2021年12月30日木曜日

真っ白い ノベルバー2019 day30

温かな白いセーターを買った。白猫に嫉妬され、白兎に羨まれ、とうとう雪に知り合いと間違われた。私の肩だけ、他のところより雪が積もっていく。「しがない白セーターです」震えながらセーターは訴える。温かいのか寒いのかわからない。

2021年12月29日水曜日

冬の足音 ノベルバー2019 day29

「冬を泊めてやってくれ」と連絡が来た。サンタクロースといい寒い季節の者共は慌てん坊である。 室内での冬の足音は軽やかだ。浮かれていると言っていい。居心地よかったようで我が家での滞在が長引き、早過ぎたからうちに泊まったのに結局遅刻だ。

2021年12月28日火曜日

ペチカ ノベルバー2019 day28

粗朶がパチパチ鳴る音と匂い。熾火になる頃にはだいぶ家全体が温まってくる。さあダッチオーブンだ。肉と野菜をいっぱいに詰めてある。ハーブもたっぷり。毎秋、火を入れた日はこれと決まっている。レンガにも冬の匂いが染みこんでいく。

2021年12月27日月曜日

銀の実 ノベルバー2019 day27

雪の森に生る銀の実を見つけるのが弟は得意だった。「音が聞こえる」とよく言っていた。「雪に吸い込まれる音で探す」とも言っていた。「銀の実がよく見える時は自分も雪に吸い込まれそうになる」とも。弟は銀の実を採りに行ったきり、戻らない。

 

2021年12月26日日曜日

にじむ ノベルバー2019 day26

自分の足音が大きく聞こえる。涙が出るのは、夕焼けが眩しすぎるから、木枯らしが冷たすぎるから、他にも理由はあるけれど。ポケットから出したハンカチは一番古い持ち物だ。ひらがなで名前が書いてあった。サインペンの母の字は、もう読めない。

2021年12月25日土曜日

初霜 ノベルバー2019 day25

葉が白いのを確認する。霜柱への期待も高まる。毎年の地点までやってくると、黙って小さく頷き合い、踏みつける。待望の感触。大きく頷き合う。二つの足跡をそこかしこに付けながら、二人の少女は一言も話さないまま朝の雑木林を学校まで歩く。

2021年12月24日金曜日

蝋燭 ノベルバー2019 day24

音楽に合わせてゆったりと炎を揺らす蝋燭に、激しい曲を躍らせてみようと画策したが、拒絶された。マッチでもライターでも火が着かない。他の蝋燭を近づけてもダメ。とうとう火が着いていないのに、ぐにゃりと下を向いてしまった。すまないことをした。

2021年12月23日木曜日

温かい飲みもの ノベルバー2019 day23

ゆっくりゆっくりココアを飲むので「冷めないの?」と聞くと、きょとんとされた。どんなカップでも、どれだけ時間を掛けても、冷めたことがないと言う。その理屈は全く以てわからないが、そういえば、この手に触れられた私はずっと温かい。

2021年12月22日水曜日

冬将軍 ノベルバー2019 day22

当然のことながら冬将軍は暑さに弱い。「天敵がいるのに将軍を名乗るのはおこがましくない?」と将軍に詰め寄るのはいつだって小春ちゃん。口では小春ちゃんには敵わないが威圧感では負けない。その押し合いへし合いによって冬将軍は勢力を伸ばすのだ。

2021年12月21日火曜日

ボジョレ・ヌーボー ノベルバー2019 day21

世界同時解禁のお祭り騒ぎの裏では、新酒による新酒のための厳しい品評会が行われる。新酒として落第した酒は、ずいぶん落ち込み、しばらく臥せってしまう。が、言うまでもなく、本当に美味いのは寝込んだ酒だ。

 

2021年12月20日月曜日

橋の上 ノベルバー2019 day20

学校に行くのに橋を4つ渡った。一番小さいのは頑張れば飛び越えられた。一番大きいのは車もビュンビュン通る。忘れ物に気づくのも、英単語を覚えるのも、夕焼けを見るのも、告白するのも全部橋の上だったけれど、猫を拾ったのだけは橋の下だった。

2021年12月19日日曜日

残光 ノベルバー2019 day19

藍と茜の間のほんのり白いところに住む鳥がいると聞いて、毎夕、空を見上げて一生を過ごした人の物語。

2021年12月18日土曜日

毛糸 ノベルバー2019 day18

毛糸をくれと狸が訪ねてきた。狸は厳選の上、紅葉色の三色を選んだ。それは今年、私がマフラーにしようと思っていた毛糸だったのだけど。暫くしたら狸が残った毛糸を返しに来た。首巻を作ったという。マフラーは無事に完成した。期せずして狸とお揃い。

2021年12月17日金曜日

通信士 ノベルバー2019 day17

「『応答せよ』だけ言っていればいい」と言われて30年。さすがに能がないので地球上のあらゆる言語で「応答せよ」と言った。返事はない。異星語でも「応答せよ」と言ってみた。ただしボロボロの古本『宇宙人との話し方』に載っていたものだ。

2021年12月16日木曜日

編み込み ノベルバー2019 day16

細かい文字がびっしりと書かれたリボンを髪の毛に仕込んでいく。どこの何という文字かはわからない。いつもは絹のようになめらかに輝く髪が、心なしか傷んでいる。髪を結う指先も時折チクリと痛む。じんわり痛みが強くなる。

2021年12月15日水曜日

七五三 ノベルバー2019 day15

「どんなに暖かい年でも七五三の頃になれば冷え込む」と言われて育ったが、今年はまだそれほど寒くない。買ってきた千歳飴も心なしかやわらかそうだ。手に持ってみたら、やわらかそうどころか、ぐにゃぐにゃだった。金太郎がちっとも強そうに見えない。

2021年12月14日火曜日

ポケット ノベルバー2019 day14

子供の頃、いつもポケットに手を入れて歩いていた。「転んだ時危ない」とよく叱られたが、親はそんなことは言わなかった。生まれる前から握りしめていたものを入れているのを知っていたから。母は時々「ちょっと見せて」と言った。嬉しそうな涙声で。

2021年12月13日月曜日

あの病院 ノベルバー2019 day13

高級住宅街に突如現れる古ぼけた建物、「あかね医院」は近隣の豪邸が建つより早くからそこにある。「あかね」は院長の娘の名で、今の院長は「あかね」さんの孫だ。病院の周囲には銀杏が植わっていて、葉が落ちると青い屋根瓦が見えなくなる。

2021年12月12日日曜日

並行 ノベルバー2019 day12

この道を歩く時、いつも左手を誰かと繋いでいる感触がある。姿は見えなくとも歩調はぴったりと合う。繋いでいるのは馴染みのある手ではあるが、父でも母でも、恋人でもない。あえていえば、そしてそれはあまり確信を持ちたくないのだが、自分の手だ。

2021年12月11日土曜日

時雨 ノベルバー2019 day11

通り雨の後、しっとりと濡れたアスファルトを歩き、和菓子を買いに行く。
「あんず時雨ください」
口に入れる前に、ひび割れを覗き込む。何かが芽吹きそうだ。さっき歩いた道路でも、春になればきっと、ひび割れからタンポポが生える。

2021年12月10日金曜日

私は信号 ノベルバー2019 day10

私を無視する輩にどう罰を与えようか、生まれてこの方そればかり考えている。今日も赤信号で歩いていった人間が八人いた。この赤い光を最大出力以上の威力で、人間目掛けて鋭く照射したい。もうすぐ100歳になるのだから、それくらいできるはずだ。

2021年12月9日木曜日

ポツンと ノベルバー2019 day9

真っ赤な葉が一枚落ちている。周りに落ち葉は他になく、樹木もない。何しろここは屋内なのだ。なんだか迷子のように見えてきて、拾い上げた。美しい葉だった。誰かがどこかで拾い、そして落としてしまったのだろうか。そっと手帳に挟む。

2021年12月8日水曜日

天狼星 ノベルバー2019 day8

青き狼は仔連れで天を駆けまわる。いよいよ寒くなってきた頃に現れ、瞳を鋭く輝かせながら夜毎駆ける。夜空は狼たちの眼光に縮み上がり、おかげで冬の星空は冴え冴えとするのだ。

2021年12月7日火曜日

朗読 ノベルバー2019 day7

私が私の書いた詩を読み上げる時、その声音、その抑揚、その速度をすべて再現することができる。
詩はいい。物語でそれをやると、自分が物語に取り込まれて戻ってこれなくなる。だから作者本人の朗読はいつだってどこかヘタにやらねばならぬのだ。

2021年12月6日月曜日

当日券 ノベルバー2019 day6

「誕生日の当日券ありますか?」 心細そうな人に訊かれる。 「どうしても、今日中に生まれたいのです」 なるほど、色々と事情がありそうだ。上の者と相談して「誕生 11月6日 当日のみ有効」券を発券した。無事に生まれることができただろうか。

2021年12月5日日曜日

トパーズ ノベルバー2019 day5

「皇帝」という名を冠したトパーズの指輪を酔っ払いが飲み込んだ。「うまそうな酒に見えた」と言う。確かにコニャックのような色ではあったが。
その後、彼は酒を断った。四六時中ほろ酔い気分で欲しなくなったのだ。今は国を治め皇帝と呼ばれている。

2021年12月4日土曜日

恋しい ノベルバー2019 day4

寒さとともに人恋しくなるのは、どんぐりも同じことのようだ。拾ったどんぐりをポケットに入れてあると、木から落ちるどんぐりが頭に当たる確率は高くなる。驚かさぬよう小声で「イテ」と言いながら拾ってポケットに入れるとほんのり温かくなる。

2021年12月3日金曜日

焼き芋 ノベルバー2019 day3

「や〜きいも〜」の声を生まれて初めて聞き慌てて外へ出る。育った町では焼き芋のトラックが通ることはなかった。運転席から出てきたニット帽を被ったおじさんを見て「あ」と声が出た。この人はさつまいもの化身だ。夏の間は蔓に巻かれているのだろう。

2021年12月2日木曜日

手紙 ノベルバー2019 day2

達筆過ぎる貴方と酷く悪筆な私、互いに書く文字がほとんど解読できないのに、文通はもう30年続いている。内容は全く以てわからないが、封筒を開けた時の気配、筆の勢いで様子は感じられる。雪国に住む貴方の手紙からは一足早く冬の匂いがした。

2021年12月1日水曜日

窓辺 ノベルバー2019 day1

景色がすべて黄色くなるのはもう少し先だろう。部屋の正面に聳える大銀杏のおかげで私の部屋の窓からはイチョウしか見えない。 窓から見る景色が明るい黄緑から黄色に移り変わる日々は、古い日記帳のページを捲るのに似ている。