寝台列車に乗るのは、15年振りだ。
時間に余裕があったから、あえてゆっくりの旅を選んだ。
文庫本を閉じて周りの様子を伺うと皆寝静まっているようで寝息やイビキが聞こえてきた。
酒を飲んでいる者など一人もいない。
まだ11時を過ぎたところだ。皆ずいぶん行儀がいい。
明朝7時には目的地の「ハテム」に着くはずだ。
私は周囲の寝息をBGMに目を閉じた。
朝日を感じて目を覚ますとずいぶん賑やかだった。
カーテンを開けると「兄ちゃん、ずいぶん寝坊だね!」と向かいの男に言われた。
男はすっかり身支度ができている。
「もうすぐパビムンに着くんだぜ! あの、パビムンだ」
紅潮した男の顔を私は見つめ返した。
「パビムン? ハテム行きのはずだが」
と私が言うと、男はあからさまに嫌な顔した。
パビムン……昔話に出てくるおとぎの町だ。堕落した男が辿り着いた理想の町。
汽車が止まり、私はホームに降りた。
深呼吸すると、空気は妖しく甘かった。
振り返ると線路はなかった。