2007年5月30日水曜日

五月三十日 あべこべ

一日中、胡坐で手を動かしていると腰に悪そうだからと体操をした。
体操をしていたら腰が疲れたので、ウサギにマッサージさせた。
ウサギのマッサージは力が弱すぎてくすぐったいばかりだった。
ウサギはマッサージの才能はないがくすぐりは上手いようだ。
笑いすぎて腹筋が痛い。

2007年5月29日火曜日

五月二十九日 きみの名は?

写真で見た鳥の名前を知りたくて、図鑑とインターネットを駆使した。
でもお目当ての鳥の情報と出会うのは、バードウォッチングで本物の鳥と出会うより難しいのではないか。
むやみにページをめくっても、クリックしても、到底たどり付きそうにない。
鳥が名札を付けていてくれたらいいのに。
でも、所詮、ヒトが付けた名前。鳥には関係のない話。
そう思っていたら、ベランダでウグイスが看板を背負おうと奮闘していた。
看板は重たかったらしく諦めて飛んで行ったが、残された看板には
「ウグイス(ウグイス色でなくて悪かったな)」と極小さな文字で書かれていた。

メビウスの輪に唇を

愛しい人の唇がメビウスの輪の中に迷い込んだ。
「どうして、よりによってメビウスの輪の中に唇を放すの!?」
愛しい人は唇のない顔で、哀しそうな、恥ずかしそうな表情をしてみせる。

キスがしたいのに。

こんな時に愛しい人に唇がないなんて。

メビウスの輪に舌を這わせる。舌はいつまで経っても唇の居るほうにたどり着かない。
ぐっと力を込めて輪の中に舌を突き出す。愛しい人の唇を舌先に感じたけれども、それはほんの一瞬掠めただけだった。
わたしの舌はメビウスの輪に絡め捕られた。

2007年5月28日月曜日

五月二十八日瓢箪堂瓢箪栽培記3

右近は「つつつつつつつ」と唱え
左近は「るるるるるるる」と唄う。
そろそろツルが伸びてくるか。

2007年5月27日日曜日

五月二十七日 蜘蛛の攻防

白い蜘蛛と黒い蜘蛛が、争っていた。
白い蜘蛛の甘い罠(その糸は水飴で出来ているのだ)の誘惑に、黒い蜘蛛はまもなく降参した。
甘い糸に絡めとられた黒い蜘蛛を、白い蜘蛛が力強く運ぶ。
「じゅるり」
白い蜘蛛の舌なめずりが聞こえたところで、わたしは二匹の蜘蛛をちり紙で捕獲し、ごみ箱に棄てた。

2007年5月25日金曜日

五月二十五日 三匹の犬

三匹の犬が部屋を駆け回っている。そもそもぬいぐるみだから、ふだんは駆け回ったりはしない。じっとりとした雨が降るこんな日に限って、はしゃぎ出す。
本棚の後ろや、ベッドの下まで入りこむから、どんどん埃だらけになっていく。
こんな日にぬいぐるみを洗いたくはないよ。
まぶしいくらいによく晴れた日に、ぬいぐるみは洗うもんだ。


2007年5月24日木曜日

五月二十四日 目眩

朝、目覚める前からグラグラしていた。
目眩だ。あまり強くなさそうだから、どうってことはなさそうだ。
それでも頭を動かすとくらくらするから、そろりそろりと歩く。下を見ないように。
ウサギが嫌味なくらい喜びながら、わたしの真似をしながら歩く。
腹が立ったのでひょいと持ち上げ頭の上に載せたら、目眩はすっかりなくなった。
一日、ウサギを頭に載せていたが、思いの外おとなしくしていたのは、なぜだろう。

痛み

ぐっと手首を掴まれた。顔を上げると、ニカッと笑った彼がいた。
掴まれた手首が痛い。たぶん彼はそんなに強く握っているつもりはないんだろう。男の子はみんな、こんなに強引に力強くヒトの腕を掴むの?
「……細いのなぁ、腕。ちゃんと食べてる?」
そのまま私をひっぱるように、彼は歩き出した。
別に私はひどく痩せているわけじゃない。
私が男の子に腕を掴まれたことがないように、彼も女の子の腕を掴むのは初めてなんだ、たぶん。
「このお釣、おまえのだろ?」
自動販売機の前に立つ。あぁ。そうか。私は彼に掴まれた腕と反対の手に買ったばかりの缶ジュースを持っているのだった。
「今日はずっと、ボーっとしてるよ、どうかした?」
そうだね、たしかにおかしい。千円札で買った缶ジュースのお釣をすっかり忘れてしまうなんて、ありえないよね。
そして手首の痛みとともに初めて気付く。彼が私を一日中見ていることを。
あぁ私の想う人がこの人だったら、無邪気に心躍っているのだろうか。
私の目は、彼の肩越しにもっと遠くを彷徨う。いた。いやだ、こっちを見ないで。
腕を振りほどいて早足でその場を離れる。またお釣を取るのを忘れた。

2007年5月23日水曜日

五月二十三日 黒い表紙の本

何ページも読み進まぬうちに、自分が怖れていたことの正体を知る。
「好きになってしまう」

2007年5月22日火曜日

五月二十二日瓢箪堂瓢箪栽培記2

花が咲いた。耳を近付けると、かすかに声が聞こえた。
「ほげら」
まだ言葉は覚えていないようだ。


2007年5月21日月曜日

五月二十一日 カラフル

色とりどりの細かい紙屑が、机の上て小さな山を作った。
万華鏡には及ばないけれど、偶然が生む配色の妙にしばし時を忘れる。
「もっときれいにしてやろう」
ウサギは強力な鼻息で紙屑の山を紙吹雪きにした。
掃除をしたのは、もちろんわたしだ。

2007年5月20日日曜日

五月二十日 瓢箪堂瓢箪栽培記1

ひょうたんの苗を買ってきた。
今はまだ黙っているけれど、ひょうたんはおしゃべりらしいから、何をしゃべったか記録しようと思う。


2007年5月19日土曜日

五月十九日 搾取

庭に咲いたスイカズラの花を焼酎漬けにした。
じわじわと成分を染み出して、花はみすぼらしくなっていく。
こうして私は花の美しさを奪い取る。

2007年5月18日金曜日

五月十八日 ノスタルジア

棚の奥に眠っていた古い化粧水は、強い香りがした。
その香りは、下駄を履いた少年を思い出した。彼のお母さんは、たぶんこんな匂いがするんだろう。

五月十七日 傘があっても

ザアザアと大雨だったのに五十七歩、歩いたところで晴れてしまった。
面倒なので傘はそのまま差して歩いていたら
「せっかく傘を差しているんだから、何か降らせてやろう」とお天道さんが言う。
何かしらん、と思ったらお天道さんはブルブルと震え、火の粉を降らせた。
「それじゃあ傘が燃えてしまうよ!」
と言ったら、お天道さんは赤い顔をもっと赤くして照れていた。

2007年5月17日木曜日

五月十六日カメラマンになれない

野良猫を見つけて撮った写真は、ピンぼけだった。
せっかくの写真なのに、このケータイはカメラがよくない。
「代わりに、かわいいウサギさんがポーズを決めてやろう。ゆっくり撮るがいい」
ウサギの写真が撮りたくてもアンタにモデルは頼まない、と言ったらウサギはめそめそと泣き出した。

2007年5月16日水曜日

五月十五日 雷が憎い理由

ヘソを隠して逃げ回っているウサギがわたしに聞く。
「なんで平気なんだ?」

「取られるヘソがない」
恨めしそうにこちらを見るウサギを横目に、湿気で紙を丸める雷雨を恨む。

2007年5月14日月曜日

五月十四日 いまは栗鼠人間

「栗鼠人間がさ」と少年が言う。
「栗鼠人間?何ソレ」
少年の友達は心底驚いた顔で聞き返した。
「おまえ、栗鼠人間知らないのかよ? 栗鼠人間はテストの時、ちょこまか動いて間違えてるところを指摘するんだ。……指摘するだけだけど」
「正しい答えは教えてくれないのな」
「そういうこと」
私が中学生の頃は、オコジョ人と呼ばれていた。

2007年5月13日日曜日

五月十三日 読書するピエロ

図書館にピエロが来ていた。
赤青黄色のサテンの服を着た大きなピエロは、ソファーに腰掛けて本を読んでいた。
普段の道化た様子は微塵もなく、静かにただ本を読んでいた。

2007年5月12日土曜日

五月十二日 逃げる帽子

帽子が風に飛ばされた。
ここぞとばかりに、帽子は地面をボールのように転がった。そんなによく転がるのは野球帽だからか。
わたしはおたおたと追い掛ける。帽子はけたけたと笑いながら転がる。
ようやく捕まえた。
「どうして逃げるんだよう」
「鬼ごっこ、してみたかったの」

2007年5月11日金曜日

花ニ溺レル

 街灯の少ない夜道を歩いていると、強い芳香に目眩がした。この時季は夜でも花が強く香る。俺は花に詳しくないから、何という花が香るのかわからない。或いは何種類もの花の香が混ざりあっているのかもしれない。
 香りはどんどん強くなり、目眩は酷くなる一方だ。意識も朦朧としてきたようだ。ちゃんと家に帰る道を歩いているのだろうか。
 ついに花の香りたちは、俺の身体を弄び始めた。耳をくすぐり、爪の間に侵入する。襟や袖からもたやすく入られ、毛を撫でていく。
触れないはずの「香り」がまとわりついて離れない。
 脊髄に熱が走ったかと思うと、ようやく花の香りから解放された。足元には、多量の白く輝く花びらが散らばっていた。

2007年5月10日木曜日

五月十日 こどもの匂い

少女のシャンプーはいつまでも、香り続ける。
少年は汗だけでは説明できない甘い匂いを発する。
そばにいて、むせ返らないのが、我ながら不思議だ。
「この匂い」
ウサギが鼻をひくひくさせる。
「……眠くて走り出したくなる」

2007年5月9日水曜日

五月九日 薔薇色に染まるなら

薔薇色の紙を使いたいけれど、私にはまだ薔薇色の話が書けない。
でも、きっと。薔薇色の話が書けたとき、選ぶのは薔薇色の紙ではないのだろう。

2007年5月7日月曜日

五月七日 封筒

封筒を求めて近所の店を歩いたけれど、どうも大きすぎたり小さすぎたり、塩梅がよくない。先日、文房具屋さんで買っておけばよかった。
「ちょうどよいと思ったら、すかさず手に入れるべし。」と300円のピンクの蝶ネクタイを着けてご満悦のウサギの言葉が身に染みた。

2007年5月6日日曜日

五月六日 崩れ落ちるアメジスト

アメジストがバラバラと音を立てて床に散らばった。私の手首から逃げるように落ちていくアメジスト。
拾い集めたら、指先が血に染まった。

2007年5月5日土曜日

這い回る蝶々

 恋は、わたしの身体を切実にした。自分の体内に、こんなにも疼きが潜んでいるとは、知らなかった。彼を見た日の夜は、いつにもまして眠れない。あの声で、あの指で、身体中に触れて欲しい。
 いよいよどうしようもなくなると己の手を動かしはじめる。けれども、この指は木偶の坊だ。胸をつついても、腿を撫でまわしても、なんの慰めにもならない。
 彼は虫、とりわけ蝶々が好きらしい。
「大きくなったらカラスアゲハになりたいと思っていたんだ」
と言い、周りにいた友人たちにからかわれていた。
 それを見て、蝶々を手に入れようと決めた。山椒の葉から青虫を採ってきて、育てた。彼の名で呼び、餌は肌の上で食べさせた。そのせいで皮膚はずいぶんかぶれたけれど、構わなかった。彼が触れた証だから。
 まもなく彼は骨盤の右側あたりで蛹になり、そして蝶々になった。
 今夜も餌をやるために、わたしはベッドの上で膝を立てる。彼は乳首に舞い降り、脇腹をゆっくり伝い、そして蜜を吸いにくる。わたしの出す蜜がよほど甘いのか、彼は口吻を深く突き刺す。


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500文字の心臓 第66回タイトル競作投稿作
○4△1×1

五月四日 トゲの使い道

タラの木のトゲで武装しているウサギに、どうやって近付けばよいか。
多くのウサギがそうであるように、このウサギも甘えたいとき、淋しいときに武装する。
血だらけになるのも厭わずにそんなトゲを身につけていたら、抱きしめてやれないよ。

五月五日 掃除日和り

いい天気だったので部屋を掃除した。
ラムゼイの声は、どちらかと言えば気怠いけれど、太陽や風を感じながら聞くと心地よい。
窓吹き、床を吹き、すあまを食べ、ラムゼイを口ずさみ、鯉のぼりを眺めれば、十分な一日だ。

2007年5月4日金曜日

五月三日 とうもろこしとの戦い

焼きとうもろこしは、食べるほどに長く、太くなって手に負えなかった。
「そんなにのろのろ食べてたら終わらねーぞ」と焼きとうもろこし売りが言う。とうもろこしが大きくなるより早く食べ尽くさなければならないようだ。
思いがけず早食いをしなくてはならなくなった。
なれないことはするもんじゃない。鼻からとうもろこしが出て止まらない。

2007年5月1日火曜日

五月一日 アクロバティック内科

家族みんな風邪がよくないので両親と病院に行った。
当然診察は一人づつだと思いきや、三人一緒に呼ばれた。
先生は実に器用だった。
ペンライトを三つ持って「お喉拝見」。
両手と顔を駆使して「脈を拝見」。
父と母と私は一斉に口を開けたり、腕を出したり。
アクロバティックな診察のおかげで、ずいぶんすっきりして病院を後にした。