2022年7月31日日曜日

夏祭り #文披31題 day31

昔の話だ。子供好きの祖父は、祭になると余所の子でも構わず駄菓子や水ヨーヨーを買ってあげてしまうのだった。毎年のように祖父の前に現れ、綿飴をもらってペコリと一礼するとぴょんぴょん走っていった白狐の面の子は、本当にキツネの仔だったよ。

2022年7月30日土曜日

貼紙 #文披31題 day30

黄ばんで破れた「冷やし中華始めました」が窓にこびりついている。ここを通る人は、この店が今もやっているとは思いもしないだろう。冷やし中華を食べながら「貼り替えれば?」と聞くが、河童になってしまった店主は「でもなぁ」と、きゅうりを刻む。

2022年7月29日金曜日

揃える #文披31題 day29

 脱ぎっぱなしのビーチサンダルを揃えなさいと毎日言われていたけれど、揃えてしまうと夏が終わってしまうような気がしていた。その感覚を親に説明する言葉は小学生の頃は持っていなかった。今は叱られる前に揃える。そうしないと夏が暴れるから。

2022年7月28日木曜日

しゅわしゅわ #文披31題 day28

お祭りで知り合った金魚が、水槽の水を炭酸水に替えてくれという。私は動揺して「身体に悪い」とか「どうせ炭酸はすぐ抜けてしまう」とか、色々と言った。金魚は「ご心配には及びません」という。今日も金魚と小さな泡たちは仲良く泳いでいる。

2022年7月27日水曜日

水鉄砲 #文披31題 day27

 「最強のヤツもってきた!」と最年少五歳が大きな水鉄砲で参戦。身体に似合わぬ大きさの水鉄砲にかわいいやら可笑しいやら。いざ撃ち合いが始まると、でかいくせにチョロチョロと水を垂らすばかり。なぜか五歳児ご満悦。見事笑いを掻っ攫い優勝。

2022年7月26日火曜日

標本 #文披31題 day26

こんな蒸暑い雨の日が最適なんだ。重い湿気が、しっとりとした輝きを出す。もちろん陸の妖精は晴れた日がいい。キミのような水棲妖精ならではだ。これでよし。いつも剥がれた鱗を分けてくれてありがとう。お礼の蜜だ。人間に見つからない内にお帰り。

2022年7月25日月曜日

キラキラ #文披31題 day25

七夕飾りの残骸が散らばっていた。綺麗な紙やかわいらしい文字の短冊が破れ、汚れている。片付けたいが、拾ってゴミ箱に入れるのもなんとなく憚られた。「箒星に掃除を頼むといい」とピーナツ売りが教えてくれた。夜になったら、電話してみよう。

2022年7月24日日曜日

絶叫 #文披31題 day24

雷鳴が轟く。時々、妙な音が混じる。いや、音というより、声みたいだ。「雷にも怖いものはある」と老人が笑う。「ゴキブリ? ジェットコースター? 怒る先生?」それで言えばゴキブリだな、と老人は言う。その途端、目の端を黒いものが通り過ぎた。

2022年7月23日土曜日

ひまわり #文披31題 day23

昔の話だ。ひまわり畑で迷子になった。本当は、置き去りにされたのだと思う。暗くなってきて、私は蹲り、ひまわりたちに慰められながら眠った。目が覚めると真新しい黄色いタオルケットに包まって寝ていた。今年もひまわりにお礼を言いに行く。

2022年7月22日金曜日

願譚 199

 思いがけない夢を見たので、出てきた人に謝りたい。

メッセージ #文披31題 day22

引っ越した家には、毎日ポストに願い事や頼み事が書かれた短冊が入る。前の住人が拝み屋のようなことをしていたらしい。「こちら七夕の笹にあらず」とポストに貼り紙をしたら和歌が届くようになった。返歌したいが、相手がわからない。

2022年7月21日木曜日

短夜 #文披31題 day21

「髪が乾かないから」と言って、床に就こうとしない。私は布団の中から窓辺に座っている長い髪の人を見ていた。本当はもう髪は乾いているのだろう。のんびり夜風に当たっているようで、何か別のものを見ている顔だった。彼女に背を向けて目を閉じた。

2022年7月20日水曜日

入道雲 #文披31題 day20

よく晴れた夏の日だった。ある田舎の寺を訪ねる白いもこもこした者があった。「どういうわけか長年『入道』と呼ばれているが、きまりが悪い。形だけでも修行したい」和尚は笑って、白き者と寺を掃除し、並んで経を読み、スイカを食べ、青空に帰した。

2022年7月19日火曜日

氷 #文披31題 day19

昔の話だ。夏になるとかき氷屋が来た。一軒一軒「かき氷屋でござい」とステテコ姿のおじさんが玄関先に現れる。重そうなかき氷機を下ろし、大きな音を立てて回す。結構時間が掛かる。おじさんの汗が氷に入るのではとヒヤヒヤする。シロップが赤い。

2022年7月18日月曜日

群青 #文披31題 day18

青が群れになって襲ってくるという話を聞いて、きっと空か海からだろうと高を括っていた。現実は甘くなかった。自分のパレットだった。いつの間にかパレットから茶が消え、赤が消え、ついに黄色も消えた。私の描く絵は、青の群ればかり。

2022年7月17日日曜日

その名前 #文披31題 day17

思い出せないものが増えた。年のせいかと思っていたが、そうではないと気が付いたのは、えーとニュースを読む人が「それが、ああして、あれになって、こうしました。以上、ナニをお伝えしました」と涼しい顔で言ったからだ。気楽になった。

2022年7月16日土曜日

#7月の星々 「放」投稿作

たくさんの街を見た。色の薄い街、猫が喋る街、風が美しい街、毎晩が満月の街……。人生の後半は旅の日記をまとめ、本を執筆するつもりだった。かつてない放浪記になるはずだった。 今、膨大な日記帳を前に困惑している。文字が読めないのだ。言語習得能力が奇妙に高かった若かりし自分を恨んでいる。

錆び #文披31題 day16

三輪車は何十年もここにある。元の色がわからないほどに朽ちているが、私は鮮やかな水色だったことを覚えている。私の三輪車だったのだ。幼児の数年間、乗り回し、ある日突然使わなくなって、そのままずっとそこにある。私は毎日、三輪車を一瞥する。

2022年7月14日木曜日

なみなみ #文披31題 day15

水が溢れそうなグラスがテーブルに置いてある。水面が動いている。「波と同じように動くんだ」と窓から海を眺めながらその人は言った。「嵐の夜は、テーブルがびしょびしょになるよ」と。グラスの水は減らないそうだ。こっそりこの水を啜りたい。

幽暗 #文披31題 day14

夕立ちが来そうだから雨戸を閉めてと言われた。どんよりした雲、重い空気、遠くの雷鳴。不穏な光景をしばし眺め、雨戸を閉める。じっとりと暗い部屋が心地よい。電気を付けてと言われたが、聞こえないふりをした。この暗さで、やっと地に足がつく。

2022年7月13日水曜日

切手 #文披31題 day13

古い机の引き出しが、不意に開いた。中には宛先宛名付きだが白紙の葉書がいくつも入っている。切手も貼ってあるが消印はない。住所はこの家のようで、ここじゃない。葉書の一枚に手紙を書くことにする。亡き祖父はどこでこの葉書を受け取るのだろう。

2022年7月12日火曜日

すいか #文披31題 day12

「うちのすいかを知らんかね?」と隣のおばあさんがやってきた。縁側で冷やしていたすいかが消えてしまったという。おばあさんと一緒に行方を探したら、サッカーボールに恋してゴロンゴロン転がっているスイカを発見、おばあさんはすいかを諦めた。

2022年7月10日日曜日

緑陰 #文披31題 day11

ログハウスの天窓から朝日が差し込む。眩しくて寝ていられないから、散歩に出た。日差しは強いが空気は乾いていて心地よい。木々の葉はうるさいほど緑だ。緑の声に誘われるままに歩いていると、突然、強い冷気を感じた。「ごめんごめん」と引き返す。

くらげ  #文披31題 day10

なんだが全身がぷよぷよするので、湯を掬い上げてよく見れば、くらげだった。変な叫び声が出た。もう一度、風呂を沸かしたが、やっぱりくらげだった。あきらめた。刺すこともないようだし、温かく透明なくらげ風呂は、慣れてしまえば心地よい。

2022年7月9日土曜日

団扇 #文披31題 day9

実家の団扇はボロボロで、どうして薄汚い団扇を使わなければいけないのかと子供の頃は不満だった。ところが小学生のある日、同級生の家で団扇を借りてみて知ったのだ。普通の団扇はいくら扇いでも涼しくならない。オンボロ団扇は今も扇げば冷たい風。

2022年7月8日金曜日

さらさら #文披31題 day8

舟に作ってくれた手は節くれ立ってシミだらけだがやさしい。どうやら年寄りの男で、慣れた調子で一介の笹の葉を姿のよい舟に仕立ててくれた。 
さぁ出発だ。せせらぎの水は冷たく、緑が増す心地。こんな清らかな水なら、流されるのも悪くない。

2022年7月7日木曜日

天の川  #文披31題 day7

近年、例の二人がやけに恥ずかしがりになり、年に一度の貴重な機会だというのに逢瀬を躊躇うようになった。事を重く見た天帝は『天の川の渡り方』という指南書を自ら執筆、二人に渡すことにしている。

2022年7月6日水曜日

筆  #文披31題 day6

その書家の書は、見る者を恍惚とさせる力があった。ある者は「眩い光を見た」といい、またある者は「麗しい香りがした」という。噂によれば、幻獣の尾の毛で作られた筆で書かれるという。それを信じた凡庸な書家たちは筆を捨て、幻獣探しに夢中だ。

2022年7月5日火曜日

線香花火  #文披31題 day5

「そっくりだ」と、あなたは線香花火と私を交互に見やる。私の浴衣の乱菊の柄と線香花火が似ていると言って聞かないのだ。「ほら、見てて……ピークが過ぎた瞬間が……ね?」
すると浴衣の菊がチカチカと燃え始めた。私は吐息と共に浴衣を脱ぐ。

2022年7月4日月曜日

滴る  #文披31題 day4

市民プールの夜専門監視員である私に、ぼやけている子、光っている子、触れない子、浮いている子たちが「遊ぼ!」と集まる。
東の空が白くなった。水から上がり、まとめ髪をおろす。私の髪からぽたぽた落ちる水滴を「甘い甘い」と啜りに寄ってくる。

2022年7月3日日曜日

願譚 198

七夕までに、壮大な願い事を書くに相応しい文房四宝を集める旅に出たい。

謎  #文披31題 day3

寄せて返す波の音をずっと聞いていると、なんだか言葉に聞こえてくると恋人が言った。「今なんて言ってる?」と訊くと、聞いたこともないような発音で何か呟いた。驚いて顔を見たが、夕日に照らされて表情がわからない。

2022年7月2日土曜日

金魚  #文披31題 day2

去年の夏、弟が掬った小さな金魚は、私のコードレスのイヤホンに棲むことにしたらしい。右耳。ビートに合わせて尾びれを震わせるから、ゆらゆら。右耳だけ、ゆらゆら。ときどき酔ってしまうので、弟に「今年も夏祭りに行こうね」と誘った。

2022年7月1日金曜日

#7月の星々 「放」投稿作

願い事を書いた短冊を夜空に放った。どうせひらひら落ちてくるんだろうと思ったが豈図らんや、ぐんぐん上昇していく。慌てたのは短冊が吊るされるはずだった笹の枝。葉を一斉に逆立てて、短冊を追い掛け目にも留まらぬ速さで飛んでいった。「ロケットだ!」と覚えたての字で短冊を書いた人がはしゃぐ。

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予選通過

黄昏  #文披31題 day1

西日があまりに暑いので太陽に氷水を差し出したら、あっという間に飲み干した。が、やっぱり暑いままなので、ならばさっさと沈んでもらおうとリヤカーに乗せて運ぶことにした。太陽を乗せて西に向かっていると、何故だかしんみりして、少し涙が出た。