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2006年3月14日火曜日

まどろみを強いる者

神父は、息継ぎもせずに聖書を読み続けた。ゆっくりと話しているのに、早口言葉のようにも聞こえる。
一体いつ息をしているのだ?とじっと観察してみるが
御堂に静かに響くその声は、どんな子守歌より心地よくて私は眠ってしまう。

どれくらい時間が経ったのだろうか、私はにわかに覚醒した。
見渡すと、御堂にいるすべての人が皆、眠っていた。神父本人も、例外でない。胎児のように身体を丸めて眠っている。
だが、神父の声は響き続けている。
途絶えることなく、静かに、だがはっきりと。
私はキリストをちらりと見遣ると、再び眠りに沈んだ。

《Trombone》

2006年3月7日火曜日

夕暮れの遊び

ニシに吸い込まれそうな太陽を相手に、子供は鞠で遊ぶ。
どんなにはしゃいでも、素早く鞠をついて見せても
太陽は留まることはできず、どんどんニシが吸い込んでいく。
けれど子供はニシが憎いわけではない。
ニシに吸われる太陽の色が、子供は一番好きなのだ。

《笛子》

中国の竹製の横笛。

2006年3月6日月曜日

情け

水溜まりで溺れているところを助けてやったぜんまいがえるはやたら饒舌だった。
「やや、忝ない。有り難きき幸せ。ああ、助かった。痛み入りますでござる。ご恩は忘れん。あ、そんなことまで。恐縮。感謝感激」
「おまえ、漫才でもやれば?」
と皮肉を言うと
「滅相もない」
を二本足で歩きながら36回繰り返した。

《Marranzanu》

マランザヌは、イタリアの口琴

2006年3月5日日曜日

エイリアン

私が学生時代、もっとも親しくしていた男は、異なる星の人だった。
「なんと言う名の星なのだ?」
と尋ねと友は歌うように発音したが、何度真似てもその銀色の声は出なかった。
私は声を聞きたくて、いろいろと質問した。
両親の名は? 兄弟の名は? 好きな食べ物は? Good morning.はなんと言う?
今思うと、なんて失礼なことをしたのだろう。
しかし彼は、嫌な顔せずに答えてくれた。
彼は今、病院にいる。まもなく死ぬだろう。
銀色の血液をした人は、地球にいない。

《Buzok》

ブゾックはレバノンのギター系の弦楽器

2006年2月27日月曜日

凍った音

オレのじいさんは、氷樹の森できこりをしていた。
氷樹は木材としても薪としても優れていたし、楽器にもなった。笛にも太鼓にもなった。
氷樹の森は寒いが、じいさんは泊まりがけで仕事にいった。
一度だけ、オレはじいさんに付いて森に入ったことがある。
粗朶を集めて来いと言われて、オレは枝を拾い集めた。
じいさんが火を点けると、黄色い炎が揺らめいた。あたたかかった。
もう氷樹はすっかりなくなった。どんなに寒い土地に行っても見つからない。
じいさんの形見の笛も、氷樹が滅びるのと同時に、音がしなくなった。

《Cello》

2006年2月23日木曜日

デートのお誘い

「ぼくと一緒に」
「遊びに行きましょう?」
「かわいいお嬢さん」
学校帰り、目の前に三つの手が伸びてきた。顔を上げればおじいさんとおじさんとお兄さん。そっくりの笑顔が私を見つめている。
「おじいちゃん、彼女は僕が先に」
「息子よ、お前はまだ若い。先がある」
「老いぼれが一番安全ですぞ?お嬢さん」
私は三人の顔を代わる代わる見るしかできない。
「伜よ、お嬢さんが困っているではないか!」
「誰がお好みですか?」
「おっさんは置いて、僕と行こうよ」
私は堪らなくなって吹出した。
「みんな一緒に!」
そして、おじいさんと右手を繋いで、おじさんと左手を繋いで、お兄さんに荷物を持たせて遊園地に行ったの。お兄さんはちょっとご機嫌ななめだったけど!

《Accordeon》

2006年2月14日火曜日

ひたすらに

鳥と案山子が何やら囁き合っているのを、知らぬふりして百姓は働く。

《Ocarina》

2006年2月13日月曜日

美の探求

最近の私は、四角や三角の木の塊を積み上げることに夢中だ。
先月、はじめての誕生日に父から贈られたその木の塊は
「積み木」と呼ぶらしいが私はまだ正確に発音が出来ない。
私は積み木の感触、木目、匂いを目や手や舌で存分に味わう。
特に木目を撫でていると吸い込まれそうな感じがする。
よく観察した後で床に置く。積み木の指示に従って向きや位置を調節する。
そうやって一つづつ、並べ重ねていく。
積み木の注文は細かいので、なかなか完成しないが
その甲斐あって、出来上がりは見事なものになる。
造形はもちろん、輝き・木目・影……すべてに均整が取れたすばらしさ。
ああ、この美しさを言葉にできないもどかしさよ!
「言葉を獲得した頃には、その美しさを忘れているよ」と積み木は言うが、本当だろうか。
そんな思索も母の一声で台なしになる。
「お片付けしましょうね」

《Oboe》

2006年2月11日土曜日

星が降るから

百年に一度の星降る夜に、屋上で寝転がる。
コートを着て、マフラー巻いて、手袋付けて。
星は予想以上によく降った。
キラキラと星が落ちてくるのを眺めていると、なんだか宇宙に引き込まれそうな気持ちになる。
細かい星だから、口や鼻にも入って来る。くしゃみが止まらない。
あちこちのビルからくしゃみが聞こえてきて笑ったら、もっとくしゃみが出た。
あの子も星を吸い込んでくしゃみをしているかな。
そういえば、僕はまだ、あの子のくしゃみを聞いたことがない。

《Piano》

2006年2月9日木曜日

友からの手紙

絵画を前にして大声をあげて涙を流すのは初めてだったよ。
もっとも君は、私がこの絵の中の婦人と話していることのほうが驚くだろうけれど。
彼女の声は、どこまでも美しいが、時折動けないことを嘆き震えた。
友よ、私はどうしたと思う?
絵画に手を差し入れて、婦人を引っ張りだそうとしたのだ。……私は婦人に恋をしていた。
存外、簡単に手は入った。肘も入った。けれども、何も触れるものがない。
「もっと奥よ」と彼女が言うので、私は目一杯腕を伸ばして、中を探った。動かせるだけ動かした。
「ありがとう、もういいわ……」と涙声が聞こえて、私は仕方なく手を抜いた。
絵の中に彼女はいなかった。何が描いてあるのか、わからなくなっていた。私が目茶苦茶に手を動かしたから、絵が掻き混ぜられたのだと理解した。
その証拠に私の腕は、絵の具で塗れていた。
私は己の手で、愛しい人を消してしまったのだ。……一度も触れることなく!

《Lute》

2006年2月8日水曜日

甘い硬貨

「……もっと甘いのが欲しかったのよ?」
グラスを置きながら彼を睨むと、指先からコインが出てきた。
突然の手品に思わず見とれる。
彼は、それをグラスに勢いよくぶつけた。けたたましい音がすると思いきや、「チュッ」と口づける音がする。
一口呑むと、注文通り甘くなっていた。

《Tenor Saxophone》

2006年2月6日月曜日

Rendezvous

ほうれん草の缶詰が好きなアイツが華奢なあの娘と踊ってる。
ほら、ご覧!錨のマークもスウィングしてるよ。
よしな、あの娘は他の野郎は目に留まらないんだ。
妬けるねぇ、まったく。

《Cornet》

2006年2月5日日曜日

休息

ゆりかごに揺られているのは、52枚のカードだった。
私は見なかったことにしてすぐそこを去ったが
(誰だって昼寝の顔は見られたくないものだ)
すぐ後に強い風が吹き、つむじ風に巻かれて天に昇る彼らを見ることになった。

《Harpe》

2006年2月3日金曜日

プレリュード

森の奥に小さな湖がある。冬になると湖は間違いなく凍る。
彼はたぶん十一才だ。十才にしては大人びているし、12才にしては華奢だから。
彼は、凍った湖の上に薪を組んで火をつけた。
湖の真ん中で炎が揺れている。
彼は凍った水面にどっかり腰を下ろして、炎を見ていた。時々薪を足して、うまく火を育てている。
暗くなっても炎が消えることはなかった。私の家の窓から木々の隙間から湖が見えるのだ。
私は眠った思いの外よく眠れた。
朝、湖には炎はもちろん、少年も薪の燃え残りもなく、凍っている。

《Flute》

2006年2月2日木曜日

毒の味

魔女が薬を作っている。僕に飲ませる毒薬に違いない。
しかしどうにも手つきが怪しい。
目にも留まらぬ速さでナイフを動かしているが時々「イタッ」とかわいらしい声を出して、僕を睨む。
僕は囚われの身で、猿轡を噛まされ後手に縛られているのだから、どうすることもできない。
……本当は縄が緩くて手が抜けそうなんだけど。
ようやく毒薬が出来上がったらしい。魔女はそれを指で掬って舐めた……いけない!
それは毒だ!
僕は立ち上がって、魔女を抱きしめ、強引に唇を奪った。
どうせ、僕が飲む毒薬だもの、どこから飲んだって一緒じゃないか。

《Marinba》

2006年1月31日火曜日

ハンバーガーとコーラとポテト

ハンバーガーショップに店員は一人しかいなかった。
お下げ頭にキャップをかぶっている。きっと高校生だ。
「クヤエキュ?」
「え?」
「クヤエキュ?」
ぼくは彼女の顔をまじまじと見た。別にバカでもなさそうだ。
それどころか、かなりの美人だ、というかオレのタイプかもしれない。
「ハンバーガーと…コーラと、ポテト」
「スエアッケ、バムメ、ッメオイウ」
と言うと彼女は楽しそうに鼻歌を歌いながら厨房に引っ込んだ。
オレは外国にでも来たのだろうか?
家から四分のハンバーガーショップに来たつもりなのだけど。
そんなに頻繁ではないけれど、何度も来たことがあるハンバーガーショップに。
ほどなく、彼女はきちんとハンバーガーとコーラとポテトをトレーに載せて戻ってきた。
「ゥッベッキュ」
値段はレジに出るので分かる。ありがたい。
オレは彼女から一番遠い席に座って、モソモソとハンバーガーを食べた。
あの娘はまた、歌を歌っている。とても気持ちよさそうに。
どこの言葉なんだろう?なんでここで働いているのだろう?なんで一人なんだろう?
ハンバーガーは、いつもより数段旨かった。いつもしょっぱすぎるポテトの塩加減も言うことなしだった。それでもオレは縮こまってモソモソと食べ、彼女に気づかれないように、そっと店を出た。
どういうわけか、彼女の歌がいつまでも忘れられない。

《Ukulele》

2006年1月28日土曜日

Aurora

細く暗い道に突然強い光が射してきて、僕は目が眩んだ。頭が痛んでしばらく歩けないほどに。
ようやく目が慣れてくると、途端に自分が何をしていたのか、サッパリわからなくなった。
「オレ、何してるんだろう」
トンネルのようなところをとぼとぼ歩いていると思っていたのに、オレは白い森にいた。
白い幹に白い葉を繁らせた木々、地面も苔も、虫たちも白かった。
さっきの強い光のせいで目がおかしくなっているんだと思ったけれど、いくら時間が経ってもやっぱり白い。
オレの目を眩ませたはずの太陽はどこにもなく、空はどんな夜より暗い。
輝いているのは木であり大地であり、虫たち、そのものなのか……。
オレは自分も白くなっていることに気付いた。身につけている服も身体も。
森に飲み込まれる!
でも恐怖はすぐに喜びに変わった。
白くなったオレの影は、七色に輝いている。

《笙》

2006年1月23日月曜日

時計の泣き声

真夜中十二時の時報が、屋敷中に響き渡る。
而し、今は十二時ではない。もう随分前から時計は狂っている。
振り子がどんなに振れても、積もった埃を落とすことができない。
時刻を合わせるべき、埃を拭うべき主人は、この屋敷にはいない。
時計は自分が狂っているのを承知しているから、控めに十二回「ボーン」と呟くが、真っ暗な屋敷には容赦なく音は響く。
時計は窓の外の月を見る。正確には池に映った月を見ている。
「本当の月が見てみたい、外に出て月が見たい」
と時計は独りごちた。
その声は段々と大きくなり、そしていつまでも止むことはなかった。

《Cembalo》

2006年1月21日土曜日

歌姫

うまく声が出ない。何度歌っても掠れてしまう。
「わたしが教えてあげる」振り向くとよく日に焼けた女の子が立っていた。
女の子の声は大きな声ではなかったけれど、いとも簡単に風に乗った。
声も気持ちよさそうだ。
「もうすぐ来るよ……ヨッ!」
女の子は降って来たマーブル玉をキャッチした。
「丁寧に声を出さなくちゃ。大きな声だけ出しても駄目なんだ」
僕はもう一度歌った。
女の子のアドバイスを聞きながら声を出す。
時々掠れるけど、足元の草が震えて冷たくなってきたのがわかる。
一瞬、自分じゃないような声が出てびっくりすると、女の子が言った。
「そう! 今の声だよ! ホラ、見て! 風に乗ってる」
あんまり驚いてマーブル玉を掴み損ねた。
慌てて拾い上げると女の子の姿はなかった。

《Quena》

2006年1月20日金曜日

キンキュウジタイ、走る

発条ネコのキンキュウジタイが、走る走る。
そんなに慌てて何処に行くのだ、発条ネコ。発条が切れてしまうぞ。
現実はもっと厳しかった。発条が切れるどころの話じゃない。
シッポからバネが飛び出し、バネ製のヒゲが伸び、胴体の歯車が剥き出しになった。
もはやガラクタ、屑鉄ネコのキンキュウジタイ。
それでも走る走る…。

《SlideGuitar》