2008年2月29日金曜日

指名手配の裏側に

「指名手配。何野是式 34歳 身長160cm体重50kg 犯行当時の服装……短髪、眼鏡、黒のタートルネックにジーンズ。心当たりがあれば、警察に連絡を!」
ちょうど読み終わったところで、電信柱の指名手配ポスターは、ペロリと剥がれて風に飛ばされてしまった。触ってもいないのに! 焦って拾うと裏にはウサギの写真が。
「WANTED! ウサギ。度重なる騙りの容疑」
まったくその通り。
わたしは、ウサギの写真を表側にして、電信柱にポスターを貼り直した。

2008年2月28日木曜日

見たね?

この気持ちをキミが見たら、どんな顔するんだろ。
片想いだからって赤いハート型なわけじゃない。
マーブル模様がゆっくりと流動する七色の珠を、ぽむぽむとボールのように弄んで、ちょんと唇にくっつけて。
顔をあげると、ちょっと離れたところでこっちを見ているキミがいた。
手の中のマーブル模様がすごい勢いで流れだした。見られちゃったら仕方ない。この珠、今からキミに投げるよ、届くかな。

2008年2月27日水曜日

面倒だよね

「面倒だよね」
とウサギが言う。
「何が?」
机の上を見ると、潰した蚤を一列10匹づつ、きっちりと並べていた。
蚤の死骸は、屑籠へ!

2008年2月26日火曜日

許された罪のかたち

背中で手を合わせ、跪き、天を見遣りすぎてひっくり返ってしまった、その罪深き人を見て、阿修羅はクスリと笑ってしまう。

2008年2月23日土曜日

君は頭が悪いのか?

「一体、何度言ったらわかるんだ?」
「わからないんじゃない、何度でも聞きたいんだ」
これが「大好きだよ」を欲しがる恋人同士の会話なら微笑ましい。
現実は「今日は何月何日何曜日?」を繰り返すウサギと、その度に豆暦を取り出す私の会話だ。

2008年2月21日木曜日

冷めないうちに召し上がれ

冷めないうちに召し上がれ、ってキミは言うけれど、ぐつぐつと沸騰しているこの野菜スープを今すぐに飲むのは不可能だ。
キミはニコニコとぼくがスプーンを口に運ぶのを待っている。もしかしたら、キミはぼくがきらいなのかもしれない。ぼくに火傷を負わせようとしているのだから。
そう思ったら堪らなくなって野菜スープを頭の上からキミにかけた。
キミは全身から湯気を出して、相変わらずニコニコしている。
どうせ火傷をするならば……今からぼくは、熱いスープを舐めるためにキミに抱きつくよ、いいかな?

2008年2月20日水曜日

明日になれば、すべて

明日になれば、すべてが青くなるはずだ。
ぼくの身体は、皮膚も髪も瞳も、唇も青くなる。もちろん青い血液になる。
なんて素敵なことだろう。
今、ぼくは明日が待ち遠しくてたまらないんだ。

2008年2月19日火曜日

テキーラは夜に呑め

「テキーラは昼間っから呑むものではないのよ。ろくでなしになる、とか、アル中になるって言いたいわけじゃないの。……毎日のように昼間にテキーラを呑んでいると、竜の舌で舐められてしまうのよ。わたしの旦那は、それで死んだ。最後は気持ちよさそうに仰け反って、泡を吹いて、そのまま。服を脱がせたら、体中が濡れてた。竜の涎だったの。」
女の手が腿を掠めた。竜の舌は、赤いのだろうか。

2008年2月17日日曜日

えげつないよ

燃料を取り出そうと、鞄に手を突っ込む。焦っているからなかなか見つからない。
そりゃあ機械だから、燃料がなくなれば動かなくなって当然だ。だが、この人型ロボットは、そこらの燃料切れとはわけがちがう。
うっとりと目を潤ませ、スカートをたくしあげ、お尻を突き出したポーズで停止。
なんといやらしい、もとい、卑しいポーズ!
同じ型のロボットは数あれど、こいつはわざわざ、この格好になってから停止するのだ。
だって、この格好が一番カンタンでしょう?ワタシ、一刻も早く満タンにしてほしいんですもの、というもっともらしい言い分を囁いて。停止している間の時間の経過なんか、わかるはずもないくせに。
町中でやられると非常に困る。下着をずらして、尾てい骨の位置にある蓋を開け、燃料ボックスを取り替える。
するとすぐに、ぷるんと尻を震わせて、捲れたスカートを直しながら、ロボットは言うのだ。
「ごちそうさまでしたぁ」

こわいかもしれない

キミは相変わらず19歳のまま、すると僕もやっぱり19なんだろうか。
今なら言える。でも、とにかく、今は、キミに触れたい。
ないしょ話をする振りをして顔を近付け、頬擦りをした。
こんな簡単なことが、どうして出来なかったんだろう。
それは僕が、12歳のまま19歳になった、28歳の夢だからだ。
覚めなければいい、そう思っている時点で、覚醒はとっくに始まっている。

2008年2月16日土曜日

踏まれた猫の物語

巨大な蟻に踏まれた黒猫は、声を上げなかった。黙って蹲り、蟻が去るのを待った。
ヌバタマにはわかっていた。いくら巨大だと言っても、蟻に踏まれたことで死ぬことはない。実際、蟻は巨大ではあるが、重たくはなかった。
それに、こんな新月の夜に蟻が黒猫を踏みつけていたって、誰も気付きはしないのだ。
ただ、少女には忠告しなければならない。月からもらったルーペで遊ぶのはほどほどにしろ、と。

2008年2月13日水曜日

消し炭で作られた塔

人の背丈を越える高さの真っ黒い塔が、広場に出来た。
消し炭で作られたこの塔を建てたのは、毛糸の帽子をかぶった老人である。
老人の手は炭よりも黒くなり、夜の闇に紛れている。
だが、ヌバタマという名を持つ黒猫だけは老人の手を見失わない。
ヌバタマは舐める。
白く痩せた老人の手が現れる。
老人は消し炭の塔に両手をかざす。
ヌバタマは月を見上げる。
消し炭の塔に、ぽっと火がつく。
月面に塔の影が映る。

2008年2月12日火曜日

真似ばかりしないでくれる?

わたしが足を組むと、あなたも足を組む。
わたしがレモンスカッシュを飲むと、あなたはコーラを飲む。
ねぇ、もう止めてよ、わたしの真似をするのは。わたしだってあなたの真似がしたいのに。
そう思いながら、頬杖をついてあなたを見つめる。あなたはまた、わたしの真似をするから仕方なく目をつぶった。
だから、ちゃんとキスしてね?

山の中に男がひとり

遭難しているわけではない。早朝の頂上で寝転んで、女の裸を想像しているだけだ。
相当な飛距離に挑戦するために。

2008年2月11日月曜日

母はドライヤー【即興】

ドライヤーの熱のせいだろう、うまれた子供は、産婆が触るのもためらうほどに熱かった。
子供の曽祖父にあたる老人のひげが、めきめきと伸び、赤ん坊を抱き上げた。
ひげに包まれた赤ん坊の身体から、蒸気が噴出す。

てんとう虫の呪文@Skype中

2008年2月8日金曜日

車が一台足りません

「車が一台足りません」
と申し訳なさそうに、老紳士が言った。今夜の運転手を頼んだ男だ。
「世界中の車がすべて使われていて、一台も余っていないのです。調達できなかったのは、私の責任です」
いや、キミのせいではない、と私は言った。
老紳士と私は同時に天を見上げる。そこには、この世界の神である五歳の男の巨大な目玉があった。
神の声が響く。
「ママ、ミニカー買って!」

2008年2月6日水曜日

面白いわけがない

「短編映画を作ったから見にこい」
と、ウサギが言う。ウサギが作った映画だぞ、面白いわけがない。そう思いつつ行かないと、後が怖い。
ウサギはわざわざ公民館を借りていた。客は私一人だ。
明かりが落とされ、スクリーンに目をやる。
3、2、1
「原作ウサギ脚本ウサギ監督ウサギ……終」
エンドロールのみの「映画」にウサギは満足そうだった。
「監督ウサギ、が憧れだった」としみじみと言った。おかげで眠たい思いをせずに済んだけれど。

2008年2月5日火曜日

のめりこみ症候群

「恐怖、のめりこみ症候群」
と、夕刊に記事が出ていることに気づいた。
のめりこみ症候群は、始めたことを寝食も忘れて熱中してしまうことで起きる、不可解な諸症状を指すのだという。
まず、涎が垂れる。そして爪が伸びる。ひどい人になると犬歯も伸び、牙のようになってしまうらしい。
さらに記事は、熱中するのを止めさせるコツを伝えているが、たいした効果はないと言う。
寝食を忘れたやつれ顔に長い爪と牙を持った患者は、俺とそっくりに違いない。のめりこみ症候群の重症患者が生き血を求めて彷徨い出すやもしれぬ。ご馳走にありつく機会が減ると厄介だ。しかし、ひょんなきっかけで仲間が増えるのは、なかなか愉快ではある。俺は舌なめずりをしながら新聞を畳んだ。さぁ、食事の時間だ。

2008年2月3日日曜日

イミテーションはどっち

「さて、二つの絵のうち、片方は画家の真筆、片方は私が書いた贋作だ」
と、男が言った。
楽器を持った男が三人、ユーモラスに描かれている絵が二枚。どこからどう見てもそっくりだ。
「あなたが魔術師なら、どちらが真筆か、わかるだろう?」
私はわざとらしくニヤリと左の口角を上げてみせる。男が不快そうに顔をしかめる。
「私じゃなくても、こうすれば皆がすぐにわかるだろ?」
指をパチン!と鳴らした。
片方の絵の中のミュージシャンたちが、陽気に演奏を始める。
もちろん、こちらがかの高名なピベラ・デュオガ・ハソ・ヘリンスセカ・ド・ピエリ・フィン・ノピメソナ・ミルイ・ド・ラセ・ロモデェアセ・スペルイーナ・ケルセプン・ケルセプニューナ・ド・リ・シンテュミ・タルヌヂッタ・レウセ・ウ・ベリンセカ・プキサの作品である。