2011年8月29日月曜日

素手で鰐群と戰った話

「喧嘩しようぜ!」と、鰐の群れが現れた時に、私は戰う気など毛頭なかった。
「私は君たちに襲われる理由も襲う理由もないのだが」
そう言うと、鰐たちは相談を始めた。
「おまえの息子を人質に取るってことにしよう」
息子は喜んで、一番大きな鰐の背中に乗ってしまった。
「父ちゃん、がんばれ!」
全く困ったものだ。
斯くして私は鰐たちと戰うことになった。
彼らの噛み付きに気をつけながら、一匹、また一匹とひっくり返していく。
ついに息子が乗った鰐との対決だ。皮が厚く、尖っている。身体中が傷だらけになりながら、ようやく息子を取り返し、空を見上げると、たくさんの星が流れた。真夜中になっていた。
私はひっくり返した鰐を全て起こし、眠る息子を背負って家路についた。

2011年8月24日水曜日

針鼠の苦心

針鼠の針にはさまざまなものがよく刺さる。
花とか虫とか、ビスケットとか、チョコレートとか。
友達には、そんなものは刺さらない。
どういうわけだか、針鼠にはちっともわからない。
チョコレートは日向ぼっこをしている時に刺さった。
そもそも、普通は日向ぼっこなどしない。
溶けて垂れ落ちてきたチョコレートを舐めるのに精一杯なので、そっとしておいて欲しい。

2011年8月23日火曜日

不合理な配食

アプリアに住む父親は不可解な振る舞いをする。
二十人の坊ちゃんに、干しぶどうパンだけを与え続ける、
実に風変わりなアプリアの父親。 


There was an Old Man of Apulia,
Whose conduct was very peculiar
He fed twenty sons,
Upon nothing but buns,
That whimsical Man of Apulia.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月22日月曜日

空模様

トルコのとろい女は、どんより雲が私を苛むといって取り縋り、
天気が良くなりゃ、途端に取り繕う。
お天気よりも移り気なトルコのとろい女。 


There was a Young Lady of Turkey,
Who wept when the weather was murky;
When the day turned out fine,
She ceased to repine,
That capricious Young Lady of Turkey.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月17日水曜日

人に救ひを求める小鳥

「ちょいとそこの人」
と、小鳥に声を掛けられた。婀娜な姐さんのような喋り方をする。
「どうしたんだい、小鳥さん」
「ちょっとそこまで運んで欲しいのサ」
小鳥のいう「そこまで」がどこまでかはわからなかったけれど、いいよと返事をした。
小鳥は、「猫が来なくて、きれいなお水が飲めて、ふかふかで桃色のクッションがあるところ」に行きたいのだという。
「つまり、小鳥さん、きみは、猫が来て、汚いお水しかない、ゆっくり眠れないところで暮らしていたんだね」
小鳥の希望を叶えるべく、僕は街中を歩きまわった。
簡単なようでいて、なかなか難しい。この町の人は、小鳥を飼ったことなどないのだ。
諦めて、小鳥を肩に載せたまま部屋に帰った。
「あら、ステキじゃないの」
そういえば、僕の部屋には小さな桃色のクッションがあったのだ。
どうして早く気がつかなかったんだろう?

2011年8月10日水曜日

とんだ不調法

ブートのお嬢さんは、銀のフルートで舞曲を奏でる。
観客は、無作法な白豚の叔父さんたちよ。
と、とことん楽しそうなブートのお嬢さん。

The was a Young Lady of Bute,
Who played on a silver-gilt flute;
She played several jigs,
To her uncle's white pigs,
That amusing Young Lady of Bute.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2011年8月7日日曜日

空の漁師

空の漁師は、鰯雲を収穫するのが仕事である。
こちらで大漁ならば、海でも大漁になるから、空の漁師たちも一生懸命だ。

さて、ここに孤独な釣り人がいる。
他の漁師たちのように網を使わず、一人で鰯雲を釣っている。
あまり腕はよくない。酒を飲みながら、魚(海の魚だ)をつまむのが好きな男だ。
この漁師は、一羽の鶚を相棒としている。
鶚は鶚で、空から海へ突入し、魚を捕ってくる。
こちらは実に、優秀だ。足の鋭い棘で、魚を突き刺し、素早く捕まえる。
「やあ、今日の魚も美味しいね。」
空の漁師は、天空に釣り糸を垂らしながら、鶚と一緒に酒を飲む。
鰯雲の大群がのんびり流れていく。

2011年8月2日火曜日

鶫の防禦

鶫が口を噤むのは、元来のお喋りからうっかり秘密を漏らしてしまわないように……ではないらしい。
好物のケラに呼ばれたり、ミミズに呼ばれたりすると、ついつい出かけてしまう鶫なのだ。
これはもしかしたら罠かもしれない。でも、ご馳走にありつけるのだったらこの機会を逃すわけにはいかない。
そう考えていると、さすがの鶫も無口になってしまうそうだ。
無口になった鶫は気配も消えて、天敵のテンにも気づかれない。
それで彼らの命はずいぶん助かっているのだが、鶫もテンも知らないことだから、私は口を噤んでおこう。