2005年5月31日火曜日

A ROC ON A PAVEMENT

「見て、ナンナル」
少女の手にあったのは、ゴツゴツした石だった。黒くいびつな形の石てある。
「道に落ちてた」
「ただの石だろう」
月が関心を示さないので、少女は早口になる。
「歩いてたら、ガォって声が聞こえたの。でも誰もいなくて、でもずっと聞こえてて、そうしたらこの石が道の真ん中に落ちてて、近付いたらガォも大きくなって」
「ガォ」
「ほら!おもしろい石でしょう!キナリの宝物にする」
月はため息をつく。
「キナリ、鬼のところに行くぞ」

「オニ、これ見て……」
「まあ!これは鬼の卵よ、キナリちゃん。最近、卵を棄てる輩が多いの。育てる自信がないんですって。育児拒否よ。この子はあたしが預かるわ。拾ってくれなかったら、今頃自動車に轢かれてベチャンコよ。ありがとう」

2005年5月30日月曜日

どうして酔いより醒めたか

「ちょっとそこの、小さいお人よ」
と年寄りのどなり声がする。前から千鳥足の人影が近づいてきた。
「ハイ」
「はい?」
少女とコルネット吹きは同時言って、二人で笑った。
「何を笑っている、小さいお人よ」
年寄りがますます険しい声を出したのでコルネット吹きは謝った。
「ごめんなさい」
「おぬしを呼んだのではない。小さいおなごよ」
コルネット吹きは、少女を見た。
年寄りは背の低いコルネット吹きではなく、九歳の少女を呼ばわっているようである。
「なに?」
「この酔っ払いの年寄りの、頭を撫でて欲しいのだ。酔いを醒まさぬと、山の神がうるさい」
少女は、年寄りに近づいた。ひるむ程に酒臭かったが、近づいた。
息を止めて、年寄りの禿げ頭を撫でた。
しばらく撫でていると、酒臭さが散っていくのがわかった。
「ありがとう、お嬢ちゃん。妙なことを頼んで申し訳なかった。おかげで妻に叱られなくて済む」
年寄りはウィンクをしてみせ、颯爽と去っていった。
「あのおじいさんの頭、どんなだった?」
コルネット吹きが尋ねる。
「猫のおなか」

2005年5月28日土曜日

月の客人

「お客さまだ、キナリ。ご挨拶なさい」
そう言われても、少女には客人の姿が見えなかった。
「はじめまして。キナリです」
お辞儀をすると
「キナリ、彼はこちらだぞ。なにをやっているのだ」
と月が叱る。だが、見えないと言うのは、はばかられる。
「ナンナル。キナリちゃんには、私の姿は見えないのだよ。叱らないでやってくれ。キナリちゃん、はじめまして」
優しいテノールの声を聞いて、少女は少し安心した。
「キナリには見えないとは、どういうことだ?」
月には、わけが解らぬ。
「私は透明人間なんだよ、ナンナル。人間には、月明かりが強い満月の晩にしか、見えないんだ。今日は満月じゃないからね。キナリちゃんが見えないのは当然だよ」
月はうろたえる。
「しかし、私の目には……」
透明人間が笑うのが、少女にもわかった。
「ナンナルが見えるのは当然だよ、月なんだから。そういえば、ナンナルが友達を紹介してくれるのは初めてだね。だから、今まで透明人間なのを説明しなかったんだ。キナリちゃん、どうぞよろしく」
少女は頭を撫でられた。その感触を辿って、透明人間と手を繋いだ。


2005年5月27日金曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

「キナリ」
「船長!」
珍しく船長から会いにきて、少女は大喜びである。
「ニュウヨークに行っていたんだ。お土産だよ」
お土産は、少女の好きなリンゴ味の飴玉とポストカードである。
「ありがとう! ニュウヨーク? ニュウヨークってどこ?」
船長は壁に貼ってある地図を指差す。
「いつも行っているアフリカはこっち。ニュウヨークはアメリカにある。ここだ」
「ふーん」
「ニュウヨークではね、月が小さいんだ。どうしてだか、ナンナルに聞いてごらん」

「……って船長が言ってた」
月は答えに困る。確かに、彼の地に降りることはほとんどなくなった。それは目の前の少女のためでもある。彼の地で月を待つ人間は、ひとりもいない。

2005年5月26日木曜日

真夜中の訪問者

「ごめんください」
少女の部屋の窓が叩かれる。ぐっすりと眠っていた少女は、跳び起きて窓を開ける。
「はーい」
「今晩は」
真夜中の訪問者は、スラリと背が高い青年である。少女が見上げると、ニッコリと笑い、白目と歯を光らせた。
「ハイ、どうぞ。今週の飴玉だよ。いつも通り、りんご味を30粒」
少女は、飴の入った箱を受け取ると、空になった箱を青年に渡した。来週はこの箱に飴玉が詰められ少女の手に戻ってくる。
「じゃ、サインをお願いします」
慣れた手付きでサインをし、窓から出ていく青年に手を振った。
ベッド戻った少女は、すぐにすやすやと寝息をたてはじめる。
毎週真夜中に届く大好きな飴玉。だが、それを知っているのは、尻尾を切られた黒猫だけである。

2005年5月25日水曜日

自分によく似た人

「コラ!キナリ、駄目でしょ!」
少女はハッとした。「なにもしてない」と言おうと思った。
しかし、振り返った少女の目に飛び込んだのは、彼女よりずっと小さな五才くらいの女の子であった。
「ねぇ、あなたもキナリ?私もキナリっていうの」
少女は怒鳴っていた母親を見上げると、言った。
「キナリちゃんのお母さん。キナリちゃんと遊んでもいい? わたしたち、とても仲良くなれると思う。だってこの子、リンゴ味の飴が大好きでしょう?」
二人の「キナリ」は、べぇと舌の上の飴を出して見せた。

2005年5月23日月曜日

THE WEDDING CEREMONY

教会から、黒いドレスを来た女が出てきた。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は……吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。

2005年5月22日日曜日

銀河からの手紙

「今朝、ナンナル宛ての手紙がポストに入っていたよ」
長い名の絵かきが持ってきた手紙を月は読み上げる。「前略ナンナル殿。当選おめでとうございます。この度は『銀河ワクワクキャンペーン』にご応募いただきありがとうございました。プレゼントは、後日改めて発送いたします。銀河理事会…なんだこれは?」
「ワクワクキャンペーンってなに?」
少女に尋ねられても月に心当たりはない。
翌日
「ナンナル!銀河理事会からリンゴが届いたよ!」
絵かきがリンゴ箱を自転車の荷台に載せてやってきた。
大量のリンゴに少女は大喜びである。
「キナリ、やったね!リンゴ好きでしょう?」
「うん!オニにアップルパイ作ってもらう」
月はようやく思い出した。681年前に出した懸賞葉書、応募パスワードは「KINALI」であった。

2005年5月21日土曜日

A HOLD UP

「手を挙げろ」
言われて少女はピッと両手を挙げた。
相手は拳銃を持ちながら笑う。中年の男だ。
「お嬢ちゃんに言ったわけじゃない。こっちのお月さんに用がある。まず手を挙げろ」
「なんの用だ?」
月が手を挙げながら問う。
「えーと。あの木のてっぺんに引っ掛かった、ラジコンヒコーキを、取ってほしいのだ」


2005年5月20日金曜日

AN INCIDENT AT THE STREET CORNER

「ちょっと待って」
「どうした?キナリ」
少女は十字路の手前で急に立ち止まった。
「こっちからなにか来る」
月は少女が指す右の角を見ようと足を出す。
「あ!ダメ!ストップ」
月の鼻先を巨大なラッパ鳥の行進が通り過ぎた。

2005年5月19日木曜日

見てきたようなことを云う人

チョット・バカリーはコルネット吹きだ。夜の広場でコルネットを吹き、硬貨を貰う。
時に力強く、時に切ない調べが、彼の小さな身体から溢れだす。銀メッキのコルネットを通して。
この晩、広場には老人が一人いた。
「ああ、あんたがラッパ屋かね」
「はい」
「今日は何と言う曲をやるのかね」
「『カメレオンの娘さん』を」
「ああ、あれは名曲だ。……月はカメレオンが支配していると、知っているかね」
「いいえ」
「昔、月に行ったおりに見てきたのだ。月をカメレオンが舐め取って満ち欠けを起こしていた。見事なものだった」
チョット・バカリーは『カメレオンの娘さん』を始めた。
その曲の間、月は黄色から緑色へ。緑色から銀色、銀色から紫色へ、と次々色を変えた。
いつの間にか、キナリとナンナルが来ていた。ナンナルはプリプリと怒っている。
それを見て、チョット・バカリーは愉快になった。


2005年5月18日水曜日

友だちがお月様に変った話

長い名の絵かきと、背の低いコルネット吹きが連れだって歩いていた。
「今日は、満月だね」
「ナンナルが来てるかな」
「キナリのところに行ってみよう。きっとナンナルにも会えるさ」
「あ!」
「え?」
二人はお互いを指さした。
「ナンナル!」
「ナンナル!!」
でもそれは、ほんの一瞬のことで、すぐに月ではなくなった。
「ナンナルを問い詰めなくちゃならないね」
「きっと教えてくれないけどね」
「月になった気分をメロディにしよう」
「友達が月になった様子を絵にしよう」

2005年5月17日火曜日

THE BLACK COMET CLUB

『ブラックコメットクラブ団員募集!五月十七日夜九時、広場集合』
「キナリ、この貼り紙見てごらんよ。おもしろそうじゃない?」
長い名の絵かきが言った。
「九時って、もうすぐだよ。広場に行ってみよう」
背の低いコルネット吹きも言う。
「ブラックコメットクラブ!どんなクラブだろう!」
少女の気持ちは多いに盛り上がる。

広場には誰もいなかった。九時になっても十時になっても誰も来ない。少女の目に涙が浮かぶ。
「楽しみにしてたのに、どうして……」
「さて」
少女の言葉を遮り、絵かきは言った。
「ただいまよりブラックコメットクラブ結成式を行います。部長は、キナリさん。異議は……ありませんね」
コルネット吹きが続ける。「副部長は、ピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサ氏。会計はわたくしチョット・バカリーが担当いたします」
絵かきは、少女に笑いかける。
「特別顧問として、ナンナル氏を迎える予定になっております」
少女が続けた。
「ヌバタマを名誉会長にします!」
どこからともなく現れた黒猫が、三人の中心に座った。
「では、会長、開会のお言葉を」
〔本日は晴天なり〕
星の美しい夜である。

2005年5月16日月曜日

散歩前

黒猫にとって、散歩中以外はいつでも「散歩前」である。
「ヌバタマ、お散歩?どこに行くの?」
〔目的地があるのは、散歩とは言わない〕
少女は夜の散歩で友達に会えることを知っている。そわそわと窓から月を見つめる。
視線に気付いた月は、苦笑いして降りてくるのだ。

2005年5月15日日曜日

コーモリの家

「ナンナル、この家入ってみたい」
少女の目の先には、小さな古い家があった。
黒く煤けた家に明かりはなく、夜道で見つけたのが不思議なくらいひっそりとしている。
「…誰も住んでいないんじゃないか?」
渋い顔の月をよそに、少女は玄関扉の前に立った。
「ごめんくださーい!」
返事はない。
「ほら、キナリ。誰もいないじゃないか。行くぞ」
月が立ち去ろうとしたとき、扉が開いた。
「お月様の直々のお出まし、大変光栄に存じます」
現れたのはコーモリだった。
「コーモリの家だったか……」
月は驚きを隠せない。
「さ、さ。キナリお嬢さま、どうぞお上がり下さい」
少女は喜んで中に入ったが、月は頑なに遠慮した。

「おいしいお菓子をいただいたよ。ナンナルも来ればよかったのに」
と言って出てきた少女は、身体中に埃や蜘蛛の巣が付いていた。
「ちょっと埃っぽかったけど」
入らなくてよかったのだ、と月は自分に言い聞かせる。

2005年5月14日土曜日

黒猫を射ち落とした話

ある夜、尻尾を切られた黒猫が、街で一番高い煙突の上で鳴いていた。
「キナリ。ヌバタマの声がしないか?」
初めに気がついたのは、背の低いコルネット吹きだった。彼は耳がいい。
「キナリ、あそこだ。煙突の上にヌバタマがいるよ」
長い名の絵かきが、煙突を指差した。彼は目がいい。
少女は口から飴玉を出し、煙突にパチンコを向けた。彼女は耳も目も人並みだが、勘がいい。
少女の放った飴玉が、黒猫に命中したのかどうかは、コルネット吹きにも絵かきにもわからなかった。
しばらくして黒猫が三人の前に現れた。
〔痛いではないか〕
「にゃーにゃー鳴いてたよ」
コルネット吹きが言う。
〔猫がにゃーと鳴いて何が悪い〕
「目が光ってたよ、さびしそうに」
絵かきも笑う。
〔猫の目は光るものだ〕
「ありがとう、は?」
少女が迫る。
〔煙突の上は、いい眺めだ〕
しかし、黒猫はその晩ずっと少女たちから離れようとしなかった。

2005年5月13日金曜日

A TWILIGHT EPISODE

少女が目を覚ますと、黒猫の姿が見えなかった。
少女は黒猫から切り取った尻尾をにぎりしめて、夜明け間近の街へ出た。
公園のベンチでは、背の低いコルネット吹きが女の人と寄り添っていた。
街角では、長い名の絵かきが寝ていた。近付くと酒の匂いがした。
鬼のアパートの前に行くと、子供の泣き声と鬼の笑い声が聞こえた。
尻尾を切られた黒猫は、牛乳屋でミルクをもらっていた。
少女は黒猫がミルクを飲み終わるのを待ってから、強く抱きしめた。

〔色々なものを見たのだな。あのような姿も彼等の現実だ。何かが変わったのではない。キナリが知らずにいただけだ〕
猫の饒舌もまた、夜明け前。

2005年5月12日木曜日

煙突に投げ込まれた話

帰り道。猫の道と人の道は、いつも異なる。
尻尾を切られた黒猫は、少女には構わず人様の庭に入っていく。
「いいな、ヌバタマ。ここから行けば近道だもん」
すると『ならば別の近道を教えてやる』と聞こえた。
少女の身体は、ぐいと持ち上がり、高く舞い上がった。
次の瞬間、少女は暖炉にいた。全身煤塗れである。
煙突に投げ込まれたのだ。
「ありがとう、流星。でも、もういらない。ヌバタマより黒くなった」

2005年5月11日水曜日

THE MOONRIDERS

ビルの壁、街灯、道路、街中に貼り紙がしてある。
『THE MOONRIDERS参上』
「街を汚して……けしからん。掃除しなければ」
月の機嫌は悪い。
「ナンナル、ムーンライダーズって何?」
「私のファンクラブと名乗る、いかがわしい団体だ」
「ふーん。そのファンクラブの人たち、どんな人?」
「……会ったことがないから、知らない」
少女は声を立てて笑った。
「会ったことがないのに、どうしてファンクラブだとわかるの? キナリは会いたい、ムーンライダーズ」
少女の笑顔を見て、月は混乱する。
「お返事の貼り紙を貼ろう。『歓迎THE MOONRIDERS』って」
貼り紙の掃除はその後でいいか、と月は思いはじめる。

2005年5月10日火曜日

月のサーカス

「キナリ、サーカスというのを知っているか?」
月の問いに少女は答える。
「知らない」
「では、これから見て来なさい」
めずらしく、尻尾を切られた黒猫が付いてくる。
「誘っても来ないのに」
〔損得勘定〕

月が少女を連れてきたのは、港だった。
「ほら、船長だ。船長がサーカスに案内してくれるはずだ」
少女は、馴染みの船長に飛び付く。
黒猫は、新鮮なご馳走をいただこうと、どこかに走っていった。
「船長、サーカスはどこ?」
「サーカス? あぁ、今日は満月だな。こっちだよ」
船長の肩車で、船の中に入る。アフリカから荷物を運ぶ貨物船である。
貨物の中には、ゾウやキリン、ライオンがいる。
少女は声をあげそうになる。
「静かに。これはマボロシだ。アフリカで寝ている動物たちの夢が、船に乗ってきたんだよ」
キリンは綱渡りが得意で、ゾウは玉乗り、ライオンは積み木をしている。どこからか、賑やかな音楽も聞こえる。
いつのまにか、少女も動物たちの輪の中に入り、一輪車に乗っていた。
それを見た船長は、寝息を立てている少女を肩から降ろした。

2005年5月9日月曜日

電燈の下をへんなものが通った話

少女は長い名の絵かきとともに、背の低いコルネット吹きの部屋に来ていた。
「紙がいっぱい落ちてる!」
「ぼくの部屋より紙だらけだ」
絵かきも呆れる。
「チョット・バカリー、この紙は何?」
「楽譜だよ。ステキなメロディが浮かんだら、紙に書き留めるんだ」
一番多いのが書きかけの五線紙。それに出来上がっている楽譜、ボロボロになった教則本、音符が書き付けられた紙切れ。高価なスコアやレコードもある。それらが部屋に散らばっている。
コルネット吹きは、客人が座る空間を作るために、慌ただしく片付けはじめた。
「あ!」
少女が声をあげた。
「キナリ、どうしたの?」
「あそこに、へんなものが飛んでる」
少女が指差したのは、部屋の電灯である。絵かきが立ち上がって電灯に顔を近づける。
「チョット・バカリー、大変だよ。音符が飛び回ってる」
「アァ!なんてことだ。楽譜を乱暴にしたから、音符が逃げたんだ!」
少女は、飛び回る音符たちを捕まえて、五線紙に貼り付けた。
後にコルネット吹きがタイトルを付ける。
「MOONLIGHT BECOMES KINALI」

2005年5月8日日曜日

ココアのいたずら

「キナリちゃん、何飲む?」
「ココア」
よく晴れた夜、少女と月は鬼の部屋にいた。
「ハイ。どうぞ、めしあがれ」
「いただきます!…オニ、今日のクッキーはカクベツにおいしいよ」
少女がそういうと、ココアがクッキーを食べ始めた。
クッキーが次々とマグカップに飛び込んでいく。
たっぷりあったクッキーは、瞬く間になくなった。
「おい、まだ私はひとつも食べていないぞ。卑しん坊のココアめ。」
月が嘆くと鬼は言った。
「もう一度作りましょ」
「でも、またココアが食べちゃうかもしれない」
「心配ないわ、キナリちゃん。ココアはもう満腹で食べられないはずよ」

2005年5月6日金曜日

THE MOONMAN

「……月の男は、エリーをしっかりと抱きしめ、口づけをしました。エリーにはそれがお別れの挨拶だとわかりました。とうとう、二人のくちびるが離れました。そして、月の男は振り返ることなく去ったのです。おしまい」
長い名の絵かきは「THE MOONMAN」と題された本を閉じると、月に言った。
「この月の男は、ずいぶんモテるんだね」
背の低いコルネット吹きは
「この月の男は、ちょっとばかり、かっこつけすぎているよ」
と笑う。
「ナンナルは、こんなこと書かれてイヤじゃないの?」
少女の声は、刺々しい。
月は溜め息をついた。一体誰がエリーと月のことを書き残したのであろうか。863年も前の恋物語を。

2005年5月5日木曜日

月をあげる人

「お月様をあげます」
月と少女は、男に声をかけられた。
差し出された手には「月」と書かれた紙があった。
二人が何も言わずにいると
「お月様をあげます」
ともう一度言う。
「月は私だが…」
と月が言いかけると少女が遮った。
「ありがとう。お礼に飴あげる」
男はニコリとして去って行った。
「なんだ今のは。キナリ、やっぱり文句を言ってくる」
すぐに「お月様をあげます」と後ろでも声がして月は溜め息をついた。
その晩、街を歩く人は皆「月」の紙を持っていた。
「ねぇ、ナンナル。あの人、お月様がきれいなことをみんなに教えたかったんだよ。ほら、みんな月見ながら歩いてるよ」

2005年5月4日水曜日

水道へ突き落とされた話

月と少女が歩いていると、すぐ目の前のマンホールのフタが勢いよく跳ねて中からレオナルド・ションウ゛ォリ氏が顔を出し、「ほほーい」と言うとすぐ消えた。
月が驚いていると、ションウ゛ォリ氏は月の背後に現れて背中を押したので、月は水道に墜落した。
「ナンナル!」
心配そうに水道を覗き込む少女の隣で
「ナンナル殿、水も滴るいい月のできあがり、ですぞ」
と満足げなレオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。

2005年5月3日火曜日

はたして月へ行けたか

「ヌバタマ、今夜は一緒に月へ来てもらう」
月がそう言うと、しっぽを切られた黒猫はプルンと左耳だけを動かした。蝿でも追い払うように。
「キナリも行く」
少女は高らかに声をあげた。
「ヌバタマだけだ」
「なんで? どうして? ナンナル!」
月は応えず、黒猫を抱えて出て行った。
少女は長い時間ベッドの中で泣いていたが、やがて眠った。
朝、少女が目覚めると、黒猫はいつもの通り、お気に入りのクッションの上で丸まっている。
「ねぇ、ヌバタマ。月に行ったの? どんなところだった?」
黒猫は寝返りをうつだけ。

2005年5月2日月曜日

星におそわれた話

ドシン
流星に衝突されるのは、毎度のことではあるが今夜は少し様子が違った。
月は、オンオンと泣きはじめた。夜の街に月の泣き声が響く。
「ナンナルどうしたの? 痛かったの?」
つられて少女も涙を浮かべる。
「流星が泣いていたのだ。ウワーン、その涙も私を襲った。エーン、私をこんな目に合わせるなんて、流星の奴! ワーン」

2005年5月1日日曜日

星でパンをこしらえた話

ドシン
「流星!」
月は不機嫌な顔で流星の後姿を見送る。
「ナンナル。これ何?」
少女は道にばらまかれたものを指差した。
「あぁ、それはヤツのカケラだ。激しくぶつかったから、砕けたんだろう」
「流星は痛くないの?」
「痛いものか。それ、パンに混ぜると美味いぞ」
「じゃあ、オニに作ってもらう!」
月と少女はオニを訪ねた。「まぁ!星のカケラ!素敵ね。早速こしらえましょう。どんなお味かしら、楽しみだわ」
小さな少女と恐ろしい顔の鬼が一緒になってパンをこねる。それを見て、月は流星にぶつかるのも悪くないと思った。