2015年2月26日木曜日

囀り

 おとといの朝、小鳥が書き掛けの手紙を咥えて飛んでいってしまいました。出す宛のないラブレターだったのに、まさか君から返事を貰えるなんて。
 君と過ごしたのも、朝でしたね。朝焼けが眩しくて、本当のところ顔をよく覚えていません。長い髪が綺麗だったことと、歌がうまかったことは、覚えています。
 次の朝から、小鳥が毎朝来るようになりました。窓を開けると部屋に入ってきて、僕の頭や肩や手をちょんちょんと嘴で突きます。「もう一度、人の姿になってもいいんだよ」と囁くと、小鳥は囀りをやめて、僕をじっと見つめました。
 この手紙も小鳥に託します。小鳥は今、便箋を覗きこんでいるから、もう君にも伝わっていますね、きっと。ほら、小鳥が驚いたような表情で僕を見つめています。

2015年2月17日火曜日

子守唄

 人魚姫が読むといいな、と思ってこの手紙を書いています。人魚姫さん、はじめまして。ぼくは、つまり「瓶に手紙を入れて海に流す」ことをしたかっただけかもしれません。
 手紙を入れたこの瓶は、母が置いていった酒瓶です。僕は残った酒を飲み干して、そしてこの手紙を書いています。人魚姫の歌が聞きたいです。あなたが声を失ったってことくらいは知っています。それでもいいので、この瓶に歌を聞かせてください。子守唄を。

くゆる


 夜の砂浜で、一糸纏わぬ貴女の姿を遠くから見つめていましたが、すぐに見つかってしまいましたね。
 くちづけ、滑らかな肌の感触……忘れられそうにありませんが、私は貴女の夢に誘われたのだ、と思うことにします。天女のように美しい貴女に、私は夢中でした。
 貴女は「夜の雲は好きですか」と言いましたね。「少し恐ろしい気持ちがします」と答えたのを悔やんでいます。「夜の雲」は貴女のことだったと気がついたのは、日の出とともにあなたが消えてしまってからでした。
 この手紙は、貴女と過ごした砂浜で燃やします。煙になったら、雲まで届くでしょうか。

妄想二人展

ラブレター


 恋人からハガキが届いた。大きな大きな、ハガキいっぱいのキスマーク。
 彼女はきっと口紅を何本も使っただろう。そっとハガキに接吻する様子を想像して、ぼくは微笑んだ。
 返事を書こう。足の裏に墨汁を塗る。くすぐったくて声が出る。ハガキの上を歩くと右足、左足、右足の足形が付いた。
 彼女は、ぼくのこの小さな小さな足が可愛くって仕方がないと言うんだ。
 初めて会った日に、彼女の手のひらの上をそうと知らずに歩いていたことを思い出しながら、どっこらしょと切手を貼った。

妄想二人展

2015年2月10日火曜日

二月十日 植木鉢だらけの家

家中のベランダに植木鉢を吊るした家について考えている。
「あの植木鉢には何が植えてあるんだろう?」
ウサギが答える。「チューリップに決まってる」
どうして決まってるのかわからないけれど、たぶんチューリップだ。


2015年2月9日月曜日

とりかへばや

 赤いマニキュアは、大人の女になれたら塗ろうと決めていたのに、いつまで経っても「大人の女」にはなれないまま、年齢ばかり重ねていった。
 あなたの節くれだった大きな指の先が、赤く艶やかに彩られていたのを見て、私がどんなにショックだったか、あなたにはわからないでしょう?
 どうして私を差し置いて、赤いマニキュアを塗ったの? どうして? どうして?
 自分の身体を這う赤い十の爪を、ぼんやりと眺めることしかできなかった。声も出なかったし、潤いもしなかった。私は無言で服を着て、あなたを置いて帰った。
 帰り道、私は赤いマニキュアを買った。そのデパートで一番高価な赤いマニキュアを買った。理想の赤。理想の艶。ほら、やっぱり、私の小さく細い指のほうが、ずっと赤い爪にふさわしい。
 真っ赤な指先で己の身体を撫でる時、漏れる吐息は、あなたの低い声によく似ている。

2015年2月1日日曜日

あひるの決闘

ある暑い朝のことでした。
 ありんこがあじさいの葉の上を行脚していると、あひるに会いました。
「あけましておめでとう、あひる」
 ありんこは愛想よく挨拶をしましたが、あひるは「ああ」と言ったきりでした。
 あっけらかんと、あひるは去っていきましたが、実はアヒージョとの決闘が待っていたのです。
 あぶらぎったアヒージョとあざといあひるには軋轢がありました。
 ありんこはそうとは知らず、あひるについて行きました。あひるを愛していたのです。
 アヒージョとあひるが争っている間、ありんこは暴れていました。
新しい穴を開けたのです。

架空非行 第7号