「バイバイ」でもなく「じゃあね」でもなく、「またね」と意識して言うようになったのは、いつからだったろうか。約束はせずとも、次がある。そんな小さなおまじない。振り返ると、まだ手を振っている父母が見えた。ブンブンと大きく腕を振って応える。またね!(121字)
2024年7月31日水曜日
2024年7月30日火曜日
色相 #文披31題 day30
マンセル色相環をクルクル回しながら歩いていたら、向こうからオストワルト色相環を回している奴が来た。オストワルト色相環は回転を速め、あっという間に表色系に変身してしまった。ちぇ、カッコよくてムカつくなぁ。マンセル表色系は重たくて、変身に時間が掛かるんだよ。(127字)
2024年7月29日月曜日
焦がす #文披31題 day29
虫眼鏡を探したら、なんだかものすごくレトロなのが抽斗から出てきた。「お前のひぃじいさんが、新聞読むのに使っていた虫眼鏡だよ」と父さんが言った。それを使って、ベランダに出て、紙を焦がしながら字を書いた。けっこう難しい。「ひいおじいちゃんへ はじめまして」(125字)
2024年7月28日日曜日
ヘッドフォン #文披31題 day28
コードレスのヘッドフォンを買った。私によく似合うと思う。何も聞いてなくても首に掛けて、いつも一緒のヘッドフォン。私が再生しなくても音楽を流してくれるヘッドフォン。時々、私が大好きなミュージシャンに嫉妬して、音飛びしたり曲を変えたりするヘッドフォン。(124字)
2024年7月27日土曜日
鉱物 #文披31題 day27
目鼻立ちのぼんやりしたその人は、鉱物の欠片に蜜を絡めて金平糖にする仕事をしていると語った。「石が入った金平糖なんて、食べられないでしょう?」と訊くと、「もちろん人間が食べるもんじゃありませんよ……」と呟いて、ポケットからパチンコを出して夜空に向けて撃った。(128字)
2024年7月26日金曜日
深夜二時 #文披31題 day26
うなじが暑い。付けたままのはずのクーラーが寝てしまったかのように静かだ。蛍光緑の小さな電源ランプも、こころなしか暗い。手探りでリモコンを取り、設定温度を一度下げると大袈裟な音を立て冷風を吐き出し始める。もう一度、眠りを手繰り寄せよう。熱帯夜よ、おやすみ(126字)
2024年7月25日木曜日
カラカラ #文披31題 day25
空き缶に小豆を入れて、子が振って遊んでいる。はじめはガシャガシャと喧しかったが次第にリズムよくカラカラと楽器らしくなってきた。一緒に踊ってみせると、子は飽きてしまった。夜中、缶から「しょきしょき」と聞こえる。小豆洗いの小さいのが缶の中に現れたようだ。(125字)
2024年7月24日水曜日
朝凪 #文披31題 day24
静かな朝、海は小さな波を立てるのさえ忘れて眠っている。泡ひとつも立たない海は時が完全に止まったようで恐ろしい。太陽も完全に姿を現した。早く起こさなくちゃ。「起きろ!」叫びながら海に入る。大袈裟に手足を動かして泳ぐと、海が慌てて目覚める気配がした。おはよう!(128字)
2024年7月23日火曜日
ストロー #文披31題 day23
ストローを囓るクセがあったから、あなたのグラスはすぐにわかる。昨日はクリームソーダ、今日はコーヒーフロート。姿は見えない。誰も注文を受けたことがなく、誰も会計したことがない。在るのは飲み終えたグラスだけ。夏だけの常連客様、だいぶツケが溜まっております。(126字)
2024年7月22日月曜日
雨女 #文披31題 day22
雨女の雨は、飾りを流す。化粧や塗装、宣伝広告や美辞麗句……世の中は白くなった。流れる飾りがなくなっても雨女の雨は降る。飾りの主も流れていった。車、看板、店舗、粧しこむ人、世辞をいう人、皆どこかへ流れた。雨女はさびしいと泣きながら美しい着物を着て、紅を引く。(128字)
2024年7月21日日曜日
自由研究 #文披31題 day21
研究のため自由を収集することにした。予備校をサボる浪人生、気ままに散歩する老人、とりあえず寝ている猫……採取したサンプルを分析、資料にまとめて、夏休み明けに学校で発表するのだ。しかし自由の標本はあまりにも多彩で、眺めていたらどうでもよくなってしまった。(126字)
2024年7月20日土曜日
摩天楼 #文披31題 day20
ビルからビルへ飛び渡るのは気分がいい。アメリカン・コミックの主人公にでもなったみたい。でも俺はスーパーヒーローじゃなくて、スーパーボールの姿でなぜか超高層ビルの屋上を飛び回っている。早く誰かに見つけてほしい。俺を捕まえてくれ。大都会の空を、見上げろ。(125字)
2024年7月19日金曜日
トマト #文披31題 day19
ミニトマトを植えたはずなのに大トマトが生った。両親は喜んだが私と犬は「何かがおかしい」と感じた。犬は「気をつけろ」と目配せし、怖ず怖ずと食べ始めたがすぐに我慢できなくなった。とてつもなく美味だった。大きいのは初めの1つだけであとはちゃんとミニトマトだった。(128字)
2024年7月18日木曜日
蚊取り線香 #文披31題 day18
古生物学者も驚くほどの巨大な蚊が生まれ、世界は混乱に陥った。幸いなことにこの蚊は図体の割りに丈夫ではなく、市販の蚊取り線香が一本燃え尽きる前に退治できてしまう。巨大な蚊取り線香は作らずに済んだ。蚊取り線香の煙と匂いが街に充満しなくて本当によかった。(124字)
2024年7月17日水曜日
半年 #文披31題 day17
ショボいタイムトラベラーである僕が半年前からやってきて、暑い暑いとボヤいている。半年後は寒いぞ、オマエ想像できるか? マフラー巻いて手袋して白い息吐いてるんだぜ、せいぜい覚悟しな。「暖冬かもよ?」半年前の僕が混乱しているうちに、僕も半年後へ行かなくちゃ。(126字)
2024年7月16日火曜日
窓越しの #文披31題 day16
私の部屋の窓辺で美しい歌を聴かせてくれる小鳥が怪我をした。どうして怪我をしてしまったの? と訊くと、それも歌にして教えてくれた。美しくも痛々しい歌だった。「手当てしたいから、部屋に入って」と頼んだけれど、どうしても入れないという。私も小鳥も泣いている。(125字)
2024年7月15日月曜日
岬 #文披31題 day15
海辺の爺さんの小屋の近くに小さく海へ突き出した所があった。子供の頃、そこに腰掛けて海を眺めていた。時々、魚でも海獣でもないモノが見えるのが楽しかった。見る度に爺さんに報告するが「へぇ」と言ってニヤニヤするだけだった。今は私が「へぇ」と言ってニヤニヤする係だ。(129字)
2024年7月14日日曜日
さやかな #文披31題 day14
誰かが熱帯夜を破って、乾いた涼しい風を入れてくれたようだ。今夜は星が明るい。貴重な夜だから、川沿いを散歩する。あちらこちらで小さな光がひゅっと動く。蛍かもしれないし、超小型ドローンかもしれないし、異星から来たものかもしれない。ずいぶん未来に来たものだ。(126字)
2024年7月13日土曜日
定規 #文披31題 day13
ランドセルから滑り落ちてしまった竹定規は、そのまま旅に出ることにした。故郷の竹林をもう一度見てみたくなったのだ。パタンパタンと立ち上がっては倒れ込み、進む。30cm何回分になったか、ずっと数えていたが、途中で巻尺と知り合って意気投合したらわからなくなった。(128字)
2024年7月12日金曜日
チョコミント #文披31題 day12
チョコミントちゃんは、毎朝すれ違う子。いつも「ミントグリーンとダークブラウン」色の服を着ている。さっきチョコミントちゃんは本物のチョコミントアイスを食べながら歩いてきた。すれ違いざまに「食べる?」と言われた。ミントの香りと甘い声が離れてくれない。(123字)