2006年12月31日日曜日
新しい年
喫茶店の片隅で私たちはこっそりとコーヒーカップを当てて乾杯した。
私たちに新しい年は祝えない。古い年ばかりが愛おしい。
良すぎる記憶力に「思い出を美化する」というプログラムを組み込んだ初めての一年、人間の恋人たちを真似しながら二人で必死に思い出を作った。
塩水は機械に悪いのに、無理して海水浴にも行った。
これから一年はその思い出を語り合ううちに過ぎてしまうだろう。いや、過ぎることになっている。
私は合金製の小指を彼に絡めながら、ちょうど一年前の思い出の出力をはじめる。
木枯らし
皆が揃うにはあと20分くらいはかかるのに、もうすべて服を脱いで。
サッカーをしているグラウンドを窓際から眺めながら。
「あ、あの……寒くないですか」
そう声を掛けた私の息は白かった。
モデルは大丈夫、という顔をしてみせたけれど
私はすぐに石油ストーブを付けた。
身体を隠すことも見せびらかすこともなく、おそらくは服を着ている時と同じような態度で、モデルはコーヒーを飲んでいた。
それがかえって不自然で、私はドギマギした。
私の動悸を見抜いたかのようにモデルは初めて口を開く。
「インスタントコーヒーだけどね」
そんなの関係ないよ。私は視線を落とす。落とした先にちょうど陰毛があって私はますます動揺する。
デッサンが始まると、モデルは見事にマネキンのように動かなくなった。
ぴくりともしないあの手でカップをもち、乾いたあの唇でコーヒーを飲んでいたんだ。
細かい所ばかり気になるから、デッサンはちっともはかどらない。
2006年12月29日金曜日
いつもと違う足音
乗るのを躊躇ったが、どうやら別の車両でも状況は同じらしい。あきらめて乗り込む。車内は空いている。
もはや汚水のような風情で床に撒き散らされているが、香りはしっかりとコーヒーを主張していた。
ほかの乗客たちはコーヒーで濡れた床に頓着していないようだ。
革靴もピンヒールも迷いなくコーヒーの中を闊歩している。
私のように抜き足差し足で歩いている者は見当たらない。
ストッキングのふくらはぎにコーヒーをぴちゃぴちゃと跳ね飛ばしながら歩く女がいて、やけに卑猥だった。
夢みたいな注射
「先生は?」
「マゴと遊びに行った」
とウサギがこたえる。
「じゃあ、なぜ休診にしないの?」
ウサギはニヤリとして
「私が診察を任されているからだ」
と宣った。
ウサギは世間話をしながらコーヒーを沸かし、それを注射器に詰めた。
私は背筋が凍りついた。
「いや!コーヒーなんか注射したら!やめて!だれか助けて」
私は叫び暴れたが、ウサギは素早く馴れた手つきで注射針を私の二の腕に挿した。
それからどうやって家に帰ったのか、まるで覚えていない。
気が付くと、湯舟で鼻歌を歌っていた。風邪はすっかり良くなっていた。
ウサギにコーヒーを注射されたのは、夢だったのだろうか。
けれども五日経つ今も二の腕にはぷっくりと注射の跡が残っているから、夢ではなかったみたい。でも、その赤い注射の跡を指先で撫でると、なぜか夢心地になるからやっぱり。
2006年12月28日木曜日
コーヒーが降り出しそうな日
と、土手に座り込んで少女は呟いた。
確かにコーヒーのような焦茶色の雲が厚く空を覆っていた。
「もし本当にコーヒーが降ったら、どうするつもりなんだ?」
「浴びるの。髪を洗って、顔も洗って。身体中にコーヒーを浴びたい」
肩に付くか付かないかくらいの髪が揺れる。
「ここで、すっぽんぽんになるの?」
「誰も見ないよ」
僕が、見るよ。
「コーヒーを浴びたら、きっとコーヒーが飲めるようになる。そしたら大人だと思うの」
彼女の言う「大人」に「コーヒーを飲めること」以外のなにかが含まれているのか、僕にはわからなかった。
野萱草が咲いている。
2006年12月26日火曜日
かつてコーヒーでいっぱいの地球
海がコーヒーになったから、コーヒー豆農家はたちまち仕事を失った。
コーヒー好きは島や沿岸部に街を作り、コーヒー嫌いは内陸へ移った。
だが次第に雨もコーヒーになり、内陸でもコーヒー以外の液体を得るのが難しくなった。山の井戸水からもコーヒーが、泉にもコーヒーが湧きはじめた。
でも、布きんを取ってきたから大丈夫。
世界地図は防水加工してあったから、海をすっかり覆ったけれど、染み込みはしなかったんだ。
零れたコーヒーはすべて世界地図から拭き取られ、海は塩水に戻った。
でも一度仕事を失ったコーヒー豆農家は戻らない。
翌日、コーヒーの存在は世界から消えた。
2006年12月23日土曜日
ほろ酔いの恋
こんなにコーヒーが好きなのに、すぐに酔ってしまうのだ。
コーヒー酔っ払いになったぼくは、すぐ恋をする。
コーヒーを飲みながら一人で本を読んでいる女の人を見つめてしまう。
見つめているだけでは物足りなくて声をかけてしまう。
映画でも小説でも言わないような台詞を吐いて、手の甲にキスをしてしまう。
驚く彼女の視線を背中に感じながら、ふらつく足元を隠して出来るだけスマートにカフェを去る。
それがいつものパターン。
ぼくがコーヒーを飲み干したら、その時だれかを見つめたままだったら、それは本当の恋のはじまりかもしれない。
2006年12月21日木曜日
真夜中のプール
幼い身体付きだったけれど、夜とコーヒーが彼を大人っぽく演出していた。
私はプールサイドで彼の泳ぎを眺めていた。
クロールを何百メートルか泳いだ後、彼は更衣室に消えた。
プールのコーヒーを掌に掬って飲んでみる。
極甘のコーヒーに、やはりまだ子供なのだと、少し安心した。
2006年12月20日水曜日
視線で味わう
僕は毎朝コーヒーを入れると、アリスの分を取り分け小鍋でぐつぐつと沸かさなければならない。
コーヒーカップの中でなお、熱い泡を立てているコーヒーをアリスは硝子の眼玉で見つめる。
昼前に冷めたコーヒーにそっと口を付けると、コーヒーはなんの味も香りもない茶色い液体になっている。
僕はこうしてアリスの残したコーヒーに口付ける瞬間が一番興奮する。
たぶん、これは彼女の体液だから。
2006年12月18日月曜日
猫製造機
地下の酒場の、そのまた地下に猫製造機はあった。酒を飲む男や女は、製造機の仕事に気付かない。
生産されたばかりの猫は階段をあがり酒場に入り男女の足をかい潜り、さらに階段を昇って、ようやく外にでる。 伸びをする猫の目にネオンと月の区別はまだ付かない。
今夜も酒場の亭主は、苛立たしげに床に散らばったコルク栓を蹴飛ばした。
コルク栓は勢いよく転がり、階段を落ちて猫製造機に吸い込まれた。
猫製造機が大きな音を立てて稼働を始める。
*蛇腹姉妹「猫製造機」のために*
12月16日(土)
マメBOOKSが開催中のCafe FRYING TEAPOTで、蛇腹姉妹のライブが行われました。
演奏の合間に、私の超短編作品を朗読していただきました。
「猫製造機」は蛇腹姉妹のレパートリーである「猫製造機」を聞きながら書き下ろしたものです。
「猫製造機」は今後の蛇腹姉妹のライブでも読んでもらえるそうです。よかったね、猫製造機。(?)
朗読された作品リスト
「ろ」
「幻の酒パビムン」
「なげいて帰った者」
「すれ違い」
「猫製造機」
2006年12月17日日曜日
片恋の疑い
とアイスコーヒーで濡れた彼のズボンを拭きながら自問する。
すぐ隣にいるのに、ワクワクしない。目を見つめてみても、ドキドキしない。ちっとも。さっぱり。まるっきり。
今だって、こうしてふとももを触るなんてことをしているのに、冷めたこと考えている。
それなのに、毎晩のように寝る前に思い浮かぶのは何故?次はいつ会えるかしらと考えるのは何故?
冷たいコーヒーはすっかりズボンに染み込んでしまったのに私はまだハンカチでふとももを撫でている。
2006年12月15日金曜日
せわしない読書
古書店で手に入れた本の多くがコーヒー好きで、私がゆっくりと啜ろうと用意したコーヒーをどんどん横取りしていく。
コーヒーを飲んだ本は何故だかせっかちになり、早く頁をめくれとせがむから
おちおちコーヒーも飲んでいられない。
2006年12月13日水曜日
働くコーヒー豆
独り暮らしの俺にはありえない状況。
コーヒーはカップの中で澄まして湯気を立てていた。
「誰がいれたんだ、このコーヒー」
するとコーヒー豆が瓶の中で大騒ぎしはじめた。
どうもコーヒー豆は、俺のぞんざいな扱いが気に入らなかったらしい。
豆自らいれたコーヒーは、普段の何倍もおいしかった。
2006年12月11日月曜日
コーヒーが冷めたら
猫は老人に懐いてはいたが、老人と朝の語らいをするために喫茶店へ通っているわけではない。
あくまでも、コーヒーを飲むためである。
猫は雪のように白い毛をしている。
その白い姿を褒めたり羨んだりする者は、人にも猫にも大勢いたが、猫は黒い毛皮に憧れていたのだ。
黒い水を飲めば、毛皮も黒く輝くのではないか、と猫は思う。
そんな猫の気持ちを知ってか知らずか、老人は今朝も二杯のモーニングコーヒーを注文する。
ちょうど冷めたころ、白い猫はやってくる。
2006年12月8日金曜日
コーヒーへの道
なんて思ったら、いてもたってもいられなくなり、ニワトリを買ってきた。
毎日コーヒーを飲ませている。エサにはインスタントコーヒーをまぶして与えている。
ひと月くらい経ったころから、少し黄身が茶色くなってきたような気がした。
ふた月くらい経つと、たまご自体が茶色くなってきたような気がした。
み月待つと、ニワトリの羽が茶色くなってきたような気がした。
でも、たまごを割ってもコーヒーは出てこない。
僕は待ちきれなくて、イライラしてくるから、どんどんコーヒーを飲む。
ちょっと胃が痛い。
2006年12月6日水曜日
角砂糖と脱脂綿
膝や肘、あちこちから血を滲ませたまま、僕はソファーでその様子を見ていた。
怪我を消毒してくれる気配はない。鼻唄をうたいながら、のんびりコーヒーの支度をしている。
出来上がったコーヒーは二つのカップと一つの小さなボールに注がれた。
角砂糖と、脱脂綿が運ばれてきた。
そして、ボールに入ったコーヒーに脱脂綿を浸した。コーヒーで、その人は僕のキズを洗いはじめたのだ。
不思議と染みなかった。じんわりと温かく、撫でられているようだった。
ピンセットを持つ長い指をぼんやりと見ながら、僕はコーヒー消毒に身を任せていた。
あの人は本物の魔女だったのかもしれない。
怪我は翌朝起きると、かさぶたさえ残っていなかったから。
憧れのブラック
その姿が渋く決まっていたので、かなり妬けた。
僕はもうすぐ高校生なのに、コーヒーにはたっぷり牛乳と砂糖を入れないと飲めないから。
2006年12月4日月曜日
滲む味
裸でソファーにもたれカフェオレを飲む私を、彼は執拗に舐めまわす。
カフェオレを飲んでいる最中の私は、カフェオレの味がするというのだ。
ジュースやココアやカクテルでも試したのだけれど、ただ「私の味」がするだけだという。
カフェオレだけが、私の肌や粘液を通過してしまうのかしら。
それにしても、いちいちカフェオレを飲ませるなんて「私の味」が不味いと言われているようで、ちょっと癪。
あぁ、もっとカフェオレを飲みたい。でも、立ち上がれない。
空のカップを持つ手に力が入る。
2006年12月3日日曜日
夢、破れる
しかし、どこにあるのか、とんとわからぬ。
各地の図書館で、文献を調べること三十数年。
ようやく珈琲ノ瀧の在りかを見つけたのだ!
私はすっかり年を取ってしまった。だが、幸い足はまだ動く。
珈琲ノ滝は、草原に唐突にあるのだった。
天からコーヒーが注がれているような光景である。
湯気が立ち込め、コーヒーの香りが辺りに漂う。
私は、愛用のコーヒーカップを持ち、滝壷に入っていった。長靴越しにコーヒーの熱さを感じる。
滝の流れにカップを差し出すと、コーヒーカップは強い水圧で粉々に砕け散ってしまった。
2006年12月1日金曜日
今夜は眠れない
彼が「今日はコーヒー風呂にしたよ」と言った時には、冗談だと思った。
バスルームを開け、濃厚なコーヒーの香りと焦げ茶色の湯を見た時には、何の罰ゲームなのかと思った。
足を付けるのをずいぶんためらったけれど
師走の夜、一度裸になったのに湯に入らないのは辛い。
わたしは諦めてコーヒーに身を浸したのだった。
こんなにコーヒーの香りを全身に纏って、今夜は眠れないかもしれない。彼はどうするつもりだろう?
2006年11月30日木曜日
クマの手
はちみつたっぷりのコーヒーが好きだと聞いて
キリマンジャロとアカシアのはちみつとクッキーを用意した。
クマは、とても喜んだ。私も嬉しかった。
クマをもてなすのは初めてだから、ちょっと心配だったのだ。
ただひとつ失敗だったのは、大きくて丈夫なストローを準備していなかったこと。
家にはたくさんストローがあったけれど、どれもクマには小さすぎたし、柔らか過ぎた。
クマははちみつ入りコーヒーを飲むのに36本もストローを使ったのだ。
2006年11月28日火曜日
ブラックコーヒーに落とし物
私の飲んでいたコーヒーを少年は指差した。
「いいけど、これ苦いよ」
私はブラックが好みだ。しかも冷めたのが。
「わかってる」
少年はコーヒーををゴクゴクと飲み、いかにも苦い顔をした。
「ほら、見ろ。苦かったろ」
顔とは裏腹に、戻っていく少年の足取りは軽く、背中はどこか堂々としていた。
返ってきたコーヒーは、甘い桃の香りがした。
切り傷
コートの襟をぐいと合わせて、ただ歩いた。
コーヒーが飲みたいな。
頭の中で呟いたつもりだったのに、大きな声で言っていた。
「じゃあ、喫茶店に入ろう」
と強引に喫茶店へ連れ込まれた。この人は、たぶん私の頬を傷つけた北風だ。あんなに冷たい風が吹いていたのに、窓の外は穏やかに晴れているもの。
ゆっくりコーヒーを飲む北風氏の指に触れてみたかったけれど、指を絡めたらきっと私の指はまた血だらけになってしまう。
だから歩いていたのに。何度傷つけられたら気が済むのだろう。
2006年11月24日金曜日
2006年11月22日水曜日
2006年11月21日火曜日
2006年11月20日月曜日
だれにも見えない
だんだんと沈みゆく夕日に照らされて、塔はアスファルトに影を落とした。 夕日が沈むのと速度を合わせて、塔の影は伸びていく。ぐんぐん伸びて、耳が生え、しっぽが生え、とうとう塔の影は巨大な猫になった。
でもそれは、ほんの一瞬のこと。猫だと気づかれる間もなく日は沈みきって、影猫は消えてしまう。
だれにも見えない、大きな塔と大きな影猫のお話。
++++++++++++++++++
「夕やけだんだん」点字物語2006、出品 天の尺賞&高杉賞受賞
地域雑誌「谷中根津千駄木」86号掲載
イベント「超短編の世界」2008.12.14朗読作
この作品は、視覚障害のある方が点字で音読することを前提に書き下ろしたものです。
2006年11月17日金曜日
2006年11月15日水曜日
俯く理由
僕は近所の公園のベンチで顔を覆って途方に暮れていた。
「どうしたの?」
お向かいの四歳年上のミサちゃんが声を掛けてくれたら、なおさら顔を上げられない。
「ねえ、顔あげて……食べてあげるから」
思いがけない申し出に、僕は思わず顔を上げてしまった。
ミサちゃんは何も聞かなかった。黙々と僕の鼻に生えた人参を食べていた。
僕は少しづつ近付いてくるミサちゃんの形のいい鼻を見ていた。
僕の眉間にミサちゃんの鼻が触れたのと同時に、鼻の穴と穴の間をペロっと舐められた。
「帰ろうか」
人参はなくなったけど、僕はまた顔が上げられない。
2006年11月14日火曜日
2006年11月12日日曜日
2006年11月10日金曜日
お嬢さん、お逃げなさい
友人は鼻息荒く両手に一本ずつバナナを持ち、交互に食べていた。
「ここに来る途中、若い娘に会ったから、歌ったよ。『お嬢さんお逃げなさい』って」
そのお嬢さんに彼の歌はなんと聞こえただろう。
必死の形相でハナナに食らいつく友人の姿が哀しい。
もうすぐ冬眠の季節だ。
2006年11月9日木曜日
2006年11月7日火曜日
2006年11月4日土曜日
2006年11月3日金曜日
2006年11月1日水曜日
鍋奉行
わたしは頭を抱えた。
春菊と夫は、鍋の具を入れる順序やタイミングで喧嘩をしていた。
「わたしはまだ鍋に入るべきではない。時期尚早である」
と春菊は言った。
「鍋奉行に逆らう気か! どうせオレに食べられる運命なのだ。おとなしくしろ」
夫はやや興奮気味に言った。夫が鍋の具とやり合うのは、これが初めてではない。しらたきや白菜とは何度も言い争いをしている。だが、どんな騒ぎになっても春菊だけはいつでも沈黙していたのだ。
「いいえ、いけません」
春菊はきっぱりと言った。
大騒ぎになるのに夫は鍋が好物で、私はこの楽しくない食事に困っている。ちっともおいしくない。
夫は歯向かう春菊に向かってまくし立てながらも箸を休めない。
「あ、頃合いになった」
春菊は、自ら鍋に入った。
威勢よく文句を言い続けていた夫は、呆気ない結末にぽかんとしている。
私は久しぶりに春菊をおいしくいただいた。
2006年10月29日日曜日
2006年10月28日土曜日
2006年10月25日水曜日
2006年10月24日火曜日
2006年10月23日月曜日
キャベツを食べ損ねたレオナルド・ションヴォリ氏
ションヴォリ氏が青虫の数を数えている間に、キャベツは全て青虫たちが平らげてしまった。
2006年10月21日土曜日
2006年10月19日木曜日
2006年10月18日水曜日
まぼろしのブロッコリー
あまりの量のブロッコリーを前に頭を抱えていると
何を嗅ぎ付けたか、ウサギがやってきてブロッコリーをわけてくれという。
好きなだけ持っていきな、と言うとウサギは大きな風呂敷を広げた。
結局、ウサギはほんの一欠けらだけ残して全部持っていった。
残った一欠けらを茹でて食べたら、とても旨かったので、ウサギにくれてやったことを後悔した。
隣のおばあさんにブロッコリー山の場所を聞きにいったが、ブロッコリー山のことも私にブロッコリーをくれたことも覚えていないという。
2006年10月17日火曜日
2006年10月13日金曜日
2006年10月12日木曜日
Apple in the sun
猫はチラと薄目を開けたけど、林檎は気がつかなかったみたい。
鰯雲がおいしそうだったから捕まえた。
後で焼いて猫と一緒に食べよう。
デザートは焼き林檎で。
2006年10月11日水曜日
2006年10月10日火曜日
2006年10月8日日曜日
2006年10月6日金曜日
幽
子猫が箱に近づいて二つの毛糸玉にちょっかいを出すと、それを待っていたかのように二色の毛糸はゆらゆらと立ち昇った。茜と藍は絡み合い、縺れ合い、ほんの一瞬靴下になりかけるが、すぐに解けてへなへなと箱の中に落ちた。
子猫が箱を覗くと、もはや色は抜け薄汚れた羊毛の僅かなかたまりが二つあるだけ。しばらく小さな羊毛たちをつついていたが、満月に照らされた山の風に呼ばれると子猫は消えるように去った。
++++++++++++++
MSGP2006 エクストラマッチ参加作品
2006年10月4日水曜日
2006年10月3日火曜日
Snapdragon
煮物にするはずだったカボチャを背負わせた。
ハロウィンをするのでカボチャが欲しいとウサギが言う。
ランタンにするはずだった小さなカボチャを背負わせた。
ハロウィンをするのでカボチャが欲しいとリスが言う。
花屋で買った小さな小さなペポカボチャを背負わせた。
明日は干しブドウを買いに行かなくては。
スナップドラゴンはハロウィンの時にやるゲームです。
2006年9月29日金曜日
2006年9月28日木曜日
2006年9月26日火曜日
Colorful Rabbit
三色ジャムを近所のウサギに持っていってやる。
翌日見掛けたウサギは、耳が赤くなっていた。その次の日には尻尾が緑になり、三日目には黄色い前足をしていた。
「ごちそうさまでした。本当においしかった」
とウサギは律義に礼を言いに来た。
「言われなくても、わかるよ」
と言うとウサギは身体を見渡し頬を赤らめた。
2006年9月25日月曜日
2006年9月23日土曜日
2006年9月21日木曜日
2006年9月20日水曜日
2006年9月18日月曜日
2006年9月17日日曜日
2006年9月16日土曜日
2006年9月13日水曜日
赤鉛筆が欲しかったレオナルド・ションヴォリ氏
郵便配達人もトマトの収穫時期を消防士に報せる時にしか使わなかったので、赤鉛筆は非常に珍しかった。
ションヴォリ氏は郵便配達人を見掛ける度に捕まえて「赤鉛筆を頂戴」と言ったが、いつも断られていた。
116人目の郵便配達人はションヴォリ氏に問うた。
「きみは、赤鉛筆を何に使うのだ?」
「ほっほーい!イチゴの収穫時期を報せるため」
「よいだろう」
こうしてレオナルド・ションヴォリ氏は赤鉛筆を手に入れた。
2006年9月12日火曜日
雪だるまの天敵、レオナルド・ションヴォリ氏
暑がりのションヴォリ氏はしょっちゅう雪だるまの家に押しかけるので、迷惑がられた。
なにしろ汗をかきかき狭い冷蔵庫に入ってくるレオナルド・ションヴォリ氏のおかげで、さすがの冷蔵庫の温度も上がり、雪だるまは命の危険を感じていたのである。
半分くらいに身体が縮んだ雪だるまに構わず、レオナルド・ションヴォリ氏は冷蔵庫の中で熱いココアを飲むのが大好きだった。
2006年9月11日月曜日
ゾウを鼻で使うレオナルド・ションヴォリ氏
ゾウと遊ぶ時、ションヴォリ氏その少し長めの鼻を引っ張り、連れて歩いた。
ゾウがどれだけ嫌がり踏ん張ってもションヴォリ氏は構わず引っ張る。
ゾウが世代を重ねるごとに鼻は長くなっていく。
ゾウの鼻について、レオナルド・ションヴォリ氏は「ずいぶん持ちやすくなったな」くらいにしか思っていない。
2006年9月9日土曜日
遠い世界を覗いたレオナルド・ションヴォリ氏
望遠鏡を覗くと、望みの遠い世界を見ることができると言われた。
レオナルド・ションヴォリ氏と言えども、若い時分には遠くの世界への憧れがあったのだ。
ある日、偶然望遠鏡を手にした彼は早速それを覗いた。
その中には、今と変わらぬ部屋の中で、ヨボヨボで元気のありあまった老人がいた。
それが遠すぎる未来世界の自分だと、ションヴォリ氏は知らない。
2006年9月7日木曜日
スフィンクスを困らせるレオナルド・ションヴォリ氏
ションヴォリ氏はスフィンクスに「ニッポリ」に行く道を聞かれたが、わからなかったので、家に招きお茶を出し、四時間も喋った。
レオナルド・ションヴォリ氏は未だに「ニッポリ」へ行ったことがない。
2006年9月6日水曜日
毒が通じないレオナルド・ションヴォリ氏
雨が降ると人々はコウモリに頼んで傘に入れてもらわなければならなかった。
傘には蛇の目玉が欠かせないので、入れて貰ったお礼に蛇の目玉をコウモリに贈るのがマナーとされていた。
レオナルド・ションヴォリ氏がコウモリに贈る蛇の目玉は毒蛇のものばかりで、コウモリたちは大層喜んだ。
2006年9月4日月曜日
ビスケットをたくさん食べたいレオナルド・ションヴォリ氏
初老のションヴォリ氏は、ビスケットをたくさん作ろうと、12個のポケットが付いた青色のスーツを作って大喜びしていたが
二つしかない手で12個もポケットは叩けないことに気付いた。
そこで近所の子供たちに頼んでビスケットを作ることにした。
大変素晴らしい思いつきだと喜んだのもつかの間、身体中が青あざだらけになった。
それ以来レオナルド・ションヴォリ氏はその12個のポケットが付いた青いスーツは着ていない。
2006年9月3日日曜日
月を食べるレオナルド・ションヴォリ氏
どうしても月を食べてみたかったションヴォリ氏は、ネズミの羅文と四文に頼んで採って来てもらうことにした。
二匹のネズミが採ってきた月は小指の爪ほどしかなかったが、
それを食べたせいでションヴォリ氏と二匹のネズミが、とんでもなく長寿になってしまったことを、レオナルド・ションヴォリ氏はご存じない。
2006年9月2日土曜日
スズムシに鈴をやるレオナルド・ションヴォリ氏
スズムシに鈴を背負わせることは、子供の仕事だった。
ションヴォリ氏はスズムシを整列させて、一匹ずつ鈴を渡した。
「1539726…1539727…」
レオナルド・ションヴォリ氏が数を数えずにはいられないのは、スズムシと鈴のせいである。
2006年9月1日金曜日
空を泳ぐヒツジを捕まえるレオナルド・ションヴォリ氏
人々は秋になると、空を泳ぐヒツジ雲を捕まえ
その毛でセーターを編み、影は羊羹にして冬に備えた。
初老のレオナルド・ションヴォリ氏は、目敏く色付きのヒツジ雲を捕まえて緑や赤や青のセーターと緑や赤や青の羊羹をこしらえた。
2006年8月31日木曜日
大根も脱帽
ボタンのように小っちゃな顔したダッタンのおっさんは、見栄を張ってでっかいカツラをかぶる。
ご満悦なダッタンのおっさんは脱兎の如くダッシュした。
There was an Old Person of Dutton,
Whose head was as small as a button,
So, to make it look big,
He purchased a wig,
And rapidly rushed about Dutton.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2006年8月27日日曜日
お辞儀に怖じ気付く
超高速で回転し地面に沈下するおばちゃまを見たチャートシーの人々は、チャーハンも喉を通りません。
There was an Old Lady of Chertsey,
Who made a remarkable curtsey;
She twirled round and round,
Till she sunk underground,
Which distressed all the people of Chertsey.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年8月26日土曜日
七才の夏
林に入ると真夏の日差しはことごとく遮られ、寒気がするほど暗かった。
「尻の青い者よ、何しに来た」
振り向いても誰もいない。
「下だ。尻の青い者」
見ると、夥しい数の蟻が足を這っていた。膝上まで蟻で埋め尽くされた足を見て声にならない叫び声を上げると、林全体が震えた。
大量の甲虫がこちらに向かって飛んで来る。今朝方、捕れなかった甲虫を、もう一度探したくてここに入ったというのに。
「なんと間抜けな子供だ」と甲虫は嘲笑った。
「僕は甘くない」
掠れる声で辛うじて言うと蟻も甲虫も一斉に笑った。
「またとない馳走だよ、お前のように、のうのうと入ってくる子供は。どんな樹液より、甘露だ」
甲虫が低い声で言う。
「やめぃ」
と声がして目の前に大きな蜘蛛が現れた。袈裟を着た蜘蛛に蟻も甲虫も動きを止めた。
「この子は寿朗の孫だろう、堪忍してやりなさい」
来た道を戻るように、と蜘蛛の坊さんは言った。坊さんの八本の手はあちこちを指したから、来た道はそれきりわからなくなった。
2006年8月24日木曜日
ハヤシライスのプライド
プラハの老いぼれが流行り病を発病してふらふらしている。ハヤシライスを与えたら、早口言葉を喚いて逸り立った。これで早々と快復したプラハの老いぼれ。
There was an Old Person of Prague,
Who was suddenly seized with the Plague;
But they gave his some butter,
Which caused him to mutter,
And cured that Old Person of Prague.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年8月22日火曜日
うまずたゆまず
髭爺さんが馬の尻に馬乗りすれば、馬は跳ね上がり爺さんは悲劇。
卑下する髭爺さんは「うまくいくさ、おまえの私利は尻上がり 」と尻を叩かれた。
There was an Old Man with a beard,
Who sat on a horse when he reared;
But they said, "Never mind!
You will fall off behind,
You propitious Old Man with a beard!"
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年8月21日月曜日
琴線に触れる金銭
気儘なキルケニー貴族。
There was an Old Man of Kilkenny,
Who never had more than a penny;
He spent all that money,
In onions and honey,
That wayward Old Man of Kilkenny.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年8月19日土曜日
ふらりとフランスへ
トルコからフランスまでなら徒歩で一歩。
超越なコブレンツの年寄り。
There was an Old Man of Coblenz,
The length of whose legs was immense;
He went with one prance
From Turkey to France,
That surprising Old Man of Coblenz.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年8月18日金曜日
ひもじいライダー
のろまと痘痕に器用に跨がり、ライドの路地を今日も乗り回す。
There was a Young Lady of Ryde,
Whose shoe-strings were seldom untied.
She purchased some clogs,
And some small spotted dogs,
And frequently walked about Ryde.
エドワード・リア「ナンセンスの絵本」より
2006年8月14日月曜日
ドラキュラを歓迎するレオナルド・ションヴォリ氏
ドラキュラがやってきた時、ションヴォリ氏はニンニクを176個使った料理でもてなした。
ドラキュラはそれ以来、ニンニクが嫌いである。
2006年8月13日日曜日
2006年8月12日土曜日
2006年8月10日木曜日
子供に捕まった月の話
「やい、子供。こんな時間に網なんぞ持ってどうするつもりだ」
子供は夜空を見上げて答える。
「お月さんを捕るんだ」
月は苦笑する。こんな子供に捕まっては堪らない。
「こんな網では月は捕まらない。月を捕まえるのは、事前の準備とコツがいる」
「おじさん、それ、全部教えて!」
月は、メモを取る子供に延々ニ時間質問攻めに合った。
おまけにジンジャーエールを二本も驕ったのだった。
*網*
2006年8月9日水曜日
2006年8月5日土曜日
2006年8月4日金曜日
2006年8月2日水曜日
2006年7月31日月曜日
2006年7月30日日曜日
2006年7月29日土曜日
雑巾を巡る旅
姉の雑巾は、いつの間にかあちこちで使われていた。どのような経緯で人様に渡ったのか今となってはわからないが、全国どこに行っても姉の雑巾を見つけた。汚れもよく落ち、丈夫で長持ちすると必ず言われる。誇らしげに教えてくださる雑巾の持ち主に、私は苦笑を隠せない。
実際長持ちするのだ、20年も使い続ける雑巾がどこにあるのか。
一針づつに失恋の痛みと怨みを込め続けた姉さん。あなたは一体いくつの恋をしてきたんだ?
五十ニ枚目の雑巾を手、天に問い掛ける。
*縫*
2006年7月27日木曜日
切れるもの
「歩けん」
彼はしゃがみこんで、私の左足に顔を近づけた。
「血が出てる」
「だから歩けない。痛い」
本当はそれほど痛くなかった。負ぶってくれやしないかと、少し期待している。
だけど彼は、親指と人差し指の間をペロペロと舐めだした。
なんだか彼の頭を殴りたくなった。殴ってやろうかどうしようか、考えているうちに、足の傷はすっかり治ってしまった。
私の足が治ると、今度は下駄を舐めだした。切れた鼻緒もペロペロと舐めて、すっかり直してしまった。おまえの涎は何で出来ているのだ。
「汗と血の味がした」
ニヤリと笑う。今度こそ本気で殴りたい。
*緒*
2006年7月24日月曜日
2006年7月22日土曜日
2006年7月20日木曜日
雨を降らせに行く娘
「雨が降らないから、ちょっと行ってくる」
どこに行くのか、いつ帰るのか、学校はどうするのか、誘拐されやしないか。引き留めも聞かずに呆気なく出て行った。一人娘が戯言を言ってリュックも背負わず出て行って、私はこれ以上ないくらいに動揺した。
雨が降った翌日には必ず帰ってくるとわかってからは、ずいぶん気楽に送り出せるようになった。
「ねぇ、どうやって雨を降らすの?」
と眠っている娘に聞いてみた。起きている時には絶対に教えてくれないから。
「雲を絞るんだ。雑巾みたいに」
そういえば、雨を降らせて帰ってきた娘の手のひらはいつも真っ赤だ。
今年の大掃除は、拭き掃除をやらせよう。
*絞*
2006年7月19日水曜日
2006年7月18日火曜日
2006年7月14日金曜日
2006年7月11日火曜日
2006年7月10日月曜日
2006年7月8日土曜日
2006年7月7日金曜日
絹
おきぬさんはずいぶん年寄りなのに、穏やかな顔をしているのを見たことがない。厳しくて鋭い顔、油断のない顔だった。わたしの周りにいた他のお年寄りたちは、もっと優しかったし温かかったのに。
「どうだい? この服いいだろう?絹で出来てるからね、上等で綺麗でしょう? あんたにわかるかねぇ」と服を自慢する時でさえ、おきぬさんの目付きは険しかった。
その理由がわかったのはおきぬさんが死んだ時だった。おきぬさんが息を引き取ると、寝間着はたちまち蚕になった。蚕がおきぬさんの身体を這い回っていた。
蚕は時間が経つごとに増えていき、火葬の時には棺の蓋が持ち上がるほどだった。
「おきぬさんはね、お洒落で絹を着ていたんだけど、蚕の命も一緒に着ていたんだよね。絹を着るのは辛いって一度だけ言ってたよ」
と、おきぬさんの姪にあたるという人が教えてくれた。
そこまでして絹を着続けたおきぬさんの気持ちを、わたしはまだわかりそうにない。
*絹*
2006年7月5日水曜日
2006年7月4日火曜日
2006年7月3日月曜日
2006年7月2日日曜日
2006年6月30日金曜日
黒猫が指輪を食べた話
だが、生まれた時からそんな色をしていたわけではない。元々はくすんだグレーの目をしていた。
黒猫がまだ子供の時、指輪を見つけた。大きなエメラルドがついていた。
黒猫は、エメラルドが気に入った。自分に似合うだろうと思った。
「それで、飲みこんじゃったの? ヌバタマ」
少女は驚き呆れる。
〔おいしかった。キナリも食べるといい〕
黒猫の瞳を緑色に変えたエメラルドの指輪は今、少女のポケットに入っている。
2006年6月27日火曜日
2006年6月26日月曜日
2006年6月24日土曜日
2006年6月23日金曜日
2006年6月21日水曜日
2006年6月19日月曜日
ソーダ
どんな触り心地だろう、どんな匂いだろう、ずっと眺めていたい。
「少しその毛を分けてはくれないか?」
気付くと掠れた声で言っていた。
我ながら信じられない頼み事である。気味の悪い依頼に、娘は顔色一つ変えなかった。
娘はぐっと髪から毛束を握り取り、鋏でジョキジョキと切った。
「そんなにたくさんでなくてもいいのに」
と言いおうとしたが、娘が鋏を動かす光景に見とれて声が出ない。
差し出された髪の毛を受け取ろうと伸ばす手が震える。
私の手の平に載った群青色の毛は、シュワシュワと泡を立てて溶けた。
私は慌てて手の平を舐める。
2006年6月18日日曜日
2006年6月12日月曜日
指輪が香る
「アメジスト?」
と呟くと、それはいっそう輝いた。
「なぜ、こんなところに?」
と聞くが、さすがにそれには答えない。
私は葡萄の種だったアメジストを水で洗った。
洗っても洗っても葡萄の香りは消えなかった。
アメジストは指輪にした。私の手が動くとアメジストが香る。
レジでお金を払えば、店員は不思議な顔した。
子供は喜んだ。「ブドウのにおいだ」
恋人は唇にキスしなくなった。
犬のように私の手を舐め回す恋人を見下ろしながら考えた。
指輪ではなくネックレスにすればよかったかしら、
それともピアスにすればよかったかも。
悔しいので指輪を唇で挟んでキスをねだる。
葡萄の香りが鼻腔を擽る。
いつのまにか私は夢中で指輪をしゃぶっていた。
緑の傘
「どうして傘を差してるのさ?こんなにいい天気なのに」
と若者に問われて、老人は皺をさらに深くして笑った。
次の春、老人はすでにこの世にはいない。だが、老人の歩いた道には色とりどりの花が咲いている。老人の歩みそのままに、小さな花がぽつりぽつり。
花が途切れたところに、老人が差していた緑の傘はあった。柄には札が付いている。
「あなたの最期の花道、作ります」
********************
500文字の心臓 第59回タイトル競作投稿作
2006年6月11日日曜日
2006年6月10日土曜日
2006年6月7日水曜日
口封じ
とヘマタイトは言った。地球上の鉱物のくせに何をおっしゃる。
「ヘマタ・イトはヘ・マタイト系第三惑星で、ヘマタ・イトを構成するのがヘマタイ・ト……」
ヘマタイトは私の手に弄ばれながらも、延々と喋っている。
黒光りしてすべすべしたヘマタイトは、重みがあり手の中で転がすのが、楽しい。
「神のヘマタイトから数えて私は2396代目、正真正銘の由緒正しいヘマタイトの血が……」
血なんか流れてないだろう、鉱物なんだから。
私はおしゃべりなヘマタイトに飽きてきた。
赤い油性ペンでヘマタイトに唇を描いた。そこに口紅を塗ってやった。
おかげで、鉱物とは思えないおしゃべりなヘマタイトはすっかり黙ったけれど赤い唇を輝かせるヘマタイトはやっぱり鉱物らしくない。
2006年6月1日木曜日
2006年5月30日火曜日
2006年5月28日日曜日
2006年5月27日土曜日
2006年5月24日水曜日
オレンジの雫
と僕は彼女に言った。
たいしたお金もないのに、僕らは隣町まで歩いてきた。学校の制服のままで。
彼女はまっすぐ前を見て歩き続ける。
僕はその横顔を時々見たり、繋いだ手に力を込めてみたけれど
やっぱり彼女は前を見たままだ。
たぶんよくて数日だ、この駆け落ちの真似事は。そう、僕たちは真似事の駆け落ちしかできない。
そんなことは彼女もわかってるはずだ。でも彼女の手は熱い。
「あきちゃん。おれ、喉渇いたよ」
もう一度言うと、学校を出てから初めて彼女がこちらを見た。初めて見る、強い瞳で。
僕は近くにあった公園のベンチに座らされた。
「かずくん、上向いて、口開けて」
僕がその通りにすると、彼女は胸元から僕がプレゼントしたペンダントを引っ張りだした。
安物だけど、シトリンという宝石がついている。
僕の開いた口の上でペンダントが揺れる。
彼女は涙を流しだした。
「え? なんで泣くの?!」
「だめ、口開けてて。こぼれちゃう」
ペンダントからオレンジジュースが落ちてきて僕の喉を潤した。
彼女は涙を流しながら、やっぱり前を見つめている。
2006年5月23日火曜日
2006年5月20日土曜日
2006年5月18日木曜日
煙の瞳
店の出窓に外を眺めるように置いてある人形を僕は必ず一瞥する。
立ち止まることは出来ない。
同級生か誰かに、人形を見つめていることが見つかるのは、困る。
彼女の瞳はスモーキークォーツで出来ていた。
小学生の時、買い物帰りにその店の前を通った時、母が言ったのだ。
それからだ、その人形が気になるようになったのは。
物憂げでどこを見ているのかわからない、そんな瞳に僕は一瞬激しく吸い込まれる。目が合ってもいないのに。
夜十時、塾の帰り。いつもきっちりカーテンが閉まっている古道具屋の窓が、開いている。
今なら人通りも少ない、友達に会う心配もない。
僕は初めて人形の前で立ち止まる。
〔この娘が好きなんだろ?〕
野良猫が言う。
「まだ目が合ったこともないんだ」
〔なら、起こしてやるよ〕
猫はひょいと窓に飛び乗ると、彼女の陶の頬を舐めた。
彼女の煙った瞳が輝きだした。
「コンバンハ」
2006年5月16日火曜日
2006年5月13日土曜日
猫の指輪
長くて発音しにくいからジャス、と呼んでいた。
ジャスは物心ついたころにはおばあさん猫だった。
お気に入りのクッションにグテっと寝そべっているか、よろよろと歩いているか。
時々朱い目でこちらを見て愛想を言った。
忘れもしない小学二年の五月十三日、朝起きるとジャスはいなくなっていた。
父は、死に場所を求めて出て行ったのだと言った。
よくわからないかったけど父がそう言うのだから、そうなのだろう、と考えることにした。
ジャスのお気に入りだったクッションに、
レッドジャスパーの石がついた指輪が置かれていたのは、
ジャスが出て行ってから五十日後のことである。
私の手はあれからずいぶん大きくなったが、
いつも指輪は左手の人差し指にぴったりと嵌まる。
2006年5月11日木曜日
ペンギンキャンディ
とペンギンが差し出したのは、黄色い大きな飴玉……ではなくて宝石だった。名前はわからないけど。
「これは飴玉ではない。石だ」
と僕はペンギンに告げる。
〔これは人間の飴玉ではない。イエローカルセドニーだ〕
なんだよ、ペンギンのくせに石の名前知ってるのか。
〔これは人間の飴玉ではない。ペンギンの飴玉だ〕
ペンギンはポンと石を放り投げるとクチバシで捕まえた。
「ペンギンの飴玉?どんな味なんだ?」
〔パイナップル〕
ペンギンがパイナップルの味を知っているとは、信じられないけど。
〔そして空を飛ぶ〕
ペンギンはすごい勢いで飛んでいった。
「夕飯には帰ってこいよー!」
2006年5月10日水曜日
2006年5月9日火曜日
2006年5月6日土曜日
2006年5月5日金曜日
2006年5月4日木曜日
旅はウヰスキーボトルで
慣れるまでは大変だった。船酔いならぬ、壜酔いだね。でも今は快適だ。海は美しいよ。キミも一緒にどう?」
わたしが浜辺で拾った壜の中には、男の子が入っていた。
彼は、わたしが誘いに乗らないと悟ると、まだ旅の途中だから海に戻してくれ、と言った。
わたしは、壜を波に乗せた。あっという間に壜は見えなくなった。
あ、どうやって壜の中に入ったのか、聞くの忘れた。
2006年5月3日水曜日
2006年5月1日月曜日
罵詈無言
「唖か?」
と聞かれて
「莫迦!」
とひと言答えた。
黙殺されたパルマの令嬢。
There was a Young Lady of Parma,
Whose conduct grew calmer and calmer;
When they said, 'Are you dumb?'
She merely said, 'Hum!'
That provoking Young Lady of Parma.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
富士山
頂上に着いたのは真夜中だった。朝を待つつもりでいた。日本一の頂でたった一人で夜を過ごすのは、おそろしく素敵だ。そう思いながらしゃがみ込み、近すぎる夜空を眺めていると
「あーん」
としわがれた声が聞こえた。
「あーん」
また声がする。私は懐中電灯を片手に声のする方へ向かった。
「あの、何しているんですか?」
「おや! 見つかってしまったねぇ」
こちらに振り向いた顔はしわくちゃに笑っていた。こんなに腰の曲がった老婆が、どうやって富士山頂まで登ってきたのだろう。
「食いしん坊なのよ、この子は」
老婆は、火口に人参を投げ込んだ。
「富士山が、食いしん坊……」
「そうだよ、ほかに誰がいる?」
と言いながら、今度はじゃがいもを投げている。
「ぼくも、なにかあげてもいいですか」
「あぁ、いいとも。喜ぶよ」
私はポケットに入れてあったチョコレートを一粒、火口に向けて投げた。
富士山が言った「おいしい」という声は、四十年経った今も鮮明に覚えている。
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500文字の心臓 第58回タイトル競作投稿作
△2
2006年4月28日金曜日
2006年4月26日水曜日
苦労する梟
彼は柵に座り、毒づきながら苦い麦酒を飲み干す。
それですっかりさわやかになった老人と梟。
There was an Old Man with a owl,
Who continued to bother and howl;
He sat on a rail
And imbibed bitter ale,
Which refreshed that Old Man and his owl.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より
2006年4月24日月曜日
永久の休暇
そこでアゴと鼻を軸にして、老人を急速回転してみたら、無事変人老人は急死した。
There was an Old Man of the West,
Who never could get any rest;
So they set him to spin
On his nose and chin,
Which cured that Old Man of the West.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より
2006年4月23日日曜日
2006年4月21日金曜日
ノミの心臓
「痒くてたまらん!」
鑿を差し出されて足のみならず心もほじくり返されて飲み潰れたディー川のジィサン。
There was an Old Man of the Dee,
Who was sadly annoyed by a flea;
When he said, 'I will scratch it,'
They gave him a hatchet,
Which grieved that Old Man of the Dee.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫より
2006年4月19日水曜日
眼球
僕の眼球は小さかったので、手や板っ切れを使ってピンポンをした。
キャッチボールにはヨシオの左目が重宝した。
サッカーをしたい時には、アキラの眼球を使った。
アキラはとても嫌がったけれども、頼み込んで右目を借りた。
右目を外してがらんどうになったアキラの大きな眼窩をそこにいるべき眼球を胸に抱えながら覗くと、僕はいつも小便がしたくなった。
慌て茂みを探して、アキラの眼球を傍らに置いて、その視線を感じながら立ち小便をした。
外した眼球が見る風景は、アキラには見えない。
でもそれは、紛れも無くアキラの視線だった。
小便を終えた僕は、わざと勢いよく眼球を蹴った。
今も時々、眼球を外してみる。
ピンポンをした跡が微かに残っている。
アキラの眼球にも、僕の足跡がまだ付いているのだろうか。
2006年4月16日日曜日
2006年4月14日金曜日
ウサギの憂さ晴らし
There was an Old Person whose habits,
Induced him to feed upon rabbits;
When he'd eaten eighteen,
He turned perfectly green,
Upon which he relinquished those habits.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年4月13日木曜日
2006年4月11日火曜日
四月十一日 消える言葉
落書きというのは、猥褻な言葉が書いてあることが多いものだ。
そのわりに、ちっともそそらない。
落書きを消すための、この除光液の匂いのほうが、ずっとクラクラする。
鼻先と爪先
そこで彼女は花持ちの婆さんに鼻を担がせることにした。
鼻持ちならない長鼻のお嬢さん。
There was a Young Lady whose nose,
Was so long that it reached to her toes;
So she hired an Old Lady,
Whose conduct was steady,
To carry that wonderful nose.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年4月10日月曜日
蝿を蝕む
There was a Young Lady of Troy,
Whom several large flies did annoy;
Some she killed with a thump,
Some she drowned at the pump,
And some she took with her to Troy.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年4月9日日曜日
2006年4月6日木曜日
2006年4月1日土曜日
絶品のあご
自慢の顎をさらに鋭く磨き上げて
チントンシャンとハープを顎で弾きました。
There was a Young Lady whose chin,
Resembled the point of a pin;
So she had it made sharp,
And purchased a harp,
And played several tunes with her chin.
エドワード・リア「ナンセンスの絵本」より
2006年3月29日水曜日
2006年3月28日火曜日
炙るなら炭で
娘は猫を奪い取り「ババア! 炙るならこっちだ」と反撃した。
フキョウワオーンと猫が鳴く。
There was a Young Person of Smyrna,
Whose Grandmother threatened to burn her;
But she seized on the cat,
And said, 'Granny, burn that!
You incongruous Old Woman of Smyrna!'
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月27日月曜日
耳年増な驢馬
驢馬の長い耳が彼のトラウマを増長し、マドラスの男は逝ってしまった。
There was an Old Man of Madras,
Who rode on a creamーcolored Ass;
But the length of its ears
So promoted his fears,
That it killed that OldMan of Madras.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月26日日曜日
気配りする鼻
夜の帳が降り、鳥たちが飛び立つと、ご老体とその鼻は、ようやく一息つくのである。
There was an Old Man on whose nose
Most birds of the air could repose;
But they all flew away
At the closing of day,
Which relieved that OldMan and his nose.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月23日木曜日
交渉
兎はコーヒーを飲みながら言った。
「極めて難しい。だが、不可能ではない」
不可能ではない、と言った時に長い耳がぴくりと動くのを、私は見逃さなかった。
私は神妙な面持ちを作って「よろしくお願いします」と頭を下げた。
兎は今度こそ、耳を動かして
「コーヒーをもう一杯頂こう。ブラックで。うまいコーヒーを出す依頼人に弱いんだ、私は」
2006年3月21日火曜日
ナイルに流れる爪
「やすりで研ぐとこんなに鋭くなるのだ」
とナイルの爺さんネイルのない手で語る。
There was an Old Man of the Nile,
Who sharpened his nails with a file,
Till he cut out his thumbs,
And said calmly, 'This comes
Of sharpening one's nails with a file!'
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月19日日曜日
当然のトゲ
ヒイラギに腰掛け、トゲに引っ掛け、ドレスを引き千切った。
急転、彼女は落胆する。
There was an Old Lady whose folly,
Induced her to sit on a holly;
Whereon by a thorn,
Her dress being torn,
She quickly became melancholy.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月18日土曜日
モノクロームはレモン
と、マモルは言った。マコトは首を傾げる。
マコトは父から譲り受けた古いカメラを持ち歩いている。フィルムは自動巻きではないし、ピントも合わせなければならない。いつのまにか現像も自分でやるようになった。手間はかかるが、その手間がマコトには面白い。
ほとんどの被写体はマモルだ。街中で撮ることもあるが、裸になってもらうことも多い。マモルは自身の全裸姿の写真を何のためらいもなくめくりながら、カメレオンみたい、と言っている。
「カメラがカメレオン?ダジャレか?」
マコトが問う。
「カメレオン。マコトのカメラで撮った、わたしの身体。一枚づつ色が違う。だからカメレオン」
マコトの撮った写真は、モノクロだ。
「これは、赤い。これは、青い。これは緑だし、これは黄色」
「ぼくには、わからないよ」
「鈍感だなあ。自分で撮ったくせに、わからないの?」
じゃあ今から撮ってよ、とマモルは言いながら服を脱ぐ。裸になったマモルは、カメラを向けるとスッと近付いてきてレンズをぺろりと舐めた。
「撮って」
ぺろり・カシャリ、またぺろり・カシャリ。
「なんで、舐めるの?」
「レンズってすっぱいんだね。すっぱくて、おいしい」
ファインダーを覗くマコトの視界いっぱいに、マモルの舌が素早くうごめいて去っていく。
出来上がった写真の中のマモルの肢体には、淡い色の靄がかかっていた。これは桜色、こっちは山吹色、それは菫色……。
「ほらね、わたしの言った通りでしょう?」
「舐めたから、色が出たのか?」
「さあ、どうかな。すっぱいレンズ、おいしかったし」
「マモル」
「なに?」
「舐めて」
マモルは笑いながら、あかんべえをした。
++++++++++++
千文字世界「禁断の果実」投稿作
砂漠で眼玉を拾いました。
新しい右眼は、とてもよく見えた。
シャボン玉を吐き出して走る汽車とか、膨らみ続けて破裂したペンギンが見えました。
僕はあちこち飛んで見てまわることにしました。頭にプロペラを載せてね。
右眼は、もっと素敵なものを見たがっていたんだもの。
放射能に汚染された牛や、くしゃみする入れ歯は親切でした。
ムンクはいつでも叫んでいるし、鳥の羽の木は温かい。
「なかなか見物だった」
「きみのおかげさ」
そんなこんなで、右眼は砂漠に帰っていきました。僕は公園の石像になりました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
佐々木マキ「輕氣劇、砂漠の眼玉」1970年をモチーフに
2006年3月15日水曜日
快適な髭
「なんたる悲劇だ。夜更かし中年と早起き熟女、悪戯小僧が四人と若い娘、みんなおれの髭の中に居座っちまった」
There was an Old Man with a beard,
Who said, 'It is just as I feared!
Two Owls and a Hen,
Four Larks and a Wren,
Have all built their nests in my beard!'
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年3月14日火曜日
禁断の果実
階段に座り込んでまで、林檎チャンやら梨子チャンにむしゃぶりつく。
どこまで往生際が悪いのだ、このチリの爺さんは。
There was an Old Man of Chili,
Whose conduct was painful and silly,
He sate on the stairs,
Eating apples and pears,
That imprudent Old Person of Chili.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年3月12日日曜日
2006年3月9日木曜日
ゴキブリの断末魔
だが、老人は「串刺しの刑を執行する!」
ケベックの老人は語気が荒い。
There was an Old Man of Quebec,—
A beetle ran over his neck;
But he cried, "With a needle I'll slay you, O beadle!"
That angry Old Man of Quebec.
2006年3月7日火曜日
2006年3月6日月曜日
2006年3月5日日曜日
2006年3月4日土曜日
満足なクジラ
獲物にウインク、「九時だ!」と叫び、潮を吹いたウェールズの娘。
There was a young lady of Wales,
Who caught a large Fish without scales;
When she lifted her hook,
She exclaimed,"Only look!"
That ecstatic Young Lady of Wales.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年3月3日金曜日
短くなった舌
長い舌もついでに飲み込み、咽喉を詰まらせた熱帯のじいさん。
There was an Old Man of the South,
Who had an immoderate mouth;
But in swallowing a dish,
That was quite full of fish,
He was choked, that Old Man of the South.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より
2006年2月28日火曜日
酸素補給
至急、気球を製作した。
危急存亡、ハーグの老発明家、直ちに帰休せよ。
The was an Old Man of the Hague,
Whose ideas were excessively vague;
He built a balloon
To examine the moon
That deluded Old Man ofthe Hague.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月27日月曜日
2006年2月23日木曜日
デートのお誘い
「遊びに行きましょう?」
「かわいいお嬢さん」
学校帰り、目の前に三つの手が伸びてきた。顔を上げればおじいさんとおじさんとお兄さん。そっくりの笑顔が私を見つめている。
「おじいちゃん、彼女は僕が先に」
「息子よ、お前はまだ若い。先がある」
「老いぼれが一番安全ですぞ?お嬢さん」
私は三人の顔を代わる代わる見るしかできない。
「伜よ、お嬢さんが困っているではないか!」
「誰がお好みですか?」
「おっさんは置いて、僕と行こうよ」
私は堪らなくなって吹出した。
「みんな一緒に!」
そして、おじいさんと右手を繋いで、おじさんと左手を繋いで、お兄さんに荷物を持たせて遊園地に行ったの。お兄さんはちょっとご機嫌ななめだったけど!
《Accordeon》
2006年2月21日火曜日
醤油の呪い
匙でしゃぶれば、月は十六夜。
トロイの眺望は正直、酷い。
There was an Old Person of Troy.
Whose drink was warm brandy and soy,
Which he took with a spoon,
By the light of the moon,
In sight of the city of Troy.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月20日月曜日
陽気に羊羹
寝てはならんと、夜通し羊羹を食わされた。
ランスのご老人は乱痴気騒ぎ。
There was an Old Person of Rheims.
Who was troubled with horrible dreams;
So to keep him awake
They fed him with cake,
Which amused that Old Person of Rheims.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月19日日曜日
惚けたベロ
神が降ったか、プラハのオババ。
There was an Old Lady of Prague,
Whose language was horribly vague;
When they said,"Are these caps?"
She answered"Perhaps!"
That oracular Lady of Prague.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月18日土曜日
万事休す
二つの身体は、強力ボンドで粘着修理を施され、たちまち快復した。
粘り強い、このネパールの老人に万々歳。
There was an old man of Nepaul,
From his horse had a terrible fall;
But,though split quite in two,
With some very strong glue
They mended that man of Nepaul.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月17日金曜日
果敢な春
乙女は鋤を突き付け、雄牛に告げる。
「あなた、隙だらけよ?」
童貞の雄牛は動転して失禁。
There was a young lady of Hull.
Who was chased by a virulent Bull;
But she seized on a spade,
And called out,"Who's afraid?"
Which distracted that virulent Bull.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2006年2月16日木曜日
栄養
しゃれこうべは出来の悪いテストや、エロ本やアダルトビデオ、出せなかったラブレターや、ネコババしたマンガを食べて暮らしていた。どれも家族にも友達にも見せられないものばかりだ。
しゃれこうべは、食べた物から知識を得たらしい。僕が押し入れを開けるたび
「前から好きでした!」
「関係代名詞!」
「きみのことが頭から離れない!」
「もっと!」
「古今和歌集!」
「濡れた!」
「じっちゃんの名にかけて!」「禁断エロス!」
などと顎関節をガクガクさせながら叫んだ。叫ぶのを止めさせようとして、何度も手を噛まれた。
しかし、最近は元気がない。叫び声にも張りがない。食べ物がなくなってきたのだ。
ラブレターなど書かなくなったし、こそこそとエロ本を見ることも少なくなった。テストなんか、何年も受けていない。
僕は、しゃれこうべの栄養のために秘密を作らなければならない。浮気でもしてみようか?そんなことでは、弱ったしゃれこうべには物足りないかもしれない。
もっと、栄養の付くものを。もっと飛び切りの秘密を。
まずは出刃包丁を買いにいこう。そのうちに押し入れのしゃれこうべは二人になるはずだ。
2006年2月15日水曜日
☆
「……はゆらむ」
☆はにっこりと瞬いた。たぶんあの☆には既に誰かが付けた名前があるだろう。
図鑑で調べればわかるはずだ。
でもそれは問題じゃない。わたしにとっても、はゆらむにとっても。
はゆらむは赤っぽく光る時も青っぽく光る時もあった。
赤っぽく光ればドキドキしたし、青っぽく光ればうっとりした。
曇った晩には会えないのが淋しい。雨の晩のほうがいくらかマシだ。
傘が空を隠すから。
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500文字の心臓 第55回タイトル競作投稿作
○2△1×1
2006年2月13日月曜日
美の探求
先月、はじめての誕生日に父から贈られたその木の塊は
「積み木」と呼ぶらしいが私はまだ正確に発音が出来ない。
私は積み木の感触、木目、匂いを目や手や舌で存分に味わう。
特に木目を撫でていると吸い込まれそうな感じがする。
よく観察した後で床に置く。積み木の指示に従って向きや位置を調節する。
そうやって一つづつ、並べ重ねていく。
積み木の注文は細かいので、なかなか完成しないが
その甲斐あって、出来上がりは見事なものになる。
造形はもちろん、輝き・木目・影……すべてに均整が取れたすばらしさ。
ああ、この美しさを言葉にできないもどかしさよ!
「言葉を獲得した頃には、その美しさを忘れているよ」と積み木は言うが、本当だろうか。
そんな思索も母の一声で台なしになる。
「お片付けしましょうね」
《Oboe》
2006年2月11日土曜日
2006年2月9日木曜日
友からの手紙
もっとも君は、私がこの絵の中の婦人と話していることのほうが驚くだろうけれど。
彼女の声は、どこまでも美しいが、時折動けないことを嘆き震えた。
友よ、私はどうしたと思う?
絵画に手を差し入れて、婦人を引っ張りだそうとしたのだ。……私は婦人に恋をしていた。
存外、簡単に手は入った。肘も入った。けれども、何も触れるものがない。
「もっと奥よ」と彼女が言うので、私は目一杯腕を伸ばして、中を探った。動かせるだけ動かした。
「ありがとう、もういいわ……」と涙声が聞こえて、私は仕方なく手を抜いた。
絵の中に彼女はいなかった。何が描いてあるのか、わからなくなっていた。私が目茶苦茶に手を動かしたから、絵が掻き混ぜられたのだと理解した。
その証拠に私の腕は、絵の具で塗れていた。
私は己の手で、愛しい人を消してしまったのだ。……一度も触れることなく!
《Lute》
2006年2月8日水曜日
2006年2月6日月曜日
Rendezvous
ほら、ご覧!錨のマークもスウィングしてるよ。
よしな、あの娘は他の野郎は目に留まらないんだ。
妬けるねぇ、まったく。
《Cornet》
2006年2月5日日曜日
2006年2月3日金曜日
2006年2月2日木曜日
2006年1月31日火曜日
ハンバーガーとコーラとポテト
お下げ頭にキャップをかぶっている。きっと高校生だ。
「クヤエキュ?」
「え?」
「クヤエキュ?」
ぼくは彼女の顔をまじまじと見た。別にバカでもなさそうだ。
それどころか、かなりの美人だ、というかオレのタイプかもしれない。
「ハンバーガーと…コーラと、ポテト」
「スエアッケ、バムメ、ッメオイウ」
と言うと彼女は楽しそうに鼻歌を歌いながら厨房に引っ込んだ。
オレは外国にでも来たのだろうか?
家から四分のハンバーガーショップに来たつもりなのだけど。
そんなに頻繁ではないけれど、何度も来たことがあるハンバーガーショップに。
ほどなく、彼女はきちんとハンバーガーとコーラとポテトをトレーに載せて戻ってきた。
「ゥッベッキュ」
値段はレジに出るので分かる。ありがたい。
オレは彼女から一番遠い席に座って、モソモソとハンバーガーを食べた。
あの娘はまた、歌を歌っている。とても気持ちよさそうに。
どこの言葉なんだろう?なんでここで働いているのだろう?なんで一人なんだろう?
ハンバーガーは、いつもより数段旨かった。いつもしょっぱすぎるポテトの塩加減も言うことなしだった。それでもオレは縮こまってモソモソと食べ、彼女に気づかれないように、そっと店を出た。
どういうわけか、彼女の歌がいつまでも忘れられない。
《Ukulele》
2006年1月28日土曜日
Aurora
ようやく目が慣れてくると、途端に自分が何をしていたのか、サッパリわからなくなった。
「オレ、何してるんだろう」
トンネルのようなところをとぼとぼ歩いていると思っていたのに、オレは白い森にいた。
白い幹に白い葉を繁らせた木々、地面も苔も、虫たちも白かった。
さっきの強い光のせいで目がおかしくなっているんだと思ったけれど、いくら時間が経ってもやっぱり白い。
オレの目を眩ませたはずの太陽はどこにもなく、空はどんな夜より暗い。
輝いているのは木であり大地であり、虫たち、そのものなのか……。
オレは自分も白くなっていることに気付いた。身につけている服も身体も。
森に飲み込まれる!
でも恐怖はすぐに喜びに変わった。
白くなったオレの影は、七色に輝いている。
《笙》
2006年1月23日月曜日
2006年1月21日土曜日
歌姫
「わたしが教えてあげる」振り向くとよく日に焼けた女の子が立っていた。
女の子の声は大きな声ではなかったけれど、いとも簡単に風に乗った。
声も気持ちよさそうだ。
「もうすぐ来るよ……ヨッ!」
女の子は降って来たマーブル玉をキャッチした。
「丁寧に声を出さなくちゃ。大きな声だけ出しても駄目なんだ」
僕はもう一度歌った。
女の子のアドバイスを聞きながら声を出す。
時々掠れるけど、足元の草が震えて冷たくなってきたのがわかる。
一瞬、自分じゃないような声が出てびっくりすると、女の子が言った。
「そう! 今の声だよ! ホラ、見て! 風に乗ってる」
あんまり驚いてマーブル玉を掴み損ねた。
慌てて拾い上げると女の子の姿はなかった。
《Quena》
2006年1月20日金曜日
キンキュウジタイ、走る
そんなに慌てて何処に行くのだ、発条ネコ。発条が切れてしまうぞ。
現実はもっと厳しかった。発条が切れるどころの話じゃない。
シッポからバネが飛び出し、バネ製のヒゲが伸び、胴体の歯車が剥き出しになった。
もはやガラクタ、屑鉄ネコのキンキュウジタイ。
それでも走る走る…。
《SlideGuitar》
2006年1月19日木曜日
いななきが聞こえたら
尻のところで節くれだった手を組んで、じっと雲を見上げている。
「爺を呼んできな」と言われて出てきたけど、声は掛けられない。
雲はぐんぐん流れていく。
遠くで馬のいななきが聞こえる。
爺さまは、それを合図に走り出した。
あんなに速く走る力があるなんて、と驚いているうちに、爺さまは雲に乗った。馬の手綱を引くように雲を操って空高く翔けていった。
僕は流れる涙を拭きもせず、家に戻った。
《馬頭琴》
2006年1月17日火曜日
2006年1月15日日曜日
2006年1月14日土曜日
2006年1月12日木曜日
ドールハウス
祖母が若い時に作った、木の人形。
男の子か女の子かもわからないけれど、顔は祖母に似ているように思う。
祖母は、人形を長い時間かけて働けるようにしたそうだ。
魔法を使ったんだ、と祖母は笑いながら話した。
ようやく人形は働き出したのは祖母の背が小さくなるころだったらしい。うまくできている。
私が訪ねると、急がしそうにお茶を沸かしたり、お菓子を出してくれた。
人形の名前を祖母は教えてくれなかったので
私は「あの」だとか「ねえ」と言って人形を呼んだ。
人形は「ハイ」と言ってこちらに来てくれた。
私はその声と足音が好きだった。
だから用もないのに祖母の家に言って、用もないのに人形を呼んだ。
今、お誂えの小さな椅子に座っている人形に「ねぇ」と言っても返事はない。
人形を床に立たせても弾むような足音は聞こえない。
《Clarinet》
2006年1月10日火曜日
2006年1月9日月曜日
First Contact
「誰と喋ってンだろ。」
僕は外に出た。弟の交信相手を探すために。
弟の声が小さくなるのと入れ代わるように別の声が聞こえてきた。
一度も途切れず続く喋り声。何を言ってるのかわからないけれど。
「この声だ」
慎重に声を辿る。
もう家は見えない。まだロクに外に出たこともない赤ん坊がこんな遠くまで声を届けているなんて。
だんだんと近付いているのがわかる。弟の交信相手はもう、すぐそこだ。
相手に会ったらなんて挨拶しようか…たぶん赤ん坊だよな。
立ち止まった僕は段ボール箱の中で鳴く子猫を抱き上げた。
《Highland Pipe》
2006年1月5日木曜日
2006年1月3日火曜日
超合金の目玉が空を見る
まるく冷たい肉球で大地を踏み締める。
「トラちゃん、見て」
と女の子は空を指差す。
「どれどれ?」
トラちゃんと女の子は色とりどりのキャンディがキラキラと輝きながら降ってくるのをうっとりと眺めた。
《Sitar》
2006年1月2日月曜日
Cat's Tears
くすぐったいので、ひょいと抱き上げたら、猫ははらはらと涙を流していた。
とめどなく流れる涙が朝日を浴びてキラキラしている。
「悲しいの?」
と猫に聞いた。猫は違うという。
「痛いの?」と聞いても「苦しいの?」と聞いても「寂しいの?」聞いても違うという。
猫は消えいるような声で、すごく楽しい、と鳴いた。
《Soprano Saxophone》