2003年6月29日日曜日

ココアのいたずら

ココアが飲みたいと大騒ぎする小父さんのために
アイスココアを作った。
小父さんは「おいしい、おいしい」を連発して飲み干さない内に
外へ出てコウモリを呼び、コウモリ傘を差してどこかへ飛んでいってしまった。
「どこにいっちゃったんだろ」
{なぁに、すぐに戻ってくる}
フクロウが言った通り、30分ほどで小父さんは戻ってきた。
「一体私は何をしていたんだろう?」
「覚えてないの?」
{ココアにいたずらされたのだ}
すると小父さんのグラスに残っていたココアが笑いだした。
それはそれはうるさくて、頭が痛くなったよ。

2003年6月27日金曜日

THE MOONMAN

「たとえば小父さんに手紙を書きたい時、宛名はどうすればいいの?」
「妙なことを言う奴だな。こうして毎晩会っているではないか」
「だから、たとえばの話だよ」
「TO THE MOONMAN」
「それ、小父さんの名前?」
「名前?名前ではない。私に名前はない」
「……ふーん。それでポストに入れたら届くの?」
「そうだ。私宛ての手紙があることをポストがフクロウに伝える」
「届けるのは郵便屋さんじゃないんだね」
「彼らが私の所に来られると思うか?」

小父さんが帰ってからぼくはカードを書いた。
バースディパーティーの招待状。

2003年6月26日木曜日

はたして月へ行けたか

「あの人は本当に月から来て月へ帰るのか?」
とある人に聞かれた。
あまりにも真剣な眼差しで、ぼくは怖じ気づいてしまった。
「ぼくは月まで行ったことないから……」
するとその人は言った。
「ならば私が確かめてこよう」
その時、空を睨み上げ、拳を握りしめるのをぼくは見たんだ。

それからその人には会っていない。
一度小父さんに
「小父さんを空まで追いかけて来た人がいなかった?」
と聞いてみたけど笑い飛ばされただけだった。
あの人のことが忘れられない。なぜだろう。

2003年6月25日水曜日

月をあげる人

「小さい頃ね、月をあげる人がいると思ってたんだ。
鼻が丸い小太りなおじさんが長い長い梯子担いで丘に上がるの。
丘の頂上に着くと梯子を空に立て掛けて登るんだ。よっこらしょって。
それでポケットから月を出して空に貼り付けて…何かおまじないを言うんだよ。
そしたら月が動きだすんだ。
そんなふうに思ってた。」
小父さんは黙ってぼくの話を聞いていた。
煙草を一本取り出して、火を点ける。
レモンの香りの煙を吐き出しながら言った。「ま、ハズレではないな」

2003年6月24日火曜日

水道へ突き落とされた話

頭が痛かった。のっそりとベッドから這い出て洗面台に向う。
痛みが流れるわけではないのに、ジャバジャバと顔を洗い続けた……気が付くとぼくは水と共に流れていた。
始めは驚き、焦って手足をバタバタと動かしていたがやがてあきらめて流れに身を任せた。
するとまもなく穏やかな気持ちになった。
このトンネル(おそらく下水道)を抜けると川に出て海に行くんだ。
ぼくは再び気を失った。
目が覚めると潮の香がした。いよいよ海だ。
ぼくはドキドキしてきた。あぁ、満月が綺麗だ。
「起きろ!少年。もう少しで水になるところだったぞ」

2003年6月22日日曜日

星におそわれた話

「そろそろおしまいだ」
今日もぼくは廃ビルの屋上で星を拾っている。
この前作ったパンが好評で、あれからしょっちゅう星を拾っているのだ。
「本当にそろそろ止めないと…」
「もうちょっとだけ」
「おい!いいかげんにしないと…」
小父さんが言い切る前にそれはやってきた。
星が降ってきたのだ。
積もった星に身体が埋まっていく。
腰まで埋まったところでようやく星はやんだ。
服の中まで星が入り込み、ピチピチ弾けて痛い。
やっぱり小父さんの言うことを聞いておけばよかった。
くやしいので苦しくなるまで星を掴んで食べてやった。
以来、ゲップするたび口から星が飛ぶ。

2003年6月21日土曜日

星でパンをこしらえた話

「星を拾いにいきたい」
「この前行ったばかりだろう」
「いいからいいから」
ぼくは一晩かけて大量の星を拾った。
何も知らない小父さんは退屈そうだったけど。

翌日、ぼくは星を丁寧にこねて、オーブンに火を入れた。
夕方、小父さんの前でオーブンを開く。
おいしい香りが部屋に広がる。成功だ。
星でできたパンは大きくてまんまる。お月さまみたい。
小父さんは目を丸くした。
星でパンを作るとは思ってもみなかったみたいだ。
焼きあがったパンを持って友達に会いにいこう。
ピーナツ売りや黒猫、道化師やマネキンにもおすそわけ。

2003年6月20日金曜日

自分を落としてしまった話

やってきた小父さんは真っ青だった。
ここに来る途中、自分を落としたらしい。
いつもは送り迎えの時しか現れないコウモリも慌てていた。
とにかくあれを見付けないければ!
傷がつけば小父さんの身体も、空の月も大変なことになる。
もはや小父さんは不安で倒れそうだ。
小父さんにはココアを飲ませ、ぼくのベッドに休ませた。
コウモリに小父さんを見てもらうことにして
フクロウとぼくで探しに行く。
でも一体どこを探したらいいのだろう。
早く見つけたいのに見当もつかない。
ぼくは腕組みした。
すると胸ポケットに何か入っているのに気付いた。
小さなまんまるの石。
ポケットの中の月はやっぱりポケットが好きらしい。

2003年6月19日木曜日

ガス燈とつかみ合いをした話

ぼくはガス燈によりかかってフクロウを待っていた。
一緒にピーナツ売りに会い行くことになっていたのだ。
「まだかなぁ、フクロウ」
「当分来ないよ」
ん?
「重いからどいてくれよ」
背中を押されて転んだ。
ガス燈を見上げて、ぼくは青くなった。ぐったりとしたフクロウがぶらさがっている。
「フクロウに何をした!」
ぼくはガス燈に登ろうとしたが、振り落とされて身体を強く打った。
参ったな…
そこへ、遅いのを心配したピーナツ売りが来てくれた。
ニヤリと笑うとピーナツ売りはキリンを出した。
フクロウは無事に助けたよ。

2003年6月17日火曜日

星?花火?

星?花火?
「花火をやるぞ」
「やった!」
小父さんはマッチでロウソクに火をつけるとまず煙草を取り出した。
今日のはバニラの香りだ。
それからやっと花火を一本くれた。
ぼくはわくわくしながら花火をロウソクに近付けた。

シュー
音をたてながら火花が舞う。
すごくきれいだ。次々火をつけていく。
あれ?

「ねえ、これ花火?」
「何を言う、少年。花火でなければ、なんだというのだ」
「星でしょ?だって火花が全部空へ飛んでいくよ」
いつのまにか空は星だらけになっていた。

2003年6月16日月曜日

TOUR DE CHAT-NOIR

「こないだ箒星獲りにいったところに行きたい」
「あぁ、黒猫の塔か」
「黒猫の塔って言うの?」
「そうだ。あの塔はとっても、古い。そしてあぶない」
「でもこの前は登ったよ?」
「それは箒星を獲らなくてはならなかったからだ」
問答の末、なんとか塔へ連れていって貰った。

小父さんをベベに残し塔の中に足を踏み入れると冷たい風が背中をくすぐった。
「いらっしゃい」
「あ!黒猫さん!この前は会わなかったのに」
「お月さんがいたからね」
「……仲悪いの?」
「そうじゃない。これはお月さんには内緒だよ……」

黒猫とおしゃべりして車に戻り小父さんに言った。
「また来たい!」
「やれやれ」

2003年6月15日日曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

コンサートに行くからと小父さんは服をくれた。
「これ着るの?」
「そうだ」
「はずかしいよ」
しばらく抵抗してみたが結局着て出掛けた。
きまり悪いままホールに着いた。

静かに幕が上がる。
初めて見る楽器だらけで、ぼくは夢中になった。
あの楽器はどの音だろう?どうやって音をだすんだろう?
気付くと横にいるはずの小父さんが、いない。
ぼくは不安になった。でも立ち上がるわけにはいかない。
とうとう全ての演奏が終わった。他の観客は帰り、広いホールにぼくはひとりぼっちになった。
そしてアンコールが始まった。

2003年6月13日金曜日

星を食べた話

小父さんを呼ぼうとしたら星の入った瓶を倒してしまった。
瓶の栓がはずれ、砂のように細かい星が机の上に散らばった。
窓を開けひとつだけ放り投げる。
「ラングレヌス!」

小父さんが来るには時間がかかるだろう。今日は曇っているから。
さて、散らばった星をどうしようか?
しばらく机の前で腕組みしながら星を眺めていると、ある衝動にかられて指を伸ばした。
「…・・・おいし」
机の上の星を舐め、瓶に残っていた星も平らげたところで、ようやく小父さんがやってきた。
「星を拾いに行こう」
「まだたくさんあるだろ?」
「食べちゃった!」

2003年6月12日木曜日

箒星を獲りに行った話

ぼくはワクワクしていた。
「明日は箒星を獲りに行くぞ。弁当を用意しておけ」
と小父さんに言われて、サンドウィッチを作り
ジュースも用意してバスケットに詰め、迎えを待った。
夕暮間近になって現れた小父さんは、ちょっと厳しい顔で、ぼくは緊張した。
ぼくたちはベベに乗り走った。
「あれに登るぞ」
小父さんが指差す先には夜空に刺さる程高い塔があった。

実際は塔に昇るのはそれほど大変ではなかったし、箒星もたくさん獲れた。
塔の上で食べるサンドウィッチもおいしかった。
でも小父さんは高いのはイヤだとずっと震えていた。

2003年6月11日水曜日

月光密造者

「この瓶に彼の吸い殻を入れてきてほしい」
突然話し掛けてきた男は、フラフラしていた。
渡されたのは、瓶というよりランプのような代物だった。
その晩、ハニーシガレットを喫む小父さんは機嫌がよく、ぼくたちは寂しい道化師に会いにいった。
パントマイムを見終わり拍手を送る時、小父さんの口から煙草が落ちた。
ぼくはすばやく瓶を真鍮の枠から外し、吸い殻を入れた。ジュッと音がした。

翌日、男に瓶を渡すと喜んだ。
「これで酒が旨くなるのさ、月はエライ目にあうがな」
その晩会った小父さんは、まっ赤だった。
もちろん、月も。

2003年6月10日火曜日

雨を射ち止めた話

十分でいいから、止んでおくれ!
かれこれ小一時間雨宿りしていた。
土砂降りの雨は道に川を作っている。
ぼくはパンを買いにきて小さな女の子と友達になった。
迷子の女の子は、お呼ばれの帰りで、ピンクのワンピースにきれいな包みを抱えていた。
パンも女の子も濡らすわけにいかない。
女の子はぼくの手を握り締めてしくしく泣いていた。
「坊主、これをやろう」
振り向くと白いマントの人が、ピストルを差し出していた。
思わず受け取るとその人は消えた。
銃口を空に向け引き金を引いた。衝撃が走った。
女の子は、けたけた笑った。

2003年6月9日月曜日

なげいて帰った者

床が軋む音がして目が覚めた。
ぼくは横になったまま耳をそばだてた。

ぱちん
…ぅがゝ~うぃん!ぁりま…あすのッ じゃ…♪ら びゅぃん
「ぁーあっ……本日は晴天なり。わたくし、普段は人の代弁ばかりしております。それがわたくしの役目であることは、十分承知しております。たまには自分の声で喋りたいと思うのは、罪でありましょうか?これだけ毎日いろいろな声で喋っていると、己の声を持ちたくなってまいります。しかし本来、それは許されないのでございま…・・・」
ぎゅいん ぱちん

翌朝、ぼくはゴミ置場で捨てられたラジオを見つけた。

2003年6月8日日曜日

ポケットの中の月

ぼく以外のみんなに緊張が走ったのは
ココナッツシガレットのお代を払おうとした時だった。
財布を上着から出したその時、ポケットから落ちた物があった。
「え?なに?どうしたの?」
小父さんは答えず、そぅっとそれを拾いあげ
舐めるように眺めた後、ため息とともに言った。
「だいじょうぶ」
ピーナツ売りもフクロウも、息を吐いた。
「少年、これは私だ」
小父さんがつまんでいるのは、小さなまんまるの石だった。
「これがないと私は帰れない。そして絶対に傷つけてはならないのだ。」
小父さんの視線の先には、まんまるお月さま。

2003年6月6日金曜日

霧にだまされた話

濃い霧の晩だった。
ツタが絡み付いた古いアパートメントの二階からおさげ髪の女の子が手を振っているのがわかった。
小父さんとぼくとフクロウは、急な階段を昇って女の子の部屋に行った。
ドアを開けると女の子は小父さんに飛び付いた。
「わたし、お月さまにずっと会いたかったの!」
深緑の目が輝いた。
ぼくたちは女の子が出してくれたクッキーと紅茶を飲みながら遊んだ。
ぼくが手品をし、小父さんはおどけてみせた。フクロウは昔話をした。
女の子はとても喜んだ。
翌朝、一人で女の子会いに行くと、そこは雑草だらけの空き地だった。

2003年6月5日木曜日

キスした人

お月さまとキスをするといいことがある。
そんな噂が街に流れていた。
ぼくはそれをいつかも話し掛けられたマネキンに聞かされたのだった。
「本当はアタシがお月さまのくちびるを奪いたいところなんだけど…
ぼうやならチュッてできるんじゃなぁい?どんなことが起きたか教えて。ネ?」
いいことがあっても小父さんとキスはしたくないな、と思った。
その晩、小父さんに尋ねてみると
「嘘では、ない」という答えだった。
「それで、誰かにキスしたことがあるの?」
「ひとりだけ」
その人は誰?という言葉はハッカ水と一緒に飲み込んだ。

2003年6月4日水曜日

THE MOONRIDERS

「少年、外へ出るぞ」
突然、小父さんは飛び出して行った。
外には白いバイクにまたがった人がたくさんいた。
ぼくは驚いて小父さんの影に隠れる。
「恐がることはない、彼らはムーンライダーだ。みんなで街を走るぞ」
小父さんは、一番大きなバイクに乗った。ぼくはその背中にしがみつく。
「出発!」
何十もの白いバイクが真夜中の街を音もなく駆け抜ける。
でもすごい風だ。白い一隊が通ると街路樹もガス燈も大きくしなる。
「アタシも乗せてー」
と叫ぶのはマネキン。ワンピースがお腹まで捲れあがっている彼女に、ぼくは手を振った。

押し出された話

「行き止まりだよ!」
逃げ込んだビルとビルの間に抜け道はなかった。
ぼくたちは流星の暴走族に巻き込まれて逃げていた。
正確に言えば、小父さんが流星たちに追われていた。
ぼくはとばっちりを食らったのだ。
「その壁に張りついてろ!」
後から声がかかる。小父さんよりぼくの方が足が速い。
「待ってろよ!」
小父さんはためらいもなく突進してきた。
ついに小父さんはぼくに追突した。
そのままグニグニと壁に身体を押しつけてくる。
苦しい……

「平気か?少年」
壁の向うは、見たことのない道具がたくさんある部屋だった。

2003年6月2日月曜日

はねとばされた話

「やるじゃないか、少年!」
ピーナツ売りに手品を教わった。
いきなりピーナツをハトに変えるのは難しいのでテントウ虫にした。
小父さんには内緒で昼間こっそりピーナツ売りのところに通ったんだ。
頑張って二日で覚えた。ピーナツ売りも誉めてくれた。
「オレの跡取りになるかい?」
「それもいいね」
一番驚いてくれたのはフクロウだった。
{すばらしい!}
バシン!と翼で叩かれた。
ぼくははね飛ばされて電燈にひっかかった。大慌てでフクロウが助けてくれたけど、まだ新しいシャツが破けちゃった。