2014年10月6日月曜日

十月六日 台風の後には

長く続いた雨が止み、突然晴れた。


ウサギは長靴で飛び出して行く。


「もう雨は止んだのに、長靴?」


「もう雨は止んだから、長靴」


自転車でわざわざ水溜りを狙って走る小僧を、長靴を履いたウサギが大喜びで追いかける。



2014年10月1日水曜日

へみゃ

 幼い娘の発音する「へみゃ」は独特で、私は上手く再現できないのだけれど、ともかく「へみゃ」である。オバケとか妖精とか、あえて言えば、そのような類のものなのだろうが、それとは違う気もする。
 「へみゃ」はガラスのように透明で、ぷにぷにしている。触ることはできないから本当にぷにぷになのかは、わからない。そういう見た目である。
 娘が「へみゃ」を見つけたのは、トイレットペーパーの芯の中だった。私がトイレットペーパーを交換する様子を、じっと見ていた娘は喜んでそれを受け取り、遊び始めた。潰したり覗いたり熱心に研究をしていると思ったら、不意に「へみゃがいるよ」と言い出した。私が覗いても「へみゃ」は見えなかった。それ以来、娘は度々「へみゃ」と口にしたが、私はなかなか見ることができなかった。
 初めて「へみゃ」と遭遇したのは、靴を磨いている時だった。シューキーパーを差し入れた瞬間に、「へみゃ!」と鳴き声がして「へみゃ」が飛び出してきたのだ。シューキーパーが勢い良く入ってきて、靴の中にいた「へみゃ」は大層驚いたらしい。「へみゃ」の透明な姿がくっきりと見えた。私は娘を呼んだ。「へみゃ!」と、娘は笑った。娘が言う「へみゃ!」は、「へみゃ」が驚いて鳴いた「へみゃ!」とまったく同じ音だった。
 「へみゃ」は家の中の、暗い筒状の空間に居ることがわかった。ラップの芯にも居るし、シャープペンシルにも居る。水筒にも居た。筒が貫通しているか、閉じているかは関係ないようだ。けれど、それらを覗いても必ず「へみゃ」が見えるとは限らない。娘は八割方見えるようだが、私はせいぜい十回に三回くらい。 私は「へみゃ」に遭いたくて仕方がなくなってしまった。筒状のものを家中に探した。掃除機のホースも掃除する度に覗く。娘には「へみゃ」の発音を直されるけれど、なかなか上達しない。「へみゃ」が上手に言えるようになったら、もっと遭えるだろうか。


架空非行 第3号

2014年9月24日水曜日

九月二十四日 花籠の茗荷

茗荷が花籠いっぱいに入っている。


花籠を持っているのは朗らかそうな女の子。茗荷をまだ食べたことがなさそうな小さな女の子だ。


彼女は道行く人に茗荷を 配っている。大人たちはたじろぎ、だが茗荷を受け取る。


朝から夕方まで茗荷を配ったが、花籠の茗荷は一向に減らない。
彼女は、深く溜め息をついて、花籠をひっくり返す。


茗荷がひとつも落ちないのを確かめると、再び深い溜め息を付き、それからスキップで帰っていった。



2014年9月17日水曜日

九月十七日 靴屋

靴屋で靴を選んだ。あれこれ試しに履いてみて、ようやく一足決めると、ほかの靴たちが迫ってくる。


「おれもかえ」「おれもはけ」「おれもかえ」「おれもはけ」


「靴は一足しか買わないよ!」と叫ぶと、今度は靴下が迫ってきた。


この靴屋は、靴屋だが靴下もたくさん売っているのだ。


迫り来る靴下を振り払いながら、勘定をし、店を出た。



2014年9月11日木曜日

九月十一日 雨音

土砂降りの雨を待っていた。


あらゆる音を、雨音と比べてみたいのだ。


土砂降りの雨音と対決させる音……


 


「この野郎」と叫び、


黒板を爪で引っ掻き、


夜泣きの赤ん坊を十八人集め、


暴走族を二十三人集め、


クラッカーを十本まとめて鳴らす。


 


色々なことを思いついてはみたものの、


ただ、傘に落ちる雨音の一音一音を拾うのが精一杯。



2014年9月6日土曜日

九月六日 蛙帰る

ずいぶん、蛙をよく見る一日だ。
駅のホーム、ラーメン屋の行列、喫茶店に飾ってある絵画……みんな蛙だった。
神社の狛犬、レンタルショップの映画、スーパーの時報……ぜんぶ蛙だった。
妖術使いがいるに違いない、と気をつけていたけれど、結局妖術使いには出遭わないまま家に帰った。
風呂にはいると、足の爪が、ガマガエル色のペディキュアで染まっていた。(170字)


太田記念美術館の江戸妖怪大図鑑、全三部コンプリート。


2014年9月1日月曜日

とかげ

 とかげに話を聞く。
「涼しいところ知らない?」
 とかげはしれっと答える。
「石の下」
 そこはとても涼しそうだけど、わたしは入れない。
 とかげはニヤリとして石の下に潜って行った。

架空非行 第2号