2006年8月26日土曜日

七才の夏

「一人で林に入るな」というじぃちゃんの言い付けを破って、虫取り網を持って林に向かった。
林に入ると真夏の日差しはことごとく遮られ、寒気がするほど暗かった。
「尻の青い者よ、何しに来た」
振り向いても誰もいない。
「下だ。尻の青い者」
見ると、夥しい数の蟻が足を這っていた。膝上まで蟻で埋め尽くされた足を見て声にならない叫び声を上げると、林全体が震えた。
大量の甲虫がこちらに向かって飛んで来る。今朝方、捕れなかった甲虫を、もう一度探したくてここに入ったというのに。
「なんと間抜けな子供だ」と甲虫は嘲笑った。
「僕は甘くない」
掠れる声で辛うじて言うと蟻も甲虫も一斉に笑った。
「またとない馳走だよ、お前のように、のうのうと入ってくる子供は。どんな樹液より、甘露だ」
甲虫が低い声で言う。
「やめぃ」
と声がして目の前に大きな蜘蛛が現れた。袈裟を着た蜘蛛に蟻も甲虫も動きを止めた。
「この子は寿朗の孫だろう、堪忍してやりなさい」
来た道を戻るように、と蜘蛛の坊さんは言った。坊さんの八本の手はあちこちを指したから、来た道はそれきりわからなくなった。