「あ、流星がケンカしてる」
「放っておけ」
月は心底興味がないという口ぶりで言ったが、少女は放っておくことが出来なかった。
少女は取っ組み合いをしている流星の近くまで行き、しばらくその様子を眺めた。
流星の相手は、いかにも無頼漢というような、身体が大きく毛深い男である。
流星が殴り、無頼漢が殴る。無頼漢が蹴り、流星が蹴る。いつまで経っても終わりそうにない。
「ねぇ、何してるの?」
声を掛けてはじめて流星は少女の存在に気付いた。流星は赤面して瞬く間に去ってしまった。
残された無頼漢は、所在なさげに街燈を蹴り、スネをぶつけて涙目になった。
「チビ、お前が止めるからだ」
無頼漢が少女を睨む。
「止められて止まるくらいなら、たいしたケンカじゃないでしょ」
「なんだと!」
無頼漢は少女に襲い掛かった。少女がスルリと股の間を抜けると無頼漢は街燈に顔面をぶつけた。
「恰好悪い」
少女の冷たい視線を浴びて、無頼漢は背中を丸めて逃げていった。
「痛かったね」
少女は街燈を撫でる。
「怖かったね」
街燈は少女を暖かい明かりで包んだ。
2005年6月7日火曜日
お月様を食べた話
「さてと」
月は、向かいに座らせた少年に向かって言った。
「訳を聞かせてもらおうではないか」
ふて腐れている少年は、少女よりずっと年長である。
道ですれ違った少年たちの一人が「月を食べた」と話ているのを聞き、彼を強引に連れて来た。
少女は二人の顔を見比べながら息を飲んだ。
「だから、『お月様』を食べたんだって言ってるんだよ!」
「いつ? どこで? どうやって?」
少女は叫んだ。
「ストップ! ナンナル、質問が下手!」
月は不意をつかれて、黙る。
「お兄ちゃん、『お月様』はおいしかった?」
「うまかった」
「んじゃ、ナンナルの勘違いだよ。お兄ちゃん、ごめんね」
少年はポケットから菓子の入った包みを出して、去っていった。
少年が置いていった『お月様』という名の新発売の菓子を食べながら月は言った。
「なぜおいしいかどうか、聞いたんだ?」
「ナンナルは、まずいから」
少女は誰よりも月の味を知っている。
月は、向かいに座らせた少年に向かって言った。
「訳を聞かせてもらおうではないか」
ふて腐れている少年は、少女よりずっと年長である。
道ですれ違った少年たちの一人が「月を食べた」と話ているのを聞き、彼を強引に連れて来た。
少女は二人の顔を見比べながら息を飲んだ。
「だから、『お月様』を食べたんだって言ってるんだよ!」
「いつ? どこで? どうやって?」
少女は叫んだ。
「ストップ! ナンナル、質問が下手!」
月は不意をつかれて、黙る。
「お兄ちゃん、『お月様』はおいしかった?」
「うまかった」
「んじゃ、ナンナルの勘違いだよ。お兄ちゃん、ごめんね」
少年はポケットから菓子の入った包みを出して、去っていった。
少年が置いていった『お月様』という名の新発売の菓子を食べながら月は言った。
「なぜおいしいかどうか、聞いたんだ?」
「ナンナルは、まずいから」
少女は誰よりも月の味を知っている。
2005年6月5日日曜日
2005年6月4日土曜日
赤鉛筆の由来
「赤鉛筆が欲しい」
と言うので、月は少女を連れて文具店に向かった。
文具店の店主は鈎鼻に眼鏡を引っ掛けた老人で、店の隅の椅子に腰掛けうたた寝をしている。
少女は瓶に入った赤鉛筆を一本つまみあげ、店主に声を掛けた。
「これ下さい」
店主は寝たまま応じる。
「赤鉛筆か。赤鉛筆の由来は、ご存知かな?」
赤鉛筆の由来、それを少女が知っているはずがない。
月は少女が助けを求めるだろうと思った。
「郵便配達人が消防士にトマトの収穫時期を教えるために使ったのがはじまり」
少女は淀みなく答える。
「出典は?」
「デラックス百科事典」
「よろしい」
少女は硬貨を店主の手に握らせ、店を出た。
「どこで覚えたんだ?赤鉛筆の由来を」
月は尋ねずにはいられない。
「このあいだ、阿礼って人が道歩きながら喋ってた」
「アレイ? 変わった名前だな」
「ナンナル、ほどじゃないよ」
と言うので、月は少女を連れて文具店に向かった。
文具店の店主は鈎鼻に眼鏡を引っ掛けた老人で、店の隅の椅子に腰掛けうたた寝をしている。
少女は瓶に入った赤鉛筆を一本つまみあげ、店主に声を掛けた。
「これ下さい」
店主は寝たまま応じる。
「赤鉛筆か。赤鉛筆の由来は、ご存知かな?」
赤鉛筆の由来、それを少女が知っているはずがない。
月は少女が助けを求めるだろうと思った。
「郵便配達人が消防士にトマトの収穫時期を教えるために使ったのがはじまり」
少女は淀みなく答える。
「出典は?」
「デラックス百科事典」
「よろしい」
少女は硬貨を店主の手に握らせ、店を出た。
「どこで覚えたんだ?赤鉛筆の由来を」
月は尋ねずにはいられない。
「このあいだ、阿礼って人が道歩きながら喋ってた」
「アレイ? 変わった名前だな」
「ナンナル、ほどじゃないよ」
2005年6月3日金曜日
お月様が三角になった話
「お月様は丸いよね」
と長い名の絵かきは言った。
「四角だったり……」
そう言いながら四角い月の絵を描く。
「三角だったり」
そう言いながら三角の月を描く。
「いいと思うんだ。ねぇ? ナンナル」
「こういうことか?」
絵かきの注文に応えた月の声は、怒っても笑ってもいなかった。
つまりは「その程度のこと」なのである。
と長い名の絵かきは言った。
「四角だったり……」
そう言いながら四角い月の絵を描く。
「三角だったり」
そう言いながら三角の月を描く。
「いいと思うんだ。ねぇ? ナンナル」
「こういうことか?」
絵かきの注文に応えた月の声は、怒っても笑ってもいなかった。
つまりは「その程度のこと」なのである。
2005年6月2日木曜日
2005年6月1日水曜日
黒い箱
広場に巨大な黒い箱が現れたのは、ほんの五分前のことである。
広場は騒然となり、人々はみな逃げていった。
黒い箱は完全な立方体で、表面は滑らかである。
「これ、何かな?爆弾?」
「さあ。私にもわからない」
「こわいものだよ、きっと。食べられるかもしれない」
「こわいなら、逃げればいい」
しかし、月と少女は逃げることはせず、箱の周りを歩いた。
三十六週しても箱は何も変化しなかった。
夜より深い黒い箱である。周囲を歩く少女が見上げると、迫りくる闇の壁のごとき様相だ。
「これ、何かな?」
「さあ」
「恐いものじゃないのかな」
「わからない」
十八回目の問答をした時、箱はズズズと音を立て縮み始めた。
見る見るうちに小さくなって、サイコロくらいになった。
「小さくなっちゃった」
少女は、黒い箱を踏み潰した。
広場は騒然となり、人々はみな逃げていった。
黒い箱は完全な立方体で、表面は滑らかである。
「これ、何かな?爆弾?」
「さあ。私にもわからない」
「こわいものだよ、きっと。食べられるかもしれない」
「こわいなら、逃げればいい」
しかし、月と少女は逃げることはせず、箱の周りを歩いた。
三十六週しても箱は何も変化しなかった。
夜より深い黒い箱である。周囲を歩く少女が見上げると、迫りくる闇の壁のごとき様相だ。
「これ、何かな?」
「さあ」
「恐いものじゃないのかな」
「わからない」
十八回目の問答をした時、箱はズズズと音を立て縮み始めた。
見る見るうちに小さくなって、サイコロくらいになった。
「小さくなっちゃった」
少女は、黒い箱を踏み潰した。
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