2004年10月18日月曜日

テレビのあなた

液晶テレビを買った。
家族会議を重ねること八回、最後まで反対していた母も、そわそわしている。
「よし、これで全部繋がったはずだ」
父の言葉を合図に電源を入れると、中折れ帽をかぶった紳士が現れた。
口元に笑みをたたえ、お辞儀をした。
チャンネルを変えても、紳士は現れる。
紳士は喋らない。中折れ帽を手に取り〔さあ、どうぞ〕と言わんばかりにお辞儀をし、画面の隅に控えている。
番組が面白ければ静かに笑い、難しい話には頷き、下品な話には顔をしかめた。
気味悪がっていた家族もいつのまにか、テレビの紳士に挨拶するようになった。母などはすっかり紳士に夢中で、一日中テレビを見ている。

2004年10月15日金曜日

真夜中の思考

机の上に置かれた帽子を起こさないようにかぶると、帽子の夢が見える。
帽子の考えはオレにはわからないが、あえて言葉で表せば
「黒い大木の森の、びなよらや」とか
「地下の海の珊瑚礁が、なはもぬこに」というような
とにかく壮大で哲学的な夢だ。
ちなみにオレの帽子は近所のファッションセンターで買った730円の黒のキャップだ。
翌日、知らん顔して帽子をかぶるが、テキは何もかもお見通しなのではないかと、内心怯えている。

2004年10月14日木曜日

本末転倒?

彼の帽子には触角がついていて、かわいい女の子が近づくとピルピル震える。
「便利だなぁ、これ。ちょっと貸してよ」
「痛い目にあっても知らんよ」
帽子をかぶると、途端に巨大なピンクのマシュマロに埋まったような心地になり、息は絶え絶え、足はガクガクになった。
「なんだよ、これ!」
「やっぱりおまえには刺激が強すぎたな。これに堪えるには坊主並の修行を必要とするのだ。心を落ち着け、女の子のことは一切忘れる!」
「そこまでしたくないよ……」

2004年10月13日水曜日

交渉成立

四度に渡るニワトリとの交渉の結果、ぼくのスイミングキャップと彼のトサカを交換することになった。
はじめは泳ぐとぷやぷや揺れて違和感があったが、意外に心地よい。
タイムもあがってきたぞ、とコーチに褒められた。
ニワトリもご機嫌で毎朝元気よく鳴いている。
一件落着。

誘える風

口笛みたいな風に誘われて、わたしの帽子は飛んでいった。
笛は草の匂いで豚の匂いで、帽子はグリーン。
口笛はやがて寝息に変わり、シチューの匂いで、母乳の匂いで、帽子はアイボリーになり、わたしの頭に帰ってきた。

2004年10月11日月曜日

降り積もるのは

赤い毛糸の帽子を拾った。
真夏にふかふかの帽子が落ちているなんて、どういうことだろう。
そう思ったら、しゃがみ込んで帽子を掴んでいた。
ほっときゃいいのに、とクールな自分が非難するが、一度拾ったものを、捨てることはできない。
―そうだ。交番に持っていこう―
交番に届け物をするなんて、生まれて初めてだ。
新しい遊びを思い付いた時のように、興奮した僕は駅前の交番に急いだ。

交番ではお巡りさんが、毛糸の帽子に囲まれてふぅふぅ言っていた。
いっそ雪でも降ればいいのに。暖かい帽子には困らないぞ、とお巡りさんは毒づく。
一週間ほど前から毎日数十の毛糸の帽子が届けられるようになった。
持ち主が現れる可能性はまずない。
それはわかるだろうのに、意気揚々と届けにくる人が後を断たない。
ほら、また赤い帽子を持った若者が嬉しそうに駆け足でやってきた。

2004年10月9日土曜日

透明な理由

ガラスの帽子が届いたのは、誕生日の八日前だった。
と言っても、その帽子が本当に誕生日のプレゼントなのかどうかわからない。
箱を開けて、首を傾げ、しばし唸り、もうすぐ誕生日だということを思い出した。
だから、誕生日プレゼントだということにしておく。

帽子は緑色のガラスでできていた。
見た目ほど重くはない。
僕は帽子をかぶった。
ガラスの帽子など、聞いたこともなかったが、かぶる以外の帽子の使用方法を僕は知らない。
普段は帽子をかぶらないが、この帽子の心地はよいとすぐにわかり、気分のよくなった僕はそのまま外にでた。
「あら、素敵なお帽子ね」ベレー帽のおばあさんに声をかけられた。
野球帽の子供がゆび指して笑った。
小さな白い帽子をかぶせられた赤ん坊にじっと見つめられた。
なかなかどうして、悪くないじゃないか。
「よう!」
友達に背中を叩かれて振り向く。
「お、偶然だな。ちょっと見てくれよ、この帽子。珍しいだろう?」
「は?帽子?帽子なんかかぶっていないじゃないか」帽子をかぶっていないのは、キミだよ。

2004年10月4日月曜日

午睡

公園のベンチで帽子を目深にかぶってうたた寝ている男がいる。
真昼の日差しはどんなに帽子を深くかぶっても遮ることはできないだろう。
にもかかわらず帽子は男の呼吸に合わせて、すやすやと揺れる。
「おじさん、何してるの」
子供が近寄り尋ねる。帽子は男にかわって答える。
「おじさんはお昼寝」
「お昼寝?ぼくはもう大きくなったからお昼寝しないよ!」
「おじさんは、もうずいぶん前からおじさんだが、とても疲れている。だからお昼寝」
子供はベンチに座り、男に寄り掛かる。帽子はまたすやすやと揺れる。

先に目覚めた子供は、男の帽子を自分の頭に乗せ、男の頭を撫でると、歩き出した。
帽子は、あまりにも小さな頭に少し戸惑ったが、黙っていることにした。

2004年10月3日日曜日

さかさながれ

「何をしてるの?」
「帽子を切っている」
じゃくじゃくじゃくじゃくじゃく
「なぜ?」
「忘れそうだから」
じゃくじゃくじゃく
「何を?」
「子供の頃の出来事。この帽子はいつもかぶっていたから覚えているはず」
切り刻んだ帽子を手づかみ食べる。
「次に忘れそうになっても、もう帽子はないんだよ、いいの?」
恍惚の表情。返事はない。

2004年10月1日金曜日

おつれあい

おじいさんは、帽子をかぶる。
おじいさんは、二つ、帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの帽子の上におじいさんの帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの匂いがする帽子をかぶる。
おじいさんは、おばあさんの匂いがする帽子の上におじいさんの匂いの帽子をかぶる。

象を捨てる

「ルイード、さあ行こう。」
私の言葉を合図に、象は静かに立ち上がり、歩き始めた。
大通りに出ると人々はおしゃべりをやめ、我々をさっと避けた。遠慮のない視線が突き刺さる。
我々が出れば、この街に象はいなくなる。街はそれをお望みだ。
いつから人々は象を疎むようになったのだ。象が何をしたというのだ。そんな疑問をぶつけられる相手も、もういない。
街を出て、砂漠を越えた。冷えた月明かりは私と象をひとまわり小さくさせた。河を渡り、森を見つけ、私と象はそこに留まった。豊かな森だった。象は鼻を使い薪を集め、私は象の背中に乗り果実を集めた。
いつのまにか私は白髪になり、足を痛め、象の背中から降りられなくなった。
「ルイード、出かける時がきたようだ。」
森を抜け河を渡り砂漠を越えた。やがて見えてきた街の明かりで、私の胸はいっぱいになった
「ああ。ルイード、あれが私たちの故郷だ。」
街に入ると、大歓声に包まれた。


********************
500文字の心臓 第42回タイトル競作投稿作

マーチ

僕の野球帽は、えらいお調子者で
僕が歩くのに合わせて頭の上で跳ねる。
ゆっくり歩けばのんびり低く跳ねる。
ダッシュで走ればせわしなく高く跳ねる。
ぽんぽん跳ね続けるから、日差しも防いでくれない。
帽子をかぶる意味がないような気がするけど
なんだか相棒みたいで、いつもかぶって出かけるんだ。