2005年10月25日火曜日

メアリーポピンズみたいな

「知ってるか?タマネギを切ると涙が出るのは、」
と、わたしがタマネギを切る後から覗き込みながらケンちゃんが言う。うっとおしい。
「包丁持ってるヒトの回りでうろちょろしないの!」
ケンちゃんはもっともらしい冗談を言って、わたしを騙すのが好きなのだ。ときたま本当のウンチクが混ざるからタチが悪い。わたしが混乱するのを心底喜んでいる。知ってるか、が始まったら要注意。
「カンドーするからなんだよ」
「は?勘当?」
「感動」
ケンちゃんは、私の涙を人差し指で掬って、その指をチュウと音を立ててしゃぶった。
タマネギで感動するなんて、いくらなんでも有り得ない。騙されないぞ、と決意しながら
「どういうこと?」
と聞いてみる。
ケンちゃんは待ってました、って顔をして、指をパチンと鳴らした。メアリー・ポピンズみたいに。
それは本当にメアリー・ポピンズと同じだった。
わたしは、タマネギを刻みながら感動の涙を流していたんだ。
タマネギの歌は厳そかなハーモニーで、キッチン全体がその声に震えているのがわかった。
ケンちゃんがもう一度指をならすと、キッチンはもとのパッとしないキッチンに戻った。
「ケンちゃん、今の魔法?」
「知ってるか。タマネギを切ると涙が出るのは、タマネギの中のアリシンが」
「感動するから、でしょ」
今度はわたしが指で掬ったケンちゃんの涙をしゃぶる番。

きららメール小説大賞投稿作