2013年3月20日水曜日
六色沼に沈む
六色の沼は規則正しく並んでいる。
沼に小石を投げると、それぞれ沈む速度が違うと言われているが、試したことがあるという人はいない。
なぜなら六色沼にはそれぞれ主が住んでいて、石など投げれば主が怒るに決っているからだ。
「主様、主様」
子供が呼びかけると「なんだい?」とそれぞれの沼から主が現れる。
主たちの姿形は、おじいさんのようにもおばあさんのようにも蛙のようにも見える。
「沼に沈む速さが違うという話は、本当ですか。わたしは試してみたいのです。綺麗な石を六ツ持って参りました。この石は主様に差し上げますから、どうか石を投げさせて下さい」
主たちは沼から出てきて子供の手を覗き込んだ。小さな艷やかな石を、主たちは大層気に入った。
「よいよい、投げてみろ。けれど、石の色がそれぞれ違うな。どの石をどの沼に投げるか決めねばならない」
沼の主は、なかなか欲張りなのだった。
そうして主たちが話し合っている間、主が不在になった沼はすっかり淀んでしまい、主たちはどの沼が己の沼かがわからなくなってしまった。
2013年3月18日月曜日
イレブン
十一人はそれぞれに役割を持っている。
一人目は測る人、二人目は塗る人、三人目は切る人、四人目は着る人、五人目は折る人、六人目は織る人、七人目は書く人、八人目は待つ人、九人目は寝る人、十人目は探す人、そして十一人目は喋る人である。
ちなみに順不同、他意はない。
さて、十一人はそれぞれの持ち場について仕事をするわけだが、喋る人はこのごろ喋るのにちょっと疲れてきた。隣の芝は青い、只管に芝生の長さを測っている人が羨ましかったので、交代を申し出た。
測る人から喋る人になった人は、何を喋って良いかわからなくなって、昨日食べたケーキが如何に美味しかったかを延々喋っている。
今度は着る人になりたいな、と思いながら昨日のケーキの話をまだしているし、隣で切る人がケーキを11等分しようと苦戦している。
2013年3月14日木曜日
2013年3月11日月曜日
虹が出ている、その間
車が水を飛ばしながら私の横を通り過ぎていく。
せっかく雨が上がったというのに、憂鬱だ。さっきの車のせいで、お気に入りの服がビショビショになったからだけではない。もうずっと前から、憂鬱の種からはたくさんの芽が出ていたのだ、きっと。
「こんな日は、甘い甘いコーヒーを飲みましょう。ミルクもたっぷり、シュガーもたっぷり、ね」
祖母の声を聞いたような気がして、目の前に現れた喫茶店に入った。
「カフェオレ、下さい」
祖母の言いつけ通リ、ゆっくりとカフェオレを飲む。
こんなところに喫茶店はないはずなのだけれど、今の私にはどうでもよかった。だってカフェオレが美味しいから。
「虹が出ている間だけ、ですよ」
マスターが私の疑問を見透かしたように言う。眼差しが優しい。
「でも、大丈夫。今日の虹は頑丈です。どうぞごゆっくり」
窓の外を見やると、くっきりとした虹が出ていた。マスターと同じ顔をした紳士たちが大きな筆で虹をせっせと書き足しているのが見えた。
「マスター、カフェオレ、もう一杯下さい」
2013年3月10日日曜日
うがい薬
「赤いうがい薬と、青いうがい薬と、黄色いうがい薬、どれがいい?」
と息子が言う。お店やさんごっこをしているようだ。
「それじゃあ、黄色いうがい薬下さい。ゴホンゴホン」
風邪をひいている風をして、客の役をやって見せる。
「黄色いうがい薬は、風邪には効きません。ヒマワリと話ができます」
最後は息子の声ではなかった。低くてガサガサした男の声。
「ハイ! 3250円です」
なんて高いうがい薬だ。と、思う前に古びた小瓶を渡された。絵の具を溶かしたような黄色の色水が入っている。
おもちゃのお札と引き換えに小瓶を受け取る。こんな瓶、どこで拾ってきたのだろう。
「ね、早くうがいして! 早く早く!!」
瓶の蓋を開けると、庭に咲いたヒマワリ達が一斉にこちらを向いた。