2012年8月18日土曜日

私がダイヤモンドだ

 小さな小さな一粒ダイヤモンドのペンダントだが、これが思った以上に自己主張の強い代物だった。
 ほんの少し、大人になりたくて買ったのだ。それほど高価なものではなかった。
 ダイヤモンドは、お日さまの光なんて必要なく、輝いた。
 日に日に輝きは強くなり、身に着けている私の目にも眩しい。
 すれ違う人が目を細め、それから怪訝な顔で私を見る。
 せっかく買ったダイヤモンドなのに、なんだか、肩身が狭かった。
 とうとう、ペンダントを外すことに決めた。
 日常でダイヤモンドを身に着けるという私のささやかなあこがれが、崩れていく。
 チェーンを外そうと首に手を回した瞬間、ペンダントは真夏の太陽のように輝いた。きつく瞼を閉じる。
「私がダイヤモンドだ」
 と、いう叫び声が響いた。
 ようやく眩しさから開放され、目を開けると、真っ黒になったペンダントがくすぶっていた。


2012年8月14日火曜日

無題

影法師の唱える経に身を護られながら、子は家路を急ぐ。日が沈むまで読経は続く。



8月14日ついのべの日 お題


2つも書いてしまいました。



無題

「踏まれない影はないのだ」と、影は言った。


痛くないのかい? と問うたけれど、ちょうどそこで木陰に入ったから、もう影の声は聞こえない。



8月14日ついのべの日 お題


2012年8月12日日曜日

私が歩くと、足跡が穴になる。それなりの穴だ。
蟻が落ちる。猫が嵌る。子供が転ぶ。ネズミが落ちるところは見たことがない。
世界中を旅しよう。地球を穴だらけにしよう。
きっと、そこには雨水が溜り、植物が生えるだろう。
そして私の足跡は、森になる。

2012年8月9日木曜日

無題

滑稽な仕草を笑うと、君は怒って「花を買ってきてちょうだい」と言うから、すぐに部屋は花でいっぱいになった。
ぼくたちは花の香りで酔い、棘で傷ついた。
 
君はどこからかハヌマーンの面を買ってきた。僕にぴったりだった。
もうこれで笑い顔が見えない、と安心した君は、花に埋もれたまま眠っている。


2012年8月6日月曜日

不時着

止まっているかのようだ、とずいぶん長い間感じていた。


「濃霧のため、当機はこれより着陸態勢に入ります。不時着となりますが、安全には問題ないことが確認されております。どうかご心配なさらずに、霧の旅をお楽しみください」


と、機長は朗らかにアナウンスした。


その後も窓の外は真っ白なままで、下降しているのかどうかもよくわからない。


着陸は、機体の振動でわかった。着陸してもまだ外は霧深いままだったからだ。


乗務員が笑顔で機体の外へ誘導する。相変わらず遠くの景色はよくわからない。


ショッキングピンクの大きな旗を持ち「ようこそ霧の島へ!」と大勢の島民が出迎えてくれた。


キョトンとしている私に、一人の島民が話しかけてくれた。


「霧の旅は初めてかい? ここはいいところだよ。見たくないものも、見たいものも、どうせたいして見えやしないんだから」


それでもやっぱり見たいって言うんなら。と言って、ピンクの旗を一振りした。


わずかの間見たものは、灰色の森と、ピンクの烏の群れだった。



2012年8月2日木曜日

銀河鉄道に乗って

鉄道で旅をするのは、随分久しぶりである。最後に鉄道に乗ったのはいつのことだったろう。思い出せない。


プラットホームからは線路は見えない。本当に列車が来るのかね?と荷物を預けたボーイに尋ねるが鬼の形相で答えない。


いや、形相が鬼のようなのではなく、彼は本当に鬼なのだった。


死ぬことになって銀河行きが決まったとき、妻や子どもたちは喜んだ。


目的の銀河は遠いのだよ、列車で何千年も掛かるのだよ、と説明したが


「一等車なんでしょう? 優雅でよいじゃありませんか」


と妻はにこやかに言った。励ましてくれたのかもしれない。


ようやく列車がホームに入ってきた。ボーイは親切に席まで案内してくれた。


走りだした。座席は思いのほか快適だった。食事もきちんと三食あるらしい。何も心配はいらない。


地球は、青い。長い旅が始まった。



祖父の命日を前に。