2020年6月26日金曜日

受話器を取るがよい

猛スピードで走らせておいて何を言うのかと思ったが、無理やり止まって、しゃがんだ。

目の前に、見たことのある艶やかな赤い電話があった。旅の始まりの赤い公衆電話。
「戻ってきたのか?」

けたたましい音に心臓が跳ね上がる。電話が鳴るのを聞いたのは生まれて初めてである。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を取るがよい」
青い鳥が重々しい声で言った。

受話器というものがこんなに重いとは知らなかった。どちらが耳側かわからないが、取った時に上だったほうを耳に当てるほうが自然だろうと思い、そうした。
消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ」
受話器から声が聞こえる。機械を通した独特の声でやや聞き取りにくいが、紛れもなく、肩に乗る青い鳥と同じ声だった。



2020年6月12日金曜日

時間に負けない速さで

朝だと思っていた太陽が西に傾き始めた。
突然時間が早回しになって、身体が振り回されるような感覚になる。
「急ぎましょう!」
穏やかな人が、机にしがみつきながら、きっぱりと言った。
「私が送ります」

砂浜に出た。
「全速力で走って。時間に負けないくらいに」

島を何周もした。こんなに速く走れたことはかつてなかった。今なら自己ベストタイムが出るだろう。この島の時間は当にならないが。
青い鳥の足が肩に食い込む。不思議と息は切れない。
島を一周するごとに穏やかな人の姿がぼやけていく。人の形ですらなくなって、残像のような、筋のようなものを認識するだけになった頃、声が聞こえた。
「しゃがんで!」