2007年2月28日水曜日

二月二十八日 布団が吹っ飛んだ

春を呼ぶ風が間違ってオヤジギャグを運んできた。
なんて笑っている場合じゃない。
フロントに落ちてきた布団のせいで、自動車は迷走した。
誰もケガをしなかったのは幸いだった。
布団は再び春の風に乗り、ウキウキとどこかに飛んで行った。

2007年2月27日火曜日

二月二十七日 考え事

あれこれ思案しながら商店街を行ったり来たりしていると、足が疲れた。
たくさん考えたから頭も疲れた。
「で、何を考えていたの?」とウサギに聞かれた。
ピンクと緑と紫のことだなんて、ウサギにはとても言えない。

2007年2月26日月曜日

二月二十六日 明治の匂い

明治時代の紙は鼾をかいて眠っていた。
起こさないようにそっとつまみ上げ、鼻に近付けてみる。
明治は、赤ちゃんの粉ミルクの匂いがした。

2007年2月25日日曜日

二月二十五日 ラーメンが食べたかったのに

紙の体重を測っていたら、ラーメンが食べたくなった。
でもラーメン屋は見つからず、迷子になった。
仕方がないので長電話してラーメンはあきらめる。

2007年2月23日金曜日

二月二十四日 新色登場

新しいマニキュアを買った。春だな。
今年はちゃんと手の手入れをしようと思う。春だな。
「でも、また三日坊主に違いない」
と呟くと同時にウサギの声がした。
「何を?!」と振り返ると、毛皮を桃色に染めたウサギがいた。
「春の新色。手入れが厄介なのだ」
ウサギは桃色の身体を撫で見せる。心なしか嬉しそうだった。

二月二十三日 おしゃべりな歯形

再会を果たした龍と虎は怨みがましく、或いは艶めかしく、若しくは愉快そうに見つめ合っていた。
梅の香りがする。

2007年2月21日水曜日

二月二十一日 観覧車のある風景

観覧車をボーと眺めた。
最後に乗ったのはいつだったか、思い出せない。風の強い日だったことだけは覚えている。
そうやって眺めているうちに観覧車は超高速回転を始めた。
あんなに回ったら乗っている人はバターになっちゃうよ。
高速で回る観覧車を見るのはたいしておもしろくなかったから、家に帰った。

二月二十日 占い猫

夜十時、野良猫に話し掛けられた。
「夜の散歩はどうだい?」
「散歩じゃないよ、家に帰るんだ」
「そのわりには、てくてく歩いてるんだな。帰り道ってのはすたすた歩くものだ」
猫はいろいろとわたしの頭の中のことを当てた。
「小銭が貯まったら定期預金にしておきな」
「ずいぶんスケベじゃねえか」
「チョコレートは食べ過ぎるなよ」
野良猫相手に人生相談しそうになった。

2007年2月20日火曜日

二月十九日 国立公園巡り

セピア色した国立公園を巡る旅に出た。
単色に彩られた国立公園は小さくて、吸い込まれそうだった。
今夜は20箇所くらいしか廻れなかった。
でも、明日のために早く帰らなくちゃ。

2007年2月18日日曜日

二月十八日 白いものが落ちる

チョット・バカリーの甘いコルネットを聞きながら、夢心地で鱈の白子を嘗めた。
雪がこんこんと降っていたのに、外に出たら青空だった。
白子は雪だったか、と腑に落ちる。

二月十七日 ロバの新幹線

クルムホルンの音を鳴らしながらやってきた新幹線は、寝心地がよかった。

2007年2月17日土曜日

二月十六日 タイムオーバー

あと5分早ければ、間に合ったのに。
シャッターの閉じた郵便局の前で立ち尽くした。
立ち尽くすだけでは能がないなと思ったから、二日遅れでもらったチョコレートを齧った。甘かった。

2007年2月15日木曜日

二月十五日 おいしかったのに

父が焼いた餃子が香ばしくできた。
おいしいおいしいと食べていたら、ウサギから電話がかかってきた。
喋っている間になくなってしまうかもしれない。
ウサギが電話越しに食べるかも。父が話している隙に食べるかも。
電話を切ると案の定餃子はなくなっていた。代わりに、焼売があった。
焼売は餃子ほど好きじゃない。

2007年2月14日水曜日

二月十四日 やけどが痛い

江戸っ子の切手は熱い風呂に入りたがる。
湯の温度をみてやろうと手を入れたらやけどした。
切手は平気な顔しているので破いてやろうかと思った。
でも破いたってやっぱり平気な顔をしているに違いないので、やめた。

2007年2月13日火曜日

二月十三日 バレンタイン前日

台所を借りにきたウサギがエプロン姿で甘い香りに鼻をひくひくさせている。
「チョコレートもらったことあるの?」
とウサギに聞くと「ある」とぶっきらぼうに言った。
「それで今作ってるのは?」
「去年のお返し」
ウサギにも律儀なところがあるものだ、と感心した。

2007年2月12日月曜日

二月十二日 乳香

乳香が漂うとウサギは身をよじった。
「どうした?苦手な香りだったか?」
「いや、いい匂い過ぎて。どうしたものか」
その声はうわずっていた。
ウサギがいるときには乳香は焚けないな、と思いながら蝋燭の火を吹き消した。

2007年2月11日日曜日

二月十一日 名前のない猫たち

新しい携帯電話には四匹の黒猫が付いて来た。
四匹には名前がない。
「名前が欲しいか?」と聞くと四匹とも寝てしまったので、名前は付けないことにした。吾が輩、なんて言って物書きをはじめなければよいが。

二月十日 春の予感

何故だか新しい口紅が欲しくなった。
口紅を塗るのは好きじゃないから、どうせ買ってもちっとも使わないんだろう。
だから高価な口紅を買う気ははじめからない。
ドラッグストアで手頃なのを買ってきて、どこにも出掛けないのに塗ってみたら、やっぱり満足して仕舞い込んだ。
口紅を塗ったままの顔をウサギに見られてしまった。
「へん、口裂け女が」

2007年2月9日金曜日

二月九日 薬屋あらわる

薬を買わなくちゃと思いながら通りを歩いていたら、都合よく薬屋さんが四軒も現れた。
次から次へと入ってみたが、欲しい薬は置いていない。
結局、薬は買えなかった。四軒も空振りな薬屋を出したのは、どこのどいつだ。

二月八日 ものもらい

「目ぇ腫れてるぞ」と切手に言われたような気がして鏡を見れば、本当に腫れているのだった。
パジャマのままで眼科に行くと、ほかの患者も受付のお姉さんも、お医者もパジャマだった。
「ものもらいですね。点眼薬を出しましょう」
とパジャマ医者はあくびをしながら言った。
けれども帰りのバスの中では一人パジャマだったので恥ずかしかった。
行きは目が気になって、気付かなかったんだな。

2007年2月7日水曜日

二月七日 二度風呂

風呂上がりの切手たちが父と晩酌を愉しんでいた。
ちょっと目を離したら、酔っ払った切手たちは、父の食べた落花生の殻の中にダイブしていた。
泣きながらもう一度、切手たちを風呂に入れた。

2007年2月6日火曜日

二月六日 するめが食べたい

唐突に剣先するめが食いたかった。
ウサギの後姿までもがするめに見えてくる。
我慢できずにウサギを捕まえてぺろりと舐めた。
しょっぱいのを期待していたのに、甘かった。
ウサギは怒るかと思いきや、多いに照れながら消えてしまった。
まだ口の中が甘い。

2007年2月5日月曜日

二月五日 迷惑電話

「奥さま……失礼、ご主人さまですか?」
と問う電話の向こうの声は、馴れ馴れしかった。
いつもここで迷う。
もっと低い声を出してやろうか、それともわざとらしく甲高い声にしてやろうか。
でも結局、少し気分を害するから自動的に低い声が出る。
「……違います」
どちらにせよ、相手はここで電話を切ってくれる。今日もそうだった。
ところが、受話器を置いたあとも、相手の声が筒ぬけだった。
「性別不明。ブラックリストに登録しました」
わたしは何のブラックリストに載ってしまったのだろうか。

2007年2月4日日曜日

二月四日 行列

行列に遭遇した。
無言の行列は、気色悪いほど整列していた。
多くの人は、本を読んでいる。
列ぶ人々からは待ち遠しさも苛立ちも感じなかった。
この人達ならあと二日くらい黙って列んでいられそうだ。
行列の先頭を追っていくと、メロンパンを売る屋台があった。
屋台の中では、かいがいしくウサギが働いていた。
「1800円」
やはり、法外な値段のメロンパンだった。

二月三日 長い夜

父の帰りを待つだけの夜。朝四時に起きて、帰る頃には、たぶん日付が変わってる。
ウサギがひとっ跳びで迎えに行ってくれればいいのに。
そうじゃなければ、どこでもドア。
どちらが現実的だろう。
どっちだっていい。早く帰ってきて欲しいだけ。
手持ち無沙汰を言い訳に、ぐっすり眠っているウサギの耳と耳を縛ってみたけど、すぐに戻ってしまった。

2007年2月2日金曜日

二月二日 おなかがすいた

予定外の残業で、ただひたすら夕食が待ち遠しかった。
ウサギが食べていなければいいのだけど、と気持ちは焦る。
おまけに、23時のバスは意外とのんびり走るのだ。

2007年2月1日木曜日

二月一日 ヘーゼルナッツココア

ヘーゼルナッツココアは、たっぷりと厚いマグカップに注がれていた。
でも、マグカップは生クリームでできていたから、急いで飲まないと、溶けてしまう。
わたしは、美味しいココアを慌てて飲まなければならなかった。
でも、そんなふうに慌てていたのは、わたしだけだったのだ。
友達のマグカップも、ほかのお客のマグカップも、しっかりとした白い陶器だ。生クリームなんかじゃない。
一体誰の仕業だろうか。今日はウサギを一度も見ていない。