2006年11月1日水曜日

鍋奉行

「まさか春菊に限って」
わたしは頭を抱えた。
春菊と夫は、鍋の具を入れる順序やタイミングで喧嘩をしていた。
「わたしはまだ鍋に入るべきではない。時期尚早である」
と春菊は言った。
「鍋奉行に逆らう気か! どうせオレに食べられる運命なのだ。おとなしくしろ」
夫はやや興奮気味に言った。夫が鍋の具とやり合うのは、これが初めてではない。しらたきや白菜とは何度も言い争いをしている。だが、どんな騒ぎになっても春菊だけはいつでも沈黙していたのだ。
「いいえ、いけません」
春菊はきっぱりと言った。
大騒ぎになるのに夫は鍋が好物で、私はこの楽しくない食事に困っている。ちっともおいしくない。
夫は歯向かう春菊に向かってまくし立てながらも箸を休めない。
「あ、頃合いになった」
春菊は、自ら鍋に入った。
威勢よく文句を言い続けていた夫は、呆気ない結末にぽかんとしている。
私は久しぶりに春菊をおいしくいただいた。