2014年10月1日水曜日

へみゃ

 幼い娘の発音する「へみゃ」は独特で、私は上手く再現できないのだけれど、ともかく「へみゃ」である。オバケとか妖精とか、あえて言えば、そのような類のものなのだろうが、それとは違う気もする。
 「へみゃ」はガラスのように透明で、ぷにぷにしている。触ることはできないから本当にぷにぷになのかは、わからない。そういう見た目である。
 娘が「へみゃ」を見つけたのは、トイレットペーパーの芯の中だった。私がトイレットペーパーを交換する様子を、じっと見ていた娘は喜んでそれを受け取り、遊び始めた。潰したり覗いたり熱心に研究をしていると思ったら、不意に「へみゃがいるよ」と言い出した。私が覗いても「へみゃ」は見えなかった。それ以来、娘は度々「へみゃ」と口にしたが、私はなかなか見ることができなかった。
 初めて「へみゃ」と遭遇したのは、靴を磨いている時だった。シューキーパーを差し入れた瞬間に、「へみゃ!」と鳴き声がして「へみゃ」が飛び出してきたのだ。シューキーパーが勢い良く入ってきて、靴の中にいた「へみゃ」は大層驚いたらしい。「へみゃ」の透明な姿がくっきりと見えた。私は娘を呼んだ。「へみゃ!」と、娘は笑った。娘が言う「へみゃ!」は、「へみゃ」が驚いて鳴いた「へみゃ!」とまったく同じ音だった。
 「へみゃ」は家の中の、暗い筒状の空間に居ることがわかった。ラップの芯にも居るし、シャープペンシルにも居る。水筒にも居た。筒が貫通しているか、閉じているかは関係ないようだ。けれど、それらを覗いても必ず「へみゃ」が見えるとは限らない。娘は八割方見えるようだが、私はせいぜい十回に三回くらい。 私は「へみゃ」に遭いたくて仕方がなくなってしまった。筒状のものを家中に探した。掃除機のホースも掃除する度に覗く。娘には「へみゃ」の発音を直されるけれど、なかなか上達しない。「へみゃ」が上手に言えるようになったら、もっと遭えるだろうか。


架空非行 第3号