2005年9月11日日曜日

英国人と思われる男が萌黄色の背広を着て、ステッキをついてやってきた。
「ごめんください」
と彼はなんの訛りもなく言った。
「お宅のお風呂を通らせて下さい」
「は?」
「わたくしが進むべき道と、この家の風呂場が重なっているのです。ご迷惑はかけません。通るだけですから」
私はよくわからないまま「どうぞ」と言った。
すると彼はその眩しい色の背広の内ポケットからハンケチを出して、靴の裏とステッキを丁寧に拭き始めた。
我が家の床よりあなたの靴の裏のほうが、ずっときれいです…と言いそうになったが、黙って見ていた。
ハンケチを畳み、ポケットに戻すと、彼は迷わず風呂場に向かい、扉を開け
「お邪魔しました」と頭を下げ去っていった。

【萌黄C38M0Y84K0】