「ちょっとそこの、小さいお人よ」
と年寄りのどなり声がする。前から千鳥足の人影が近づいてきた。
「ハイ」
「はい?」
少女とコルネット吹きは同時言って、二人で笑った。
「何を笑っている、小さいお人よ」
年寄りがますます険しい声を出したのでコルネット吹きは謝った。
「ごめんなさい」
「おぬしを呼んだのではない。小さいおなごよ」
コルネット吹きは、少女を見た。
年寄りは背の低いコルネット吹きではなく、九歳の少女を呼ばわっているようである。
「なに?」
「この酔っ払いの年寄りの、頭を撫でて欲しいのだ。酔いを醒まさぬと、山の神がうるさい」
少女は、年寄りに近づいた。ひるむ程に酒臭かったが、近づいた。
息を止めて、年寄りの禿げ頭を撫でた。
しばらく撫でていると、酒臭さが散っていくのがわかった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。妙なことを頼んで申し訳なかった。おかげで妻に叱られなくて済む」
年寄りはウィンクをしてみせ、颯爽と去っていった。
「あのおじいさんの頭、どんなだった?」
コルネット吹きが尋ねる。
「猫のおなか」