「銀世界に舞う蝶がいるのを知っているか?」と、隣の男は言った。
私は友人とバーのカウンターで昆虫談義に花を咲かせていた。
男はそれを聞いて話に割り込んできたのだ。
「え?」
「私は15才だった。学校から帰る途中、雪が強くなり、とうとう吹雪になった。」
男は低く小さな声でゆっくりと話始めた。
私は友人と顔を見合わせたが、黙って話を聞くことにした。
「吹雪で前が見えないはずなのに、遠くに一頭の町蝶が見えた。梅のような紅の大きな蝶だった。私はそれを目指して歩いた。幾度も転び、それでも歩いた。」
私はなぜか眠気を覚えた。気付くと友人は既にカウンターに突っ伏して寝ている。
「追い掛けるうちに紅い蝶は、だんだんと数が増えていき、まるで燃え盛る炎のようだった。あそこに行けば暖かいだろうと思い歩き続けた。」
私の記憶はそこで途切れた。
「おい、起きろよ。」
友人の声に促され、私は慌てて店を出る支度を始めた。隣の男はいなかった。つい今し方お帰りになりました、とマスターが言った。彼が残したグラスの中ではは、スノードームのように輝く粉が舞っていた。