2024年4月20日土曜日

#春の星々140字小説コンテスト投稿作 「細」投稿作

鉄骨が一本、また一本と外されていく。あっちでは観覧車が、こっちでは跨線橋が解体されている。横たえられた鉄骨たちは草臥れ果てて眠っているように見えた。こんなに細かったんだねぇ、ぼくたちを支えていたものは。鉄骨たちが寝ているこの場所も、以前は電波塔が立っていた。空がどんどん広くなる。

2024年4月15日月曜日

#春の星々140字小説コンテスト投稿作 「細」投稿作

和紙の層に刃を入れます。「小口」と名を得たその断面は鋭く整い、しかし、ふんわり空気を含んでいます。しばし見惚れた後は切り離された紙片の中でとりわけ細い――糸のように細いものを――つまみ上げ「ふ」と息を吹き掛けます。すると、ごく偶に青葉が舞います。ごくごく稀に小さな蝶が飛んでいきます。

2024年4月14日日曜日

#春の星々140字小説コンテスト投稿作 「細」投稿作

細く尖った月に刺さるもの。古代ロケット、異星人のミイラ、宇宙服の襤褸……それを回収するのが私の仕事。地上に持ち帰ったら湖でよく洗って、博物館に展示する。「お月さま、あんまり変なモノ釣らないでくださいよぅ」と、私はお決まりの文句を言う。明晩、上弦の月から暫しの休暇。さて何処に行く?

2024年3月11日月曜日

古時計

家にある五つの時計は、それぞれ好き勝手な時刻を示している。人と会う約束もないから困らない。時計たちと同じ勝手気ままなその日暮らしである。それでも年に一度だけ、誕生日の正午に五つの時計を一斉に合わせる。さぁチクタク、カチコチ、ビィビィ、ポッポー、リンリン、この老頭児を祝っておくれ。

2024年2月23日金曜日

金魚鉢(もしくは猫の日)

ね、この猫は金魚を狙っているわけではないんだよ。金魚には気の毒だけどね。ほら、こんなに逃げ回って。水草を触りたいわけでもないんだよ。ゆらゆら揺れてるけどね。水は触るの好きじゃないね、この猫は。撫でてごらんよ。金魚鉢の前で、じっとしている、ふわふわの、この猫を撫でてごらんよ、人間。

2024年2月13日火曜日

図書館

 あなたは今日からこの図書館の雑用係として働き始める。長く働けば、司書見習い、司書助手、司書、と出世することも可能だ。
 この図書館はあるお方の邸宅だった建物で、ほとんど宮殿と言っていい、6階建ての大きな図書館だ。階段の踊り場は、初代館長の膨大なコレクションの展示に使われている。下階から、デスク、チェアー、ランプ、万年筆、便箋だ。展示物には触れないように。え? さっき万年筆を使ってしまった? インクが掠れて、罵詈雑言を書かされた? そうだろうそうだろう。万年筆には私から詫びを入れておく。
 トイレは6階だ。6階にしかない。だが、数え切れぬほどある個室は非常に広く、デスクとランプ、ソファも備え付けられている。自分の部屋として使っている職員も多いから、適当な空き部屋を見つけるといい。名札が掛かっていないトイレならどこを使ってもよろしい。ちなみにトイレは和式だ。あまり下を見ないこと。
 あなたは足音を立ててはいけない。だからこの図書館内では宙を泳いで移動するのが基本となる。水中と同じ要領だ。難しいことはない。空気を手足で掻き分けて飛べばいいのだ。もちろん、図書館を一歩出れば、空中に浮くことなんてできない。
 あなたは図書館を訪れる人を見ることはない。だが、本が動いたり、ページが捲られたりするのを見ることはあるだろう。本が独りで動いているように見えるが、ちゃんと人がいるから安心しなさい。当然あなたの姿も他の人からは見えない。
 あなたの主な仕事は、館内の掃除だ。書棚の埃を落とし、閲覧室のテーブルと椅子を拭き、廊下を磨く。6階のトイレの掃除と紙の補充も忘れずに。ああ、名札が掛かっているトイレの掃除は不要だ。それから初代館長のコレクションも。
 一番大事なのは、本から落ちた文字の回収だ。何しろ古くて大きくて重たい本が多いから、毎日のように文字が落ちている。埃や塵と一緒に捨ててしまわぬように。一文字残らず箒と塵取りで壊れないように集めて、本に戻す。どうしてもどの本かわからない時は、専用の封筒に文字を入れて、5階の館長室のポストに入れておきなさい。文字が落ちていた場所もメモするように。私が本に戻しておこう。

2024年2月8日木曜日

洗濯機

誰も住んでいないように見える古いアパートの玄関前で、洗濯機が唸りながら揺れていた。数時間後、再びアパートの前を通ると、洗濯物はどこにも干されておらず、洗濯機は低く唸り揺れて続けている。私は家に一度戻り、使い古したハンカチを持ってきた。洗濯機に近寄ると、コンセントもホースも繋がっていない。蓋を開け、がらんどうの洗濯槽にハンカチを落とした。洗濯機の唸り声が僅かに高くなった。