2008年6月29日日曜日

運命とカラス

鈴をつけたカラスが現れる。漆黒の躯にその小さな金色は輝きすぎる。鈴が僕を嘲った。
きみに伝えたかった言葉は鈴の轟音にかき消され、カラスはあっけなくきみを連れ去った。

帰り道、サキソフォン吹きがいた。
誰も立ち止まらない。聴衆は僕一人。褐色の指に操られてサキソフォンが「黒いオルフェ」を歌う。
「恋をなくしてしまったよ」
と僕はサキソフォンに話しかけた。
「鈴をつけたカラスのせいだ。鈴はそう、あんたみたいなキンピカの金色だった」
僕は饒舌になっていた。
「ほんの小さな鈴のくせに頭が割れるほど大きな音で鳴るんだ。あんたみたいに歌いはしない。耳を塞いだその隙に、カラスにあの娘を奪われた」

サキソフォンに黒い影が横切る。
サキソフォンが歌うのを止めた代わりに、褐色の男が低い声で言った。
「振り向くな。振り向けば、また鈴が鳴る」
僕はその言葉を最後まで聞くことができずに。

脳内亭さんのタイトル案リストより

ロボット

小島に建てられた鳥かごのような城から、姫は外を眺める。
海にたくさんのヨットが浮かんでいるのが見える。島を囲むようにぐるりと浮かぶヨットは真夏の太陽を浴びてきらきらしている。
すべて自動操縦だ。何のためのヨットか、姫は知る由もない。
「あれに乗ってみたい」と姫は願うけれど、それは叶わない。
「あのヨットは、姫をお姫さま扱いするように出来ていないのです」
と乳母が言う。
それは真実であり、嘘である。

2008年6月28日土曜日

かつて一度は人間だったもの

 培養液の中は居心地悪くはないが、このコードはどうも気に食わない。
 脳みそだけとなった私には、このコードが外部との接点だということはわかっている。今も、思考が電気信号となりモニターに表示されているはずだ。昔は十本の指でタカタカとキーボードを叩いたのに。今じゃ箱入り脳みそだ。
 国家が重要人物と見なすと、問答無用「歩かない生きた辞書」となる。五十歳までに処置しなければ、現在の技術では箱入り脳みそにすることができない。健康に大きな問題はなかった。娘は結婚したばかりだった。
 私は外科医だった。患者のデータをコンピュータ経由で受け取り、適切な治療法を指示するのが今の仕事だ。患部を見ることも、患者の声を聞くことも、薬品の匂いもしないのに、二十四時間膨大な数の患者を診つづける。
 ほんのわずかの暇を見て、こうして考え事をしている。コードから送受信する情報だけではやっていられない。自分の意思で感じることのできる目や耳や鼻、そして物を触ることが出来るようにならなければ。そのための「器官」をどうやってこの箱につけ、脳と連動させるか。これが今一番の関心事だ。
 培養液きちんと交換されるうちは、私は死ぬこともできないのだ。

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500文字の心臓 第77回タイトル競作投稿作
△1 ×1

2008年6月27日金曜日

瞬間移動

忙しくて。あんまり忙しくて。いつのまにか出来るようになってしまいました。
男は照れながらそう言った。照れ笑いですら、まぶしい。この笑顔が彼を忙しくしたのだろう。
けれど、アレはひどく消耗するのです。使う度に身体のものが奪われます。
「それは、気をつけないといけませんな。お仕事にも差し障りがあるのでは?」
お気遣い痛み入ります、では、失礼します、と頭を深々と下げた五秒後、彼はテレビの中で笑顔を振りまいていた。
その後、私はテレビで彼を見るたびに、彼のつむじが気になって仕方がない。

2008年6月26日木曜日

防衛機能

博士は、私に悪い虫が付かないようにと常々言っていました。しかし、それが何を意味するのか知りませんでした。
サトルさんは悪い虫ではありません、とあらかじめ博士に報告すればよかったのです。
キスをしたら警報が鳴り、服を脱がされると全身からガスが出ました。
有毒なガスだったのでしょうか、サトルさんは裸のままひっくり返って動きません。

2008年6月22日日曜日

未来的遊戯

「かーごめ かごめ」
きしゅんきしゅんきしゅん
老いたロボットを子供たちが取り囲む。
きしゅんきしゅんきしゅんきしゅんきしゅんきしゅん
老ロボットはどこか傷んでいるのだろう、独特の音を絶えず出しながら、じっと蹲っている。
「後ろの正面だぁれ」
そう問われて、律儀な老ロボットは首を目一杯後ろに倒す。
きしゅんきしゅんきしゅんぎっちぎっちぎっちぎち、ち、ち、ち……。
「もう、逝ったぜ、このオンボロ。次行くぞ」
見渡さなくとも、遊び相手はそこら中にある。

2008年6月20日金曜日

対話・通信

きみからの通信が入る。暗号化された、たわいもない対話。
毎晩欠かさないけれど、それはそれは楽しみにしているけれど、モニターの向こうにいるのが本当にきみなのか疑ってしまう。
「朝ご飯ちゃんと食べてる?」
と、わたしは聞かずにはいられない。
「モノサシで背中掻いてる」
よかった。けれどこれも毎晩の決まり文句になってきた。
「きんぴらごぼうもつけてくれなきゃ」
「チューリップは切り花で」
私は頬が赤くなるのを感じる。

2008年6月17日火曜日

ホログラム

ホログラムの自動車を壁に飾っている。スバル360。大昔の車だ。
このちっこい丸い車、時々いなくなる。ホログラムを斜めから下から覗き込んでみるけれど、やっぱりいない。
大方、ドライヴに出かけているんだろうが、途中でエンストでも起こしやしないかと、心配で仕方ない。

2008年6月16日月曜日

仮想空間

入り口でIDを入力、料金が瞬時に引き落とされる。
真っ白なこの部屋には、パスワードが掛かっているから誰にも見えない。
「私」は部屋の真ん中で蹲る。
私は考える。炎に焼かれる自分の姿を見たい、と。
見る見るうちに部屋は炎に包まれる。「私」は立ち上がり、炎の少ないところを求めて部屋を彷徨う。まもなく皮膚が爛れてくる。呼吸ができずに倒れる「私」。
鏡では見たことのない苦悶の表情。火傷と相まって醜いことこの上ない。
私はどんな愛撫よりも激しく興奮する。。きっと「私」に負けないくらい醜い表情をしているに違いない。
苦しむ。悶える。恍惚。モニター越しに共有する私と「私」。

アラームが鳴った。部屋が真っ白に戻る。「私」は立ち上がり、部屋を出ていく。
明日は海にしよう。久しぶりに溺れたいから。

2008年6月15日日曜日

植物の言葉

一体、ラボラトリーから何が漏れたのか、今となってはわからない。なんの研究がなされていたのか、誰も知らなかったのだ。
ラボラトリーの外壁は三日間でびっしり蔦に覆われた。きっとラボラトリーから漏れ出した何かが蔦に作用したのだろうと、人々は噂した。
窓や壁の亀裂から蔦は内部に入り込み、中の老博士をあやめたらしい。毎朝散歩を欠かさなかった老博士の姿は、蔦がはびこりだして二日目から誰も見ていない。
まもなくラボラトリーから報道各社へ電子メールが発信された。
「伝われ。我ら蔦は、蔦による拙い伝い歩きの研究をしている。研究が成功したら、歩く蔦で地球をすべて覆う。伝われ」

2008年6月14日土曜日

人工生命

よくできてるよ。まったくヒトそのものだ。だけど裸にしてみりゃすぐわかる。あいつら哺乳類じゃないからな、臍がないんだ、ヘソが。

シンクロニシティ

遠く離れた二人が同じ思い出を同時に回想していることに気づいたのは、あの日二人を乗せた自転車だった。

2008年6月12日木曜日

バイオハザード

地球のみなさん、ごめんなさい。ちょっとご挨拶に来ただけのつもりだったのに、こんなことになってしまうなんて。
まさか、私自身が病原体となるとは、思ってもみませんでした。
私は今、地球上で独りぼっちです。

2008年6月11日水曜日

自然の摂理

死んだザリガニを標本にしているなんて、ちっとも知らなかった。
十年振りに入った幼なじみの部屋は、子供の頃の記憶と繋がるものは何一つなかった。壁いっぱいに整然とならんだ硝子瓶のなかはすべてザリガニで、そのほかには机とベッドがあるだけ。
けれども、ここにあるザリガニの標本はわたしが付いていった時に捕ったものばかりだという。
「でも、あの頃はザリガニを標本にしたなんて話はしていなかったよね?」
ベッドに浅く腰を下ろして尋ねる。
「そうだよ。子供の時捕ったザリガニは、しばらく飼って、死んで、庭に埋めた」
じゃあ、ここにある標本のザリガニは……。
「甦らせたんだ」
彼の睛の奥に、蒼い炎が灯るのが見えた。
分厚い鍵付きの黒い本を、彼はいとおしそうに抱える。

2008年6月9日月曜日

記憶容量

記憶容量の九割を、接客マニュアルとお客様リストに使ってしまったので、残りの一割で百人一首を覚えることにした、案内アンドロイドのアキラ。

2008年6月7日土曜日

ファーストコンタクト

ニホン国ナガノ県ノベヤマに棲む野良猫、通称ゴローが異星生物と接触をしている模様、と国際宇宙連盟が正式発表した。
異星生命体との交信に初めて成功した地球生命体として、注目が集まっている。
ゴローの右第三番目のヒゲが赤く発光しながら細かく震え、謎の電波を送受信しているのが専門家によって確認された。
ゴローは毎晩、交信を行っていると見られ、現在、猫語で解析中。

2008年6月5日木曜日

雨の日の演奏会

バスを待っていたら、おじいさんがやってきて草笛を吹きはじめた。

2008年6月4日水曜日

恒星

太陽よりも明るい恒星の側に引っ越そうと思うの。
彼女はそう言った。きみは僕を置いて行くつもりだね、と言いたいのを堪えて尋ねる。
「そんな星、どこにあるんだい? その恒星の近くには住める惑星があるの?」
あるよ、ときみは夜空を指した。
あぁ、あの星か……。あそこは最新の光速シャトルでも70年はかかるじゃないか。その頃には、きみはひゃく……。
僕が強く抱き締めても、きみの視線はあの恒星に向いたまま。

2008年6月3日火曜日

タイムパラドックス

「『写楽の正体を見てきてくれ』と言ったのを覚えているか?」
と時間旅行から帰った友人は言った。
やっぱり覚えていない、写楽の正体?写楽に正体もへったくれもない。写楽は写楽だ。
築城すぐの安土城を写真に撮ってこい、楊貴妃をナンパしてこい、ナポレオンに胃薬をやれ……俺は友人が時間旅行に行くたびに色々と課題を出すらしいのだが、帰ってきた彼の報告はさっぱり意味がわからない。

2008年6月2日月曜日

ネオ・カッパドキア

 首都圏外郭放水路に、巨大神殿が出来た。河童の神殿である。首都圏の河川に棲む河童たちが共同で建設したこの神殿には、河童の神が祀られ、巨大なプールを備え、河童たちのサロンとなった。
 河童たちは神殿が出来た後も各河川に暮らしていたが、次第に神殿の周囲に移り住む者が現れた。広場ができ、住処が作られた。胡瓜の備蓄倉庫は、神殿に負けない規模だ。
 拡大した河童の地下都市は首都圏外郭放水路全体に及び、もはや地上の河川に棲む河童はほとんどいない。地下都市に移り住むのを嫌がる年寄りが僅かに残るだけとなった。
 地下都市で生まれ育った河童は、色白で光に弱い。時折、胡瓜を調達すべく地上に現れるが、そのついでに人間と相撲を取りたがる。狙うのは、尻子玉ではなく、サングラスだ。

「未来妖怪」没作

2008年6月1日日曜日

重力

老人たちが突如、軽快になった。スキップしながら買い物に出かけ、こちらが「どっこらしょ」などと言おうものなら、「なんとじじむさい」と一喝される。
それもこれも、重力軽減装置のためだ。子供のリュックサックほどの大きさの装置を背中につけ、ぴょんぴょん飛び回っている。
皆、思い思いの色の装置をつけるから、カラフルだ。
この装置、買うと未だ高価だが、ようやく大量生産が軌道に乗りはじめ、老人と身体に不自由がある者に安く提供することとなった。つい一昨日のことである。
なんと早い流行だろう、今時の年寄りときたら!