2012年11月26日月曜日

音符の行進

ある朝、目が覚めると昨日練習した楽譜からすっかり音符がこぼれていた。


慌てて僕はバイオリンを構えて、調弦もそこそこにその楽譜のメロディーを弾いてみたけれど、音符は楽譜に戻らない。


それでも音符は音になりたくてうずうずしているから、思い切って部屋のドアを開けた。


すると、音符たちは嬉しそうに表へ出て、お行儀よく行進し始めたのだ。


僕は音符たちの後をついてバイオリンを弾いた。通りを歩く皆が手拍子してくれた。とびきりご機嫌の朝だ。



2012年11月20日火曜日

怪談短歌

降りしきる雨が痛いと泣く街灯に傘を差し出す白髪の影 


 


米櫃を開けると米が一斉にこちらを睨む どこだ礫斎



『Mei(冥)』のツイッター怪談短歌コンテストに投稿したもの


2012年11月14日水曜日

無題

ネオンの揺らめく町に憧れて歩き始めた少年は、いつの間にか杖をついていた。


いくつもの町を通り過ぎた。居心地のよい町もあったが、「ここではない」とま た歩き始めた。


憧れの町は目の前にあるように見えて、遠い。彼にしか見えない蜃気楼の町だと、本当は薄々気がついている。



11月14日ついのべの日 お題


2012年11月13日火曜日

果物橋

「果物橋」と呼ばれる橋がある。もちろん通称だが、正式な名前は知らない。正式な名前があるのかどうかも、知らない。


果物橋では、果物を売っている。果物橋の両脇には果物を抱えた老人がずらりと並んでいて、彼らは無言だ。


通行の邪魔になるから、売り声を上げてはならないという決まりがあるとかないとか噂されている。


だから橋を通る時には、果物の香りに包まれ、夥しい老人たちの視線の中を歩かねばならない。


知らぬ人は不気味に思うだろうが、もちろん果物は誰でも買ってよい。


町の人たちは皆、果物橋で果物を買うから、この町の青果店は果物の売行きが悪い。


適当な老人から、適当な林檎を買う。金を受け取る老人の手は節くれ立っている。老人がわずかに微笑む。


僕はその場で林檎を囓った。



2012年11月6日火曜日

毒まんじゅう

ロードス島のおじさんは、大嫌いなヒキガエルに出くわして顔が引きった。
いとこ達にを駄賃をやって、ヒキガエルを引き摺り出させた。
どうしても引き下がらないロードス島のおじさん。

There was an Old Person of Rhodes,
Who strongly objected to toads;
He paid several cousins,
To catch them by the dozens,
That futile Old Person of Rhodes.

エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より



2012年11月2日金曜日

夢 第十五夜

その公衆便所が「有料」であることも、「時間制」であることも、放尿を始めてから気がついたのだった。

つまりは従量課金制で、長時間居れば居るほど料金が高くなるらしい。

私は、適温の風呂に浸かっているような心地のよい便所の個室で、かつてないほど長い時間、小水を垂れ流している。

止む気配はない。財布には僅かな小銭しか入っていなかったはずだが、今更確かめても無駄だろう。