2015年12月22日火曜日

十二月二十二日 鳩

私の行く先々で、鳩が熱心に食事をしている。このまま進めば鳩の横や前や後ろをスレスレに歩くことになるが、おそらくは鳩のほうが先に気がついて飛び立つだろうと思う。
ところが、今日はどの鳩も、私のことなどお構いなしに食事を続けているのだった。靴と鳩とがぶつかりそうなくらいな距離なのに。ここいらの鳩には警戒心というものがないのか、けしからん。いや、もしかすると私の気配がないのかもしれない。ふと不安になる。

2015年12月14日月曜日

【お知らせ】江崎五恵(絵)×五十嵐彪太(文)「妄想二人展」

江崎五恵さんと二人展を行います。


江崎五恵(絵)×五十嵐彪太(文)「妄想二人展」
会期:2016年1月7日(木)~2月1日(月) 
定休日:火曜・水曜
時間:14:00~23:00
会場:カフェ百日紅 東京都板橋区板橋1-8-7 小森ビル101
交通:JR板橋駅西口徒歩4分 東武東上線下板橋駅徒歩3分 都営三田線新板橋駅A3出口徒歩6分

※喫茶店での展示です。1ドリンクオーダー願います。

 
江崎さんの鉛筆画に私が小さなお話(100字程度)をつけたものと、
私が書いた文を江崎さんが絵に仕立てたものを展示します。

特に後者は「妄想絵手紙(エロス度高め)」という設定で、絵の中に全文が描き入れられた「読む絵」となっています。 自分の文章が文字ごと「絵になる」のは、もちろん初めてのことです。絵画作品としても超短編作品としてもちょっと珍しいものになったと思います。お時間ありましたらお運びいただければ幸いです。

2015年12月10日木曜日

姫君の物思い

旅から帰ったかぼちゃの姫君は、冬のことが忘れられずにいた。栗鼠ともキノコとも遊ぶことが出来ない代わりに、物思いに耽る時間はたっぷりある。

白い息をほうっと吐く。息が白いのも、クリスマスが静かなのも、森の霜が美しいのも、冬に包まれているから。

冬が愛おしいのは、冬が生まれるのを見てしまったからだろうか。こんなに寒いのに、まだまだ春は先なのに、春が来るのがなんだか怖い。

イラストレーション:へいじ

2015年12月7日月曜日

十二月七日 笛吹き男

男が吹いている縦笛は、どうみても「枝、そのまま」の状態で、見ようによっちゃ枝を咥えた変な人である。おまけにメロディーを奏でるわけでもなく「ボウー、ボ、ボーー」と鳴らしているだけだから、よしんば枝にしか見えない笛でなく、ちゃんとリコーダーに見える笛だったとしても、やっぱり変な人である。

男は笛を吹きながら池の周りをゆっくり歩く、男の後ろをついて歩く大量の者たちがいるのだが、いかんせん蟻なので、誰も彼が立派な笛吹き男だとは気が付かず、やっぱり変な人である。

2015年11月26日木曜日

冬の生まれる泉

「姫、満月を背にして進むぞ」
月光と、夜風と、そして晩秋が、姫君の背中を押していく。

森が終わり、まもなく夜も終わるだろう。姫君の知らない景色が広がっている。木々はなく、どこまでも遠くを見渡せる場所。
「ここが、冬の生まれる泉」
辺りには、小さな氷の粒が舞っている。キラキラと美しい。姫君の吐く息も、すぐに氷となる。

朝日が生まれるのより少し前に、冬は生まれた。
冬は、どんどん大きくなりながら空へ上がっていく。姫君が今までに見た何よりも巨大だ。かぼちゃの姫君を一瞥した冬は、背中から真っ白な蒸気を勢いよく吹き上げた。
「今年は大雪になる」
蝶が呟く。

すっかり空を覆い尽くした冬を、かぼちゃの姫君は見上げる。長い冬が始まったのだ。

イラストレーション:へいじ

2015年11月21日土曜日

夢 洋菓子店の芸当

「コニャック入りのチョコレートを二粒、カットのシフォンケーキをひとつ」洋菓子店のケースの前で私はそう注文した。
チョコレートは問題なく出されたが、シフォンケーキだ。型から取り出されたばかりのシフォンケーキを、私の目前で水平に薄く薄く、切り始めた。ふわふわ焼きたてのシフォンケーキを平らに切るという芸当に、私は呆気にとられていた。シフォンケーキというものは、こうやってカットするものだっただろうか?バウムクーヘンと間違ってはいないのか?(いや、バウムクーヘンでもこんな切り方をするかどうかは疑問である。)
16枚、ペラペラの円盤シフォンケーキが積み重なっている。テキパキと店員はチョコレートと共に梱包して、「1900円です」と言った。

2015年11月20日金曜日

眠る森と眠れない姫君

日が沈み、月が昇る。月明かりを浴びた栗鼠は、たちまち眠ってしまった。さっきまでの疾走はどこへやら。キノコたちも眠っているようだ。森のみんなが眠っている。起きているのは姫君ばかり。「今宵は満月だから」というのは、このことだったのだろうか。仕方なく姫君も栗鼠の腹にうずくまって目を閉じたけれど、ちっとも眠れない。

「姫。かぼちゃの姫君」
ずいぶんと威厳のある声が姫君を呼んだ。声の主は、蝶だった。
「冬の始まりを探しておられると聞いた」蝶が問う。
「そうなの。でも、栗鼠が眠ってしまって」
「ああ、栗鼠は満月の光を借りて私が眠らせた。さあ、ここからは私がお供しよう」
この蝶は、一体何者なの? 満月は何も答えない。

イラストレーション:へいじ

2015年11月10日火曜日

十一月九日 知らない町へやってきた

知らない町の、知らない道。知らない地下鉄に乗って、やってきた。

橋を渡って、ダラダラとした上り坂を行く。車はとても多いのに、歩く人は他にいない。このまま違う世界に行ってしまうのではないかと、不安になる。こんなときに、マシュマロマンホールが現れるのかもしれない。足先でマンホールをつっつく。とりあえず、大丈夫そうだけれど、飛び越える。

地図を見る。目的地は、まだまだ先だ。

2015年10月28日水曜日

静かな町


「735だ、丸い屋根を目指せばわかるだろう」
 町に入る検問で尋ね人をすると、男はそう言った。僕は「丸い屋根、735。丸い屋根、735……」と呟きながら、見知らぬ町を歩き出した。
 この町の家々には、番号が書かれているのだった。「205」とか「367」とか。どういう意味があるのかは、全くわからない。
「734」の家を見つけて、「735」が近くにあるに違いないと周囲を歩きまわったが、丸い屋根の家も「735」も見当たらなかった。諦めて、また別の方角に歩く。
 検問の男はずいぶん体格のよい大きな声の男だったが、町の人々は一様に静かだった。市場にやってきたけれど、そこに喧騒はない。
 思い切って「735の家を探しているのですが」と市場のおばさんに声を掛ける。おばさんは驚いた顔で耳を塞いでしまった。声が大き過ぎたらしい。
 僕は「すみません」と小声で言って(これは意図して小さな声になったわけではない)、その場を離れた。検問の男は雇われ者で、この町の人間ではないのだろうと推測した。
 もう町中を歩きつくしたと思った頃に、「735」の家は唐突に目の前に現れた。丸い屋根の、白い家だ。鼓動がうるさいほどに高鳴る。
 呼び鈴は、僕の鼓動より、ずっとささやかな音だった。

2015年10月27日火曜日

旅立つ姫君

「さあ、行ってらっしゃい」
父なるかぼちゃ氏に見送られ、かぼちゃの姫君は旅に出た。キノコたちが、嬉しそうに道を作る。
「急いだほうがいい」と、姫君を乗せた栗鼠は疾走する。落ちてくる枯葉を巧みに避けて駆ける。
「どうして急ぐの? 冬の始まりに間に合わせるため?」
「今宵は満月だから。月が出る前に」
満月の月明かりは眩しいものね、と姫君は応じたけれど、栗鼠は答えない。

イラストレーション:へいじ

2015年10月16日金曜日

かぼちゃの姫君

秋の風は心地よいのに、どこか淋しい。かぼちゃの姫君は、住まいであり、父であるかぼちゃ氏に問う。「冬の始まりはどこにあるの?」
父なるかぼちゃ氏は「答えはきっと、本の中にある」と、遠くを見る。姫君は父の本棚を見渡したけれど、姫君にはまだ少し難しい本ばかりだ。
キノコたちが「遊ぼうよ」と姫君を誘いに来る。「遊んでおいで」と、かぼちゃ氏は遠くを見る。

イラストレーション:へいじ

2015年10月12日月曜日

十月十二日 猿との遭遇

「さるサル猿!」
と、ウサギが叫ぶので、車は急ブレーキで止まった。貫禄十分の雄と思われる猿は、ノッシノッシと車の前を歩き、それから車の上を歩き、最後に車の下を歩いた。
車中は緊張で張り詰めていたが、猿は車に狼藉を働くことなく、去っていった。ただ、去るときに、もぐもぐと口が動いていたので、一つくらい車の部品を食べられてしまったかもしれない。

2015年10月6日火曜日

十月六日 秋の味覚

何度やってもコンビニのコピーがうまくいかない。斜めになったり、掠れたり。大事な書類なので、きちんとコピーできないのは困る。
コインはあと1枚。これが失敗したらおしまいだ。緊張しながら最後の硬貨を入れようとすると、ウサギがそれを邪魔して、何やら葉を突っ込もうとする。
「何してるの?!」
「さつまいもの葉っぱ。コピー機にも秋の味覚が必要」
コピー機はものすごく高画質な仕事をした。

2015年10月1日木曜日

十月一日 贅沢な秋の雨

アーモンドを齧りながら詩集を読む。なんて贅沢な雨の午後だ。
そう思ったのも束の間、ウサギはアーモンドを隠し始めた。リスに感化されたらしい。

2015年9月25日金曜日

九月二十五日 飴

「雨の日の朝は飴を舐めるんだ」とウサギが言う。ただのダジャレだろ?というと、「何にも知らないんだな」と冷たい目で見られた。ウサギが飴を舐めると、毛皮に防水効果がつくらしい。そんな馬鹿な! 飴を舐め終わったウサギにシャワーを浴びせたら、あら不思議。コロコロと水玉がウサギの身体を滑り落ちる。
私の髪の毛も飴を舐めたら防水効果がつくのかしらん。のど飴は残り2個だ。

2015年9月15日火曜日

moon babies

月の使いであるところの小さな人が、小さな小さな風船を持って、夜風を読む。
いや、風船ではない。風船に見えたそれは、よくよく見れば小さく幼い月たちである。
この小さな人は永くトランクケースで眠っていたが、小さな月たちが騒ぐので、満月に帰るための風を待っているのだった。
幼い月たちは、晩夏の夜風にうまく乗れるだろうか。

イラストレーション:へいじ

2015年9月14日月曜日

九月十四日 また、しゃぼん玉

公園に続く道。大きなしゃぼん玉が私の前を飛ぶので、ついて歩いた。
しゃぼん玉はちょうど頭くらいの大きさで、私の目の前を飛んでいる。いつもの道、いつもの景色が、しゃぼん玉を通してみるだけで、違う世界を歩いているような気分。ちょっと不安になって、時々キョロキョロまわりを見渡す。
もうすぐ公園に入るというところで、しゃぼん玉は唐突に墜落し、弾けた。私はしゃぼん玉が落ちて濡れた道を踏んでしまった。そして違う世界に落っこちたのだ。ここはしゃぼん玉の中の世界だって、私は知っている。

2015年8月28日金曜日

八月二十八日 大佐

大佐は逃げ足が早い。二度も逃げられた。けれどちょっとホッとしている私もいる。大佐が捕まれば、私が今度は大佐に捕まって南極に連れて行かれるだろう。きっと長い長い旅になるに違いない。また、大佐のことを捕まえたくなったら、旅支度をしてから追いかけることにしよう。

2015年8月23日日曜日

八月二十三日 気怠い日曜日

気怠い日曜日に、毛むくじゃらのウサギを撫でると、風が吹く。ちょっとだけ雨が降る。少し、秋に近づく。読書が捗るのがその証。

2015年8月18日火曜日

八月十八日 墨流しをする

揺れる水面の波紋を紙に写し取る。
この模様は、時間を写し取ったのか、波紋の形を写し撮ったのか。
考えていたら、宇宙のことを考えるくらいに目が回った。
隣でウサギは夏バテで目を回している。


2015年8月16日日曜日

八月十六日 冷蔵庫

冷蔵庫は人知れず開く。お盆で帰った亡者のために、お茶を出したり、ビールを出したり。亡者へのもてなしが済むと、そっと扉を閉める。人には見つからないように、冷蔵庫は冷蔵庫なりに気を使うのだ。
が、我が家の冷蔵庫は誰に似たのか粗忽者で、去年の夏も今年の夏も、扉を閉め忘れていた。 明け方、開いたままの冷蔵庫を見つけた私は、飲みかけの缶ビールがあるのを確認した。ばあちゃんが来ていたらしい。「ショワショワしておいしい」と、祖母はわけがわからなくなってもビールを愛飲していた。もうちょっと高級のを置いておけばよかったねえ。
冷蔵庫には、電気が勿体ないし、食べ物が腐るので、ちゃんと閉まっておけとよくよく言い聞かせたのは言うまでもない。

2015年8月10日月曜日

八月十日 しゃぼん玉

しゃぼん玉がひとつ、飛んでいる。フワフワというより、ビュンビュン飛んでいる。誰かに操縦されているようだ。あたりを見回したけれど、ほかのしゃぼん玉も、しゃぼん玉を飛ばしている子も、居ない。しゃぼん玉に見えるそれは、たとえば異星から来た何かなのかもしれない。ちょっと追いかけてみたけれど、ヒュッ!と一気に上昇してキラリ光った後、見えなくなってしまった。

2015年8月6日木曜日

八月六日 指輪の入った箱

指輪が入った箱は意外と大きい。でも、軽い。箱の中の指輪は、カラカラと涼やかな音を立てながら、踊っている。今日もどこかで祝福の指輪が交わされるのだろう。だから指輪は踊り続ける。そのために、指輪の箱は、いつだって大きくなくてはならない。

2015年7月30日木曜日

夏のお供え

月の使いであるところの小さな人たちは、満月のお供えものを支度するのに大忙しである。
「お月さまはなにが食べたいって?」
「暑いから、かき氷がいいって!」
「お団子は?」
「それは次の次の満月!」
旧式のかき氷機は大きくて、この小さな人たちでは動かせそうもない。どうなることかと思ったけれど、よくよくお願いしてみたらかき氷機自ら働いてくれた。お月さまも満足そうに輝く。
「涼しいねえ」
「冷たいねえ」
降りしきる氷と月光をを浴びて、小さな人たちはキラキラと輝く。ほら、地球人に見つからないように気をつけて!

 イラストレーション:へいじ

2015年7月28日火曜日

七月二十八日 下半身の反乱

オシリに注射をされたら、下半身が言うことを聞かなくなった。上半身は北に行きたいのに、下半身は南に行きたい。脳みそは混乱してオイオイ泣く始末。
上半身は意外と冷静で、「それじゃあ、下半身の言うことを聞こう」と提案した。下半身はスタスタ歩いて、電車に乗って、バスに乗って、またスタスタ歩いて、ちょっと迷子になって、やっと着いたのはレンガ造りのギャラリーだった。
「これが見たかったのか」と、上半身納得。
「見るのは頭だけれど」と、脳みそはまた拗ねた。

ちひろ美術館 没後10年「長新太の脳内地図」展で、「下半身の外出」を読んで。

2015年7月19日日曜日

七月十八日 大手門へ

エッジの効いた石垣は、よく紙が切れると聞いた。江戸城の石垣はそれはそれは切れ味がよかったらしい。私は皇居に散歩に出掛けることにする。和紙三十枚と洋紙二十五枚を持って。しかし、石垣の切れ味を確かめることはできなかった。雨が降っていたのだ。小脇に抱えた紙束は、ぐっしょりと重たくなっていた。

2015年7月10日金曜日

七月十日 穴

十年使っているバッグに穴が開いた。どれどれと穴を覗きこむと、穴開け職人がガッツポーズをしているのが見えた。十年間、ご苦労様でした。

2015年7月3日金曜日

ムライハウス


入居者が部屋を捜して彷徨うアパートメント。今日も黙々と増改築を進めるムライ氏だが、誰も彼の顔を知らない。

妄想二人展

耳とお散歩ごっこ


「さあ、お散歩に行きましょう?」 囁かれた耳は、聞こえない振りでささやかに抵抗する。


妄想二人展

加世子の足


リボンで着飾った足、少しは大人っぽくなっただろうか。どんなに優雅な振りをしても、貴方の顔に乗せると幼さが際立つような気がして、少し怖い。


妄想二人展

インナーチャイルド


醜い私があちらこちらに落ちているのは見ないことにして、私は私をあやす真夜中。この私は、笑いもしなければ、泣きもしない。


妄想二人展

散歩の時間


道端に時間が落ちている。拾って歩くと、両手が時間で一杯になる。寝ている猫にやってしまおうか、それともあの子にあげようか……。


妄想二人展

雑貨店


魅惑的な雑貨の数々に目が眩む。ひとつひとつじっくりと見ていたら時間を忘れた。どうやら長居し過ぎたらしい。店主はごそごそと棚の一角を空け、私を陳列した。


妄想二人展

吉報

実りの季節、世界に吉報が巡る。吉報が饒舌に「何故これがよい便りなのか」を語るせいで、世界は少しずつ歪になる。


妄想二人展

2015年6月30日火曜日

六月二十八日 黒雲あらわる

俄にかき曇り、瞬く間に大粒の雨。私は高い塔から雲の様子を眺めていた。
遠方で数頭の長頚鹿が空を仰ぎ見ている。
そこに、とりわけ黒い雲があらわれ、長頚鹿を一頭、また一頭と、産み落とした。
長頚鹿は、大きな群れとなり、喜びを溢れさせながらどこかに消えていった。

 横浜マリンタワーにて

2015年6月23日火曜日

六月二十三日 忠実な扇風機

寝ている間だけ、扇風機使おう……と横になった午後。スイッチを入れても扇風機は動かない。
ウサギ曰く「ほんとに寝ないと動かない。『寝てる間だけ』って言ったから」。
なかなか寝付けない午睡。

2015年6月20日土曜日

六月二十日 天の恵み

天から米が降ってくるという予告があった。そういえば、そろそろ米が少なくなってきた。「どこから見ているのだろう?」と思ったけれど、天から見れば一目瞭然である。さもありなん。
ともかく明日は米が降る。大笊小笊、取り揃えて米を待つ。

2015年6月14日日曜日

六月十二日

カラスが枇杷を食っている。黒い体に枇杷の色が眩しい。
少年がカラスを威嚇している。枇杷を食うカラスが許せない。少年は黄色い学童用の傘を武器に、カラスを脅しているが、カラスはまったく意に介さない。私も少年を援護する。が、やはりカラスは素知らぬ顔。

枇杷の木は大きく、枇杷の実までは手が届かない。私と少年は、カラスが羨ましい。

2015年6月4日木曜日

六月四日 絵具

小さなサンプル瓶をポケットに詰め込んで出掛ける。紫陽花を探して歩く。見つけたら、スポイトで色を吸って、サンプル瓶へ。赤、青、紫。同じ色はない。
ときどき、カタツムリに睨まれるが気にせず挨拶をする。
紫陽花の絵具、今年は十六色集まった。まずまずだ。どんな絵を描こうか。

2015年6月1日月曜日

デイジー・チェインソー

 派手なチェインソーを背負って、恋人が待ち合わせ場所にやってきた。繁華街を歩く人たちは、誰も気に留めていないようだけれど、ぼくに手を振る姿を見て、逃げ出そうかと一瞬思う。
 交番のお巡りさんが、彼女を一瞥した。ひやりとしたけれど、お巡りさんの視線は、すぐに彼女を通り過ぎた。
 チェインソーの刃は、よく見れば花なのだった。赤や、ピンクや白の、小さな花が並んでいる。
 彼女は嬉しそうにチェインソーのエンジンを勢いよく掛けた。街に似つかわしくない轟音が響き、花と香りのシャワーがぼくたちに降り注ぐ。
「結婚しよー!」
 叫んだのは彼女だった。拍手が起こる。プロポーズの先を越されてしまって、ぼくは戸惑う。ポケットの中の指輪を弄びながら困っているぼくの頬に、彼女がキスをした。しま
った、また先を越された。


2015.6 架空非行11号

2015年5月31日日曜日

五月三十一日 薬味

おろしニンニクとおろしショウガと粒コショウを大量に買った帰り道、どうやらどれも容器に穴が開いていたらしい。暑さに似合う、実にスパイシーな道路が、私の背後で湯気を立てている。

2015年5月22日金曜日

五月二十二日 眠気

歩きながら眠りそうになるくらい眠い。このまま寝てしまっては困るので、エイ!と電信柱を殴った。すると電信柱がグニャリ、眠ってしまった。驚いたけれど眠気が覚めたのは一瞬で、すぐにまた眠くなってしまった。

2015年5月20日水曜日

五月十九日 輪ゴム

その輪ゴムを踏んではいけません、と美しい人に言われて、飛び退けた。足元に、輪ゴムがあることすら気づいていなかったのだから。
「輪ゴムであり、輪ゴムではありませんが、輪ゴムです」
輪ゴムは、緑色をしていた。ただ落ちているように見えて、意思を持ってそこにあるような気がした。

2015年5月16日土曜日

五月十六日 玉ねぎ

玉ねぎが逃げるので、追いかけた。家に帰りたいと泣きながら転がっていく。こっちのスーパーへ、あっちのスーパーへ。売られていたスーパーから逆ルートで家に帰るつもりらしい。結局、玉ねぎは自分がどこのスーパーで売られていたのかわからなくなって、泣き出した。泣き疲れると、ただの道に落ちた玉ねぎになった。拾って、帰って、みじん切りにした。

2015年5月12日火曜日

五月十二日 サンドイッチ

ミックスサンドに、卵は無くてはならないものだろうか? いや、そんなことはない。私はゆでたまごがきらいなのだ。いつも卵サンドはウサギにくれてやる。今日のカフェのミックスサンドには卵は入っていなかった。とてもよいサンドイッチだ。ウサギはおもしろくなさそうだったけれど。


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2015年5月11日月曜日

五月十一日 のど飴

咳き込んでいると、小さなおじいさんが向こうからやってきた。女物の日傘を差している。今日はすばらしくよい天気だ。
「おまえさん。喉の調子がよくないようだ。これを進ぜよう」
のど飴だという。袋には、難しい漢字がたくさん書いてある。
あんまりあやしいので、近くの薬局で「これ、ありますか」と見せてみると、確かにそののど飴は売っていた。「とても効くと評判ですよ」と言われたので、買って帰った。喉は、きっとよくなるだろう。

2015年5月1日金曜日

山猫の注文

真夜中である。ブンブンと尻尾を振り回しながら、猫が近寄ってきた。
「ちょいと頼みがある」と、猫は言った。私は猫の言うことが理解できた自分が理解できない。猫を見下ろしたまま、立ちすくむ。
「まず、おれは、猫ちゃんじゃない。山猫である」
はあ。山猫がなんでここに。
「野暮用である」
相変わらず尻尾を振り回している。
「山猫は尻尾を高速回転させると、人語が操れるのだ。町の猫ちゃんにはできない技だ」
と、言うと、尻尾を止めて鳴いてみせた。
ニャー
「おれたち山猫は、誇り高き山の山猫。一度でいいから、かつお節を食べてみたい」
え?
どうやら「山猫は町の猫ちゃんよりも偉いから、猫ちゃんの食べるものを知らないわけにはいかない」という理屈らしい。
山猫は相変わらず何か盛んに話しているが、だんだんと尻尾の勢いがなくなってきて、ところどころしかわからない。
「ニャーちゃんとニャーがニャーかわいいニャーかつおニャー山猫だニャーニャニャー」
そう言いながら、山猫は通りがかった美人の白猫にフラフラと付いて行ってしまった。春である。

架空非行 第10号

2015年4月17日金曜日

夢 透明なキャリーバッグ

私は旅行会社でキャリーバッグを借りる。保証金5400円を払う。無事に返せば戻ってくるという。

キャリーバッグは透明のプラスチック製で、100円ショップで売っているドキュメントケースを巨大にしたような代物である。ちゃちなキャスターが付いている。頑丈さに不安を覚える。キャリーバッグの中には、歯ブラシやらコップやら、歯磨き機能が満載であった。ジェットウォッシャーや水のバッグもついていて、水道がないところでも使える仕様らしい。

結局、私はキャリーバッグに荷物を入れることができなかった。大きなボストンバッグとその歯磨き用透明キャリーバッグを抱え、バスに乗る。人々の視線が痛い。やはり荷物を入れたほうが歯磨き用具は目立たなかったか……。

駅に着くと、乗り換え電車の時間がないことが判明、バスを飛び降りる。電車に乗ったら、行き先が違った。慌てて降りる。キャリーバッグがない。バス停に戻る。運転手に訊ねようと乗り込んだら、その途端バスは走りだした。キャリーバッグは交番に届けたという。5400円は戻ってこないかもしれないな、と思いながら諦めてシートに尻を沈めた。


2015年4月12日日曜日

四月十二日 柏餅

柏餅の葉をめくったら、小さな手が入っていた。小さな指を押し開いたら、やっと柏餅が入っていた。
よかったよかった。ちゃんと入っていてよかった。
手はそこらへんに置いて、柏餅を食べ、お茶をすすっていたら、手はいなくなっていた。
身体に戻っていればよいけれど。


2015年4月8日水曜日

四月五日 かくりよ

拍手は四回、だが音はない。音はないが、耳を澄ます。懐かしい声が聞こえる。



2015年4月1日水曜日

四月一日 印度菩提樹

インドの紙は、インドの匂いがする。その紙を触った私の手は、やっぱりインドの匂いがする。


インドの匂いを嗅いだ私の鼻は、何やら悟りをひらいたらしく、さっきから荘厳なくしゃみを連発している。



2015年3月29日日曜日

三月二十九日 歩け歩け

歩き、歩いて、歩けば、地図が埋まっていく。
私の足跡が、地図に不思議な図形を描いていく。
右に曲がろう、未知の道。

++++++++++

ダジャレで終わりました。
子供の頃から「人生で歩いた道が塗りつぶされたらいいのに」とか「足あとが全部見えたら面白いのに」と、かなり強く思っていました。
未来ってすごいですな。
先日、アンドロイドアプリ「GPSログまとめて全部表示ーマッピング!」を入れました。
これで、突然、夢が叶いました。非常に楽しいです。
以前「my Trucks」というアプリを使ってみたこともありますが、「マッピング!」のほうがイメージに近い。
Ingress」やら「神社が好き」やら、私のスマホにはお散歩を楽しむアプリばかり入っております。


2015年3月27日金曜日

夢 壁

便所に入ったらば、壁から勢いよく大便が出ている。
それは見事、便器に入っていくが、いつまでも終わらない。
立派な一本糞である。色よし、太さよし、匂いは薄い。
おそらく壁の中の大腸は、至って健康で且つ、ものすごく長い。


2015年3月21日土曜日

三月二十一日 薬屋さん

薬屋さんに行く。「今日は土曜日なので、余計に掛かります」
そうだったのか、知らなんだ。慌てて財布を確認しようとすると
「いえ、お金では頂戴しません。今日はお彼岸の中日ですから」
私は買ったばかりの牡丹餅も差し出した。
帰って見ると、薬袋にあんこが付いていた。
薬屋さん、今日は幾つの牡丹餅を食べたのだろう?


2015年3月17日火曜日

三月十七日 目打ち

目打ちで指を刺した。出血が思ったより多いので、絆創膏を貼る。
しばらくして指を見ると、絆創膏に滲み出た血が、目ん玉のように見えた。
「目打ちの名に恥じぬよう……」
と、ウサギがぼそっと呟いた。

++++++++++++++++++
明日、超短編を書き始めて=このブログを始めて、13年周年。
年をとるわけだ。ほそーくながーく続けていきたいと思っています。


2015年3月12日木曜日

三月十二日 自転車

今日は、誰も乗せずに走る自転車をよく見掛けた。
もうほとんど春なのだな。自転車も浮かれる季節であるよ。


2015年3月7日土曜日

三月七日 演説

雨に濡れたマンホールの蓋が、突如七色に光り、演説が始まる。
「ワタクシは、全国1400万分の1の、しがない鉄の蓋ではありますが、地上の皆様にお知らせがございます……」
鉄の蓋による、45万キロ下水道管探検ツアーの宣伝だった。

マンホールサミット2015

2015年3月1日日曜日

売名行為

 身なりのよい紳士に声を掛けられた。
「あなたのお名前を売ってくれませんか」
 紳士の提示した値段に、私は心が揺れた。言われてみれば確かに、今の私に売れるものなんて名前くらいしかないのだ。紳士とは正反対の、ボロを纏った自分には。
 紳士は、こうも言った。
「もしよろしければ、無料で新しいお名前を付けて差し上げます」
 そうして私は名前を売り、新しい名前を名乗り、立派なスーツを仕立て、仕事を得た。まもなく、名声も得た。
 ひとつだけ不満がある。紳士に付けてもらった名前がどうも気に入らないのだ。有名になったこの名前、いっそ売ってやろうか。それとも、誰かの名前を買ってやろうか……。

架空非行 第8号

2015年2月26日木曜日

囀り

 おとといの朝、小鳥が書き掛けの手紙を咥えて飛んでいってしまいました。出す宛のないラブレターだったのに、まさか君から返事を貰えるなんて。
 君と過ごしたのも、朝でしたね。朝焼けが眩しくて、本当のところ顔をよく覚えていません。長い髪が綺麗だったことと、歌がうまかったことは、覚えています。
 次の朝から、小鳥が毎朝来るようになりました。窓を開けると部屋に入ってきて、僕の頭や肩や手をちょんちょんと嘴で突きます。「もう一度、人の姿になってもいいんだよ」と囁くと、小鳥は囀りをやめて、僕をじっと見つめました。
 この手紙も小鳥に託します。小鳥は今、便箋を覗きこんでいるから、もう君にも伝わっていますね、きっと。ほら、小鳥が驚いたような表情で僕を見つめています。

2015年2月17日火曜日

子守唄

 人魚姫が読むといいな、と思ってこの手紙を書いています。人魚姫さん、はじめまして。ぼくは、つまり「瓶に手紙を入れて海に流す」ことをしたかっただけかもしれません。
 手紙を入れたこの瓶は、母が置いていった酒瓶です。僕は残った酒を飲み干して、そしてこの手紙を書いています。人魚姫の歌が聞きたいです。あなたが声を失ったってことくらいは知っています。それでもいいので、この瓶に歌を聞かせてください。子守唄を。

くゆる


 夜の砂浜で、一糸纏わぬ貴女の姿を遠くから見つめていましたが、すぐに見つかってしまいましたね。
 くちづけ、滑らかな肌の感触……忘れられそうにありませんが、私は貴女の夢に誘われたのだ、と思うことにします。天女のように美しい貴女に、私は夢中でした。
 貴女は「夜の雲は好きですか」と言いましたね。「少し恐ろしい気持ちがします」と答えたのを悔やんでいます。「夜の雲」は貴女のことだったと気がついたのは、日の出とともにあなたが消えてしまってからでした。
 この手紙は、貴女と過ごした砂浜で燃やします。煙になったら、雲まで届くでしょうか。

妄想二人展

ラブレター


 恋人からハガキが届いた。大きな大きな、ハガキいっぱいのキスマーク。
 彼女はきっと口紅を何本も使っただろう。そっとハガキに接吻する様子を想像して、ぼくは微笑んだ。
 返事を書こう。足の裏に墨汁を塗る。くすぐったくて声が出る。ハガキの上を歩くと右足、左足、右足の足形が付いた。
 彼女は、ぼくのこの小さな小さな足が可愛くって仕方がないと言うんだ。
 初めて会った日に、彼女の手のひらの上をそうと知らずに歩いていたことを思い出しながら、どっこらしょと切手を貼った。

妄想二人展

2015年2月10日火曜日

二月十日 植木鉢だらけの家

家中のベランダに植木鉢を吊るした家について考えている。
「あの植木鉢には何が植えてあるんだろう?」
ウサギが答える。「チューリップに決まってる」
どうして決まってるのかわからないけれど、たぶんチューリップだ。


2015年2月9日月曜日

とりかへばや

 赤いマニキュアは、大人の女になれたら塗ろうと決めていたのに、いつまで経っても「大人の女」にはなれないまま、年齢ばかり重ねていった。
 あなたの節くれだった大きな指の先が、赤く艶やかに彩られていたのを見て、私がどんなにショックだったか、あなたにはわからないでしょう?
 どうして私を差し置いて、赤いマニキュアを塗ったの? どうして? どうして?
 自分の身体を這う赤い十の爪を、ぼんやりと眺めることしかできなかった。声も出なかったし、潤いもしなかった。私は無言で服を着て、あなたを置いて帰った。
 帰り道、私は赤いマニキュアを買った。そのデパートで一番高価な赤いマニキュアを買った。理想の赤。理想の艶。ほら、やっぱり、私の小さく細い指のほうが、ずっと赤い爪にふさわしい。
 真っ赤な指先で己の身体を撫でる時、漏れる吐息は、あなたの低い声によく似ている。

2015年2月1日日曜日

あひるの決闘

ある暑い朝のことでした。
 ありんこがあじさいの葉の上を行脚していると、あひるに会いました。
「あけましておめでとう、あひる」
 ありんこは愛想よく挨拶をしましたが、あひるは「ああ」と言ったきりでした。
 あっけらかんと、あひるは去っていきましたが、実はアヒージョとの決闘が待っていたのです。
 あぶらぎったアヒージョとあざといあひるには軋轢がありました。
 ありんこはそうとは知らず、あひるについて行きました。あひるを愛していたのです。
 アヒージョとあひるが争っている間、ありんこは暴れていました。
新しい穴を開けたのです。

架空非行 第7号

2015年1月31日土曜日

迷樹

迷路模様の葉脈が特徴の、大きな葉をつける常緑樹。その葉は世界中どこへでも飛んでいくが、樹木の在処が見つかったことはない。葉脈の迷路模様を辿った者は行方不明となり、戻った者は一人もないという言い伝えがある。

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 大きな葉っぱを拾った。僕の顔くらいある。周りにはそんな大きな葉を付けそうな木はない。昔話に出てくる天狗の団扇みたいだな、なんて思いながら持って帰った。
 机に置いて気がついた。その葉っぱの裏の模様がまるで迷路みたいだってことに。鉛筆を持って迷路で遊ぶことにした。付け根のところからスタート。ものすごく細かい。目が疲れるから時々瞬きしながら、僕は慎重に慎重に迷路を辿った。
 迷路は超絶難しくて、なかなか終わらない。肩も凝ってきた。「塾の時間は?」と、母さんの声がして、鉛筆を置いた。
 カバンに葉っぱを突っ込み、チャリに跨って、勢い良く漕ぎ出した。けど、様子がおかしい。いつもの角で右に曲がったあと、景色が変わらないのだ。すぐにもう一度右に曲がるのに、曲がり角がない。
 全速力で走ったら左に曲がる道があったので、曲がってみた。あれ、ここも、さっき通った道……? 慌ててUターン。さっき左に曲がったんだから右に曲がれば戻るはずだ……そう思ったのにようやく現れたのは左に曲がる角。仕方なく曲がる。いきなりの丁字路。勘で右に行く。走っても走っても夕暮れが終わらない。


幻想植物ポケット図鑑投稿作

2015年1月30日金曜日

合歓


 私の部屋の窓から、あなたに腕を回し、脚を絡める少女の姿が見えるのです。少女は毎日あなたの元にやって来ますね。少女が去ると部屋を出て、あなたのところに向かいます。「ネムノキ」と、あなたには札が掛かっています。
 葉を閉じて黙っているあなたを撫で、抱きつくと、すぐに大きな快楽がやってきました。胸を押し付けると、思わず声が漏れました。
 あなたは、あ の少女に、こんな淫らなことをしていたのですね。
 今夜、あなたを伐ります。鋸も用意しました。もう、少女とあなたが睦み合うのを見たくありません。
 そしてこの手紙は、あなたの根元に埋めます。伐られたあなたと、この手紙を見て、少女はどんな顔をするでしょう。窓から眺めるのが楽しみです。


妄想二人展

2015年1月28日水曜日

植物名 デラックス・ビーンズ

デラックス・ビーンズ:二十五年に一度だけ実を付ける、マメ科に近い形態の植物。大量のマメを放出し、世界中に散らばり、天地万物の情報を吸収、『デラックス百科事典』を形成する。なお『デラックス百科事典』は、森羅万象の真実を端的に且つ短絡に示すものである。

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一粒のマメを素早く網で捕まえた。四半世紀に一度の研究のチャンスである。
シャボン玉のようにプリズムを輝かせた透明な丸いマメたちは、さやから出ると、あるものは空を飛んでいき、あるものは転がっていき、またあるものは地面に埋まっていく。
謎の多いこの植物。食べたところで旨くもない。マメを飛ばす理由もわからない。世界でここにしか生えていない。研究するチャンスは人生に多くて三回。何の役に立つのかもわからないこの植物を研究しようという学者は私の他にはいなかった。
私はマメにオリジナルのチップを装着し、放した。何事もなかったようにマメは転がっていく。
早速データを計測しようとしたが、結局、チップからの情報は一時間程度で途切れた。情報が途絶えたと思われる地点に赴いたが、チップは見つからなかった。
――『デラックス百科事典』の新版が書店に並んだのは、その三年後だった。ページをめくっていると自分の名前が目に止まった。私の生い立ち、研究の内容。研究に用いたチップがどのような仕組みでどれだけの性能か。私はこれらを人に話したことはない。三年前、あの一粒のマメ以外には。

2015年1月27日火曜日

一月二十七日 ゆっくりの一日

いつもにまして時間がゆっくりと流れている。
念入りに掃除をしたのに、まだこんな時間。
あんなに本を読んだのに、時計を見ると一時間しか経っていない。
昼寝までしたのに、まだこんな時間。
時計が壊れているんじゃないかしら、と思って家中の時計を見て回った。
一体何に騙されているのだろうか、と考え込んでいたら、あれ、もう夜中だ。




傘葛(カサカズラ)

蔓性の植物。湿度と気圧を感知して、傘を花として咲かせる。採取した花は傘として実用可能。色や柄は様々で、時に派手な傘を咲かせる。

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 「傘、採っていけよ」と、祖父が言う。えー傘採るの面倒なんだよな。もう学校行く時間だし……。玄関で「人工の傘」を持って出ようとすると、「傘、採ったか」とまた祖父の声がした。今度はちょっと怖い声。私はため息をついて傘を置くと、枝切バサミを持って庭に出た。
 うちの庭には「傘葛」が生えている。いまでは珍しくなった傘葛を祖父は大事にしていて、市販の傘は生まれてこの方買ったことがないのがご自慢だ。
 私は傘葛に近づくと、程よい傘を探してバチンと枝切バサミで切った。今日の天気予報は昼から雨。まだこんなに晴れているけれど。
 傘を開く。ごくたまに、穴の空いた傘とか、芯が曲がって開かない傘があるのだ。今日の傘は、大丈夫。大丈夫だけれど、なんだかいつもと違う。
 昼からの雨は、雨ではなかった。飴だった。「人工の傘」だったらたちまち穴だらけになっていただろう。
 傘に当たる飴の音を聞きながら帰ると、祖父が嬉しそうに傘葛を世話していた。「じいちゃん、飴が降るってわかってたんだね」
「この飴は傘葛が降らせたんだよ。そろそろ肥料を欲しがる頃合いだと思ってた。ほら、今日の傘はペロペロキャンディー柄だっただろう?」


幻想植物ポケット図鑑、未投稿作

2015年1月21日水曜日

或いは歯の夢


 歯と歯茎だけの存在である私を、貴女は受け入れてくれましたね。
 貴女は私の歯茎を、指で、舌で、そっと何度もなぞりました。
 私に喉まであれば、歓喜の声を上げたのに。
 お礼をしたかったけれど、貴女の控えめな乳首を甘く囓ることしかできませんでした。
 私はいま、歯科診療室の戸棚の上に軟禁されています。
 真夜中 の診療室で、この手紙を書いています。
 強い噛み跡のついた鉛筆に、明日の朝、歯科医が気がつくでしょう。

妄想二人展出品作

2015年1月13日火曜日

一月十三日 電話

方方に用事があって、電話を掛けるが、どこにもつながらない。
呼び出し音は「トゥルルルル……」ではなくて「パッパカパーン」と軽快なファンファーレだから、仕方がない。
そのくせ、電話は鳴りっぱなしである。こちらからは掛けられないのに。
取れば、聞いたことのないような早口で、さっぱり何を言っているかわからない。
「どちらにお掛けですか?」「番号のご確認を」と言って切っても、すぐに掛かってくる。
何度目かで、ようやく耳が慣れてきたら、ひとつだけわかった。何かを祝う言葉。
私を祝っているわけではなく、なにかめでたいことがあったらしい。
よくわからないけれど「おめでとうございます」と相手に倣って早口で言ってみたら、電話は鳴り止んだ。


2015年1月9日金曜日

一月九日 妄想帰り

こっちの店のほうが、葱が安かった。
負け惜しみしながらも、家路を急ぐ。
妄想が溢れていまにもリュックから零れ落ちそうだったから。


2015年1月8日木曜日

一月八日 計算

電卓片手に、あれこれ計る。測る。図る。
電卓が文句を言い始めて、やっと我に返った。
何を計算したかったのだろう。
ウサギはヒゲを抜いている。


2015年1月7日水曜日

一月七日 ドア

34ミリ。このドアの厚さである。
ドアの中には(ドアの向こう、ではない。中である)、ちょっとした化物が住んでいることを、今日発見した。
このドアは、ずいぶん前からノブが壊れていた。今日、私はドアノブ交換を決行したのだ。
そして、その際にその小さな化物と目が合ってしまった。
ドアをノックするときは要注意だ。ドアの向こうの人が返事をしなければ、ドアの中の化物が返事をする。
つまり、このドアは必ず返事をする。
トントントン、誰かいますか。


2015年1月4日日曜日

十二月二十八日 鳥居

続く鳥居の向こうに、お稲荷さんが見えている。
歩いても歩いてもお稲荷さんに辿り着かない。
「キツネに化かされたかしらん」
とつぶやくと、「ウサギの仕業だよ」とお稲荷さんから声がした。
ウサギは毛を逆立てて、私の後ろで跳ねている。


2015年1月1日木曜日

人工衛星の街角

 その人工衛星は、三百年前に役目を終え、今はただ、律儀に軌道を描いているだけ。
地球の人々はそう思っていた。
 実際、百年前まではそうだったのだ。だが、人工衛星だって馬鹿ではない。作られた当時の最新技術が搭載されていたわけだから。
 つまり、老いた人工衛星は退屈していたのだ。少し遊びたくなったのだ。
 人工衛星は、よく見える目を持っていた。地球を何百年も観察し続けていた。それ以外にすることはなかった。だから、地球上の「街」という「街」をよく知っていた。己にも
「街」を作ろうと考えた。
 「街」には「道」があり、さまざまな「建物」があった。人工衛星は「教会」がお気に入りだった。鐘があるから。それから「回転木馬」も好きだったそれからそれから。
 石畳の道を作った。広場も作った。もちろん回転木馬をそこに配する。大きな教会には、ステンドグラスと鐘。
 百年の間に、少しずつ、少しずつ、街を作った。しかし、何かが足りない。何かが足りない。
 人工衛星は考えた。一生懸命考え、地球を観察し直したが、人工衛星が思い描いていた街は三百年前にはもう朽ち始めていた街だったのだ。いくら観察しても、そんな街は、もう地球のどこにも残っていない。
 思い出すのに四十八年掛かった。そうしてやっとわかったのだ。
「街灯」だ。
 人工衛星は自分の街に街灯を立てた。そして、「ぽっ」「ぽっ」とひとつひとつ明かりを灯していった。
 地球の人々が夜空を見上げる。忘れられた人工衛星が輝いている。

架空非行 第6号