2026年7月26日日曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」投稿作

「火事だ!」の声に慌てて外へ出ると、既に消火器を持った人がいた。火がみるみるうちに小さくなっていく。消火器を持った人はマッチ棒のような人に頭を下げさせた。「暑い日はすぐに火が出ちまうね、お前さんは」と拍子木を持った人にからかわれる。三人は仲良く連れ立ってどこかへ行ってしまった。

2026年7月25日土曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」投稿作

何をやっても上手くいかない人生だ。仕事も、人付き合いも、炊事洗濯もピンと来ない。人見知りを滑舌の悪さのせいにしてみたり、不器用を小さな手のせいにしてみたり。ひょんな時にまぐれは起こる。その日、朝食のトーストの焼き具合が完璧だった。以来、私は「トーストだけはちゃんと焼ける人」だ。


*******
一次選考通過

2026年7月21日火曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」投稿作

午前六時半。最初は普通の電子音だった。高校二年の春、ある朝「ピピピ」の音が変わった。生きた鳥の囀りで起きる爽やか過ぎる日々。最近、また音が変わった。楽器だ。たぶん、フルート。生演奏で起きるのは素敵だけれど、毎朝起こしてくれるフルート奏者に会いたくて目覚し時計にキスしていいですか。

2026年7月19日日曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」未投稿作

何十年も捨てられないものがある。一人で空地の土を掘り返して遊んでいた時に見つけた。考古学者にでもなったような気で、貴重な土器を発掘したと舞い上がったが、大人に見せても友達に見せても取り上げられる気がして、隠し続けた。きっとこれは植木鉢の破片だ。でも幼い私はこれは宝物だと言い張る。

2026年7月18日土曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」未投稿作

棲む者がいなくなった家の片付けを頼まれ、古い家に入る。子供の頃にはよく来ていた家だ。「欲しい物があれば持って行きなさい」と言われていた。まだまだ使えそうな物もあったが持ち主の声が聞こえそうな物を選んだので、日焼けした詩集、黴臭いネクタイ、欠けた酒器、そんな古びた物ばかりになった。

2026年7月8日水曜日

#夏の星々140字小説コンテスト「器」未投稿作

突然、植物の世話に現を抜かすようになった。だが、もうそんな細やかな作業はできないのだ。花は萎れ、水は腐り、家の外にまで腐敗臭が漂う。家中のあらゆる容れ物に花や草が入れられ、ついには食器にも及び、日々の食卓にも支障が出る。「それだけはやめてね」昔、あなたが選んでくれた茶碗だから。