民は一切答えない。
オニと呼ばれる悪魔を懲らしめるため、オニの卵である豆を屋内外に撒き、また食することにより、
恙無い一年を約束するという。
オニの卵を撒いてはオニが殖えるのではないか、という我々の疑問に、島民は一切答えない。
2005年2月1日火曜日
素敵なお茶会
「いらっしゃい、ユウタくん」
ぼくがタキコさんのアトリエに呼ばれたのは、父さんからお使いを頼まれたからだ。
タキコさんは学校を出て三年の絵かきで、父さんの作る筆を使っている。言わばお得意さんだ。
今日父さんは外せない用事ができたので、ぼくが代わりに筆を届けに来た。
タキコさんのアトリエは絵の具や筆、得体の知れない細々としたものがそこら中に散らばっているし、絵の具の匂いが充満しているけど、それをイヤだとは思わなかった。それどころか、なんだかワクワクする。
「遠かったでしょ?お駄賃あげなきゃね」
タキコさんはイタズラっぽく笑った。父さんがお金を貰ってきたら駄目だと言ったのをわかっているのだ。
「お茶にしましょ。こっちにいらっしゃい」
テーブルには、サンドイッチとマグカップとバスケットに入ったいくつかのタマゴとポット。
タマゴ?
「何飲む?紅茶でもココアでもジュースでもいいのよ。」
「寒かったから…ココア」「はい、じゃあこれ」
タキコさんはタマゴをひとつ、ぼくのカップに入れた。
「え?」
「あら、ユウタくん、エッグココア初めてだっけ?じゃあ見てて。カンタンだから」
タキコさんはタマゴをひとつカップに入れた。
「わたしのはエッグティー、紅茶よ」
と言いながら、そのままお湯を注いだ。
「できあがり。んーいい香り。はい、ユウタくんの番」
ポットを渡され、恐る恐るカップにお湯を注ぐと、タマゴが溶けてココアになった。
「すごい!おいしい!」
「よかった。サンドイッチもたくさん食べてね」
タキコさんのアトリエを出るとき、ぼくは言った。
「ねぇ、タキコさん。また遊びに来てもいい?」
「もちろん」
今度来る時はタキコさんの好きなケーキを買っていこう。
ぼくがタキコさんのアトリエに呼ばれたのは、父さんからお使いを頼まれたからだ。
タキコさんは学校を出て三年の絵かきで、父さんの作る筆を使っている。言わばお得意さんだ。
今日父さんは外せない用事ができたので、ぼくが代わりに筆を届けに来た。
タキコさんのアトリエは絵の具や筆、得体の知れない細々としたものがそこら中に散らばっているし、絵の具の匂いが充満しているけど、それをイヤだとは思わなかった。それどころか、なんだかワクワクする。
「遠かったでしょ?お駄賃あげなきゃね」
タキコさんはイタズラっぽく笑った。父さんがお金を貰ってきたら駄目だと言ったのをわかっているのだ。
「お茶にしましょ。こっちにいらっしゃい」
テーブルには、サンドイッチとマグカップとバスケットに入ったいくつかのタマゴとポット。
タマゴ?
「何飲む?紅茶でもココアでもジュースでもいいのよ。」
「寒かったから…ココア」「はい、じゃあこれ」
タキコさんはタマゴをひとつ、ぼくのカップに入れた。
「え?」
「あら、ユウタくん、エッグココア初めてだっけ?じゃあ見てて。カンタンだから」
タキコさんはタマゴをひとつカップに入れた。
「わたしのはエッグティー、紅茶よ」
と言いながら、そのままお湯を注いだ。
「できあがり。んーいい香り。はい、ユウタくんの番」
ポットを渡され、恐る恐るカップにお湯を注ぐと、タマゴが溶けてココアになった。
「すごい!おいしい!」
「よかった。サンドイッチもたくさん食べてね」
タキコさんのアトリエを出るとき、ぼくは言った。
「ねぇ、タキコさん。また遊びに来てもいい?」
「もちろん」
今度来る時はタキコさんの好きなケーキを買っていこう。
2005年1月31日月曜日
異常気象
強い冬型の影響で、関東地方におびただしい数の卵が降りました。
卵は地面に落ちて割れ、街路樹にぶつかり割れ、傘に命中して割れ、至るところぐちゃぐちゃのベタベタ、殻のカケラも散乱し、生臭い匂いが漂い、それはそれはすさまじい有様でした。
フライパンや鍋を持って外にでる人もいましたが、勢いよく降ってきた卵は飛び散り、鍋が汚れるだけでした。
人々は、天気省に訴えました。ちゃんと食える卵を降らせろ、と。
天気省の役人たちは、国内外の古文書を紐解き、ニワトリの生体や古い雨乞いの儀式を研究しました。
雨乞いの儀式を改良すること67回、天気省はゆで卵を降らすことに成功しました。
儀式が成功すると、ゆで卵はゆっくりと降ってきました。子供たちはポケットに塩を入れ、降ってきたゆで卵をキャッチしておやつに食べました。
しかし、儀式が失敗すると弾丸のような勢いで降ってくるゆで卵に当たり、たくさんの人が死にました。
卵は地面に落ちて割れ、街路樹にぶつかり割れ、傘に命中して割れ、至るところぐちゃぐちゃのベタベタ、殻のカケラも散乱し、生臭い匂いが漂い、それはそれはすさまじい有様でした。
フライパンや鍋を持って外にでる人もいましたが、勢いよく降ってきた卵は飛び散り、鍋が汚れるだけでした。
人々は、天気省に訴えました。ちゃんと食える卵を降らせろ、と。
天気省の役人たちは、国内外の古文書を紐解き、ニワトリの生体や古い雨乞いの儀式を研究しました。
雨乞いの儀式を改良すること67回、天気省はゆで卵を降らすことに成功しました。
儀式が成功すると、ゆで卵はゆっくりと降ってきました。子供たちはポケットに塩を入れ、降ってきたゆで卵をキャッチしておやつに食べました。
しかし、儀式が失敗すると弾丸のような勢いで降ってくるゆで卵に当たり、たくさんの人が死にました。
2005年1月30日日曜日
ションヴォリ氏の好物のこと
レオナルド・ションヴォリ氏はうずらのタマゴが大好きで
ゆで卵も目玉焼きもうずらのタマゴ。
でもションヴォリ氏は食いしん坊のじいさんなので
ゆで卵なら16個、目玉焼きなら14個のうずらのタマゴが必要だ。
主水くんはいつも市場で大量のうずらのタマゴを購入するので
市場のおばちゃん連中に
「やあ、うずら買いのモンドちゃん!お宅の博士は元気かい?!まったくレオナルドときたら!一体ニワトリのタマゴの何がお気に召さないんだろうね!」
とカッカと笑われる。
主水くんは顔を赤くしながら、今日も30個のうずらのタマゴを買う。
ゆで卵も目玉焼きもうずらのタマゴ。
でもションヴォリ氏は食いしん坊のじいさんなので
ゆで卵なら16個、目玉焼きなら14個のうずらのタマゴが必要だ。
主水くんはいつも市場で大量のうずらのタマゴを購入するので
市場のおばちゃん連中に
「やあ、うずら買いのモンドちゃん!お宅の博士は元気かい?!まったくレオナルドときたら!一体ニワトリのタマゴの何がお気に召さないんだろうね!」
とカッカと笑われる。
主水くんは顔を赤くしながら、今日も30個のうずらのタマゴを買う。
2005年1月29日土曜日
コレクション
タマゴを割ると、蝶の羽が出てきた。
一枚。右の羽だ。
気味悪さに思わず後じさりするが、気を取り直して蝶の羽を拾いあげた。
「アオスジアゲハだ…」
虫捕りが好きだった子供の頃の気持ちが蘇る。羽を捨てる気はなくなっていた。
蝶の羽入りタマゴは、タマゴパックにひとつあることがわかった。
羽が出るとなんの蝶の羽かを図鑑で調べた。
オオムラサキ
ムラサキシジミ
オオカバマダラ
シンジュタデハ
数の少ない蝶、海の向こうの蝶の羽も頻繁に出てきた。
いつのまにか、僕の食事はタマゴ料理だらけになった。
オムライス
かに玉
親子丼
卵かけご飯
部屋の中は夜になってもキラキラと輝いている。
僕が動くたび、鱗粉が舞い上がる
一枚。右の羽だ。
気味悪さに思わず後じさりするが、気を取り直して蝶の羽を拾いあげた。
「アオスジアゲハだ…」
虫捕りが好きだった子供の頃の気持ちが蘇る。羽を捨てる気はなくなっていた。
蝶の羽入りタマゴは、タマゴパックにひとつあることがわかった。
羽が出るとなんの蝶の羽かを図鑑で調べた。
オオムラサキ
ムラサキシジミ
オオカバマダラ
シンジュタデハ
数の少ない蝶、海の向こうの蝶の羽も頻繁に出てきた。
いつのまにか、僕の食事はタマゴ料理だらけになった。
オムライス
かに玉
親子丼
卵かけご飯
部屋の中は夜になってもキラキラと輝いている。
僕が動くたび、鱗粉が舞い上がる
2005年1月28日金曜日
月夜のたまご
小包には「お月さんより」と書いてあるので、月が贈ってくれたということにする。
実際、僕は月をよく眺める。そして、あれこれ語りかける。
自分の部屋の勉強机に向かうと、月がよく見える。勉強より月を眺める時間が長くなるのは、当たり前でしょう?
毎日話を聞いてもらっているから、学校の友達とは違うけど、月も友達なんだと思う。
友達と呼ぶ以外適当な言葉をが見つからない。
その友達から小包が届いたから、僕は実のところかなり興奮していた。月がプレゼントをくれるはずがないと知りつつ、鼓動は速くなった。
中には、たまごが入っていた。
たまご?お月さんがたまご?お月さんとたまご?お月さんのたまご?お月さんはたまご?
僕は夜になるのを待ち、月に聞いた。
「プレゼントありがとう。たまごが入ってた。あのたまごはなに?」
「割ってごらん」
僕は驚いた。たまごが本当に月からの贈り物だとわかったからではなくて、月が初めて返事をしてくれたから。
たまごを割ってどうなったかは、秘密だ。そう月と約束した。今夜も月と話をする。
実際、僕は月をよく眺める。そして、あれこれ語りかける。
自分の部屋の勉強机に向かうと、月がよく見える。勉強より月を眺める時間が長くなるのは、当たり前でしょう?
毎日話を聞いてもらっているから、学校の友達とは違うけど、月も友達なんだと思う。
友達と呼ぶ以外適当な言葉をが見つからない。
その友達から小包が届いたから、僕は実のところかなり興奮していた。月がプレゼントをくれるはずがないと知りつつ、鼓動は速くなった。
中には、たまごが入っていた。
たまご?お月さんがたまご?お月さんとたまご?お月さんのたまご?お月さんはたまご?
僕は夜になるのを待ち、月に聞いた。
「プレゼントありがとう。たまごが入ってた。あのたまごはなに?」
「割ってごらん」
僕は驚いた。たまごが本当に月からの贈り物だとわかったからではなくて、月が初めて返事をしてくれたから。
たまごを割ってどうなったかは、秘密だ。そう月と約束した。今夜も月と話をする。
2005年1月26日水曜日
キミは誰
ピンポーン
玄関を空けると大きな籠を抱えた女が立っていた。
「大事にしてください」
と籠から透明なボールを取出した。
「風呂場に置いておくものです、どうぞ」
「受けとれません」
「お金はいりませんから…」
女は強引にボールを押し付け、去っていった。
ボールはよく見ると中に黒っぽいものがあった。
プニプニとしていて触り心地もいい。
置くところもないので女に言われたとおり風呂場置いておくことにした。
ピンポーン
数日後、また女は現れた。籠はもっていなかったが、子供を八人も連れていた。
「またあなたですか」
「ちゃんと風呂場においていただきましたか」
「ああ、あのボールね。風呂場にあるよ」
女は聞き終わらないうちにずかずかと部屋に入った。呆気に取られて止めることもできない。
「ありがとうございました」
女は子供の手を引き玄関に戻ってきた。
「大変お世話になりました」
女は九人の子を従えて帰って行った。
玄関を空けると大きな籠を抱えた女が立っていた。
「大事にしてください」
と籠から透明なボールを取出した。
「風呂場に置いておくものです、どうぞ」
「受けとれません」
「お金はいりませんから…」
女は強引にボールを押し付け、去っていった。
ボールはよく見ると中に黒っぽいものがあった。
プニプニとしていて触り心地もいい。
置くところもないので女に言われたとおり風呂場置いておくことにした。
ピンポーン
数日後、また女は現れた。籠はもっていなかったが、子供を八人も連れていた。
「またあなたですか」
「ちゃんと風呂場においていただきましたか」
「ああ、あのボールね。風呂場にあるよ」
女は聞き終わらないうちにずかずかと部屋に入った。呆気に取られて止めることもできない。
「ありがとうございました」
女は子供の手を引き玄関に戻ってきた。
「大変お世話になりました」
女は九人の子を従えて帰って行った。
2005年1月23日日曜日
相談があります。
ひとつのタマゴから4個のゆで卵ができました。
タマゴをひとつ、鍋にいれ、しばしキッキンを離れました。
新聞を読んでいたのです。
キッチンに戻り鍋を覗くと、タマゴは四個になっていました。
わたしはどうしたらいいでしょうか。
タマゴをひとつ、鍋にいれ、しばしキッキンを離れました。
新聞を読んでいたのです。
キッチンに戻り鍋を覗くと、タマゴは四個になっていました。
わたしはどうしたらいいでしょうか。
親の心、子知らず
道端で拾ったタマゴ。
両手におさまるくらいの真っ白なタマゴ。
あんまり手触りがよかったので
毎日なでなで、ほおずり していたら
ぷきゅぷきゅ
と鳴き声が聞こえた。
どんなにかわいいヤツが産まれるんだろう!とワクワクしていた。
小さなヒビが大きな亀裂となる。
とうとう逢えるんだね。俺をママだと思っちゃうかな?それならそれで、愛情たっぶりに育てるよ。
手をそっと差し出す。すぐにでも触れたいよ。早く出ておいで…。
「どっこいせ。あ゛~」
出てきたのはネクタイの緩んだ冴えない親父。
俺のてのひらの上で欠伸をする父親。
「親父…」
「久しぶりだな、倅よ。逢いにきたぞ」
両手におさまるくらいの真っ白なタマゴ。
あんまり手触りがよかったので
毎日なでなで、ほおずり していたら
ぷきゅぷきゅ
と鳴き声が聞こえた。
どんなにかわいいヤツが産まれるんだろう!とワクワクしていた。
小さなヒビが大きな亀裂となる。
とうとう逢えるんだね。俺をママだと思っちゃうかな?それならそれで、愛情たっぶりに育てるよ。
手をそっと差し出す。すぐにでも触れたいよ。早く出ておいで…。
「どっこいせ。あ゛~」
出てきたのはネクタイの緩んだ冴えない親父。
俺のてのひらの上で欠伸をする父親。
「親父…」
「久しぶりだな、倅よ。逢いにきたぞ」
2005年1月20日木曜日
きいろのクレヨン
坊やは絵を描きました。
とてもよく描けた、と思いました。
「これなあに?」
「おつきさま」
坊やのおかあさまは、坊やの絵を見て目玉焼きが食べたくなりました。
お昼ご飯はトーストと目玉焼きとサラダとミルクです。
坊やとおかあさまはおいしくいただきました。
坊やはお昼ご飯の後、またスケッチブックを広げました。
おかあさまには、先のおつきさまの絵と変わらないように見えました。
坊やは今、月に夢中なんだわ、と思いました。
そういえば、おとといの夜、車の中から見た満月に興奮していたものね。
「上手ね、おつきさま」
「たまご」
坊やは少し気を悪くしました。
おつきさまとたまご、まるきり違うものなのに、なぜおかあさまはわからないのだろう。
きいろのクレヨンが転がりました。
とてもよく描けた、と思いました。
「これなあに?」
「おつきさま」
坊やのおかあさまは、坊やの絵を見て目玉焼きが食べたくなりました。
お昼ご飯はトーストと目玉焼きとサラダとミルクです。
坊やとおかあさまはおいしくいただきました。
坊やはお昼ご飯の後、またスケッチブックを広げました。
おかあさまには、先のおつきさまの絵と変わらないように見えました。
坊やは今、月に夢中なんだわ、と思いました。
そういえば、おとといの夜、車の中から見た満月に興奮していたものね。
「上手ね、おつきさま」
「たまご」
坊やは少し気を悪くしました。
おつきさまとたまご、まるきり違うものなのに、なぜおかあさまはわからないのだろう。
きいろのクレヨンが転がりました。
2005年1月19日水曜日
愛の理由
〔私の彼はスクランブルエッグを作るのが得意です〕
[単なる炒り卵だけど]
〔少し塩っ気が多いスクランブルエッグをトーストにのせて食べるのが、私の朝食の定番〕
[え?塩辛いなんて聞いたことないぞ]
〔彼の作る卵料理は黄身がピンク色なの〕
[どうして色が変わるのか、わからない]
〔ゆで卵も、目玉燒きも黄身はピンク〕
[割ってすぐは黄色いんだけど]
〔生タマゴも、溶いているうちにピンクになってる〕
[かなり気色悪い]
〔私、ピンク大好きよ〕
[俺のことは?]
〔ピンクのタマゴを作ってくれるあなたが好き〕
[ピンクじゃなくなったら?]
〔あなたと一緒にいる価値はなくなるわ〕
[単なる炒り卵だけど]
〔少し塩っ気が多いスクランブルエッグをトーストにのせて食べるのが、私の朝食の定番〕
[え?塩辛いなんて聞いたことないぞ]
〔彼の作る卵料理は黄身がピンク色なの〕
[どうして色が変わるのか、わからない]
〔ゆで卵も、目玉燒きも黄身はピンク〕
[割ってすぐは黄色いんだけど]
〔生タマゴも、溶いているうちにピンクになってる〕
[かなり気色悪い]
〔私、ピンク大好きよ〕
[俺のことは?]
〔ピンクのタマゴを作ってくれるあなたが好き〕
[ピンクじゃなくなったら?]
〔あなたと一緒にいる価値はなくなるわ〕
2005年1月17日月曜日
ピクルス街迷妄
赤信号で停まっていると、兎がウサギ型の風船を売りにきた。
「いくら?」
「dock bock」
ぼくは兎に5¢やってサイドミラーに風船をくくりつけた。
「おーい!マッチをくれ」
マッチをカゴ一杯に入れて歩く少女を見つけて車中から声を掛ける。
ぼくは煙草が吸いたい。
マッチ売りの少女はまっすぐ前を見て歩き、ぼくの声に振り向くこともない。
山羊がヤギの指人形を両手につけ、コントをしている。
立ち止まる者はいない。
波止場で車を降り、ウサギ型風船を右手に持って歩く。
波間に浮かぶリンゴたちが月に照らされている。
車に戻ると、ボンネットに空き瓶とマッチの燃えさしがひとつ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
1.17に寄せて
佐々木マキ「ピクルス街異聞」1971年をモチーフに
「いくら?」
「dock bock」
ぼくは兎に5¢やってサイドミラーに風船をくくりつけた。
「おーい!マッチをくれ」
マッチをカゴ一杯に入れて歩く少女を見つけて車中から声を掛ける。
ぼくは煙草が吸いたい。
マッチ売りの少女はまっすぐ前を見て歩き、ぼくの声に振り向くこともない。
山羊がヤギの指人形を両手につけ、コントをしている。
立ち止まる者はいない。
波止場で車を降り、ウサギ型風船を右手に持って歩く。
波間に浮かぶリンゴたちが月に照らされている。
車に戻ると、ボンネットに空き瓶とマッチの燃えさしがひとつ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
1.17に寄せて
佐々木マキ「ピクルス街異聞」1971年をモチーフに
コロコロ
ボールがコロコロと転がっている。
それを子供が追い掛けている。
私はボールを拾い子供に渡す。
ボールは子供の手を擦り抜けコロコロと転がっていった。
タマゴがコロコロと転がっている。
それを赤ん坊を背負った若い女が追い掛けている。
私はタマゴを拾い女に渡す。
タマゴは女の手を擦り抜けコロコロと転がっていった。
地蔵の頭がコロコロと転がっている。
それを老人が追い掛けている。
私は地蔵の頭を拾わずに、老人を見送った。
それを子供が追い掛けている。
私はボールを拾い子供に渡す。
ボールは子供の手を擦り抜けコロコロと転がっていった。
タマゴがコロコロと転がっている。
それを赤ん坊を背負った若い女が追い掛けている。
私はタマゴを拾い女に渡す。
タマゴは女の手を擦り抜けコロコロと転がっていった。
地蔵の頭がコロコロと転がっている。
それを老人が追い掛けている。
私は地蔵の頭を拾わずに、老人を見送った。
2005年1月16日日曜日
隣人
隣人が庭に穴を掘りはじめて何ヶ月になるだろうか。
隣に住む男は定年退職をしてから毎日庭に出て穴を掘り出した。道具は何も使わず、素手で直径五十センチほ
どの穴を掘っていく。
朝は九時ちょうどから始め、夕方は五時きっかりまで。土曜日、日曜日は庭に出ることはあっても穴を掘ることはない。まるで勤め人のようなスケジュールである。
我が家の庭と隣家の庭の間には腰の高さほどのフェンスがあるだけだ。お互い目隠しになるような樹木を植えることもなく、我が家の居間の窓からは隣家の庭のダイニングがしっかり見渡せる。以前は覗きをしているようで、また覗かれているようで気になっていたが、穴を掘るようになってからは頻繁に庭に目をやるようになった。 穴はまもなく大きくなり、隣人の姿は穴に隠れて見ることが出来なくなった。穴の傍らに積まれた土も少しづつ高くなっているようだ。穴の中の様子を見てみようと、二階のベランダから覗いたこともあったが角度が悪く、また盛られた土が邪魔をして、穴の中までは見えなかった。
隣人は妻と二人暮しである。子供もいるようだが、私たち夫婦がここに越して来た時には家を出ており、顔も知らない。夫妻は顔を合わせれば挨拶をするし、頻繁に寄り添ってスーパーなどへ買い物に出かけている姿を見
掛ける。仲の良い夫婦だと近所でも評判だ。しかし実際は、週に数回妻のヒステリックな声が聞こえてくるのだ。「こんにちは」と、にこやかに言うこの妻に対して「お宅の旦那さんはずいぶん熱心に庭作りをしておられますね」という言葉をこの数か月の間に一体何度飲み込んだだろう。
穴はここ数日でさらに深くなったようだ。積み上がった土は穴の周りをぐるりと囲み、徐々に高さを増していく。妻が夕方五時に庭に出きて、いつものように「あなた、もうおしまいにしたら」と言う。乱暴に、サンダル履きの足で積み上がった土を穴に蹴落としながら。
その日から妻のヒステリックな声は全く聞かれなくなった。
きららメール小説大賞投稿作
隣に住む男は定年退職をしてから毎日庭に出て穴を掘り出した。道具は何も使わず、素手で直径五十センチほ
どの穴を掘っていく。
朝は九時ちょうどから始め、夕方は五時きっかりまで。土曜日、日曜日は庭に出ることはあっても穴を掘ることはない。まるで勤め人のようなスケジュールである。
我が家の庭と隣家の庭の間には腰の高さほどのフェンスがあるだけだ。お互い目隠しになるような樹木を植えることもなく、我が家の居間の窓からは隣家の庭のダイニングがしっかり見渡せる。以前は覗きをしているようで、また覗かれているようで気になっていたが、穴を掘るようになってからは頻繁に庭に目をやるようになった。 穴はまもなく大きくなり、隣人の姿は穴に隠れて見ることが出来なくなった。穴の傍らに積まれた土も少しづつ高くなっているようだ。穴の中の様子を見てみようと、二階のベランダから覗いたこともあったが角度が悪く、また盛られた土が邪魔をして、穴の中までは見えなかった。
隣人は妻と二人暮しである。子供もいるようだが、私たち夫婦がここに越して来た時には家を出ており、顔も知らない。夫妻は顔を合わせれば挨拶をするし、頻繁に寄り添ってスーパーなどへ買い物に出かけている姿を見
掛ける。仲の良い夫婦だと近所でも評判だ。しかし実際は、週に数回妻のヒステリックな声が聞こえてくるのだ。「こんにちは」と、にこやかに言うこの妻に対して「お宅の旦那さんはずいぶん熱心に庭作りをしておられますね」という言葉をこの数か月の間に一体何度飲み込んだだろう。
穴はここ数日でさらに深くなったようだ。積み上がった土は穴の周りをぐるりと囲み、徐々に高さを増していく。妻が夕方五時に庭に出きて、いつものように「あなた、もうおしまいにしたら」と言う。乱暴に、サンダル履きの足で積み上がった土を穴に蹴落としながら。
その日から妻のヒステリックな声は全く聞かれなくなった。
きららメール小説大賞投稿作
2005年1月15日土曜日
酔いしれて黄色
いつものバーに入ると席は既にいっぱいだった。
十四席しかない小さな店だ、珍しいことではない。
髭ヅラのマスターがすまなそうに眼差しを送ってきた。
その眼差しに苦笑いが含まれているのに気付いて、もう一度店内を見渡すとカウンター席のひとつに巨大なタマゴが居座っていた。
しかし大きいこと以外、普段食べる鶏卵と変わらないようだ。
タマゴは頬を上気させ、何事かを語っていた。
客はみなタマゴの話を真剣に聞いているようだ。
私は酒を諦めて帰ることにした。
「また来るよ」
マスターにそう言って店を出ようとすると
タマゴ以外の全員がこちらを振り返り、私を睨みつけた。
二十六個の目玉はドロリとした黄色い光りを放っていた。
十四席しかない小さな店だ、珍しいことではない。
髭ヅラのマスターがすまなそうに眼差しを送ってきた。
その眼差しに苦笑いが含まれているのに気付いて、もう一度店内を見渡すとカウンター席のひとつに巨大なタマゴが居座っていた。
しかし大きいこと以外、普段食べる鶏卵と変わらないようだ。
タマゴは頬を上気させ、何事かを語っていた。
客はみなタマゴの話を真剣に聞いているようだ。
私は酒を諦めて帰ることにした。
「また来るよ」
マスターにそう言って店を出ようとすると
タマゴ以外の全員がこちらを振り返り、私を睨みつけた。
二十六個の目玉はドロリとした黄色い光りを放っていた。
2005年1月14日金曜日
2005年1月12日水曜日
塀から落ちるな
東の島生まれの人、ミスターダンペイ・ハンムラは
大のタマゴ好きで、タマゴを殻ごと食べていたそうだ。
唇や口の中に殻のカケラが刺さり、血が流れるのも構わずニヤニヤと笑いながら大きな音をたてて食べるその姿に人々は畏敬の眼差しを向けた。
また人々は、ミスターハンムラの故郷では、みな血を流してタマゴを食すものと信じて疑わず
「日出づる地には鶏卵を携帯するべからず」
ということわざが生まれた。
半村団平こそ、我が国の養鶏の祖にして最大の変人である。
大のタマゴ好きで、タマゴを殻ごと食べていたそうだ。
唇や口の中に殻のカケラが刺さり、血が流れるのも構わずニヤニヤと笑いながら大きな音をたてて食べるその姿に人々は畏敬の眼差しを向けた。
また人々は、ミスターハンムラの故郷では、みな血を流してタマゴを食すものと信じて疑わず
「日出づる地には鶏卵を携帯するべからず」
ということわざが生まれた。
半村団平こそ、我が国の養鶏の祖にして最大の変人である。
2005年1月10日月曜日
6個入りタマゴパック
一つ目を割ると、りんごが出てきたので噛った。
二つ目を割るとチョコレートが出てきたので娘にやった。
三つ目を割るとルンペンが出てきたので食べかけのりんごをやって追い出した。
四つ目を割るとホステスが出てきたので夫にやった。
五つ目を割ると恐竜の子が出てきたので動物園に電話した。
六つ目を割るとめんどりが出てきたので卵を6個産ませた。
なにはともあれ。
二つ目を割るとチョコレートが出てきたので娘にやった。
三つ目を割るとルンペンが出てきたので食べかけのりんごをやって追い出した。
四つ目を割るとホステスが出てきたので夫にやった。
五つ目を割ると恐竜の子が出てきたので動物園に電話した。
六つ目を割るとめんどりが出てきたので卵を6個産ませた。
なにはともあれ。
2005年1月8日土曜日
タマゴのなる木
今年も庭木にタマゴがなった。
なんという木かは知らないし、調べたこともない。
この古い一軒家を四年前に買った時から、庭は全くいじっていない。
庭が欲しいという願望はなかったが、条件のよかったこの家には庭があり、木がいくつかあった。
鬱蒼としているわけでもなく、外から丸見えというのでもなく。
私はそれをよしとした。
そして声に出して「よし」と言った。
冬になるとそのうちの一本に白いタマゴがたわわになった。
雪の多いこの土地では、近隣の人々にそれを気付かれることもない。
私はタマゴを一つもぎ、目玉焼きを作った。
私がそれまで食べてきた目玉焼きとなんら変わりなかった。
「よし」と私は言った。
今年も庭の木にタマゴがなった。
なんという木かは知らないし、調べたこともない。
この古い一軒家を四年前に買った時から、庭は全くいじっていない。
庭が欲しいという願望はなかったが、条件のよかったこの家には庭があり、木がいくつかあった。
鬱蒼としているわけでもなく、外から丸見えというのでもなく。
私はそれをよしとした。
そして声に出して「よし」と言った。
冬になるとそのうちの一本に白いタマゴがたわわになった。
雪の多いこの土地では、近隣の人々にそれを気付かれることもない。
私はタマゴを一つもぎ、目玉焼きを作った。
私がそれまで食べてきた目玉焼きとなんら変わりなかった。
「よし」と私は言った。
今年も庭の木にタマゴがなった。
2005年1月7日金曜日
EGG & COIN
ゆで卵の中に硬貨が入っていたら、こんなラッキーなことはないよね。
健太が口の中から一円玉を出すと、テレビ局が取材に来て一万個もゆで卵を食べるはめになったんだって。
十円玉がゆで卵から出てきた奈津子は、一万円の募金を迫られたってさ。
太郎は百円玉を噛って前歯が折れて、治療に一万かかったらしい。
ゆで卵から硬貨が出てくるとまったくロクなことがないね。
健太が口の中から一円玉を出すと、テレビ局が取材に来て一万個もゆで卵を食べるはめになったんだって。
十円玉がゆで卵から出てきた奈津子は、一万円の募金を迫られたってさ。
太郎は百円玉を噛って前歯が折れて、治療に一万かかったらしい。
ゆで卵から硬貨が出てくるとまったくロクなことがないね。
2005年1月6日木曜日
朝ですよ
高校生の息子を毎朝起こすのは至難の技である。
怒鳴っても蹴飛ばしても猫撫で声を出しても起きない。
このねぼすけ、誰に似たんだか。
今朝、テキは新しい作戦に出た。
ベッドには巨大な卵。しばし呆然。
耳をあてると寝息が聞こえてくる。
確かに息子はこの中にいる。
思わずホッと息をつく。
この中で寝るのはさぞかし心地良いだろう。一体どうやって卵に入ったのか。
母も日曜くらいはこんな卵に入って昼まで寝てみたいよ。起きたら聞いてみなくては。
私は張り切ってトンカチを取りに行った。
怒鳴っても蹴飛ばしても猫撫で声を出しても起きない。
このねぼすけ、誰に似たんだか。
今朝、テキは新しい作戦に出た。
ベッドには巨大な卵。しばし呆然。
耳をあてると寝息が聞こえてくる。
確かに息子はこの中にいる。
思わずホッと息をつく。
この中で寝るのはさぞかし心地良いだろう。一体どうやって卵に入ったのか。
母も日曜くらいはこんな卵に入って昼まで寝てみたいよ。起きたら聞いてみなくては。
私は張り切ってトンカチを取りに行った。
2005年1月5日水曜日
2005年1月3日月曜日
ゲラヒマル
とある島の山奥に棲む鳥は、秋に白い花を付ける高い木の頂上に巣を作り、卵を一つだけ産む。
鳥は島で最も大きく、最も数が少ない。木は島で最も高く、最も数が多い。
卵は円錐形をしており、母鳥が温めるためにその上に座ると腹部に突き刺さる。
血は巣から滴り落ち、地面に染み込む。
ヒナがかえると同時に母鳥は死ぬ。
もしもヒナがかえる前に母鳥の命が絶えれば、卵もまた死んでしまう。
死んだ母鳥は既に干からび、ヒナはその姿を見て「へ」と鳴き、すぐに飛び立つ。
母鳥のミイラを頂上に掲げた木はその年、紅い花を咲かせる。
「ゲラヒマル」現地の言葉で「紅いミイラ」。
鳥と木は同じ名前を持つ。
鳥は島で最も大きく、最も数が少ない。木は島で最も高く、最も数が多い。
卵は円錐形をしており、母鳥が温めるためにその上に座ると腹部に突き刺さる。
血は巣から滴り落ち、地面に染み込む。
ヒナがかえると同時に母鳥は死ぬ。
もしもヒナがかえる前に母鳥の命が絶えれば、卵もまた死んでしまう。
死んだ母鳥は既に干からび、ヒナはその姿を見て「へ」と鳴き、すぐに飛び立つ。
母鳥のミイラを頂上に掲げた木はその年、紅い花を咲かせる。
「ゲラヒマル」現地の言葉で「紅いミイラ」。
鳥と木は同じ名前を持つ。
2005年1月1日土曜日
食
朝食は食パンと目玉焼きが定番。目玉焼きには食塩を少々かけます。
昼食は職場の食堂で同僚と一緒に食事です。今日は生姜焼き定食を食べました。
夕食は我が家の食卓で食べましょう。食材は新鮮なものを選びます。食費は多少かかりますが、食中毒になってはいけません。
そうそう、食後には焼酎が待っています! 職場で起きたショックなことを焼酎に処分してもらいましょ。
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500文字の心臓 第45回タイトル競作投稿作
×1
昼食は職場の食堂で同僚と一緒に食事です。今日は生姜焼き定食を食べました。
夕食は我が家の食卓で食べましょう。食材は新鮮なものを選びます。食費は多少かかりますが、食中毒になってはいけません。
そうそう、食後には焼酎が待っています! 職場で起きたショックなことを焼酎に処分してもらいましょ。
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500文字の心臓 第45回タイトル競作投稿作
×1
最強の処遇
買ってきた玉子をパックごと落としてしまった。
ぐせゅ
いやな音である。料理をするときには何も感じないのに、落とした玉子は「卵」感が濃厚だ。ナムアミダブツ。
私は後片付けに取り組む。割れた玉子の中身はボウルに入れていく。殻のカケラを取り除いて、オムレツかなにかにして食べてしまおう。
お。
あれほど盛大に落としたのにひとつだけ割れていないものがあった。
なんて強いヤツだ。コイツは仏壇にでも供えるか。
ぐせゅ
いやな音である。料理をするときには何も感じないのに、落とした玉子は「卵」感が濃厚だ。ナムアミダブツ。
私は後片付けに取り組む。割れた玉子の中身はボウルに入れていく。殻のカケラを取り除いて、オムレツかなにかにして食べてしまおう。
お。
あれほど盛大に落としたのにひとつだけ割れていないものがあった。
なんて強いヤツだ。コイツは仏壇にでも供えるか。
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