ぼくが雨を飲んでいるとほとんどの人が変な顔をする。もっともだ。ぼくはぐちゃぐちゃにぬかるんだ地面に
寝転がり、大口を開けて雨を飲んでいるのだから。
たまに声を掛けて来る人もいるが、それは「具合悪いですか?救急車呼びましょうか」という台詞に限られて
いる。
でも、この娘は違った。雨を飲むぼくの傍らにしゃがむと静かな、でもよく通る声で言った。
「おいしい?」
ぼくが雨を飲んでいることに気付いた初めての人だった。
「わたしも隣で飲んでいい?」と言うのでぼくは驚いて起き上がった。
「やめなよ。服が汚れるし、風邪ひくかもしれない」 娘は、ぼくの忠告にお構いなしで、大の字に寝転んだ。
娘の顔が、足が、服が段々と濡れていく様に、何故か見惚れてしまう。
「どうしたの?一緒に飲もうよ、雨」
ぼくはもっときみを見ていたいんだとは言えずに、仕方なく寝転んだ。
「雨って同じ味のことがないんだ」
だから雨を飲むのは止められない、とぼくが言うと娘はそうだね、と返した。
娘は、いままでコップに雨を溜めて飲んでいたのだと語った。
「一度身体で雨を受け止めてみたかったの。コップで飲むのは、ずるいような気がしてた」
娘が手を伸ばしてきた。ぼくはその小さな濡れた手を握りしめた。もうお腹が一杯だけど、雨はまだ止んでほ
しくない。
きららメール小説大賞投稿作