彼女はいつもシルクの服を着ていたから、わたしは「おきぬさん」と呼んでいた。本当の名前は「千恵子」だった。
おきぬさんはずいぶん年寄りなのに、穏やかな顔をしているのを見たことがない。厳しくて鋭い顔、油断のない顔だった。わたしの周りにいた他のお年寄りたちは、もっと優しかったし温かかったのに。
「どうだい? この服いいだろう?絹で出来てるからね、上等で綺麗でしょう? あんたにわかるかねぇ」と服を自慢する時でさえ、おきぬさんの目付きは険しかった。
その理由がわかったのはおきぬさんが死んだ時だった。おきぬさんが息を引き取ると、寝間着はたちまち蚕になった。蚕がおきぬさんの身体を這い回っていた。
蚕は時間が経つごとに増えていき、火葬の時には棺の蓋が持ち上がるほどだった。
「おきぬさんはね、お洒落で絹を着ていたんだけど、蚕の命も一緒に着ていたんだよね。絹を着るのは辛いって一度だけ言ってたよ」
と、おきぬさんの姪にあたるという人が教えてくれた。
そこまでして絹を着続けたおきぬさんの気持ちを、わたしはまだわかりそうにない。
*絹*