2009年9月10日木曜日

靴の屁理屈

リーキンの爺さん、ギシギシ軋む足音が気色悪いこと甚だしい。
「きっちり教えてもらおうじゃないか、リーキンの爺さん。あんたの靴は革製か」
キンキン金切り声で気色ばむ。
There was an Old Man of the Wrekin
Whose shoes made a horrible creaking
But they said, 'Tell us whether,
Your shoes are of leather,
Or of what, you Old Man of the Wrekin?'

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

++++++
久しぶり(実に二年ぶりだ!)にやると調子が出ない(笑)。難しい。
柳瀬訳はライム重視だから、私は意味とダジャレを重視して、尚且つちょっとリズムを悪くしてる。
納まりが悪い感じ自体がイングランドユーモアっぽいような、勝手なイメージ。

2009年9月9日水曜日

お仕着せがましい

西に住みたるご老人、豪華なプラム色のチョッキをちゃっかり着服。
「着心地は如何」と訊かれて
「あっぷっぷ」
と、血相の悪い西のご老人。 


There was an Old Man of the West,
Who wore a pale plum-coloured vest;
When they said, 'Does it fit?'
He replied, 'Not a bit!'
That uneasy Old Man of the West.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』

2009年9月7日月曜日

螺旋街

 螺旋上の坂道を歩いて、円錐ビルディング32号棟の最上階の部屋へ。ここが僕の仕事部屋だ。
「カメラ作りをしているなら、仕事がたくさんあるよ」
 酒場で出会った縮れ髭のお爺さんに誘われるままやってきた海沿いの街。この街の建物は、渦巻きだった。
 円錐型の建物に巻きつくようにぐるりとスロープが付いている。手すりもなにもないこの坂道を、腰の曲がったおばあさんも、よちよち歩きのちびちゃんも、平気で上り下りしている光景には、心底魂消た。何しろ、階段がないのだ、この街には。

 僕はピンホールカメラを作っている。精巧な螺鈿細工を施した箱を使ったカメラは、そんなに売れるものじゃないけれど、僕はこの仕事に誇りを持っていた。僕のカメラを気に入ったカメラマンや好事家から、ぽつりぽつりと注文が入る。僕の作ったカメラで撮った写真とカメラを並べて、個展を開いたりもする。材料集めからすべて一人でやっているから、ひとつのカメラを仕上げるのには時間がかかる。だから注文が少なくても、暇で困るということはなかった。
 けれど、この街に来てから、カメラの注文は倍になった。海沿いの街だから、材料には困らない。箱に使う流木も、螺鈿に使う貝殻もすぐに拾い集めることができた。けれども、時代遅れのピンホールカメラを皆が欲しがる理由がわからない。

 夕方、仕事が一段落した僕は自分のカメラを抱えて部屋の窓から街を見下ろした。円錐型の建物がにょきにょきと伸びた街が、夕陽に照らされて美しい。ピンホールの蓋を開け、ゆっくり四十五秒数えた。蓋を閉じる。すぐに暗室に入る。
 そういえば、この街に来てからまだ撮影をしたことがなかった、と思いながら定着液から印画紙を引き出した。
 そこには螺旋に捩じれたグレーの街が映っていた。透明な巻き貝のレンズで覗き込んだような光景。そうか。この街は、街ごと螺旋に捩じれている真っ只中にあるのだ。
 妙に納得しながら、出来あがったばかりの写真と、窓から望む街の景色を見くらべてみる。今日の晩ご飯は何にしよう。

(836字)

2009年9月6日日曜日

夢 第八夜

雨が降りだしそうな鈍色の空の下、私は傘を持って信号が青になるのを待っていた。
不意に、傘を持った手を引っ張られる。背の高い、表情の乏しい男が私の手首を掴んでいる。
信号が青になる。私は走り出す。向こうに行けば、逢いたい人に逢えるはずなのだ。
だが、走っても走っても、知った顔に出合わない。
歩く人全てが、あの表情のない背の高い男で、走り疲れた私は、とうとう男に捕えられてしまう。

(185字)

2009年9月5日土曜日

夜空の色

尻尾を切られた黒猫は、夢を見た。
コルネット吹きが独りでコルネットを吹いている。黒猫は聴いたことのないメロディーだ。コルネット吹きは誰にそれを聴かせるふうでもなく、夜空に向け、遠くへ遠くへ、音色を飛ばそうとしていた。
音色はやがて色になり、空一面に散らばり始めた。七色の空に瞬く星星。
こんなに空が明るくなってもコルネット吹きは演奏を止めない。黒猫は眩しくて目を閉じた――

目を覚ますと黒猫はコルネット吹きに逢いに行った。
〔何故コルネットを吹くのだ?〕
「ヌバタマは難しい質問をするな。夜空を黒くするためさ。七色の夜空なんて、可笑しいだろう? この中には、夜空から吸い取った色が入ってるんだ」
黒猫はコルネットのラッパの中に頭を入れてみたが、夜空のように黒いだけだった。

(328字)

2009年9月3日木曜日

名前はまだない

 「さぁ、名前を教えておくれ」
 カンバスに問い掛ける。若く美しい婦人像は応えない。つまり、完成していないのだ。絵は完成すれば、必ず名乗る。
 マーガレット。僕は想い人をそこに描いたつもりだった。肖像画を描く技術には自信がある。愛情も劣情もありのままに筆に込めた。それなのに描かれた女は無言のまま。彼女を知る人は誰しもこれはマーガレットを描いたものだと言うはずだ。けれど当の絵が何も言わないのでは、どうしようもない。これはマーガレットに一見、似ているだけの絵であり、マーガレットの肖像画ではないと、絵は主張している。
 僕は再び筆を取る。どうしてよいのかわからないので、暗い色ばかりを盛り付ける。
「名前は?」
 無言。
 一筆毎に名を訊ねる。絵は応えない。
 マーガレットのはずだった婦人が暗澹たる油絵具に埋もれていく。それでも絵は名乗らない。
 ついに陽が暮れてしまった。
「新作の肖像画、完成を見たかと思いきや、崩壊を始める」
 創作ノートに記すと、まだ触れたことのないマーガレットを想いながら、欲望を激しく吐き出した。カンバスに白い汁が飛び散った。これ以上どう侵すことができようか?

(476字)

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500文字の心臓 第88回タイトル競作投稿作
○1

2009年9月2日水曜日

九月二日 後悔する理由

一日に何度も「後悔先に立たず」と呟いている。
ウサギは「それはお前が鈍感だからだ。今しか出来ないないことに気が付かない」と赤茶色くなった毛皮をボリボリ掻きながら言う。夏の間、日焼け止めを塗り忘れたのだ。毛がハラハラと床に落ちる。
「掃除は自分でしろよ」とコロコロを渡したら、身体に転がし始めた。テープがべったり貼りつく。剥がしてやろうとすると痛い痛いと喚く。
「後悔先に立たず」。ウサギの場合は、鈍感などではなくて、単なるアホだと思う。

(215字)