長く激しい雨だ。衣服はとうに乾くのを諦め、じっとりと重い。毎日、短い詩を書き付けていた日記帳は湿気で膨れ上がった。インクは滲み、読めなくなった。雨が盗んでいったのだ。私の詩は川に流れ、海に出て蒸発し、雲になり、そして星々に読まれることだろう。(121字)
2023年5月13日土曜日
2023年4月29日土曜日
2023年3月8日水曜日
2023年2月28日火曜日
#2月の星々 「分」投稿作
大切なティーカップが割れた。紅茶を入れたまま、微かに「ピキッ」と鳴いて、真っ二つに割れた。よい香りの水溜りが広がる。捨てられず、いつも通りに棚に仕舞った。翌朝、棚には二つの小ぶりなティーカップがあった。割れたのではない。分裂し、ペアになったのだと理解した。今日、初めて恋人を招く。(140字)
2023年2月25日土曜日
#2月の星々 「分」投稿作
実は、殆どの天体が天秤で均衡を保っているのだ。ほんの僅かな変化で、軌道やら公転周期やらが変わってしまうから、夥しい数の分銅が宇宙には存在している。少し前、月と釣り合う分銅が少し多くなり、天秤が揺れた。少し前だが、人間の時間では太古の昔だから、まぁ、あまり気にせずともよかろう。(138字)
2023年2月14日火曜日
#2月の星々 「分」投稿作
遮断機の竿の隙間をするりと抜ける何かを見た気がした。電車が通り過ぎるまでの数十秒間が数分にも思われた。線路上には甘やかな匂いだけが残っていた。私は香水を知らない。 警告色を越えるのでもなく、潜るのでもなく、僅かな隙間から向こうへ行ってしまった誰かを羨む。同じ香りにいつか逢いたい。(139字)
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予選通過 佳作受賞
2023年2月12日日曜日
#2月の星々 「分」投稿作
節分の夜、撒かれた大豆の数%は宇宙に向けて飛び立つ。更にその内の数%は大気圏をも通過、強運の大豆は星々に「逆流星」「偽星」と呼ばれ、大変に評判が悪い。何しろ当たると激痛なのだ。鬼の仮面をするとよいらしいと星たちの間で噂になったが、言うまでもなく実行した星ほど大豆によくぶつかった。(140字)
2023年2月5日日曜日
#2月の星々 「分」投稿作
恋人の舌は深く裂けている。「ひいじいちゃんが同じ舌だったんだって。会ったことないけど」「もし会えたらどうする?」と問う。分かれた舌をあべこべに動かしながら「あっかんべー!で挨拶する!」と元気のよい答えが返ってきた。あっかんべーのままの顔が近づいてくる。今はまだ、くすぐったいだけ。(140字)
2023年1月30日月曜日
#1月の星々 「定」投稿作
親父さん、年取っちゃったもんな。店仕舞いの前日、鯖味噌煮定食を運んでくれた手は長年の仕事の繊細さと過酷さを物語っていた。「鯖味噌だけでも教えてよ」ニヤリと笑い、手を差し出してきた親父さんと握手して店を出た。昨夜、店の味そのままの鯖味噌が出来た。急に皺の増えた我が手をじっと見る。(139字)
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予選通過
2023年1月25日水曜日
#1月の星々 「定」投稿作
雪に混じって、星が降る。人々が家でじっとしている静かな夜は、星が地上の見物に行く絶好の機会。「いいですか、我々と足並みを揃えて。一定の速度で。少ないとはいえ人間に見つかると事です。スピードを上げてはなりませんよ、呉呉も!」雪にどれだけ注意されても、楽しい星は急降下が止まらない。(139字)
2023年1月23日月曜日
#1月の星々 「定」投稿作
電車通学を始めた15歳、最寄駅にはまだ改札に駅員がいた。パスケースを見せる仕草に慣れた頃、自動改札となり三十年。先日、どことなく所在無げな駅員に「定期を拝見」と言われ面食らった。タッチしたばかりのスマホで交通系ICの画面を差し出すと、駅員は古めかしい眼鏡の奥で目を見開いて覗き込んだ。(142字)
2023年1月22日日曜日
#1月の星々 「定」投稿作
押し寄せる蜂蜜に立ち竦んだ。予報は明日のはず。今年は佳い蜂蜜だという予報だったから準備万端に整えたかったが、急ぎ一年分の蜂蜜を集め始める。麗しい艶と香りに目眩がする。案の定、蜂蜜壺が足りず塩壺を流用する。壺の底に固まった塩が残っているが、鹹映ゆい蜂蜜は甘美で秘密の味がするのだ。(139字)
2022年12月29日木曜日
#12月の星々 「調」投稿作
冬の山小屋は耳が喜ぶ。薪ストーブの、粗朶が燃え始める音、鋳鉄が伸びる音、薪が崩れる音。 夜、星々が歌っている。凍てつく寒さの中、硬質に輝く微かな音を捉えると耳は鋭敏になり、その調べを慎重に探る。が、旋律が聞こえ始めた途端、寒いのか恥ずかしいのか、耳は真っ赤になってしまうのだ。(137字)
2022年12月15日木曜日
#12月の星々 「調」投稿作
辞書が旅に出た。空になった定位置に書き置きがあった。難解な言葉が並んでいるのは流石だが筆記には不慣れとみえ、解読するのに苦労した。つまりは「語彙調査旅行」らしい。 辞書は元の定位置に収まらないほど厚くなって帰ってきた。新たに収録された言葉と出会うため、今度は私が辞書に潜る旅へ。(138字)
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予選通過
2022年12月14日水曜日
#12月の星々 「調」投稿作
このところチューニングが決まらない。よれよれのbフラット。楽器を温める。リードを替える。焦る。「それ、声変りじゃないか?」隣のテナーサックスからポンポンと肩を叩かれ「フぇ?」と掠れた声が出た。やっと始まった変声期と楽器の調子外れに関係があるとは思えないが、なぜだか気が楽になった。(140字)
2022年12月8日木曜日
#12月の星々 「調」投稿作
秋の間に色とりどりの落ち葉を呼んでおいた。星の形に切ってくれとせがむのもある。どんぐりと松ぼっくりも来た。もみの木がお待ちかねだ。落ち葉達を飛ばしてやると思い思いにぶら下がる。不思議と色調が揃う。松ぼっくり達はツリーの頂点を目指してのんびり競争中。二十四日までに決着がつくかしら。(140字)
2022年11月21日月曜日
#11月の星々 「保」投稿作
小法師が起き上がれなくなった。弥次郎兵衛は助けようとするが「おぬしのほうが均衡を保つのは難儀だ」と遠慮する。先刻まで二人でのんびりユラユラしていたのに。右目から涙が溢れ、体が傾く。そこへ木枯しが吹いたので、グラグラと大きく揺れて弥次郎兵衛も倒れた。枯れ葉が二人の上に舞い落ちる。(139字)
2022年11月10日木曜日
#11月の星々 「保」投稿作
白くてふわふわの卵が美しく装飾された保育器の中で眠っている。わたしが産んだのだ。こんなにやわらかなのに強烈な痛みを伴った。「本当に育つのかな……」哺乳類のはずのわたしが卵を産んだ理由はわからない。医者が言う。「初めに鼻が出てくるでしょう」夫は頷く。たまごがぽにょんと伸びをした。(139字)
2022年11月9日水曜日
#11月の星々 「保」投稿作
静寂の部屋に振子、大小の歯車、動かない鳩。そして大量の時計。「ここは何だ?」と聞くと「宇宙保時室。時間を見張っている」 「見張りを止めるとどうなる?」 「時は動きを止める」 「ウソつきめ」 時間泥棒ロボの背中から竜頭を引っこ抜いた。チクタク音、時が息を吹き返したのだ。鳩も飛び去った。(138字)