煙突から蝶が昇る。
工場の煙突、銭湯の煙突、暖炉の煙突、釜の煙突、汽車の煙突。
その日は世界中の煙突から煙の代わりに蝶が吐き出された。
あちこちで排出された蝶が空へ向かって舞いあがる。
世界は火を止めた。
ついに自動車もバイクも蝶をふかす。エアコンの室外機からも換気扇からもコンピューターのファンからも蝶が飛び出す。
世界は自主的に停電した。
空一面に蝶。
科学者は世界最大のコンピューターから排出された蝶を捕まえた。新種の蝶だった。それを確認して電源を切る。
世界中の昆虫マニアは満足した。実に268年振りの蝶の新種だ!と。彼らは例外なく自分の家の煙突や車やパソコンから出た蝶を捕獲していた。
蝶で覆われた夜は暗く静かだった。そうだ、夜は暗いのだ。人々は368年振りに闇を知った。
翌日、空の蝶は跡形もなく消えたが、その夜も暗かった。そして空腹だった。
あらゆる煙突、空気孔が完全に塞がってしまったから。
ほら、火も電気も使えない。