2005年9月29日木曜日

野道を駆けるションヴォリ氏

レオナルド・ションヴォリ氏はじいさんで、カーマイン色のスクーターに乗って野道を疾走する。
おんなじ色のヘルメットとゴーグルとライダースーツを身につけ、「らったったった」と野道をかける。
驚いた案山子がひっくり返るのを見てションヴォリ氏は大喜び。

【carmine C0M100Y65K10】

2005年9月28日水曜日

ヌバタマの独白

漆黒の夜は二百十日続いた。
月も星も電灯もない。
輝くのは夜と瞳だけ。
夜はそれだけでつややかだった。
今晩は最後の漆黒。明日からは、また何事もなかったように月が満ち欠けするのだろう。
ナンナルが長い旅に出ている間、キナリはずいぶん髪が伸びた。
鶸色の瞳も、夜を重ねる毎に黒くなった。
皮肉だね、漆黒の夜が一番似合う娘になったよ。

【漆黒C50M50Y0K100】

2005年9月26日月曜日

秋の日の出来事

松田タケオ
表札を確認して声を書ける。
「ごめんください」
「はーい!」
ずいぶんかわいらしい声だと思ったら
煤竹色のちゃんちゃんこを来た女の子が出て来た。中学生だろうか。
「タケオさんはご在宅でしょうか」
「父は夜まで帰りません」
言い振りは大人だが、瞳は見知らぬ訪問者への好奇心で溢れている。
「では……」
「留守番退屈なんだ。おじさん、遊んでよ」
おじさん…はじめて面と向かって言われた言葉に一瞬動揺すると
それを狙っていたように、娘は着ていたちゃんちゃんこを素早く脱いで私の頭に被せた。
「捕まえた!」
煤竹色だったはずなのに、目の前は明るい桃色だった。
何をするんだ、と言おう息を吸い込んだら、桃より甘い少女の匂いにむせ返る。
えぇい、どうにでもなれ。

【煤竹色C0M30Y30K72】

2005年9月25日日曜日

空の風呂敷

深川鼠に朱色の水玉の風呂敷―一体どこでこんな柄の風呂敷を売っているんだが―を持って、八年ぶりに弟は帰って来た。
「ただいま」
と言うなりその趣味の悪い風呂敷の包みをどさっと降ろし、それを開いた。
中は、空だった。
弟が見ていた海の向こうの空模様は、風呂敷よりもけばけばしく、それでいて魅惑的だった。
じっと空を見下ろしている私に
「どうしても、持って帰りたくて」
と照れ臭さそうに笑った。
深く息を吸い込む。これが弟を魅力した空の匂い。

【深川鼠C20M0Y30K33】

2005年9月24日土曜日

さあ、眠りたまえ

滅紫色の長櫃が届いた。
「ご苦労さま」
担いできた若者二人は、ペコリと頭を下げると
荷物は何もないのに、エッサホイサと帰っていった。
長櫃の中には、人形が入っている。フランス人形、日本人形。小さい人形、大きい人形。何体あるのか、数えたことはない。
長櫃を滅紫に塗ったのは、彼らが暴れないように、人形の気配が外に漏れないようにするためだ。
色々と試した末に滅紫になった。
人形を閉じ込めて眠らせておくのは、心が痛む。
だが、彼らは私の精気を吸い取っていくのだ。
殺さないだけ、いいでしょう?
【滅紫C15M50Y0K70】

2005年9月22日木曜日

シオン色のブタちゃん

シオン色のブタちゃんが夕焼け空を飛んでるよ。
ブタちゃんがお空を飛ぶから、お庭のジョウロもついでに浮かぶ。ぷかぷか
だからきっと、夜には雨が降るよ。
おやおや、お空はブタちゃんを先頭にジョウロの行列だよ。ぞろぞろ
きっと今夜は土砂降りだ。

【紫苑色C40M40Y0K30】

花戯れ

隣の家の幼い娘は、紫色の長い髪をしていた。
楝の花で染めるの、と少女は言った。
「五月になったら染めるの。見る?」
私は、「是非」と答えた。
五月のある日、少女は井戸水で念入りに髪を洗った。
真っ白になった髪を日なたで乾かしながら、私たちはとりとめのない話をした。
髪が乾くと、少女は服を脱ぎ裸になり、花をつけた楝の木に登った。
伸びやかに四肢を動かし、するすると登る姿は、あまりにも眩しい。
しばらくして降りてきた少女の髪は、見事な紫色に染まっていた。
素裸のまま私の前に立ち「今年はうまく染まったよ」と笑う瞳は、先よりも少し大人になったような気がする。

【楝色C40M42Y0K0】

2005年9月20日火曜日

名月の晩の話

九月の満月が藍錆色の影を作るので、街行く人がみんなフワフワしている。
「きれいだろう。年に一度だからな」
人々の影を眺めながら、小父さんは満足そうだ。
おかげでぼくは、スキップで歩かなければならないんだけれどね!

【藍錆色C70M60Y0K30】

2005年9月18日日曜日

転校生

転校生は「ブラスバンド部に入りたい」と隣の席のわたしに言った。
「わたしもブラバンだよ。学活終わったら、一緒に行こう」
転校生は、さも当然だという顔をしてにこりともしなかった。
音楽室には一番に着いてしまった。まだよくしらない男の子と二人きり…あとから来たみんなに何を言われるか。
わたしの心配を知ってか知らずか、彼は細長い黒いケースを出した。
フルートだ。
慣れた手つきで楽器を取り出す。
「あ!」
転校生のフルートは青かった。
「珍しい?縹色のフルート」
わたしの声に転校生がはじめて笑った。
返す言葉が出ない。あまりにも驚いたから。それを構えた転校生の姿が、あまりにも美しいから。
「ハナダイロ」の上で転校生の白い指が踊っている。
なぜだか音が聞こえない。

【縹色C70M20Y0K30】

2005年9月16日金曜日

七ツの星は天に輝く

部屋の中を歩いていた虫を危うく踏み潰すところだった。
逃がしてやろうと拾いあげると、この虫、青い。青いてんとうむしだ。
「ほんとうにてんとうむし?」
「失敬な。確かにナナホシテントウですよ、ぼくは」
「しゃべった」
「これまた失敬な。なんて失礼な人でしょうね、あなたは。私は天色のナナホシテントウ。たいていのナナホシテントウはお天道様の赤い色ですが、時々、天の色が生まれるのです。ぼくのような」
「アマの色……」
「失礼な上に頭の回らない人だな。天。天空ですよ、宇宙ですよ。この美しいぼくの色」
そう言っててんとうむしは、私の手の平から飛び立った。
まったく失礼はどちらやら。

【天色C55M10Y0K0】

2005年9月15日木曜日

ある晴れた朝

納戸色の雲がぽっかり、浮かんでいる。
ストローを空に突き刺して、納戸色の雲をズルズル啜った。

【納戸色C82M0Y22K40】

2005年9月13日火曜日

染色

「さあ、こちらへ」と兎が扉を開けると、そこは常磐色の部屋だった。
常磐色の天井と壁、常磐色のソファーと常磐色の
「ここで何をするの?」
「あなたは、ソファーでゆっくり休めばいいのです」
私がソファーに腰を沈めると、足元からじわじわと常磐色になっていった。
黒いスカートも、紅梅色のシャツも常磐色になって、私は部屋に溶け込んだことを知る。
頭では怖いと思いながら、それを上回る心地よさに、私は目を閉じた。

【常磐色C82M0Y80K38】

2005年9月11日日曜日

英国人と思われる男が萌黄色の背広を着て、ステッキをついてやってきた。
「ごめんください」
と彼はなんの訛りもなく言った。
「お宅のお風呂を通らせて下さい」
「は?」
「わたくしが進むべき道と、この家の風呂場が重なっているのです。ご迷惑はかけません。通るだけですから」
私はよくわからないまま「どうぞ」と言った。
すると彼はその眩しい色の背広の内ポケットからハンケチを出して、靴の裏とステッキを丁寧に拭き始めた。
我が家の床よりあなたの靴の裏のほうが、ずっときれいです…と言いそうになったが、黙って見ていた。
ハンケチを畳み、ポケットに戻すと、彼は迷わず風呂場に向かい、扉を開け
「お邪魔しました」と頭を下げ去っていった。

【萌黄C38M0Y84K0】

2005年9月10日土曜日

じいさんのノート

異様な感触に一度手を引っ込める。
「あった……」
物置の奥から、ヌルリとした海松色のノートをようやく見つけた出した。
生暖かく濡れているような触り心地で、気色が悪い。何年もほったらかしのはずだが、埃はほとんどついていない。
じいさんが言うことは本当だった。
「物置にヌメヌメノートがあるから取ってこい。中は見るなよ」
全く意味がわからないと文句を言いながら、仕方なく物置を漁っていたのだった。
早速じいさんにノートを差し出すと、見たこともないような顔で喜んだ。
「で、それ何?」
「ヌメヌメノート。触るといい気持ちだ」
じいさんは、肌身離さずノートを撫で回している。
オレはその姿を見て自分の顔が歪むのを感じた。、
ノートには、たくさんの裸婦像が描かれているのを、しっかり見たのである。

【海松色C0M0Y50K70】

2005年9月9日金曜日

お出かけ

「明日の朝、迎えに参ります」と兎が言う。
翌朝、やって来たのは刈安色の自動車だった。
兎があまりにも怪しいので、乗り気ではなかったが
その自動車を見た私は、そんな気持ちをすっかり忘れてしまった。
「さあ、出掛けましょう」
兎は荷物をトランクに、私を後部座席に乗せた。
シートもハンドルも刈安だった。
兎は運転席に座るともう一度言った。
「さあ、出掛けましょう」

【刈安色 C0M3Y65K8】

2005年9月7日水曜日

16歳

初めて出会ったとき彼女は16歳だった。
彼女は空五倍子色の霞を漂わせていた。
「何か辛いことがあったの?」
と聞かずにはいられなかった。若い子には珍し色だから。それが僕の真ん中をひどく悩ませたから。
「そんなことない、です」
遠慮がちな彼女の声に合わせて、空五倍子色が僕の鼻腔をくすぐった。

【空五倍子色…C0M15Y40K50】

2005年9月5日月曜日

変わらぬ香り

ケガをした僕に二宮さんがくれた白いハンカチは、ずいぶん色が変わってしまったけど
いまも二宮さんと同じ匂いがする。

【薄香 C0M7Y25K5】

2005年9月3日土曜日

リスの栗梅

「おーい!クリムメや、クリムメや」
私が呼ぶと森の奥からリスが現れた。
「ご機嫌うるわしゅうございますね、タカシ」
クリムメは、私がリスに付けてやった名前である。
『お前は毛並みが美しいからして、クリムメと呼んでやろう。栗も梅も美味なる実を結ぶ』
初めて会った日に私がこう言うと、栗梅はたいそう喜んだ。
「本日のご用向きは何でございますか、タカシ」
「明日の風向きを教えて欲しい」
「明日は…北西の風、ケンジロウは機嫌好し、オカルは持病の癪、キンジは憂い気味、コウスケは穏やかな心持ち」
「そうか…オカルに会うのは止めておくとしよう。癪のオカルはオッカナイ」
クリムメは、ペコペコと頭を下げて森へ帰っていった。

【栗梅 C0C70Y70K53】