高校生の息子が5才だったころ、蝶ばかり書いていたことがある。
都会育ちの彼が目にする蝶は限られていたし、蝶を見てもそれほど興味を持っているようには思えなかった。
それより驚いたのは、ほかの絵と比べて蝶の絵だけ明らかに緻密で丁寧に時間をかけて描いていたことだ。
その様子に、自分の息子ながら圧倒された。こんな絵が描ける息子を誇らしく思う一方で、ほんの少し気味悪くも思っていた。
息子の蝶への執着は三か月ほどで終わった。その数、80枚。毎日のように描いていたのだ。私は全てをファイルし、本棚にしまった。
昨日、息子は自分の手でファイルを見つけた。
「これ、おれが子供ん時のでしょ」
「そう。覚えてるの?」
息子はそれに答えず、ファイルから蝶の絵を取り出し、一枚づつ破き始めた。
「ちょっと!何してるの。せっかく小さい時のアンタががんばって描いたのに。もう同じのは描けないんだよ。だからファイルに入れてしまっておいたんだから」
私は言いながら泣いていた。息子は紙を破る。蝶が一頭、また一頭と窓から飛び立っていった。