2012年4月23日月曜日

期限切れの言葉

すべての言葉は、思想してから、八分以内に言葉として発しなければならない。
そうプログラムされた人々は、おしゃべりになった。言葉が町にもテレビにもネットにも溢れた。
八分が過ぎたらどうなるのだろう? と多くの人が考えたが、プログラムされてしまった以上、もはや言葉を抑える術はない。八分黙っていることなど、できないのだった。
少年は、自らのプログラムを解除することに成功した。
プログラムは、単純ではなかった。八分を過ぎた思考は、永久に消滅するというプログラムも組み込まれていることを、少年は発見していた。
久しぶりに沈黙を獲得した少年は、町の眩しさと喧騒に戸惑ったが、その戸惑いを即座に口にしないでいられることを誇りに思った。言えば、悪態になるに決まっている。
少年は、友人に会う。「やあ、ひさしぶり」
少年が噛み締めるように言う間に、友人はどこに行っていただの、何をしていたのだの、お前は頭がおかしくなったのかだの、止めどなく聞いてくる。
少年が、しばらく黙っていると、友人の言葉はようやく収まった。少年の応えを待つために友人の思考は一旦停止したらしい。
二人の少年を中心に、沈黙が漣のように街に広がった。
八分以上前の思考はどこに行ったのだろう? と多くの人が考えたが、期限切れの言葉を発する術は、誰も持たない。

2012年4月21日土曜日

ゆらゆら

街灯がゆらゆらとして見えるのは、私がブランコに乗っているからか、酩酊しているからか。
明かりが揺らめいているだけならまだしも、街灯全部がゆらゆら、ゆらゆら。鉄のすることとは思えない。
わざわざ近寄って確かめずにいられなくなったのは、酔いのせいだと認めよう。
街灯は、揺れていた。押してみると、押した方向に揺れた。ちょっと寄りかかってみたら、大きく揺れた。
あっちへ押して、こっちへ押して。街灯が揺れるのを面白がっていたら、公園中のものがゆらゆら揺れ出した。
ジャングルジムもゆらゆら。ゆらゆらの滑り台を滑ると、ゼリーの心地がする。
夜の公園は楽しい。



2012年4月17日火曜日

無題

他人の夢を盗み見る装置を作った男は、その後、幻想文学作家を名乗っている。実際、けしからん奴だ。




2012年4月15日日曜日

無題

祖父は精一杯背伸びして、桜の花を虫眼鏡で覗いてニヤニヤしている。「ぼくにも見せて」とせがむと、祖父はよっこらせと抱き上げてくれた。花の中を覗くと、何やら微細な虫たちが宴会をしているのだった。



4月15日ついのべの日 お題


2012年4月14日土曜日

Re: 無題

夜の城跡公園で、老人は散った桜の花びらを集める。集めた桜の花びらは、大鍋で茹でる。グツグツグツグツ茹でる。桜色の湯気は夜空高く上り、地球一周の旅に出た。いってらっしゃい、また来年。



4月14日ついのべの日 お題


2012年4月13日金曜日

ペパーミント症候群

「Dマイナス!」
とうとう隣の女の子もペパーミント症候群に罹ってしまったみたい。
「Dマイナス!」
あんなに勉強が得意だったのに、「Dマイナス」ばっかりだ。
落ち込んでるくせに、大声上げて答案用紙を掲げる彼女を、ぼくはオロオロと宥めすかす。ぼくの「フランクリン症候群」を誰よりも心配してくれていたのに。
いや、きっとぼくのフランクリン症候群が彼女に感染して、ペパーミント症候群が発症したんだ。
そう考えたら、なんだか愉快だ。

2012年4月12日木曜日

あおぞらにんぎょ

空を自在に泳ぐ人魚は、それなのに翼が欲しかった。
「そんなに綺麗な鱗もあるのに」
人魚の身体は、お日さまを浴びるとキラキラと輝く。
「そんなに上手にお歌も歌えるのに」
人魚の歌声は、鈴のように澄んでいる。
「でも、空は泳ぐものじゃなくて、飛ぶものでしょ?」
そう言うときの人魚の目はいつも涙が溢れそうになる。
「それじゃあ、海で泳げばいいよ」
そんな声が聞こえたから、南の島のあるところまで、空を泳いできた。
ここは空が青くて、海も青くて、あおがあおすぎて。
でも、海に飛び込む勇気はない。海面近くまで降りたり、やっぱり空へ戻ってみたり。
ずっとそんなことをしているから、人魚は今、空を泳いでいるのか海を泳いでいるのかわからない。


2012年4月10日火曜日

延長また延長

「お願いします。もう少しだけ、長くして下さい」と、猿が己の尾を撫でながら、創造主に懇願する。
「弱ったなあ、あと少しだけ」。むむむむと何事か唱えた。
すると、森で一番高い木のてっぺんに尾を掛けてぶら下がると地面を舐められる、それくらい猿の尾は長くなった。
「もう少しだけ、もう少しだけ」
猿は赤い顔をもっと赤くして更に懇願した。
「ええ、まだ延長するのかい?……これ以上は、うどんになるけど、構わないかね?」
創造主は念を押す。
「はい、何でもいいですから」
ぬぬぬぬぬと何事か唱えると、猿の尾の先端は讃岐の国に到達して、おじさんがこれから食べるうどんのどんぶりにぽちゃんと入った。
これからおじさんはうどんを辿る旅に出る。


2012年4月7日土曜日

虹の翼

虹は、誰かに翼を貰うことを思いついた。かねてから翼が欲しいと思っていたのだ。
鴉に貰おうか? いや、あの真っ黒い翼はスペクタクルな自分には似合わない。
白鳥に貰おうか? ちょっと大きすぎる。
ならば鷲に貰う? あんなに鋭く飛びたいわけではない。
そうだ、天使に貰おうではないか。
ちょうど通りかかった天使に「翼を下さい」と頼んだら、すぐに了解の返事が来た。
「そのかわり。私を地上まで降ろしてください。翼を取ったら、ここでは生きられませんから」
虹は、早速身につけた翼ですぐにでも飛びたい気持ちをぐっと堪えて、天気雨の中、ゆっくりと地上まで伸びていく。
赤子の姿になった天使は、「じゃあね」とウインクして、するすると虹を滑り降りていった。


2012年4月5日木曜日

野の歩哨

いつでも最前線で警備に当たるという自負がある。

かつて野の歩哨として活躍していた椋鳥たちは、田の歩哨となり、今は街の警備に当たっている。そこが最前線であるからだ。

駅前のネオンに照らされたねぐらは、二十四時間警備には都合がいい。おかげで街の椋鳥は寝不足で、それゆえ鳴き声も喧しい。




2012年4月1日日曜日

蜜蜂の研究

蜜蜂の巣には、『蜜蜂による蜜蜂のための、蜂蜜大図鑑』が必ず一揃いあることを、養蜂家のおじさんは知らないふりをしている。