2007年12月30日日曜日
2007年12月29日土曜日
十二月二十九日 するめと昆布
ちなみにひぃばあちゃんには逢ったことがない。
2007年12月28日金曜日
2007年12月26日水曜日
十二月二十六日 冬の星座
周りには犬を飼っている家などない。今夜はちょっと偵察に行ってみよう。
厚い綿入れのコートを着て外へ出たら、星が冴え冴えと美しい。
ずいぶん長いこと見惚れていたらしい。いつのまにか犬の遠吠えは聞こえなくなっていた。
眉唾物
下手くそな字のカードを読む。
「クリスマスプレゼントをやろう。どうせ独り寂しく過ごしたんだろう」
赤い包み紙を開けると『素敵な雄兎2008』という本だった。
ウサギが持って来るものは何だっていかがわしいのだけれど、これはまた……。
案の定、ウサギが面妖なポーズで微笑みかけてくる写真がたっぷり108頁。
2007年12月25日火曜日
十二月二十五日 自己主張する電話
なのに、ディスプレイは始終ビカビカと点滅を続け、留守番電話釦はいつもにまして真っ赤になっている。
どうやら、電話はSOSを出しているつもりらしいのだ。
2007年12月23日日曜日
十二月二十三日 残り血
指は切れていないから、おととい逢った吸血鬼が飲み損なった血だと思う。まだ生暖かい。
一瞬迷ったけれど、舐めるのはやめた。
2007年12月22日土曜日
2007年12月20日木曜日
十二月十九日 三宅さん
寝ぼけた少女は、ノートにそう記した。
「三宅さんって?知ってる人?」と尋ねるが、三宅という名の知り合いはいないという。
少女は、三宅さんを探す旅に出ると言って、夜の町に出て行った。
2007年12月18日火曜日
十二月十八日 糸に翻弄される
サッカーじゃないんだ。白い糸はすっかり汚れてしまった。
おまけに縺れに縺れて解くのに難儀した。
ウサギは満足そうだ。わたしは肩こりだ。
2007年12月17日月曜日
2007年12月15日土曜日
2007年12月12日水曜日
2007年12月11日火曜日
十二月十一日 靴が鳴る
そっと歩いてみてもやっぱりカツカツと鳴る。
爪先だけで歩いてもカツカツカツカツ鳴る。
立ち止まったら、三回余計に鳴った。カツカツカツ。
なんだ、わたしの足音じゃなかったんだ。
2007年12月10日月曜日
2007年12月9日日曜日
十二月九日 食い意地
私はバターをちょっとだけつけて。ウサギはくるみを外しながらパンを食べた。
「くるみは食べないのか?」
と聞くと「持ってかえって食べさす」
誰にあげるんだろ、と思っていたら目の前のくるみに我慢が利かなかったらしく、全部食べていた。
2007年12月7日金曜日
十二月六日 本当のイルミネーション
ふゆの夜はしん、としていてほしい。クリスマスを彩るのは本物の星の瞬きが一番だ。
強くそう思う。だけども、ウサギのお腹も心配だよ。赤青緑に点滅するお腹を擦って看病するのは、わたしだもの。
2007年12月6日木曜日
2007年12月4日火曜日
春の訪れ
凍り始めた土をつるはしで掘っても埒があかない。そんなことはわかっている。それでも時間をかけてつるはしを振り下ろせば、冷たく硬い土も少しづつ砕かれて穴が出来る。
俺は出来た穴にポストを設置する。小さなポストだ。まもなく雪が積もってポストは埋まるだろう。やがて冬と春の真ん中になったら、狸のおっさんが滝のような小便をしてポストを埋めた雪を溶かしておいてくれるはずだ。
ポストの中には、動物たちが冬眠中に芽を出してしまった恋が入ってくる。小便臭いポストの扉を開けて、ふぅと息を吹き掛けると、恋の芽はひらひらと飛んでいく。飛び去る恋の芽を見送りながら、いよいよ春だ、と俺はうれしくなる。
時々、元の持ち主に帰れなかった恋の芽の仕業で、みょうちきりんなカップルが出来てしまうのは、ご愛嬌。
++++++++++++++
コトリの宮殿規定部門投稿作
2007年12月2日日曜日
十二月二日 必要な印鑑に、必要なもの
痛いのでベソをかいたら、ウサギが赤い舌であっかんべーをする。
なんて意地悪をするんだ、痛くて泣いているのに、と思ったけれど
いつまでも舌を出しているので、よくよく見たら朱肉だった。
2007年12月1日土曜日
仮面
あなたは呼吸するための二つの穴に指を差し入れた。指が何にも触れない?まさか。鼻にも何も感じないのか。
あなたは視界を確保するための穴に望みを託す。穴の奥にあるはずのあなたの瞳は見えないが、それでもあなたは指を入れようとする。きつく目を閉じて、と言うとあなたは力強く頷く。
指が入り、手が入り、腕が入っても、まだ何も触れないようだ。肩が入りそうになったと思ったら、あなたは穴の中に引き込まれ、消えた。
落下し、硬い音を立て、鏡の前に転がる仮面。これは一体何だ。あなたはあなたの顔を失ったまま消えたのか。消えなければならなかったのか。
わたしはあなたの温もりを求めて仮面を手に取った。
刹那、鏡に映る真っ白な顔。
********************
500文字の心臓 第72回タイトル競作投稿作
△2
2007年11月30日金曜日
2007年11月27日火曜日
2007年11月25日日曜日
十一月二十五日 思いもよらない
いろんな縁が繋がった11月。
でも、残り5日で、もっとすごい事が起こるかもしれない。たぶん。
ウサギが春雨を横取りしないように、てのひらで遮る。
2007年11月24日土曜日
2007年11月22日木曜日
2007年11月17日土曜日
2007年11月16日金曜日
2007年11月14日水曜日
戸締りのドジ
男は戸締りは済んだと思っていた。
けれどもドアは半開き、
ドブネズミが彼の外套と帽子を齧った。
男がほんの居眠りをしている間のことである。
There was an Old Man who supposed,
That the street door was partially closed;
But some very large rats,
Ate his coats and his hats,
While that futile old gentleman dozed.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年11月13日火曜日
十一月十三日 もう一度
「ねぇ、もっとしようよ!」
ウサギは呆れているけども。今は嫌になるほど味わいたいんだ。
2007年11月12日月曜日
十一月十二日 振り向けば猫
2007年11月9日金曜日
十一月九日 哀しみの塩梅
「何に使うのか?」とウサギに問われる。
哀しみを納めるためさ。260ではまだ足りないけれど、足りないからって無理やり枠にぎゅうぎゅう納めることはない。残りは自分で抱えていられるはずだから。
2007年11月8日木曜日
十一月八日 潜水の夢想
息ができないのは頭の中だけ、穏やかに呼吸する。
水圧を受けて身体が潰れそうになる。でももう少し。本当に潰れるわけじゃないんだから。
湖底に揺れる藻が見えた。
そうだ。欲しかったのは、この色だ。
2007年11月7日水曜日
2007年11月4日日曜日
とんだ珍道中
ウォーキング用のゴム帽子を購入したドーキングのお嬢さん。
色と大きさに、クラクラしちゃう。
これじゃあ入らないわ、とっとと引き返したお嬢さん。
There was a Young Lady of Dorking,
Who bought a large bonnet for walking;
But its colour and size,
So bedazzled her eyes,
That she very soon went back to Dorking.
エドワード・リア「ナンセンスの絵本」
2007年11月3日土曜日
十一月三日 もみじ狩り
「何を喰うんだ?」と言う。
「もみじ狩りは何も食べない。色と空気を味わうのさ」
と言ったら、ウサギは何故か切ない顔をした。
その顔こそが秋だよ、と言おうかと思ったけれど、やめておく。
2007年11月2日金曜日
十一月二日よってたかってチョコレート
「チョコレートなんか運んでどうするの?君たち、チョコレート食べられないんでしょ。」
「チョコレートは大変よい建材になります」とありんこたちが言う。
建材?巣作りに使うのか。聞いたことがないけれど。
2007年11月1日木曜日
2007年10月31日水曜日
2007年10月29日月曜日
赤裸々
紫陽花はさっきまでの雨で濡れている。娘はにわかに紫陽花の花を枝から折り、身体に擦り付けはじめた。雨粒は花から娘に移り、若い肌の上で丸い露となる。あの露を舐めたら娘はどんな顔をするだろう。少しずつ近寄っていく。
娘はひとつ、またひとつ、と紫陽花の花を折り、身体中を花で撫でる。肌は露でますます輝き、足元は青紫の花に埋もれていく。ついに私は娘の手を遮りひとつ花を折ると、彼女に差し出した。私に気づいた娘は目を見開き、顔をみるみる上気させた。いつのまにか私も素裸になっていた。
娘の肌は火照っているのに、その肌を濡らす露を舌で掬うと、氷かと思うほど冷たかった。白昼夢にしては、あまりにも痛い。
*****************
500文字の心臓 第71回タイトル競作投稿作
△2
2007年10月28日日曜日
十月二十八日 似て非なる人
知らない町へ向かうオレンジ色の電車に乗った。
電車の中で新聞を読む横顔を盗み見る。新聞を睨む目が、段々と赤くなる。
知らない風景の駅で降りた。ウサギが改札口にいた。もういいや。どんぐりを拾って帰ろう。
2007年10月27日土曜日
転んだビアマグ
コロンビアの男は咽喉がからからで、ビールをくれと騒ぐ。
ところが、やってきたのはちっこい銅のビアマグに入った熱々ビール。
どうすりゃいいんだ、とコロンビアの男。
There was an Old Man of Columbia,
Who was thirsty, and called out for some beer;
But they brought it quite hot,
In a small copper pot,
Which disgusted that man of Columbia.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年10月26日金曜日
2007年10月25日木曜日
仏頂面もほどほどに
仏の顔も三度まで、ついに木槌でぶたれてぶっ倒れた。
There was an Old Person of Buda,
Whose conduct grew ruder and ruder;
Till at last, with a hammer,
They silenced his clamour,
By smashing that Person of Buda.
エドワード・リア「ナンセンスの絵本」
2007年10月24日水曜日
十月二十四日 それぞれの事情
と愚痴をこぼしたら、ウサギが「猫には猫の事情がある。ウサギにはウサギの事情がある」と言った。
ウサギの事情って何さ。いつもタイミング悪い時に現れて邪魔ばかりするウサギの事情を考えてみたら、鬱々としてきたので止めた。
2007年10月22日月曜日
まんざらでもない
マン島のおっさんは、満面の笑み。
蛮声で「坊主の房事」を歌いながらフィドルを操る。
万事ぬかりない、マン島のおっさん。
There was on Old Man of the Isles,
Whose face was pervaded with smiles;
He sung "high dum diddle",
And played on the fiddle,
That amiable Man of the Isles.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年10月20日土曜日
2007年10月19日金曜日
くるっとやって来れば
クレイジーなクレタの若者は
豹柄の頭陀袋に入っている。
どうしてくれよう、クレタの若者。
There was a Young Person of Crete,
Whose toilette was far from complete;
She dressed in a sack,
Spickle-speckled with black,
That ombliferous person of Crete.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年10月18日木曜日
パラボラアンテナ危機一髪
「ぼうず、そんなに見つめちゃ、眼に毒だぜ」
真っ白なパラボラアンテナは太陽を最大級に反射させながら少年の様子を窺う。少年は汗だくになりながら白い玉を弄んでいた。
「あのボールをオレにぶつけようってのかい?ぼうず、オレを傷つけたら厄介だぜ。なにしろ国の威信をかけた大事業。宇宙との交信。その最前線のオレだからな」
だが少年はボール遊びのことなんか、これっぽっちも考えちゃいない。彼の好物は目玉焼きである。
2007年10月17日水曜日
2007年10月16日火曜日
十月十六日 雨が降るから
こんなに油っぽい雨では、ピアノの音は狂ってしまうし、郵便ポストの赤いペンキはだらだらと流れ剥げてしまう。明日はどんぐりを拾えないだろう。
2007年10月14日日曜日
十月十四日 シャワーラジオ
「入浴中に番組をお聴きのあなた」とラジオの中の人が言う。
ハイ!と思わず返事をして、それからなんとなく赤面した。ラジオの中の人には、わたしの裸も勢いよく返事したのも、見えないはずだけど。
「背中や足の指もよく洗ってくださいね。それから太ももの裏も忘れずに」とさらにラジオの中の人が言う。
今度は小さな声でハイと返事をして、いそいそと石鹸を泡立てた。やっぱり見えているかも、と思いながら。
はっきりと肥満体
ハーストのおじさんは、発散したくなくても酒を飲む。
「滅多にないほどのメタボになるぞ」と言われると
「はぁ、滅相もない」と答えた。
相当丸いハーストのおじさん。
There was an Old Person of Hurst,
Who drank when he was not athirst;
When they said, ‘You’ll grow fatter,’
He answered, ‘What matter?’
That globular Person of Hurst.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年10月13日土曜日
頭を抱える熊
ペルーのおっちゃんは、何をしたいのかわからない。
髪の毛をペロリと抜き抜き、熊のようにウロウロしている。
実に弱気なペルーのおっちゃん。
There was an Old Man of Peru,
Who never knew what he should do;
So he tore off his hair,
And behaved like a bear,
That intrinsic Old Man of Peru.
エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より
2007年10月12日金曜日
2007年10月10日水曜日
十月十日 そんな目で見るな
インクが滲んで読めなくなるじゃないか、と文句を言おうとウサギを睨んだが、赤い目をますます赤く潤ませているから、怒る気が失せた。
2007年10月9日火曜日
2007年10月7日日曜日
ろくな男じゃありません
感情を表に出すことのない郵便配達夫が珍しく語気を強めた。とは言っても、普段から気の荒い人間に比べれば穏やかな物言いなのではあるが。
あの男、というのは新しく決まった副町長のことである。これまでこの町に副町長なんて役職はなかった。数ヶ月前、町長が年齢を理由に引退を口にしはしめたことを知った我々町民は、なんとか町長を辞することは避けて欲しい、補佐役を付ければいいじゃないか、と町長とお上に頼み込んだのである。それだけ町長は慕われていた。悪く言っていた輩でさえ、町長の引退宣言には慌てたものだ。
そうしてお上が副町長として寄越した男は、まことにふてぶてしかった。そして意味不明の発言をするのである。
「配達夫は、配達の帰りにメザシを一匹釣ってこい、と言うんです」
と郵便配達夫が嘆いた。
「そんな無茶な!メザシって釣るものじゃないでしょう」
「そう、それを言うならイワシでしょう」
郵便配達夫は自転車をいつもの倍ギコギコ言わせて去っていった。
まもなく、副町長の意図が明らかになった。副町長の発案で新しい町おこしのキャンペーンが始まったのだ。「ノラ猫さんようこそ」
2007年10月5日金曜日
2007年10月4日木曜日
ぐうの音も出ない
ビーズだらけのリーズのばあさんは、
便器に腰掛けグーズベリーのデザートをグチャグチャ食らう。
こんな愚図なリーズのばあさんに、一体誰が共感するだろう。
There was an Old Person of Leeds,
Whose head was infested with beads;
She sat on a stool,
And ate gooseberry fool,
Which agreed with that person of Leeds.
エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より
2007年10月3日水曜日
異人館で逢いましょう
あの人への懐かしさだけを頼りに異人館へ行ってみることにした。あの人は、電車から見える丘の上の異人館を一度訪れみたいと、たびたび語っていた。
異人館は車窓から見える様子からは想像もできないほど、荒れ果てていた。草は伸び放題、壁は泥で汚れ、屋根は傷み、蜘蛛の巣があちらこちらにあった。
「数年前まで手入れをしていたおばあさんがいたんだけどね。そのおばあさんが亡くなってから、この有様だよ」
と近所に住むと思しき人が、立ち尽くす私を見兼ねたのか声を掛けていった。
「異人館で逢いましょう」と言った彼女の声が、表情が、はっきりと甦る。この荒れ屋敷のどこかに、私だけがわかるあの人の痕跡があるはずだ。私は伸びた草をかき分けた。
2007年10月2日火曜日
2007年9月28日金曜日
九月二十八日 お風呂に入ろう
家に帰って、お風呂に一緒に入ったら、ずいぶん馴染んだ。
「なんで連れて帰ったの?」とリングが聞くから
「そりゃあ、かわいいからに決まってる」と答えたら、ハウライトは白くなって照れた。
2007年9月26日水曜日
捩レ飴細工
だらに、と法師の口から飴が溢れ出た。琵琶の調べに合わせ、飴は伸び縮む。捩れよじれる。法師の額に汗が噴き出す。
飴は姿を変え続ける。胎児から般若へ。般若から船へ。船から馬へ。
馬がいななくように仰け反ったところで、法師は撥を止めた。夕闇に静けさが戻り、熱気がすうと引いていく。ぼさっ。冷えて固まった馬が法師の口から落ちた。
********************
500文字の心臓 第70回タイトル競作投稿作
○2△2
「捩」は琵琶の撥の意。「レ」を撥の動きに見立てた。
そこに空也上人像のイメージを借りて。
飴の形は、性行為を象徴しているのだけども、これはわかってもらう意図はほとんどなく、むしろあからさまにならないように。ただ「絶頂で止める」感は、ちょっと感じてほしいかな、とも思ったり。(笑)
「だらに」は陀羅尼、「ぼさっ」は菩薩です。
2007年9月25日火曜日
九月二十五日 お月見
月を見たら、ウサギはぱたぱたと立ち働いていた。
そういえば、臨時のアルバイトに出ると言っていたっけ。
2007年9月24日月曜日
九月二十四日 召し上がれ
そういえば、ずいぶん長い間、温泉に浸かっていたからなぁ。
塩分が強い泉質のおかげで、わたしの身体は下ごしらえ十分だ。
あとはじっくり煮るか、こんがり焼くか。
残念なのは、自分で食べられないことだ。もっとも、あまりおいしそうだとは思わないけれど。
2007年9月23日日曜日
九月二十三日 ビップが逝く
なぜビップはほほえむのだろう。そんなに哀しいのに。
じっと見つめていたら、ビップはわたしの哀しみに気づいたようだ。わたしもほほえむ。ビップはもっとほほえむ。
一度はかえってきたビップ。今度は、さようなら。
……マルセル・マルソーに
2007年9月20日木曜日
シーツは議事録
海千山千の彼は、テーブルの上で眠る。
モルダヴィアの年寄りは、一晩で議題を押しつぶす。
There was an Old Man of Moldavia,
Who had the most curious behaviour;
For while he was able,
He slept on a table.
That funny Old Man of Moldavia.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫
2007年9月18日火曜日
九月十八日 靄の向こうから
この白い靄から何か出てこないかしら、例えばごちそう、例えば気になるあいつ、例えばカッコいい自転車。
と思っていたら、靄から現れたのは、ウサギだった。白いからよく紛れること。
2007年9月16日日曜日
2007年9月14日金曜日
知りたがりは倦み疲れない
ポルトガルガールの頭ン中は、海のことだらけ。
彼女は海を眺めたいがために、木登りをする。
だけど、ポルトガルから一歩たりとも出たがらないポルトガルガール。
There was a Young Lady of Portugal,
Whose ideas were excessively nautical:
She climbed up a tree,
To examine the sea,
But declared she would never leave Portugal.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年9月13日木曜日
2007年9月12日水曜日
浮草の日々
船に乗った男が「おれは沈んでない、おれは浮かんでる」と言う。
人々は「違う、お足がついてない!」
船に乗った男は、既に素寒貧だ。
There was an Old Man in a boat,
Who said, ‘I’m afloat, I’m afloat!’
When they said, ‘No! you ain’t!’
He was ready to faint,
That unhappy Old Man in a boat.
エドワード・リ『ナンセンスの絵本』
2007年9月11日火曜日
厄介な角
助兵衛なイスキアの老人は
角笛を握り、隙あらば腰を振り、千の無花果にしゃぶりつく。
なんて好き者なイスキアの老人。
There was an Old Person of Ischia,
Whose conduct grew friskier and friskier;
He dance hornpipes and jigs,
And ate thousands of figs,
That lively Old Person of Ischia.
エドワード・リア「ナンセンスの絵本」
2007年9月10日月曜日
2007年9月9日日曜日
震えるフルート
フルートを吹く老人のブーツに無礼な蛇が押し入った。
服従させようとする蛇にも構わず、老人はフルートを吹き続け、ふいに蛇は吹き飛ばされた。
こうして不吉な予感を払拭したフルート吹きの老人。
There was an Old Man with a flute,
A sarpint ran into his boot;
But he played day and night,
Till the sarpint took flight,
And avoided that man with a flute.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年9月8日土曜日
2007年9月6日木曜日
2007年9月5日水曜日
九月五日 ブラジルのバスケット
開けると、部屋はリオの町の香りでいっぱいになった。
ウサギは陽気になって踊った。わたしは、なぜだか寂しい香りだと感じた。
バスケットの蓋を閉じても雨音に合わせてまだ踊り続けるウサギを見たら、泣けてきた。
2007年9月3日月曜日
ぶすり、と刺されて無様なじいさん
木の上のじいさんは、飛び回る蜂に仏頂面。
「蜂にぶつくさに言われるのかい?」と問われて
「そうなのだ!」とじいさんは応える。
「蜂はふてぶてしいと相場が決まっているもんだ」
There was an Old Man in a tree,
Who was horribly bored by a Bee;
When they said, ‘Does it buzz?’
He replied, ‘Yes, it does!’
‘It’s a regular brute of a Bee!’
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年9月2日日曜日
傷
チャイナブルーの硝子玉がついたペンダントを娘の掌に載せる。
陽を浴びた青の硝子玉はみずみずしく輝き、白い娘の手をますます白くするのだった。娘は輝きを遮るかのように、ペンダントを握りしめた。
「握っていないで、首にかけたら好いのに」
娘は目を伏せ、長い髪を左肩に寄せた。
私は息を呑んだ。彼女の首筋には、まだ生々しい深い傷があったから。
娘はペンダントを傷口にあてがった。傷口は待ちかねたようにペンダントを飲み込み、そして塞がっていく。
傷は跡形もなくなったが、娘の瞳は、ペンダントと同じチャイナブルーになり、にっこりと笑顔を見せたまま、崩れ落ちた。
私は人形を抱き抱え、そっとくちづけけてから、瞳を抉り取った。二つになったチャイナブルーの硝子玉を握りしめる。
2007年9月1日土曜日
2007年8月30日木曜日
咆哮搏撃
じいさんがゴンゴンとゴングを大音響で打ち鳴らすから
「言語道断!この老いぼれが!」と人々は大喝一声した。
それでもじいさん、金剛不壊。かまわず人々をぶち打擲した。
There was an Old Man with a gong,
Who bumped at it all day long;
But they called out, ‘O law!
You’re a horrid old bore!’
So they smashed that Old Man with a gong.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年8月29日水曜日
汚物に溺れるお帽子
お嬢ちゃんのお帽子に小鳥さんがお尻を乗せるから、お帽子は汚物まみれ。
それでも彼女は
「ご心配に及びませんわ。お空のすべての小鳥さん、おいでなさい!」
There was a Young Lady whose bonnet,
Came untied when the birds sate upon it;
But she said: ‘I don’t care!
All the birds in the air
Are welcome to sit on my bonnet!’
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年8月28日火曜日
2007年8月27日月曜日
丘の上の馬鹿
丘の上の老人、留まることを知らない。
彼の祖母のボロを着て、上へ下へと走り回る。
おめかしも台無しな丘の上の老人。
There was an Old Man on a hill,
Who seldom, if ever, stood still;
He ran up and down,
In his Grandmother’s gown,
Which adorned that Old Man on a hill.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年8月25日土曜日
鼻を鼻であしらう
鼻高々のこの老人は
「この鼻のことを長いと言う奴ァ、端から胡散臭いね」
と鼻であしらう。
実に鼻持ちならない、この老人。
There was an Old Man with a nose,
Who said, ‘If you choose to suppose,
That my nose is too long,
You are certainly wrong!’
That remarkable Man with a nose.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』
2007年8月22日水曜日
八月二十二日 二子玉子
それは本当に本当で、いくつ割っても黄身が2つ入っていた。
とても得した気分だ、と満面の笑みでウサギはゆでたまごを食べている。
私はゆでたまごが苦手だから、温泉卵にして食べる。黄身を潰して、醤油を垂らす。おいしいけれども黄身が2つのヨロコビは、ない。
2007年8月20日月曜日
2007年8月18日土曜日
八月十七日 図書館への道
遊歩道は事切れた蝉と干からびた蚓で埋め尽くされていて、それを踏まないように慎重に歩かなければならない。
時折吹く風は、木々を大袈裟に揺らす。涼しいのを通り越して、寒い。
それは蝉のせいでも蚓のせいでもなく、図書館がコレクションしている怪談話のせいだと思う。
2007年8月16日木曜日
2007年8月15日水曜日
八月十五日 緑のせいで馬鹿
緑色が少ないのは、なんだかよくないと思う。光合成が出来ないもの。
緑色の文字をを探すために、ゆっくりと文字を追うから、ルリユールがちっとも頭に入らない。
2007年8月14日火曜日
2007年8月13日月曜日
八月十三日 たっぷり野菜
一匙づつ、口に運ぼうとするのを押し留め、「人参、トマト、マッシュルーム、さつまいも、枝豆……」とやるものだから
熱々のリゾットはすっかり冷め、食べおわるのに一時間も掛かってしまった。
2007年8月12日日曜日
2007年8月9日木曜日
2007年8月5日日曜日
八月五日 湿気た線香花火
火花が散らずにすぐに玉がぼとりと落ちてしまう。
次々と花火に火を付けていくのは、もはや作業のようで味気なかったけども、たまにきれいに火花が出ると、とても貴重なことに思えるのだった。
2007年8月4日土曜日
2007年8月2日木曜日
2007年7月31日火曜日
七月三十一日 封印は解かれた
重たい粘土の塊をいくつもどかし、液体や粉が入った瓶を何十本も移動させ、ようやく桐箪笥があるはずの場所へたどり着いた。
黴た襖を開けると、黒く埃っぽい桐箪笥があった。
試しに一段抽出しを引っ張ってみる。なかなか開かない。力任せに引いて、やっと開いた。
中には「浪花屋」と書かれた紙が入っていた。
2007年7月29日日曜日
七月二十九日 笑う薬草
どしゃ降りの雨の中、庭のドクダミの葉を摘んできて、吹き出物に貼ろうとしたら
「こりゃ、ひどい! よくこんな吹き出物こさえたな! なんて間抜けな面だ! あっはっは」
とドクダミに笑われた。
2007年7月27日金曜日
七月二十七日 夏の葛藤
でも大きな音は好きじゃないから、ついついボリュームを下げる。
すると蝉の声に負けてよく聞こえなくなる。
ヘッドフォンは暑苦しいから付けたくない。
困っていたらウサギの耳が私の耳に貼りついた。
ウサギの耳は意外にもひんやりと気持ちいい。音楽もよく聞こえる。
でも背中にウサギを背負っているのは、暑い上に重たい。
2007年7月25日水曜日
七月二十五日 腹痛をおこす
痛いわけでもないが、なんだか余韻が残っていて、何か食べるとまた痛くなりそうな。
ウサギのしっぽでお腹を撫でてもらっていたら、段々と人心地ついてきた。
腹を下したのは、ウサギが拾ってきたお菓子を食べさせられたから、なんだけど。
2007年7月23日月曜日
七月二十三日 鬼と露天風呂
二色の露天風呂に、人は誰もおらず、蚊ばかりがいた。
一人、湯船に浸かり、景色を眺める。
すぐ隣の男湯で人の気配がした。
そっと覗きに行くと、角が二本の青鬼が一人鼻歌を歌っていた。
2007年7月22日日曜日
七月二十二日 水道管を探せ
巨大な血管を思わせる。
でも中を流れるのは血液ではなく、井戸から引かれた水だ。
軍手を着けた指でおっかなびっくり触ると、びくびくと震え、中で水が動くのがわかった。
「とにかく、水道管を探してください」と言われて庭を掘り返したわけだが、水道管が生き物のようだとは思わなかった。
よくツルハシで破らず掘り当てたものだ。
触られたところが気になるのか、水道管はまだびくびく動いている。
水道管は見つけたけれども、それからどうしてよいのかわからない。
だいたい何のために水道管を探さなければならなかったのだろう。
こんな水道管だと知ったら、水が飲めなくなるじゃないか。
2007年7月21日土曜日
七月二十一日 誰もいない靴屋で
「セール」の赤い文字が、褪せている。
自動ドアが何の問題もなく開いたことが不思議だ。
もうこの靴屋から人間が消えてから、何年か経っているに違いない。
私は、細いヒールの靴を手に取って、思い切り息を吹き掛けた。
埃が飛ぶと、艶やかなエナメルが現れた。
その場で履き替えると、家から履いてきたくたびれたスニーカーに壱万円札を突っ込み、店を後にした。
靴音が高く響く。
花冷え
僕が花を受け取ると少女は無言で走り去った。真夏の日差しの下、裸同然の格好でいるくせに少女は日焼けしていないようだった。生白い尻が脳裏に焼きつく。
青い花だ。名前はわからない。花が好きな誰かに聞けばすぐにわかるのかもしれないが、名前がわからなくても困りはしないのだ。裸の女の子に貰った青い花、ただそれだけだ。
暑い中、青い色をした花は涼しげに見えた。心なしか茎を摘む指がひんやりと気持ちいい。ともすると摘む指に力を込めてしまいそうで、何度もそっと持ち直した。ぎゅっと摘んで花を傷めたら、少女に悪い気がした。
家に帰り、花器などひとつも持っていないから、素っ気のないグラスに水を注いで挿した。テーブルの上に置くと部屋が明るくなったような気がする。思えばこの部屋に植物があったことなど一度もないのだ。ついつい浮かれた気分になって、そのまま部屋中を掃除した。さっぱりとしたところで、あらためて青い花を眺め、満足する。
翌日、仕事から帰ると、家の中が異様に寒い。ぐっしょりと汗で濡れていたワイシャツが瞬時に冷える。冷房を消し忘れたのだろうか。鳥肌の立った腕を擦りながら、慌てて部屋へ入る。
るりひゅるり るりひゅるり
青い花が、霜を吐き出していた。テーブルもテレビも、霜がついて真っ白になっていた。グラスに入れた水はすでに空になっている。それでも花は霜を吐き出し続けていた。
「おじちゃん、おかえりなさい!」
振り返ると、凍った布団の中からあの少女が顔を出していた。
ビーケーワン怪談投稿作
2007年7月20日金曜日
2007年7月19日木曜日
ゾウ市場
地響きと土けむりが収まり現れた市場は、極彩色だ。どんな花畑より色鮮やかで、真夏の太陽より強い陽射し。人々は目を細めながら市場を行き交う。
あんまり眩しいので買い物には鼻が頼りだ。トマトの香り、バナナの香りはもちろん、お札や小銭の匂いも嗅ぎ分ける。皆、品物やお金を鼻にこすりつけて大声で笑い合う。
「ジャガイモだね!」
「あぁジャガイモだ!」
日が傾き始める頃、仔ゾウが一頭、市場を走り抜けていく。店はバタバタと畳まれ、お客は逃げるように家路につく。
跡形もなく、ゾウ市場。
《蛇腹姉妹「ゾウ市場」のために》
2007年7月18日水曜日
七月十八日 夜の増減
信号機の赤と青、街路灯、家々の灯り、観覧車。
町の中心街に、聳え立つ超高層マンションには赤い光が点灯している。おそらく、飛行機のために。つまりは、人間のための。
私は時折この暗い部屋に入り、一瞬だけ我に返る。となりの明るい部屋では、明るい振りをしなくてはならないから。
超高層マンションの赤い光は、とても強い。
それが夜であることを示しているけれども、それは人間の夜に限った話だ。
何度目かに暗い部屋へ入ったとき、ふ、と赤い光が消えた。
赤い光を付けていたマンションの、窓の灯りも同時に消えた。
よくよく見ると、消えたのは光ではなかった。
マンションが消えたのだ。
人間の夜がほんの少し減った。ただの夜が少し戻った。
次は、私のいるこのビルかもしれない。それでも構わない。夜が戻るのなら。
2007年7月17日火曜日
2007年7月14日土曜日
2007年7月12日木曜日
七月十二日 金のしるし
表紙にも、本文にも小口にも。
何のマークかはわからない。前の持ち主の蔵書印だろうか。
キラキラとまぶしい。なんだか偉そうだ。
そっと指先でなぞったら、あっさり金色は剥がれてしまった。跡形もなく。
どのスタンプも触るとするりと剥がれた。
前の持ち主の痕跡を取るような気持ちになって、次々とスタンプに触れていった。
気付くと私の手や腕が金色に輝いていた。
愛玩動物
その夜、帰宅すると玄関の前で「わん」と吠えるものがある。懐かしい犬の声だ。なのに、犬の姿がない。よくよく見ると、手が落ちていた。右手。
わたしは手を握り、家に入る。手はわたしに指を絡めた。少し毛深い手。
手は指と手のひらを使って尺取虫のように家の中を移動した。迷わず紙と鉛筆を取ってテーブルに上がると、すらすらと鉛筆を動かし始めた。
「これまであなたの愛玩動物として生きていましたが、それが不満だったのです。あなたに愛玩されるのではなく、あなたを愛玩したい。そのための手になりました。」
あなたを愛玩したい。奇妙な日本語だと思いながら、手が髪を撫でる感触に身をまかせる。されるがままにしていると、手はうなじをつつつ、と撫で上げた。
「きゃん」
わたしの声だった。
こうして、かつて愛玩していた犬との立場は逆転した。でも、一つだけ頼みがある。あなたの爪は、わたしに切らせて。
********************
500文字の心臓 第69回タイトル競作投稿作
○2△2
2007年7月11日水曜日
2007年7月10日火曜日
七月十日 舐めたかったのに
ランニングシャツのおじさんを連れて。
「このおじさん、雨を飴に変えるというのだ」
おじさんは雨の中、なにやら小さなコンピュータを操作している。
「何の飴がいい?」
おじさんが言う。
「ミルク味じゃなければ、なんでもいい……でもさー飴が降ったら痛いよね」
私の言葉に構わず、おじさんはコンピュータを弄っている。
「ほら落ちて来た」
オレンジの飴玉は落下傘を付けてふわりゆらりと落ちてきて、ウサギの口に墜落した。
2007年7月7日土曜日
2007年7月6日金曜日
2007年7月4日水曜日
七月四日 桃色に染まる
ウサギは、赤く熟した産毛のあるモモの皮にいたく感激して、自分もこんな色の毛皮になりたいと言い出した。
何やら赤やオレンジの頬紅を叩いていたけども、背中は白いままだ。
言ってやろうかと思ったが、粉含みの良すぎるウサギは歩くたびに赤っぽい粉をぷほぷほと撒き散らしているので、やめた。
天瓜粉より掃除が大変そうだもの。
2007年7月3日火曜日
ラジオに住む紳士
一局しか受信できないラジオだが、その一局を他のラジオでは聞いたことがない。
つまり「このラジオのためだけの専門放送局」だ。
このラジオから聞こえてくるのは、仕立てのよいスーツを着ているであろう紳士のテノールの語りと、多様な音楽。
紳士は、ジョーと名乗っている。
リスナーはMr.ジョー、と彼を呼んだ。
彼は世界一のDJだが、DJである前に紳士だからだ。
Mr.ジョーは、私が中学の時から変わらぬ声で、いつラジオのスイッチをいれても話をしている。昼でも夜中でも。
Mr.ジョーが、私のリクエストに応えてくれる。
そう、かつて数万機売り出されたこのラジオを持つのは、私とあと二人になってしまった。
こんな夜はミスターロンリーが聞きたい。
Mr.ジョーが、自らレコードに針を落とす気配が聞こえる。
ジェットストリーム40周年と城達也さんに。
2007年7月2日月曜日
七月二日 言語の区別
英語の歌だから、国際的なひょうたんになるかしら、と思っていたけど、ひょうたんの歌は、歌詞が英語であることすらわからない。
翻って、わたしの発音は酷いのだと、よくわかった。
2007年7月1日日曜日
2007年6月29日金曜日
六月二十八日 痛みのない殺戮
部屋の中から、神経質そうな面持ちの少年がガラスに人差し指を押しつけている。
ぷつっぷつっと、虫が一匹また一匹と墜ちていく。
ガラス越しなのに、なぜ。
窓には無数の小さな虫、それでも少年は人差し指を一匹づつ狙って、押しつけていく。一定のテンポで。
少年の指に虫の感触はなく、虫もまた、押し潰されることなく息絶える。
私は立ち上がり、蛍光灯のスイッチを切った。
虫たちは別の灯りを求めて飛ぶはずだ。
だが、虫を助けたのではない。
この少年に虫殺しの資格はない。
2007年6月27日水曜日
六月二十七日 消えない残像
たくさんの、ライトが目に焼き付いた。
この残像を消すために、私はもっともっときらびやかなものを求めて歩いた。
夜の住宅街には、ミラーボールもネオンもないから、なかなか残像が消えない。
この消えない感じ、何かに似ていると思うけども、思い出せない。
2007年6月26日火曜日
六月二十六日 重宝すぎた器
なるほどその通り、カレーライスも枝豆も、ピザも冷奴も、よい塩梅で盛り付けられる。
しかし、ウサギの餌まで美しく盛れてしまったのは、誤算だった。
重宝鉢はウサギに占領されてしまった。
2007年6月25日月曜日
六月二十五日 ご自慢の歯
マスクから口がはみ出ている。
「はい、あーんして」
私が口を開けると、先生も口を開ける。
マスクが外れて立派な歯が丸見えだ。キラリと輝いていた。
「先生、その歯を自慢したいと思ってたら口がカバになったんでしょう?」
私が言うと、先生はまた歯を光らせた。
2007年6月24日日曜日
六月二十四日 ビリビリ体操
「その『ビリビリビリビリ』というのは何だ」
と聞くと
「ビリビリと唱えることで超微弱な電流が筋肉を伝わり、無言で運動するよりも大きな効果が期待できるのである」
とウサギの一つ覚えで講釈を垂れていた。
2007年6月22日金曜日
2007年6月20日水曜日
2007年6月19日火曜日
2007年6月18日月曜日
2007年6月17日日曜日
2007年6月15日金曜日
間に合わない
そう俺は子供の頃から考えてきた。皆平等に死ぬとわかってはいるが怖いものは怖い。怖さの最大の要因は「自我が消失すること」であると考えた。ならば俺は俺の自我をすべて保存したい。まず自分でできることといえば、記録することだろう。
そのための細かい日記を付ける。いつどこで何をしたか、何を食べたか、何を思ったか。この「何を思ったか」が自我を残す上で特に重要なはずだ。
俺は常にメモを取り、寝る前にノートに清書する。清書作業中に考えた事、反省した事も書き記さなければならない。
そしてまた考える。俺は何故こんなにも自我を残すことにこだわるのか。人生の貴重な時間を無駄にしてはいないだろうか。それをさらに書き綴る。
夜が明けてきた。早く眠らなければ。「早く眠らなければ。」と書いてペンを置く。
時計を見ると午前六時半。起床時間だ。今度は愛用の手帳を取り出す。
「六時半、一睡もせず。本日の予定と心構え――。今日の記録は起床時間までに書き終わるだろうか。」
********************
500文字の心臓 第67回タイトル競作投稿作
○1△4
森♀Oの「妄想」という短編を読んでいたら書けた話。
浮き寝
目をあけると、見慣れた天井ではなく、どんより曇った空があった。
僕は起き上がりたいのを必死で堪えた。どうやら海に浮かんで寝ているらしいことに気付いたからだ。
起き上がれば、きっと溺れてしまう。このまま。このまま。力を入れずに寝息のままで。
ゆっくり目玉だけ動かして周りを見渡す。空は曇っているけれども、波は穏やかだ。嵐の前の静けさ、という言葉が浮かぶ。考えないことにしよう。
僕はパジャマのままだけど、濡れているようには感じない。布団の中か、それ以上の心地よさ。
こんなに気持ちがいいのは、やっぱり寝ぼけているからかもしれない。海だと思うのはおねしょでもしているからかもしれない。
そう願って一度目を閉じ、ゆっくり息を吸い込み、目を明ける。
やはり、ここは海だった。そしておねしょはしていなかった。
太平洋なのかなぁ。次に目が覚めたらハワイの砂浜ならいいのだけれど。
おねしょはしていないとわかったら、なんだか小便がしたくなった。
海だからこのままするか……。でもパジャマが汚れるな。でも、なんで濡れずに浮いてるのかなぁ。
2007年6月14日木曜日
六月十四日 気のきくへちま
泡だらけになったへちまは、私の身体を程よい加減で擦っている。
背中のかゆいところなんかをばっちり見つけて強めにごしごし。
もちろん、顔や二の腕あたりはやわらかく。
すっかり殿様気分で入浴していたから、へちまをくたびれさせてさまった。
へなへなになったへちまを洗いながら、よく労っておいた。
明日は背中だけお願いします。
2007年6月13日水曜日
2007年6月11日月曜日
六月十一日 逃亡する毛
私は一束の切られた髪の毛が箒から逃れて出て行くのを見た。
私の身体だったのに、止めることができない。
逃げた髪の毛が何を考えているのかもわからない。
かつて自分の一部だったものが、どこかで違う時間を過ごそうとしている。
それは、奇妙に愉快なこと。
2007年6月10日日曜日
六月十日 白いサンダル
ゆっくり汚れを落とす。手入れもせず放っておいたから、だいぶ汚れている。
ふと、どしゃ降りの夕立の中、神社を歩いたことを、思い出した。
たぶんこれは、私の思い出ではなく、サンダルの思い出。
2007年6月8日金曜日
2007年6月7日木曜日
暗射地図
明かりは部屋の角に行灯がひとつ。薄暗いから気をつけて。
机の上には地図が置いてある。何も描かれていない。これが暗射地図だ。
きみは地図に向けて「何か」を射るだけでいい。
「何か」はきみが考えなければならないが、地図に向けて「発射」すれば何でもよろしい。
先日来た少女はダーツの矢を使った。何も持って来なかった青年は、射精していった。
そう、それでも構わない。きみもそうするのかい?好きにすればよい。
発射したものが暗射地図に命中すれば、それは即、きみだけの地図になる。
その地図を頼りにするかどうか、それもまたきみの自由だ。
さあ、着いた。この扉を開けてお入りなさい。
「暗射地図」…白地図の古い呼称。
2007年6月6日水曜日
六月六日 見えない力
うろうろと歩いているうちにN極に引きずられていくが、少女は気付かない。
ようやく気付いた時には、尻餅をついたまま、ずるずると見えない力に引っ張られていた。
「どうしよう!」と涙声で叫ぶ少女に声を掛ける。
「持っている磁石を持ちかえて!向きを変えるの!」
それで効果があったのか、わからない。
さらなる大きな力が出現しのだろうか、磁界ごとどんどん遠くへ行ってしまった。
2007年6月5日火曜日
2007年6月4日月曜日
六月四日 恋の色は何色ですか
「むらさきかな」
「なんかイヤらしいね」
「じゃあピンク」
「なんか乙女ちっく過ぎない?ウサギのくせに」
「黒い恋もあった」
「ロープとかロウソクとか出てきそうだ」
「アンタが質問するから答えてやったのに」
「そもそもウサギはもてなさそうだ。相手を間違えた」
「失礼な」
2007年6月1日金曜日
五月三十一日 雷対策
どういう仕組みなのかわからないし、ウサギの用意したものは信用できない。
それでも試しに着てみたら、重たくて歩ける代物ではなかった。
2007年5月30日水曜日
五月三十日 あべこべ
体操をしていたら腰が疲れたので、ウサギにマッサージさせた。
ウサギのマッサージは力が弱すぎてくすぐったいばかりだった。
ウサギはマッサージの才能はないがくすぐりは上手いようだ。
笑いすぎて腹筋が痛い。
2007年5月29日火曜日
五月二十九日 きみの名は?
でもお目当ての鳥の情報と出会うのは、バードウォッチングで本物の鳥と出会うより難しいのではないか。
むやみにページをめくっても、クリックしても、到底たどり付きそうにない。
鳥が名札を付けていてくれたらいいのに。
でも、所詮、ヒトが付けた名前。鳥には関係のない話。
そう思っていたら、ベランダでウグイスが看板を背負おうと奮闘していた。
看板は重たかったらしく諦めて飛んで行ったが、残された看板には
「ウグイス(ウグイス色でなくて悪かったな)」と極小さな文字で書かれていた。
メビウスの輪に唇を
「どうして、よりによってメビウスの輪の中に唇を放すの!?」
愛しい人は唇のない顔で、哀しそうな、恥ずかしそうな表情をしてみせる。
キスがしたいのに。
こんな時に愛しい人に唇がないなんて。
メビウスの輪に舌を這わせる。舌はいつまで経っても唇の居るほうにたどり着かない。
ぐっと力を込めて輪の中に舌を突き出す。愛しい人の唇を舌先に感じたけれども、それはほんの一瞬掠めただけだった。
わたしの舌はメビウスの輪に絡め捕られた。
2007年5月28日月曜日
2007年5月27日日曜日
五月二十七日 蜘蛛の攻防
白い蜘蛛の甘い罠(その糸は水飴で出来ているのだ)の誘惑に、黒い蜘蛛はまもなく降参した。
甘い糸に絡めとられた黒い蜘蛛を、白い蜘蛛が力強く運ぶ。
「じゅるり」
白い蜘蛛の舌なめずりが聞こえたところで、わたしは二匹の蜘蛛をちり紙で捕獲し、ごみ箱に棄てた。
2007年5月25日金曜日
五月二十五日 三匹の犬
2007年5月24日木曜日
痛み
掴まれた手首が痛い。たぶん彼はそんなに強く握っているつもりはないんだろう。男の子はみんな、こんなに強引に力強くヒトの腕を掴むの?
「……細いのなぁ、腕。ちゃんと食べてる?」
そのまま私をひっぱるように、彼は歩き出した。
別に私はひどく痩せているわけじゃない。
私が男の子に腕を掴まれたことがないように、彼も女の子の腕を掴むのは初めてなんだ、たぶん。
「このお釣、おまえのだろ?」
自動販売機の前に立つ。あぁ。そうか。私は彼に掴まれた腕と反対の手に買ったばかりの缶ジュースを持っているのだった。
「今日はずっと、ボーっとしてるよ、どうかした?」
そうだね、たしかにおかしい。千円札で買った缶ジュースのお釣をすっかり忘れてしまうなんて、ありえないよね。
そして手首の痛みとともに初めて気付く。彼が私を一日中見ていることを。
あぁ私の想う人がこの人だったら、無邪気に心躍っているのだろうか。
私の目は、彼の肩越しにもっと遠くを彷徨う。いた。いやだ、こっちを見ないで。
腕を振りほどいて早足でその場を離れる。またお釣を取るのを忘れた。
2007年5月23日水曜日
2007年5月22日火曜日
2007年5月21日月曜日
五月二十一日 カラフル
万華鏡には及ばないけれど、偶然が生む配色の妙にしばし時を忘れる。
「もっときれいにしてやろう」
ウサギは強力な鼻息で紙屑の山を紙吹雪きにした。
掃除をしたのは、もちろんわたしだ。
2007年5月20日日曜日
2007年5月19日土曜日
2007年5月18日金曜日
五月十七日 傘があっても
面倒なので傘はそのまま差して歩いていたら
「せっかく傘を差しているんだから、何か降らせてやろう」とお天道さんが言う。
何かしらん、と思ったらお天道さんはブルブルと震え、火の粉を降らせた。
「それじゃあ傘が燃えてしまうよ!」
と言ったら、お天道さんは赤い顔をもっと赤くして照れていた。
2007年5月17日木曜日
五月十六日カメラマンになれない
せっかくの写真なのに、このケータイはカメラがよくない。
「代わりに、かわいいウサギさんがポーズを決めてやろう。ゆっくり撮るがいい」
ウサギの写真が撮りたくてもアンタにモデルは頼まない、と言ったらウサギはめそめそと泣き出した。
2007年5月16日水曜日
2007年5月14日月曜日
五月十四日 いまは栗鼠人間
「栗鼠人間?何ソレ」
少年の友達は心底驚いた顔で聞き返した。
「おまえ、栗鼠人間知らないのかよ? 栗鼠人間はテストの時、ちょこまか動いて間違えてるところを指摘するんだ。……指摘するだけだけど」
「正しい答えは教えてくれないのな」
「そういうこと」
私が中学生の頃は、オコジョ人と呼ばれていた。
2007年5月13日日曜日
2007年5月12日土曜日
五月十二日 逃げる帽子
ここぞとばかりに、帽子は地面をボールのように転がった。そんなによく転がるのは野球帽だからか。
わたしはおたおたと追い掛ける。帽子はけたけたと笑いながら転がる。
ようやく捕まえた。
「どうして逃げるんだよう」
「鬼ごっこ、してみたかったの」
2007年5月11日金曜日
花ニ溺レル
香りはどんどん強くなり、目眩は酷くなる一方だ。意識も朦朧としてきたようだ。ちゃんと家に帰る道を歩いているのだろうか。
ついに花の香りたちは、俺の身体を弄び始めた。耳をくすぐり、爪の間に侵入する。襟や袖からもたやすく入られ、毛を撫でていく。
触れないはずの「香り」がまとわりついて離れない。
脊髄に熱が走ったかと思うと、ようやく花の香りから解放された。足元には、多量の白く輝く花びらが散らばっていた。
2007年5月10日木曜日
五月十日 こどもの匂い
少年は汗だけでは説明できない甘い匂いを発する。
そばにいて、むせ返らないのが、我ながら不思議だ。
「この匂い」
ウサギが鼻をひくひくさせる。
「……眠くて走り出したくなる」
2007年5月9日水曜日
2007年5月7日月曜日
2007年5月6日日曜日
2007年5月5日土曜日
這い回る蝶々
いよいよどうしようもなくなると己の手を動かしはじめる。けれども、この指は木偶の坊だ。胸をつついても、腿を撫でまわしても、なんの慰めにもならない。
彼は虫、とりわけ蝶々が好きらしい。
「大きくなったらカラスアゲハになりたいと思っていたんだ」
と言い、周りにいた友人たちにからかわれていた。
それを見て、蝶々を手に入れようと決めた。山椒の葉から青虫を採ってきて、育てた。彼の名で呼び、餌は肌の上で食べさせた。そのせいで皮膚はずいぶんかぶれたけれど、構わなかった。彼が触れた証だから。
まもなく彼は骨盤の右側あたりで蛹になり、そして蝶々になった。
今夜も餌をやるために、わたしはベッドの上で膝を立てる。彼は乳首に舞い降り、脇腹をゆっくり伝い、そして蜜を吸いにくる。わたしの出す蜜がよほど甘いのか、彼は口吻を深く突き刺す。
********************
500文字の心臓 第66回タイトル競作投稿作
○4△1×1
五月四日 トゲの使い道
多くのウサギがそうであるように、このウサギも甘えたいとき、淋しいときに武装する。
血だらけになるのも厭わずにそんなトゲを身につけていたら、抱きしめてやれないよ。
五月五日 掃除日和り
ラムゼイの声は、どちらかと言えば気怠いけれど、太陽や風を感じながら聞くと心地よい。
窓吹き、床を吹き、すあまを食べ、ラムゼイを口ずさみ、鯉のぼりを眺めれば、十分な一日だ。
2007年5月4日金曜日
五月三日 とうもろこしとの戦い
「そんなにのろのろ食べてたら終わらねーぞ」と焼きとうもろこし売りが言う。とうもろこしが大きくなるより早く食べ尽くさなければならないようだ。
思いがけず早食いをしなくてはならなくなった。
なれないことはするもんじゃない。鼻からとうもろこしが出て止まらない。
2007年5月1日火曜日
五月一日 アクロバティック内科
当然診察は一人づつだと思いきや、三人一緒に呼ばれた。
先生は実に器用だった。
ペンライトを三つ持って「お喉拝見」。
両手と顔を駆使して「脈を拝見」。
父と母と私は一斉に口を開けたり、腕を出したり。
アクロバティックな診察のおかげで、ずいぶんすっきりして病院を後にした。
2007年4月29日日曜日
四月二十九日 高熱にうかれる
「まったく、ホラ話ばかり聞かされて参ったよ」
とウサギが言うんだから、よほどうかれているのだ。
父にウサギの相手をしてもらったおかげで、ゆっくりできた。
2007年4月28日土曜日
四月二十八日 すべて親指のせい
DVDを焼くのに失敗し、パソコンはフリーズし、予約してあったテレビの録画ができていなかった。
「どうして!」
「そりゃ、あんたの右手の親指から青紫色の怪しい電波が出ているからにきまってるだろ。見えないのか?」
とウサギがしれっと言った。
今心配なのは、この日記がちゃんと送信できるかどうかだ。
2007年4月27日金曜日
2007年4月25日水曜日
四月二十五日 パン食い競争
ウキウキしながら帰って、食べようとしたら、二つとも半分くらいに減っている。しかも食い千切られたようにぼろぼろになっていた。
「やや。これは何ということだ!」
パン曰く「おいしそうだったから、共食いしてしまった」
減るとわかっていればもう一つ買ったのに。
2007年4月24日火曜日
2007年4月22日日曜日
四月二十二日 時計猫
きっと朝起こしてくれたり、時間を知らせてくれたりするだろう。
そう期待していたけれど、猫は昼まで寝ていた。やっぱり猫だ。
2007年4月21日土曜日
2007年4月20日金曜日
四月二十日 黄昏パンツ
まだ誰にも穿かれてないのに、二十回穿かれたパンツより、やつれていた。
パンツは疲れて旅に出たつもりなのだろう。
旅するパンツを犬は踏んづけた。
2007年4月19日木曜日
四月十九日 眠れない夜
ウサギはもっと過敏になっているようだ。毛を逆立てソワソワしていた。
「気になるのか?外に行けばいいじゃないか」
ウサギはいつも勝手にうちに出入りしているのに、こんな時に限って自分から出ていかない。
ウサギは一目散に飛び出していった。
これで眠れる。
四月十八日 雑誌に後悔する
とても満足、得をした気分になったけれど、家に帰ったらウサギが同じ雑誌を悠々と読んでいた。
特集は「落ちこぼれの子猫に似合う愛され弁当占い」
私はなんて下らない雑誌を読んでいたのだろう。
2007年4月17日火曜日
四月十七日 神妙な佇まいで待つ
ここは駅のホーム。おじさんが待っているのは、電車だ。お焼香ではない。
おじさんのカバンのファスナーには、金色のウサギのキーホルダーがついていた。
なんとなく、納得した。
2007年4月16日月曜日
2007年4月15日日曜日
四月十五日 便所騒動
「いやぁ! きれいだねぇ」と言ったらウサギに「何を呑気なことを」と怒られた。
そうか、朝起きたばかりなのに、用が足せないじゃないか。
でもまあ、野小便に最適な場所はウサギがよく知っているから困らなかったけど。
2007年4月14日土曜日
血の値段
往来の真ん中で女が叫ぶ。
青白く骨張った身体。長く黒い髪だけがやけに艶やかである。
「あたしの血を一滴飲めば、精力絶倫!ねぇ、どうだい?お兄さん、買っておくれよ」
通りかかった若者に品を作って見せる。女の足元にはすでに赤黒い染みが広がりつつあった。
「あたしの血を二滴飲めば、無病息災」
「あたしの血を三滴飲めば不老長寿。ほら、おばあさん、あっという間に若返るよ!」
口上が進むにつれ女の足元は血溜まりは大きくなっていく。年寄りがニタニタと女の股ぐらを覗き込む。
「あたしの血を四滴飲めば、不老不死。さあ、じじい!覗くんなら買いな!」
ますます顔は青白く、髪は豊かに輝く。
「あたしの血を十滴飲むと、ほら!」
女は己の血の海に沈み、溺れた。
2007年4月12日木曜日
四月十二日 スマイル頂戴
お嬢ちゃん、ちょっとでいいから笑顔を見せて、と念じながら。
ほら、素敵な笑顔じゃないか。
でも、お嬢ちゃんを笑わせたのは、わたしではなくウサギだった。
ウサギがしっぽでくすぐったのだ。まったく年頃のお嬢ちゃんに破廉恥なことしやがって。
今度はわたしが不貞腐れる番だ。ウサギを怒りたいやら感謝したいやら。
2007年4月10日火曜日
悪魔の精子
瓶に入った精液は紫がかり、いかにも悪魔色をしているのが可笑しい。
悪魔とはインターネットで知り合った。「あなたの子供が欲しい」とメッセージを送ると、裸の写真を送れと返事がきた。会って交合することはできないが精液を送ることはできる、そのために裸の写真が必要だ、と。
私は考え得る限り煽情的なポーズで写真を取った。果たしてこんな姿で悪魔の欲情を呼ぶことができるのか、不安ではあったが他に術がない。悪魔から「よくできた」とメールが来たときには、我ながら驚くほど胸がいっぱいになった。
私も悪魔の精子を受け入れる仕度をしなければならない。一体どうすればと思っていたが、悪魔の答えは至極簡単だった。「注射器を使え」というのである。
用意しておいたのは極太の硝子でできた注射器だ。針は付けていない。ここに紫の精液を注ぎ終えると、瓶にわずかに残ったそれを指で掬い舐めてみた。予想に反した甘さに、うっとりとする。
私は自らの手で身体を昂ぶらせると硝子の注射器を挿入した。ピストンを押し込み、精液を送り出す。まだ冷たかった精子だが、胎内に放たれると一気に暴れた。私の身体はその刺激に強く収縮し、硝子の注射器を砕いた。
破片は身体の内外を次々と傷付ける。膣を切り裂き、内腿に刺さり、子宮に埋まった。なおも精子の勢いは衰えず、私は歓喜の声を上げ続ける。
四月十日 春のお稽古
ホーホケキョケキョ♪
「最後のケキョ、は余計だ」
ホーホケキョケ
「まだ多い。ケはいらない」
ホーホケッキョ
「ちょっとリズムが狂ったな」
巧く鳴けないウグイスもまた、かわいらしい春なのに。
まったくウサギは余計なことをする。
2007年4月9日月曜日
2007年4月8日日曜日
九月二十六日 置き薬
薬箱の前でジェラルミンケースを開けると、薬が飛びかいだした。大道芸のようだ。風邪薬は軽やかに、胃薬は高く、湿布はひらひらと、包帯は回転しながら、飛んだ。
すっかり薬の整った薬箱は、何事もなかったように蓋が閉じられ、ジェラルミンケースも静かになった。
金を支払うと、薬屋は深々とお辞儀をして、帰っていった。
九月二十二日 犬のしっぽ
2007年4月7日土曜日
2007年4月6日金曜日
2007年4月5日木曜日
四月五日 行方不明の温泉
なのに、その温泉施設は見つからなかった。
どこに旅行中なのだろうか、その温泉は。
留守なら留守と札くらい立てておいて欲しい。
2007年4月4日水曜日
2007年4月3日火曜日
2007年4月2日月曜日
四月一日 筍の山椒摘み
鴨が葱を背負って訪ねてくるのとどちらがすごいだろう?と考えながら、筍を捕まえるタイミングを見計らっていた。
2007年3月31日土曜日
2007年3月30日金曜日
三月三十日 赤いスニーカー
わたしが全速疾走したところで、赤いスニーカーは満足しないだろう。
ごめんね、赤いスニーカー。わたしはとても足が遅いんだ。
2007年3月29日木曜日
三月二十九日 新しいノコギリ
ノコギリは小さくて刃が薄いのがいい。
大きな板は大きななノコギリで切ればいい。
でもわたしは小さな板しか切らない。
作るのは小人の住まいだから。
2007年3月28日水曜日
三月二十八日 山々なのだが
山のように、デンと構えていられたらよいのだがなぁと山を見ながら思う。
でも、富士山も甲斐駒も八ヶ岳も浅間山も、みな違う性格をしていたから、一人くらい神経質な山がいるかもしれない。
2007年3月26日月曜日
2007年3月25日日曜日
三月二十五日 亡者と痴人の文字
この箱の中の手紙の差出人多くは、既に亡き人か、筆を取れなくなった人だ。
私はそれを処分できない。
かといって保存するものでもない。文化財ではないのだから。
ただ、そのままにしておく。
それだけ。
2007年3月24日土曜日
三月二十三日 また虫
「ねぇ、紙きり虫の知り合いはいないの?」
とチョコレートを食べなが寛ぐウサギに聞いた。
「紙きり虫?あぁ、たくさんいるよ。でも彼らはグルメだから、その紙を食べるかどうか、わからないね」
じゃあ、ヤギは?と聞こうかと思ったけれどまたまた疲れる応えが帰ってきそうなのでやめた。
2007年3月23日金曜日
チョコ痕
なめくじはチョコレートの香りに導かれ、一分の狂いなくチョコ痕を辿る。ほんのわずかこびりついたチョコ痕をきれいに舐め取り、引き換えに彼の粘液を残す。チョコレートを舐め取った後の粘液は、チョコレートと彼の体臭が混ざり合い、妙なる香りを発する。
それを嗅ぎつけた野良犬たちが、切なく吠える。
歩道橋の手すり、横断歩道、チョコ痕は続く。なめくじが歩む。野良犬の遠吠えもしばらく続きそうだ。
********************
500文字の心臓 第65回タイトル競作投稿作
○7△1 正選王
2007年3月22日木曜日
三月二十一日 色合わせ
溶け合うかどうか、ゆっくりと吟味し、なめらかに交わる。
ぶつかり合う色と色もある。勝ち負けはないのに。
よく似た二つの色は、如何に似ているかを主張すると同時に、個性を出したがる。
わたしはすべての色を褒め、愛でることしかできない。
2007年3月21日水曜日
2007年3月20日火曜日
2007年3月18日日曜日
三月十八日 百貨店はトマト尽く
たぶん試食最高記録じゃないだろうか。
そのあと、トマト色の宝石と、トマト色の口紅とトマト色のマフラーとトマト色の紙を買った。
トマト色のマフラーは失敗だった。もう春なのに。
2007年3月17日土曜日
三月十七日 図書館では誰でも
仕方ない、図書館では、どんな紙くずでも本になりたくなるものだ。
紙片たちを拾い集めて、小さな本に貼りつけた。
紙片の気が済んだかどうかはわからない。
糊でしっかりくっつけたから、身動きできないだけかもしれない。
2007年3月16日金曜日
三月十六日 フライングタルト
「まだ早いよ」と言うと
「すみません、思ったより風が強くて、早く着いちゃいました」
とペコペコ謝っていた。
タルトは許してやり、みんなで食べた。おいしかった。
でもやっぱり予定の日にも食べたい。
2007年3月15日木曜日
三月十五日 大きな白の犬
「でかい図体のくせに。剣呑だな」
とウサギが言う。
「でも毛並みはアンタよりきれいだよ」
本当にふかふかの犬だった。いささか白すぎるけれども。
たまには犬もいいな。
2007年3月13日火曜日
三月十三日 本棚を片付けた
本棚には本当に気に入った本しか入れない。
それなのに、知らない本が増えている。
「毛繕いの極意」
「赤い瞳の女」
「尻尾はやめて」
「魅惑の耳」
ウサギがいつのまにか持ち込んだらしい。
読んでみようかと思ったが、止めた。万が一おもしろかったら悔しいじゃないか。
2007年3月12日月曜日
三月十二日 えんがちょ
「おれ38度」
「オレ40度」
「おれA型」
「オレB型」
「タミフル飲んだ」
「飲まなかった」
わかったよ。
わかったから、近寄るな。触るな。こっち見るな。
気がつくと、往来の真ん中で「えんがちょ!えんがちょ!」と喚いていた。
どうやって家に帰ったのか、わからない。
2007年3月11日日曜日
2007年3月10日土曜日
2007年3月9日金曜日
三月八日 疑問だらけのモスパ
「でも父ちゃん、モスパはスバドーカみたいに850円付かないんだろ?」
「なにやらスバを使う度にポイントが付くらしいぞ。でも有効期限があるらしい。それにポイントの割合が850円よりいいかどうか」
「じやあ、もし850円より安かったらスバはスバドーカを使ったほうがよいね」
「そうだな。その辺もよく確認しといとくれ。でもトッネスパはいらなくなるから、枚数は減るよな。というわけで、モスパについてよく調べておけ」
「おぅ」
わざわざ風呂に入ったままする話ではない。
2007年3月8日木曜日
三月七日 素敵なモノサシ
ウサギは23バカバカシサだった。
「そんなバカな」
と文句を言いながら、ドーナツをピンと立てた耳に次々通していた。
2007年3月6日火曜日
三月六日 星空に本心を映す
今夜のような星空を、誰と一緒に見たいだろうか。
最初に思い浮かんだ人が、たぶん今一番恋しい人だ。
意外な顔が脳裏に現れて、動揺した。
2007年3月5日月曜日
2007年3月4日日曜日
三月四日 髭なし髭おじさん現る
髭なし髭おじさんは、どういうわけかウサギと意気投合し、大きな声で語りあっていた。
髭なし髭おじさんがウサギを構ってくれたおかげで、ずいぶんゆっくりできた。
部屋のドアをきっちり閉め、耳栓をしたけども。
2007年3月3日土曜日
三月三日 ビターチョコレート
「どうだ? 苦かっただろ?」とウサギが意地悪な声を出した。
「ちっとも」
このチョコレートより苦いものを、私はいろいろ知ってるもの。
三月二日 懐かしくない理由
七年前も経っているんだけどなぁ。
とぼんやり思っていたら、ウサギに悪態をつかれた。
「それは年を取ったからだ。」
「時間の流れに鈍感なんだな。」
「惚れかたが不純なんだよ」
どれも間違っていないが的は得ていないと思う。
結局よくわからない。
2007年3月2日金曜日
2007年2月28日水曜日
二月二十八日 布団が吹っ飛んだ
なんて笑っている場合じゃない。
フロントに落ちてきた布団のせいで、自動車は迷走した。
誰もケガをしなかったのは幸いだった。
布団は再び春の風に乗り、ウキウキとどこかに飛んで行った。
2007年2月27日火曜日
二月二十七日 考え事
たくさん考えたから頭も疲れた。
「で、何を考えていたの?」とウサギに聞かれた。
ピンクと緑と紫のことだなんて、ウサギにはとても言えない。
2007年2月26日月曜日
2007年2月25日日曜日
2007年2月23日金曜日
二月二十四日 新色登場
今年はちゃんと手の手入れをしようと思う。春だな。
「でも、また三日坊主に違いない」
と呟くと同時にウサギの声がした。
「何を?!」と振り返ると、毛皮を桃色に染めたウサギがいた。
「春の新色。手入れが厄介なのだ」
ウサギは桃色の身体を撫で見せる。心なしか嬉しそうだった。
2007年2月21日水曜日
二月二十一日 観覧車のある風景
最後に乗ったのはいつだったか、思い出せない。風の強い日だったことだけは覚えている。
そうやって眺めているうちに観覧車は超高速回転を始めた。
あんなに回ったら乗っている人はバターになっちゃうよ。
高速で回る観覧車を見るのはたいしておもしろくなかったから、家に帰った。
2007年2月20日火曜日
2007年2月18日日曜日
2007年2月17日土曜日
2007年2月15日木曜日
二月十五日 おいしかったのに
おいしいおいしいと食べていたら、ウサギから電話がかかってきた。
喋っている間になくなってしまうかもしれない。
ウサギが電話越しに食べるかも。父が話している隙に食べるかも。
電話を切ると案の定餃子はなくなっていた。代わりに、焼売があった。
焼売は餃子ほど好きじゃない。
2007年2月14日水曜日
二月十四日 やけどが痛い
湯の温度をみてやろうと手を入れたらやけどした。
切手は平気な顔しているので破いてやろうかと思った。
でも破いたってやっぱり平気な顔をしているに違いないので、やめた。
2007年2月13日火曜日
二月十三日 バレンタイン前日
「チョコレートもらったことあるの?」
とウサギに聞くと「ある」とぶっきらぼうに言った。
「それで今作ってるのは?」
「去年のお返し」
ウサギにも律儀なところがあるものだ、と感心した。
2007年2月12日月曜日
2007年2月11日日曜日
二月十一日 名前のない猫たち
四匹には名前がない。
「名前が欲しいか?」と聞くと四匹とも寝てしまったので、名前は付けないことにした。吾が輩、なんて言って物書きをはじめなければよいが。
2007年2月9日金曜日
二月九日 薬屋あらわる
次から次へと入ってみたが、欲しい薬は置いていない。
結局、薬は買えなかった。四軒も空振りな薬屋を出したのは、どこのどいつだ。
二月八日 ものもらい
パジャマのままで眼科に行くと、ほかの患者も受付のお姉さんも、お医者もパジャマだった。
「ものもらいですね。点眼薬を出しましょう」
とパジャマ医者はあくびをしながら言った。
けれども帰りのバスの中では一人パジャマだったので恥ずかしかった。
行きは目が気になって、気付かなかったんだな。
2007年2月7日水曜日
2007年2月6日火曜日
二月六日 するめが食べたい
ウサギの後姿までもがするめに見えてくる。
我慢できずにウサギを捕まえてぺろりと舐めた。
しょっぱいのを期待していたのに、甘かった。
ウサギは怒るかと思いきや、多いに照れながら消えてしまった。
まだ口の中が甘い。
2007年2月5日月曜日
2007年2月4日日曜日
2007年2月2日金曜日
2007年2月1日木曜日
二月一日 ヘーゼルナッツココア
でも、マグカップは生クリームでできていたから、急いで飲まないと、溶けてしまう。
わたしは、美味しいココアを慌てて飲まなければならなかった。
でも、そんなふうに慌てていたのは、わたしだけだったのだ。
友達のマグカップも、ほかのお客のマグカップも、しっかりとした白い陶器だ。生クリームなんかじゃない。
一体誰の仕業だろうか。今日はウサギを一度も見ていない。
2007年1月31日水曜日
一月三十一日 歯医者に行く
ついつい占いのページを見てしまう。読んでも覚えていられないのに。
雑誌を置いて、歯医者に向かった。
「恋愛運がイイらしいな」
とウサギに声を掛けられた。
そうだったっけ? と思わず笑顔で返してから思い出した。
ウサギのせいで歯医者に通っているのだ、耳を引っ張って歯医者に連れていった。
歯医者にお尻を叩かれているウサギを見て、歯の痛みが少し和らいだ。
2007年1月30日火曜日
2007年1月29日月曜日
一月二十九日 眠たい子供
けれども、身にまとった眠気は子供のそれで、わたしは少し笑う。
眠い目をこするうちに、少年は猫になった。
膝の上でまるまって、ぐっすりと寝てしまったから、わたしは動けない。
2007年1月28日日曜日
2007年1月27日土曜日
一月二十七日 思い出に耽る
昨日のこと、先週のこと、十年前のこと。
あんまりフワフワしているから、ウサギが親切に足に重りを付けてくれたけども、役に立ったとは言い難い。
重りをしていても、全く「心ココニアラズ」だったのだから。
心は足には入っていないと、わかった。
2007年1月26日金曜日
一月二十六日 折り紙を折る
折り紙なんて、久しくしていないから細い細い記憶を辿りながら折った。
出来上がった小さな白い奴は、よく喋った。
女の子は、おしゃべりのうまい奴に夢中だ。
女の子と、女の子の掌の上の奴を見送りながら、奴が女の子に悪戯しないか心配になった。
なにしろ私の作った奴だ、助平に違いない。
2007年1月25日木曜日
一月二十五日 詩を読んだら
そんな話をしたら、ウサギが言った。
「井戸に打ち明け話をしたら酷い目に合うぜ」
ウサギいわく、「水とカエルは噂話が大得意」。
じゃあ、暖炉にするよ、と言うと
「そりゃもっとまずい」と真面目な顔をする。
「煙とカラスの言うことは針小棒大、世界中にあることないこと広まっちまう」そうだ。
それなら小さなノートに小さな字で詩を書いたほうがマシかもしれない。でも文字に残ってしまう。どうしたらよいのか。
2007年1月24日水曜日
一月二十四日 歯が痛い
虫歯じゃなく、ウサギのせいで歯に穴が開いた。
そのことにとても腹が立った。ますます痛くなった。
「穴は塞ぎましたが、怒ると痛くなりますから気をつけて下さいね」
そんなこと言われても。
2007年1月23日火曜日
一月二十三日 米研ぎ
「握り飯を食わせろ」
「これは、私が夕飯に食べるんだ、アンタにやる飯はない。」
というと、ウサギはならば、と自分も米を研ぎはじめた。
ウサギは水が冷たいからと言って、湯で米を研ぐ。
たちまちよい香りがしてきて、ウサギの米は飯になった。
うらやましくて、真似をしたけれども、飯にはならなかった。
いつのまにか、ウサギはいなくなっている。
一月二十二日 月にありがとう
そうだ。今夜の月は、鋭く尖っているくせに、折れそうに細い。君の心とそっくりだよ。
でも、きっと大丈夫。月を愛でる気持ちがあるなら。
「うん、今日の月は本当にきれいだ」
と言って、少年をしっかりと見つめ返した。
ほんの少しだけ穏やかな顔になる少年を見て、お月さまに感謝する。
2007年1月21日日曜日
一月二十一日 チョコレート日和
パンはチョコレートクロワッサン。
遅すぎる朝食はチョコレート&チョコレートになってしまった。
目覚める寸前までチョコレートのようなホロ苦い、でも甘い夢を見ていたから、ちょうどよかったかもしれない。
一月二十日 おしゃべりな雪
雪ってしんしんと降るものだと思っていたのに、ピーチクパーチクうるさかった。
「いやー寒いよね」
「あのカップル、ひっついちゃって」
「妬けるねぇ」
「あー寒い寒い」
……寒さのシンボルが何を言うか。
2007年1月19日金曜日
一月十九日 ウインクする少年
残ったひとりは素知らぬ顔で落書きを続けるのでもう一度注意すると、彼はウインクをした。
あまりにも慣れたウインクだと思ったら、少年はたちまち正体を現した。
ウサギだった。やっぱり。
一月十八日 郵便局にて
おばあさんが声に出して数字を言うから、郵便局の人は焦っていた。
「声に出してはダメですよ!黙ってこの機械のボタンを押してください。今言った番号は使えませんよ」
「それじゃあ変えます。5・9……」
耳が遠いのか、大声だった。
おばあさんは数字を唱えながら居眠りを始めた。
郵便局の人は顔が真っ青になっていた。
私も頭がくらくらした。数字が頭の中で意味なく飛び交って、自分の暗証番号を呟きたくなるのを必死に堪えた。
2007年1月18日木曜日
一月十七日 縞馬人間に遭遇する
ゼブラ柄のハット、ゼブラ柄フレームの眼鏡、ゼブラ柄のシャツにジャケット、ゼブラ柄のズボンと靴。そこから覗く靴下もゼブラ柄。もちろん鞄もゼブラ柄。
なんと彼は身につけるものはすべてゼブラ柄。物心付いて以来、ゼブラ柄しか着たことがないという。
「最近、悩んでいるんです」
と彼は言った。
「もしかしたら僕は本当にシマウマなのかも、って。でもどう確かめればいいのか、自分じゃわからない」
私は彼をホテルに誘うことを妄想した。
そうすれば、彼がシマウマなのか、シマウマ的なのか、シマウマ好きなだけなのか、すべてわかるんじゃないかと思うのだ。
2007年1月17日水曜日
一月十六日 電話で内緒話
「チケットを下さい」
と言うと男はひそひそと値段の確認や支払い方法を説明した。
だんだんとこちらも小さな声になり、しまいには内緒話をしているようだった。
電話で内緒話をしてもどうにもならないのに。
2007年1月16日火曜日
2007年1月14日日曜日
一月十四日 黒いものたち
黒い紙はツヤがあってはならない。
黒い紙はスキがあってはならない。
黒い紙はソリがあってはならない。
段々わからなくなる。
「黒猫の足跡が見えなきゃいいんだろ、要するに」
ウサギは白いが時々ブラックなことを言う。
2007年1月13日土曜日
一月十三日 A感覚な肉まん
肉まんは、ふはふはと稲垣足穂の『一千一秒物語』を唱えていたが
女の子は気にする様子もなくおいしそうに食べていたから、ちょっと安心した。
2007年1月12日金曜日
2007年1月11日木曜日
一月十一日 切手を風呂に入れる
切手達はゆらゆらと湯の中を泳ぎ、さっぱりとした顔であがってきた。
これではただ風呂に入れてやっただけではないかと悶々としながら、切手たちを順番に拭いてやった。
2007年1月10日水曜日
一月十日 切手達の散歩
時々、切手同士ぶつかって何事か会話を交わしているが、ドイツ語なので何を言っているかわからない。
喧しいのでうろちょろする切手を摘みあげ、アクセサリーケースに押し込んだ。
ずいぶん手間がかかった。
2007年1月9日火曜日
2007年1月8日月曜日
2007年1月7日日曜日
一月七日 闇おにぎり
「いただきます!」と叫んだら、電球が切れた。
電球は、味噌の香りにたまげたらしい。
真っ暗な中で、もそもそと焼きおにぎりを食べる羽目になった。
おいしかったけれど。
2007年1月6日土曜日
2007年1月5日金曜日
一月五日 浅間山にご機嫌伺い
とにかく、浅間山にくしゃみはしないで欲しいのだ。
浅間山のくしゃみは、とても困る。
2007年1月4日木曜日
一月四日 煮え切らない透明人間
彼らは皆、それでも自分が見えてないと思っているらしい。ぐにゃぐにゃと奇妙な踊りを踊ってこちらにアピールしてくる。
見えてほしいのか、ほしくないのか。
2007年1月3日水曜日
一月三日 箱詰めキャンディ
「ウサギじゃなくてよかった」
と呟くとキャンディを6個頬張ったウサギが現れて
「黒猫親子の仕業だな」
と言った。
一月二日 箪笥の中に
部屋の中に古いYシャツが山となる。
三回前の冬に死んだ祖父のものだ。
祖父が死んで間もなくに服は全て片付けたはずなのに。
そもそも、溢れ出てきたYシャツはひきだしの容量をはるかに超えている。ブラックホールか四次元ポケットか。
私が仏壇の前に言って文句を言うと、遺影の祖父は舌を出した。
2007年1月1日月曜日
一月一日 壊れたプリンター
どうしたのかと思っていたら昨日壊れたプリンターから、ぺちゃんこになったウサギが出てきた。
ぺちゃんこウサギに「あけましてありがとうございます」と印刷されていた。
プリンターが壊れたのはきっとウサギのせいだ。
プリンターはウサギもろとも電機屋に引き取ってもらった。