2007年12月30日日曜日

十二月三十日 来年が子年でよかった

果たして、するめと昆布をまぶす猫がやってきた。
捕まえるのは難儀だなぁ、と思っていたら、書きかけの賀状目がけて飛び込んできた。

2007年12月29日土曜日

十二月二十九日 するめと昆布

するめと昆布を細く細く切った。これは元日の朝に猫にまぶす。するめと昆布に塗れた猫は、福の神の好物なんだと、ひぃばあちゃんが言っていた。
ちなみにひぃばあちゃんには逢ったことがない。

2007年12月28日金曜日

十二月二十八日 電子レンジの最期

青い稲妻を発して、電子レンジは20年の生涯を終えた。

2007年12月26日水曜日

十二月二十六日 冬の星座

20時半になると割合に近くから犬の遠吠えが聞こえる。
周りには犬を飼っている家などない。今夜はちょっと偵察に行ってみよう。
厚い綿入れのコートを着て外へ出たら、星が冴え冴えと美しい。
ずいぶん長いこと見惚れていたらしい。いつのまにか犬の遠吠えは聞こえなくなっていた。

眉唾物

久々にウサギが現れてプレゼントを置いていった。
下手くそな字のカードを読む。
「クリスマスプレゼントをやろう。どうせ独り寂しく過ごしたんだろう」
赤い包み紙を開けると『素敵な雄兎2008』という本だった。
ウサギが持って来るものは何だっていかがわしいのだけれど、これはまた……。
案の定、ウサギが面妖なポーズで微笑みかけてくる写真がたっぷり108頁。

2007年12月25日火曜日

十二月二十五日 自己主張する電話

電話線が壊れて、電話が鳴らない。鳴らない電話はただの番号釦付きの機械だ。電話線が直るまで、黙っていればいい。
なのに、ディスプレイは始終ビカビカと点滅を続け、留守番電話釦はいつもにまして真っ赤になっている。
どうやら、電話はSOSを出しているつもりらしいのだ。

2007年12月23日日曜日

十二月二十三日 残り血

落ちてひび割れた器を指でなぞったら、ボタボタと血が出てきた。
指は切れていないから、おととい逢った吸血鬼が飲み損なった血だと思う。まだ生暖かい。
一瞬迷ったけれど、舐めるのはやめた。

2007年12月22日土曜日

十二月二十二日 香りたつ

柚子の香りで和み、薔薇の香りに陶酔する。
蜃気楼の中のよう。

2007年12月20日木曜日

十二月十九日 三宅さん

「三宅さん」
寝ぼけた少女は、ノートにそう記した。
「三宅さんって?知ってる人?」と尋ねるが、三宅という名の知り合いはいないという。
少女は、三宅さんを探す旅に出ると言って、夜の町に出て行った。

2007年12月18日火曜日

十二月十八日 糸に翻弄される

糸巻きが転がっていくので、ウサギに追いかけさせたら、蹴飛ばして遊びはじめた。
サッカーじゃないんだ。白い糸はすっかり汚れてしまった。
おまけに縺れに縺れて解くのに難儀した。
ウサギは満足そうだ。わたしは肩こりだ。

2007年12月17日月曜日

十二月十七日 首筋に当たるもの

首筋に、冷たい刃が当たる。
首筋に、熱い吐息がかかる。
男の熱さと剃刀の冷たさ。
一体どちらを信じようか、迷いながら私は目を閉じ、身体を緩める。

2007年12月15日土曜日

十二月十五日 忙しい湯たんぽ

湯たんぽの調べにうっとりしていると、ウサギがくしゃみをした。
途端、湯たんぽは本来の仕事を思い出し、慌てふためく。

2007年12月12日水曜日

十二月十二日 落ち葉を泳ぐ

図書館への道は落ち葉で埋まっている。
落ち葉の中での泳ぎ方をウサギに教えてもらったけれど、長い耳がないから上手くゆかない。

2007年12月11日火曜日

十二月十一日 靴が鳴る

靴音が高いので驚く。そんなに尖ったヒールじゃないのに、暗くなった町にカツカツカツカツ響く。
そっと歩いてみてもやっぱりカツカツと鳴る。
爪先だけで歩いてもカツカツカツカツ鳴る。
立ち止まったら、三回余計に鳴った。カツカツカツ。
なんだ、わたしの足音じゃなかったんだ。

2007年12月10日月曜日

十二月十日 ネズミ

散歩の途中に入った古着屋で、ねずみ色のコートを買った。
「ネズミ、連れて来たな」とウサギが言う。
違う、ねずみ色のコートは買ったけど、ネズミは連れて来ない。
ウサギはねずみ色のコートをくんくんと嗅いで、やっぱりネズミの匂いだ、という。
どうやら前の持ち主の元には、このウサギに似たような剣呑なネズミがいたらしい。
「一緒にするな」
ウサギは機嫌がいい。

2007年12月9日日曜日

十二月九日 食い意地

くるみパンは大きいから、ウサギと分け合って食べた。
私はバターをちょっとだけつけて。ウサギはくるみを外しながらパンを食べた。
「くるみは食べないのか?」
と聞くと「持ってかえって食べさす」
誰にあげるんだろ、と思っていたら目の前のくるみに我慢が利かなかったらしく、全部食べていた。

2007年12月7日金曜日

十二月七日 電池切れ

寂しい夜にラジオの電池が切れていると絶望する。
部屋には他にもラジオがあるけれども、寒さと不安で布団から出られない。

十二月六日 本当のイルミネーション

星が見えなくなる、と憤慨しながら、ウサギは家家に飾られたイルミネーションをプチプチと食べていく。
ふゆの夜はしん、としていてほしい。クリスマスを彩るのは本物の星の瞬きが一番だ。
強くそう思う。だけども、ウサギのお腹も心配だよ。赤青緑に点滅するお腹を擦って看病するのは、わたしだもの。

2007年12月6日木曜日

十二月五日 ふゆの光

赤い色をもらい行く。
紅葉している木にウサギを登らせる。
真っ白な毛が、真っ赤に染まる。
毛を切って、束ねて、筆を作る。急いで。日が沈む前に。

ウサギは、右の肩甲骨にハゲが出来た。

2007年12月4日火曜日

春の訪れ

 凍り始めた土をつるはしで掘っても埒があかない。そんなことはわかっている。それでも時間をかけてつるはしを振り下ろせば、冷たく硬い土も少しづつ砕かれて穴が出来る。
 俺は出来た穴にポストを設置する。小さなポストだ。まもなく雪が積もってポストは埋まるだろう。やがて冬と春の真ん中になったら、狸のおっさんが滝のような小便をしてポストを埋めた雪を溶かしておいてくれるはずだ。
 ポストの中には、動物たちが冬眠中に芽を出してしまった恋が入ってくる。小便臭いポストの扉を開けて、ふぅと息を吹き掛けると、恋の芽はひらひらと飛んでいく。飛び去る恋の芽を見送りながら、いよいよ春だ、と俺はうれしくなる。
 時々、元の持ち主に帰れなかった恋の芽の仕業で、みょうちきりんなカップルが出来てしまうのは、ご愛嬌。

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コトリの宮殿規定部門投稿作



2007年12月2日日曜日

十二月二日 必要な印鑑に、必要なもの

印鑑を探して、ベッドの下に潜ったら頭をぶつけた。
痛いのでベソをかいたら、ウサギが赤い舌であっかんべーをする。
なんて意地悪をするんだ、痛くて泣いているのに、と思ったけれど
いつまでも舌を出しているので、よくよく見たら朱肉だった。

2007年12月1日土曜日

十二月一日 契約風呂

甲乙が風呂場に散らばるので、ゴシゴシとこすり落としてシャワーで流した。

仮面

 鏡に向かったあなたは、己の顔が真っ白になっていることに狼狽した。のっぺらぼうになったわけじゃない、仮面を着けているだけだろ、と言うと安堵する。だが仮面は外れない。あなたは再び焦り出す。
 あなたは呼吸するための二つの穴に指を差し入れた。指が何にも触れない?まさか。鼻にも何も感じないのか。
 あなたは視界を確保するための穴に望みを託す。穴の奥にあるはずのあなたの瞳は見えないが、それでもあなたは指を入れようとする。きつく目を閉じて、と言うとあなたは力強く頷く。
 指が入り、手が入り、腕が入っても、まだ何も触れないようだ。肩が入りそうになったと思ったら、あなたは穴の中に引き込まれ、消えた。
 落下し、硬い音を立て、鏡の前に転がる仮面。これは一体何だ。あなたはあなたの顔を失ったまま消えたのか。消えなければならなかったのか。
 わたしはあなたの温もりを求めて仮面を手に取った。
 刹那、鏡に映る真っ白な顔。

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500文字の心臓 第72回タイトル競作投稿作
△2

2007年11月30日金曜日

十一月二十九日 本当は寒さじゃなく

図らずも涙が溢れてきた。
「どうしたのか?」とウサギがしつこく聞くので
「寒さが目に染みた」と言ったら
「それを言うなら、身に染みた、だ」と言う。
身から涙は出ない。

2007年11月27日火曜日

十一月二十七日 枕

ウサギの新しい枕カバーは、水色のネル生地で、小さなうさちゃんがたくさんちりばめられた柄だ。
ウサギはふかふかのうさちゃん枕に頬擦りしたり顔を埋めたりしている。
「世の中のウサギが、みんなこの枕のうさちゃんみたいにかわいいといいのに」
と言ってみたけど、ぬくぬくに夢中なウサギの耳は、枕に押し付けられてぴくりともしない。

2007年11月25日日曜日

十一月二十五日 思いもよらない

春雨を食べながら11月を振り返る。
いろんな縁が繋がった11月。
でも、残り5日で、もっとすごい事が起こるかもしれない。たぶん。
ウサギが春雨を横取りしないように、てのひらで遮る。

2007年11月24日土曜日

十一月二十四日 旅の衣は篠懸の

手首の弁慶はいつだって赤い顔しているけども、私は寒くて青い顔をしている。
いい加減コタツを使おう。

2007年11月22日木曜日

十一月二十一日 鬼とさつまいも

鬼とさつまいもの関係はわからないけども、鬼のパンツも、ホクホクのさつまいもも黄色だから、私は好きだ。

2007年11月17日土曜日

十一月十七日 二時間

本当はもっと時間をかけたかったのだけども、ウサギも太陽も待っちゃくれない。
秋の午後はショッピングには短すぎる。

2007年11月16日金曜日

十一月十五日 すり替えたい

肩こりではなく片恋ならいいのに、と思いながらパソコンとにらめっこ。
「片恋はもっとつらいかもよ?」とウサギに言われた。

2007年11月14日水曜日

戸締りのドジ

男は戸締りは済んだと思っていた。
けれどもドアは半開き、
ドブネズミが彼の外套と帽子を齧った。
男がほんの居眠りをしている間のことである。 


There was an Old Man who supposed,
That the street door was partially closed;
But some very large rats,
Ate his coats and his hats,
While that futile old gentleman dozed.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年11月13日火曜日

十一月十三日 もう一度

もう一度したい、ってのはずいぶん減った。子供が何十回も続けてじゃんけんしてる時のような気分は貴重だ。
「ねぇ、もっとしようよ!」
ウサギは呆れているけども。今は嫌になるほど味わいたいんだ。

2007年11月12日月曜日

十一月十二日 振り向けば猫

階段を昇る猫を見送り、振り返ると、また別の猫がやってきた。三毛だ。
「きみもこの階段を昇るの?」
ヒゲがぴくりと動いてYESと言う。
猫が昇るこの階段の上には、何があるんだろう。聞いても猫は答えない。
じゃあ、昇ってみれば?いや無駄なこと。
わたしが昇るこの階段と猫の昇るこの階段は、同じ顔をしているけども、違う場所に通じているに違いないから。


2007年11月9日金曜日

十一月九日 哀しみの塩梅

灰色の枠を260作るのに二時間かかった。
「何に使うのか?」とウサギに問われる。
哀しみを納めるためさ。260ではまだ足りないけれど、足りないからって無理やり枠にぎゅうぎゅう納めることはない。残りは自分で抱えていられるはずだから。

2007年11月8日木曜日

十一月八日 潜水の夢想

水の静けさと強さを求めて深く潜る。
息ができないのは頭の中だけ、穏やかに呼吸する。
水圧を受けて身体が潰れそうになる。でももう少し。本当に潰れるわけじゃないんだから。
湖底に揺れる藻が見えた。
そうだ。欲しかったのは、この色だ。

2007年11月7日水曜日

十一月七日 痛みは後から来る

指がチクリと痛む。傷は見当たらない。トイレに行って手を洗いながらようやく思い出した。
おととい針で刺したところだ。

2007年11月4日日曜日

とんだ珍道中

ウォーキング用のゴム帽子を購入したドーキングのお嬢さん。
色と大きさに、クラクラしちゃう。
これじゃあ入らないわ、とっとと引き返したお嬢さん。 


There was a Young Lady of Dorking,
Who bought a large bonnet for walking;
But its colour and size,
So bedazzled her eyes,
That she very soon went back to Dorking.

エドワード・リア「ナンセンスの絵本」

2007年11月3日土曜日

十一月三日 もみじ狩り

もみじ狩りに行ってきたよ、とウサギに言うと
「何を喰うんだ?」と言う。
「もみじ狩りは何も食べない。色と空気を味わうのさ」
と言ったら、ウサギは何故か切ない顔をした。
その顔こそが秋だよ、と言おうかと思ったけれど、やめておく。

2007年11月2日金曜日

十一月二日よってたかってチョコレート

ありんこが70パーセントのチョコレートに群がっている。
「チョコレートなんか運んでどうするの?君たち、チョコレート食べられないんでしょ。」
「チョコレートは大変よい建材になります」とありんこたちが言う。
建材?巣作りに使うのか。聞いたことがないけれど。

2007年11月1日木曜日

十一月一日 釘抜き

釘は抜いても抜いても、まだ飛び出す。
そんなに出たいなら、また頭を打つぞ、と金槌を振りかざしたら、ポロポロとおもしろいように抜けた。

2007年10月31日水曜日

十月三十一日 赤いボールペン

赤いボールペンは、張り切りすぎるので困る。
ウサギの目より赤い線で、原稿用紙いっぱいのハートマークが描かれたら、ドキドキするしかないじゃないか。

2007年10月29日月曜日

赤裸々

 桃割れの娘が一糸纏わぬ姿で満開の紫陽花の傍らに立っていた。娘は見事な黒髪なのに碧眼で、私はその容姿に強く惹き付けられた。
 紫陽花はさっきまでの雨で濡れている。娘はにわかに紫陽花の花を枝から折り、身体に擦り付けはじめた。雨粒は花から娘に移り、若い肌の上で丸い露となる。あの露を舐めたら娘はどんな顔をするだろう。少しずつ近寄っていく。
 娘はひとつ、またひとつ、と紫陽花の花を折り、身体中を花で撫でる。肌は露でますます輝き、足元は青紫の花に埋もれていく。ついに私は娘の手を遮りひとつ花を折ると、彼女に差し出した。私に気づいた娘は目を見開き、顔をみるみる上気させた。いつのまにか私も素裸になっていた。
 娘の肌は火照っているのに、その肌を濡らす露を舌で掬うと、氷かと思うほど冷たかった。白昼夢にしては、あまりにも痛い。

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500文字の心臓 第71回タイトル競作投稿作
△2

2007年10月28日日曜日

十月二十八日 似て非なる人

あの人に歩き方が似てるってだけで、後を付けてみた。
知らない町へ向かうオレンジ色の電車に乗った。
電車の中で新聞を読む横顔を盗み見る。新聞を睨む目が、段々と赤くなる。
知らない風景の駅で降りた。ウサギが改札口にいた。もういいや。どんぐりを拾って帰ろう。

2007年10月27日土曜日

転んだビアマグ

コロンビアの男は咽喉がからからで、ビールをくれと騒ぐ。
ところが、やってきたのはちっこい銅のビアマグに入った熱々ビール。
どうすりゃいいんだ、とコロンビアの男。 


There was an Old Man of Columbia,
Who was thirsty, and called out for some beer;
But they brought it quite hot,
In a small copper pot,
Which disgusted that man of Columbia.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年10月26日金曜日

十月二十五日 眼差しに問う

ふと顔を上げると、窓に映るキミと目があった。
キミがなかなか目を逸らさないから「コラ」と言えなくなった。
一体いつからこっちを見てた?

2007年10月25日木曜日

仏頂面もほどほどに

ブダの年寄りの振る舞いは無礼極まりない。
仏の顔も三度まで、ついに木槌でぶたれてぶっ倒れた。

There was an Old Person of Buda,
Whose conduct grew ruder and ruder;
Till at last, with a hammer,
They silenced his clamour,
By smashing that Person of Buda.

エドワード・リア「ナンセンスの絵本」

2007年10月24日水曜日

十月二十四日 それぞれの事情

ノラ猫を一日に二匹も見たのに、なんだか二匹とも急ぎ足で写真も撮れなかった。
と愚痴をこぼしたら、ウサギが「猫には猫の事情がある。ウサギにはウサギの事情がある」と言った。
ウサギの事情って何さ。いつもタイミング悪い時に現れて邪魔ばかりするウサギの事情を考えてみたら、鬱々としてきたので止めた。

2007年10月22日月曜日

まんざらでもない

マン島のおっさんは、満面の笑み。
蛮声で「坊主の房事」を歌いながらフィドルを操る。
万事ぬかりない、マン島のおっさん。 


There was on Old Man of the Isles,
Whose face was pervaded with smiles;
He sung "high dum diddle",
And played on the fiddle,
That amiable Man of the Isles.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年10月20日土曜日

十月二十日 箱

箱が見つからない。あなたを閉じ込めておくための箱。いつも持ち歩けるようにするための箱。
渋谷にもなかった。100円ショップにもなかった。
また明日探しに出掛けなくちゃ。あなたがぴったり納まる箱。あなたへの想いを封印するための箱。

2007年10月19日金曜日

くるっとやって来れば

クレイジーなクレタの若者は
豹柄の頭陀袋に入っている。
どうしてくれよう、クレタの若者。 


There was a Young Person of Crete,
Whose toilette was far from complete;
She dressed in a sack,
Spickle-speckled with black,
That ombliferous person of Crete.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年10月18日木曜日

パラボラアンテナ危機一髪

真夏の陽射しを一身に受けた巨大なパラボラアンテナを見つめる少年がいる。
「ぼうず、そんなに見つめちゃ、眼に毒だぜ」
真っ白なパラボラアンテナは太陽を最大級に反射させながら少年の様子を窺う。少年は汗だくになりながら白い玉を弄んでいた。
「あのボールをオレにぶつけようってのかい?ぼうず、オレを傷つけたら厄介だぜ。なにしろ国の威信をかけた大事業。宇宙との交信。その最前線のオレだからな」
だが少年はボール遊びのことなんか、これっぽっちも考えちゃいない。彼の好物は目玉焼きである。

2007年10月17日水曜日

十月十七日 秋の蚊

左手の中指を虫に刺された。二ヶ所も。真っ赤に膨れた指を曲げ伸ばすと、ぎしぎしする。生憎、塗り薬の類は持っていない。
すると唐突にウサギが現れて「痒いんだろ」と、べろべろと指を舐め出した。ウサギの唾液には痒み止めの作用があるのかしらん、と思ったら、なんのことはない、もっと痒くなった。

2007年10月16日火曜日

十月十六日 雨が降るから

どんぐりのしるこを食べていたら、雨が降ってきた。
こんなに油っぽい雨では、ピアノの音は狂ってしまうし、郵便ポストの赤いペンキはだらだらと流れ剥げてしまう。明日はどんぐりを拾えないだろう。

2007年10月14日日曜日

十月十四日 シャワーラジオ

お風呂に入りながらラジオを聴いていたら
「入浴中に番組をお聴きのあなた」とラジオの中の人が言う。
ハイ!と思わず返事をして、それからなんとなく赤面した。ラジオの中の人には、わたしの裸も勢いよく返事したのも、見えないはずだけど。
「背中や足の指もよく洗ってくださいね。それから太ももの裏も忘れずに」とさらにラジオの中の人が言う。
今度は小さな声でハイと返事をして、いそいそと石鹸を泡立てた。やっぱり見えているかも、と思いながら。

はっきりと肥満体

ハーストのおじさんは、発散したくなくても酒を飲む。
「滅多にないほどのメタボになるぞ」と言われると
「はぁ、滅相もない」と答えた。
相当丸いハーストのおじさん。 


There was an Old Person of Hurst,
Who drank when he was not athirst;
When they said, ‘You’ll grow fatter,’
He answered, ‘What matter?’
That globular Person of Hurst.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年10月13日土曜日

頭を抱える熊

ペルーのおっちゃんは、何をしたいのかわからない。
髪の毛をペロリと抜き抜き、熊のようにウロウロしている。
実に弱気なペルーのおっちゃん。 


There was an Old Man of Peru,
Who never knew what he should do;
So he tore off his hair,
And behaved like a bear,
That intrinsic Old Man of Peru.

エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より

2007年10月12日金曜日

十月十二日 卵豆腐

小さな歪な箱が四つ。
どれもきれいな布が貼ってあるけれど、ぐにゃぐにゃゆがんでいるから、丈夫そうには見えない。
こんな箱に一体何が入るのだろう。しばらく見ていたら、ミニチュア豆腐小僧が卵を産んでいった。
四つ並んだ小さな歪な箱に、豆腐で出来た卵がひとつづつ。
いつ孵るのかしらん。気味が悪いから醤油をかけて食べてしまおうか。

十月十一日 ころころ

夜道を歩いていると「こつん ころころ」と音がした。暗いアスファルトに目を凝らすと、どんぐりが一つこちらを見上げてイテテと頭を撫でていた。

2007年10月10日水曜日

十月十日 そんな目で見るな

アンケート用紙の統計をまとめていると、ウサギが擦り寄ってきて、紙の上に鼻水をぽたぽたと落とす。
インクが滲んで読めなくなるじゃないか、と文句を言おうとウサギを睨んだが、赤い目をますます赤く潤ませているから、怒る気が失せた。

2007年10月9日火曜日

十月九日 低気圧

雨のせいかひどく眠い。30分だけと決めて布団に潜り込む。まどろみの中、誰かとキスをする夢を見る。けれどちっとも甘くない。切なくもない。苦しいだけ。
あまりの苦しさに目を覚ますと、ウサギが顔の上で寝ていた。

2007年10月7日日曜日

ろくな男じゃありません

「まったく、ろくな男じゃありません、あの男は」
感情を表に出すことのない郵便配達夫が珍しく語気を強めた。とは言っても、普段から気の荒い人間に比べれば穏やかな物言いなのではあるが。
 あの男、というのは新しく決まった副町長のことである。これまでこの町に副町長なんて役職はなかった。数ヶ月前、町長が年齢を理由に引退を口にしはしめたことを知った我々町民は、なんとか町長を辞することは避けて欲しい、補佐役を付ければいいじゃないか、と町長とお上に頼み込んだのである。それだけ町長は慕われていた。悪く言っていた輩でさえ、町長の引退宣言には慌てたものだ。
 そうしてお上が副町長として寄越した男は、まことにふてぶてしかった。そして意味不明の発言をするのである。
「配達夫は、配達の帰りにメザシを一匹釣ってこい、と言うんです」
と郵便配達夫が嘆いた。
「そんな無茶な!メザシって釣るものじゃないでしょう」
「そう、それを言うならイワシでしょう」
郵便配達夫は自転車をいつもの倍ギコギコ言わせて去っていった。
 まもなく、副町長の意図が明らかになった。副町長の発案で新しい町おこしのキャンペーンが始まったのだ。「ノラ猫さんようこそ」

2007年10月5日金曜日

十月五日 きつね色

焼きたてのパンケーキがふかふかと転がっていくので、追い掛けたらカボチャ大王がうじゃうじゃ居るところに出た。
「やぁ、パンケーキを知らないか」
と聞いたら
「パンケーキ?あぁ、あの丸くておいしいののことか。」
食べられてしまったか。

2007年10月4日木曜日

ぐうの音も出ない

ビーズだらけのリーズのばあさんは、
便器に腰掛けグーズベリーのデザートをグチャグチャ食らう。
こんな愚図なリーズのばあさんに、一体誰が共感するだろう。 


There was an Old Person of Leeds,
Whose head was infested with beads;
She sat on a stool,
And ate gooseberry fool,
Which agreed with that person of Leeds.

エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より

2007年10月3日水曜日

異人館で逢いましょう

「異人館で逢いましょう」と言ったまま逢えなくなったあの人は、幾つになっただろうか。もう、ずいぶんおばあさんになっているだろう。あの頃、私はまだ若く、あの人は母親より年上に見えた。そんな親子よりも年が離れた人に恋してしまった理由など、わかるはずもない。
あの人への懐かしさだけを頼りに異人館へ行ってみることにした。あの人は、電車から見える丘の上の異人館を一度訪れみたいと、たびたび語っていた。
異人館は車窓から見える様子からは想像もできないほど、荒れ果てていた。草は伸び放題、壁は泥で汚れ、屋根は傷み、蜘蛛の巣があちらこちらにあった。
「数年前まで手入れをしていたおばあさんがいたんだけどね。そのおばあさんが亡くなってから、この有様だよ」
と近所に住むと思しき人が、立ち尽くす私を見兼ねたのか声を掛けていった。
「異人館で逢いましょう」と言った彼女の声が、表情が、はっきりと甦る。この荒れ屋敷のどこかに、私だけがわかるあの人の痕跡があるはずだ。私は伸びた草をかき分けた。

2007年10月2日火曜日

十月二日 笹の葉っぱ

テーブルの上が笹の葉でいっぱいになっている。
パンダでも来たかしらと思ったら、ウサギがちまきと笹だんごを食い散らかしていた。
口の周りの毛が、もち米でベタベタに絡まっている。

2007年9月28日金曜日

九月二十八日 お風呂に入ろう

ハウライトのリングは、まるで借りてきた猫のようにそわそわしていた。わたしも少し緊張していたのかもしれない。
家に帰って、お風呂に一緒に入ったら、ずいぶん馴染んだ。
「なんで連れて帰ったの?」とリングが聞くから
「そりゃあ、かわいいからに決まってる」と答えたら、ハウライトは白くなって照れた。

2007年9月26日水曜日

捩レ飴細工

 弦の震えは大きな震動となり、夕暮れを揺らす。
 だらに、と法師の口から飴が溢れ出た。琵琶の調べに合わせ、飴は伸び縮む。捩れよじれる。法師の額に汗が噴き出す。
 飴は姿を変え続ける。胎児から般若へ。般若から船へ。船から馬へ。
 馬がいななくように仰け反ったところで、法師は撥を止めた。夕闇に静けさが戻り、熱気がすうと引いていく。ぼさっ。冷えて固まった馬が法師の口から落ちた。

********************
500文字の心臓 第70回タイトル競作投稿作
○2△2

「捩」は琵琶の撥の意。「レ」を撥の動きに見立てた。
そこに空也上人像のイメージを借りて。
飴の形は、性行為を象徴しているのだけども、これはわかってもらう意図はほとんどなく、むしろあからさまにならないように。ただ「絶頂で止める」感は、ちょっと感じてほしいかな、とも思ったり。(笑)
「だらに」は陀羅尼、「ぼさっ」は菩薩です。

2007年9月25日火曜日

九月二十五日 お月見

白玉を作ったのでウサギも食べにくるだろうと思っていたが、一向に現れる気配がない。
月を見たら、ウサギはぱたぱたと立ち働いていた。
そういえば、臨時のアルバイトに出ると言っていたっけ。

2007年9月24日月曜日

九月二十四日 召し上がれ

腕を舐めてみる。しょっぱい。
そういえば、ずいぶん長い間、温泉に浸かっていたからなぁ。
塩分が強い泉質のおかげで、わたしの身体は下ごしらえ十分だ。
あとはじっくり煮るか、こんがり焼くか。
残念なのは、自分で食べられないことだ。もっとも、あまりおいしそうだとは思わないけれど。

2007年9月23日日曜日

九月二十三日 ビップが逝く

ビップがほほえむ。お辞儀をする。その白い顔と細く長い手足に、わたしは戸惑う。いや、違う。彼の道化た姿ではなく、ひどく哀しみを背追っていることに、わたしは戸惑う。

なぜビップはほほえむのだろう。そんなに哀しいのに。
じっと見つめていたら、ビップはわたしの哀しみに気づいたようだ。わたしもほほえむ。ビップはもっとほほえむ。

一度はかえってきたビップ。今度は、さようなら。

……マルセル・マルソーに

2007年9月20日木曜日

シーツは議事録

モルダヴィアの年寄りは、猛烈なモラリストだ。
海千山千の彼は、テーブルの上で眠る。
モルダヴィアの年寄りは、一晩で議題を押しつぶす。

There was an Old Man of Moldavia,
Who had the most curious behaviour;
For while he was able,
He slept on a table.
That funny Old Man of Moldavia.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2007年9月18日火曜日

九月十八日 靄の向こうから

ドライアイスはすらすらと白い二酸化炭素を出し続けていた。
この白い靄から何か出てこないかしら、例えばごちそう、例えば気になるあいつ、例えばカッコいい自転車。
と思っていたら、靄から現れたのは、ウサギだった。白いからよく紛れること。

2007年9月16日日曜日

九月十六日 太陽のいる家

刺々しい鐘は、いとおしい音がした。

岡本太郎記念館にて

2007年9月14日金曜日

知りたがりは倦み疲れない

ポルトガルガールの頭ン中は、海のことだらけ。
彼女は海を眺めたいがために、木登りをする。
だけど、ポルトガルから一歩たりとも出たがらないポルトガルガール。


There was a Young Lady of Portugal,
Whose ideas were excessively nautical:
She climbed up a tree,
To examine the sea,
But declared she would never leave Portugal.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年9月13日木曜日

九月十三日 押入れはタイムマシン

ツィギーのようなツイードのミニスカートは40数年経っても、ちゃんとミニスカートの威厳を保っている。けれども私は小枝ちゃんにはなれない。

2007年9月12日水曜日

浮草の日々

船に乗った男が「おれは沈んでない、おれは浮かんでる」と言う。
人々は「違う、お足がついてない!」
船に乗った男は、既に素寒貧だ。 


There was an Old Man in a boat,
Who said, ‘I’m afloat, I’m afloat!’
When they said, ‘No! you ain’t!’
He was ready to faint,
That unhappy Old Man in a boat.

エドワード・リ『ナンセンスの絵本』

九月十二日 着信音

深夜一時。
どこか遠くから電話のベルが聞こえる。いつまでも鳴り止まない電話は不吉だ。
鈴虫やら松虫が電話に共鳴するように鳴いている。でも、たぶん、電話に構っているわけじゃなく。

2007年9月11日火曜日

厄介な角

助兵衛なイスキアの老人は
角笛を握り、隙あらば腰を振り、千の無花果にしゃぶりつく。
なんて好き者なイスキアの老人。 


There was an Old Person of Ischia,
Whose conduct grew friskier and friskier;
He dance hornpipes and jigs,
And ate thousands of figs,
That lively Old Person of Ischia.

エドワード・リア「ナンセンスの絵本」

2007年9月10日月曜日

九月十日 黒い気持ち

白い蝶を捕まえた。白いのが気に入らないから黒く塗ることにした。真っ黒いペンキが入った壺に、蝶を沈める。
蝶は、ぐるぐるともがき、鱗粉を撒き散らした。くしゃみがとまらない。

2007年9月9日日曜日

震えるフルート

フルートを吹く老人のブーツに無礼な蛇が押し入った。
服従させようとする蛇にも構わず、老人はフルートを吹き続け、ふいに蛇は吹き飛ばされた。
こうして不吉な予感を払拭したフルート吹きの老人。 


There was an Old Man with a flute,
A sarpint ran into his boot;
But he played day and night,
Till the sarpint took flight,
And avoided that man with a flute.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年9月8日土曜日

九月八日 オーブン

オーブンで虫ピンを焼いていたら、蒸しパンが出来た。
おいしそうに見えたけれど、喉に刺さるといけないので食べずにいたら、ウサギが食べた。
いつもふかふかな毛並みが、少し刺々しいようだ。

2007年9月6日木曜日

九月六日 台風襲来

台風が迫る中、とぼとぼと歩く。一瞬で全身がずぶ濡れになる。
嵐の中で誰かに会えると嬉しい。たとえそれがウサギでも。
すっかり濡れてぺしゃんこになったウサギは「濡れ鼠だ」と言った自分の言葉にひどく傷ついていた。

2007年9月5日水曜日

九月五日 ブラジルのバスケット

ブラジルからバスケットが届いた。トウモロコシの皮を編んだバスケット。
開けると、部屋はリオの町の香りでいっぱいになった。
ウサギは陽気になって踊った。わたしは、なぜだか寂しい香りだと感じた。
バスケットの蓋を閉じても雨音に合わせてまだ踊り続けるウサギを見たら、泣けてきた。

2007年9月3日月曜日

ぶすり、と刺されて無様なじいさん

木の上のじいさんは、飛び回る蜂に仏頂面。
「蜂にぶつくさに言われるのかい?」と問われて
「そうなのだ!」とじいさんは応える。
「蜂はふてぶてしいと相場が決まっているもんだ」 


There was an Old Man in a tree,
Who was horribly bored by a Bee;
When they said, ‘Does it buzz?’
He replied, ‘Yes, it does!’
‘It’s a regular brute of a Bee!’

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年9月2日日曜日

「美しいお嬢さん、ペンダントを買わないかね?ほら、試してご覧なさい」
チャイナブルーの硝子玉がついたペンダントを娘の掌に載せる。
陽を浴びた青の硝子玉はみずみずしく輝き、白い娘の手をますます白くするのだった。娘は輝きを遮るかのように、ペンダントを握りしめた。
「握っていないで、首にかけたら好いのに」
娘は目を伏せ、長い髪を左肩に寄せた。
私は息を呑んだ。彼女の首筋には、まだ生々しい深い傷があったから。
娘はペンダントを傷口にあてがった。傷口は待ちかねたようにペンダントを飲み込み、そして塞がっていく。
傷は跡形もなくなったが、娘の瞳は、ペンダントと同じチャイナブルーになり、にっこりと笑顔を見せたまま、崩れ落ちた。
私は人形を抱き抱え、そっとくちづけけてから、瞳を抉り取った。二つになったチャイナブルーの硝子玉を握りしめる。

2007年9月1日土曜日

九月一日 クラクション

バスの運転手は、舌うちしながらクラクションを叩く。
さっきの店で心ときめいた、ミニカーのバスに乗っていると夢想していた私を叩き起こすかのように。

2007年8月30日木曜日

咆哮搏撃

じいさんがゴンゴンとゴングを大音響で打ち鳴らすから
「言語道断!この老いぼれが!」と人々は大喝一声した。
それでもじいさん、金剛不壊。かまわず人々をぶち打擲した。

 
There was an Old Man with a gong,
Who bumped at it all day long;
But they called out, ‘O law!
You’re a horrid old bore!’
So they smashed that Old Man with a gong.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年8月29日水曜日

汚物に溺れるお帽子

お嬢ちゃんのお帽子に小鳥さんがお尻を乗せるから、お帽子は汚物まみれ。
それでも彼女は
「ご心配に及びませんわ。お空のすべての小鳥さん、おいでなさい!」 


There was a Young Lady whose bonnet,
Came untied when the birds sate upon it;
But she said: ‘I don’t care!
All the birds in the air
Are welcome to sit on my bonnet!’

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年8月28日火曜日

八月二十八日 皆既月食

蘇芳の月の出現を、稲妻が阻んだ。

2007年8月27日月曜日

丘の上の馬鹿

丘の上の老人、留まることを知らない。
彼の祖母のボロを着て、上へ下へと走り回る。
おめかしも台無しな丘の上の老人。 


There was an Old Man on a hill,
Who seldom, if ever, stood still;
He ran up and down,
In his Grandmother’s gown,
Which adorned that Old Man on a hill.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年8月25日土曜日

鼻を鼻であしらう

鼻高々のこの老人は
「この鼻のことを長いと言う奴ァ、端から胡散臭いね」
と鼻であしらう。
実に鼻持ちならない、この老人。 


There was an Old Man with a nose,
Who said, ‘If you choose to suppose,
That my nose is too long,
You are certainly wrong!’
That remarkable Man with a nose.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2007年8月22日水曜日

八月二十二日 二子玉子

必ず、黄身が2つ入っているという卵を買ってきた。
それは本当に本当で、いくつ割っても黄身が2つ入っていた。
とても得した気分だ、と満面の笑みでウサギはゆでたまごを食べている。
私はゆでたまごが苦手だから、温泉卵にして食べる。黄身を潰して、醤油を垂らす。おいしいけれども黄身が2つのヨロコビは、ない。

2007年8月20日月曜日

八月十九日 美しい骨

火葬にされたばあちゃんは、標本の骸骨より完璧な骸骨で、湯気が出ているのにも構わず起き上がって踊りはじめた。

2007年8月18日土曜日

八月十七日 図書館への道

夏の緑が繁る遊歩道を通り抜け、林の突き当たりに図書館はある。
遊歩道は事切れた蝉と干からびた蚓で埋め尽くされていて、それを踏まないように慎重に歩かなければならない。
時折吹く風は、木々を大袈裟に揺らす。涼しいのを通り越して、寒い。
それは蝉のせいでも蚓のせいでもなく、図書館がコレクションしている怪談話のせいだと思う。

2007年8月16日木曜日

氷輪

プルシアンブルーの空に、氷の球体が浮かんでいる。
砂漠の灼熱をせせら笑うように、キリリと凍った月。
触れそうにくっきりと見えるのに、氷の珠は掴めない。いくら腕を伸ばしても、掌には熱風がしがみつくだけ。
「一滴くらい溶けてくれてもいいものを」
と、相棒の駱駝に語りかける。
「泣かせてみればいいだろう?甘く囁いて」
駱駝は首を捻って月を見やってから、ニヤリと黄色い歯を剥き出した。

2007年8月15日水曜日

八月十五日 緑のせいで馬鹿

自分の中に緑色の文字が少ないことに気付く。
緑色が少ないのは、なんだかよくないと思う。光合成が出来ないもの。
緑色の文字をを探すために、ゆっくりと文字を追うから、ルリユールがちっとも頭に入らない。

八月十四日(2) 夏の化学反応

いつもの香水が、マンゴーのように極甘に香って、鼻が仰け反る。
汗に反応したのか、暑さのせいか、とにかく見事な真夏仕様。
ずいぶん子供ぽかったけどね。

2007年8月14日火曜日

八月十四日 早朝悋気

午前4時45分。蝉が一斉にに鳴き始める。
私は蒸した布団の上で、唐突に生まれた嫉妬に戸惑っていた。嫉妬する理由については、まだ考えたくない。

2007年8月13日月曜日

八月十三日 たっぷり野菜

リゾットにはたくさんの野菜やきのこが入っていた。ウサギは興味津々で、器を覗き込み、どんな種類の野菜が入っているのか、数えようとする。
一匙づつ、口に運ぼうとするのを押し留め、「人参、トマト、マッシュルーム、さつまいも、枝豆……」とやるものだから
熱々のリゾットはすっかり冷め、食べおわるのに一時間も掛かってしまった。

2007年8月12日日曜日

八月十一日 電線鴉

鴉が電線に並んで留まっていた。
びっしり整列した漆黒の鳥たちは、電線がたわむのにも構わず、皆同じほうを睨んでいる。
彼らが睨むのは、青々とした水田の上に広がる、夏空に居座る、積乱雲。
一斉に雲を目指して鴉は飛び立った。弾みで電線がしなる。大きく揺れる電線から、閃光が走り雷鳴が轟く。

2007年8月9日木曜日

八月十日 夏の市

どの店にもズラリと並ぶのは枝豆と茄子と桃だけ。茄子は、長いの短いの、丸いのや小さいのなど、さまざまあるけれども。
私は丸い茄子が買いたかった。でもどの店で買えばいいかわからない。何百メートルも枝豆と茄子と桃の店。どこも新鮮で、通りには桃の香りが溢れている。
仕方なく右の列の九番目の店で買うことにした。
桃を一個おまけに貰ったから、九番目にしてよかったと思う。

2007年8月5日日曜日

八月五日 湿気た線香花火

もう何年前のものかわからない線香花火は、想像はしていたけれど、火付きが悪かった。
火花が散らずにすぐに玉がぼとりと落ちてしまう。
次々と花火に火を付けていくのは、もはや作業のようで味気なかったけども、たまにきれいに火花が出ると、とても貴重なことに思えるのだった。

2007年8月4日土曜日

八月四日 がっかり

なぜ、そう思ったのだろうか。私はその本を長編小説だと思っていた。タイトルも知っていた小説。タイトルを知って読みたいと思った小説。わざわざ図書館に予約して受け取りに行った小説。

長編だと思っていたそれが短編集だと読み始めてから気付き、少しがっかりした。私は自分ががっかりしたことに驚いた。

もう少し読んで、単なる短編集ではないと気付いてまたがっかりした。一人の男をめぐる、連作。早とちりした自分に、がっかりした。

私が持っていたのは期待だったのか、先入観だったのか。どちらも持ちたくなかった。それは無理かもね、と考えてまたがっかりした。

2007年8月3日金曜日

八月三日 狛犬

境内に入ると、ゼイゼイと音が響いていた。巨大な狛犬たちが暑さで舌をだらりと垂らし、荒い息をしていたのだった。

2007年8月2日木曜日

八月二日 蝉と桐箪笥

蝉が一匹、網戸にしがみついていたけれど、古い桐箪笥からナフタリンが匂うのがイヤだと言って出ていった。

八月一日 無言

図書館のカウンターにいたのは、ほんの子供だった。13歳か、それくらいの。
子供は紺色の平らかなエプロンをして、バーコードを読み取っていた。
その手付きは慣れているとは言い難いのに、反対に子供の顔は落ち着き払っていた。
私はきっちりバーコードが揃うように五冊の本を子供の前に置いた。
子供はもたもたと手を動かしてバーコードを読み取った後、五冊の本を無言で私に差し出した。
「どうもありがとう」
と私が言うと、怯えた顔をした。
その視線の先には「私語厳禁」の貼り紙。

2007年7月31日火曜日

七月三十一日 封印は解かれた

十五年も閉じ込められていた桐箪笥を探す旅に出た。
重たい粘土の塊をいくつもどかし、液体や粉が入った瓶を何十本も移動させ、ようやく桐箪笥があるはずの場所へたどり着いた。
黴た襖を開けると、黒く埃っぽい桐箪笥があった。
試しに一段抽出しを引っ張ってみる。なかなか開かない。力任せに引いて、やっと開いた。
中には「浪花屋」と書かれた紙が入っていた。

2007年7月29日日曜日

七月二十九日 笑う薬草

あまりに大きな吹き出物のせいで、顔面が痛い。
どしゃ降りの雨の中、庭のドクダミの葉を摘んできて、吹き出物に貼ろうとしたら
「こりゃ、ひどい! よくこんな吹き出物こさえたな! なんて間抜けな面だ! あっはっは」
とドクダミに笑われた。

2007年7月27日金曜日

七月二十七日 夏の葛藤

蝉が隙間なく鳴いているから、音楽の音を大きくする。
でも大きな音は好きじゃないから、ついついボリュームを下げる。
すると蝉の声に負けてよく聞こえなくなる。
ヘッドフォンは暑苦しいから付けたくない。
困っていたらウサギの耳が私の耳に貼りついた。
ウサギの耳は意外にもひんやりと気持ちいい。音楽もよく聞こえる。
でも背中にウサギを背負っているのは、暑い上に重たい。

2007年7月25日水曜日

七月二十五日 腹痛をおこす

下痢の後の腹具合はなんだか綱渡りのようで居心地が悪い。
痛いわけでもないが、なんだか余韻が残っていて、何か食べるとまた痛くなりそうな。
ウサギのしっぽでお腹を撫でてもらっていたら、段々と人心地ついてきた。
腹を下したのは、ウサギが拾ってきたお菓子を食べさせられたから、なんだけど。

2007年7月23日月曜日

七月二十三日 鬼と露天風呂

岩を潜り、お札がベタベタ貼られた屋根の下で服を脱いだ。
二色の露天風呂に、人は誰もおらず、蚊ばかりがいた。
一人、湯船に浸かり、景色を眺める。
すぐ隣の男湯で人の気配がした。
そっと覗きに行くと、角が二本の青鬼が一人鼻歌を歌っていた。

2007年7月22日日曜日

七月二十二日 水道管を探せ

掘り当てた水道管は、なんといえばよいか、中トロを管にしたようだった。
巨大な血管を思わせる。
でも中を流れるのは血液ではなく、井戸から引かれた水だ。
軍手を着けた指でおっかなびっくり触ると、びくびくと震え、中で水が動くのがわかった。

「とにかく、水道管を探してください」と言われて庭を掘り返したわけだが、水道管が生き物のようだとは思わなかった。
よくツルハシで破らず掘り当てたものだ。

触られたところが気になるのか、水道管はまだびくびく動いている。
水道管は見つけたけれども、それからどうしてよいのかわからない。
だいたい何のために水道管を探さなければならなかったのだろう。
こんな水道管だと知ったら、水が飲めなくなるじゃないか。

2007年7月21日土曜日

七月二十一日 誰もいない靴屋で

埃の積もった靴が、息を潜めて並んでいた。
「セール」の赤い文字が、褪せている。
自動ドアが何の問題もなく開いたことが不思議だ。
もうこの靴屋から人間が消えてから、何年か経っているに違いない。

私は、細いヒールの靴を手に取って、思い切り息を吹き掛けた。
埃が飛ぶと、艶やかなエナメルが現れた。
その場で履き替えると、家から履いてきたくたびれたスニーカーに壱万円札を突っ込み、店を後にした。

靴音が高く響く。

花冷え

 見知らぬ少女に一輪の花を差し出された。くれるのかと問うと、こっくり頷いた。「ありがとう」と言った声が震えていたことに気づかれただろうか。少女は素裸に薄い布を一枚纏っただけの姿だった。
 僕が花を受け取ると少女は無言で走り去った。真夏の日差しの下、裸同然の格好でいるくせに少女は日焼けしていないようだった。生白い尻が脳裏に焼きつく。
 青い花だ。名前はわからない。花が好きな誰かに聞けばすぐにわかるのかもしれないが、名前がわからなくても困りはしないのだ。裸の女の子に貰った青い花、ただそれだけだ。
 暑い中、青い色をした花は涼しげに見えた。心なしか茎を摘む指がひんやりと気持ちいい。ともすると摘む指に力を込めてしまいそうで、何度もそっと持ち直した。ぎゅっと摘んで花を傷めたら、少女に悪い気がした。
 家に帰り、花器などひとつも持っていないから、素っ気のないグラスに水を注いで挿した。テーブルの上に置くと部屋が明るくなったような気がする。思えばこの部屋に植物があったことなど一度もないのだ。ついつい浮かれた気分になって、そのまま部屋中を掃除した。さっぱりとしたところで、あらためて青い花を眺め、満足する。
 翌日、仕事から帰ると、家の中が異様に寒い。ぐっしょりと汗で濡れていたワイシャツが瞬時に冷える。冷房を消し忘れたのだろうか。鳥肌の立った腕を擦りながら、慌てて部屋へ入る。
 るりひゅるり るりひゅるり
青い花が、霜を吐き出していた。テーブルもテレビも、霜がついて真っ白になっていた。グラスに入れた水はすでに空になっている。それでも花は霜を吐き出し続けていた。
「おじちゃん、おかえりなさい!」
 振り返ると、凍った布団の中からあの少女が顔を出していた。

ビーケーワン怪談投稿作

2007年7月20日金曜日

七月二十日 鳥

煙突に入ってしまった鳥は、暗闇の中で暴れる。
暴れても上がれず、暴れても落ちない。ただ煤に塗れ飢え、弱っていくだけ。

2007年7月19日木曜日

ゾウ市場

 どこからともなくやってくるゾウの行進、それが合図。
 地響きと土けむりが収まり現れた市場は、極彩色だ。どんな花畑より色鮮やかで、真夏の太陽より強い陽射し。人々は目を細めながら市場を行き交う。
 あんまり眩しいので買い物には鼻が頼りだ。トマトの香り、バナナの香りはもちろん、お札や小銭の匂いも嗅ぎ分ける。皆、品物やお金を鼻にこすりつけて大声で笑い合う。
「ジャガイモだね!」
「あぁジャガイモだ!」
 日が傾き始める頃、仔ゾウが一頭、市場を走り抜けていく。店はバタバタと畳まれ、お客は逃げるように家路につく。
 跡形もなく、ゾウ市場。

《蛇腹姉妹「ゾウ市場」のために》

2007年7月18日水曜日

七月十八日 夜の増減

電気を落としたビルの一室で、夜の景色を眺めた。
信号機の赤と青、街路灯、家々の灯り、観覧車。
町の中心街に、聳え立つ超高層マンションには赤い光が点灯している。おそらく、飛行機のために。つまりは、人間のための。

私は時折この暗い部屋に入り、一瞬だけ我に返る。となりの明るい部屋では、明るい振りをしなくてはならないから。

超高層マンションの赤い光は、とても強い。
それが夜であることを示しているけれども、それは人間の夜に限った話だ。

何度目かに暗い部屋へ入ったとき、ふ、と赤い光が消えた。
赤い光を付けていたマンションの、窓の灯りも同時に消えた。
よくよく見ると、消えたのは光ではなかった。
マンションが消えたのだ。

人間の夜がほんの少し減った。ただの夜が少し戻った。
次は、私のいるこのビルかもしれない。それでも構わない。夜が戻るのなら。

2007年7月17日火曜日

逢瀬の大きさ

きみの傍にいられるのは、一週間に二時間。
きみの声を聴けるのは、百六十八時間のうちの二時間。
約分してみたら、きみの匂いを感じるのは、八十四時間に一時間。
八十四ぶんの一、なんと小さい時間だろう。
手のひらに乗っけてみたら、ころんと指の間から落っこちて砕けた。
そう。毎週必ず会えるわけじゃないんだった。
だから現実は八十四ぶんの一よりもっと小さい。

七月十六日 変拍子の帰り道

午前零時。
上蓋の外れた側溝から、白い猫がひょいと出てきた。

2007年7月15日日曜日

嵐の前の喧騒

山茶花に 雨宿る鳥 おびただし

2007年7月14日土曜日

七月十四日 台風

台風の雨を運ぶ小人が、ウサギの腹の上で寝ている。
二千人くらいの小人が、ウサギの毛皮にしがみついてすやすやと。
この人たちが雨を地下深くの小人街に運ばないと、この町の川は氾濫してしまう。
台風の雨は小人にとっては大事な水源で、彼らが台風を利用するおかげで
なんとか大災害にならずに済んでいたのだ。

こんな大きな台風が7月に来るなんて珍しいから無理矢理起こされたようで眠くて仕方がないんだ、少し休ませてほしい、とウサギを訪ねてきた時に小人たちは言っていた。
小さな寝息を聞きながら私はため息をつく。

2007年7月12日木曜日

七月十二日 金のしるし

その本には金色のスタンプがあちらこちらに押されていた。
表紙にも、本文にも小口にも。
何のマークかはわからない。前の持ち主の蔵書印だろうか。
キラキラとまぶしい。なんだか偉そうだ。

そっと指先でなぞったら、あっさり金色は剥がれてしまった。跡形もなく。
どのスタンプも触るとするりと剥がれた。
前の持ち主の痕跡を取るような気持ちになって、次々とスタンプに触れていった。
気付くと私の手や腕が金色に輝いていた。

愛玩動物

 犬が失踪してから一ヵ月と三日経った。それまでは犬を中心にした生活だったから、自分と時間を持て余してる。ドッグフードの袋を手に取りハッとする回数は減ったけれど、代わりに犬の匂いが染み付いたクッションを抱きしめて泣く時間は長くなった。
 その夜、帰宅すると玄関の前で「わん」と吠えるものがある。懐かしい犬の声だ。なのに、犬の姿がない。よくよく見ると、手が落ちていた。右手。
 わたしは手を握り、家に入る。手はわたしに指を絡めた。少し毛深い手。
 手は指と手のひらを使って尺取虫のように家の中を移動した。迷わず紙と鉛筆を取ってテーブルに上がると、すらすらと鉛筆を動かし始めた。
「これまであなたの愛玩動物として生きていましたが、それが不満だったのです。あなたに愛玩されるのではなく、あなたを愛玩したい。そのための手になりました。」
 あなたを愛玩したい。奇妙な日本語だと思いながら、手が髪を撫でる感触に身をまかせる。されるがままにしていると、手はうなじをつつつ、と撫で上げた。
「きゃん」
わたしの声だった。
 こうして、かつて愛玩していた犬との立場は逆転した。でも、一つだけ頼みがある。あなたの爪は、わたしに切らせて。

********************
500文字の心臓 第69回タイトル競作投稿作
○2△2

2007年7月11日水曜日

七月十一日 一つだから一番

選挙カーが「健康一番 安心一番」と言っている。
一番を二つも挙げているなぁと思っていたら
「二兎を追う者は一兎も獲ず」
とウサギが吐き捨てた。

2007年7月10日火曜日

七月十日 舐めたかったのに

降ったり止んだりの雨の中、ウサギは傘も差さずにやってきた。
ランニングシャツのおじさんを連れて。
「このおじさん、雨を飴に変えるというのだ」
おじさんは雨の中、なにやら小さなコンピュータを操作している。
「何の飴がいい?」
おじさんが言う。
「ミルク味じゃなければ、なんでもいい……でもさー飴が降ったら痛いよね」
私の言葉に構わず、おじさんはコンピュータを弄っている。
「ほら落ちて来た」
オレンジの飴玉は落下傘を付けてふわりゆらりと落ちてきて、ウサギの口に墜落した。

2007年7月7日土曜日

七月七日 瓢箪堂瓢箪栽培記8

「おんなのこ 募集」
「欲しい おんなのこ」
どういうわけかと思ったら、右近も左近も雄花ばかりが咲いている。

2007年7月6日金曜日

七月五日 唖然とするがま口

がま口の留め具がポロリと取れた。
留め具がなくなって、締まりもなくなったがま口は、ポカンと口を開けているしか能がなく、途方に暮れていた。

七月六日 振動

トラックを乱暴に止め、エンジンをかけたまま、宅配物を抱えた若い男がドタバタと駆けていく。
古い鉄筋コンクリートマンションの階段の手摺りに、ガンガンとぶつかりながら。
インターホンを連打し叫ぶ。「荷物です!」
帰りは、もっと大袈裟にぶつかりながら階段を転げ落ちてきた。
私は自分の部屋のベッドに寝転がって、若い男の出す振動を感じていた。

2007年7月4日水曜日

七月四日 桃色に染まる

今年初めてて、モモを食べた。
ウサギは、赤く熟した産毛のあるモモの皮にいたく感激して、自分もこんな色の毛皮になりたいと言い出した。
何やら赤やオレンジの頬紅を叩いていたけども、背中は白いままだ。
言ってやろうかと思ったが、粉含みの良すぎるウサギは歩くたびに赤っぽい粉をぷほぷほと撒き散らしているので、やめた。
天瓜粉より掃除が大変そうだもの。

2007年7月3日火曜日

ラジオに住む紳士

これは、私の宝物、40年間、美声を流し続けているラジオだ。
一局しか受信できないラジオだが、その一局を他のラジオでは聞いたことがない。
つまり「このラジオのためだけの専門放送局」だ。
このラジオから聞こえてくるのは、仕立てのよいスーツを着ているであろう紳士のテノールの語りと、多様な音楽。

紳士は、ジョーと名乗っている。
リスナーはMr.ジョー、と彼を呼んだ。
彼は世界一のDJだが、DJである前に紳士だからだ。
Mr.ジョーは、私が中学の時から変わらぬ声で、いつラジオのスイッチをいれても話をしている。昼でも夜中でも。

Mr.ジョーが、私のリクエストに応えてくれる。
そう、かつて数万機売り出されたこのラジオを持つのは、私とあと二人になってしまった。

こんな夜はミスターロンリーが聞きたい。
Mr.ジョーが、自らレコードに針を落とす気配が聞こえる。

ジェットストリーム40周年と城達也さんに。

2007年7月2日月曜日

七月二日 言語の区別

窓が開いているのも忘れて大声で歌っていたら、庭のひょうたんが覚えてしまった。
英語の歌だから、国際的なひょうたんになるかしら、と思っていたけど、ひょうたんの歌は、歌詞が英語であることすらわからない。
翻って、わたしの発音は酷いのだと、よくわかった。

2007年7月1日日曜日

波立つ月

ちゃぷん
月を泳ぐ小さな魚がいた。
魚はただ一匹、広く黄色い月を泳ぐ。

魚は食べることを知らない。恋も知らない。
ただ、ここで泳ぐことが心地よいということだけを、知っていた。

魚は恋を知らないけれど、魚に恋する者はいた。
望遠鏡で月を、月の中までもを覗く少女がいた。

月は波立ち、飛沫は銀色に輝く。
「あ、魚が跳ねた」
少女の呟きは、魚には届かない。

七月一日 踊り子

どこからか、盆踊りをしているのが聞こえてきた。
「踊っていやがる」
とウサギが言う。
「あぁ、踊っているのだろうね。お祭りの稽古をしてるんだよ、きっと」
「違う」
ウサギはますます険しい顔になる。
「蚤が踊っていやがるんだ」
叫びながらウサギは、身体中をボリボリと掻きむしった。

2007年6月29日金曜日

六月二十九日瓢箪堂瓢箪栽培記7

まだまだ小さい実だけれども、声は大きい。
今日は「マントヒヒとゴリラのおならの違いについて」を語っている。
ご近所に恥ずかしくて、どうしようかと思っていたら、雨が降ってきたのでお喋りが止んだ。


六月二十八日 痛みのない殺戮

蛍光灯の光に誘われた虫が、窓をびっしりと覆っていた。
部屋の中から、神経質そうな面持ちの少年がガラスに人差し指を押しつけている。
ぷつっぷつっと、虫が一匹また一匹と墜ちていく。
ガラス越しなのに、なぜ。

窓には無数の小さな虫、それでも少年は人差し指を一匹づつ狙って、押しつけていく。一定のテンポで。
少年の指に虫の感触はなく、虫もまた、押し潰されることなく息絶える。

私は立ち上がり、蛍光灯のスイッチを切った。
虫たちは別の灯りを求めて飛ぶはずだ。
だが、虫を助けたのではない。
この少年に虫殺しの資格はない。

2007年6月27日水曜日

六月二十七日 消えない残像

派手に装飾したバイクが、夜を駆け抜けていく。
たくさんの、ライトが目に焼き付いた。
この残像を消すために、私はもっともっときらびやかなものを求めて歩いた。
夜の住宅街には、ミラーボールもネオンもないから、なかなか残像が消えない。
この消えない感じ、何かに似ていると思うけども、思い出せない。

2007年6月26日火曜日

六月二十六日 重宝すぎた器

重宝鉢なる器を買った。
なるほどその通り、カレーライスも枝豆も、ピザも冷奴も、よい塩梅で盛り付けられる。
しかし、ウサギの餌まで美しく盛れてしまったのは、誤算だった。
重宝鉢はウサギに占領されてしまった。

2007年6月25日月曜日

六月二十五日 ご自慢の歯

歯医者に行ったら、院長先生の口がカバになっていた。
マスクから口がはみ出ている。
「はい、あーんして」
私が口を開けると、先生も口を開ける。
マスクが外れて立派な歯が丸見えだ。キラリと輝いていた。
「先生、その歯を自慢したいと思ってたら口がカバになったんでしょう?」
私が言うと、先生はまた歯を光らせた。

2007年6月24日日曜日

六月二十四日 ビリビリ体操

ビリビリ言いながらウサギが体操をしている。
「その『ビリビリビリビリ』というのは何だ」
と聞くと
「ビリビリと唱えることで超微弱な電流が筋肉を伝わり、無言で運動するよりも大きな効果が期待できるのである」
とウサギの一つ覚えで講釈を垂れていた。

2007年6月22日金曜日

六月二十二日 梅雨の露

身体が雨雲になったみたいだ、とウサギが言う。
「まったくそうだ」と言いそうになってやめた。
ウサギは毛先から、しとしとと細かな水玉を落としていたから。

2007年6月20日水曜日

六月二十日 夏の粉

ウサギが白い粉を撒き散らしながら歩いていた。
「なんだ?これは」
「天瓜粉。蒸し暑いから、はたいておいた」
ウサギの毛皮は粉含みが良すぎる。

2007年6月19日火曜日

六月十九日 にらめっこしましょ

ノラ猫とにらめっこしていたら、猫がにやにや笑いだした。
「何がおかしいの?」と聞くがまだにやにやしている。
ふと振り向くと、ウサギが百面相していた。

2007年6月18日月曜日

六月十八日 瓢箪堂瓢箪栽培記6

梅雨は病気に注意らしい。
予防にはどんなのがいいのか、右近に聞いてみた。
「ウドンコソバコジョウシンコ」
ウドンコは病気でしょう!不吉だ。

2007年6月17日日曜日

六月十七日 とかげ

とかげに話を聞く。
「涼しいところ知らない?」
とかげはしれっと答える。
「石の下」
そこはとても涼しそうだけど、わたしは入れない。
とかげはニヤリとして石の下に潜って行った。

六月十六日 汗かき水

あんまり日射しが強いかったので、夕方近くに打ち水をした。
水はあっという間に乾いてしまう。
乾いて飛んでいく水はいかにも暑そうで、汗をかいていた。
恨めしそうに私を見ながら、飛んでいく水。
おかげで地面はひんやりと冷たくなった。

2007年6月15日金曜日

六月十五日 毒胞子

小さな毒キノコを摘むと、胞子が吹き出した。
「吸い込んだらまずい!」と目をつぶり、息を止めたけれど、耳の穴は塞げなかった。
絶望の囁きが止まらない。

間に合わない

 人間、いつ死を迎えるかわからない。若かろうが、病気がなかろうが、関係ない。明日の事実は誰にもわからないが、死は誰にでも起こる、覆せない未来の事実だ。
 そう俺は子供の頃から考えてきた。皆平等に死ぬとわかってはいるが怖いものは怖い。怖さの最大の要因は「自我が消失すること」であると考えた。ならば俺は俺の自我をすべて保存したい。まず自分でできることといえば、記録することだろう。
 そのための細かい日記を付ける。いつどこで何をしたか、何を食べたか、何を思ったか。この「何を思ったか」が自我を残す上で特に重要なはずだ。
 俺は常にメモを取り、寝る前にノートに清書する。清書作業中に考えた事、反省した事も書き記さなければならない。
 そしてまた考える。俺は何故こんなにも自我を残すことにこだわるのか。人生の貴重な時間を無駄にしてはいないだろうか。それをさらに書き綴る。
 夜が明けてきた。早く眠らなければ。「早く眠らなければ。」と書いてペンを置く。
 時計を見ると午前六時半。起床時間だ。今度は愛用の手帳を取り出す。
「六時半、一睡もせず。本日の予定と心構え――。今日の記録は起床時間までに書き終わるだろうか。」


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500文字の心臓 第67回タイトル競作投稿作
○1△4

森♀Oの「妄想」という短編を読んでいたら書けた話。

浮き寝

なんだかゆらゆらと気持ちがいいような気はしていたんだ。
目をあけると、見慣れた天井ではなく、どんより曇った空があった。
僕は起き上がりたいのを必死で堪えた。どうやら海に浮かんで寝ているらしいことに気付いたからだ。
起き上がれば、きっと溺れてしまう。このまま。このまま。力を入れずに寝息のままで。
ゆっくり目玉だけ動かして周りを見渡す。空は曇っているけれども、波は穏やかだ。嵐の前の静けさ、という言葉が浮かぶ。考えないことにしよう。
僕はパジャマのままだけど、濡れているようには感じない。布団の中か、それ以上の心地よさ。
こんなに気持ちがいいのは、やっぱり寝ぼけているからかもしれない。海だと思うのはおねしょでもしているからかもしれない。
そう願って一度目を閉じ、ゆっくり息を吸い込み、目を明ける。
やはり、ここは海だった。そしておねしょはしていなかった。
太平洋なのかなぁ。次に目が覚めたらハワイの砂浜ならいいのだけれど。
おねしょはしていないとわかったら、なんだか小便がしたくなった。
海だからこのままするか……。でもパジャマが汚れるな。でも、なんで濡れずに浮いてるのかなぁ。

2007年6月14日木曜日

六月十四日 気のきくへちま

「あ~そこそこ~」
泡だらけになったへちまは、私の身体を程よい加減で擦っている。
背中のかゆいところなんかをばっちり見つけて強めにごしごし。
もちろん、顔や二の腕あたりはやわらかく。
すっかり殿様気分で入浴していたから、へちまをくたびれさせてさまった。
へなへなになったへちまを洗いながら、よく労っておいた。
明日は背中だけお願いします。

2007年6月13日水曜日

六月十三日 瓢箪堂瓢箪栽培記5

bbe8f5bb.jpg「のびるときのびればのびよう」
「のびたのびすぎのばしすぎ」
ぐんぐん伸びる瓢箪の呟きの周りでは、どくだみが咲き誇っている。


2007年6月11日月曜日

六月十一日 逃亡する毛

切られた髪の毛は、さっきまで自分の一部だったのに、もうゴミにしか見えない。しかもひどく不気味な。
私は一束の切られた髪の毛が箒から逃れて出て行くのを見た。
私の身体だったのに、止めることができない。
逃げた髪の毛が何を考えているのかもわからない。

かつて自分の一部だったものが、どこかで違う時間を過ごそうとしている。
それは、奇妙に愉快なこと。

2007年6月10日日曜日

六月十日 白いサンダル

高いヒールのサンダルを五年振りに出す。
ゆっくり汚れを落とす。手入れもせず放っておいたから、だいぶ汚れている。
ふと、どしゃ降りの夕立の中、神社を歩いたことを、思い出した。
たぶんこれは、私の思い出ではなく、サンダルの思い出。

2007年6月8日金曜日

六月八日 瓢箪堂瓢箪栽培記4

「ネトネトネトネト」と右近が言うので、庭に降りてみると、ついに右近のツルがネットに届いていた。
祝福の歌を歌ったら、左近が先に覚えてしまった。
「ひょっこりじま」

2007年6月7日木曜日

暗射地図

部屋には机と椅子が用意されている。
明かりは部屋の角に行灯がひとつ。薄暗いから気をつけて。
机の上には地図が置いてある。何も描かれていない。これが暗射地図だ。
きみは地図に向けて「何か」を射るだけでいい。
「何か」はきみが考えなければならないが、地図に向けて「発射」すれば何でもよろしい。
先日来た少女はダーツの矢を使った。何も持って来なかった青年は、射精していった。
そう、それでも構わない。きみもそうするのかい?好きにすればよい。
発射したものが暗射地図に命中すれば、それは即、きみだけの地図になる。
その地図を頼りにするかどうか、それもまたきみの自由だ。
さあ、着いた。この扉を開けてお入りなさい。

「暗射地図」…白地図の古い呼称。

2007年6月6日水曜日

六月六日 見えない力

磁界に迷い込んだ少女は右手に磁石を握ったままだった。まるで右手がコイルになったかのように。
うろうろと歩いているうちにN極に引きずられていくが、少女は気付かない。
ようやく気付いた時には、尻餅をついたまま、ずるずると見えない力に引っ張られていた。
「どうしよう!」と涙声で叫ぶ少女に声を掛ける。
「持っている磁石を持ちかえて!向きを変えるの!」
それで効果があったのか、わからない。
さらなる大きな力が出現しのだろうか、磁界ごとどんどん遠くへ行ってしまった。

2007年6月5日火曜日

六月五日 手紙

やっぱり捨てられなかった、手紙。
友人からの手紙なら、処分できる。ただのやり取りだもの。
でも最初で最後の「ありがとう、さようなら」の手紙は違うみたいだ。
キミの思い出は、このルーズリーフ一枚が頼りだから。

2007年6月4日月曜日

六月四日 恋の色は何色ですか

ウサギに「恋の色って何色?」と聞いてみた。
「むらさきかな」
「なんかイヤらしいね」
「じゃあピンク」
「なんか乙女ちっく過ぎない?ウサギのくせに」
「黒い恋もあった」
「ロープとかロウソクとか出てきそうだ」
「アンタが質問するから答えてやったのに」
「そもそもウサギはもてなさそうだ。相手を間違えた」
「失礼な」

2007年6月1日金曜日

六月一日 都合のよい地震

地震があと一時間遅ければ、ちょうどよい目覚ましになったのに。
あらかじめお願いしておくんだった。

五月三十一日 雷対策

雷雨の中を歩くのを怯えていたら、ウサギが絶縁雨合羽セットを持ってきた。
どういう仕組みなのかわからないし、ウサギの用意したものは信用できない。
それでも試しに着てみたら、重たくて歩ける代物ではなかった。

2007年5月30日水曜日

五月三十日 あべこべ

一日中、胡坐で手を動かしていると腰に悪そうだからと体操をした。
体操をしていたら腰が疲れたので、ウサギにマッサージさせた。
ウサギのマッサージは力が弱すぎてくすぐったいばかりだった。
ウサギはマッサージの才能はないがくすぐりは上手いようだ。
笑いすぎて腹筋が痛い。

2007年5月29日火曜日

五月二十九日 きみの名は?

写真で見た鳥の名前を知りたくて、図鑑とインターネットを駆使した。
でもお目当ての鳥の情報と出会うのは、バードウォッチングで本物の鳥と出会うより難しいのではないか。
むやみにページをめくっても、クリックしても、到底たどり付きそうにない。
鳥が名札を付けていてくれたらいいのに。
でも、所詮、ヒトが付けた名前。鳥には関係のない話。
そう思っていたら、ベランダでウグイスが看板を背負おうと奮闘していた。
看板は重たかったらしく諦めて飛んで行ったが、残された看板には
「ウグイス(ウグイス色でなくて悪かったな)」と極小さな文字で書かれていた。

メビウスの輪に唇を

愛しい人の唇がメビウスの輪の中に迷い込んだ。
「どうして、よりによってメビウスの輪の中に唇を放すの!?」
愛しい人は唇のない顔で、哀しそうな、恥ずかしそうな表情をしてみせる。

キスがしたいのに。

こんな時に愛しい人に唇がないなんて。

メビウスの輪に舌を這わせる。舌はいつまで経っても唇の居るほうにたどり着かない。
ぐっと力を込めて輪の中に舌を突き出す。愛しい人の唇を舌先に感じたけれども、それはほんの一瞬掠めただけだった。
わたしの舌はメビウスの輪に絡め捕られた。

2007年5月28日月曜日

五月二十八日瓢箪堂瓢箪栽培記3

右近は「つつつつつつつ」と唱え
左近は「るるるるるるる」と唄う。
そろそろツルが伸びてくるか。

2007年5月27日日曜日

五月二十七日 蜘蛛の攻防

白い蜘蛛と黒い蜘蛛が、争っていた。
白い蜘蛛の甘い罠(その糸は水飴で出来ているのだ)の誘惑に、黒い蜘蛛はまもなく降参した。
甘い糸に絡めとられた黒い蜘蛛を、白い蜘蛛が力強く運ぶ。
「じゅるり」
白い蜘蛛の舌なめずりが聞こえたところで、わたしは二匹の蜘蛛をちり紙で捕獲し、ごみ箱に棄てた。

2007年5月25日金曜日

五月二十五日 三匹の犬

三匹の犬が部屋を駆け回っている。そもそもぬいぐるみだから、ふだんは駆け回ったりはしない。じっとりとした雨が降るこんな日に限って、はしゃぎ出す。
本棚の後ろや、ベッドの下まで入りこむから、どんどん埃だらけになっていく。
こんな日にぬいぐるみを洗いたくはないよ。
まぶしいくらいによく晴れた日に、ぬいぐるみは洗うもんだ。


2007年5月24日木曜日

五月二十四日 目眩

朝、目覚める前からグラグラしていた。
目眩だ。あまり強くなさそうだから、どうってことはなさそうだ。
それでも頭を動かすとくらくらするから、そろりそろりと歩く。下を見ないように。
ウサギが嫌味なくらい喜びながら、わたしの真似をしながら歩く。
腹が立ったのでひょいと持ち上げ頭の上に載せたら、目眩はすっかりなくなった。
一日、ウサギを頭に載せていたが、思いの外おとなしくしていたのは、なぜだろう。

痛み

ぐっと手首を掴まれた。顔を上げると、ニカッと笑った彼がいた。
掴まれた手首が痛い。たぶん彼はそんなに強く握っているつもりはないんだろう。男の子はみんな、こんなに強引に力強くヒトの腕を掴むの?
「……細いのなぁ、腕。ちゃんと食べてる?」
そのまま私をひっぱるように、彼は歩き出した。
別に私はひどく痩せているわけじゃない。
私が男の子に腕を掴まれたことがないように、彼も女の子の腕を掴むのは初めてなんだ、たぶん。
「このお釣、おまえのだろ?」
自動販売機の前に立つ。あぁ。そうか。私は彼に掴まれた腕と反対の手に買ったばかりの缶ジュースを持っているのだった。
「今日はずっと、ボーっとしてるよ、どうかした?」
そうだね、たしかにおかしい。千円札で買った缶ジュースのお釣をすっかり忘れてしまうなんて、ありえないよね。
そして手首の痛みとともに初めて気付く。彼が私を一日中見ていることを。
あぁ私の想う人がこの人だったら、無邪気に心躍っているのだろうか。
私の目は、彼の肩越しにもっと遠くを彷徨う。いた。いやだ、こっちを見ないで。
腕を振りほどいて早足でその場を離れる。またお釣を取るのを忘れた。

2007年5月23日水曜日

五月二十三日 黒い表紙の本

何ページも読み進まぬうちに、自分が怖れていたことの正体を知る。
「好きになってしまう」

2007年5月22日火曜日

五月二十二日瓢箪堂瓢箪栽培記2

花が咲いた。耳を近付けると、かすかに声が聞こえた。
「ほげら」
まだ言葉は覚えていないようだ。


2007年5月21日月曜日

五月二十一日 カラフル

色とりどりの細かい紙屑が、机の上て小さな山を作った。
万華鏡には及ばないけれど、偶然が生む配色の妙にしばし時を忘れる。
「もっときれいにしてやろう」
ウサギは強力な鼻息で紙屑の山を紙吹雪きにした。
掃除をしたのは、もちろんわたしだ。

2007年5月20日日曜日

五月二十日 瓢箪堂瓢箪栽培記1

ひょうたんの苗を買ってきた。
今はまだ黙っているけれど、ひょうたんはおしゃべりらしいから、何をしゃべったか記録しようと思う。


2007年5月19日土曜日

五月十九日 搾取

庭に咲いたスイカズラの花を焼酎漬けにした。
じわじわと成分を染み出して、花はみすぼらしくなっていく。
こうして私は花の美しさを奪い取る。

2007年5月18日金曜日

五月十八日 ノスタルジア

棚の奥に眠っていた古い化粧水は、強い香りがした。
その香りは、下駄を履いた少年を思い出した。彼のお母さんは、たぶんこんな匂いがするんだろう。

五月十七日 傘があっても

ザアザアと大雨だったのに五十七歩、歩いたところで晴れてしまった。
面倒なので傘はそのまま差して歩いていたら
「せっかく傘を差しているんだから、何か降らせてやろう」とお天道さんが言う。
何かしらん、と思ったらお天道さんはブルブルと震え、火の粉を降らせた。
「それじゃあ傘が燃えてしまうよ!」
と言ったら、お天道さんは赤い顔をもっと赤くして照れていた。

2007年5月17日木曜日

五月十六日カメラマンになれない

野良猫を見つけて撮った写真は、ピンぼけだった。
せっかくの写真なのに、このケータイはカメラがよくない。
「代わりに、かわいいウサギさんがポーズを決めてやろう。ゆっくり撮るがいい」
ウサギの写真が撮りたくてもアンタにモデルは頼まない、と言ったらウサギはめそめそと泣き出した。

2007年5月16日水曜日

五月十五日 雷が憎い理由

ヘソを隠して逃げ回っているウサギがわたしに聞く。
「なんで平気なんだ?」

「取られるヘソがない」
恨めしそうにこちらを見るウサギを横目に、湿気で紙を丸める雷雨を恨む。

2007年5月14日月曜日

五月十四日 いまは栗鼠人間

「栗鼠人間がさ」と少年が言う。
「栗鼠人間?何ソレ」
少年の友達は心底驚いた顔で聞き返した。
「おまえ、栗鼠人間知らないのかよ? 栗鼠人間はテストの時、ちょこまか動いて間違えてるところを指摘するんだ。……指摘するだけだけど」
「正しい答えは教えてくれないのな」
「そういうこと」
私が中学生の頃は、オコジョ人と呼ばれていた。

2007年5月13日日曜日

五月十三日 読書するピエロ

図書館にピエロが来ていた。
赤青黄色のサテンの服を着た大きなピエロは、ソファーに腰掛けて本を読んでいた。
普段の道化た様子は微塵もなく、静かにただ本を読んでいた。

2007年5月12日土曜日

五月十二日 逃げる帽子

帽子が風に飛ばされた。
ここぞとばかりに、帽子は地面をボールのように転がった。そんなによく転がるのは野球帽だからか。
わたしはおたおたと追い掛ける。帽子はけたけたと笑いながら転がる。
ようやく捕まえた。
「どうして逃げるんだよう」
「鬼ごっこ、してみたかったの」

2007年5月11日金曜日

花ニ溺レル

 街灯の少ない夜道を歩いていると、強い芳香に目眩がした。この時季は夜でも花が強く香る。俺は花に詳しくないから、何という花が香るのかわからない。或いは何種類もの花の香が混ざりあっているのかもしれない。
 香りはどんどん強くなり、目眩は酷くなる一方だ。意識も朦朧としてきたようだ。ちゃんと家に帰る道を歩いているのだろうか。
 ついに花の香りたちは、俺の身体を弄び始めた。耳をくすぐり、爪の間に侵入する。襟や袖からもたやすく入られ、毛を撫でていく。
触れないはずの「香り」がまとわりついて離れない。
 脊髄に熱が走ったかと思うと、ようやく花の香りから解放された。足元には、多量の白く輝く花びらが散らばっていた。

2007年5月10日木曜日

五月十日 こどもの匂い

少女のシャンプーはいつまでも、香り続ける。
少年は汗だけでは説明できない甘い匂いを発する。
そばにいて、むせ返らないのが、我ながら不思議だ。
「この匂い」
ウサギが鼻をひくひくさせる。
「……眠くて走り出したくなる」

2007年5月9日水曜日

五月九日 薔薇色に染まるなら

薔薇色の紙を使いたいけれど、私にはまだ薔薇色の話が書けない。
でも、きっと。薔薇色の話が書けたとき、選ぶのは薔薇色の紙ではないのだろう。

2007年5月7日月曜日

五月七日 封筒

封筒を求めて近所の店を歩いたけれど、どうも大きすぎたり小さすぎたり、塩梅がよくない。先日、文房具屋さんで買っておけばよかった。
「ちょうどよいと思ったら、すかさず手に入れるべし。」と300円のピンクの蝶ネクタイを着けてご満悦のウサギの言葉が身に染みた。

2007年5月6日日曜日

五月六日 崩れ落ちるアメジスト

アメジストがバラバラと音を立てて床に散らばった。私の手首から逃げるように落ちていくアメジスト。
拾い集めたら、指先が血に染まった。

2007年5月5日土曜日

這い回る蝶々

 恋は、わたしの身体を切実にした。自分の体内に、こんなにも疼きが潜んでいるとは、知らなかった。彼を見た日の夜は、いつにもまして眠れない。あの声で、あの指で、身体中に触れて欲しい。
 いよいよどうしようもなくなると己の手を動かしはじめる。けれども、この指は木偶の坊だ。胸をつついても、腿を撫でまわしても、なんの慰めにもならない。
 彼は虫、とりわけ蝶々が好きらしい。
「大きくなったらカラスアゲハになりたいと思っていたんだ」
と言い、周りにいた友人たちにからかわれていた。
 それを見て、蝶々を手に入れようと決めた。山椒の葉から青虫を採ってきて、育てた。彼の名で呼び、餌は肌の上で食べさせた。そのせいで皮膚はずいぶんかぶれたけれど、構わなかった。彼が触れた証だから。
 まもなく彼は骨盤の右側あたりで蛹になり、そして蝶々になった。
 今夜も餌をやるために、わたしはベッドの上で膝を立てる。彼は乳首に舞い降り、脇腹をゆっくり伝い、そして蜜を吸いにくる。わたしの出す蜜がよほど甘いのか、彼は口吻を深く突き刺す。


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500文字の心臓 第66回タイトル競作投稿作
○4△1×1

五月四日 トゲの使い道

タラの木のトゲで武装しているウサギに、どうやって近付けばよいか。
多くのウサギがそうであるように、このウサギも甘えたいとき、淋しいときに武装する。
血だらけになるのも厭わずにそんなトゲを身につけていたら、抱きしめてやれないよ。

五月五日 掃除日和り

いい天気だったので部屋を掃除した。
ラムゼイの声は、どちらかと言えば気怠いけれど、太陽や風を感じながら聞くと心地よい。
窓吹き、床を吹き、すあまを食べ、ラムゼイを口ずさみ、鯉のぼりを眺めれば、十分な一日だ。

2007年5月4日金曜日

五月三日 とうもろこしとの戦い

焼きとうもろこしは、食べるほどに長く、太くなって手に負えなかった。
「そんなにのろのろ食べてたら終わらねーぞ」と焼きとうもろこし売りが言う。とうもろこしが大きくなるより早く食べ尽くさなければならないようだ。
思いがけず早食いをしなくてはならなくなった。
なれないことはするもんじゃない。鼻からとうもろこしが出て止まらない。

2007年5月1日火曜日

五月一日 アクロバティック内科

家族みんな風邪がよくないので両親と病院に行った。
当然診察は一人づつだと思いきや、三人一緒に呼ばれた。
先生は実に器用だった。
ペンライトを三つ持って「お喉拝見」。
両手と顔を駆使して「脈を拝見」。
父と母と私は一斉に口を開けたり、腕を出したり。
アクロバティックな診察のおかげで、ずいぶんすっきりして病院を後にした。

2007年4月29日日曜日

四月二十九日 高熱にうかれる

高熱でうかれている父を寝かしつけるのは、ウサギの役になった。
「まったく、ホラ話ばかり聞かされて参ったよ」
とウサギが言うんだから、よほどうかれているのだ。
父にウサギの相手をしてもらったおかげで、ゆっくりできた。

2007年4月28日土曜日

四月二十八日 すべて親指のせい

今日は機械操作にことごとく失敗した。
DVDを焼くのに失敗し、パソコンはフリーズし、予約してあったテレビの録画ができていなかった。
「どうして!」
「そりゃ、あんたの右手の親指から青紫色の怪しい電波が出ているからにきまってるだろ。見えないのか?」
とウサギがしれっと言った。
今心配なのは、この日記がちゃんと送信できるかどうかだ。

2007年4月27日金曜日

四月二十七日 夢で会う人

夢に出てくるのは、そろそろやめて欲しい。
と、夢の中で初恋の人に言った。
目が覚めたら、きっと後悔するのに。

2007年4月25日水曜日

四月二十五日 パン食い競争

おいしそうな菓子パンを二つ買って帰った。
ウキウキしながら帰って、食べようとしたら、二つとも半分くらいに減っている。しかも食い千切られたようにぼろぼろになっていた。
「やや。これは何ということだ!」
パン曰く「おいしそうだったから、共食いしてしまった」
減るとわかっていればもう一つ買ったのに。

2007年4月24日火曜日

四月二十四日 アイーン

切手たちが部屋を駆け回っている。
「ちょっと! 並んで!」と叫ぶが、相手はドイツ語しかわからない。
すると、ウサギがニヤリとしながらやってきて、「イッヒ」だの「アイン」だの言いながら号令をかけた。
瞬く間に切手は整列する。
またウサギに借りができた。

四月二十三日 屁男

その男は一時間に四回、放屁した。
そのうち一回は顔面にかかった。
しかし四回も見れたのは幸運だと思う。特に顔の近くで見らるるなんて、滅多にない。
赤や水色、紫やオレンジ色の派手な屁を、わたしは他で見たことがない。

2007年4月22日日曜日

四月二十二日 時計猫

新しい猫は、時間に厳しいに違いない。大きな時計の側にいつも立っている。
きっと朝起こしてくれたり、時間を知らせてくれたりするだろう。
そう期待していたけれど、猫は昼まで寝ていた。やっぱり猫だ。

2007年4月21日土曜日

四月二十一日 くすぐったい

昼寝をしていたら、右の脇腹がむずむずとくすぐったい。
なんだろう、と払いのけようとしたら、くすぐり犯人は左手だった。

2007年4月20日金曜日

四月二十日 黄昏パンツ

商店街を、パンツが歩いていた。ピンクベージュのおばさんパンツ。パンツは新品だったけれども、割引シールを貼られ、その上に半額シールまで貼られ、ずいぶんくたびれていた。
まだ誰にも穿かれてないのに、二十回穿かれたパンツより、やつれていた。
パンツは疲れて旅に出たつもりなのだろう。
旅するパンツを犬は踏んづけた。

2007年4月19日木曜日

四月十九日 眠れない夜

猫があちこちで鳴いていて寝つきが悪い。春の彼らの声は人間くさくて、わかっていても驚いてしまう。
ウサギはもっと過敏になっているようだ。毛を逆立てソワソワしていた。
「気になるのか?外に行けばいいじゃないか」
ウサギはいつも勝手にうちに出入りしているのに、こんな時に限って自分から出ていかない。
ウサギは一目散に飛び出していった。
これで眠れる。

四月十八日 雑誌に後悔する

雑誌をまるまる一冊ほとんど立ち読みをする。
とても満足、得をした気分になったけれど、家に帰ったらウサギが同じ雑誌を悠々と読んでいた。
特集は「落ちこぼれの子猫に似合う愛され弁当占い」
私はなんて下らない雑誌を読んでいたのだろう。

2007年4月17日火曜日

四月十七日 神妙な佇まいで待つ

焼香の順番を待っているような風情で立っているおじさんがいた。
ここは駅のホーム。おじさんが待っているのは、電車だ。お焼香ではない。
おじさんのカバンのファスナーには、金色のウサギのキーホルダーがついていた。
なんとなく、納得した。

2007年4月16日月曜日

四月十六日 切ない選挙カー

雨音の隙間を縫って選挙カーが叫ぶ。
なんだか少し切なく聞こえるのは、お天気のせいか、わたしの心が雨模様なせいか。

2007年4月15日日曜日

四月十五日 便所騒動

トイレが壊れた。朝起きたら、水が吹き出していて噴水のようになっていた。
「いやぁ! きれいだねぇ」と言ったらウサギに「何を呑気なことを」と怒られた。
そうか、朝起きたばかりなのに、用が足せないじゃないか。
でもまあ、野小便に最適な場所はウサギがよく知っているから困らなかったけど。

2007年4月14日土曜日

血の値段

「あたしの血は高いよ!」
往来の真ん中で女が叫ぶ。
青白く骨張った身体。長く黒い髪だけがやけに艶やかである。
「あたしの血を一滴飲めば、精力絶倫!ねぇ、どうだい?お兄さん、買っておくれよ」
通りかかった若者に品を作って見せる。女の足元にはすでに赤黒い染みが広がりつつあった。
「あたしの血を二滴飲めば、無病息災」
「あたしの血を三滴飲めば不老長寿。ほら、おばあさん、あっという間に若返るよ!」
口上が進むにつれ女の足元は血溜まりは大きくなっていく。年寄りがニタニタと女の股ぐらを覗き込む。
「あたしの血を四滴飲めば、不老不死。さあ、じじい!覗くんなら買いな!」
ますます顔は青白く、髪は豊かに輝く。
「あたしの血を十滴飲むと、ほら!」
女は己の血の海に沈み、溺れた。

四月十四日 窓の外を見やる

日が沈みゆくのを、鉛筆の走る音を聞きながら、眺めていました。

2007年4月12日木曜日

四月十二日 スマイル頂戴

ムスっと不貞腐れた子をあの手この手で笑わせてみる。
お嬢ちゃん、ちょっとでいいから笑顔を見せて、と念じながら。
ほら、素敵な笑顔じゃないか。
でも、お嬢ちゃんを笑わせたのは、わたしではなくウサギだった。
ウサギがしっぽでくすぐったのだ。まったく年頃のお嬢ちゃんに破廉恥なことしやがって。
今度はわたしが不貞腐れる番だ。ウサギを怒りたいやら感謝したいやら。

2007年4月10日火曜日

悪魔の精子

 悪魔の精子を手に入れた。宅配で届いたそれは幾重にも包まれ、保冷剤で冷たくなっていた。
 瓶に入った精液は紫がかり、いかにも悪魔色をしているのが可笑しい。
 悪魔とはインターネットで知り合った。「あなたの子供が欲しい」とメッセージを送ると、裸の写真を送れと返事がきた。会って交合することはできないが精液を送ることはできる、そのために裸の写真が必要だ、と。
 私は考え得る限り煽情的なポーズで写真を取った。果たしてこんな姿で悪魔の欲情を呼ぶことができるのか、不安ではあったが他に術がない。悪魔から「よくできた」とメールが来たときには、我ながら驚くほど胸がいっぱいになった。
 私も悪魔の精子を受け入れる仕度をしなければならない。一体どうすればと思っていたが、悪魔の答えは至極簡単だった。「注射器を使え」というのである。
 用意しておいたのは極太の硝子でできた注射器だ。針は付けていない。ここに紫の精液を注ぎ終えると、瓶にわずかに残ったそれを指で掬い舐めてみた。予想に反した甘さに、うっとりとする。
 私は自らの手で身体を昂ぶらせると硝子の注射器を挿入した。ピストンを押し込み、精液を送り出す。まだ冷たかった精子だが、胎内に放たれると一気に暴れた。私の身体はその刺激に強く収縮し、硝子の注射器を砕いた。
 破片は身体の内外を次々と傷付ける。膣を切り裂き、内腿に刺さり、子宮に埋まった。なおも精子の勢いは衰えず、私は歓喜の声を上げ続ける。

四月十日 春のお稽古

ウサギがウグイスに指導している。
ホーホケキョケキョ♪
「最後のケキョ、は余計だ」
ホーホケキョケ
「まだ多い。ケはいらない」
ホーホケッキョ
「ちょっとリズムが狂ったな」
巧く鳴けないウグイスもまた、かわいらしい春なのに。
まったくウサギは余計なことをする。

2007年4月9日月曜日

四月九日 雷も春

春の雷は、どうも子供っぽい。夏の雷のような腹に響く迫力に欠ける。
そう思っていたら
「やっぱり浮かれてるなあ、雷の奴」とウサギが言っていた。

四月八日 足取り軽く

右足と左足を一度づつ挫いたら、足取りがちょうどよくなった。

2007年4月8日日曜日

九月二十六日 置き薬

薬屋は黒いスーツにジェラルミンケースを持ってやってきた。
薬箱の前でジェラルミンケースを開けると、薬が飛びかいだした。大道芸のようだ。風邪薬は軽やかに、胃薬は高く、湿布はひらひらと、包帯は回転しながら、飛んだ。
すっかり薬の整った薬箱は、何事もなかったように蓋が閉じられ、ジェラルミンケースも静かになった。
金を支払うと、薬屋は深々とお辞儀をして、帰っていった。

九月二十二日 犬のしっぽ

犬のしっぽが、身体中を撫でる。それはとても気持ちよいのだけれど、お風呂で見たらばしっぽが触れたところに、犬の毛が生えていた。不気味過ぎる上に、ウサギが怯えて泡を吹いてしまった。

2007年4月7日土曜日

四月七日 安眠妨害

朝方眠っていると電話がなった。
「…………はい」
とようやく声を出す。驚くほど低い声だった。
半端な時間に起こされて、昼間も睡魔が襲ってきた。這うようにして布団に潜り込み、一時間足らず。
また電話がなった。
「………………はい」
驚くほど高い声だと思ったら、ウサギの声で喋っているのだった。

2007年4月6日金曜日

四月六日 おかしなことばかり

仁丹の匂い漂うバスを降りて駅前に行ったら、ベビーカーを四台並べて記念撮影をしていた。
四つ子かと思って覗き見ると、目鼻を書いた赤・青・黄・緑の風船が乗っていた。

2007年4月5日木曜日

四月五日 行方不明の温泉

標識や看板に従って、車は走っていた。地図もちゃんと確認してあった。
なのに、その温泉施設は見つからなかった。
どこに旅行中なのだろうか、その温泉は。
留守なら留守と札くらい立てておいて欲しい。

2007年4月4日水曜日

四月四日 春の雪

ボンドにまみれた手でウサギを撫で回していたら、ウサギはガビガビになった。
ウサギは文句を言いながら固まった毛をハサミでチョキチョキと切った。
切られた毛がウサギの鼻息でほうぼうに吹き飛ばされる。
世の中ではこれを雪と呼んだ。

2007年4月3日火曜日

四月三日 イルカと猫

イルカたちと猫は案外相性がよかった。
と言っても、猫は我関せずの顔、イルカたちはただはしゃいでいるだけなので、互いをどれだけ認識しているのかは、わからないのだけれども。
少なくともケンカはしていないのだから、相性は悪くないはずだ。

四月二日 落書き

サクラフブキノナカ、65サイノ、ニンギョウオドル。
日記に書くことがないなあ。とぼやいていたら、ウサギが日記帳に落書きをした。

2007年4月2日月曜日

四月一日 筍の山椒摘み

筍がノコノコやってきて、「おじゃまします」と言うなり庭におりて山椒の葉をむしり始めた。
鴨が葱を背負って訪ねてくるのとどちらがすごいだろう?と考えながら、筍を捕まえるタイミングを見計らっていた。

2007年3月31日土曜日

三月三十一日 デザート

注文した料理はことごとく品切れだった。
「生麸のアボカド、ほうじ茶アイスクリーム」なんて絶品がこっそり運ばれてきたから、腹は立たない。

2007年3月30日金曜日

三月三十日 赤いスニーカー

赤いスニーカーを履くと、どうにも走り出したくなって困る。
わたしが全速疾走したところで、赤いスニーカーは満足しないだろう。
ごめんね、赤いスニーカー。わたしはとても足が遅いんだ。

2007年3月29日木曜日

三月二十九日 新しいノコギリ

新しい小さなノコギリで小さな板を切った。
ノコギリは小さくて刃が薄いのがいい。
大きな板は大きななノコギリで切ればいい。
でもわたしは小さな板しか切らない。
作るのは小人の住まいだから。

2007年3月28日水曜日

三月二十八日 山々なのだが

山の天気のように、心が移ろう。
山のように、デンと構えていられたらよいのだがなぁと山を見ながら思う。
でも、富士山も甲斐駒も八ヶ岳も浅間山も、みな違う性格をしていたから、一人くらい神経質な山がいるかもしれない。

2007年3月26日月曜日

三月二十六日 招き猫を招く猫

たくさんの招き猫に囲まれて、猫が昼寝をしていた。
猫が招き猫を倒さずに昼寝の場所にたどり着けるはずがない。
たぶん招き猫が猫の周りに集まってきたのだ。

2007年3月25日日曜日

三月二十五日 亡者と痴人の文字

子供のころにもらった手紙を整理した。
この箱の中の手紙の差出人多くは、既に亡き人か、筆を取れなくなった人だ。
私はそれを処分できない。
かといって保存するものでもない。文化財ではないのだから。
ただ、そのままにしておく。
それだけ。

2007年3月24日土曜日

三月二十四日 サル

山の中にサルの声が響く。
真似してキャンキャンと声を出したら、返事をする。
十分くらい、そうやってサルと声を掛け合った。
ウサギはひどく怯えていた。今度生意気ことをしたら、サルの声で驚かせてやろう。

三月二十三日 また虫

古くなった書類をシュレッダーにかけた。手回しの小さなシュレッダーだからなかなか進まない。
「ねぇ、紙きり虫の知り合いはいないの?」
とチョコレートを食べなが寛ぐウサギに聞いた。
「紙きり虫?あぁ、たくさんいるよ。でも彼らはグルメだから、その紙を食べるかどうか、わからないね」
じゃあ、ヤギは?と聞こうかと思ったけれどまたまた疲れる応えが帰ってきそうなのでやめた。

2007年3月23日金曜日

チョコ痕

 日が落ちた町に細長くチョコ痕が続く。ビルの壁、街路樹の幹、ガードレール。人の目には茶色い汚れの筋にしか見えないそこを辿るのは、なめくじである。
 なめくじはチョコレートの香りに導かれ、一分の狂いなくチョコ痕を辿る。ほんのわずかこびりついたチョコ痕をきれいに舐め取り、引き換えに彼の粘液を残す。チョコレートを舐め取った後の粘液は、チョコレートと彼の体臭が混ざり合い、妙なる香りを発する。
それを嗅ぎつけた野良犬たちが、切なく吠える。
 歩道橋の手すり、横断歩道、チョコ痕は続く。なめくじが歩む。野良犬の遠吠えもしばらく続きそうだ。


********************
500文字の心臓 第65回タイトル競作投稿作
○7△1 正選王

三月二十二日 虫

決心してたくさんの雑誌やコミックを処分した。
ずいぶんな量を片付けたつもりなのに、書斎は少しもすっきりしない。
「なんでかなぁ」とため息をついたら、ウサギが言った。
「こんな本、本の虫に食わせれば、あっという間だよ」
本の虫は、相当グロテスクなんだろう。ウサギの顔が苦虫を噛み潰したようだったから。
やっぱり人間の手で片付けるしかなさそうだ。

2007年3月22日木曜日

三月二十一日 色合わせ

時折、色と色がまぐわいを見せた。
溶け合うかどうか、ゆっくりと吟味し、なめらかに交わる。
ぶつかり合う色と色もある。勝ち負けはないのに。
よく似た二つの色は、如何に似ているかを主張すると同時に、個性を出したがる。
わたしはすべての色を褒め、愛でることしかできない。

2007年3月21日水曜日

三月二十七日 二分が二時間

二分のために出かけたら、帰って来たのは二時間後だった。
用事は二分で済んだのだ、確かに。
一体、わたしはどこをどうほっつき歩いていたのだろう。

三月二十日 涙の色

右目からポロポロと落ちた涙は、勿忘草色をしていた。
瓶に集めたら綺麗かもしれない。
けれどもコンビニの中じゃどうしようもなく、ただ右目だけで泣いていた。

2007年3月20日火曜日

三月十九日 午後六時二十分

金星めがけて二羽の烏が飛んでいった。

2007年3月18日日曜日

三月十八日 百貨店はトマト尽く

プチトマトが甘かったから4個食べた。
たぶん試食最高記録じゃないだろうか。
そのあと、トマト色の宝石と、トマト色の口紅とトマト色のマフラーとトマト色の紙を買った。
トマト色のマフラーは失敗だった。もう春なのに。

2007年3月17日土曜日

三月十七日 図書館では誰でも

小さな紙片は本になりたがって、うろうろしていた。
仕方ない、図書館では、どんな紙くずでも本になりたくなるものだ。
紙片たちを拾い集めて、小さな本に貼りつけた。
紙片の気が済んだかどうかはわからない。
糊でしっかりくっつけたから、身動きできないだけかもしれない。

2007年3月16日金曜日

三月十六日 フライングタルト

あわてんぼうのタルトは、空を飛んで予定より二日早く到着した。
「まだ早いよ」と言うと
「すみません、思ったより風が強くて、早く着いちゃいました」
とペコペコ謝っていた。
タルトは許してやり、みんなで食べた。おいしかった。
でもやっぱり予定の日にも食べたい。

2007年3月15日木曜日

三月十五日 大きな白の犬

大きな白の犬がでろでろと歩いていた。
「でかい図体のくせに。剣呑だな」
とウサギが言う。
「でも毛並みはアンタよりきれいだよ」
本当にふかふかの犬だった。いささか白すぎるけれども。
たまには犬もいいな。

三月十四日 お布団被ってちょっと来ておくれ

お布団びりびり行かれない。
布団を干しながら花一匁を歌っていたら、布団は本当にビリビリと皮が破れて綿はぼんぼんと飛んでいった。

2007年3月13日火曜日

三月十三日 本棚を片付けた

唐突に本棚を片付け始めた。
本棚には本当に気に入った本しか入れない。
それなのに、知らない本が増えている。
「毛繕いの極意」
「赤い瞳の女」
「尻尾はやめて」
「魅惑の耳」
ウサギがいつのまにか持ち込んだらしい。
読んでみようかと思ったが、止めた。万が一おもしろかったら悔しいじゃないか。

2007年3月12日月曜日

三月十二日 えんがちょ

コドモたちがインフルエンザ自慢をしている。
「おれ38度」
「オレ40度」
「おれA型」
「オレB型」
「タミフル飲んだ」
「飲まなかった」
わかったよ。
わかったから、近寄るな。触るな。こっち見るな。
気がつくと、往来の真ん中で「えんがちょ!えんがちょ!」と喚いていた。
どうやって家に帰ったのか、わからない。

2007年3月11日日曜日

三月十一日 雪のち曇のち晴れ

雪の朝、星空の夜。
ロールケーキ、塩ラーメン。
2000年の歌、2007年の高校生。
実にめまぐるしく一日は流れる。

2007年3月10日土曜日

三月十日 異常食欲

珍しくスナック菓子を食べた。一日に二度も。
三度の飯も普段通り食べたというのに。
「どうしちゃったんだろ」
「そりゃ、恋患いか、エルニーニョだ」
とウサギが真面目な顔で言った。
エルニーニョが何か、わかっているのだろうか。

三月九日 とまどい

大嫌いで大嫌いで仕方なかった、ハスキーボイスに魅せられはじめている。
戸惑いは置いておいて、本当に嫌いじゃなくなったのか、確かめなくちゃいけない。
好きだと言うのには、まだ早い。

2007年3月9日金曜日

三月八日 疑問だらけのモスパ

体重計にしゃがみこんで、父と話し合った。父は湯船の中だ。
「でも父ちゃん、モスパはスバドーカみたいに850円付かないんだろ?」
「なにやらスバを使う度にポイントが付くらしいぞ。でも有効期限があるらしい。それにポイントの割合が850円よりいいかどうか」
「じやあ、もし850円より安かったらスバはスバドーカを使ったほうがよいね」
「そうだな。その辺もよく確認しといとくれ。でもトッネスパはいらなくなるから、枚数は減るよな。というわけで、モスパについてよく調べておけ」
「おぅ」
わざわざ風呂に入ったままする話ではない。

2007年3月8日木曜日

三月七日 素敵なモノサシ

タロウさんのバカバカシサモノサシで身体を測ってもらったら12バカバカシサだった。もう少しあるかと思ったのに。
ウサギは23バカバカシサだった。
「そんなバカな」
と文句を言いながら、ドーナツをピンと立てた耳に次々通していた。

2007年3月6日火曜日

三月六日 星空に本心を映す

昨日と打って変わって、星空だった。お月さんも「どうだ」と言わんばかりに輝いている。
今夜のような星空を、誰と一緒に見たいだろうか。
最初に思い浮かんだ人が、たぶん今一番恋しい人だ。
意外な顔が脳裏に現れて、動揺した。

2007年3月5日月曜日

三月五日 不機嫌な月

ものすごい勢いで雲が流れて、お月さんはなんだか鬱陶しそうだ。
「低気圧だから、しょげてんだな、アイツも。」
と通りすがりのお兄さんも月を見上げて呟いていた。
まったくだ。

2007年3月4日日曜日

三月四日 髭なし髭おじさん現る

髭なし髭おじさんがバイクを飛ばして家にやってきた。
髭なし髭おじさんは、どういうわけかウサギと意気投合し、大きな声で語りあっていた。
髭なし髭おじさんがウサギを構ってくれたおかげで、ずいぶんゆっくりできた。
部屋のドアをきっちり閉め、耳栓をしたけども。

2007年3月3日土曜日

三月三日 ビターチョコレート

99%のチョコレートはすっと舌の上で消えた。
「どうだ? 苦かっただろ?」とウサギが意地悪な声を出した。
「ちっとも」
このチョコレートより苦いものを、私はいろいろ知ってるもの。

三月二日 懐かしくない理由

懐かしの映像に懐かしさを感じないのは、どう説明したらよいか。
七年前も経っているんだけどなぁ。
とぼんやり思っていたら、ウサギに悪態をつかれた。
「それは年を取ったからだ。」
「時間の流れに鈍感なんだな。」
「惚れかたが不純なんだよ」
どれも間違っていないが的は得ていないと思う。
結局よくわからない。

2007年3月2日金曜日

三月一日 てるてる坊主割れる

飴玉袋に付いていたてるてる坊主が落ちて割れた。
雨が降るかと思ったけれど、相変わらず晴れたままだ。

2007年2月28日水曜日

二月二十八日 布団が吹っ飛んだ

春を呼ぶ風が間違ってオヤジギャグを運んできた。
なんて笑っている場合じゃない。
フロントに落ちてきた布団のせいで、自動車は迷走した。
誰もケガをしなかったのは幸いだった。
布団は再び春の風に乗り、ウキウキとどこかに飛んで行った。

2007年2月27日火曜日

二月二十七日 考え事

あれこれ思案しながら商店街を行ったり来たりしていると、足が疲れた。
たくさん考えたから頭も疲れた。
「で、何を考えていたの?」とウサギに聞かれた。
ピンクと緑と紫のことだなんて、ウサギにはとても言えない。

2007年2月26日月曜日

二月二十六日 明治の匂い

明治時代の紙は鼾をかいて眠っていた。
起こさないようにそっとつまみ上げ、鼻に近付けてみる。
明治は、赤ちゃんの粉ミルクの匂いがした。

2007年2月25日日曜日

二月二十五日 ラーメンが食べたかったのに

紙の体重を測っていたら、ラーメンが食べたくなった。
でもラーメン屋は見つからず、迷子になった。
仕方がないので長電話してラーメンはあきらめる。

2007年2月23日金曜日

二月二十四日 新色登場

新しいマニキュアを買った。春だな。
今年はちゃんと手の手入れをしようと思う。春だな。
「でも、また三日坊主に違いない」
と呟くと同時にウサギの声がした。
「何を?!」と振り返ると、毛皮を桃色に染めたウサギがいた。
「春の新色。手入れが厄介なのだ」
ウサギは桃色の身体を撫で見せる。心なしか嬉しそうだった。

二月二十三日 おしゃべりな歯形

再会を果たした龍と虎は怨みがましく、或いは艶めかしく、若しくは愉快そうに見つめ合っていた。
梅の香りがする。

2007年2月21日水曜日

二月二十一日 観覧車のある風景

観覧車をボーと眺めた。
最後に乗ったのはいつだったか、思い出せない。風の強い日だったことだけは覚えている。
そうやって眺めているうちに観覧車は超高速回転を始めた。
あんなに回ったら乗っている人はバターになっちゃうよ。
高速で回る観覧車を見るのはたいしておもしろくなかったから、家に帰った。

二月二十日 占い猫

夜十時、野良猫に話し掛けられた。
「夜の散歩はどうだい?」
「散歩じゃないよ、家に帰るんだ」
「そのわりには、てくてく歩いてるんだな。帰り道ってのはすたすた歩くものだ」
猫はいろいろとわたしの頭の中のことを当てた。
「小銭が貯まったら定期預金にしておきな」
「ずいぶんスケベじゃねえか」
「チョコレートは食べ過ぎるなよ」
野良猫相手に人生相談しそうになった。

2007年2月20日火曜日

二月十九日 国立公園巡り

セピア色した国立公園を巡る旅に出た。
単色に彩られた国立公園は小さくて、吸い込まれそうだった。
今夜は20箇所くらいしか廻れなかった。
でも、明日のために早く帰らなくちゃ。

2007年2月18日日曜日

二月十八日 白いものが落ちる

チョット・バカリーの甘いコルネットを聞きながら、夢心地で鱈の白子を嘗めた。
雪がこんこんと降っていたのに、外に出たら青空だった。
白子は雪だったか、と腑に落ちる。

二月十七日 ロバの新幹線

クルムホルンの音を鳴らしながらやってきた新幹線は、寝心地がよかった。

2007年2月17日土曜日

二月十六日 タイムオーバー

あと5分早ければ、間に合ったのに。
シャッターの閉じた郵便局の前で立ち尽くした。
立ち尽くすだけでは能がないなと思ったから、二日遅れでもらったチョコレートを齧った。甘かった。

2007年2月15日木曜日

二月十五日 おいしかったのに

父が焼いた餃子が香ばしくできた。
おいしいおいしいと食べていたら、ウサギから電話がかかってきた。
喋っている間になくなってしまうかもしれない。
ウサギが電話越しに食べるかも。父が話している隙に食べるかも。
電話を切ると案の定餃子はなくなっていた。代わりに、焼売があった。
焼売は餃子ほど好きじゃない。

2007年2月14日水曜日

二月十四日 やけどが痛い

江戸っ子の切手は熱い風呂に入りたがる。
湯の温度をみてやろうと手を入れたらやけどした。
切手は平気な顔しているので破いてやろうかと思った。
でも破いたってやっぱり平気な顔をしているに違いないので、やめた。

2007年2月13日火曜日

二月十三日 バレンタイン前日

台所を借りにきたウサギがエプロン姿で甘い香りに鼻をひくひくさせている。
「チョコレートもらったことあるの?」
とウサギに聞くと「ある」とぶっきらぼうに言った。
「それで今作ってるのは?」
「去年のお返し」
ウサギにも律儀なところがあるものだ、と感心した。

2007年2月12日月曜日

二月十二日 乳香

乳香が漂うとウサギは身をよじった。
「どうした?苦手な香りだったか?」
「いや、いい匂い過ぎて。どうしたものか」
その声はうわずっていた。
ウサギがいるときには乳香は焚けないな、と思いながら蝋燭の火を吹き消した。

2007年2月11日日曜日

二月十一日 名前のない猫たち

新しい携帯電話には四匹の黒猫が付いて来た。
四匹には名前がない。
「名前が欲しいか?」と聞くと四匹とも寝てしまったので、名前は付けないことにした。吾が輩、なんて言って物書きをはじめなければよいが。

二月十日 春の予感

何故だか新しい口紅が欲しくなった。
口紅を塗るのは好きじゃないから、どうせ買ってもちっとも使わないんだろう。
だから高価な口紅を買う気ははじめからない。
ドラッグストアで手頃なのを買ってきて、どこにも出掛けないのに塗ってみたら、やっぱり満足して仕舞い込んだ。
口紅を塗ったままの顔をウサギに見られてしまった。
「へん、口裂け女が」

2007年2月9日金曜日

二月九日 薬屋あらわる

薬を買わなくちゃと思いながら通りを歩いていたら、都合よく薬屋さんが四軒も現れた。
次から次へと入ってみたが、欲しい薬は置いていない。
結局、薬は買えなかった。四軒も空振りな薬屋を出したのは、どこのどいつだ。

二月八日 ものもらい

「目ぇ腫れてるぞ」と切手に言われたような気がして鏡を見れば、本当に腫れているのだった。
パジャマのままで眼科に行くと、ほかの患者も受付のお姉さんも、お医者もパジャマだった。
「ものもらいですね。点眼薬を出しましょう」
とパジャマ医者はあくびをしながら言った。
けれども帰りのバスの中では一人パジャマだったので恥ずかしかった。
行きは目が気になって、気付かなかったんだな。

2007年2月7日水曜日

二月七日 二度風呂

風呂上がりの切手たちが父と晩酌を愉しんでいた。
ちょっと目を離したら、酔っ払った切手たちは、父の食べた落花生の殻の中にダイブしていた。
泣きながらもう一度、切手たちを風呂に入れた。

2007年2月6日火曜日

二月六日 するめが食べたい

唐突に剣先するめが食いたかった。
ウサギの後姿までもがするめに見えてくる。
我慢できずにウサギを捕まえてぺろりと舐めた。
しょっぱいのを期待していたのに、甘かった。
ウサギは怒るかと思いきや、多いに照れながら消えてしまった。
まだ口の中が甘い。

2007年2月5日月曜日

二月五日 迷惑電話

「奥さま……失礼、ご主人さまですか?」
と問う電話の向こうの声は、馴れ馴れしかった。
いつもここで迷う。
もっと低い声を出してやろうか、それともわざとらしく甲高い声にしてやろうか。
でも結局、少し気分を害するから自動的に低い声が出る。
「……違います」
どちらにせよ、相手はここで電話を切ってくれる。今日もそうだった。
ところが、受話器を置いたあとも、相手の声が筒ぬけだった。
「性別不明。ブラックリストに登録しました」
わたしは何のブラックリストに載ってしまったのだろうか。

2007年2月4日日曜日

二月四日 行列

行列に遭遇した。
無言の行列は、気色悪いほど整列していた。
多くの人は、本を読んでいる。
列ぶ人々からは待ち遠しさも苛立ちも感じなかった。
この人達ならあと二日くらい黙って列んでいられそうだ。
行列の先頭を追っていくと、メロンパンを売る屋台があった。
屋台の中では、かいがいしくウサギが働いていた。
「1800円」
やはり、法外な値段のメロンパンだった。

二月三日 長い夜

父の帰りを待つだけの夜。朝四時に起きて、帰る頃には、たぶん日付が変わってる。
ウサギがひとっ跳びで迎えに行ってくれればいいのに。
そうじゃなければ、どこでもドア。
どちらが現実的だろう。
どっちだっていい。早く帰ってきて欲しいだけ。
手持ち無沙汰を言い訳に、ぐっすり眠っているウサギの耳と耳を縛ってみたけど、すぐに戻ってしまった。

2007年2月2日金曜日

二月二日 おなかがすいた

予定外の残業で、ただひたすら夕食が待ち遠しかった。
ウサギが食べていなければいいのだけど、と気持ちは焦る。
おまけに、23時のバスは意外とのんびり走るのだ。

2007年2月1日木曜日

二月一日 ヘーゼルナッツココア

ヘーゼルナッツココアは、たっぷりと厚いマグカップに注がれていた。
でも、マグカップは生クリームでできていたから、急いで飲まないと、溶けてしまう。
わたしは、美味しいココアを慌てて飲まなければならなかった。
でも、そんなふうに慌てていたのは、わたしだけだったのだ。
友達のマグカップも、ほかのお客のマグカップも、しっかりとした白い陶器だ。生クリームなんかじゃない。
一体誰の仕業だろうか。今日はウサギを一度も見ていない。

2007年1月31日水曜日

一月三十一日 歯医者に行く

時間があったので、本屋で雑誌を立ち読みした。
ついつい占いのページを見てしまう。読んでも覚えていられないのに。
雑誌を置いて、歯医者に向かった。
「恋愛運がイイらしいな」
とウサギに声を掛けられた。
そうだったっけ? と思わず笑顔で返してから思い出した。
ウサギのせいで歯医者に通っているのだ、耳を引っ張って歯医者に連れていった。
歯医者にお尻を叩かれているウサギを見て、歯の痛みが少し和らいだ。

2007年1月30日火曜日

一月三十日 眠る子供たち

少女は、すうっと突っ伏して眠ってしまった。
つられて、少年も瞼を下ろした。
二人の発する甘い眠気が狭い部屋に充ちた。
わたしは、深く息を吸い込む。
ミルキーみたいだ、と思った。

2007年1月29日月曜日

一月二十九日 眠たい子供

ぐったりと疲れた少年の声は、思いの外低く響いた。
けれども、身にまとった眠気は子供のそれで、わたしは少し笑う。
眠い目をこするうちに、少年は猫になった。
膝の上でまるまって、ぐっすりと寝てしまったから、わたしは動けない。

2007年1月28日日曜日

一月二十八日 欲望

いろんな欲望に耐えながら、ノートに文字を刻んだ。悶々とする、深呼吸をする、その繰り返し。
なんだか受験生みたいだなぁ、と思う。
段々と字が雑になってきて、もうやめよう、と思った瞬間に
ノートに猫の足跡が付いた。
慌てて透明猫を探すけれども見つからない。
またひとつ欲望が増えた。
「猫と遊びたい」

2007年1月27日土曜日

一月二十七日 思い出に耽る

思い出に酔いしれながら、フワフワと過ごした。
昨日のこと、先週のこと、十年前のこと。
あんまりフワフワしているから、ウサギが親切に足に重りを付けてくれたけども、役に立ったとは言い難い。
重りをしていても、全く「心ココニアラズ」だったのだから。
心は足には入っていないと、わかった。

2007年1月26日金曜日

一月二十六日 折り紙を折る

女の子にせがまれて、奴さんを折った。
折り紙なんて、久しくしていないから細い細い記憶を辿りながら折った。
出来上がった小さな白い奴は、よく喋った。
女の子は、おしゃべりのうまい奴に夢中だ。
女の子と、女の子の掌の上の奴を見送りながら、奴が女の子に悪戯しないか心配になった。
なにしろ私の作った奴だ、助平に違いない。

2007年1月25日木曜日

一月二十五日 詩を読んだら

詩を書くのは難しそうだ、と思う。胸のうちを全部吐き出してしまいそうだ。どうしても胸のうちを吐き出したくなったら、詩には書かずに井戸に行こうと思う。井戸にこっそり少しだけ打ち明けよう。
そんな話をしたら、ウサギが言った。
「井戸に打ち明け話をしたら酷い目に合うぜ」
ウサギいわく、「水とカエルは噂話が大得意」。
じゃあ、暖炉にするよ、と言うと
「そりゃもっとまずい」と真面目な顔をする。
「煙とカラスの言うことは針小棒大、世界中にあることないこと広まっちまう」そうだ。
それなら小さなノートに小さな字で詩を書いたほうがマシかもしれない。でも文字に残ってしまう。どうしたらよいのか。

2007年1月24日水曜日

一月二十四日 歯が痛い

歯医者に言ったら「あ~、ウサギの仕業ですね」と言われた。
虫歯じゃなく、ウサギのせいで歯に穴が開いた。
そのことにとても腹が立った。ますます痛くなった。
「穴は塞ぎましたが、怒ると痛くなりますから気をつけて下さいね」
そんなこと言われても。

2007年1月23日火曜日

虫媒恋

あぁ、とうとう全身に虫が回ってしまった。
こんなに虫が沸くのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
湯舟に浸かりながら、身体から溢れ出てくる小さな虫をつまみあげ、しばらく玩んでから湯で流すことを繰り返した。
鎖骨、腋の下、膝の裏、こんなところからも出てくるものだった?
乳房の下、足の指のあいだ、耳たぶのうしろ、そうそう、ここが虫の沸くところ。
リングをした指の先からは夥しい。とくとく、とくとく、と虫が次から次へと出てくる。
いつになくのぼせてしまったのは、長風呂のせい?虫のせい?それとも恋のせい?

一月二十三日 米研ぎ

米を研いでいると、ウサギが現れた。
「握り飯を食わせろ」
「これは、私が夕飯に食べるんだ、アンタにやる飯はない。」
というと、ウサギはならば、と自分も米を研ぎはじめた。
ウサギは水が冷たいからと言って、湯で米を研ぐ。
たちまちよい香りがしてきて、ウサギの米は飯になった。
うらやましくて、真似をしたけれども、飯にはならなかった。
いつのまにか、ウサギはいなくなっている。

一月二十二日 月にありがとう

「月がきれいだったよ」と少年が言った。
そうだ。今夜の月は、鋭く尖っているくせに、折れそうに細い。君の心とそっくりだよ。
でも、きっと大丈夫。月を愛でる気持ちがあるなら。
「うん、今日の月は本当にきれいだ」
と言って、少年をしっかりと見つめ返した。
ほんの少しだけ穏やかな顔になる少年を見て、お月さまに感謝する。

2007年1月21日日曜日

一月二十一日 チョコレート日和

昼過ぎにようやく目覚め、もそもそとベッドから出てココアを作った。
パンはチョコレートクロワッサン。
遅すぎる朝食はチョコレート&チョコレートになってしまった。
目覚める寸前までチョコレートのようなホロ苦い、でも甘い夢を見ていたから、ちょうどよかったかもしれない。

一月二十日 おしゃべりな雪

わずかに降る雪を駅で眺めていると、雪の声が聞こえた。
雪ってしんしんと降るものだと思っていたのに、ピーチクパーチクうるさかった。
「いやー寒いよね」
「あのカップル、ひっついちゃって」
「妬けるねぇ」
「あー寒い寒い」
……寒さのシンボルが何を言うか。

2007年1月19日金曜日

一月十九日 ウインクする少年

落書きをしている少年たちを叱ると、ひとりを残して逃げていった。
残ったひとりは素知らぬ顔で落書きを続けるのでもう一度注意すると、彼はウインクをした。
あまりにも慣れたウインクだと思ったら、少年はたちまち正体を現した。
ウサギだった。やっぱり。

一月十八日 郵便局にて

郵便局でおばあさんが、新しい暗証番号を登録していた。
おばあさんが声に出して数字を言うから、郵便局の人は焦っていた。
「声に出してはダメですよ!黙ってこの機械のボタンを押してください。今言った番号は使えませんよ」
「それじゃあ変えます。5・9……」
耳が遠いのか、大声だった。
おばあさんは数字を唱えながら居眠りを始めた。
郵便局の人は顔が真っ青になっていた。
私も頭がくらくらした。数字が頭の中で意味なく飛び交って、自分の暗証番号を呟きたくなるのを必死に堪えた。

2007年1月18日木曜日

一月十七日 縞馬人間に遭遇する

全身、ゼブラ柄の人に出会った。
ゼブラ柄のハット、ゼブラ柄フレームの眼鏡、ゼブラ柄のシャツにジャケット、ゼブラ柄のズボンと靴。そこから覗く靴下もゼブラ柄。もちろん鞄もゼブラ柄。
なんと彼は身につけるものはすべてゼブラ柄。物心付いて以来、ゼブラ柄しか着たことがないという。
「最近、悩んでいるんです」
と彼は言った。
「もしかしたら僕は本当にシマウマなのかも、って。でもどう確かめればいいのか、自分じゃわからない」
私は彼をホテルに誘うことを妄想した。
そうすれば、彼がシマウマなのか、シマウマ的なのか、シマウマ好きなだけなのか、すべてわかるんじゃないかと思うのだ。

2007年1月17日水曜日

一月十六日 電話で内緒話

電話に出たのは、声の小さな男だった。
「チケットを下さい」
と言うと男はひそひそと値段の確認や支払い方法を説明した。
だんだんとこちらも小さな声になり、しまいには内緒話をしているようだった。
電話で内緒話をしてもどうにもならないのに。

2007年1月16日火曜日

一月十五日 瞳に宿る舞姫

森鴎外っていいよね、と無邪気に語る少女の瞳の奥で、娘が舞っている。
思わず見とれそうになったのを現実に引き戻してくれたのは、明る過ぎる蛍光灯だった。

2007年1月14日日曜日

一月十四日 黒いものたち

黒い紙の黒さについて考える。
黒い紙はツヤがあってはならない。
黒い紙はスキがあってはならない。
黒い紙はソリがあってはならない。
段々わからなくなる。
「黒猫の足跡が見えなきゃいいんだろ、要するに」
ウサギは白いが時々ブラックなことを言う。

2007年1月13日土曜日

一月十三日 A感覚な肉まん

日が暮れたバス停で、高校生の女の子が肉まんを食べていた。
肉まんは、ふはふはと稲垣足穂の『一千一秒物語』を唱えていたが
女の子は気にする様子もなくおいしそうに食べていたから、ちょっと安心した。

2007年1月12日金曜日

一月十二日 ウサギの足跡

ウサギに蹴られた。痛くはないが黒いスーツに大きな白い足跡が付いた。
いくら払っても落ちない。さすがウサギの足跡だ。
ウサギの足跡をくっきりと浮かび上がらせ、夜の町を歩いた。

2007年1月11日木曜日

一月十一日 切手を風呂に入れる

今日も切手達がわらわらと徘徊するので釜茹での刑にした。
切手達はゆらゆらと湯の中を泳ぎ、さっぱりとした顔であがってきた。
これではただ風呂に入れてやっただけではないかと悶々としながら、切手たちを順番に拭いてやった。

2007年1月10日水曜日

一月十日 切手達の散歩

大勢の古切手が部屋の中をあちこち歩き回っていた。
時々、切手同士ぶつかって何事か会話を交わしているが、ドイツ語なので何を言っているかわからない。
喧しいのでうろちょろする切手を摘みあげ、アクセサリーケースに押し込んだ。
ずいぶん手間がかかった。

2007年1月9日火曜日

一月九日 鯰の神様

ハヤシライスを食べていると、地震がきた。
慌てて外に出ると、鯰の神様が新年会から酔っ払って帰るところだった。
「お水頂戴」と鯰の神様がいうので、コップ一杯の水を差し出した。
鯰の神様を見送って家に戻るとハヤシライスがなくなっていた。
まだ三口しか食べていないのに!

2007年1月8日月曜日

一月八日 ベッドの下

ベッドの下を片付けようと潜り込んだら、床に穴があいていた。
覗いてみると、小さな線路が通っている。
しばらく見ていると、蒸気機関車が通った。
通りで布団が黒くなるわけだ。

2007年1月7日日曜日

一月七日 闇おにぎり

味噌焼きおにぎりがおいしそうに出来た。
「いただきます!」と叫んだら、電球が切れた。
電球は、味噌の香りにたまげたらしい。
真っ暗な中で、もそもそと焼きおにぎりを食べる羽目になった。
おいしかったけれど。

2007年1月6日土曜日

一月六日 雪の朝

朝起きると雪が積もっていた。早速、庭で雪うさぎをつくる。完成したと思ったら、見る見るうちにウサギになった。
「あ~あ」と大きな欠伸をし、ブルッと震えて「さぶっ」と叫び、
私のセーターの胸の中に潜り込んでしまった。全くウサギらしくないことである。

2007年1月5日金曜日

一月五日 浅間山にご機嫌伺い

浅間山が雪を被ってブルブル震えているので、カイロをプレゼントしたいが、一体何枚贈ればよいのだろう。
とにかく、浅間山にくしゃみはしないで欲しいのだ。
浅間山のくしゃみは、とても困る。

2007年1月4日木曜日

一月四日 煮え切らない透明人間

高円寺には、そこかしこに透明人間がいた。路地という路地にいるけれど、派手でなマフラーや手袋、帽子を被っているので、すぐわかる。
彼らは皆、それでも自分が見えてないと思っているらしい。ぐにゃぐにゃと奇妙な踊りを踊ってこちらにアピールしてくる。
見えてほしいのか、ほしくないのか。

2007年1月3日水曜日

一月三日 箱詰めキャンディ

荷物が届いた。ウサギが入っているに違いない、と恐る恐る開けてみるが、ウサギではなく色とりどりのキャンディがぎっしり入っていた。
「ウサギじゃなくてよかった」
と呟くとキャンディを6個頬張ったウサギが現れて
「黒猫親子の仕業だな」
と言った。

一月二日 箪笥の中に

箪笥のひきだしから黄ばんだYシャツが次から次へと出てきて止まらない。
部屋の中に古いYシャツが山となる。
三回前の冬に死んだ祖父のものだ。
祖父が死んで間もなくに服は全て片付けたはずなのに。
そもそも、溢れ出てきたYシャツはひきだしの容量をはるかに超えている。ブラックホールか四次元ポケットか。
私が仏壇の前に言って文句を言うと、遺影の祖父は舌を出した。

2007年1月1日月曜日

一月一日 壊れたプリンター

いつも年始の挨拶にくるウサギが現れない。
どうしたのかと思っていたら昨日壊れたプリンターから、ぺちゃんこになったウサギが出てきた。
ぺちゃんこウサギに「あけましてありがとうございます」と印刷されていた。
プリンターが壊れたのはきっとウサギのせいだ。
プリンターはウサギもろとも電機屋に引き取ってもらった。