2007年8月12日日曜日

八月十一日 電線鴉

鴉が電線に並んで留まっていた。
びっしり整列した漆黒の鳥たちは、電線がたわむのにも構わず、皆同じほうを睨んでいる。
彼らが睨むのは、青々とした水田の上に広がる、夏空に居座る、積乱雲。
一斉に雲を目指して鴉は飛び立った。弾みで電線がしなる。大きく揺れる電線から、閃光が走り雷鳴が轟く。

2007年8月9日木曜日

八月十日 夏の市

どの店にもズラリと並ぶのは枝豆と茄子と桃だけ。茄子は、長いの短いの、丸いのや小さいのなど、さまざまあるけれども。
私は丸い茄子が買いたかった。でもどの店で買えばいいかわからない。何百メートルも枝豆と茄子と桃の店。どこも新鮮で、通りには桃の香りが溢れている。
仕方なく右の列の九番目の店で買うことにした。
桃を一個おまけに貰ったから、九番目にしてよかったと思う。

2007年8月5日日曜日

八月五日 湿気た線香花火

もう何年前のものかわからない線香花火は、想像はしていたけれど、火付きが悪かった。
火花が散らずにすぐに玉がぼとりと落ちてしまう。
次々と花火に火を付けていくのは、もはや作業のようで味気なかったけども、たまにきれいに火花が出ると、とても貴重なことに思えるのだった。

2007年8月4日土曜日

八月四日 がっかり

なぜ、そう思ったのだろうか。私はその本を長編小説だと思っていた。タイトルも知っていた小説。タイトルを知って読みたいと思った小説。わざわざ図書館に予約して受け取りに行った小説。

長編だと思っていたそれが短編集だと読み始めてから気付き、少しがっかりした。私は自分ががっかりしたことに驚いた。

もう少し読んで、単なる短編集ではないと気付いてまたがっかりした。一人の男をめぐる、連作。早とちりした自分に、がっかりした。

私が持っていたのは期待だったのか、先入観だったのか。どちらも持ちたくなかった。それは無理かもね、と考えてまたがっかりした。

2007年8月3日金曜日

八月三日 狛犬

境内に入ると、ゼイゼイと音が響いていた。巨大な狛犬たちが暑さで舌をだらりと垂らし、荒い息をしていたのだった。

2007年8月2日木曜日

八月二日 蝉と桐箪笥

蝉が一匹、網戸にしがみついていたけれど、古い桐箪笥からナフタリンが匂うのがイヤだと言って出ていった。

八月一日 無言

図書館のカウンターにいたのは、ほんの子供だった。13歳か、それくらいの。
子供は紺色の平らかなエプロンをして、バーコードを読み取っていた。
その手付きは慣れているとは言い難いのに、反対に子供の顔は落ち着き払っていた。
私はきっちりバーコードが揃うように五冊の本を子供の前に置いた。
子供はもたもたと手を動かしてバーコードを読み取った後、五冊の本を無言で私に差し出した。
「どうもありがとう」
と私が言うと、怯えた顔をした。
その視線の先には「私語厳禁」の貼り紙。