2018年11月30日金曜日

たぶん街

左腕が擽ったいような、痒いような気がしたのは、1秒だったような気もするし、1時間だったような気もする。
そこはもう電話ボックスではなくて、鳥籠だった。
左腕の消えず見えずスタンプに押し当てていたのは真っ赤な電話機の受話器ではなくて、真っ赤な鳥の嘴だった。
真っ赤な鳥は何もかも真っ赤で、見たこともないような鳥だけれども、たぶん鳥なのだ。
見たことがないと言えば、鳥籠の外の景色もまた、見たことがなくて如何とも形容しがたい。
たぶんここは街の中なのだけれど、街の真ん中に巨大な鳥籠があって、公衆電話くらいの真っ赤な鳥がいて、そこに人が居ていいのだろうか。
鳥籠から、どうして出られるだろう? 

2018年11月25日日曜日

艶やかな電話

サイン入りの顔写真カードをポケットに突っ込み、小さなボストンバッグを持って、アパートの階段を降りる。鉄製の階段の足音が、いつもより低く聞こえるのは気のせいだろうか。

「電話ボックスに行くといい」と白い服の男は言っていた。2ブロック先にある電話ボックスに向かうことにする。
公衆電話を使う者などもういない。「歴史的遺産」として、町には電話ボックスがそのまま残されている。が、不用品が放置されているが如く、ただそこにあるだけの物体になっていた。

だが、2ブロック先のその電話ボックスは違う。他の公衆電話は黒く埃をかぶっているのに、その電話だけは赤く、いつも艶やかで、本当に誰かと話ができそうだった。

電話ボックスに入ると、生まれて初めて「受話器」を手に取り、左腕の消えず見えずインクのスタンプ(があるあたり)に赤くて重たい受話器を押し当てた。

2018年11月24日土曜日

くすぐったい旅券

ある朝、目覚めると白い服の男がいた。
シャワーを浴びて、伸びすぎた触覚を剃り、コーヒーを飲むのを、じっと見ていた。
朝の身支度が一通り終わると、白い服の男に背を向けて、シャツを脱いだ。
いつかはこうなるとわかっていたのだ。いや、こうなることを望んだのは自分だ。
白い服の男は、消えず見えずインクでスタンプを背中に押した。
乱暴にされるかと思ったが、とても慎重な動きだった。
くすぐったくて一瞬、身体が動く。左腕の内側にも同じスタンプ。やはり、くすぐったいのだった。

顔写真を撮られ、サインをした。
所持品をまとめようと思ったが、まとめるほどの所持品はなかった。
ともかく、旅に出るのだ。ここにはもう、居られない。

2018年11月19日月曜日

11月19日 入れ替わりサンド

サンドイッチが食べたくなった。
私が好きなのは、ハムサンド。
卵サンドは好きじゃないから、拾わない。
けれど、ハムサンドはあんまり落ちていないのだ。
あちこち散歩して、やっと拾ったハムサンドを持って帰る。
もちろん、コンビニやスーパーだって見たよ。
最初から拾うつもりだったわけじゃない。
だけど、どういうわけか、今日はコンビニやスーパーのサンドイッチの冷蔵棚には、落ち葉が冷えていたんだ。秋だね。

2018年11月16日金曜日

11月16日 動く温度計と動かない温度計

我が家の動く温度計が、本格的な寒さを観測した。
動かない温度計によると、現在の室温22度。
なるほど、動く温度計の「寒い」は22度と判明した。
来冬は動かない温度計を見ずとも温度がわかるはずだ。
私はといえば、動く温度計のおかげで、重くて動けないし、おまけに、ちょっと暑い。

2018年11月9日金曜日

二世役者

石飛功という三枚目俳優が主演の、昭和56年開始ドラマ「石飛荘十二人の住人」を、このほど瓜二つの息子、石飛研一が引き継いだ。
親子はあまりにもそっくりで、昭和のリマスター再放送が始まったと思っている視聴者が大半である。

2018年11月1日木曜日

新種目

選手は麗しい衣装を着て、華麗に料理を作り、テーブルセッティングをして、そのままマラソンをするという競技が、異世界のオリンピックで大人気だそうだ。
観客は、マラソンを観戦しながら、ごちそうを食べる。
選手は、競技場に戻ってきても、自分の作った料理が残っているとゴールできない。料理が無くなるまで走り続けなければならないのだ。
私は異世界にオリンピックがあることに驚き、いろいろと訊きたかったのだが、異世界人は、どれだけごちそうがおいしくて大量なのかをひっきりなしに語るので、口を挟めなかった。