三台並んだ自動販売機、どんなに喉が渇いていようと右の自動販売機は絶対に使わない。
右の釣り銭口からは、いつも舌が出ている。
ベロベロと舌なめずりをしながらよだれを垂らしている。
あれで、釣り銭を取り出す指先をしゃぶられたら、きっと真っ赤にかぶれると思う。
There was an Old Man of th' Abruzzi,
So blind that he couldn't his foot see;
When they said, 'That's your toe,'
He replied, 'Is it so?'
That doubtful Old Man of th' Abruzzi.
エドワード・リア 『ナンセンスの絵本』より
「授業のノート、貸して欲しいんだ。先週、休んじゃって」
ノートを借りるという口実で、いつも前の席に座る彼女に話しかけた。
彼女はあっけらかんとした口調で「いいよ。ちゃんと来週、返してね?」と言ってノートを貸してくれた。
彼女のノートは、全てオレンジ色のペンで書き込まれていた。板書はもちろん、教授の言葉まで書き留めてあった。
オレンジ色の文字は、あまりにも眩しく、僕は自分のノートに書写すのに、ずいぶん苦労した。
それでもノートから彼女のことを少しでも知ろうと、いつになく丁寧に写したのだった。
約束通りノートを返す日が来た。
「どうもありがとう。すごく丁寧に書いてあって助かったよ」
と言う僕に、彼女は頬をオレンジに色に染めて興奮気味に言った。
「ノートが読めたのね?」
字がオレンジ色だったけど、何か意味があるの? と戸惑いながら訊く。
「私のノートの文字が読めた人は、初めて! 嬉しい!」
と、ギュっと抱きついてきた。
彼女の髪から、爽やかなオレンジの香りがする。
There was an Old Person of Mold,
Who shrank from sensations of cold,
So he purchased some muffs,
Some furs and some fluffs,
And wrapped himself from the cold.
エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より