2026年8月16日日曜日

崩れる紙16

多くの協力者のおかげで学者は研究成果を本に書き残すことができたが、自分も本を書きたいという者はついぞ現れなかった。よって、この町に残る本は全てこの嗄れ声の学者が書いたものだ。そして「私の著作を読むのもたった一人の篤学者であろう。おそらく遠い町から来た人だ。」と学者は予見している。

2026年8月15日土曜日

崩れる紙15

声のせいで、この学者には教え子や弟子がひとりもできなかった。語っても聞き取り難く、唄うことなどもってのほかだったから。研究成果を遺せないと悟った学者は「本にすることを余儀なくされた」と書いている。本のための紙の研究については、多くの学者や職人が興味を持ち、手を貸してくれたという。

崩れる紙14

学者は声がよくなかった。若い頃から嗄れ声で、そのせいで学問を修めても残す手段を持たなかったという。この町では知も詩もすべて口伝えで受け継いできたのだった。文字はあったが、物として記録し残すことは何故かしなかった。数式も哲学も語り、唄う。学者はそれを「この町の伝統」と表現している。

2026年8月14日金曜日

崩れる紙13

呼吸を整える。本の題名『伝説の篤学者へ』の文字は、もう消えかかっていた。表紙を捲る。焦らず、集中して、じっくり読もうと自分を励ましながら文字を追う。いつの間にか私は本に惹き込まれ、夢中になっていた。『伝説の篤学者へ』は、この図書館を作った大昔の、とある学者の自伝のような本だった。

崩れる紙12

自動人形の司書は一冊、本を持ってきて書見台に置き「初めにこれを読んでください。その後は、何を読んでも、どこから読んでも構いません」と言った。老人の声ではなくなっていた。表紙には「伝説の篤学者へ」とある。この町の本が読める喜びと、一度しか読めない緊張感で私の気持ちは掻き乱れている。

2026年8月13日木曜日

崩れる紙11

急に老人のような声色になった自動人形の司書は続けた。「ならば本館の全ての書物は貴殿のためのもの」そう言って、閲覧席に案内された。閲覧席は私のために誂えたようにぴったりの高さの椅子と机、そして書見台が据えてある。どれもどっしりとした木製のもので、とても古そうだが使われた形跡はない。

崩れる紙10

 「全ページを読み終えると、やはり本は崩壊します。注意事項は以上です。本館内の図書資料の閲覧を希望しますか」急に事務的な口調になった自動人形の司書に、慌てて質問する。「この町で、知や詩の継承は、どのように行われてきたのですか?」先ほどよりも長い沈黙があった。「貴殿が伝説の篤学者か」