2002年12月30日月曜日

黒い箱

黒い箱を届けに来たロボットは、なかなか帰ろうとしなかった。
「もうキミの仕事は終わったただろう?」
それでもロボットは完全な笑顔のまま動かない。
私は無視して部屋に入り、箱を開けようとした。
だが、それはできなかった。
箱には隙間がなく、ナイフを当てても、床にぶつけても、何の変化もなかったのだ。

私は諦めて再び玄関に向うことにした。予想通り配達ロボットはそこにいた。
「この箱を開けてくれ」
ロボットは黒い箱を食べ、数十秒後に排泄した。出てきたのは手紙だった。

2002年12月27日金曜日

A ROC ON A PAVEMENT

いつもの道にちょっと大きな石があった。
道のまんなかにわざと置いたようで気になった。
翌日もまったく同じ場所に石はあった。
しかし、同じ石がもう一つ積んであった。
何度も確かめたがやっぱり同じ石が二つ重なっている。
一日ごとに石は高くなっていき、一月もすると人の背丈をはるかに越えた。
町は大騒ぎになったが、何をしても石は崩れなかった。
ある日、石は跡形もなく消えていた。
そのかわり、町にはウサギが大発生した。
もちろん、みんな同じ顔をしている。

2002年12月26日木曜日

どうして酔よりさめたか?

あんまり酔っ払って公園のベンチで寝てしまった。
「もし、あなた。こんなところで寝ていると、連れていってしまいますよ」
「……誰が?」
「わたしが」
「アンタだれ?」
「わたし死神」
それが冗談でないことは、彼の足元を見れば明らかだった。私はいっぺんに目が覚めた。
「規則違反ですから、私はすぐ帰ります」
「はぁ、どうもご親切に」
死神なんてもう会いたくないな、と呟いたら
「嫌でももう一度会いますよ」
と言われた。その声は、なぜだか懐かしくて、あと一度だけなら会ってもいいような気がした。

2002年12月24日火曜日

月の客人

「明日は、友人を連れてきます」
『スターダスト』に現れたお月さまは昨日の言葉通り、老人と一緒だった。
私が初めてお目にかかります、と手を出すと老人は愉快そうに笑った。
「私は初めて、ではないよ」
お月さまもおかしそうに笑いながら言った。
「昨日は年に一度の彼の大仕事でね、翌日に私はご馳走するんですよ」
「へぇ……」
私はまじまじと年老いた男の顔を見た。白い髭がよく似合う……あ。

2002年12月23日月曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

新婚旅行から帰ってきた友人は言った。
「アメリカはもう懲り懲りだ」
「なにがあったんだい?」
「……月まで英語をしゃべりやがる」
私はなんて答えればよいのだろう。

2002年12月21日土曜日

真夜中の訪問者

話し声で目が覚めた。
声は居間から聞こえてくるようなので
私はそっと起きだして居間のそばまで行った。
だが、何を言っているのかはわからなかった。
聞いたことのない言葉と、聞いたことのない動物の声。
何やら言い争いをしているようで声はどんどん大きくなっていった。
私は近所に迷惑がかかるのではと不安だったが
なぜか覗いてはいけないような気がしてそのままベッドに戻った。

翌朝、居間には袋が落ちていた。
中には私が欲しかったものが入っていた。
あぁ、靴下をぶらさげておくのを忘れていたっけ。

2002年12月20日金曜日

自分によく似た人

「あのー。落としましたよ」
振り返ると中年の男が私の財布を差し出していた。
「あぁ!どうもありがとうございます。……あの、何か?」
彼は私が礼を述べても半ば放心したようにつっ立っていたのだ。
「これは失敬、あなたが私の知り合いによく似ているもので……」
「はぁ。そんなに似ていますか?」
「ええ」
彼は困ったような泣きそうな笑顔で去っていった。

その表情が印象的で長いこと忘れられずにいた。
近ごろは鏡の前に立つ度に思い出す。
鏡の中から私を見つめ返す顔は、二十年前に財布を拾ってくれた男にそっくりなのだ。

2002年12月18日水曜日

THE WEDDING CEREMONY

友人の結婚式の招待状が届いた。
招待状に書いてあった通り、夜の八時に出掛けていった。
夜の教会というのは、寂しく荘厳で、不気味でさえある。
十字架が大きくなるにつれて気分は沈んでいった。
なかに入ると薄暗く、ほかの人の顔を確認することはできなかった。
月明かりはまっすぐ、神父だけを照らしていた。
神父が眩しそうに目を細めると、新婦は新郎の首にくちびるを寄せた……。

はじめのうちは憂鬱な気分だったが、なかなか良い式だったと思いながら家路についた。
最後まで友人の妻となった人の顔は見えなかったけれど。

2002年12月16日月曜日

銀河からの手紙

ウサギが持ってきたのは手紙だった。

「DEAR Sir.
You can around the space the trip begin with a kiss.
Have a good trip!」

「キス?誰と?」
ウサギは自分の胸をトンと指で叩いた。
宇宙旅行には行きたかったが、ウサギとキスするのは御免だったのでやめておいた。

2002年12月15日日曜日

HOLD UP

「手を挙げろ!」
小さな通りに入ると待ち伏せしていたらしいソイツは私に銃を向けた。
ソイツの気迫に負けて私は素直に両手を挙げた。
私の腰にプラスチック銃を突き付けてソイツは言った。
「ボクをお月さまのところに連れていけ」
やれやれ
「小僧、お月さまに会ってどうするんだい?」
「お願い事をするんだ!」
「どんな?」
「おじさんには内緒だよ。お月さまにしか言わないもん」
いくら私でも内緒にされては何もできないよ。
子供の頑固は月をも悩ます。

2002年12月14日土曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

クリスマスの電飾が賑やかな家の角に黒ヘルメットを被った人がいた。
私が角を曲がると黒ヘルメットはついてきた。
「何の用だ?」
「あれは何だ?あのピカピカは何だ?」
子供の声だった。私はなるべく平静に答えた。
「あれはクリスマスの飾りだよ。今日はクリスマスイブだからな」
「クリスマス……サンタが来るのか?おれにも来るか?」
黒ヘルメット以外ひどく貧しいことに気付き少し迷ったが私はこう言った。
「いい子にしてればな。そうだ、おじさんの家に来るかい?」
「行く」
こうして私は子持ちになった。

2002年12月12日木曜日

見てきたようなことを云う人

『スターダスト』で見知らぬ男に声をかけられた。
「ドーナツの穴に入ったことはありますか?」
彼は物静かな口調で問うてきたが
私は応えようがなくて黙っていた。
「あれは、素晴らしい世界の入り口です。そこは甘く切ない香で満ちていました。人々はみな笑顔です。夢のような光景が広がっていました。そして空には青い宝石のような地球!」
段々芝居掛かってきた。
「ああ!誰もが心ときめく世界!あなたもきっと行けるはず!ラララ ワンダフルワールド!」
最後は歌いながら去っていった。

それ以来、ドーナツが食べられない。

2002年12月11日水曜日

友だちがお月様に変わった話

友達の家に遊びに行った。
チャイムを鳴らし、まもなく出てきたのはお月さまだったので
「やぁ、お月さまも来ていたんですか!」
と言った。
「何言っているんだよ?」
とお月さまは友達の声で言った。
彼は鏡を見てショックを受けていた。自分の姿が月なのだ。
とにかく本物のお月さまに会いに行くことにする。

『スターダスト』に行くとお月さまもひどく驚いたようだった。
店の中でも店を出た後も我々はジロジロと見られ、私は複雑な心持ちがした。
注目を浴びたのは、お月さまになった彼ではなく、お月さまに挟まれた私だったのだ。

2002年12月10日火曜日

THE BLACK COMET CLUB

「旦那、黒彗星クラブに入りやせんか」
ウサギが突然訪ねてきてそう言った。
「なんだい?そのクロナントカっていうのは」
「月に対抗する集まりですわ。例えば新月祭り、満月の外出禁止、月を好む人を迫害……」
私は唖然とした。
「メチャクチャじゃないか!第一そんなことをしてもお月さまはちっとも困らないぞ」
ウサギは私の剣幕に驚いてか、すごすごと帰っていった。

数時間後、あちこちの貼り紙を見てクックと笑ってやった。
《ウサギにご用心。当THE BLACK COMET CLUBは天体観測サークルです。黒彗星クラブとは一切関係ありません》

2002年12月9日月曜日

散歩前

真冬の真夜中の散歩に出掛けるにはちょっとした決心がいるものだ。
第一に、この暖かい部屋で、これから冷たい風の中に出ていくことを思うのは苦しみでしかない。
私は大の寒がりなのだ。
そして、夕食を済ませた後に外套や襟巻や手袋を身に付けるのは誠に億劫である。
それでも散歩に行くには訳がある。
夜でなければ会えない旧い友人と景色があるのだ。
だれだって大切な人に会うのなら多少の無理は厭わないだろう?私もそうだ。
しかし、今日のように雪が降った日は用心しなければ。
子供の歓声があちこつに残っているからね。

2002年12月8日日曜日

コウモリの家

引っ越したばかりの家に帰り、明かりを点ける。だが、部屋はうす暗い。
よく見ると天井という天井にコウモリが張りついているのだった。
「これはどうしたものかな」
「心配は無用です、旦那様」
「旦那様?私のことか?」
「はい、旦那様。新しい旦那様にご挨拶を申し上げます。旦那様が起きる頃我々は眠り、旦那様が眠る間に我々は活動します。我々はこれから食事に出掛けます」
「あ、あぁ」
コウモリは消えた。
それ以来、コウモリには遭遇していない。
かすかな気配で彼らが出掛けるのを感じるだけ。なかなか素敵な共同生活。

2002年12月7日土曜日

黒猫を射ち落とした話

「あの電信柱のてっぺんにいる猫を狙ってください」
言われた通り弓矢を持って駆け付けると
お月さまはかなり焦っていた。
はやくとせかされ、八本も外してしまう。
ようやく九本目、猫に矢が刺さった。
血は流れず、矢にもやもやとしたものが集まるのが見えた。
やがて矢は猫の体から抜けて空へ飛んでいった。
「悪い星に取りつかれたんです。手遅れにならなくてよかった」
落ちてきた黒猫は傷もなく、幸せそうに寝ていた。
「明日には目覚めるでしょう」
黒猫はお月さまに抱かれて行ってしまった。

2002年12月6日金曜日

A TWILIGHT EPISODE

いつもより二時間早く家を出た。
夜明けの町を歩くのはスクリーンの中にいるようで気恥ずかしい。
靴音とともに背筋も伸びる。
前からやってくるのは牛乳配達ロボットだ。
「オハヨーゴザいます」
「やぁ、おはよう」
今度は新聞配達の異星人だ。
「おはよう」
「……」
なかなか愛想がいい。角が青く光ったから。
あれは俺の親父だ。
「父さん、おはよう」
無視。まぁ仕方ない。幽霊だし。
あ、お月さまだ。
酔っ払っている。すれ違わないようにこの角を曲がろう。

2002年12月4日水曜日

煙突から投げこまれた話

お月さまを迎えにいこうと夕暮れの『黒猫の塔』に向かった。
街灯に寄り掛かり煙突を見上げてどれくらいたっただろうか。
だいぶあたりが暗くなってきたと思うと煙突の真上の空で何か光が見えた。
その光はどんどん大きくなり、光に吸い込まれるような気がして目を逸らすことができない。
そのうちに見上げた空は光でいっぱいになり……

「どこか痛いところはありませんか?」
「はぁ……ここは……どこですか?」
「『黒猫の塔』の中ですよ。煙突から落ちてきたので驚きましたよ」
お月さまの目がキラリと光った。まるで猫の目みたいだった。

2002年12月3日火曜日

THE MOONRIDERS

近ごろ「ムーンライダース」なる暴走族が取り沙汰されている。
爆音を撒き散らしながら夜の住宅街を駆け巡る。
ところが住民は大喜びなのだ。
「ムーンライダース」が通った夜から三日は赤ん坊が夜泣きしないという。
その噂を聞き付けた隣町住民は「ムーンライダース誘致作戦」を展開しはじめた。
「ムーンライダース」と関係が深いと見られる男は沈黙を守っている……。

「この『男』っていうのはあなたでしょう?実際はどうなんですか?」
新聞を見せながらお月さまに聞いたが答えはやはり沈黙だった。

2002年12月2日月曜日

月のサーカス

三日月ブランコに乗っている小さな女の子。
毎日練習できなくて寂しいだろうね。
でも満月玉乗りの道化少年はもっと可哀相。
ひと月に一度しか稽古できない。
こればっかりはどうしようもないけどなんだか申し訳なくってね、と話すのはお月さま。
本番は師走の一ヵ月間。
毎晩一種目づつゆっくりとお楽しみいただけます。

2002年12月1日日曜日

電燈の下をへんなものが通った話

「あ、今あそこに何か通った」
「どこ?」
「電燈の下。ほらあそこになんかへん……」
「ほんとだ。へんなものだ」
「なんだろ、あれ」
「へんなものだよ」
「へんなのは、見ればわかるよ」
「だからへんなものだよ」


若人の友情が壊れないかと心配になったが
「通称へんなもの」の正体を教えてやることはできない。
やっかいな約束をしてしまったのだ、お月さまと。