2026年4月30日木曜日

#春の星々140字小説コンテスト「布」投稿作

九千八百二十七円。現金を使う機会が減った近頃、一万円札は使いにくい。千円札を切らさぬよう気を付けているとはいえ、千円札が九枚残ることはあまりないと思うのだ。何にせよ、財布の中を確認する度きっかり同じ金額なのは気味が悪い。今日は商店街の魚屋でホタルイカを買った。明日は金を数えまい。

2026年4月28日火曜日

暮らしの140字小説66

四月某日、晴。百年前の人が書いた本を續けて読んだためか、すっかり舊字體に目が慣れてしまった。最近の本を開いたら紙面がすかすかと白っぽい氣がしてならない。と思っていたら本当に新字がふわふわと浮いてくるので其の度に指で紙面に押さえ付けることとなった。指は新字体派となるのは畢竟である。

2026年4月24日金曜日

#春の星々140字小説コンテスト「布」投稿作

廃墟だと思っていた建物から音程の狂ったオルガンの音が聞こえる。教会のようだ。中にはオルガニストも司祭もいない。埃が詰まったパイプにブラシを通し古布で磨くと、オルガンは美しく厳かな音楽を奏で始めた。窓から光が差す。涙が溢れる。共に歌う人が欲しいが、このゴーストタウンでは夢のまた夢。

2026年4月15日水曜日

暮らしの140字小説65

四月某日、曇。散髪。青い蟹が髪を切ってくれる店へ。青い蟹は南の生まれらしく店ではいつも沖縄の唄が流れている。小気味よいハサミのリズムと、BGMに合わせて口ずさむ蟹の声を聞きながら微睡む。青い蟹は髪を切るのも、頭を洗うのも、髪を乾かすのも、実に手早い。午睡はあっという間に終わった。

2026年4月10日金曜日

暮らしの140字小説64

四月某日、曇。いつもの夢を見る。学校と病院が融合したような施設を彷徨う。リノリウムの廊下や階段を歩き回るが目的の部屋はなかなか見当たらない。目が覚めると頭痛がする。首の後ろから生えたチューリップを引っこ抜き、花瓶に挿した。前に脇腹から抜いたカーネーションは、三週間も咲いたままだ。

2026年4月4日土曜日

#春の星々140字コンテスト「布」未投稿作

これまで書いた詩を、物語を、すべて燃やして灰にしたい。その灰を空地に撒けば苧が繁茂するだろう。苧から繊維を取り、織って、身に纏う。かつて吐き出した言葉の成れの果てで紡いだ布でこの身を包み、痛みに耐えるべきだ。だが、叶わない。私の言葉は紙の中にはなく、液晶画面に表示されるのみ。