2013年3月18日月曜日

イレブン

十一人はそれぞれに役割を持っている。


一人目は測る人、二人目は塗る人、三人目は切る人、四人目は着る人、五人目は折る人、六人目は織る人、七人目は書く人、八人目は待つ人、九人目は寝る人、十人目は探す人、そして十一人目は喋る人である。


ちなみに順不同、他意はない。


さて、十一人はそれぞれの持ち場について仕事をするわけだが、喋る人はこのごろ喋るのにちょっと疲れてきた。隣の芝は青い、只管に芝生の長さを測っている人が羨ましかったので、交代を申し出た。


測る人から喋る人になった人は、何を喋って良いかわからなくなって、昨日食べたケーキが如何に美味しかったかを延々喋っている。


今度は着る人になりたいな、と思いながら昨日のケーキの話をまだしているし、隣で切る人がケーキを11等分しようと苦戦している。



今日で、超短編書きを始めて11年目になりました。ついでに年も取りました。


先日、超短編マッチ箱SFファン交流会に参加して、自分の物書き歴とショートショートやらSFやら超短編のことをあれこれ思った(考えてない)のでちょっと書いてみます。


 


小学二年の時に母に促された書いた俳句を、現代俳句協会の設立に関わった大学の先生(母の恩師)に褒めて頂きました。


小学六年の夏から秋に書けて、五・七・五の形式で日記を書いてました。「つかれたよ」ばっかり(虚弱児童)。


中学生の頃、『ショートショートの広場』を愛読していました。


一度、ショートショートを書いてみようと机に向かいましたが、まずオチを考えなくちゃと思ったらそこで思考が止まり、「ショートショートは書けぬ」と確信しました。


その頃は、友達と交換日記のお話版みたいのをしたり、週一の選択授業で詩を書いたり、していました。アフリカで太鼓がどうたら、とか書きました……。


高校大学の頃は書いてなかったのだけど、筒井康隆氏や椎名誠氏のSF作品やショートショートを好んで読みました。その元ネタなどを辿るため海外SFを読もうとしたけど、挫折(訳語苦手)。


半村良氏は少し読んだけど、なんでか小松左京氏はほとんど読んでない。自分でもわからない。


大学卒業直前に『一千一秒物語』を知り、「ショートショートは書けないけど、これなら書ける」と思って始めたのがこのブログです。


 


『ショートショートの広場』は星新一さんが選者を降りられてからは、読み応えがなくなり(私自身のショートショート熱が下がるのと時期が重なったこともあり)離れていきました。


星さんの頃の文庫は実家に残っているはずなので今度久しぶりに読んでみようと思っています。


ファン交で話題になった江坂遊さんの『仕掛け花火』を早速図書館で見つけたけれど、豆本作りっぱなしでなかなか読書モードになりません。


 


という近況。