2008年5月29日木曜日

遺伝子操作

誰にでも遺伝子を操作することができるようになると、自分たちの子供に「属性」をあたえる夫婦が増えた。特に容姿に手を入れることが多いのは、知能や性格をいじるよりも簡単で、倫理的にも後ろめたさが少ないのだという。
「かわいくなるんだから、本人だって嬉しいはず」
「親が子の姿を決めて何が悪いんですか」
と若い親たちは言う。
数年ごとに流行が変わるから、今年の新一年生は、猫形の耳を持つ子供たちだらけである。

2008年5月28日水曜日

ジェネレーター

旧式ドラム型ジェネレーターがギャッコングアッコンと盛大に騒いでいるから、サキオの話は半分も聞こえなかった。
「それで、すぃ……き……ってわけだ」
「あああ!? 聞こえねえよ!」
なんだってサキオはこんな騒音のなか喋りつづけるのだろう、黙って働いればいいものを。
このジェネレーターは、地下街の電気を作っている。もちろん裏の、非合法の街だ。あんまりボロいんで、常にどこかが故障して、常にどこかを修理しながら動かしている。つまり俺たちが面倒を見なきゃなんないってわけだ。
ジェネレーターには、「ハナコ」という名前がついている。俺がハナコを宥めすかして、かわいがるから、地下街は眠らない。そんな自負のもとで働いているのに、サキオはベラベラと喋り続ける。
「おい、ハナコの声がでかくてお前の声なんか聞こえやしねえんだ。少し黙ってろよ!」
俺は頭をぶつける勢いでサキオを引き寄せ、耳元で怒鳴った。
サキオはびっくりしたような顔をして、口を真一文字につぐんだ。
ギャッコン グアッコ ガッコ ガ ガ  ガ  ガ……うぃん
その途端、ハナコも黙り込んでしまった。

2008年5月27日火曜日

路上

子供がしゃがみこんでアスファルトを見つめるので、何があるのかしらんと覗き込んだら、蟻が仮装行列をしていたので、子供の隣にしゃがみこんで見ていたら、日が暮れた。やっと蟻の仮装行列が終わったと思って顔を上げたら、我々と同じように蟻の仮装行列を見物していた人が延々連なって路上にしゃがみこんで、足がしびれて立ち上がれないと悶えていた。

2008年5月26日月曜日

本当に怖かった

振り返ったら、ただ二十年が横たわっていた。
触ることはもちろん、見ることもできないあなたを想い続けた歳月。片恋にしてはあやふやで長すぎるこの年月、私はほかに何もしてこなかった。
二十年は瞬く間に膨張して四十年になるだろう。二十年がこんな恐ろしいのに。
そうなる前に、わたしは二十年の中に飛び込む。中に入れば、もうこんな怖いものを見なくて済むはずよね?

2008年5月25日日曜日

昨日ベンチで

公園のベンチに座っていたら、隣から女の子がむくむく湧いて出てきた。
ひとしきりしゃべって、手を握って、またね、と言って別れた。
今日も会えるといいなと思って同じベンチの同じ場所に座ったけれど、湧いて出るのは血を流したヤクザとかおじいさんとかおばあさんばかりだ。

2008年5月23日金曜日

指先触れた

かつて感じたことのない触り心地だった。
きみの唇にちょんと人差し指で触ると指先だけではなく、鼻に何かが触れたような気がするのだ。何かはもうはっきりわかっている。きみの舌だ。ぼくが指先で唇に触れると、見えないきみの舌がぼくの鼻を舐める。
「なんで?! 意味わかんねぇ」
ぼくは大袈裟におもしろがる振りをして、きみの唇をつんつんと触り続ける。
ぼくの指先はきみの口紅が付いて、真っ赤になった。もう背伸びしなくていいよ。

2008年5月22日木曜日

部屋の四隅

部屋の南の隅から小さな赤い鳥が出て来たので、夏になったことを知る。
しばらくはこの小さな赤い鳥がぼくのベットだ。
青い竜がいなくなってからだいぶ経つもんな。竜がいなくなってしばらくは、退屈で東の隅ばかり見ていた。いつも壁からすっと出てきてすっと消えてしまう。ぼくが触ってもただの壁なのに。
赤い鳥は結構ワガママで、小鳥のくせに、ギェと大きな声で鳴くからうるさい。
冬の黒い亀はちっとも動かないからつまらない。だから、秋の白い虎がペットとしては一番の遊び相手になる。
赤い鳥のうるさい鳴き声を聞きながら、早く秋にならないかとため息をつく。

2008年5月21日水曜日

洗濯物

昼下がり、洗濯物が訪ねてきた。Yシャツだ。我が家には、こうして度々洗濯物がやってくる。
「ちょっとお訊ねしますが、長谷川町の鴨池さんは、どちらですか?」
鴨池さんちを探す洗濯物は多い。小さいシャツや、ステテコ、白衣、布団が訪ねてきたこともある。特に風の強い日は多くなる。
インターホンを押した切り黙ったままの洗濯物が来た。ドアを開けると大きな字で「木挽中学校 森田」と書いてあった。体操服はわかりやすくてよろしい。

2008年5月20日火曜日

迷子になった

あんまりすぐに迷子になるので、パパが小さな鬼をくれた。
鬼は真っ黒で目が真っ赤に充血していて、瞳は金色で、細くて長い一本角がある。
ぼくはいつも鬼をポケットに入れるようになった。ふだんは人形みたいに動かないけれど、パパやママとはぐれて「迷子になった」
と言うと、鬼はポケットの中でむくむくと動き出す。ぼくの足が勝手に動く。鬼が動かしているから、逆らっちゃいけない。こうしていればちゃんとパパやママに会えるのだから。
困るのは、右手と右足が一緒に出ちゃうこと。

地球妖怪打ち上げ計画

 かつて「妖怪」と呼ばれた謎の生き物たちの二割ほどが地球外生物だと判明して久しい。ならば、今度は我々地球人がどこぞの星へ出向き妖怪となり、異星人の暮らしに驚きと恐怖と可笑しみを提供しようではないか。
 この「地球妖怪打ち上げ計画」の盛り上がりは急速に科学技術を発展させることとなった。これまで市民の宇宙旅行といえば宇宙ステーション滞在が主流だったが、誰もが異星に行けることが目標となったのである。
 いよいよ異星行きが現実味を帯びてくると、地球人はどんな妖怪になるべきか、が話題になった。特にニホンでは議論が盛んである。
「ありのままの我々でも異星人は驚くに違いない」
「やはり、衣装に拘るべきだ。妖怪は見た目で恐がらせないといかんだろう」
「驚かすノウハウをいくつか身につけてから異星に行くべきだ」
「古来の妖怪、つまり我々をおどかしていた異星人から学ぼうではないか」
「異星人ではない妖怪も数多い。それらの妖怪にも注目し、利用しよう」
「ニホンならでは、の妖怪がいい」
 いまや空前の江戸文化ブームだ。異星にぜひ持っていきたいと、見様見真似で提灯や唐笠を作る者も現れている。
「異星旅行のお供に提灯お化けは如何?」

『未来妖怪』投稿作

屍拾いの呟き

 アトミック・ドロタボー、かつて「泥田坊」と呼ばれたものの亜種だろう、と推測されている生物の屍を、俺たちは防護服を着て回収する。
 数十年前から、強い放射線に汚染された土壌や海が急速に増えている。二十世紀から二十一世紀頃の人間が、知識や技術が不十分なうちから核を利用した影響だ。二十世紀人が厳重に包み地下深く処理したつもりの放射性廃棄物が、今頃になって漏れ出ているらしいのだ。
 以前は良質な米を作っていたこの地域も放射性汚泥地帯となった。そして、泥田坊に似た異形のものが次から次へと溢れ出るようになったのだ。泥から這い出た奴等は、子を生そうとしているのか女を求めて股間のものを奮い立たせながら彷徨うのだが、何故かすぐに事切れてしまう。そこをすかさず回収するのが俺たちの仕事だ。死んだものを放っておくとたちまち腐り、破裂し、多量の放射線が飛び散るからだ。つまり、アトミック・ドロタボーは土壌から排出された放射能の塊でもあるのだ。
 俺もこの仕事を始めてずいぶん長くなった。アトミック・ドロタボーが出なくなり、ここで作られる米が再び食えるようになるのを夢見て、今宵も屍を拾う。

『未来妖怪』投稿作

塵吸乃樹

 高濃度汚染地区Q、旧町名を葛宇という。ここは地形的、気象的に大量のエアロゾルが停留しやすく、とうの昔に人の居住は禁止された。晴天でも靄がかかり、人が無防備に近づけば呼吸困難、眩暈、嘔吐など重篤な症状を起こす。無論、植物も枯れてしまう。
 そこで、エアロゾルを吸着しても枯れず、大気を清浄化させる樹木が開発された。クスノキを主体に交配合や薬物投与を重ね、簡素な知能を備えた人造樹木は、まだその効果が実証される前から「塵吸乃樹」と神木のように崇められ、早速旧葛宇町を埋め尽くすように植えられた。
 人造樹木は、人々の期待に応える。だが、エアロゾルの排出が減ることのない国では、いくら樹木が努力しようと高濃度汚染地区Qの名が変更されることはなかった。結局、人々は「塵吸乃樹」を忘れていった。
 旧葛宇町の樹木たちは、短い寿命を過ぎてもなお靄の中で生き続ける。与えられた僅かな知能も、大気を清めるはずの特殊樟脳も極度に老化した。
 高濃度汚染地区Qに近づくと、饐えた匂いが漂い、いないはずの子供たちがわらべ歌を歌う声が聞こえるという。

『未来妖怪』投稿作

2008年5月19日月曜日

あたらしい一日

目覚めて、カーテンを勢いよく開いたら、緑と青が逆転していた。
空は抜けるような緑で、木々は青青とした若芽が眩しかった。
たぶん昨日とは何もかも違うのだ。ぼくの血はきっと黄色い。

2008年5月16日金曜日

きみはいってしまうけれども

 きみの向けた矢の先は、まんまるの月だった。
「届かないよ」
とぼくはいうけれど、きみには聞こえていない。
 月に帰ったきみのお姫さまから、ぼくたちの姿は見えているのだろうか。見えていたとしても、愚かな男と笑っているに違いない。
「止せよ」
 違う世界の人なんだからと続けようとしてやめた。もう散々いわれたことだろうから。
 ふいにきみは矢を上から下へに向け変えた。水面に映る満月。
 きみはいってしまうけれども、ゆらりと揺れるだけだよ……。

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500文字の心臓 第76回タイトル競作投稿作
○4 △2

2008年5月15日木曜日

窓辺に一輪

通学路の途中にある白い家の花はおしゃべりだ。窓辺に一輪、ガラスの花瓶に入れられた花は、数日ごとに変わるけれど、なぜか皆よく喋る。
僕はこのうちの人とは誰とも知り合いではないし、顔も見たことがないけれど、おしゃべりな花のおかげで、家族の様子が手に取るようにわかる。
奥さんと旦那さんは靴下が臭いと喧嘩をするし、娘のピアノは下手くそで、トイレの芳香剤は人工的な金木犀の匂い、朝のトーストが三日に一度焦げる………全部花から聞いたんだ。
僕はお返しに、ラジオで聞いた今日の天気予報を諳じる。

2008年5月14日水曜日

白い手袋を

叔父は私と手をつなぐとき、必ず白い手袋をする。
若くして私を産んだ母の末弟である叔父は、私と十しか年が離れていない。私は叔父を「おじさん」と呼んだことがなかった。
「ねぇ、どうして手袋をするの?私の手が汚いから?」
と聞くと叔父は困ったような顔をして、汚いのは僕のほうだ、と呟いた。
叔父の手は汚くなんてなかった。指の長い、優しい手だ。
私はちゃんと手を繋ぎたかった。そして、私はその瞬間を待った。
トイレから出てきて、手袋をはめようとするのを遮り、私は叔父の手を強く握った。
それは、人の手を握っている感触ではなかった。見た目は、人間の手なのに、ぬるぬるとした別の生物の感触だった。けれども、私はその手を離さない。特に理由はない。気持ちよかっただけ。

2008年5月13日火曜日

いつものように

階段を降りて「おはよう」って言っただけなのに、きみは知らんぷり。
いつもは赤いよだれ掛けをひらひらさせて挨拶してくれるのに。
おっかしいなぁ、と思ってあたりを見回したら、メガネのおばさんがツカツカと歩いてきていた。
おばさんが通りすぎてから、もう一度「お地蔵さん、おはよ」と言ったら、ちゃんとよだれ掛けがひらひらした。

2008年5月11日日曜日

時を越える

六百年続く盆踊りは年々参加者が増え、とうとう東京ドームを借り切る事態となったが、すでにすし詰めである。何年も持ちこたえられないだろう。
始まったころは小さな念仏踊りであったらしいのだが、何しろ一度でも参加した者はこの世の者あの世の者に関わらず、すべからく参加すべしという定めなのだ。なんのための盆踊りなのやら、さっぱりわからない。

2008年5月10日土曜日

眼鏡を外して

よく見えないから、と言ってきみに顔を近付ける。
近くで見ると、結構睫毛が長いね。こんなところに、小さなホクロがあるんだ。
きみは恥ずかしそうに頬を赤らめているけれど、本当に見たいのはそんなものではない。
眼鏡を外して見えるもの、きみの肩越しにいる、被り猫。

2008年5月9日金曜日

指でたどる

足の親指から上へ上へ。つつつ、と指でたどる。
膝まできたら折り返し、人差し指にもどる。また膝へ。ゆっくり。あなたは身動ぎもしない。でもときどき堪えきれないため息が漏れる。
中指、薬指と進んで、やっと小指にやってきた。わたしの人差し指とあなたの足の小指は、ぴたりとくっついてしばらく静止する。
やがて小指が鬱血してくる。小指の下で新しい小指が蠢きはじめた。これでやっと食べられるね。わたしは指を離して、口を寄せる。大丈夫、歯はよく研いであるから。

2008年5月7日水曜日

石畳

老婆は、柄杓で石畳に水を撒き続ける。濡れた石畳はぬるりと光る。
日が暮れて老婆が家に帰る。夜の間は、蛞姫が石畳をまんべんなく舐めて歩むから、月明かりに照らされていよいよぬらぬらと輝く。
朝早く、老婆が柄杓と桶と一掴みの塩を持って出てくる。
蛞姫に塩かけ、また日没まで石畳に水を撒く。夜になれば、素知らぬ顔で蛞姫は現れる。
何百年続いたかわからない、営み。

2008年5月6日火曜日

あいいろ

藍色の愛車に乗って、相も変わらず愛人とアイスクリームを舐めているアイツに、逢いたいのはどういうアイロニーだろう。

2008年5月5日月曜日

鼻歌うたって

願いごとを叶えたければ、鼻歌うたって、かりんとうを食べて、サイダーを飲めばいい。
そう教えてくれたのは、三日前に死んだヒメネズミだった。
バケツの水で溺死したヒメネズミにが生き返るようにと願いながら、鼻歌うたって、かりんとうを食べて、サイダーを飲んだけれど、生き返りそうにない。
ヒメネズミは諦めて、新しい靴が欲しいと願うことにする。

2008年5月4日日曜日

山歩く

人間どもから見えないよう全国的に曇りの日がよろしい。
集合場所は無論、富士山である。
全国各地の山々は、年に一度寄り集まって会合する。
浅間山は酒好きで、阿蘇山は案外寡黙な質だ。
晴れてしまったので磐梯山は欠席である。
山が歩くと町が潰されるのではないかと、思われるかもしれない。心配ご無用。
山が歩く道は、ここにはない。

2008年5月2日金曜日

雲の間に

「それ、どこから取ってきたの?」
硝子瓶に詰まったアオは、振っても叩いても、揺らぎもしない。
「雲の間にあった」
そうか、それなら僕にも取れる。でも同じアオではつまらないな。
夕焼けを狙って瓶を抱えて雲に登った。雲から雲へと飛び移るうちに、日が暮れたので地上に戻る。
瓶の中にはアカネはなかった。
でも、あの花に似てるね。ときみが指差した先には、藤の花があった。

2008年5月1日木曜日

君の後ろに

君の後ろにいる猫は、どうもあまり毛並みがよくないようだね。
どれ、おじさんが餌をやろう。ちょっとおいで。なーに、心配はいらないよ。毒を盛るわけじゃないんだから。

そう言われて、ぼくの被っていた猫は、知らないおじさんにノコノコついて行ってしまった。
猫がいなくなって、いよいよぼくはよい子のやり方がわからない。
この際だから、クラスでいちばんお利口の子の猫を盗もうと思う。
「君の後ろにいる猫、最近元気ないね? ぼく、猫のよろこぶおやつを持ってんだ」